43話 激戦(VS無惨)
探索を続けていたカラスたちが、肉の繭を作って自己修復している無惨を発見、すぐに隊員たちが肉眼でそれを確認した。総司令官の産屋敷輝利哉は、珠世が心の中で呼びかけてくる声が弱くなったことから、珠世がもうすぐ力尽きて無惨が復活してしまうことを察知した。
「退避!退避ィ!距離ヲ取ッテ柱ヲ待テ!」
カラスの伝令が響く。
憎き敵はすぐ目の前だ。それにヤツは今、繭に閉じこもり反撃できない状態、絶好のチャンスに見える。攻撃を仕掛けようとはやる隊員たち。
しかし輝利哉と村田は突撃を止め、捕捉しつつ大きく距離を取って退避し、柱たちの到着を待つよう厳命した。
(村田さん、ナイスジャッジ!)
原作では復活した無惨に多くの隊員たちが喰い殺されてしまっており、倫道は何としてもこの事態を避けたかった。マスカラスを通じて距離を取る判断をしたことを聞き、倫道は喜んだ。
指令通り遠巻きに観察していた隊員たちだったが、ついに無惨が繭を破って復活したことを確認、犠牲者を出すことなくすぐさま退却した。
繭から出た無惨は、周囲に人間が1人もおらず、体力の回復を図ることができなかった。
(産屋敷の息子か娘かは知らぬが、餌となる人間を私に近づけないとは、小賢しい。――しかし、まあ良い)
無惨はひとまず体を完全に再生修復できたことに満足していた。髪の色はまだ白いままだが、愚かにも歯向かって来る人間共がいる。これからいくらでも殺して喰らうことができるので、餌に困ることは無いだろう。空腹で取る食事はさぞや美味であろう……久しぶりに味わうであろうその感覚に期待し、無惨は独り笑った。
しかし第1の人間化の薬が効能を失った後、無惨の体内では既に、第2、第3の薬が密やかに作用を開始していた。
「鬼を人間に戻す薬とやらは、私には効かなかったようだな」
珠世はほとんどが無惨に取り込まれ、頸だけが残されていた。無惨はその頸に向け嘲笑う。
「どうだ珠世。お前たちが吐き散らす地獄とやら、私もぜひ見てみたいものだ。だが生憎とその望みは今回も叶わぬ」
「私の夫と子供を……かえ……せ……」
眼球を潰され血の涙を流し、頸だけになりながらもなお無惨に呪詛を吐き、執念深く言い続ける珠世。
「ならば己が殺した身内の元に行くがいい」
興味が失せた、無惨はそう言わんばかりに珠世の頸をあっさりと握り潰し、止めを刺した。
「誰も役には立たなかった。鬼狩りは私自身の手で、今夜こそ皆殺しにする」
無惨は動き出した。珠世の気配が消えた事でその死を知った愈史郎は絶望に崩れ、そして怒り狂った。
琵琶の音が鳴り響き、炭治郎、義勇、杏寿郎が転送され、無惨に遭遇した。鳴女を利用した転送だが、一見無惨の意思を反映したように見えて、鬼殺隊本部は既に鳴女をコントロール下に置き、作戦に組み込んでいる。鳴女の血鬼術が発動すれば、誰をどこに転送したかはすぐに分かり、任意で発動させることもできる状態だ。
「無惨!!」
炭治郎が怒声を上げる。
その頭の中を去来する思いがある。家族を殺された。禰豆子は鬼にされた。鬼によってもたらされた多くの不幸を目にして来た。激しい憎悪が渦巻き、怒りに身を震わせる炭治郎。
「落ち着け、炭治郎」
怒りに飲まれるな。心を乱すな。義勇は、激情に取り込まれそうになる自分自身にもそう言い聞かせる。抑えの利かない怒りは、戦場においては自分の命を危険に晒す。怒りは戦う原動力ではあっても、それに支配されてはいけない。怒り、そして恐怖は、心の内で完全に制御しておくものだ。
「しつこい」
臨戦態勢の鬼殺隊の3人を前に、無惨は呆れと嫌悪感を露わにする。
「お前たちは本当にしつこい。口を開けば親の仇、子の仇だのと馬鹿の一つ覚えのように繰り返す。全くうんざりする。お前たちは生き残ったのだからそれで十分だろう。私に殺されることは大災に遭ったのと同じだと思え。避け得ない運命だったと受け入れるがいい」
