ほのぼの鬼殺隊生活(完結)   作:愛しのえりまき

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52話 新たな戦い

俺の意識は虚空を彷徨っていた。

今まで一生懸命やってきた。でも、ずっと全力疾走だったからな。

パトラッシュ……疲れたろう?俺も疲れたんだ……。何だかとても眠い……。パトラッシュ……はいないけども。

見上げると、一条の光が天から射して俺を包み、光の中を天使たちがやって来るのが見えた。天使たちの頭の輪がキラキラと輝いている。迎えに来てくれたんだね、ありがとう。俺の旅もようやく終わる時が来たのかな。

 

「カアァァー!!」

 

……あれ?なんだか聞いたことある鳴き声がするような……?

「ゴルァア!来ルナ!リンドーニ近寄ンナ!向コウ行ケ!シッシッ!」

ぶち切れた1羽のカラスが天使たちを追っ払っている。マスカラス……お前か……。それにしてもおっそろしい顔してるなあ。ほら見ろ、天使ちゃんたちドン引きしてるじゃないか。

見ていると、何か相談して光の中へ帰っちゃう天使たち。あああ、帰らないで。

「イエーイ、ヤッタ!追ッ払ッタゼ!」

いえーいじゃない、平成初期のノリか。

「ジャアナ!」

そして飛び去るマスカラス。何をしてくれてんだお前は。

光は消え、俺はぽつんと薄闇に取り残される。天国に行くはずが……。

どうすんだよ、俺……。

 

 

 

気づくと、俺はJR有楽町駅の駅前交差点にいた。

これは、現代?

行き交う人々は、もと居た現代の装いだ。俺も現代風の恰好をしているようだ。長い長い夢を見ていた気がするが、時計を確認すると、令和3年4月。

鬼滅の世界に転生する前、細かい日付はもう忘れてしまったが、令和3年の春だった気がする。

戻って来たのか?

 

入学祝いとか、新生活に向けて、と家電の広告が流れた後、ビックカメラの大型ビジョンに「宇髄天満選手 体操世界選手権で金メダル獲得」

と速報が流れ、インタビュー映像も一緒に流れている。

「宇髄選手は、あの鬼殺隊の柱も務めた宇髄天元さんの子孫にあたるんですよね」

アナウンサーが話しているのを聞いて驚いた。原作では鬼殺隊が公になることは無いはずだが、どうなってんだ。

周りを見ると鬼殺隊のコスプレをした人がたくさんいる。コスプレの人は、みんな東京国際フォーラムを目指しているようだ。

 

「真実の鬼殺隊展」

そんなタイトルがついたイベントが催されており、俺は吸い込まれるように入っていった。展示の最初には、鬼舞辻事件について、という解説ポスターがあり、俺は本当に驚愕した。それによると――。

 

明治後期から大正時代初期、鬼舞辻無惨を首魁とする“鬼”を名乗るミュータントの集団が現れた。彼らは超常的な能力を持ち、東京駅周辺の地下に“無限城”なる拠点を設けて政府の転覆を企て、力によるこの国の支配を目論んだ。だが、この“鬼”集団の脅威をずっと以前から密かに監視し続けていた者たちがいた。それは、大富豪・産屋敷家の私設武力集団、政府非公認の組織“鬼殺隊”。“鬼”と“鬼殺隊”、この両者は歴史の闇の中で暗闘を繰り広げており、1915年(大正4年)1月、東京駅の駅前市街地にてついに全面衝突に至った。

これは日本近代史上初の大規模市街戦を伴うテロ事件であったが、戦闘自体が厳重に秘匿されていたこともあり、この騒乱への警察や陸軍の直接の関与は無かった。

概要は事件の後徐々に明らかになったが、一般人への人的被害が無く、篤志家としても知られた当主の産屋敷家が、私財を投げうって町の復興に尽力したことなどから重罰が課せられることは無かった。

これが鬼舞辻事件であり、この史実をもとに作られたのが、漫画、アニメで大人気の“大正剣戟譚 鬼滅大戦”である――。

 

鬼滅の話が史実になっている……。あの騒乱はそういう感じで処理された訳か。

 

 

展示は、柱や一般隊士の隊服や刀など武器や手紙、写真。

 

原作でも見た、生き残った隊員たちの集合写真が展示されている。

俺の世界で見た原作とは違って、柱は9人とも笑顔で写っており、不死川さんさえ玄弥君と肩を組んでうっすらと笑っている。錆兎や村田さん、緑川君や尾崎さんも確認できた。俺が知っている原作とは違う世界。と言うことは、ここは俺が捻じ曲げた世界の、その未来?

