ほのぼの鬼殺隊生活(完結)   作:愛しのえりまき

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決戦前夜編
33話 化学反応


しのぶさんは柱稽古には参加していない。珠世さんと共同で対無惨の薬の研究開発に当たっているからだ。鬼を人間に戻す薬は大筋では完成しているが、その他複数の作用を持つ成分をかけ合わせるため、まだ仕上げの段階ではない。珠世さん、愈史郎君、しのぶさんに俺というメンバーが中心となり、信頼の置ける隠隊員数名を助手に加え、まさに昼夜を分かたず研究を行っている。

 

最初に珠世さん、愈史郎君としのぶさんを引き合わせた時、原作を知っているため予想はしていたが、そのムードは険悪そのもの。会えば何とかなるだろうという予想は甘かったと思い知った。

 

珠世さんは人を喰わない鬼とはいえ、一緒に研究を行うという提案は、それがお館様からのものであったとしてもしのぶさんにとっては面白いはずが無かった。しのぶさんは表面上は鬼と仲良くしたいなどと言ってはいるが、鬼に対する拭っても拭い切れない憎悪が心の奥深くでドス黒く渦巻いている。一方愈史郎君は鬼殺隊のことを良く思ってはいなかったが、初対面の時、珠世さんに対するしのぶさんの憎悪を察知してしまった。これにより、愈史郎君の鬼殺隊に対する悪感情は決定的になり、しのぶさんに対し殺意を向けた。しのぶさんと愈史郎君、互いへの憎悪と抜き難い不信感の中で対面が始まった。

 

「初めまして。私は鬼殺隊蟲柱・胡蝶しのぶと申します。あなた方が、“鬼”の珠世さんと愈史郎さんですか?」

し、しのぶさん?“鬼”は余計では?

あくまでにこやかに、そして口調は柔らかく丁寧だがしのぶさんが棘のある言い方で挨拶する。愈史郎君の眉がピクッと動いて一瞬険しい顔になる。

 

「これはこれは御丁寧に。まさか鬼狩り様の中に、剣術だけでなく学問に興味を持たれる人がいようとは夢にも思いませんでした。私は珠世の助手の愈史郎と申します」

この脳筋野郎どもめ、お前らに学問などできるはずがないだろう。そんな揶揄を込めて皮肉な薄笑いを浮かべ、愈史郎君が嫌味に返す。

珠世さん本人は、笑顔の裏のむき出しの憎悪のぶつかり合いに1人オロオロととても気まずそうにしており、あまりのヒリついた空気に俺も冷や汗をかいて引きつった愛想笑いをするしかなかった。

 

最悪の雰囲気に俺は目の前が暗くなったが、その時珠世さんたちの荷物の陰から珠世さんの使い猫の茶々丸がとことこ歩いて来た。飼い主の珠世さんと愈史郎君に、顔見知りの俺が集まって何やら話しているのを見つけ、何が始まるのかと興味津々でやって来たのだ。茶々丸は珠世さんたちに一声鳴いて挨拶し、今度は俺の足元にやって来て、(さあモフるが良い)と言わんばかりにコロンと横になった。

「茶々丸~……」

俺は思わずしゃがみ込み、愈史郎君の冷たい視線を浴びながらそのお腹を撫でた。みんなが喧嘩するんだよ、なんとかしてよドラえも〇、そんな気持ちもあった。その間10秒ほど、茶々丸はすぐに起き上がって俺の傍から離れてしまった。あああ、俺の癒しが……。

だが茶々丸は次に意外な行動を取った。喉を鳴らしながらしのぶさんの足元に座り込み、小首を傾げてじっと見上げ、にゃーと可愛らしい声で鳴いて見せた。しのぶさんは毛の生えた生き物が苦手らしいが、この時は、自分に親愛の情を示すこの毛玉に対して

「まあ……!」

と顔を綻ばせていた。

「当面の間はこの蝶屋敷でゆっくりしてください。あなた方の安全は保障します」

しのぶさんは茶々丸を見て思わず笑みを浮かべ、その後表面上は落ち着きを取り戻して珠世さんと愈史郎君にそう言うとどこかへ去ってしまった。

 

茶々丸、ただ初対面の人に愛嬌振りまいただけに見えるけど、お前もしかしてこの空気を何とかしようとしてくれたのか?もう俺にはそうとしか思えなかった。

「あ、あの……みなさん、とにかくよろしくお願いします」

俺は慌てて声をかけ、こうして対面を終わらせた。

 

 

 

 

「俺たちは帰るぞ!こんなところに珠世様をお連れするとは!ふざけるな!」

愈史郎君は初顔合わせの後、激怒して俺に怒鳴り散らした。

「帰るの?でもあの家はそろそろやばいんじゃないのかな。無惨が嗅ぎつけてやって来る頃だろうし。それに珠世さんのお気持ちは?」

俺は努めて冷静に返す。

「珠世様は何もおっしゃらないが、帰りたいに決まっている!お前らがどうしてもと言うから来てやったが、何だあの蟲柱とかいうくそ女の態度は!初めからこんな有様で、共同研究などできるはずがないだろう!」

