体が熱い。気迫が満ち、全身に力がみなぎる。
気分が良い。ちょっとだけ体が痺れているけど関係無かった。
弱気な考えは捨てた。時透は倒れた小鉄を抱えて鋼鐵塚のところへ戻ると、そこでは倫道が玉壺と戦っていた。
少し前、やっとのことで鋼鐵塚の工房へたどり着いた倫道は、一心不乱に刀を研ぐ鋼鐵塚とそれを見守る鉄穴森を護って玉壺と戦闘を開始し、玉壺の注意が逸れたことで時透への血鬼術が緩んだのだった。
(このガキ、私の術を抜けて来た!一体どうやって……?!まあ死にかけのガキが一匹戻ったくらいでは戦況は変わらぬ。それよりもこの新手のガキを早く始末せねば)
玉壺は時透を見て驚いたが、すぐに思考を切り替えた。
鉄穴森は、倫道が戦っている間に新たな刀を時透に投げ渡す。
「ありがとう、鉄穴森さん」
新たに打った刀を抜くなり、時透は鋭い斬撃を繰り出す。すんでのところで逃げられるが、玉壺の頸を斬りかけた。
「無一郎君!大丈夫か!」
倫道が聞いて来るが、
「倫道、ありがとう。大丈夫だよ、俺は今すごく調子が良いんだ」
時透は答え、さらに鋭い斬撃を浴びせて行く。
(この死に損ないが!毒で体が痺れているはずだろうが!いや待て、あの痣は何だ)
玉壺は毒が効いているはずの時透のスピードに驚愕し、先ほどまでは無かった“痣”が出ていることにも警戒した。
(無一郎君が俺の名前を!……そうか、記憶を取り戻したんだね!あ、それよりも痣が出ちゃったな)
倫道も驚き、そして少し心配する。
鋼鐵塚と鉄穴森を護るためやや引き気味に戦っていた倫道も、時透が戻ったことで攻めに転じる。激しい戦闘で工房が半壊し、鉄穴森は研ぎ続ける鋼鐵塚を連れて安全と思われる所まで離れた。
「便所虫の様な存在のくせに、生意気なガキども。一息に捻り潰してやろう」
玉壺は言い放つが、
「便所に住んでいそうなのは君の方でしょ。それにさっき僕に頸斬られかけて慌てて逃げたよね?」
時透が言い返す。
(癪に障るガキどもめ。しかしここで軽率に怒りを見せてはこのガキどもに小物と舐められる。強者たる者、鷹揚に構えておらねば!)
変なプライドから玉壺はそう考え、
「貴様らの方こそ便所虫だろうがっ!いや……いかん、私ほどの芸術家が、便所虫などと下賤な言葉を吐いてしまうとは!全くこれだから教養の無い貧乏人とは話したくないのだ。私の気品ある優雅な姿も理解できまい」
一瞬怒りを見せるが自制し、憐れむような口調になって言い返した。
「君の顔は目の位置に口がついていて、口に目玉?耳には腕?がついてるのかい?じゃあ耳はどこかな、肛門にでもついてるの?ひょっとして耳から便が出るのかな?」
そこへ倫道が割り込んで煽る。
「貴様!いや、君たちの品性下劣な会話にはついて行けぬ。そもそも上弦ノ伍たるこの私が」
玉壺が言いかけたが、
「無一郎君、こいつこんな気持ち悪いかっこしてるくせに自分で“上弦”て言っちゃってるよ。誇大妄想入ってるのかな?」
倫道は無視して時透に話しかける。
「でもヘンテコな壺作って芸術家気取りもイタイよね」
時透も顔をしかめて言う。玉壺から完全に目を離し、おばちゃんの井戸端会議のように
「いやぁねえあの気持ち悪い顔」「聞いてよ、さっきもこんなこと言っててさぁ……」
ゴモゴモとおしゃべりする時透と倫道の様子に、
