ほのぼの鬼殺隊生活(完結)   作:愛しのえりまき

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24話 無一郎の無

時透は、新たに自分の刀を打ってくれる刀鍛冶、鉄穴森を探していた。炭治郎の部屋を訪ねて居所を聞こうとしたところに、突如上弦ノ肆・半天狗が襲来した。

姿を現すまで気配すらなく、いきなり部屋に現れたそれを見て、時透と炭治郎は上弦の鬼と判断しすぐさま攻撃態勢に入った。動きが早く斬撃を躱す半天狗であったが、時透はそれを上回るスピードで頸を刎ねる事に成功した。

炭治郎が感心したのも束の間、体と頭は分かれてそれぞれ再生し、「積怒」と「可楽」の2体となり、可楽の団扇によって時透ははるか遠くの森の中へ飛ばされてしまう。

 

(早く戻らないと。あの上弦は炭治郎だけでは無理だ)

時透はそう考えて急ぎ戻ろうと走っていたが、偶然小鉄が襲われているところに遭遇した。

(あの子供か……。だが助ける優先順位は低い。見殺しになるが止むを得ない)

里に戻るのを優先しようとするが、ふと思い直して足を止めた。

(人にすることは、巡り巡って自分のためになる、か)

 

炭治郎の言った言葉が何故かずっと引っかかっていた時透は小鉄を助けた。

さらに、近くの工房で研磨作業中の鋼鐵塚と鉄穴森も化け魚に襲われており、彼らも助けて欲しいと頼まれた時透は逡巡した。このまますぐに里に戻るか、彼ら3人を助けてから里へ向かうか?

里には大勢の優秀な刀鍛冶がいる。彼らを助けるためには一刻も早く戻りたいが、別の場所での鋼鐵塚と鉄穴森の救助も頼まれてしまい、そこに向かえば大幅な時間の浪費になるかもしれない。

 

時透は、以前なら迷い無くすぐに里へ戻ることを選択しただろう。しかしこの時は、小鉄の依頼通り鋼鐵塚と鉄穴森を助けてから里へ戻って人を助けると決めた。

(これは正しいのだろうか?間に合うのか?)

小鉄を抱えて鋼鐵塚の工房へと走りながら自問自答する。

(いやできる。両方助ける!僕はお館様に認められた剣士。霞柱・時透無一郎だから!)

時透は強く自分を鼓舞し駆け抜けた。

 

 

鋼鐵塚の工房に到着し、時透は付近で化け魚に襲われていた鉄穴森を助けた。鉄穴森によると、工房の中では鋼鐵塚が不眠不休で研磨を続けており、さらに打ち上がった時透の新刀もしまってあるという。新しく自分の担当になった鉄穴森に刀を依頼しに来たところなのに、何故それが伝わっているのか時透は不思議に思った。

「炭治郎君と倫道君が君の刀を頼んでいったのですよ。先日の訓練の時にボロボロだったから、打ってあげてと言われていたんです。倫道君は、以前鉄井戸さんが君の刀を担当していたと教えてくれましたし、だから私はその書き付け通りに急いで打っておいたのです」

 

時透は、以前担当してくれた高齢の刀鍛冶、鉄井戸の事を思い出した。鉄井戸は、まだ年若い時透を心配し気遣ってくれた。さらに入隊以前の記憶を無くしており、記憶をうまく留めておけない時透の不安や苦悩をよく理解し、時透が柱になった時には我が事のように喜んでくれた。その後すぐに亡くなってしまったが、その鉄井戸が、彼の刀の特徴を詳細に書き付けに残してくれていた。

「早く中へ!」

工房に入ろうとする鉄穴森と小鉄だが、

「待って!」

時透は異常な気配を察知し2人を止めた。そこには既に上弦ノ伍・玉壺が待ち伏せており、ひょっひょっ、と耳障りな笑い声を発しながら壺から現れた。

 

蛇の如くうねうねとした長い体に、短い腕がムカデの様にゾロゾロと何本も生えている。その顔は、両目の位置に口が開いており、額と本来の口の位置に目があり、耳があるはずの位置にはまた短い腕が何本も生えている。

