27話 束の間の平穏
蝶屋敷に炭治郎君のお見舞いに行くと、帰って来た善逸君が大興奮している。禰豆子ちゃんが日の光の下で活動できるようになったのを見たからだ。
頭から湯気が出て、声が汚い高音になっている。怪我の療養のため炭治郎君が療養している間、蝶屋敷の女の子たちが色々と話しかけてくれたおかげで、禰豆子ちゃんはだいぶ言葉も流暢になっている。大興奮の善逸君に禰豆子ちゃんが微笑んだ。
「おかえり。……いのすけ」
一瞬静まり返る現場。言葉を教えたのはアオイさんたちだけではなかった。
俺は失意のどん底にある善逸君に声をかけた。
「うぇぇん、水原さぁん!」
善逸君はべそをかき、鼻水を垂らしながら抱き着いて来た。
ぎゃあ!鼻水が!
まあ仕方ない。俺はさすがにかわいそうになり、善逸君を縁側に連れ出し大丈夫か?と話しを聞いてあげた。
「禰豆子ちゃんがああ!喋ったと思ったら……伊之助の名前を……」
善逸君、それは伊之助君が教え込んだからだよ。気にするな、若い頃の失恋の一つや二つ、二十や三十、五十や百。
「そんなに失恋してねーわ!!けどあいつどこにいる?ちょっと殺してくるわ……」
物騒だなあ、その闘志を訓練に向けてくれよ。はぁ、しょうがないな。君には一番効果的と思われる励まし方をしようか。
「まあまあ、戦いが終わったら俺が可愛い女の子召喚してあげるから。機嫌治して頑張れよ」
俺はそうなだめる。
「俺は禰豆子ちゃんが好きなの!……えっ、本当に?」
切り替えが速すぎるぞ善逸君。
「本当に、しょうか……?え?しょうかん?今、召喚って言わなかった?紹介じゃなくて?なんか異世界から来そうで怖いんですけど!」
そうそう、異世界っていえば、ものすごい美貌で、いつも半裸の女はどう?まあ頭から鳥の翼が生えてて、手足は鋭い鉤爪のデーモン族の女だけど。
妖鳥シレーヌって言ったかな?
でも善逸君が、ふざんけんなこの野郎という目で見ているからもう止めておこう。冗談だよ善逸君。
全くモテないのに俺が紹介できるわけないだろう。召喚も……ちょっと無理だよな。
「やっぱり禰豆子ちゃんがいいよぉぉ!」
分かったから、鼻水が垂れてビローンってなってるまま叫ぶな。善逸君、頑張ったら禰豆子ちゃんもきっと君を認めてくれるよ。禰豆子ちゃんは、鬼の状態でも実は朧げながらに記憶があるんだよ。
それに最後には君の思いは通じることになってるんだから。でもこれ言っちゃうと努力しなくなるかな?今は黙っておこう。
「頑張ってって言われてもさあ……。俺は鬼狩りなんて、こんな危険な事嫌なんだよ。愛する人と平和な暮らしがしたいよぉ……」
急に落ち込み、妄想を語り出す善逸君。
「朝起きたらさ、みそ汁のいい匂いがして、包丁の音がしてさあ。そんな平穏な日々が……」
明後日の方角を見ながら、完全に妄想に入っている。
包丁の音っていうと、こんな感じ?俺は、ヒュン!ヒュン!シュッ!シュッ!と擬音を付けて振り回す真似をする。朝から家の中で包丁振り回したら危なくない?あんまり平穏な暮らしじゃないな。
「ヒュンって……?違うよ!振り回す音じゃねーよ!バカなのあんた!?」
ちょっとした鬼殺隊ジョーク(?)じゃないか。善逸君をからかうと面白いなあ。
「もうふざけんなよ!いい加減にしないと俺の怒りの導火線が爆発するぞぉ!」
「ごめん善逸君、“導火線”は火を点ける所だから爆発は……」
「分かってるよ!ちょっと間違えただけだろ!」
「ごめんごめん、ところで善逸君はもうちょっとで柱になれる実力だから、お詫びに良い事を教えとくよ。柱っていったらさあ、やっぱり女の子にもてるし」
俺自身はもてたことはないが、適当なことを言う。
「ホントにっ!本当にもてるの?!」
おお、今日一番の食いつき。
「(鬼に)出会った時に名乗ると、柱なの?!って喜ばれるよ(倒したらあの方に認めてもらえる!って、特に上弦の鬼に)。怖いって逃げられることもあるけどね。(頸を刎ねる時)痛くしないからって言うんだけど。まあ(鬼は)絶対逃がさないけどね」
善逸君、聞いてるか?何の妄想してるか知らんけど。
「でも柱になったら、大変だよ」
俺はそういう不純な動機で強くなろうとする善逸君を諫める。
「大変って、何が大変なの?!」
善逸君は食い気味で聞いてくるので、説明してあげた。
