ほのぼの鬼殺隊生活(本編完結)   作:愛しのえりまき

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39話 真昼の月(VS猗窩座)

(マスカラス、俺の位置分かるな?)

童磨を撃破した後、他のメンバーと分かれた倫道は脳波で呼びかけた。

(状況どうなってる?……そうか、鳴女をコントロール下に置いたか。さすがだな!今炭治郎君と義勇が猗窩座と戦ってるからそこへ転送を依頼してくれ!)

 

 

無限城内に潜入させた音式神・茜鷹に鳴女の位置をマーキングさせ、甘露寺と伊黒が急行して鳴女を発見、戦闘に入った。鳴女をコントロールするため愈史郎も姿を消してすぐ近くに待機し、隙を伺う。無限城を自在に操る鳴女に攻撃すらままならず、膠着状態に陥るかと思われたが、マスカラスが周囲にいた宇髄を発見し、協力を要請した。

 

マスカラスから宇髄、伊黒、甘露寺へ鳴女をコントロール下におく手筈が伝えれられる。

マスカラスに預けたのはケタミ〇という麻酔鎮痛薬を詰めた自動注入機能付き注射器。妓夫太郎戦でも使ったが、今回中身を入れ替えて使うのだ。珠世の血鬼術、白日の魔香とまではいかないが、短時間思考能力や認知機能を鈍らせるなら十分であった。

 

甘露寺、伊黒が陽動し、宇髄が爆煙に紛れてこれを鳴女に打ち込む。無限城を自在に操り全方位を感知できる鳴女であったが、宇髄の火薬玉で間断なく起こる大きな爆発音と閃光、充満する爆煙、その中で尋常でないスピードで動き回る柱3人を相手ではさすがに持ちこたえることは難しく、討ち取られることを覚悟した。だが鬼殺隊の狙いは鳴女を支配下に置き、その能力を無限城崩壊までの一定時間利用することだ。ケタミンを打ち込まれた鳴女は一瞬強いめまいに襲われ、その間に愈史郎に視界を乗っ取られ脳機能も侵食され始めていた。

 

無限城内各所には、鳴女の配下である目玉の卑妖が監視カメラのように配置されているが、そのコントロールシステムの基幹部である鳴女をジャックしてしまえば情報はいくらでも操作できる。

鳴女に見えているのは建物に押し潰された宇髄、甘露寺、伊黒の血まみれの死体と、逃げ遅れて潰される多くの隊員たち。そして童磨と戦った者たちもその後城内の大量の鬼たちと相討ちになり、倫道のみがボロボロになって逃げたかのように見えている。しかし実際は誰1人として重傷を負った者はいなかった。

一方鬼殺隊側は、通常の3倍程度のスピードで飛び回るマスカラスを中心に、愈史郎の“目”を持つカラスたちが伝達網を敷き、位置情報を正確なものにして戦況を素早く伝えていった。

 

倫道は事前にみんなに言い含めている。

1人の戦士として目の前の敵に立ち向かうのではなく、戦局全体を見て死なないように立ち回ること。あくまで軍の一員としての働きに徹すること。倒すのではなくしばしの足止めでも構わない。1人が欠ければ戦線が崩れる事態も起こり得る。目的はあくまで無惨の討滅なのだ。例えそれがどんな形であったとしても。

これにより隊員たちは負けない戦いを意識し、戦闘不能や死亡のリスクは目に見えて低下した。それでも意識の変化を起こさず倒すことにこだわるのは不死川くらいであった。

 

 

 

猗窩座と戦う炭治郎と義勇。戦闘開始時はむしろ押し気味に戦いを進めるが、猗窩座の強力な再生能力の前に決め手を欠き、破壊殺・羅針によって次第に攻撃を読まれ始めていた。しかしそこに杏寿郎が合流、炭治郎に加え義勇、杏寿郎も痣を発現、さらに炭治郎が透き通る世界を発現し、戦いは激しさを増した。

 

べべんっ!

琵琶の音が鳴り響いて空中にふすまが現れ、倫道が飛び出しざまに猗窩座に斬り掛かった。猗窩座はこの奇襲さえも寸前で察知する。

倫道がここに送り込まれたのはあたかも無惨の意思であるかのように情報操作がされ、鳴女に指令が下されていた。猗窩座は現れた倫道の気配を識別し、かつて戦ったあの小僧だと認識、再び巡り会えたこの幸運を喜んでいた。

(琵琶女の血鬼術……。こいつも無惨様に送り込まれたか?つまり俺が倒して良いということだな!丁度良い、この小僧には借りがある。ブチ殺さねば気が済まん!)

