夜明けまで、あと一時間三分。
(十二の技を繋ぎ続ける……。できるだろうか、俺に?夜明けまで命が持つかどうかも分からない。でも、倫道さんがいる。みんながいる。1人じゃない、共に戦ってるんだ!今俺にできることを全力でやるんだ!)
「炭治郎君!」「はい!」
「日の呼吸 円舞 碧羅の天 烈日紅鏡」
「日の呼吸 灼骨炎陽 陽華突 日暈の龍・頭舞い」
(倫道さんが日の呼吸を……!何故?今まで使ったのは見たことがないけど……)
炭治郎は不思議に思った。だが倫道のその技は速く美しく、夢で見た縁壱の剣技そのものであった。
(でも凄い!俺の意図が瞬時に伝わって、本当に光と陰みたいに自然に技を出せる!)
誰もが他の誰かの攻撃を生かすため、己の体と技を犠牲にすることも厭わず、この場にいる者全てが力を合わせる。無惨のわずかな隙を作り出す、そのために。
倫道と炭治郎も互いに助け、技を補い合い、2人一対で神楽を舞うように日の呼吸の技を繋げた。
先程の無惨の全方位攻撃のダメージを振り払い、柱たちや善逸、伊之助たちも次々に戦闘に復帰し、再び激しい攻撃を開始した。
倫道が、背後を振り向くこともなく体をわずかに捻って避けた。そこに悲鳴嶼の鉄球が唸りを上げて飛んで来て、無惨は辛うじて頭部は躱すものの左肩付近をごっそりと抉り取られた。
「遅れてすまない」
悲鳴嶼が鉄球を引き寄せ、再び高速で振り回しながら他の隊員に声をかける。
「何度でも刻んでやるぜぇ。もう生きていたくねえと思うまでなぁ!」
さらに背後から不死川が現れて、無惨の体を縦一文字に両断した。
「こっちだよ、俺の相手もしてくれないと」
いつの間にか足元に滑るように潜り込んだ時透が無惨の脚を斬る。
(黒死牟を倒した鬼狩り……、こいつらも生きていたか、目障りな)
すぐに体を再生し、忌々し気に新手の柱たちを睨む無惨。
だがその再生速度はごく僅かずつ低下し始めていた。
黒死牟を倒した悲鳴嶼、不死川、時透が合流。
自らを柱たちの肉の盾にせんと、決死の覚悟で戦場に飛び込もうとする大勢の一般隊員たちの集団があった。
その隊員たちを押しのけて集団の先頭へと歩く狐面の男。
「臆するな、前へ出ろ!!柱を護るんだ!俺たちも、共に行……」
共に行こう、先頭に立って鼓舞していた隊員がそう言い終わらないうちに、男は隊員の襟首をつかんでぐいと後方へ投げ飛ばし、隊員たちに向き直った。
「お前たちがかなう相手ではない、下がっていろ。お前たちは生きてこの戦いを見届けて、そして……命を繋げ!」
狐の面に、夜目にも鮮やかな、目の覚めるような青い刀を提げた錆兎が一般隊員たちの突撃を思い止まらせ、前線に合流した。
10人の柱とそれに次ぐ実力者たちが今、ついにこの戦場に集結した。
俺は、ちらりと周りを見渡す。壮観だった。
歴代最強の9人の柱たちが無惨を睨み据えていた。全員が様々な形の痣を浮き上がらせ、互いの武器を打ち合わせて赫刀を発動させている。
原作では叶わなかった。しかしこの世界で、9人の柱たちは誰一人欠けることなく、ずらりと勢揃いして俺の目の前にいた。
見てみたかったこの光景。そしてこんな俺も、この素晴らしい仲間たちと共に戦える。
激戦のさなかでありながら、俺は鳥肌が立つほどの感動と興奮を禁じ得なかった。
それに加え、今や柱に次ぐ実力となった炎と水のハイブリッド剣士、心優しき天才・千寿郎君、現役当時に迫る強さを取り戻した元炎柱・槇寿郎さん、復活した天才・錆兎。柱と同格と言っていい実力をつけた炭治郎君、善逸君、伊之助君、カナヲちゃん。
総勢17人もの猛者たちが、みなそれぞれ必殺の気概を抱き、一丸となって無惨に挑もうとしている。
何と素晴らしい眺めだろう。
俺の脳内では“鬼殺隊”の勇壮なテーマがBGMとしてループ再生されている。
この世界で目覚めて、死んでしまうはずの登場人物を少しでも救い、みんながほのぼのと平和に生きていけるようにと願い、頑張って来た。
この戦いに勝つことを常に思い描いていた10年。
この戦いに勝つために。この日のために準備を整え、牙を研いで来た。
鬼舞辻無惨。
お前がまき散らす災厄のために、どれほどの命が奪われ、どれほどの悲しみが生まれたか。
何故奪う?