それにしてもすごい人数だ。

でも良かった。みんなは最終決戦の後も生きていた。

俺がいないのはちょっと寂しいが、良かった。

 

竈門家から借り受けたという炭治郎君の刀、耳飾り、手紙なども展示されていた。炭治郎君は筆まめな設定だったからな。原作でも何人も文通していたようだし。俺の中で、炭治郎君と一緒に戦った時のことが鮮明に思い出される。痣は消えたけど、その後大丈夫だったかな?原作通り、カナヲちゃんと幸せな家庭を築いたのだろうか。

 

さらに進むと、“柱”の展示だ。

「柱とは、鬼殺隊員の中で最高位の隊士の称号。抜きん出た実力を持ち、鬼殺隊を支えるまさに柱である。柱の漢字の画数にちなみ、定員は9名」

そうか、俺はホントに例外だもんな。誰も覚えてないだろうけど。

「しかし、最終決戦時にはもう一人、10人目の柱がいたと伝えられている。名前や性別さえも定かでなく、決戦後消息不明となったとされ、詳しいことは分かっていない」

あ、それ俺だ。ごめんなさい、実はこんな所でこっそり生きてます(笑)。

 

完全に忘れられたと思ってたのに。誰か覚えていてくれた人がいるんだろうか。

何だか面映ゆくて、ケツが痒くなる。本当はもう嬉しくて、感動で泣きたくなるのを誤魔化してるんだけれども。

 

ガラスにへばり付くように展示を見て、一人で笑ったり、涙ぐんだりしている俺を人々が避けて歩いて行く。

 

どこからかふと視線を感じたが、何だったのだろうか。気味悪がっているのではなく、どこか慈しむような、温もりを感じるような。

 

(まったく忌々しいな)

俺が感動に浸っていると急にそんな声が聞こえる。俺は周りを見るが声の主がはっきりしない。

(異常者どもではないか)

頭の中で声が響く。気持ち悪いな、耳塞いでも声が聞こえる!何だお前、どこだ、どこにいる?

(当たり前だろう。私を取り込んでおいて、何も覚えていないのか?お前が新たな鬼の王となるのだ。永遠の命を得たのだからな)

幻聴か……相当疲れてるみたいだ。まあ少し休もう。感動したらお腹減った。

(おい!無視するな!お前は私とともに、鬼の王に――)

俺は心の声を遮断した。

 

 

ふとガラスに映る自分の姿を見る。服装は現代風だが、年恰好は鬼滅の世界のままだ。あれは夢ではなかったのか。俺は何なのだ。

荷物を漁ると、IDは水原倫道、二十一歳。この水原倫道は、令和の世に最初からそうだったかのように当たり前に存在している。あの明治から大正にかけての俺は何だったのだろうか。名前や姿がそのままだが、良いのかこれで。もう役割を果たしたから元の時代に戻る、そんな簡単な話ではないようだ。

 

(聞いているのか?お前は私の意志を継いで、最強の鬼の王となるのだ)

おまけに。……思い出してしまった。無惨、お前を取り込んだのだったな。忘れてたよ。

 

最終決戦の直後、痣の者たちを治すために不完全な血鬼術を使い、その代償として俺の命は尽きた。そして、原作を捻じ曲げた代償として俺の存在は排除された――はずが、なぜかその未来の令和の世に現れた。

 

無惨。俺はただの人間だから、不老不死とか、異常な再生能力とか、そんな肉体的アドバンテージはもう一切ないからな。老いるし、死ぬし。ただここが鬼滅世界の未来であるならば、鍛えた体術などは使えるのかもしれないが、究極の生命体なんて大げさな物じゃない。そのかわりなんでも食えるし、お天道様の下を大手を振って歩けるわけだ。

 

(なんだと!それでは下らぬ人間と変わりないではないか!)

下らなくて悪かったな。

 

(倫道っ!貴様、騙したのかっ!)