「コラっ貴様ら!よそ見をするんじゃない、このバカガキどもがっ!私の方を向け!良いか貴様らぁ!!……い、いや、君たち。君たち脳筋には理解できないだろううが一応言っておくと、私の壺は高く売れるのだよ。まあ君たちのような審美眼の無い猿には分からないだろうが」
玉壺は表情筋をピクピクさせながらも怒りを押さえ、辛うじて冷静な口調に戻って言い返す。
「さっきから気になってしょうがないんだけど、君のその壺、どう見ても歪んでるよね。本当はそれ失敗したんでしょ?えっ、それで完成?ヘッタクソだなあ」
また時透が遮って煽ると、
「まあまあ無一郎君、その位で精一杯なんだろう。所詮は便所に住む脳筋便所虫が自己満足で作る、便を溜める便壺だからね」
倫道が止めの煽りを食らわした。
「私の壺を、べ、便壺だとおお!貴様らあああ!!とうとう上弦ノ伍であるこの玉壺様を怒らせたようだな!!殺してやる!!」
玉壺は案外簡単にブチ切れ、怒りで顔中に青筋を立てながら2人に怒鳴る。
「血鬼術・一万滑空粘魚!」
壺から生み出した一万匹の肉食魚が2人に襲い掛かるが、
「霞の呼吸 陸ノ型・月の霞消!」
時透が全て切り裂き、
「水の呼吸 陸ノ型・ねじれ渦!」
倫道が毒粘液を残らず弾き飛ばす。
大技を放った直後の玉壺を斬ろうと時透が再び迫った。
「お前たちには私の真の姿を見せてやる。この姿を見て生きて帰った人間はおらぬぞ。……私を怒らせた報いだ、この完全なる美しき姿にひれ伏してから死ね」
玉壺は躱して樹上に逃げて、もったいぶった口調で告げた。
「へー」「ふーん」
セリフ棒読みで相槌を打つ倫道と時透。
玉壺は完全体となり時透に殴りかかる。先ほどより格段にスピードが上昇し、玉壺の拳が触れた時透の隊服の一部が鮮魚に変わる。
「この白く透き通る鱗は金剛石より強く、体には強靭なバネ。そしてこの神の手の威力はどうだ。拳が触れたものは全て鮮魚となるのだ」
玉壺は握りこぶしを作り、自らに陶酔しながら言った。
「どんなすごい攻撃でも、当たらなかったら意味ないでしょ」
時透は不敵な笑みを浮かべて言い放ち、反撃しようとした。
(そうだ、拳が触れた物は全て鮮魚となるんだった。じゃあちょっとやってみるか)
一方原作を思い出した倫道は、玉壺の口上を聞いて急に態度を変え、おおっ!!とわざとらしく目を見開いて感心して見せた。
「素晴らしい!それが真の姿なのかっ!素晴らしい美しさだ玉壺殿!さすがは上弦に列される強き鬼!見ろ、月も貴方の美しさを讃えて照らしているぞ!」
歯の浮くようなクサい誉め言葉まで吐いた。
「君にはようやく私の高貴な美しさが理解できたようだね。少々遅すぎるが……それでも褒めてやろう」
玉壺は急にベタに褒められ、まんざらでもない様子になった。
「玉壺殿。先ほどの非礼はお詫びしましょう。どうか月に向かって両の手を広げて見せてください!」
倫道は刀を収めて玉壺に懇願する。
「まあ見せてやらぬでもないが。こうか?」
玉壺は言われたポーズをとってやった。
「おお、何と美しい……!では、次は」
「まだあるのかえ?まあ殺す前に見せてやろう。冥途の土産にするが良い」
まんざらでもない様子の玉壺は、だんだん機嫌が良くなる。
「寝そべって、こう、片手を軽く握って頬杖をついて、もの憂げな表情をなさってください」
倫道は、アイドルが水着でやるようなポーズを要求した。
(何やってんのこの人?)