 

鬼殺隊側は攻め手に倫道が加わってもなお猗窩座を攻め切れない。しかし倫道もまた猗窩座の攻撃を読む。猗窩座は人体の急所を正確に突いてくるが、逆に分かりきった攻撃と言えなくもない。無論ものすごいスピードと威力、掠めただけでも重症、まともに当たれば即死。一瞬たりとも気が抜けないぎりぎりの戦闘だ。

 

(透き通る世界を発動し、完全に気配を消した炭治郎君に頸を斬らせるしかない。しかしそれでは炭治郎君が相打ち覚悟になってしまう)

倫道は考える。ならば、自分がやろう。自らの技でこの膠着状態を打開し、より確実に頸を刎ねるチャンスを作る。倫道は賭けに出る。

 

「どうした、技も尽きたか?俺は戦い足りんぞ。もっと素晴らしい技を見せてくれ。お前たちもまだまだ戦いたいだろう?……もう一度聞く、何故お前たちは鬼にならない?鬼になればこの素晴らしい戦いが永遠に続けられるというのに……。殺さねばならんとは残念なことだ」

息切れで一時距離を取り、動きを止めた倫道たちに猗窩座が朗らかに笑いかける。素晴らしい剣士たちとの胸躍る戦い。しかも戦況は明らかに自分が優勢、猗窩座はこれ以上ないほどの上機嫌だった。

 

倫道は猗窩座を睨みつけ、唾を吐きながら立ち上がる。

「猗窩座ああ!なんだその屁みたいなぬるい突き蹴りは!そんなもんじゃ猫も死なねえぞ!至高の領域が聞いてあきれるぜ!へそが茶を沸かすぜ!鼻から牛乳だぜ!百年も鍛錬してそのザマかぁ!?だから大事な物の一つも護れねえんだろうがっ!悔しかったら滅式を打って来い、薄らボケぇ!!まあ打って来ても俺が砕いてやるけどな!!」

上機嫌な猗窩座に向かい、倫道はいつにない勢いで罵倒した。

 

猗窩座はこの煽りに先程の上機嫌から一転、顔にビキビキと血管を浮き上がらせて怒りを露わにする。握りしめた拳は震え、強く握りこむあまりにぎちぎちと音を立て、掌の肉に爪が食い込んで流血していた。

(この小僧っ!!やはりこいつはただ殺すだけでは生温い!形を留めぬまでに粉々にしてやろう!しかしこいつの言動は何故こうも腹が立つ?大事な物を護れないとは何だ?)

猗窩座は激怒しながらも僅かに疑念を抱いたが、

「どうした!怖気づいたのかお前!そんなことだから新参の童磨に抜かれるんだよ雑魚が!」

倫道にさらに激しい調子で煽られ、一瞬でその疑念は吹き飛んだ。

 

「貴様あああ!望み通り殺してやろう!!食らえっ!!」

猗窩座は怒りに我を忘れて破壊殺・滅式を放つ体勢を取った。

 

(わざとあの攻撃を呼び込んでる?大丈夫なんですか、倫道さん?)

炭治郎は倫道の様子に驚き、その狙いを図りかねていたが、

「炭治郎君!俺が飛び込むから頸を刎ねろ!」

倫道の声に反応し気力を振り絞る。

(あの攻撃をかい潜る何らかの手があるんだ!必殺の攻撃を放った直後が好機!)

炭治郎は感覚を研ぎ澄まして透き通る世界を発動、斬撃を見舞うチャンスを伺う。

「冨岡!水原に策があるようだ!俺たちは援護するぞ!」

杏寿郎は義勇と素早く左右に展開し、倫道の動きに即応するよう、同時に攻撃態勢に入る。

 

攻撃の意思を正確に察知する猗窩座に対し、打開策はこれしかない。倫道はそう判断していた。

 

 

相手の攻撃を、攻撃でもって打ち破る。そこで隙を作り、頸を刎ねる。

 

 

(こいつ気は確かか?俺の攻撃に飛び込むだと?まあいい、この一撃で粉々に砕けろ!肉片となれ!)