何が楽しい?
命を何だと思っている?
愛する人を理不尽に奪われた者たちの、怒りと悲しみの声を聞け。
俺たちはこの悲しみの連鎖を断ち切るため、持てる力の全てを結集し、今こそ鬼滅の刃を振るう!
(落ち着け、冷静になれ。水面のように、静かに穏やかに心を保て!)
水柱・冨岡義勇は燃える闘志をあくまで表に出さず、鱗滝の教えを心の内で繰り返していた。
「ついにここまで来ましたね……。見ていますか、姉さん。私に力を貸してください」
蟲柱・胡蝶しのぶが呟く。
「最後の最後に派手派手のド派手じゃねえか!一世一代の大舞台、誰よりもド派手にいくぜ!」
音柱・宇髄天元も嬉しそうに言った。
「父さん、母さん、兄さん。僕はもう少し頑張るよ。みんなと一緒に!無一郎の無は、無限の無。その力、証明してみせる!」
霞柱・時透無一郎も刀を握りしめる。
「すぐにぶち殺してやるぜェ。この薄ぎたねえゴミクズ野郎が……!」
風柱・不死川実弥はギラギラと目を光らせ、鬼の始祖滅殺に執念を燃やす。
「許さない!今まで死んでいった仲間の分まで……。覚悟しなさいっ!」
恋柱・甘露寺蜜璃も拳を握り叫ぶ。
「さあ、どう刻んでやろうか。なあ鏑丸」
蛇柱・伊黒小芭内もその鋭き眼光で鬼の始祖を睨む。
「鬼殺隊は百世不磨。鬼舞辻無惨、お前を屠り去るその日まで!この命に代えてもお前を地獄に落とす!」
岩柱・悲鳴嶼行冥は決意していた。痣を出せば二十五歳を前に死ぬと言われていた。二十七歳の自分は今夜のうちにも命が尽きるかもしれないが、それでも必ず無惨を倒すと。
「この煉獄の赫き炎刀が、貴様を骨まで焼き尽くす!」
炎柱・煉獄杏寿郎の天を衝く気迫がオーラとなり、周囲の大気が炎の如く揺らめいた。
「すげえ……見ろ、柱が……!」
「ああ、柱たちが全員揃って……」
「柱だけじゃねえ、炭治郎、善逸、伊之助……。みんな頑張れ、死ぬんじゃねえぞ!」
勝てる。この雄姿に他の隊員たちも勇気を奮い立たせる。感動のあまり涙する者もいた。隠の後藤もこの光景をしっかりと目に焼き付けた。
「かかれ!!」
悲鳴嶼の号令で、本当の最後の戦いが始まった。
悲鳴嶼が、時透が、伊黒が無惨の攻撃を弾き飛ばして倫道と炭治郎を援護し、また次々に連携して攻撃を入れて行く。
「炎の呼吸 玖ノ型・煉獄!」
煉獄家の親子3人による、 奥義の同時発動が大気を揺るがす。
「水の呼吸 拾ノ型・生生流転!」
無惨の攻撃を切り崩しながら義勇と錆兎が戦場を駆け、華麗に舞い、連続で奥義を繰り出す。
倫道と炭治郎は最前線で日の呼吸の技を繋ぐ。
「日の呼吸 斜陽転身 飛輪陽炎 輝輝恩光」
「日の呼吸 火車 幻日虹 炎舞」
「日の呼吸 円舞……ぐあっ!」
炭治郎が攻撃を受けてよろめき、しかし倫道が繋ぐ。
「日の呼吸 円舞!……繋ぐぞ、炭治郎君!」
倫道は炭治郎を素早く助け起こし、日の呼吸の技を繋ぎ続ける。
「はい!」
炭治郎も懸命に技を繋ぐ。
もちろん、ただ連続して技を出せるほど甘くはない。
無惨の腕刀、管の攻撃を弾き、受け逸らし、一つ一つこちらの攻撃を入れる。時には受け止められる前提で斬撃を繰り出し、仲間の攻撃を通し、20手、30手の攻防を丁寧に積み重ねて必殺の攻撃へと繋げる。それも、十分に呼吸することもままならないほど全力で動きながら、仲間の動きを瞬時に判断しながらだ。それでも、各人が巧みに連携して強力な斬撃を繰り出す。
原作では9人だが、この戦いでは17人ものアタッカーがおり、無惨が一人に向ける攻撃密度が下がるという数的優位は大きい。そして充実した連携訓練を行ってきた効果も出ていた。だが無惨を一気に崩せる訳ではなく、それには”薬”が効いてくることが大前提だ。
(化け物どもめ!)
