ほのぼの鬼殺隊生活(完結)   作:愛しのえりまき

58 / 87
第四話 鬼手仏心(きしゅぶっしん)

 診療所の玄関では、愈史郎が腕組みをして侵入者を待ち構えていた。先程から周囲を徘徊する倫道を察知していたのか、切れ上がった眉をさらに吊り上げ、警戒心を露わにして倫道を睨みつけている。

 

「何だお前は!鬼舞辻の手先か?偶然来た訳ではないだろう、何しに来た?何故ここが分かった?返答次第では殺……おい、何してる!?」

愈史郎の言葉の途中であったが、倫道は背負ったカナエをそっと下ろし、隠のマスクと頭巾を脱ぎ捨てて玄関の土間に頭を擦り付け、見事な土下座をきめた。

 

「お願いです!この人を助けてください!!私は鬼狩りです。図々しいお願いであるのは重々承知しておりますが、極めて重傷の怪我人なんです。こちら以外ではおそらく助かりません。どうかお願いです!この人を助けてください!!力をお貸しください!貴方たち二人が人に害を為さないことも知っております!」

 

「鬼狩りだと?!ふざけるな、今すぐ出て行け!!出て行かないなら致し方ない!」

鬼狩りと聞いて激怒した愈史郎は戦闘態勢に入るが、やりとりを聞いていた珠世が姿を現した。

 

「愈史郎、待ちなさい。まずは怪我人の治療が先です。その方はどうなさったのです?」

 

 倫道は顔を上げ、必死で説明した。

上弦ノ弐と交戦し、血鬼術・粉凍りを吸い込んで肺を内部から損傷し、さらに左胸を深く切られて肺を直接損傷した上に、全身の切創で大量出血もある。外から分かっているだけでも危険な状態であった。

 倫道は、ひたすら土下座して治療への協力を懇願した。カナエとしのぶが鬼殺隊の医療体制を支えている状況で、一方のカナエがこの状態では蝶屋敷で万全の医療は望めない。それに、多発外傷が疑われる状況のため、他の損傷も調べなければならない。ここ以外では救命できない、倫道はそう判断していた。

 

「珠世さん、お願いです!どうか助けてください」

倫道は思わず珠世の名前を口走ってしまうミスを犯すが、珠世の視線はカナエに向けられ、その注意は既にカナエの状態のみに注がれていた。

 

「分かりました。すぐに治療を始めましょう。愈史郎、手術の準備を」

(珠世様?!こんな怪しい、しかも鬼狩りと名乗っている者どもをここに入れてしまわれるのですか!)

愈史郎は憮然とし、倫道を横目で睨むが珠世の言うことには逆らえず、カナエを迎える準備を始めた。

 

 珠世は診療所の奥へと入り、テキパキと治療の準備を始めた。倫道はある程度のメディカルキットを持っていたが、基本的なメスや小型の持針器、剪刃、局所麻酔や少量の糸だけで、表層の縫合程度はできるが手術道具などというものではなかった。この装備で、しかも単独で処置を行うのは到底不可能で、大勢の人手がある大きな医療機関でなければ対応は難しい症例だった。だが珠世の診療所は、小さな外見からは想像できない程の高度な医療設備を備えていた。

 珠世の血鬼術も使い全身を調べたところ、粉凍りを吸い込んで両側の肺の一部がやはり壊死していた。左肺は横方向に大きく斬られ、よく見ると縦方向にも斬られて空気が漏れ出し、出血も激しかった。複数の肋骨骨折もあり、深いもの、浅いものなど程度は様々だが全身に切創もあった。戦闘の後半で粉凍りを吸ってしまい、呼吸が乱れて動きが鈍くなり、さらに深手を負ったのだろう。だが幸いと言うべきか、その他には緊急手術が必要な大きな損傷は無かった。肺を縫合した経験のある倫道がオペレーターとして執刀し、珠世が助手を務め、愈史郎には器械出しと麻酔を担当してもらった。

 

「全集中 蛇杖の呼吸 左側試験開胸術、いきます」

蛇杖とは、ギリシャ神話に登場する医神アスクレピオスの持つ蛇の巻きついた杖のことで、医学のシンボルとしてよく用いられる。倫道は医療行為を行う際にこの名を付けた呼吸法を用いることで、ドラマのような名医の力を発揮するのだ。