「よく私の気配に気付いたな。お前さては柱だな?私の眼力はごまかせぬぞ……。そんなにこのあばら家が大切かえ?こんな所でこそこそと何をしているのだろうな」

鉄穴森と小鉄は玉壺の気持ち悪さに腰を抜かした。

 

「私は上弦ノ伍・玉壺と申す者。殺す前に少々よろしいか?今宵3方のお客様には、ぜひとも私の作品を見て頂きたい!」

気持ちの悪いやつがなんか喋り出した、と時透は辟易していた。

玉壺は体から生えた短い手を叩き、鍛冶(かぬち)の断末魔、と題した“作品”を時透たちの目の前に現した。

それは、殺した5人の鍛冶職人に何本も刀を突き刺し、繋ぎ合わせたおぞましい物。彼らの体からは未だに血がだらだらと流れ続けており、さらに玉壺は殺す時に彼らが上げた悲鳴を再現して見せた。知り合いや親類縁者の凄惨な有様に、鉄穴森と小鉄は犠牲者の名前を呼ぶことしかできず泣き崩れた。

 

「そんなに感動していただけるとは!」

玉壺は嬉しさを隠しきれず得々と口上を述べようとするが、この外道ぶりに怒りが沸点に達していた時透は、

「いい加減にしろよ、クソ野郎が!」

吐き捨てるなり玉壺に斬りかかった。

壺から壺へ瞬間転移して行く玉壺に対し、次々と壺を割って転移を防ごうとする時透。

「血鬼術・千本針魚殺!」 

玉壺は血鬼術で壺から巨大な金魚を出現させ、多数の毒針を噴出して3人を襲った。

時透は鉄穴森と小鉄の前に立ちはだかり刀で弾き飛ばして2人を護るが、彼自身は多くの毒針を受けてしまう。

 

「毒で手足が麻痺してきたのでは?弱者を身を挺して庇う……全くつまらない矜持だ。そうやってつまらない所でつまらない命を落とす。いてもいなくても変わらぬ、しょせんはその程度の命。本当に滑稽だ。これでも柱だというのだから、分からぬものだが……それもまたいい」

他人を庇い、多数の毒針を受けた時透に向かい玉壺が嘲り嗤った。

(つまらない命って、昔誰かに言われた気がする。誰に言われたんだ?……思い出せない)

時透は一瞬考えていた。記憶が、また揺さぶられる。

しかしまずはこいつを倒してからだ。毒は効いて来てはいるがまだまだ動ける。そう自分に言い聞かせ、さらに斬りかかった。しかし、

「血鬼術・水獄鉢!」

時透は玉壺の血鬼術・水獄鉢を受け、スライムのようなねばねばした液体の塊に閉じ込められてしまった。内部から斬っても突いても液体が力を吸収してしまい、破ることができないのだ。

 

内部の時透からは外界が良く見えた。追いかけて来た小鉄が包丁で水塊を破ろうと頑張っているところも見えたし、玉壺が血鬼術で生み出した化け魚が小鉄を襲うのも見えた。

小鉄は襲われて殺されそうになりながらも水塊を破ろうと奮闘し、呼吸できない時透に向かって水塊の中に思い切り自分の息を吹き込んだ。

 

時透は呼吸ができずに酸欠状態に陥って意識レベルが低下し、誰かががすぐ目の前にいて話しかけてくるような幻視を起こしていた。それは何故か炭治郎の姿を取っていたが、ふと時透が良く知っている、違う人物の姿と重なった。

「人のためにすることは、巡り巡って自分のためになる。そして人は、自分ではない誰かのために信じられないような力を出せる生き物なんだよ、無一郎」

その人物が言った。炭治郎ではない、炭治郎と同じ赤い瞳を持った人。――朦朧とした意識の中、1秒にも満たない時間で記憶の断片が浮かび上がっては消えるが、人物はやがて明確な一つの像となった。

(うん。知ってるよ、父さん)

 

小鉄が吹き込んでくれた空気の中のわずかな酸素が時透の体に染み渡り、その時血鬼術が緩んだ気がした。失神しかけていた時透の目が、かっと見開かれた。

(命懸けで僕を助けようとした小鉄君に。刀を打ってくれた鉄井戸さん、鉄穴森さんに。死ぬ直前、兄が残してくれたあの言葉に。信じられないような力が僕にも出せるんだ。僕は応えなきゃいけない!)