無惨は、繰り出される日の呼吸の剣技と、その斬撃による焼けるような痛みで恐怖の記憶を蘇らせる。
(私を追い込んだあの男とその息子!化け物が2匹……!亡霊どもが!)
倫道と炭治郎に、かつて自分を追いつめた2人の男の影を見ていた。
無惨は自らの体の異変を察知する。先程までは確実に当たっていた自分の攻撃が、躱され始めている。特にこの水原と言う男には、全く当たらない。他の者にも時折躱される。僅かな異変。少しずつではあるが、武器で防がれるのではなく、躱されるようになっているのだ。
(あの化け物どもに比べれば遅い!だが、なぜ私の攻撃が通らない?)
そして、一つの結論に至る。
(私が遅くなっている?!柱とはいえ、人間風情にこの私がここまで手こずるとは……!あの女だ……!女狐め、一体何をした?)
焦る無惨は、取り込んだ珠世の細胞の記憶を探る。記憶の断片から読み取った成分。薬は人間返りだけでなく、複数の効果を持っていた。
(老化だとっ?!)
2つ目の効果、それは1分間に50年の老化をもたらすというもの。
珠世が薬を投与してから4時間以上は経っている。効き始めてから3時間としても。
(私は九千年老いている!)
失った手足は言うに及ばず、脳や神経すらも瞬時に再生する。どんなに動いても疲労も無い。攻撃は広範囲で非常に速く、しかも猛毒を伴っている。弱体化させてもなお、無惨はとんでもない化け物に他ならない。対して鬼殺隊員は人間だ。常人にはありえない程の身体能力があり、みな懸命に戦うが、ここに至るまでの戦いのダメージもある。そして全力で動き続けることによる疲労と、無惨の攻撃による直接的ダメージ、付加される毒のダメージが蓄積され動きが悪くなり、技の精度も低下していた。鬼化によって体力を全回復した倫道と炭治郎でさえ、全力で動き続けることでスタミナは残り少ない。
(この体の激痛、痺れも無惨の毒によるものか!掠っただけでもこの効果、連戦の疲労の上にこれでは、あの2人が頑張っても夜明けまで持たない!)