「愈史郎君、珠世さんと君に来てもらったのは共同研究だけじゃない、君たちの保護という目的もある。ここにいてくれる限りは、柱のしのぶさんと俺、あと数名の手練れの剣士が必ず護ってみせる。それに、共同で物事に当たるのに互いの信頼など要らないだろう」

「何だと?どういう意味だ!」

愈史郎君の怒りは収まらず、互いの信頼は必要ないという俺の言葉にも反発がある様子だ。

 

「俺たちには無惨を倒すという共通の目的がある。利害は完全に一致している。無惨打倒は極めて高い壁だが不可能ではないと考えている。君たちが作り上げた、“鬼を人間に戻す薬”に、しのぶさんや俺の持つ知見を併せれば、無惨討伐にさらに有効な手段となると思うんだ。それにくそ女と言うけど、しのぶさんの薬学の知識はすごいよ。まあそれはそのうち分かると思うけど。とにかく君たちは、頭の悪い人間に知恵を貸してやる、そんな態度でいい。ただ、お互い顔を合わせたら必ず目を見てしっかり挨拶をしてくれ。他に必要なことはそれだけだ」

 

「挨拶……?」

愈史郎君は落ち着きを取り戻しつつも訝しんだ。

 

「ではお願いしますよ。君たちの力無くしては勝利は無い。それに、成果が出始めれば雰囲気も自然と変わる」

俺は丁寧に頭を下げ、何とか愈史郎君に離脱を思い止まって貰った。

 

一方俺は原作知識を生かし、しのぶさんには珠世さんが鬼になったいきさつやこれまでの事を話した。四百年前、縁壱さんが無惨をあと一歩まで追い込みながら逃げられた時、珠世さんに協力を要請したこと、それ以来どんなに苦しくても人を襲わず、獣の亡骸や貧しい人たちからの売血による少量の血で飢えをしのいでいたこと。医者として、多くの人を助けて来たこと。

「そうでしたか」

しのぶさんは顕微鏡を覗いたままで短くそう答えただけだったが、鬼が人間の血肉に抱く強い渇望を俺たちはよく知っている。それがどんなに大変だったか分かってくれた様子だった。

 

 

お互いに信頼して始まったわけではない。無惨を倒すという共通の目的、この一点だけで始まった関係は逆に健全と言える。俺はそう思っていた。

そして、珠世さんと愈史郎君が“鬼を人間に戻す薬”をほぼ完成させているという事実が、しのぶさんを大きく動かした。

 

 

しばらくして、徐々に研究が上手く回り始めた。やはり毎日顔を合わせ、きちんと挨拶をしていればそれだけでも感情は和らいでいく。

 

「おい蟲柱、死なない程度には睡眠をとれ。ここでお前に死なれては、薬の完成の工程に支障が出るからな。……全く人間というのは脆いな」

それからすぐのことだ。連日の徹夜で疲れの見えるしのぶさんに愈史郎君が声をかける。

言葉は少しきついが、そこに気遣う様子を見て取り、俺と珠世さんは顔を見合わせる。

「分かりました。それでは少し横になってきます。……愈史郎さん、お気遣いありがとうございます」

しのぶさんも素直に従った。確実に2人の関係性に変化が生まれている。

望ましい変化が。

 

それとこう言ってはなんだが俺の気遣いもある……はずだ。

 

珠世さんとのちょっとした会話の中で、

「愈史郎には手間を取らせている」

と聞いたら、

「愈史郎君は本当に頼りになると珠世さんが褒めていた」

愈史郎君に多少大げさに伝えるだけ。そこに、

「珠世さんと愈史郎君はいつも一緒ですね」

というしのぶさんの発言を

「しのぶさんが、珠世さんと愈史郎君はお似合いですねと言っていた」

と少し(かなり?)意訳して伝えるだけ。

愈史郎君は真っ赤になってもうニヤニヤが止まらない。

ヌハハハ、愈史郎君チョロすぎ(笑)。

 

「愈史郎君が、しのぶさんの知識はすごいと褒めてましたよ」

俺はしのぶさんにも揺さぶりをかけるが、

「人間にしては……ですか?」

しのぶさんはそうチョロくはいかないが、毎日毎日間接的に褒めていれば効果は徐々に見えて来る。

人間は、直接褒められるより“他人が褒めていた”と伝えられる方が嬉しいというウインザー効果(本当)を活用し、関係性を改善していったが、人を褒めてると俺自身も嬉しくなるというのが一番の効果かもしれなかった。

 