 

(左肺はズタズタだ。ほとんど切除しないとならないか)

腋窩から胸にかけて横方向に斬られ、鎖骨とともに縦方向にも斬られており、左肺の損傷はひどかった。

 倫道は胸部外科の研修を思い出しながら素早く肺の切除作業を進めて行く。呼吸の度に膨らんでは縮む肺を縫合するのは容易でなく、さらに自動吻合機などはなく全て手縫いであるがイメージの通りに体が動いた。時間がゆっくりと流れ、術野が大きく見える。邪魔な組織は透けて見え、さらに針を入れる箇所までが自然と分かる。

 こうして修復不能な左肺損傷部の切除、斬られた鎖骨と肋骨の整復、全身の切創の縫合を終えることができたが、その結果左肺の大部分を切除することになってしまった。

 珠世の診療所には既に酸素の設備があり、手術後は酸素を吸わせながら呼吸管理をしたが、大量出血はどうしようもなかった。倫道は術前に血液型の検査キットでABO型の血液型を検査して、カナエがA型、倫道がO型と判定していたので、手術を行いながら異型適合血となる自身の血液を、限界を大きく超えてカナエに輸血した。

 

 手術を含む全ての処置が終わったのは、夕方近くになってからのことだった。

 

 倫道はカナエの探索、童磨との戦闘、その後カナエを背負っての逃走に加え、傷からの出血とカナエへの大量の供血を行い、そしてこの長時間の手術。

 手術後の安堵感と一気に押し寄せた疲労で倫道は倒れ、診療所のベッドに寝かされる始末であったが、何とかカナエは一命を取り留めた。

 

(この技術、この知識。確かにすごいが得体が知れん。鬼狩りと名乗ったが、ただの鬼狩りではないだろう。一体何者だ?それに相当な量の血を与えて、下手をすれば自分が死ぬぞ。そこまでして助けたいのか、この女を)

見たことも無い技に感心しつつ、愈史郎はその未知の技術を使うこの男をますます怪しんだ。

 

「愈史郎さん」

診療所のベッドに横たえられ、薄れていく意識のなかで倫道は懸命に愈史郎に話しかけた。どうしても言っておきたい事があった。

 

「俺……、言っておきたいことが」

「仕方ない、聞いてやる」

「鬼のお二人が……技と優しさで助けてくださった……。これぞまさに鬼手仏心(きしゅぶっしん)、なんちゃって……ざ、ザブトンいちまい……」

外科医の手技は残酷にも見えるが、それは人を救いたいという真心によるもの。無慈悲で乱暴に見える行為を、真に相手を思いやる優しい心を持ってやり抜く。鬼手仏心とはそういうことの例えだ。

 倫道はドヤ顔でそう言って、気を失うように眠り込んでしまった。

 

「バカかお前は」

そんな下らないことを言うために意識を保っていたのかと、愈史郎は呆れた。

 

(何で俺がこいつの面倒を……。珠世様の言いつけでなければそのまま放り出してやるところなんだが)

愈史郎は珠世から倫道の経過を診るように言われたため、仕方なくベッドサイドに座り、倫道の様子を見守っていた。

 

(凄いのかバカなのか分からんヤツだ。それに、座布団?何の事だ、益々訳が分からん。まあしかし珠世様のお言いつけだ、少しの間だけここに置いてやるか)

愈史郎は仕方なく倫道の傷の処置をしてやり、珠世に報告しに行った。

 

 数時間後、倫道が目を覚ました。

 

「お見事でした。あのお嬢さんはもう大丈夫でしょう。寝たままで構いません、貴方は一体誰で、どう言った素性の方か、話してくださいますか?……それに、訪ねて来た時、私たちが鬼であることを知っているような口ぶりでしたね」

倫道が目覚めたのを確認し、愈史郎は珠世を呼んだ。珠世は倫道のベッドの傍にやって来て、穏やかに話しかけた。

 