さらに無惨は続ける。
「死んだ者にいつまでも拘るな。自分たちだけでも生き残った幸運を喜び、静かに暮らせば良いものを何故お前たちはそうしない?」
「何だと?」
杏寿郎の顔がさらに険しくなる。
“大災”の張本人のあまりに手前勝手な言い草に、3人の怒りは一気に沸点に近づく。
「理由は一つ。鬼狩りは異常者の集まりだからだ。……今夜こそ終わらせてやろう。異常者どもの相手はいい加減疲れた」
「無惨。お前は、この世に存在してはいけない生き物だ」
炭治郎は怒りのあまり却って心が冷え切って行くのを感じ、思わず口にした。
「是非もなし。もはや貴様に言葉など要らんな」
杏寿郎が鯉口を切り、構える。
「貴様は、ここで我々が滅殺する!――炎の呼吸 壱ノ型・不知火!!」
杏寿郎が踏み込み、同時に無惨の腕刀が伸びる。
鬼の始祖・鬼舞辻無惨と鬼殺隊との全面戦争、その最終決戦が開始された。
無惨の腕は自在に伸縮し、3人を襲う。無惨の攻撃範囲の広さを3人は再認識した。
(たしかにこの間合いの広さ、攻撃の速さ、尋常ではない!戦力を集めてヤツの目標を分散し、連携してかかる他あるまい。戦力が集まるまでは無理に攻めに出ない方が得策だ)
杏寿郎はそう判断した。
数回の攻撃を義勇と杏寿郎は何とか防ぐが、炭治郎は被弾してしまう。
「距離を取れ!間合いを詰めなくていい!」
義勇は、前に出がちな炭治郎を制する。この戦い方に無惨は冷笑する。
「夜明けまでの時間稼ぎか。だがお前たち3人で何ができる?残りの柱たちは私の部下が殺したようだぞ」
既に愈史郎に視界をジャックされ、脳機能も浸食されている鳴女から誤った情報が無惨に送られている。
童磨、黒死牟と戦った者たちは死に、鳴女自身も無限城を操って3人の柱と大勢の隊員を押し潰して殺している、そういう都合の良い幻覚を見せられていた。
その時琵琶の音が響き、無惨の背後にふすまが現れ倫道が飛び出した。大上段に振りかぶり、ズバッと袈裟斬りの一刀を浴びせて斜めに無惨を両断した。瞬時に再生しようとするが、倫道の高周波ブレードによる疑似赫刀で再生がわずかに遅れたように見えた。
(まだ動ける者が残っていたか!)
背後からの斬撃に無惨は舌打ちした。
(この男、何故生きている?!絶命していなかったのか!それにこの刀、黒死牟との戦いに使っていたな。わずかに再生が遅れるようだ)
生きている倫道を見て驚き、訝しむ無惨。振り向いて即座に攻撃するが、既に倫道は距離を取り、3人の一歩前に出て構え、
「お前の攻撃は一撃たりとも通さない!」
静かに闘志を燃やしている。
続けて琵琶の音が響く。
(どうした、鳴女?!)
無惨は、無惨の意思を無視して琵琶をかき鳴らし続ける鳴女の異常に気付いた。
べべんっ!となおも続けて琵琶の音が響き渡り、
宇髄が、伊黒が、甘露寺が、次々とこの場に転送され、攻撃を開始した。
「何だとっ!こいつらは……!どういうことだ!何をしている、鳴女!!」
殺したはずの柱たちが、自分の意に反してこの場に呼び集められて来ていた。
「何をしているだと?決まってるじゃないか。この女の脳を操ってお前に一杯食わせてやったんだよ、マヌケめ」
愈史郎は鳴女の視界を通して、無惨が怒るさまを見て毒づいていた。
倫道含め4人の柱が一気に追加され、無惨も一瞬たじろぎ、忌々しげに鬼殺隊の面々を睨んだ。
「お前は俺から珠世様を奪った。その罪、死んで償え!今から地上へ叩き出してやる!!」
愈史郎は悲憤の涙を流しながら叫び、無惨を地上へ排出すべく鳴女の操作を開始した。
「戦力が揃って来たな!全員でかかろう!間合いに十分注意しろ!」
杏寿郎が指示を飛ばす。
「甘露寺を傷つける者は許さん」
(私も頑張らなくっちゃ!守られてばっかりじゃない、私だって戦える!)
