幸い鬼はあらかた錆兎が倒していたので、途中で戦闘になることは無かった。
岩穴にたどり着くと、気を失っている義勇とそれを見守ってくれている人等、合わせて6人ほどの受験者が身を潜めていた。いきなり入って来た黒覆面の俺を見て、鬼が来たかと恐怖で固まる5人。
「オレハ人間ダ。山ノ中デ、グウゼン怪我人ヲ見ツケタ。コノ人ヲ助ケタイ。ココデ治療スル」
俺は正体がバレないよう作り声でそう宣言し、錆兎を下す。錆兎の様子を見て全員が息をのんだ。
(※作者注 面倒くさいので以下のセリフは普通に表記します。)
「入口を塞いでから明かりを点けてくれ。ぎゆ、じゃなくて、お前。起きろ」
俺は気絶している義勇を起こす。松明で明かりを確保し、入口の警護に一人行ってもらう。岩棚で簡易手術台を作って錆兎を乗せ、もう一度右脚の状態を診る。
膝から下、脛の上から1/3で骨折部がむき出しになり、千切れかけていると言っても良い状態だ。
出血のコントロールや術後感染を考えると、右脚を温存して救命するのは不可能と判断した。
「錆、いや君、悪いが脚は残せない。今から処置する」
右脚の付け根を今度はベルトでしっかりと縛る。その場の全員がぎょっとしてこちらを見る。
「あの……、何を?」
1人が怯えた声で問いかける。
「脚を切るんだ。君たちにも手伝ってもらう」
努めて冷静に、作り声で告げたおかげで俺自身の動揺は伝わらずに済んだようだ。
「脚を切るだと!ふざけるな!」
ようやくしっかりしてきた義勇が掴みかかって来る。
「このまま放置すれば、傷からの出血で死ぬ。脚を切って止血すれば助かる」
掴んだ手を逆に捻って制圧しながら、そう説明する。義勇はもう歯向かって来なかった。義勇と護衛2人の計3人に沢に水汲みに行かせ、岩穴に残った2人に交代で足を持たせることにする。
体を地べたに置いたまま足を切ればいいじゃないかと思うかもしれないが、切り離した後の傷は、骨をしっかり肉で覆ってぐるりと縫わなければならないのだ。地べたに置いて縫うのは不可能だし感染のリスクも大きい。
という訳で、かなり重いが頑張れ足持ち。
オペを開始したが静脈麻酔は無いので局所麻酔でやるしかなかった。すまない錆兎、だが良く堪えてくれた。
汲んで来させた水を簡易濾過器に通して洗浄し、電動ノコギリがないので、ナイフの背側にあるノコギリで骨を切断した。
脚を持たせたサラサラヘアーの少年は、その重さとグロさに真っ青な顔で耐えていたが、骨が切れた瞬間に切り離された脚を抱えたまま泡を吹いて卒倒した。
残した断端をしっかりと処置し、抗生剤と破傷風トキソイドを筋注して何とか終了、医療ドラマの様な有り得ないスピードでやり切った。
全集中 蛇杖の呼吸
なんちゃって。医療行為の際はこの呼吸でいこう。なんか集中力が増す。この世界は本当にすごいな、この世界でならブラックジャックになれるかもしれない、などとようやく雑念が湧く余裕が生まれた。
「終わった。後は君の生命力次第だ」
錆兎はふう、と息を吐き、目を閉じたまま
「ああ……」
とだけ返事をした。
やれる事はやった。これが精一杯だ。鬼殺隊の医療レベルは分からないし、そう言えば今の鬼殺隊の医療態勢を取り仕切っているのは誰なのだろうか?ふと思ったが、夜明けも近いし後は任せよう。
やり遂げた安心感から思わず覆面を脱ぎそうになって慌てて被りなおし、
「後は頼む」
と言って立ち去った。
夜明け前の薄闇を、覆面、黒ずくめの俺が走って行く。辺りを警戒しつつ走る姿は完全に不審者だ。人を助けた事には間違いないが、修行中の身でありながら最終選別に不法介入するなど許されるはずがない。露見したら鬼殺隊員になれないかもしれない。
もうちょっと考えて行動すれば良かった。頭も体も疲労困憊だったが、とりあえず実家へと逃げ帰った。
実家で数日休み、俺は狭霧山に帰って来た。2か月近く空けていたが、鱗滝さんは以前の様に普通に厳しく、すぐに修行は再開された。
錆兎と義勇がいない、知っているが鱗滝さんに尋ねてみた。俺が帰省している間に二人とも最終選別に臨み、義勇は突破し錆兎は大怪我を負って療養中、そう教えてくれた。義勇は帰って来てひどく落ち込んでいたそうだ。
「俺は、強くなります。錆兎の思いを繋いで行けるように」
日輪刀を拝領した時、思いつめたような顔でそう言い残し、旅立って行ったのだった。
錆兎の見舞いに行きますか?俺は鱗滝さんにそう聞いてみた。
「考えておこう」
鱗滝さんは短くこう言っただけだった。錆兎に声をかけてあげてないんだろうな、きっと。鱗滝さんは優しいから、どう言っていいのか悩んでおられるんだろう。でも、良く生きて帰った、と言ってあげて欲しい。
錆兎には、鬼殺隊員としての未来は無い、他の身の振り方を。そう思っておられるのだろうが、そんなことはない。結果的に生き延びたのだから選別には通っているはずだし、剣士を諦めるのはまだ早い。
鬼殺隊当主・産屋敷輝哉は、屋敷でカラスから報告を受けた後、庭の方を見やりながら考える。
今回の選別では全員が合格した。一人だけ大怪我をしているという話だが、生きていてくれて何よりだ。彼を助けてくれた人物は、偶然通りがかったと言っていたようだが。
(偶然人が通りかかるような場所ではないね。敵ではないのだろうが、一体何処の誰なのか……。いずれ分かる時が来るのかな)
その時まで楽しみに待とうか。自然に笑みが浮かんだ。
少しして、俺は修行の合間に錆兎を見舞いに行った。大量出血の影響で生命の危機であったが、既に回復に向かっており、創部の感染も完全に抑え込んでいた。
(良かった。生きていてくれた)
俺の苦労も無駄ではなかった。胸をなで下ろしていると、
「目が覚めた時は、情けないと思ったよ……。弱いからこうなった。もっと強く、速ければ。でもこうして生き残ったのも、何か果たすべき使命があるのだと思い直した。まだそれが何なのかは分からないが」
体調や創部の感染もそうだが、メンタルも心配していたが大丈夫そうだ。そうか、前を向けそうか。でも進むしかないって、原作で錆兎が言ってたような。
怪我の前後のことを憶えているか、それとなく聞いてみると、
「何となくは憶えている。俺を助け出し、潰れた脚を切って命を救ってくれたヤツがいる。義勇もその現場にいたが、見事な手際だったと言っていた。いつか礼を言いたい」
いやそんなに褒められると、おじさん照れちゃうな。
ちょっとニタニタしていると錆兎は怪訝な顔をしていたが、
「お前も残りの修業を頑張れ。俺の仇を討って、鬼殺の剣士になれ」
逆に励まされた。そう、鱗滝さんに最終選別への参加許可をもらうくらいに強くならなければならないのだ。
俺は決意を新たにし、狭霧山に帰って修行に励んだ。