俺は柱たちの墓に詣でた後、駅近くまで車で送って頂いた。
「何か困ったことがあったら連絡してください。今度は輝利哉とも会ってやってくださいね。きっと喜びます。それと」
車を降りる時に晴輝さんはそう言ってくれた。俺もぜひ輝利哉様とお会いしたいです。また泣いてしまうかもしれませんが。それと……何でしょうか?
「いいえ、何でもありません。きっと良いことが起こりますよ」
晴輝さんは何か企むように含み笑いをした。ええ、何?すごく気になるんですけど。
あ、行っちゃった。
色々あり過ぎて小腹が減った俺は、駅にほど近いビルの1階にある和風の喫茶店に入った。ランチも終わった中途半端な時間なのでお店は混んではおらず、春の陽の光がいっぱいに差し込む、店の奥の方の明るい窓際席に案内された。
またみんなに会いたいな。幽霊でも良いから出てきてくれないかな……。
そんなことを考えながらメニューを見ていると、後ろから声をかけられた。
「飛びつき腕十字とは、あんたなかなかやるなぁ」
振り返ると、歳の頃は二十代後半か三十代だろうか?顔に幾つも傷のある銀髪の男が立っていた。驚きで固まっている俺に構わず、男は俺のテーブルの向かい席に座った。さっきの通り魔の男を撃退したところを見ていたらしい。
「見てたぜェ、さっきの。俺は非番の警察官で」
「不死川さん?!」
幽霊でも良いから会いたい、と思ってたらホントに出て来た!俺は驚きのあまりに、名乗ろうとする男に構わず口走ってしまった。
「……何で俺の名前を?」
名前を言い当てられた不死川さんも驚いて、ちょっと怪しんでいた。
転生?子孫?……原作の未来ではないから分からないが、もうそのまんまの風貌に、不覚にも、またじんわりと目から鼻水が出て来た。不死川さんが、急に涙ぐむ俺に戸惑っていた。
「お、おい、どうしたぁ?」
「すみません、ちょっと懐かしい友達を思い出してしまって。貴方にそっくりなんです。その人も不死川って名前で、警官……、みたいなことしてました。人を護るために、命懸けで戦って」
初対面の人にいきなり半泣きになり、俺は自分でも可笑しくなりながら言い訳をした。
「そうかぁ、そりゃあ奇特なヤツもいたもんだ。ところであんた、どっかで会ったっけ?俺も何だか以前に会ったような気がしてきたが」
「いえ、初対面ですね」
出会えたことが嬉しかった。原作通りの警察官、この時代でもみんなのことを護ってるんだ。涙を誤魔化しながら俺は答えた。
不死川さんの席に抹茶とおはぎが運ばれてくる。これ、ずんだ餡のおはぎだ!柱稽古の時に俺が作って持って行ったヤツ。
「あの、それお好きなんですか?」
俺は思わずおはぎを指しながら聞いてしまった。
「ああ、どう言う訳だか昔からずんだが好きでね。……ところであんた、何モンだァ?一般人とは思えねえなぁ」
「俺は普通の学生です。さっきのは、ちょっとネットの動画で見て」
俺が曖昧に笑ってまた誤魔化すと、
「そうじゃねェ。極まってから腕を折るのは普通躊躇するもんだが、あんたは一切の迷いが無かった。それを言ってる」
俺はまたも言葉に詰まる。
「結果的にあの女性を助けた。あんたも怪我してねぇから良いが、無茶はするな。相手がもう1本ナイフ持ってたらどうするつもりだぁ?……いやすまねえ、何となく初めて会った感じがしなくて余計な事を言っちまったが。やっぱりどっかで」
「初対面だと思いますが……はい、気を付けます。ありがとうございました」
俺がそう言うと、不死川さんのスマホが鳴った。何か緊急の呼び出しのようで、穏やかな雰囲気が変わる。
「緊急だ、もっと話したかったが。それと、あの殺気はまずいなぁ、本当に殺す気だったように見えたぜ。もうちょっと近くにいたら俺が止めに入るところだったが、思い止まってくれて何よりだぁ。んじゃあ気ィつけてな」
不死川さんはそう言って慌てておはぎを平らげて出て行った。俺はその背中を見送りながら心の中で呼びかける。また会えて本当に嬉しかった、と。
ずっと昔、俺たちは背中を預け合い、共に命懸けで戦った仲間だった。柱合会議の時は揉めたけど。……でもどんなに時が流れても、何度生まれ変わっても、俺は決して忘れない。
今日は本当に色々あったな。まさか不死川さんにまた会えるとは思わなかった。運命の再会、か。
ありがとう晴輝さん、ホントに良いこと有りました!