よく騙されるなあ。だから何度も言うが、たくさん人を殺しておいて騙されたくらいで怒るなっつーの。でも何度も転生して無限に生きて行くなんて普通ではありえないぞ。

でも意外に何人もいたりしてな。

 

鬼の王はもう諦めろ。俺なんて、人の王にもなれないよ。運良く最高最善の魔王に転生できれば話は別だが。それにお前はもう何の力も無い、俺に付随するだけの存在だからな。ど根性ガエルのピョン吉みたいなもんだ。いずれすり潰して意識の表層に2度と出て来られないようにしてやる。憎まれ口を叩くのも今のうちだぞ。

俺がそう企んでいると、

(聞こえているぞ!簡単に潰されてたまるものか!私は諦めない!お前が鬼の王としてこの世界に君臨するまで――)

 

あーうるさい、こいつと一緒かぁ……。無惨を体の中に飼ってるなんて、もうただのヤバい人じゃないか。勢いで助けちゃったけど気が滅入るな。まさに気滅……気滅のヤバい、なんちゃって。

「真実の鬼殺隊展」を見終わって俺はため息をつきながら建物を出る。

大人気の展示だけに、外も人でごった返していた。

 

(そう簡単に私を消せると思っているのか?)

俺の中の無惨が呟く。

だからすり潰してやると言ってるだろうが。無駄な抵抗は止めろ。

それ以降沈黙する無惨、だったが。

……お前、何を言ってるんだ?さっきのはどういう意味だ、無惨。

 

 

 

 

1人の若い男が、すれ違う人々を避けもせず、ぶつかった人々を突き飛ばしながら歩いてくるのが目に入った。大学生風の、ごく普通の風体の若い男だった。倫道の目は何故か男に釘付けになった。

(何だあの人?)(おかしいんじゃないの?)

周りの人々がざわつき、眉をひそめた次の瞬間だった。

 

「くそお、てめえら!!ふざけやがって!……誰でもいいんだ、誰でもよぉ!」

男は大きなサバイバルナイフをリュックから取り出し、頭上に振りかざした。

 

誰でもいい、殺したかった。道連れにして死にたかった。――男はそんな戯言を吐き散らすつもりだろう。こういう輩の言いそうなことだが、嘘だ。

“自分より弱そうで、抵抗しない人”なら誰でもいい、の間違いだ。

人々は悲鳴を上げ逃げ惑う。周囲はパニック状態になった。

男は周囲を見回し、幼い子供に目を付けた。転んで逃げ遅れた子供に向かい、大股で歩み寄った男がナイフを振り下ろした。若い母親が子供を庇って覆い被さり、背中を切られた。白いセーターの背中に、血液の赤い染みがバッと見る間に広がった。

「ああっ!」

近くにいた人々からまた悲鳴が上がる。

子供を庇った母親が犠牲になり、子供も殺される。これから繰り広げられるであろう惨劇に、誰もが絶望し、目を覆った。男が母親に向かってナイフを振り上げた。

 

倫道は恐ろしさに顔から血の気が引き、足がすくんで動けなかった。だが。

――殺せ。

赤黒い殺戮衝動が不意に沸き起こり、それは一瞬のうちに心を支配した。

殺す。こいつを殺す。

理性の抑えが利かなくなっていた。

殺せ。憎いか、このクズが。ならば、殺せばいい。

倫道は大声を上げながら怒りのまま男に突進、男のすぐ目の前まで一息で距離を詰めた。こちらに背中を向け、母親にもう一度ナイフを振り下ろそうとしていた男が振り向く。倫道は走りながら急に体を屈め、男の視界から消える。男は倫道の姿を見失って、わずかな隙ができた。倫道はナイフを持った男の右腕を完全に押さえ込んで捕らえ、飛びついて両脚を男の体に絡めた。自分自身の体重を利用して地面に倒れこみながらその勢いで男を引き倒し、右肘を腕十字に極めた。

ミチミチと肘の靭帯が嫌な音を立て、男は堪らずナイフを落として暴れている。

ゴギンッ!