悲鳴嶼は焦っていた。毒に強い宇髄も血を吐き、小柄な伊黒は地に膝を突いてしまった。千寿郎を庇って戦い続ける槇寿郎も苦し気に顔を歪める。
戦場に、どこからか迷い込んだ猫が現れた。猫は現実離れしたスピードで戦闘の真っただ中に走り込み、10メートル以上も空中高くジャンプした。背中のポーチには多数の注射器が取り付けられており、それが隊員たちめがけて発射された。注射器は次々に隊員に命中。
予想外の攻撃を受けた隊員たちは焦るが、それは珠世が予め用意した無惨の血に対する抗毒素血清であった。体の激痛や痺れ、感覚の麻痺が消え去り、僅かだが体力の回復効果まであった。無惨は猫を斬り捨てるが、愈史郎が素早く猫を回収して下がった。
「良くやった茶々丸」
愈史郎は役目を果たした猫を褒め、斬られた胴体を繋げてやった。
「その猫も鬼なのか?」
愈史郎と行動を共にし、医療活動を行う隊員が聞いた。
「そうだ、決戦前にやっと鬼にできた」
愈史郎が答える。
(やれることはやった。後は頼むぞ)
愈史郎も祈るような気持ちで戦いの行方を見守る。
一方の無惨も、自らの生存のために今や死に物狂いで戦っていた。倫道と炭治郎の攻撃は益々鋭さを増し、幾たびも無惨に斬撃を浴びせていた。瞬時に再生されはするが、複数の心臓と脳、その急所にも確実に攻撃が届いていた。
夜の闇が薄れていく。東の空に薄明かりが差し、わずかずつ赤く色づいていく。
夜明けまで、あと四十五分。
(戦いは終わりだ!これ以上の危険を冒す必要は無い。この異常者どもをまとめて殺す好機であったが致し方ない)
形勢不利と見た無惨は完全に敵に背を向け、一目散に、清々しいまでの逃げ足で逃亡を試みた。
思えばいくつも計算外の事態が起きていた。戦いの初手で大ダメージを受け、体の再生に長時間を要した。上弦の鬼たちが続けざまに敗北した。鳴女が敵の手に落ち、鬼殺隊に有利な布陣を敷かれた。その上に、珠世が全面的に鬼殺隊に協力した。
珠世は鬼を人間に戻す薬、老化をもたらす薬を作り、本来なら全く問題にならないような攻撃が有効打となり無惨の命を削っていた。さらにまだ何かがあることは十分想像できた。そして、日の呼吸を使う剣士。
(最初に戦った日の呼吸の剣士は初め、弱く見えた。覇気も闘気も無く、殺意も見えなかった。しかし頸を刎ねられ、敗北寸前にまで追い込まれた。二度目の剣士はとにかくしつこかった。刻んでも刻んでも、全身に傷を負いながらも致命傷を避け、私の頸を刎ねた。だがヤツも死にかけていたので日の出の直前に逃げることができた)
無惨は逃げながら思い返す。
(日の呼吸を使う者は黒死牟と共に根絶やしにした筈だった。あの男と同じ花札のような耳飾りを付けた、竈門炭治郎という小僧が現れた。いつでも殺せると高を括っていたが、不完全ながら日の呼吸を使い、しぶとく生き残り抗って来る。それだけではない、この土壇場で日の呼吸を使う者がもう一人出現するとは)
これは本を正せば一つに繋がっていた。
水原倫道。
(あの得体の知れない男。何者なのだ?よりにもよってヤツが日の呼吸の剣士であったとは……。あの化け物の生まれ変りとでもいうのか?バカな!)
無惨は考えつつも、ここは逃げることに専念した。
当然ながら鬼殺隊が黙ってこの逃亡を見逃すはずがなかったが、追いかける程の体力が残っている者など一人もいない。無惨の逃亡は成功するかに見えた。しかし無惨にも、薬の効果がより顕著に現れ始めていた。
(息切れするだと……!私の肉体に、体力の限界が近づいている……!)
無惨はまるで人間のように肩で息をする。一度は数十メートルの距離を離すが、倫道は逃がさない。全速力で一人追いつき、再び激しい攻撃を加える。
(何としてもここで足止めを!)
日の呼吸 烈日紅鏡・無限(インフィニティ)!
倫道は足を踏ん張って無惨に密着し、烈日紅鏡を連続で繰り出す。∞の軌道を描く烈日紅鏡を、ボクシングのデンプシーロールのようにスタミナが続く限り無限に繰り出す。管の迎撃と本体への高威力の攻撃、両方を行えるが大きく体力を消費する大技だ。
倫道が吹き飛ばされて後退し、20連撃で止まったが足止めは叶った。
倫道は大技を放った疲労で地面に膝を突く。一旦距離を離した無惨も体中を切り刻まれて体力を奪われ、すぐに攻撃を再開できない。双方激しく息を切らしながら睨み合う。
無惨が倫道を見てニヤリと笑う。腕や背中がボコボコと膨張を始めるが、しかしそれはすぐに治まってしまった。
(分裂して逃げるつもりだな。だがそれはできないぞ)
今度は倫道がニヤリと笑う。
(分裂できない!そうか、薬は3つ……!人間返り、老化、分裂阻害。これほどの物を作るとは!)
無惨は今さらながらに珠世の執念を思い知った。