鬼を人間に戻す薬は完成したが、無惨を倒すにはさらに念には念を。

無惨に薬を投与した場合、薬が完全に効力を発揮できる保証は無く、むしろ分解されることを前提に進めるべきとしのぶさんは言った。

「やはり薬は複数を掛け合わせ、段階的に効果を発揮させることが望ましいですね」

しのぶさんの提案に俺たちも同意した。

 

人間化に加え、老化の促進、分裂阻害、細胞破壊。単体の成分は完成に近づいているが、単純に混ぜたから全ての効果が発揮される訳ではない。配合して互いに効果を減衰させないように、また一気に分解されないように一つ一つ安定して存在しなくてはならない。

配合量や濃度などを試し、試作は数百回、数千回にも及んだ。効力の一部しか発揮されないパターンが多く、期待した効果が得られず俺たちは焦った。

焦りが募り鬼の細胞のサンプルが無くなりかける頃、全ての効果が十分に発揮される調合を発見した。偶然混入した不純物により、4つの成分が上手く働くような化学反応が起き、原作通りの試作品が完成した。

俺たちは喜んだが、

「再現性がなければただの偶然、同じ物が2度と作れなくなる」

という愈史郎君のもっともな意見で、追試(全く同じメンバーなので厳密には違うが)も行い、

同様に成功した。俺たち4人と助手の隠隊員で抱き合って喜んだが、愈史郎君としのぶさんもしっかり手を取り合って喜び合っており、俺と珠世さんはまた顔を見合わせて笑った。

 

この研究チームにも化学反応は間違いなく起きていた。

あの時不純物が混入しなければ。初対面の時茶々丸が場を繋いでくれなければ。もしかしたらこの研究は行き詰っていたかもしれない。

4人のチームと4つの成分は良い形で化学反応を起こしてくれた。俺はこの偶然に感謝した。

 

 

俺たちが行う研究のテーマは大きく分けて2つあった。

1つは言うまでもなく無惨に投与する薬の開発。原作では4つの成分が段階的に効果を発現するが、もっと簡単なものがある。ファンタジーではなく、自然界にも実際に起こりうる、生物にとって致命的な現象を引き起こせる毒。弱らせてから投与すれば、無惨とてノーダメージでは済まないだろう。せっかくだから可能なら加えたいところだ。

野口英世によって、この毒に対する血清が開発されたのはこの頃だったような気がする。原作にないこの成分を付加できるよう、さらに研究を進める事となった。

副産物として、無惨の血の毒性に対する抗毒素血清の開発も。これもすでにかなり研究が進んでいるとのことで、珠世さんの力には驚かされる。

 

もう1つは、童磨に対して使用する毒の開発。無惨に使う物と被らないようにしないと、情報を共有されて解毒のヒントを与えてしまう。これに関しては俺にアイディアがあった。原作を読んだ限りでは、ヤツは毒をすぐに分解した。

代謝能力が非常に高い。ならばその高い代謝能力を逆に利用してやれば良いのでは。

 

「無惨に対する毒も、童磨に対する毒も、そんな成分や考え方があるのですね。……ですが貴方は、どこでそれを学んだのですか?」

珠世さんは感心してくれるが、ちょっと不審に思った様子。

 

「えっ?あ、あの、パスツール研究所……の近くにいた親戚の知り合いの友だちが……」

俺はしどろもどろになって訳の分からない言い訳をしてごまかすが、珠世さんは首をかしげる。俺の出自を知るしのぶさんは、さりげなく“このチート野郎め”という視線を向けて来たが。ともかく。

俺以外はほぼ不眠不休で研究は行われ、着実に成果を挙げていた。

 

「不思議なものだ。確かに成果が出て空気が変わった。やり易くなった。しかしお前は一体幾つなんだ?二十歳とは聞いたが……。俺は三十五だが、もっとずっと年上の、老成した人間と話しているようだ」

ある時愈史郎君にこんな風に言われたが……鋭いね、還暦ですよもう(笑)。

 

しのぶさんが柱稽古に参加しないもう1つの理由、俺との個人レッスン。肩甲骨を柔らかく自在に動かし、大きな力を発揮する“ウエイブ”。こちらのほうも順調だった。現実世界で俺が体得するのは不可能だが、ここは漫画の世界。ユーチュー〇や映画で何度も見ていたおかげで、見事役に立った。しのぶさんは2週間程で体得し、童磨と会敵した場合、突き技しかできないと見せ、ここぞというタイミングで発動しようと相談した。それに伴い、頸が斬れるように新たな刀も鉄珍様にお願いし、先日打ち上って来たばかりだ。

通常の日輪刀よりやや短く刃は分厚く、遠心力で叩き斬れるように作ってある。しのぶさんは研究の合間に鍛錬を続けて頸を刎ねる技をも磨き、着々と童磨打倒の態勢になりつつあった。

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