「死ねえええ!!破壊殺・滅式!」

猗窩座は牙をむき出し、必殺の一撃を放った。

 

 

(来た!!)

 

真昼の月。

 

よほどの注意を払わなければ見えることは無いが、確かにそこにある一点。

 

目を凝らし、極限の集中でそれを見極める。そして。

 

――打ちえぬ瞬間に繰り出す。それが、極意――。

 

赤心少林拳黒沼流奥義・桜花(おうか)の型。

相手の攻撃の中に身を晒し、攻撃の中心ただ一点に全ての気と力を集めて貫手(ぬきて 伸ばした指先で弱点などを突く技)で攻撃ごと敵を切り裂き貫く。赤心少林拳玄海流奥義・梅花の型と対をなす、一切の防御を捨てた必殺拳。それを水の呼吸最速の突き技と併せる。相手の力をも利用してより迅く貫くため、倫道は最大威力の攻撃を誘った。

 

猗窩座が滅式を放つ瞬間。

 

「極限集中 水の呼吸 漆ノ型・雫波紋突き“桜花”!」

 

 

 

相手の技とこちらの技、互いの威力が最も高まる瞬間にぶつかり合うようタイミングを計り、それに加えて倫道自身のパワー、スピード、刀の強度もなければ成立しなかった。そして、心に僅かでも迷いを生じればポイントやタイミングが外れ、刀は折られて腕は吹き飛び、原作での杏寿郎の様に体を貫かれて即死。

 

倫道の桜花は、吸い寄せられるように0.1ミリのズレも無く猗窩座の拳の一点に集中。

必殺の突き技が、皮膚を、肉を裂き、骨を割り砕き、刀の反りに合わせて緩やかに曲がりながらさらに胸部に到達、心臓まで破壊した。上弦の鬼といえども日輪刀で心臓を破壊されれば瞬時に再生はできない。ごくわずかだが行動不能になる隙が生まれた。

 

 

「ヒノカミ神楽 斜陽転身!」

炭治郎は透き通る世界で2人を見ながら気配を消し、倫道の真後ろから走り込んでその体を飛び越えるように跳躍、空中で1回転しながら猗窩座の頸を刎ねた。

 

しかし、頸の無い猗窩座の体は崩れず、頸の傷から肉がぼこぼこと盛り上がって急速に傷が塞がり始めた。そして、ダンっと両足を大きく開いて踏みしめ、四股立ちのような構えをとり、頸無しのまま攻撃を再開しようとした。

 

(嘘だ!)

この悪夢に炭治郎は絶望しかけるが、

「猗窩座!いや狛治!!人間に戻る気はないか?」

倫道は一縷の望みをかけて懸命に呼びかける。猗窩座の動きがぴたりと止まった。

(お前を救いたい!輸血と鬼用回復薬でいけるかもしれない!)

倫道は、攻撃を加えようとする杏寿郎と義勇を手で制し成り行きを見守った。

 

猗窩座の意識の内で人間だった頃の記憶が断片的に蘇り、それが徐々に繋がりつつあった。

 

 

 

 

狛治、そうだ。俺の名は狛治。先ほど呼ばれたのは、俺が人間だった時の名。背後からもう一つ、俺の名を呼ぶ女の声がした。

誰だ?俺の究極の武を求める道を邪魔するのか?振り向くと暗闇から仄白く浮かび上がる人影。その人影が俺の名を呼び、後ろから俺の腕を掴む。

 

(狛治さん、もうやめて)

思い出した。

恋雪。俺がどうしても護りたかったもの。

 

恋雪とその父の慶蔵師範は、隣の剣術道場の連中に殺された。連中は、卑怯にも井戸に毒を入れて2人を毒殺した。血の一滴まで怒りに染まった俺は、連中を道場主から門下生に至るまで全て殺してやった。そして俺は無惨様に認められて鬼になり、人間の記憶を失った。

 

きっと治す。助ける。守る。

 

俺は、何一つ約束を守れなかった。

俺は大事な物を護れなかった。鬼になり、記憶を失ってなお強さを求めた。強くなっても護る物などこの手には無いというのに、百年以上も生きて来てそんなことにも気づかず無意味な殺戮を繰り返して。

 