倫道は暴れる男の肘関節を容赦なく破壊し、ナイフを遠くに蹴り飛ばした。

「うぎゃあああああ!」

男は腕を押さえながらのたうち回る。自分は女性に切りつけて大けがを負わせておきながら、そんなことには全く関心も無いのだろう。

倫道は立ち上がり、頸椎を折って完全に息の根を止めようと背後から男の頸に腕を巻き付けた。

(だめだ)

どこからか聞こえたその声に、倫道は我に返り自身の姿に気づいた。純粋な殺意に支配され、凄まじく歪んだ表情の自分に。

(だめだ、それをしてはだめだ。目を覚まして)

さらに聞こえる、無惨ではない声。どこか聞き覚えのある、心を浄化するような涼やかな声だった。

(余計な事を……)

心の中の無惨が忌々し気に吐き捨てる。

 

(そうだ、止血!)

倫道は正気を取り戻して男から腕を離し、急いで切られた母親のところに向かう。意識はしっかりしており、背中の傷は大きいが幸い肋骨で止まっており、肺の損傷による気胸などは起こしておらず、その他臓器損傷も無い様子だった。ハンカチで出血点を圧迫しながら救急隊と警察の到着を待った。

(俺は何をしたんだ?完全に殺戮の衝動に支配されてた。ナイフを奪って身動きできなくするだけで良かったのに。肘関節を破壊しただけじゃない、完全に殺そうとしていた。これじゃあまるで鬼じゃないか。お前なのか、無惨?)

戸惑い、動揺する倫道。

(身勝手な理由で人を襲う。鬼ではない、これが人間だ。それでもお前はまだ“人を護る”などと幻想を語るつもりか?護るか、こんな屑を。そして先程の殺戮衝動も、もともとはお前自身のもの。私はその背中を押したに過ぎん。……私を消し去るだと?笑止千万だな)

無惨の言葉に倫道は答える術も無く、ただ愕然とした。

(これでは何も変わらない。こんな場面を何度も見たじゃないか。こんな光景を無くすために俺は頑張ったんじゃないのか)

救急隊が現着し、母親は搬送されて行ったが、搬送される母親の横では泣きじゃくる子供がいた。倫道はそれを苦り切った表情で見つめ、思い返していた。

 

この様子を少し離れた場所からじっと見つめる男女がいた。

(良かった、届いた)

男性は、倫道が正気に戻ったのを見てホッと胸をなで下ろしていた。

 

 

 

 

その後、当然ながら俺は近くの警察署に連れて行かれ、事情を聞かれた。

「水原倫道さん、二十一歳。城南大学の学生ね。何であんなことしたの?」

そんなことを言われながら話を聞かれていると、何か署内が急に騒がしくなった。警察の偉い人が入って来て、取り調べの警官と何やら話をしたと思ったら、

「もう帰っていい。だけど無茶しちゃだめだよ。相手は刃物持ってるんだから」

そう言われ、危険な事はしないよう改めて説諭を受けた後釈放(?)された。

取り調べ室を出ると、警察署の幹部らしき人に付き添われ若い男女が待っていた。二十代前半だろうか、大きな目が印象的な美しい女性と、同年齢くらいと思しき和装の男性。

「輝利哉様……!?」

思わずそう言って凝視してしまった。

耀哉様の奥様、あまね様の面影がある女性。男性は、あの時八歳だった輝利哉様が成長したらまさにこんな感じ、という落ち着いた美青年。だがお2人がこんな姿でいるはずはない。百歳をとうに超えているはずなのだから。

明らかに産屋敷家の子孫の方々だ、そう思っていると

「私は産屋敷晴輝(はるき)と申します。これは双子の妹のはるかです。輝利哉は私の高祖父に当たります。水原倫道さんとおっしゃるのですね。ご案内したい所がございます。この後少しお付き合いいただけますか?」

まさか、この展開は。もと居た世界で読んでいた二次創作の小説みたいに、現代に蘇った鬼を狩ってくれ、なんて頼まれたりするんだろうか?

 

俺は晴輝さんたちに連れられて車に乗った。

産屋敷家の方々に言われるまま付いて来てしまったが、肝心の要件を聞いていなかった。

「展示会のご様子をたまたま拝見していました。すごく真剣に、涙ぐんで見ていらして……。気になったものですから」

それだけ?……あらやだ、見られてましたか。そんなに不審者っぽくないと思うんだけど。展示見てる時に感じた視線は晴輝さんでしたか。でも見ただけで俺を関係者と見抜くなんて、やはり産屋敷家の人ハンパない。

それから、さっきの“声”はやはり晴輝さんの?