時透は倫道の真意が理解できずに呆然と見ている。
「体を横にすれば良いか?こうか?」
玉壺はさらに上機嫌になり、体を横たえ、軽く握った手で頬杖をついた。
「おお、美しい!何と表現すれば良いのか分からない!言い表すことができない!この……」
倫道は手を胸の前で組み、浮ついた美辞麗句を述べながら感激の表情を浮かべる。だがその手は解かれ、右手は徐々に左腰の刀に近づく。
そう、玉壺の神の手は、拳で触れたものが鮮魚となるのだ。
拳を握って頬杖をついたら?
「この、アホさ加減」
倫道が小声で呟く。次の瞬間、玉壺の体は数百匹の鮮魚となった。
「今だ!斬れ!」
倫道は叫び、玉壺だった魚を斬りにかかった。
「えっ?あっ!」
時透も一瞬遅れて意味が分かり、すぐに魚を斬ったが、逃げた魚は寄り集まって元の玉壺に戻ってしまった。
倫道は、何だ戻れるのかよ、と舌打ちしながらつまらなそうに吐き捨てた。
「このガキめ!舐めた真似をしおってええ!!」
虚仮にされた玉壺は怒り狂うが、ここで倫道に異変が現れた。
「くっ、今頃になって!」
口元を手で押さえ、うぷっと吐きそうになり表情を歪めた。
「さっきの毒が効いているではないか。やはり私の攻撃は完璧だ。すぐに手足が痺れて動かなくなる。私を虚仮にした代償は高くつくぞ。しかし心配するな、お前の様なバカガキでも私が美しい作品にしてやろう。さてさてどんな作品にしてやろうか、胸が躍る」
玉壺はニヤリと笑い、あくまで自分の毒の威力と信じて疑わず、誇って見せた。
「倫道!大丈夫?」
「だ、大丈夫」
心配する時透に倫道は少しつらそうに答える。しかし倫道は意外な言葉を口にし、時透は呆れ、玉壺はさらに怒り狂った。
「来る前にみかん食べ過ぎちゃった。うっぷ……やっぱり皮ごとは良くなかったかも」
戦場に微妙な空気が流れる。上空ではマスカラスが「アホー、アホー」と鳴いていた。
玉壺は、煮えたぎる怒りにわなわなと全身を震わせ、顔中の血管が破裂してぴゅーぴゅーと小さな噴水のように血が噴き出していた。
「こ、この、ド腐れガキャぁあ!!今っ!今すぐに殺してやる!!!血鬼術・陣殺魚鱗!」
複雑な軌道で跳ね回り、玉壺は全力で2人を殺しにかかった。
「霞の呼吸 漆ノ型・朧」
しかし、時透と倫道は同時にかき消え、次の瞬間どちらかが現れ、現れてはまた消え、玉壺は2人の姿を捉えることができない。
(こいつらは一体何だ?なぜ消える?これは……霞?)
「そこかっ!私の本気を見るが良い!」
玉壺は一瞬現れた時透に襲い掛かるが、あっさりと躱されて呆然とする。
「俺もこれからは本気だよ」
どこからかささやくような時透の声を聞いた瞬間、あっさりと頸を刎ねられていた。
あまりの速さに、玉壺は斬られたことに気づくのに数秒を要した。
(斬られた!?私がこんな子供に……!)
玉壺は斬られて頸だけになっても、
「人間のくせに!悍ましい下等生物の分際で!よくもこの玉壺様の頸を!私は貴様ら百人の命より価値があるのだぞ!許せない!あってはならない!」
そう喚き散らし、モゾモゾと蠢いていた。
「貴様らのつまらぬ命を、この私が高尚な作品にしてやったというのに!この下等な蛆虫共……」
時透はなおも喚きた立てる玉壺の頸を、目にもとまらぬ連撃でバラバラに刻んで止めを刺した。
「この肉片の飛び散り具合、僕の最初の作品としてはなかなかのモンだろう?お前も素材にしてやったんだ、感謝してさっさと地獄へ行きなよ」
(怖い怖い、あれは正義の味方の笑顔じゃないですよ!)
灰になる玉壺に言い捨てる時透の冷たい笑顔に、鉄穴森は震え上がった。