「珠世さん、愈史郎さん、勝手を申し上げて本当にすみません。助けてくださってありがとうございます。あの方は鬼殺隊花柱・胡蝶カナエ。鬼殺隊にとってはどうしても失ってはいけない人なんです。私は鬼殺隊の水原倫道と申します。ですが、少し事情がありまして。珠世さんと愈史郎さんは命の恩人ですから正直に申し上げますと、私はこの時代より百年以上先の未来から来ました」

 

「何をおっしゃっているのか意味が分かりませんが」

あまりに現実離れした告白に珠世は戸惑った。

 

「お前、気は確かか?それとも俺たちをバカにしているのか?」

からかわれていると感じた愈史郎はキッと眉を吊り上げた。

 

 倫道は、二人には自分が転生者であることを打ち明けた。ただ、現実世界から物語の世界へとやって来たとは言わず、前世の記憶を持って、未来からこの時代に転生したと告げた。史実になっているのでだいたい未来を知っているとして、原作知識を使い珠世たちの事を言い当てて信用させ、無惨を倒すだけでなく、より良い未来のための協力を要請した。

 見返りとして倫道の持つ現代医療の知識と技術、加えて上位の鬼の血液を提供することも約束し、さらにこう付け加えた。

 

「約四年後、鬼にされた妹を連れた鬼狩りの少年がやって来ます。妹は鬼でありながら理性を保ち、睡眠で体力を回復し、人を喰らわずにいるのです。鬼の血液だけでなく、妹の血液も調べることで”鬼を人間に戻す薬”は完成し、鬼殺隊と協力してさらに幾つかの薬を作ります。そのあと程なくして無惨との最終決戦に突入しますが、無限に近い再生能力を備えた無惨を討滅するために、それらの薬が重要な役割を果たすことになります」

珠世は目を見張り、息を呑んで聞いていた。

 

自らの素性と今後について話した後、倫道はカナエを文字通り完全復活させるための驚愕の計画を語り、改めて協力を要請した。それは失った体の一部を蘇らせる治療。

 

「本当にそんな事ができるのですか?鬼の細胞でなく、人間の細胞でそんなことが?」

その計画の詳細を聞いた珠世は懐疑的だ。

 

「できます。私のいた世界でも研究は始まったばかりですが、目覚ましい進歩を遂げています。ここは漫画の……いえ、とにかくやってみましょう」

倫道はこの世界の偶然に賭ける。環境が整った現代においてもその研究はなかなか進んではくれない。だがこの世界なら、そんな都合の良い偶然が起きるかもしれない。

 

 倫道はマスカラスを飛ばして鬼殺隊本部に連絡を取り、カナエの生存と、緊急の治療のため数日間珠世の診療所に留まることを鬼殺隊当主・産屋敷耀哉に知らせた。既に珠世のことを知っていたため、耀哉は驚いたが安堵していた。そして耀哉は、カナエの容体が安定した段階で蝶屋敷への移送を提案した。

 

(そうか、カナエは珠世さんのところで治療を受けているんだね。それなら安心だ。やはり倫道は特別な子らしい。よく珠世さんが治療に協力してくれたものだ。これをきっかけに珠世さんと親交を結んでくれると良いのだが)

 

 耀哉は蝶屋敷に連絡し、カナエが生存し、詳しくは明かせないが安全な場所で匿われていることを連絡した。そして、容体が安定するまで一週間程度滞在することになるが、安心するようにと伝えた。

 

(しのぶさんやみんな、ものすごく心配しているだろうけど致し方ない。状態が落ち着いた後の療養は蝶屋敷でもできるけど、急性期の治療はここでしかできなかった。かと言ってここに鬼殺隊が来てしまったら、鬼の二人に迷惑がかかってしまう。ああ、でもしのぶさん……怖いなあ)

 倫道は、カナエの命を救えたことにはホッとしていたが、後でしのぶに責められることを思うと気が重くなった。

 

「私は……生きてる……ここは……どこですか?」

運び込まれてから二日後、カナエが目を覚ました。

 

(ああ……カナエさんが……生きてる!)