注文を取りに女の子がやって来る。俺が注文しようとすると、
「平伏せよ、人間」
お前、こんな時に出て来るな!
「へっ?」
店員の女の子は変な声を出して驚いている。
「すみません!ホットコーヒーと厚焼き玉子のサンド!」
俺は慌てて注文した。
焦った。いきなり出て来るなよ無惨、しかもこんなどうでも良いところで。油断してたわ完全に。お姉さん目が点になってただろうが。
もうお前は俺の一部でしかないんだから、俺の生存を危うくするな、社会的な意味で。
やっと落ち着いて、俺は椅子に深く腰掛け、窓越しに青空を見上げて大きく息をついた。
日比谷公園の方からだろうか、桜の花びらが吹き寄せられて風に舞う。鬼滅の原作でも、桜の花を見ながら主人公たちが語らう場面があったな、そんなことを思い出しながらしばし感傷に浸る。
俺が玉子サンドを食べ終わり外を眺めていると、店の前をちょっとキツそうなキレイなお姉さん、と言っても歳は同じくらいに見えるが、お姉さんが慌ただしく走って行った。革ジャンにジーンズ、足元はブーツ。美しく長い黒髪だった。きれいな髪だなあ、カラスの濡れ羽色と言うのだろうな。
と思っていると、一旦走り去ったがバタバタとまた戻って来た。せわしないな、ちょっと落ち着きなよ。
そのお姉さんは電柱を見上げて、じっと何かを見つめている。カラスでも見てんのか?ここは駅前の繁華街、カラスなんぞいくらでもいる。数羽のカラスがお姉さんを見下ろし鳴いていた。ウンウンとうなずくお姉さん。ふーん、カラスの言葉が分かるのか。
もしかして、この女性は。もしかすると、もしかするぞ。ひょっとして。
残念な子?
春はそういう人増えるからね。動物が私に向かってしゃべってる!みたいな。
あたしも勇気を出して話しかけてみようかしら。
カラスさんたち、こんにちは!今日は素敵な日ね!ご機嫌いかが?お花見の残飯でお昼ご飯かしら?
……アホくさ。
だけど見ていて飽きないな、何だか笑いがこみ上げる。
ふと、目が合った。
お姉さんは俺をじぃぃぃっと見た。
……?
お姉さんは俺のことをしばし凝視して確認すると、にぱっと笑いかけてバタバタと店の入口まで走って来た。
何?言い知れぬ不安が俺を襲う。
店に入って来るなりズンズンと真っすぐに俺の席の方へ歩いて来るお姉さん。
何、何なの?怖い怖い!
危ないヤツ来た!俺は視線を逸らし、逃げることもできない店の奥の席で恐怖に固まっていると、
「リンドー!……じゃなくて、リ、リンドーさん!こんな所で何してんだ……いえ、何をしていらっしゃるのでございますか!」
怖いお姉さんが怒鳴る。
えっ?
