30話 音・霞・炎
柱稽古が開始された。
俺は一番最初に訓練生を引き受ける係を仰せつかった。担当は全ての基本。
原作での柱稽古の内容が分かっていたのでその導入と基礎。このトレーニングは何が目的か、どんな効果があるか、パフォーマンスがどう改善するか。それらを詳細に解説しながら行った。
剣技については基礎の練り直しと、トレーニングで得られたパワー、スピード、スタミナ、柔軟性等体力要素の向上を剣技に生かすよう、動作の連携を中心に稽古を課した。
「水原さんのところで訓練しておいて良かった」
実際、後で口々にそう言われた。それに加えて動機付けの意味もあるが、他の柱を招いたり他の柱の元へ訓練生を一緒に連れて行ったりして、柱同士の手合わせの様子を積極的に見せた。間近で繰り広げられるハイレベルな攻防に、訓練生たちは大いに刺激を受けていた。
1人2人の底上げではたかが知れているが、50人や100人がレベルアップするとなると、戦力的には大きな差となるはずだ。
俺は今日、柱稽古の一環として宇髄さんを訪ねていた。手合わせと連携訓練、爆薬の増産を依頼するためだ。
宇髄さんは柱稽古の2番目だからもう訓練生がたくさん来ており、基礎体力訓練と称して徹底的に走り込みをさせられていた。
まきをさんが、あらー久しぶり!と元気に出迎えてくれた。雛鶴さんは訓練生のためにせっせとおにぎりを作っていて、俺を見てにっこり笑ってくれる。須磨さんは俺に気づいて手を振ってくれているけど、焚火にかけた大鍋を盛大に吹きこぼれさせてわちゃわちゃしているが大丈夫かな?
ああっ、もう見てらんない。俺が鍋を心配して駆け寄ろうとしたら、
何故か須磨さんもこちらに駆け寄ろうとして、鍋を吊り下げるために火の周りに組んであるやぐらを蹴っ飛ばした。
猪肉やら熊肉やら、精のつきそうな具材が沢山入った、出来上がる寸前だった3つのくノ一特製大鍋は、ばしゃーん、と全部落ちて地面にぶちまけられてしまった。
須磨さんと俺の顔がすうっと青ざめて行く。
「須磨ああっ!!」
それを見たまきをさんが鬼の形相に。
須磨さんはまきをさんに目ん玉飛び出すくらい怒られて、泣きべそをかいているが俺は知らん。
……本日のお昼はお握りだけになった。
この悲劇は見なかったことにして、俺はランニングしている訓練生たちを怒鳴っている宇髄さんのところへ行った。
「おう、よく来たな。それじゃ早速立ち合いといくか」
宇髄さんと広い庭に移動して手合わせし、連携を確認した。
訓練後、少し込み入った話をするため俺と宇髄さんは訓練生とは距離を離して座り、木の枝に刺したおにぎりに味噌を塗り、焼いて食べながら密談する。
「この前の講義は良かったぜ。しかしお前」
と宇髄さんは声を潜め、
「忍びの俺より情報収集すげえじゃねえか。式神だっけ?どうなってんだお前は」
あれは実家に伝わっている秘法でして。俺の実家には訳の分からない物がたくさん置いてあるんですよ。
でも宇髄さんだって忍獣ムキムキねずみがいるじゃないですか。遺伝子操作してません?あの子たち。いずれにしても、漫画の世界ならでは。細かいことは突っ込まない(笑)。
「お前の注文通り、物に当たったら爆発するように信管付きの火薬玉も作ってるぜ。火薬玉だけだと起爆に刺激が要るからな。無惨の本拠地で使うんだろ?それに爆薬も増産はしてる。……にしても量が多すぎねえか?それに一方向に衝撃を集中する、か……。出来ない事じゃないが、細かい調整が要るな。どういう訳だ?」
「……」
俺は黙って下を向く。
お館様が自爆することはこの世界ではまだ誰も知らない。あまね様やお嬢様たちも知らないかもしれない。もちろん説得するつもりだが、どうしても聞き入れてくださらない場合には、俺なりに考えた策があった。だがそれとて無事に済むとは限らない。訳を話せば全てを打ち明けなければならない。この段階ではまだ言えない。
「何か事情があるんだな。まあいい、協力してやるよ。この俺様に任せておけ。その代わり失敗は許さねえ。派手に成功させろよ」
助かります兄貴。
「この手を使うと確定したらまた相談させてください。今はこれ以上は言えなくて……。すみません」
俺はそう詫びながら頭を下げた。
後は、あの吉原での共闘、楽しかったですねという話で盛り上がった。この戦いが終わったら温泉にでも行きましょうと約束し、俺は屋敷を後にした。
今日は無一郎君と稽古だ。
「無一郎君、今日はよろしく」
「ああ、倫道。こちらこそよろしく」
にこやかに挨拶を交わすが、不死川さんや悲鳴嶼さんは“さん”づけで俺は呼び捨て……。悲しいほどの格差に俺は少しへこむが、親しみの現れと自分を無理に納得させ、早速稽古に入った。
今回は訓練生たちも見学させているので、カッコ悪いところは見せられないな。記憶を取り戻してから、剣技に更なる冴えを見せる無一郎君。手合わせしたが、強いね!