惨めで滑稽で、あまりのバカバカしさに薄ら寒くなるほどの。

何と下らない、何と救いの無い話だろう。

何のために生きて来たのだろう?何のために戦って来たのだろう?大勢の人間の命を奪ってまで。

殺した人間たちにも、愛し、愛されていた者がいただろう。俺はその想いを壊して来た。

あの連中と何が違う?慶蔵師範と恋雪を殺した、あの連中と。

 

俺は、一体、何のために。教えてくれ、誰でもいい。

そこの鬼狩りの小僧、訳知り顔のお前なら知っているだろう?頼む、教えてくれ。

 

言ってくれ。お前がして来たことには何の意味も無い、と。

 

虚ろな自嘲を漏らす俺に

(もういいの。もう、戦わなくていいのよ。もう充分です)

そう言いながら、恋雪の幻影が俺を抱く。

だが俺は、恋雪の、愛おしい人の腕を振りほどいた。

 

驚いて目を見開き、今にも泣き出しそうな悲し気な目で俺を見つめる恋雪。

俺はふらつきながら数歩後退り、恋雪に土下座した。護れなくてごめん。大事な時に傍に居なくてごめん。許してくれ。どうか、俺を許して……。俺は頭を地に擦りつけて謝った。

何度も何度も。

ふと、恋雪の白い足袋の足元が目に入った。

俺がハッと顔を上げると、いつの間にか泣き笑いのような表情で恋雪が俺のすぐ目の前に立っていた。恋雪は膝を折ってしゃがむと、顔を上げた俺を何も言わずに強く抱きしめた。

いくら謝ってももう戻ることはないその人に縋り、みっともなく涙と鼻水を垂らして、俺はひたすら許しを乞うた。

 

 

 

 

その姿は、まるで迷子の子供が迎えに来た母親に縋りついて泣いているようだった。

 

 

 

(どんなになろうとお前は俺の弟子だ。死んでも見捨てやしねえよ。天国には連れて行ってやれねえけどな)

慶蔵の幻影も猗窩座に語りかける。

(私たちのことを思い出してくれてよかった)

恋雪の幻影が、紋様の消えた猗窩座の――狛治の顔を愛おしそうに両手で包む。そして涙を流しながら呼びかけた。

(おかえりなさい、あなた。ずっと待っていました。元の狛治さんに戻って、私たちのところに帰って来てくれる日を、百年ずっと――)

そして、もう一度しっかりと狛治を抱きしめた。

 

 

 

数瞬猗窩座の動きは止まったままであったが、次の瞬間。

猗窩座は自らの体に滅式を打ち込んだ。

涙を流して微笑む恋雪の幻影に抱かれ、猗窩座は灰となって崩れて行った。

4人は、ただ呆然と見守るしかなかった。

 

 

 

(お前が鬼になっても、恋雪さんや慶蔵さんはいつも傍にいた。目には見えなくとも、存在を感じられなくとも、いつもお前を案じて見守ってくれていたんだ。真昼の月のように)

倫道は、できることなら人間に戻ってやり直して欲しいと思っていたが、彼は、狛治は開放されることを望んだのだ。

(人間に戻して生かすことが救うことではなかった。彼にとっては、人間として死ぬことが救いだったのかもしれない)

倫道も、一瞬だけ“感謝の匂い”を感じることができた。

 

「水原、ヤツに人間に戻れと言っていたが、それは」

複雑な表情を浮かべて杏寿郎が聞いてきたが、倫道は静かに手を合わせて祈った。

「猗窩座が鬼になったのは悲しいいきさつがあるみたいなんですよ。でもあいつは、最後は人間としての自分を取り戻して、人間として死ねたんじゃないかな。な、炭治郎君」

 

「はい。何故だろう、猗窩座からはすごく悲しい匂いと……最後に、感謝の匂いがしました」

その意義も分からず、ひたすらに強さを求める修羅の道を歩み続ける猗窩座を救ってやれたかもしれない。

 

鬼は、悲しい生き物。炭治郎は一瞬脳裏をよぎった紋様の消えた猗窩座の顔を思い返す。微笑むその顔は、鬼になる以前の本来の彼の姿なのだろう。

大勢の人を殺したことは許されない。しかし、その行いを悔いる者の心を弔うこともまた、鬼狩りの勤めだ。

 

 

だからこそ、人の運命を弄び、利用する無惨は許せない。

無惨打倒を改めて誓い、炭治郎も狛治に手を合わせた。


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