伊黒と甘露寺も巧みに連携しながら斬撃を放つ。
「こりゃあなかなかに派手だな」
宇髄も攻撃を開始する。
義勇は倫道が最前線で攻撃を防ぐ隙に、冷静に斬り込む好機を狙う。
無惨は、鳴女が既に敵の手中にあり、何者かにコントロールされていることに気付いた。
(珠世の鬼だな。いい度胸だ、すぐに殺してやる!)
無惨は鳴女のコントロールを愈史郎から奪い返そうとするが、愈史郎も精一杯の力で抵抗、容易に鳴女の支配を手放さない。鳴女の脳内で、愈史郎と無惨の激しい能力戦が展開されていた。
無惨は愈史郎ごと吸収しようとするが、柱たちの激しい攻撃で遠隔操作に集中できない。
愈史郎と無惨による争いで鳴女の脳には無秩序に大量の情報が流れ込み、命令を処理できずに混乱した鳴女はめちゃくちゃに琵琶をかき鳴らし、壁が、床が、あらゆる物が激しく動き、無限城全体が不気味な音とともにきしみ始める。
(まずい、城が崩壊する!隊員たちが生き埋めになる!)
愈史郎は焦るが、鳴女による無限城の操作を諦めた無惨は、鳴女を抹殺して無限城諸共隊員たちを地中に葬ろうとしていた。
(こいつの細胞が消える前に、隊員たちと無惨を地上へ出さなければ!)
愈史郎は頭脳をフルパワーで働かせ、頭を潰されて消える鳴女を操作して城内の全ての者を地上へと送り出した。
轟音と大地震のような激しい振動とともに、何層にも連なった複雑な構造の無限城が連鎖的に崩壊していく。隣り合う各ユニットが互いに激しい衝突を繰り返し、潰れ、ひしゃげながら地上へと排出された際には、完全な瓦礫と化していた。
場所は東京府下、東京市のある駅前の市街地。時刻は未明、人影は無いが、日本の中枢に近い場所である。脱出したカラスたちの情報を基に輝利哉がすぐさま隠部隊を急行させ、“地盤沈下”が発生したとして、一般人が立ち入らないよう周辺地域一帯の封鎖に当たらせていた。
夜明けまで、あと一時間半。
崩壊の轟音と地響きが鎮まると、一瞬の静寂が訪れた。隊員たちはみな無事に生還。瓦礫を押しのけて、ここが地上である事を確認した。しかし、見ればまだ夜空に三日月が浮かんでいる。
(無惨はどこだ?)
無惨の位置を見失う一同だが、瓦礫の一角が吹き飛び、無惨が姿を現した。
「夜明ケマデ、アト一時間半!」
カラスの一羽が告げる。
(まだ一時間半あるのか……)
炭治郎は心が折れそうになるが、仲間がいる事に勇気づけられ戦う気力を取り戻す。
無惨は地上へ排出されたことを知り、さらに夜明けまでの時間を告げるカラスの声も聞いていた。
「ほう、私を夜明けまでこの場に留めようというつもりか。小賢しい蝿ども、やれるものならやってみろ!」
再び激しい戦闘が開始された。鬼殺隊側は、これだけの戦力が揃っていても一気に攻め切ることができない。無惨の両腕と背中の管からの斬撃、そして見えにくい大腿部の管の斬撃に加え、この攻撃には無惨自身の血による猛毒が付加されている。倫道は積極的に前線に止まり、無惨の攻撃を自身に集めて隙を作り味方の攻撃を通そうとしていた。
極限集中の状態でいるが、童磨、猗窩座、黒死牟と立て続けに戦い傷を負っている上に、無惨の猛攻から被弾ゼロにはできず、毒が蓄積する。無惨には珠世の薬の効果が発現しておらず、目に見えて動きが鈍ることはまだ無かった。
(薬が効いてくれば必ず勝機はある!)
倫道はそう信じて全力で刀を振るい続ける。
(まずい!足がっ……!)
疲労と毒で炭治郎が瓦礫に足を取られ転倒。起き上がって走ろうとするが、足がもつれる。近くにいた倫道がすぐさまフォローに駆けつけるが、炭治郎はさらに足にザックリと深い傷を負わされ、動けなくなってしまった。
(やられる!)
炭治郎は毒で意識が遠くなり死を覚悟したが、倫道が駆けつけて自分を庇い、無惨の集中攻撃を弾いて防ぐのが見えた。しかし次の瞬間、意識を失う間際に炭治郎が見たのは、背後からの攻撃を躱しきれずに胸を貫かれた倫道の姿だった。
(ああっ!倫道さん……!)