上弦ノ壱・黒死牟は、鬼殺隊剣士の全集中の呼吸と血鬼術を融合させた、“月の呼吸”を使う。斬撃そのものがとてつもなく速く正確であるうえ、1回の斬撃に幾つもの三日月状の刃がついてくるやっかいな技だ。三日月状の刃は、大きさもタイミングも数も一定ではない。少しでもこの規格外の技に慣れるため、俺は秘密兵器を用意した。
長短様々な長さのひもに小太刀を何本もくくり付けた木刀で、仮想“月の呼吸”とする。
この仮想剣は、剣を振るとくくり付けられた幾つもの小太刀が一緒に振られ、三日月型の刃による不規則な斬撃をいくらかは再現できる。しょぼいと言うなかれ、こんなのしか思い付かなかったんだから仕方ない。原作の漫画で見ただけだが、やってやるぜ。
行くぞ無一郎君。
「月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵ノ宮」
「月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月」
特製の木刀での超高速の横薙ぎ一閃から斬り上げ3連擊。
本物には遠く及ばないが、スピードに慣れるだけならいくらかの役には立つだろう。
「本当にこんな面倒な攻撃なの?」
そうだ。それに原作を読んだだけの俺の猿真似など問題にならない、スピードも威力もとんでもない代物だ。
それに、これではまだヤツの得物である“虚哭神去(きょこくかむさり)”の真の威力を見せられていない。
俺は別に用意したバカ長い木刀を出して再度訓練を開始した。もちろん小太刀をくくり付けて三日月の刃も再現した特製である。この状態になってからが本当の戦いなのだ。
この状態でも立ち合いを行い、柱稽古を終了した。
2人で休みながら俺は無一郎君に語りかける。
この上弦ノ壱は君のご先祖だ。もしかしたらヤツもそう言って、心理的な動揺を誘うかもしれないから先に話しておくよ。
「そうなんだ。まあ関係ないけどね」
無一郎君は極めて冷静に言い切った。確固たる自分を取り戻した彼には、大きな影響はないらしい。
無一郎君、君は強い。だけどくれぐれも1人で突っ込まないようにね。
「倫道、俺を誰だと思ってるの?無一郎の無は“無限”の“無”なんだよ!」
無一郎君は俺を軽く睨んでみせる。それから真顔になり、
「でも、分かってるから大丈夫。……倫道、もし俺が負けそうな時は、力貸してよ」
もちろんだよ。人のためにする事は、巡り巡って自分のためにもなるんだ。俺はあの時の言葉を返す。
「ああ、そうだったよね」
無一郎君は思い詰めた顔から、少年らしい笑顔になってくれた。
でも無限の無ってお兄さんが言ってくれた言葉だろ?俺がふざけてそう言うと
「そうそう、自分で考えたんじゃないんだけど……。でもさ、どうして俺に兄がいたこと知ってるの?」
何気ない調子で無一郎君が聞いてきた。しまった、また余計なこと言った。俺が答えに詰まっていると、
「さっきも、俺が上弦ノ壱と当たるような言い方だったし……。倫道は何だかみんな知ってるような感じだね。まあ相手が誰でも、みんな斬るけど」
無一郎君は遠くを見るように微笑んだ。
「い、いやあ何となく、そんな気がしただけで……」
俺はどもりながら誤魔化す。あまり突っ込んでほしくないんだその辺は。
「俺たちは1人じゃない。1人じゃできないことも、みんなで力を合わせればできる。無一郎君、一緒に頑張ろう」