「そうです。思い止まってくれて良かった。なかなか厄介なものを抱えていらっしゃいますね」

にっこりとする晴輝さん。テレパシーまで使えるとは。それに、そこまで見えてるのか……。俺は苦笑いを返すしかなかった。

 

「実は、“気になった人がいたら、鬼殺隊士の墓所にお連れしなさい”と先祖から言い伝えられてるんですよ。これから鬼殺隊士の墓所にご案内したいんです。それと……」

さらに車の中で手紙を渡された。

「竈門炭治郎隊士から大正時代に先祖が預かった手紙の複製です。どなたに宛てたものかは分からないのですが……。心当たりがありませんか?」

炭治郎君は俺のこと忘れてるはずだ。心当たりと言われても。

俺は手紙を開いて読んでみた。

 

 

 

○○様 

どうしてもお名前が思い出せず、このような手紙となったこと、どうかお許しください。

最終決戦の後、俺は怪我の療養のため長期間蝶屋敷にお世話になっております。その間、何かが足りないのではないか、何か忘れてはいないか、そんなすっきりしない思いをずっと抱えておりました。

無惨との戦いで、俺が最前線にいられたのは何故か。一緒に戦ってくれた人がいたのではないか。ですが誰に聞いても、そんな人は居なかった、ここに居るみんなで戦ったのだと言われ、俺もそう思うようになりました。夢でも見ていたのだろうと、自分を納得させておりました。

しかしある日緑川さんが訪ねて来た時、同じように何かが足りないと思っていることを知り、驚きました。

そして、ある時ほんの少しだけ記憶が蘇ったのです。

自分の他にもう1人、黒い刀を使う人がいたこと。何度も一緒に死線をくぐり、何度も危ないところを助けていただいたこと。修羅のように戦いながら、倒した鬼に手を合わせ、涙ぐんでおられた姿。

ですがこのままでは、俺はいつか全てを忘れてしまう。まるで貴方がいなかったかのようになってしまう。だから、もうお顔も、お名前も思い出せませんが、これだけは忘れることの無いよう、せめてここに書き留めておくことにいたしました。

俺は貴方に憧れを抱いておりました。そして、いくらしてもしきれない程に感謝しております。

またいつかお会いできる日が来ることを、貴方がいつまでもお元気でいることを、心から願っております。

竈門炭治郎

 

 

そんなに思ってもらえるなんて照れちゃうよ。俺のことは誰も覚えていないと思っていたのに。拭っても拭っても目から鼻水が出てきて視界がぼやけるので、せっかくの手紙が途中から読みにくくて仕方なかった。

ありがとう、炭治郎君、緑川君……。

胸の中が暖かいもので満たされ、涙が自然に流れる。あの時代の俺の存在は跡形もなく消えた。だが、思い出のほんのひとかけらを大事にしてくれる人がいた。

「後で本物をお渡ししますね。随分時間がかかりましたが、やっと宛先に手紙が届いたみたいで良かったです」

晴輝さんもはるかさんもにっこりと笑いかけてくれた。

 

 

 

 

 

「着きました」

 

促されて車から降りると、倫道は立派な寺院の広大な墓所に案内された。ここは鬼殺隊士の墓だという。

「あの戦いの後、鬼はいなくなりましたから新たに入る人は少数でした。最後の柱である9人の皆さんだけは、お願いして分骨していただき、ここに分祀させていただいているんです」

晴輝がそう説明した。苑内は都心に近いとは思えない程静かで、鳥の鳴き声と時折吹く風に木立が揺れる音しか聞こえない。

 

他と仕切られた一角に、隊士たちの墓を見守るように並んで立つ9つの墓標。最後の柱たちの名前が刻まれた9つの墓石が、春の陽射しのなかに佇んでいる。倫道は、そこに記された一人ひとりの名前をゆっくりと確認した。

倫道の感覚では、数時間前まで一緒にいた人たち。一緒になって頑張り、大きな目標を達成し、握手して別れたばかり。

その人たちが既に故人となり、目の前にお墓があるという事実は、倫道にとっては受け入れ難かった。

分かっていた。ここは、あの時代から100年以上後の未来。当然のことだ。

もう会えない。

一緒に稽古して汗を流すことも、笑い合うことも。一緒に涙を流すことも、もうできない。その実感が胸に迫り、倫道の目から涙が零れた。

 

(何だあれ?)