「色んな人が(稽古の)相手をしてくれって言って来るんだよ。入れ替わり立ち替わりで休む暇が無いくらいにだよ?もう、1日に何人も(手合わせ)すると、体が幾つあっても足りないよ。でもお互いに理解するにはこうする(殺し合う)のが一番て(風柱が)言うから。それに可愛い(弟子の)子の相談に乗ったり、夜は夜で(戦いの)本番でしょ?(鬼が出るから)あまり眠ってる時間もないし」
何故か義勇並みに言葉足らずになる俺だが、善逸君がハアハアしているは気のせいか。
「俺!強くなって柱になります!なって見せます!」
間違った方向に行かないか非常に心配だ。
「君が頑張ることで救える命がある。それに、俺たちが稽古や任務で流す汗が増えると、一般の人が鬼のせいで流す涙が減るんだよ。だから頑張ろうぜ!」
俺は少しまじめな事も言って善逸君を励まし(ちなみにこれはカズレーザーさんが災害救助に従事する自衛隊のみなさんに語った言葉だ)、炭治郎君の病室へ向かった。
炭治郎君は珠世さんからの手紙をこっそり見せてくれた。俺は実はまだ面識がなく、炭治郎君や猫の茶々丸を通じてのやり取りしかない。
だが手紙の文面には、竈門炭治郎様、水原倫道様と名前を入れて下さっている。上弦ノ伍・玉壺を倒した時にも茶々丸が来ていたので、お会いしたい旨を記した手紙を茶々丸の首輪に付けていたのだ。我ながらなんてロマンチックな。愈史郎君に知れたら殺されるかもしれないが。
手紙によると、浅草で無惨に鬼にされた男の人が自我を取り戻したそうだ。それに、俺たちが送った鬼の血の分析などから、鬼を人間に戻す薬の研究はさらに進んでほぼ完成したとのこと。
そしてもう一つ、鬼どもが使う毒はかなり共通点が多く、解毒剤も完成に近づいているという。素晴らしい。
あとはしのぶさんと協力してもらって、最終決戦で使用する4つの効果がある薬、いや毒を完成していただく必要がある。それとできれば俺も参加して、もう1つ原作にない効果を加えたいと考えている。
俺は手紙だけ見せてもらい、それについての話はせず炭治郎君の体調や怪我の具合について話していると、鋼鐵塚さんが研ぎ上がった刀を渡しに来た。俺と無一郎君が護ったから大した怪我もしておらず、片目を潰されることもなく本当に良かった。
超絶的に偏屈で他人と打ち解けず、担当した剣士から嫌われて交代することも多かったという鋼鐵塚さん。しかし炭治郎君が頼りにしてくれているのを知って、あの古い刀を精魂込めて研ぎ上げてくれた。刀鍛冶の里での戦闘の時は研磨術の途中で玉壺の邪魔が入り、結局3日3晩不眠不休の研磨術をもう一度やり直したのだ。この時は大変お疲れな上、研ぎ上がった刀の出来が素晴らしく、むちゃくちゃハイテンションになっている。徹夜で仕事して、翌朝も続けて仕事だったりすると変なテンションになる、あんな感じ。徹夜勤務が明けて、続けて夕方まで通常勤務、そんな職場は日本にもまだたくさんあるのです。
鋼鐵塚さんは、病室でいきなり炭治郎君の前に立って刀を突き出し、
「は……刃……!」
「鋼鐵塚さん?お、落ち着いて」
早くこの素晴らしい刀を見てもらいたいという想いは分かるのだが、興奮して言葉が音節レベルになり、十五歳に気を遣われる三十七歳児。パッと見かなりアブナイ人だ。
「ありがとうございます!は……?刃かな?抜いて刃も見ますね!」
炭治郎君の方が精神的には大人なので、鋼鐵塚さんの意を酌んで鞘を払った。
「凄い……漆黒の深さが違う……」
「本当に凄い。お見事です、鋼鐵塚さん」
炭治郎君も俺も、その見事さに見入る。
鋼鐵塚さんはどうだと言わんばかり、ひょっとこのお面までが得意気だ。深い漆黒の刀身に、鍔元には「滅」のただ一文字が刻まれている。日輪刀は、一度色が変わるとそれからは変化しない。この色は、元の持ち主の色なのだ。
「何の呼吸だったかは分からないが、元の持ち主は相当強い剣士だったんだろう。鉄も特上だ。これほど凄い刀は、滅多に拝めるもんじゃない。大事にしろよ!さもないと――」
鋼鐵塚さんがすごむ。
「はい!」
「はい!」
炭治郎君と、鋼鐵塚さんの迫力に押されて何故か俺まで揃って良い返事をする。
この刀こそが、勝負を決める一刀。そこまでの重みを知ってか知らずか、帰って行く鋼鐵塚さんに深々とお辞儀をする炭治郎君。俺も最大限の感謝を込め、最敬礼をして見送った。
その後、隠の先輩である後藤さんがやって来たので、正体が露見するのを避けるため俺は早々に見舞いを切り上げて蝶屋敷を後にした。