俺はそう言って訓練を終了した。
今日は煉獄邸に出稽古に来た。
杏寿郎さんと実際に対峙すると、すごい威圧感だ。
その気迫が周囲の空気を震わせる。
杏寿郎さんは痣も出さずに猗窩座とやり合ってたわけだし、強いのは当然か。それから千寿郎君も加えてフォーメーション練習等もみっちりと行った。千寿郎君もまた腕上げたね。
激しく稽古していると、槇寿郎さんが帰宅した。隊員たちに稽古を付けて来たと言う。なんか雰囲気が全然違いますね。千寿郎君のことでお屋敷にお邪魔して、初めて会った時のあの飲んだくれのだらしないダメ親父は一体どこに行ってしまったのか。
「ああ、最近は父上とも稽古をしているんだ。君との任務の後、もう一度刀を握る決心がついたと言われてな。やはり父上はこうでなくては」
杏寿郎さんがはつらつとした笑顔を見せながら、嬉しそうに語った。
「済まなかったな水原君。君には本当に恥ずかしいところを見せたが、お館様も復隊を認めて下さった。研ぎ上がった日輪刀もこの通りだ。もう迷うことはない。私なりの責務を果たすよ。ともに頑張ろう」
槇寿郎さんは少し照れながらも大人の威厳を漂わせて渋く微笑み、自室へ戻って行った。杏寿郎さんよりやや切れ長な目、低く落ち着いた声。顔に少し疲れも見えるあたりも堪りませんな。惚れてしまいそうです。
煉獄家の人たちは本当に気持ちが良い。絶対に死なせたくない。みんなで勝つ。俺はそう決意を新たにする。
いやあ、今日も良い稽古ができました!別れ際、俺は心から礼を述べて去ろうとした。
杏寿郎さんは、一緒に見送りをしようとついて来た千寿郎君を何故か下がらせて、玄関で1人見送ってくれた。
「水原。君には見えているのだろう?何らかの手段で未来を知っている――。明確な根拠はないが、君を見ているとそんな気がする。あの無限列車の任務の時も、上弦が現れる事を知っていて来てくれたのではないか?しかも、あの人選。他の柱を動かせば何事かと疑われ、その他の重大な任務に影響が出るかもしれない。君自身と兄弟子と千寿郎ならば、他の任務に大きな影響は無いと判断した上でのことなのではないか?」
いつになく静かな口調で、穏やかな笑みを浮かべながらそう言った。
そう言えば、杏寿郎さんはいつの間にか俺のことを水原少年とは呼ばなくなっている。
「未来が見えるなんて、俺はそんな化け物じゃないですよ」
俺は苦笑しながら答えた。杏寿郎さんの勘の鋭さにドキドキするが、ここはあくまで白を切る。
「そうか。それならば特に詮索はしないが……。君が色々と頑張ってくれているのは分かる。だが、くれぐれも1人で無理はするな。仲間を頼れ」
よく通る、朗らかで力強いいつもの声音とは違う、優しく説いて聞かせるような調子だった。
こんな気遣いが二十歳の若者にできるものなのかと感動すら覚える。いつも説教してるのに、こんなに優しく、心に響く説教をされてしまった。
たしかに稽古して蝶屋敷で研究して、ろくに休んでないのは本当だ。だが勝つためには必要な事なのだ。
「訪れる運命がどうであろうと、俺は自分の責務を全うして見せる!水原、ともに頑張ろう!」
最後に、杏寿郎さんは力強く言い切った。声は朗らかで、目にいつもの力が戻る。
「杏寿郎さん、今日はありがとう!頑張りましょう!」
俺もうなずいて笑い返し、爽やかな気分で煉獄邸を後にした。