以前にもこんなことあった気がする。この無茶苦茶な日本語。
でもこんなガラの悪い知り合いはいないぞ。いや、1人だけいるけど、そもそも人間じゃないし。
でもお前か、マスカラスなのか。残念な子じゃなかったのか。
「お前、マスカラスか?」
「違う!あたい……ワタクシは月夜見(つきよみ)ダ!」
「それマスカラスの本名だろ?」
隆崇院月夜見命(リュウソウインツキヨミノミコト)って言わなかったっけ?お前もしかして元は人間だったの?それにしては言葉遣い変だけど。
やっぱりお前マスカラスじゃないか。何でお前だけ来られたんだ?人間の知り合いにはほとんど会ってないのに、カラスのお前が?それにしても、何という変わりよう。
ホントにビックリした。まさに青天の霹靂一閃。
「始めからそんなに可愛かったら、雑に扱わなかったのになぁ。鼻ほじった手で突っついたりしたもんな。大正の頃からその姿だったら良かったのに」
(でも来てくれて良かった。姿形なんか関係ない、お前にまた会えただけで嬉しいよ!)
ああ、いかん。驚きすぎて実際の声と心の声が逆になってしまった。やばい、人格疑われてしまう。
「リンドー!お前、ふざけんな!何であたいを置いて行くんだよ!それに適当に変な名前つけやがって!……食らえ、フライングクロスちょっぷ!!」
ヤンキー口調に戻り、本家のミル・マスカラス(メキシコの往年の名レスラー)ばりの空中殺法を繰り出すマスカラス。ってただ飛びついて乗っかるだけじゃないか。
今頃怒るなよ。カラスだからマスカラスって適当に名付けたのは確かに悪かったと反省してます。
人間のマスカラスが、スローモーションのように俺に向かって飛んで来る。長い黒髪がふわりとなびき、ソファー席に座っている俺の体の上にドスンと乗っかって来た。く、苦しい。
「寂しいだろうと思って来てやったぞ!また一緒に居てやるから、しけた面すんな!」
ぐええ、重いよマスカラス。しけた面してる訳じゃなくて。お前もうカラスじゃないんだから。
「お前はあたいがいないと何にもできねーだろ!」
ハイハイ、お世話になってました、確かに。だからっていつまで人の上に乗ってんだ、もういい加減降りろよマスカラス。重いし、もう恥ずかしくて死にそうだよ。
午後のお茶を愉しむマダムやリモートワークしてる風の人たちの、痴話げんかでもしてその仲直りかしら、という好奇の視線を浴びながら戸惑い半分、嬉しさ半分の俺。
「ソノ名前やめ……ま、まあ許してやル」
「ありがと、分かったから早くどいてくれ」
「後でつつくからな」
マスカラスはそう言いながらやっと俺から降りてくれた。
お店を後にすると、付いて来い、と歩き出すマスカラス。
近くの駐車場まで来ると、停めてあったバイクからヘルメットを取り、俺にも一個渡してくる。
SUZUKIのGSX‐1300隼(ハヤブサ)じゃないか。排気量1300ccオーバーのモンスターだぞ。こんなものすごいバイクお前に扱えるのか?それ以前にどうしたんだこれ。
「お館サマ!」
なるほど、そう言う訳か。全て合点がいった。晴輝さん、こいつの面倒を見てくださったのはお礼申し上げますが、俺の情報を売りましたね?それにしてもカラスが隼に乗るとは何の冗談だ。
「再会を祝シテ少し流ソーゼ!」
俺はマスカラスに促されるまま、タンデムシートに座り流しに付き合うことにした。
(おい、この私に挨拶がないな。頭を垂れて蹲え)
無惨、お前はこんな時に出てくんな!
自分の居た世界とは違う未来に帰って来て寂しかったが、みんなのお墓に誓った。
誰もが理不尽に命を脅かされない世界を作る。
それはきっと孤独な戦いなのだろうと思っていた。でも一人ぼっちではないんだな。
それにこの2人に会えたんだ、また他のみんなにも会えるだろう。そう思うと、何か楽しくなってきた。騒がしく、面白くなりそうな予感がしてきた。マスカラスと一緒に風を切りながら、退屈なんてしそうもない新しい人生が、また始まった。
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