「がはっ!……げふっ……」
それでも倫道は炭治郎に迫る管の1本を切り落とし、口から血を噴いて膝を突き、そのままガクリとその場に崩れた。
「伊黒ー!!倫道と炭治郎を頼む!」
義勇は一番近くにいた伊黒に叫ぶが、最前列で無惨の攻撃を潰す役割だった倫道が沈黙し、誰しも簡単には動けない状態だった。
(このままじゃ死んじまうだろ!行くしかねえ!俺は柱みたいには戦えねえが、ここが命の懸け時だ!)
倒壊した建物の陰から、決死の覚悟で飛び出す1人の一般隊員。それを見たもう1人も続いた。
(何としても助ける!倫道さんも、炭治郎君も!)
「ミドリカワ!オザキ!ヤメロ!」
マスカラスが止めるが、2人は激しい戦闘の間隙を縫ってダッシュし、重なって倒れている倫道と炭治郎をそれぞれ抱えた。しかし、無惨があっさりとそれを見逃すはずはなかった。無惨の管の1本ずつが緑川と尾崎に迫る。
その直前。
(シイィィィ……)
何もない地面にいくつもの足跡が現れ、意識的に抑えたわずかな“呼吸”の息遣いの音。無惨との戦闘中に気付く者はいなかった。
(何だあいつらは!足手まといがっ!)
舌打ちしながらも被弾を覚悟で助けに向かおうと焦る伊黒だったが、無惨の攻撃が急に止んだ。
正しくは、腕刀と管を全て斬られ、攻撃手段を失った。
一瞬あ然とする無惨。この場にいる者も何が起きたのか分からない。
しかし、この隙をついて緑川と尾崎が伊黒と甘露寺に護られて安全地帯まで退避した。
「炎の呼吸 壱ノ型・不知火!」
「雷の呼吸 壱ノ型・霹靂一閃 六連!」
千寿郎と善逸がステルス状態での先制攻撃を仕掛けた。無惨は一瞬で腕刀と管を斬られ、体に幾つもの傷が刻まれて行く。
「獣の呼吸 肆ノ牙・切細裂き!」
「花の呼吸 伍ノ型・徒の芍薬!」
同じく姿を消した伊之助とカナヲが追撃を加える。
宇髄の聴覚が、確かにその者たちの足音を捉えた。
(6人、か。久しぶりの槇寿郎の旦那まで!)
無惨もようやく事態を理解した。
(目くらましか。つまらぬ小細工を!)
童磨と戦ったメンバーと、獪岳を倒して応急処置を受けた善逸が合流し、目くらましを使い戦闘に参加した。
しのぶは倫道と炭治郎の元へ駆けつけ、愈史郎、隠の隊員や直接戦闘に関わっていない一般隊員たちとともに治療を開始した。
「お前たち如き、何人居ようと変わりはしない。あれを見ろ」
無惨は、戦っている者たちに倫道と炭治郎を指し示す。
「私に傷をつけられたものは死ぬ。攻撃に混ぜられた私の血はお前たち人間にとっては猛毒。順応できる者などいるはずがない。水原倫道と竈門炭治郎は死んだぞ」
「嘘だ!炭治郎は心音が聞こえている!死んでない!」
善逸は叫ぶが、炭治郎の今にも止まりそうな微弱な心音と苦しそうな呼吸音はいやでも聞こえていた。そして、倫道の心音は既に聞こえない。
(心肺停止だ、まずいぞ!)
しのぶと愈史郎は手分けして心肺停止状態の倫道に蘇生処置を施し、無惨の血の毒で急速に衰弱している炭治郎に薬を投与して治療を開始した。
2人を抱えて長い距離を全力でダッシュした緑川と尾崎は息切れで一時動けなくなっていたが、すぐに心配そうに蘇生処置をを受ける倫道の傍にやって来た。
「大丈夫なのか?」
心配そうに聞く緑川に、
「心配するな、こいつがこんなところで死ぬはずはないだろう!」
愈史郎が胸骨圧迫と薬の投与を行いながら返事をする。
「そうですよ、私たちもついてますから!」
しのぶも炭治郎に薬を投与しながら声をかけた。
無惨戦の戦況はやや持ち直しているが緑川はそれどころではなく、
「倫道さん、死ぬな!自分で出した命令だろ!」
尾崎と共に必死で呼びかけていた。