倫道が、柱たちの墓の傍らに立つ碑に目をやった。

 

 

「十番目の柱ノ碑」。

石碑にはそう記されており、さらに記された一文に倫道は動けなくなった。

 

 

「うっ……ふっ……うぐっ……ううっ……」

静かに泣いていた倫道が目を見張り、グッと力を入れて口を結んだ。だが固く結んだ口からは、しゃくりあげ、震えるように短く連続した不規則な呼吸音が漏れ始め――やがて嗚咽に変わった。

倫道は押し寄せる感情の波に抗うように歯を食いしばって我慢するが、その顔はみるみる歪み、溢れて止まらない涙がそんな我慢などあっさりと押し流して行った。

 

 

 

鬼滅の世界での、熱く濃密な約10年。その間の様々な思いが込み上げた。柱だけではない、緑川や尾崎、村田たち。千寿郎や槇寿郎、そして原作の主人公たち。みんなとの、何物にも代え難い大切な思い出が蘇る。

そして、異物として排除されたにもかかわらず、倫道と強く絆を結んだ人々はその存在を忘れ去ることは無かった。

 

修正力に抗い、絆は解けること無くそこにあった。

 

“貴殿との絆の証としてこの碑を建立する”

 

石碑に記された文字を見て、倫道の涙腺は完全崩壊し、地面に膝を突いて号泣した。

 

 

 

ずっと堪えていた感情が、涙と共に堰を切ったように一気に溢れた。今は、もう我慢する必要も無かった。

(忘れられてなかった……!全てが……報われた……)

10年分の思いの丈を涙と鼻水として一緒に流しながら、倫道の号泣はしばらく止まらなかった。

ただその涙は、あの時代の胸を抉られるようなつらく切ないものではなく、優しく温かい感動の涙。同時に、みんなにもう会えないことへの哀しみの涙だった。

「貴方が……そうだったんですね。……お会いできて良かった」

そんな倫道に、晴輝も涙を滲ませながら優しく声をかけた。

 

 

 

 

最後の柱合会議。

「お館様、お尋ねしたいことがございます。あの戦いのことを話しておりますと、辻褄の合わぬことがたくさんあるのです。共に戦い、大きな働きをした者が――10番目の柱がいたのではないでしょうか。我々はみな、何故か一様にそのことを忘れているのでは、と……。何かお心当たりは無いでしょうか」

産屋敷輝利哉の解散宣言の後、悲鳴嶼が柱を代表して輝利哉に尋ねた。

 

「みなさんもそうでしたか。僕も、不思議に思っていたんです。10人目の柱のかたがいらっしゃったような気がしていました」

輝利哉も違和感を覚えていることを告げた。

「一つ提案がございます。隊士たちの墓所、いずれ我々も眠るであろうその傍らに、その者のいしぶみを建ててはいただけませんでしょうか?」

「分かりました。僕ももちろん賛成です。みなさんと一緒に、そのかたもお祀りすることにいたしましょう」

輝利哉も賛同した。

「無惨との戦いの後、手を握ったことをみな朧げながら憶えております。他の者も、あれは誰であったろうかと思っていたそうです。あるいは痣が消えたことと関係があるのかもしれません。しかし顔も名も分からないとは何とも奇妙……。我々の誰か一人ぐらいは憶えていても良さそうなものですが」

悲鳴嶼が不思議そうに言うと、他の柱たちもうなずく。

「彼は……彼女かもしれないが……私たちを助けるために、別の世界からやってきたのかもしれませんね。だから、役割を終えて帰ってしまったのかもしれない」

輝利哉は柱たちにそう言った後、その姿を探すように空を見上げた。

 

原作には無いそんな話し合いが最後にされていたことは、倫道は知る由もない。しかし、原作世界の修正力に抗い、炭治郎と柱たちも結んだ絆を忘れ去ってはいなかった。

 

(誰もが理不尽にその命を脅かされない世界を作る。敵の正体も、戦い方も分からないけど……いつか必ずそんな世界を作る。それが俺の新しい戦いだ。まずは心の内にある無惨、お前を完全に御すること、それが第一歩だ。それまで俺の鬼殺隊生活は終わらない。たった一人の鬼殺隊だ)

倫道は涙と鼻水を拭って立ち上がると、心の中で仲間たちにそう誓った。

 

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