倫道は、感動で目から鼻水が出るのを禁じ得なかった。

 

「あの、どうしました?」

自分が目覚めた早々にやって来て、いきなり涙と鼻水を流す不審者にカナエは少し引きながらも、優しく声をかけた。

 

「よがっだあああ!」

 倫道は、力無く微笑むカナエを泣き笑いで見つめ、しばし感動に浸った。

 

「助けてくれてありがとうございます。やはりあの方たちは鬼なのですね。最初は驚きましたが……。しかし、私はどうやって助かったのですか?」

 

「花柱様、本当に申し訳ありません。貴女をお助けするにはここにお連れする他ありませんでした。私は隠の水谷と申します。花柱様を助けて逃げる際に怪我を負い、あのお二人に治療していただいて、私も目が覚めたばかりなんです」

落ち着きを取り戻した倫道は素顔を晒し、嘘を交えながら状況の説明を行った。

 

「あの上弦と戦っている時、刀を持った隠が割って入ったように見えたのですが、それは貴方ですか?」

「いえ、私ではありません。隠は戦いませんし刀を持ちません。出血多量で意識が遠くなられて、幻をご覧になったのでは?」

 倫道はあっさりと笑顔で否定しながら説明を続けた。

 

 たまたまカナエが戦っているところに遭遇し、喰われそうになっていたカナエを抱きかかえて無我夢中で脱出を試みた。殺されそうになったが日の出が迫っていたため鬼は諦めて去って行き、何とか逃げられた。以前から懇意だった、口が堅くて腕の良い診療所に連れてきたが、医者や助手が鬼だとは知らなかった。

 そう虚偽の説明をし、結果的に同意も無いまま鬼の手で治療を加え、治療のためとは言え肌も露出させたことも深く謝罪した。しかし鬼が治療を行っただけであり、鬼の血を投与するなど超常的な治療は行っていないことも説明した。

 

 花柱・胡蝶カナエは、鬼とも仲良くできるという考えの持ち主だった。人を喰わない鬼・珠世と愈史郎はその理想を具現化するにはうってつけだったが、カナエと倫道は一般人ではなく、珠世と愈史郎にとっては自分たち鬼を狩る鬼殺隊の人間なのだ。今回のような特別な事件が起きなければわざわざ自分たちから鬼殺隊に関わる理由はない。だが、カナエは珠世と愈史郎に深く感謝し、その真摯な姿勢に珠世だけでなく愈史郎さえも心を動かされた。鬼殺隊にもこういう人間がいるのだと、愈史郎は考えを改めざるを得なかった。

 

 カナエの状態は一週間で安定し、蝶屋敷から迎えが来ることになった。

来た時と同じように、倫道が辺りを厳重に警戒しつつカナエを背負って診療所を出て、途中で蝶屋敷からの迎えと合流する手段を取った。診療所の位置が無惨に知れないようにという倫道の判断だった。

 倫道はマスクと頭巾を付け、再び完全に隠に擬態して迎えの隊士たち一団と合流、蝶屋敷まで帯同した。

 

「姉さん……!」

しのぶはしばし絶句し、倫道に背負われたままのカナエの手を取って涙を流し、隠に擬態した倫道を一瞬ギロッと睨んだ。

 

(怖い!そんなに怒らないで。……倫道はしのぶさんの笑った顔が好きだな、なんちゃって)

倫道が原作中のカナエのセリフを脳内でパクッていると、

「姉さんを助けてくれてありがとうございます。後でお話があります」

しのぶが笑顔になって声をかけてきた。ビクッと倫道の肩が震えた。

 

(確かに笑った顔が好きだなって思ったけど、余計怖いよ……)

倫道はしのぶの笑顔に恐怖した。にっこりと微笑むしのぶのこめかみには血管が怒張し、怒りマークが出ていたからだ。

 

「しのぶ様、連絡が遅くなり申し訳……」

案の定、カナエを病室に入れた後、倫道は謝罪の途中でしのぶに強烈なビンタを食らった。目の前に星が散ったが、しのぶがどれ程心配したかを十分理解している倫道は黙って耐え、ひたすら謝罪を繰り返した。

 

「心配カケテンジャネーゾバカヤロー!!今度ヤッタラブッ殺ス!」

帰り道、マスカラスに八つ当たりするも物凄い勢いで反撃を食らい、さらに凹んだ倫道であった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。