実家に着くと、父が歩いて出迎えた。
「あれ?父上、これは一体」
そうか、病気と言って子どもを呼び寄せる、みたいなやつ?
何ともなくて何よりだけども。
「修行は順調か?久しぶりだからゆっくりして行きなさい。見せたい物もあるし、頼みたいこともある」
何かあるのですか?すると新しく作ったという地下室へ案内された。そこには小さいながらウエイトトレーニングの設備、酸素カプセル、アイスバスまであった。年齢的にはそろそろウエイトトレを始めて良い頃かと思っていたところだったので、いやそうじゃなくて。
今は明治時代のはずでは?
ありがたく使わせていただきますが。
前から思ってたけど、この家現代の要素ちょいちょい入ってるよね。そればかりか、現代においてさえオーバーテクノロジーな物も。最後ここに来れば元の時代に戻れるとか?
何か変身ベルトのようなものは無いのですか?もしくは鎧を召喚するみたいな。
黄金の鎧でもいいし、「蒸着!」みたいなのでもいいですが。
無いですか、そうですか。
とにかく俺は実家にいる間、体が鈍らないようウエイトトレーニングと雲取山でのトレイルランで体力の向上に努めていた。1か月もするとトレーニングの成果で体が大きくなり、パワーもついてきた感じ。
するとある日、父から、叔父の家に手紙を届けるように頼まれた。
「簡単だが旅装を整えてある。それと、道中安全のために、護身用の武器もある。家は、藤襲山を目印に行くと良い」
藤襲山!もう作為的なものを感じるが、すぐに行って来ます。
装備は、黒のロングコートに黒の上下、なぜか黒覆面、大腿部には、護身用というにはごつすぎるサバイバルナイフがホルダーに。それと、メディカルキット。これで、錆兎を救出しよう。
叔父さんの家に手紙を届け、夕方まで休ませてもらい、夜の闇に紛れて最終選別のフィールドに潜入した。気配を探ると、最終選別が行われているのは間違いない。
山の入口、咲き狂う藤の花を摘んでエキスを作り、適当な大きさの尖った石を幾つか拾ってエキスを塗り、ナイフの刃にもエキスを塗っておいた。
たくさん作っている時間は無いし、しのぶさんの使う毒のように、濃縮して精製した訳ではないので効果は弱く一時的だろう。
気配を殺し、強化五感を使って探知していると、遠くに幾つか鬼の気配。そして、さらに進んで周囲を探ると、義勇たち数人の受験者が身を潜めている岩穴があった。
義勇はもう気絶しているらしく動きがないが、彼らが生きていることは確認出来た。場所を把握してから、錆兎の探索に向かった。
山奥に進むと、短い悲鳴としっかりしろ、という錆兎の声。
大丈夫、間に合った。鬼に襲われていた他の受験者を助け、錆兎はなおも進んで行く。このまま何も起きなければ、と祈りながらこっそりと錆兎の後を追った。しかし。
(悪臭!これは……)
そこへ、ついにヤツが現れた。
(でかっ!こわっ!それにくっさっ!)
錆兎の厄除の面を見て、手鬼が気味の悪い薄ら笑いを浮かべる。そして、アニメでも見た煽りを入れて来やがった。
怒りに震えながら、錆兎は手鬼に斬りかかった。手鬼の攻撃を全て捌き、地面からの不意打ちも躱し、頸を狙う間合いへと入るチャンスを伺っていた。
手鬼の攻撃は益々激しさを増し、錆兎は大きなダメージこそ負っていないが受け太刀が多くなり、これまでの連戦の疲れが明らかに出ていた。そして、あの瞬間が訪れてしまう。
手鬼の攻撃を掻い潜り、一瞬で間合いを詰め、頸を刎ねる。
「あっ!」
正にその瞬間、ガサッ!と大きな音を立てて、俺は隠れていた木立の陰からはみ出してしまっていた。間抜けな声まで出して。
錆兎の刀は折れたが手鬼が一瞬こちらに気を取られ、原作では錆兎の頭に直撃するはずであった手鬼の腕はわずかに逸れた。が、すぐに次のパンチが放たれ、なおも空中で身動きが取れない錆兎の右脚に命中、錆兎は数メートルも吹き飛ばされて転がり、呻いている。
手鬼は俺の方を見るが、覆面をして刀も持っていない様子に正体を図りかねているようだ。その隙をついて、俺は飛び出して錆兎を担ぎ、手鬼に背を向けて全速力で逃げ出した。
「何だお前!俺の獲物返せ!」
多数の腕を自由自在に伸ばして放ってくるこの全方位攻撃は強力だが、アニメを見た限りでは本体の動きは遅い。それに腕を伸ばせる範囲は限りがあるはずだ。
そう自分を鼓舞し、回避し、駆け続けた。全速力で走っているが、何せ人間を担いでいるため簡単には逃げきれそうにない。
「俺を……降ろせ!」
錆兎は苦しそうに言うが、そうはいかない。右脚は、くっついているのが不思議なくらいだ。最低限骨折はしているし、こんな状態で戦えるはずがない。
お前は死なせない。
単純に逃げることは諦め、手鬼を行動不能にして離脱する作戦に切り替えた。追いかける腕同士が干渉するように細かく方向を変えながら手鬼の周囲を走り、その隙を伺う。
「!」
腕が迫って来たので、ナイフを引き抜いて逆手に構え、走りながら数本の腕をざっくりと切り裂く。
腕をいくら斬っても効かないが、これはただのナイフじゃない。
「ぐわっ!」
手鬼は叫んで怯み、一瞬動きが止まる。
藤の花のエキスを刃に塗ったナイフで何度もヤツの腕を切り裂き、俺を捕まえることに集中させる。
ただ斬られるより痛いのか、いら立ち、攻撃が大味になった。その時前方に雑魚鬼が現れ、こちらに襲いかかろうとした。
俺は一瞬で距離を詰め雑魚鬼の頸動脈を切り、棒立ちになった体を手鬼の方へ蹴り飛ばした。
何本かの腕で雑魚鬼の体を避け、俺を捕まえるために多くの腕を遠くに伸ばしているため、本体のディフェンスが甘くなる。その瞬間を逃さず、藤の花のエキスを塗った石つぶてを連続で投げ、上手く両目に命中させた。
「ぎゃああ!目がああ!」
手鬼は仰向けにひっくり返り、目をおさえて苦しんでいる。この隙に俺はこれ以上ないダッシュで逃げ、何とか振り切ることに成功した。
背負ったメディカルキットを前に抱え、担いでいた錆兎を今度は背負い、俺はあの岩穴を目指した。錆兎の右脚の膝から下は変形し、脚絆からはボタボタと血が滴っていた。
開放骨折もあるだろうし血行障害も心配だ。出血量も多い。早く処置をしたいところだが、手伝う人がいないとおそらく傷の処置が困難であろうし、万が一処置中に鬼の襲撃を受ければ2人とも死ぬかもしれない。
手鬼との戦闘もあって随分と離れてしまい、かなりの距離を戻らなくてはならない。それも鬼に見つからずにだ。
右脚の付け根を縛り、木の枝で副木を作って簡易処置を行ってから、細心の注意を払いつつ先を急ぐ。出血と痛みでもうろうとしているが錆兎は確かに生きている。
右脚を残せるかどうかも難しい判断だが、もたもたしていたら救命さえできなくなる。
だがここまで来たらやるしかない。最優先は錆兎の命を救うこと。そのために出来うる最善の処置を。
俺はあの岩穴へ急いだ。