 

今しかない。時透の体に再び力が戻り、全身全霊の技で応える。

「霞の呼吸 弐ノ型・八重霞!」

血鬼術が破られ、水塊がはじけ飛んだ。

脱出と同時に小鉄を襲っていた化け魚を斬り、体内のほぼ全ての酸素を使い切った時透は一時動けなくなったが、頭の中はスッキリと冴えていた。

時透は全てを思い出していた。深呼吸して体中に酸素を行き渡らせ、体も急速に回復した。

 

 

 

 

父は杣人で、僕も木を切る仕事を手伝っていた。僕が十歳の時、家族のために無理をしていた母が病気になった。父は病気の母のために薬草を取りに出かけて崖から落ちて死に、母もすぐに亡くなった。十歳の子供の僕らだけが残された。

 

僕は双子だった。

双子の兄の有一郎は、そんな両親の死を無駄な死と言い切り、弟の僕には、無一郎の無は“無意味”の“無”、“無能”の“無”といつもきつい言葉を浴びせていた。

 

ある夏の夜、2人で家に居る時に鬼に襲われた。兄は致命傷を負わされ、もうほとんど動かなくなっていた。

「助けなんか来ねえよ、大人しく喰われろ。いてもいなくても変わらないようなつまらねえ命なんだからよ」

鬼は僕らに止めを刺す前にそう言った。

 

僕の中で何かが弾けた。煮えたぎるような激しい怒りが沸き起こった。僕には、あの恐ろしい叫びが自分の喉から迸り出たことが信じられなかった。気がつけば僕は家にあった鉈で鬼を滅多打ちにし、重石を叩き付けて頭を潰した。鬼は何度も頭を潰されても死ぬことができずに苦しんでいたが、朝日に焼かれて消えて行った。

 

死ぬ間際、虫の息で兄が神仏に祈っていた言葉で初めて自分への真意を知った。

天罰なら自分一人が受けます。俺は死んでも良いから、弟だけは助けて下さい、と。

無一郎の無は、無意味の“無”なんかじゃない。無一郎は誰かのために無限の力を出せる限られた人間。無一郎の“無”は“無限”の“無”なんだ、と――。

そう言って兄は死に、その体は徐々に腐って蛆が湧いた。瀕死の状態で動けない自分にも蛆が湧き、意識も遠のいてこのまま死ぬのだと思っていた時に鬼殺隊に助けられ、産屋敷家に保護された。

 

その後体は回復したが、兄を亡くし、そのつらい死に様を見たことで精神的に大きな衝撃を受けた僕は、以前の事が思い出せなくなり、新たな記憶も留めておくことが難しくなったが、兄を殺した鬼への激しい怒りだけは消えることはなかった。鬼への感情は、僕の心の中で暗い炎のように燃え続けた。

鬼を滅する。根絶やしにする。

自分はどうしてこんなにも激しい感情を抱いているのか、その理由を思い出すことすらできなかったが、剣を教わり、内なる怒りに突き動かされるままに血反吐を吐くような過酷な稽古を自らに課した。

 

才能がある、周囲のみなはそう言ってくれたが僕の心が安まることはなかった。

最終選別というものに通り、ひたすら鬼を狩った。

剣を握って2ヶ月。気づくと鬼殺隊最高位の“柱”になっていた。

僕の力が誰かの役に立つのか、初めてそう思ったことだけは鮮明に覚えている。

 

以前にお館様がおっしゃっていた。

失った記憶は必ず戻る。些細な事柄が始まりとなり、君の頭の中の霞を鮮やかに晴らしてくれる。心配は要らない。ただつらい経験をしたのが原因で記憶を失っているので、戻った記憶を受け入れるには心構えが要るとも。

こうして記憶が戻ったのは、受け入れる心構えができたからなのかもしれない、そう思った。

 

お館様。僕は今、自分が何者なのかを思い出し、“確固たる自分”を取り戻しました。僕にはもう迷いも戸惑いも焦燥もない。両の足を力一杯踏ん張って、心置き無く戦うことができます。

俺は鬼殺隊 霞柱・時透無一郎。

無一郎の無は、無限の無。自分ではない誰かの為に、無限の力を出せる選ばれた人間。

 

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