蓬萊斗和(ほうらいとわ)…【野良着の隊士】の女性主人公。
下弦ノ二、下弦ノ伍…【野良着の隊士】オリジナルキャラ。
(原作キャラも時々見かけるし間違いないと思うんだけど、この世界は何か違う。本当に鬼滅の世界か?)
倫道は十八歳となり、入隊四年目を迎えた。何となく違和感を覚えながらも、剣士として、時に隠として、慌ただしい日々を送っていた。
東京のはずれの山村で、三十人以上の村人が消える事件が起きた。家々には大量の血痕だけが残されており、住人は行方不明。鬼殺隊は鬼の仕業であると判断、総勢九名の討伐隊を派遣することになった。相手は十二鬼月の可能性もあり、隊長に選ばれたのは、女性だが階級は甲、柱への打診もあるほどの強者だ。そして彼女は転生者であり、本人はそのことを誰にも打ち明けていなかった。
(ちょっと行ってみるか。目的地もわりとハッキリ分かっているし)
倫道は隠の同僚から作戦を聞き、興味を持った。倫道は隠に擬態して救護に当たろうと考えていたが、相手が手強ければ戦闘に介入するつもりだった。刀は背中に隠して携行し、本隊からかなり遅れてこっそりと目的地に向かった。
討伐隊が現地に着いたのは、既に日も暮れかけた頃だった。作戦行動を開始する隊士たちだったが、最後に被害に遭った集落に近づくにつれ、隊長の女性隊士は生ぬるい嫌な気配を嗅ぎ取っていた。それは、かつて住んでいた集落が襲われた時に感じた気配。実家の川向かいの家が襲われ、鬼滅の刃の世界に転生したのだと気付くきっかけとなった、あの気配だった。隊長は胸騒ぎを覚えながらも周囲に気を配り、集落へと踏み入った。
不気味な静寂が支配する、人の気配のない集落。隊士たちは辛うじて互いに声が届くくらいの距離を開けて見回っていた。だがそこには特に目新しい発見は無く、索敵は集落から周囲の森へと及んだ。
森の中に入ってしばらくして、一番端にいた隊員がブウンという唸りを聞き、咄嗟に身を躱して避けた。飛来した物体は二発。うち一発は大腿部を、もう一発は肩を掠めた。掠めただけであったが、隊服を切り裂き肉を大きく抉っていた。隊士は周囲を警戒するが、何かを飛ばしてきた敵の位置や正体は分からず、脚をやられて万全な働きは難しい状態となった。助けを呼ぼうにも飛び道具で狙われており、声を出せば敵に正確な位置を教えてしまうことになる。激痛に顔を歪め、声を漏らさぬようにしながら刀を片手で構え、更なる攻撃に備えていると、唸りを上げてまた数発何かが飛んで来た。
(躱しきれない!)
隊士は死を覚悟し、危険を知らせるため声を出そうとした時だった。すぐ近くの茂みから黒ずくめの人影が飛び出した。
(あの人を助けないと!)
隠に擬態した倫道は討伐隊に追いつき、隠れて様子を伺っていたが、負傷した隊士のピンチを見て飛び出した。迫る第二波攻撃を全てを叩き落とすと、それは小さな赤い独楽(こま)だった。
(これは独楽の血鬼術か!ライフルの弾みたいだ。こんなのまともに食らったら簡単に蜂の巣だな)
見ていると、独楽は叩き落とした後十秒ほども土を抉るほどの勢いでスピンを続け、消えた。
攻撃してきた相手が見えない。しかし追撃も無い。こちらを狙ってきたというよりも、敵の気配を感じ取って適当に独楽を飛ばし、大きな反応のあった所に攻撃を仕掛けるつもりのようだった。
(えっ?隠?!何で刀持ってんの?)
大腿部を抉られた隊士は、目の前にいる刀を持った隠に驚いた。刀を持った隠は怪我をした隊士を後ろに庇い、油断無く周囲を警戒している。
「ありがとう、だけど君は誰だ?」
負傷した隊士は倫道の正体を図りかね、訝しみつつも声をかけた。
「俺は隠ですがあなたが危なかったもので。命の危険がある時以外はここを動かないで」
倫道は怪我人を退避させ、現場近くに駆け戻り、再び隠れた。
「鬼ィ!」
少し離れたところでも誰かのカラスが鬼の襲来を告げ、同時に他の隊士の大声も響き、戦闘が始まっていた。
散開していた隊士たちはカラスに呼び寄せられて集結したが、独楽を投げて攻撃してくる相手がなかなか見つからなかった。
「いたぞ!あそこだ!」
一人の隊士が指さした。
木立の間から、悪戯っぽく笑いながらこちらをのぞき込む一体の鬼。
「えへへ、見つかっちゃった」
隠れん坊をして遊んでいる、そんな風にひょっこりと現れて鬼殺隊と対峙したのは、無邪気に笑う十歳程度の子供に見える鬼だった。
「みなさん、下がってください」
隊長の女性隊士が一歩前に出る。
「お姉ちゃんたちが鬼狩り?初めて見た!」
子供の鬼は女性隊長と隊士たちを見て、遊び相手にでも会ったようにケラケラと笑う。しかしその鬼気は強く、女性隊長は悪寒に身震いし、総毛立つのを感じていた。
「村の人たちを喰ったのはお前だな?お前は俺たちが倒す!」
別の隊士が叫んだ。
「ふうん、やっぱり鬼狩りかあ。じゃあ……死ねぇ!」
目が吊り上がって口は大きく裂け、無邪気な子供の顔は見る間に恐ろしい悪鬼になり、声まで野太く変化した。鬼は両手の指の間に赤い独楽を挟み、腕を広げるようにして投擲。その手から放たれた多数の独楽が、唸りを上げて隊士たちに襲い掛かった。
「か、下弦だ!下弦ノ弐だ!」
子供の姿に気をとられていて先程は分からなかったが、隊士たちはその目に「下・弐」の文字が刻まれているのを見た。この鬼の正体は下弦ノ弐、名は鉢駒(はつこま)と言った。
鉢駒は身軽に飛び回ってこちらの攻撃を避けつつ、両手の指の間に挟んだ小さな独楽(こま)を投げて攻撃してきた。独楽は椎の実のような形をしており、指の力で強く捻りを加えられ、放たれるそれはさながらライフル弾だった。追尾性能はなく物自体は小さいが、かなりの重量があった。危うく躱した独楽は二抱えもある木の幹を数本易々と貫通しており、いくら鍛えていても人体など簡単に破壊される威力だ。さらに鬼の頸には繋いだ独楽が数珠のように何重にもぎっちりと巻き付けられており、頸の守りと同時に予備弾倉の役割を果たしていた。
下弦ノ弐・鉢駒は序盤こそ鬼殺隊を圧倒していたが、隊長はこの鬼の戦いぶりは力押しが主体であると看破し、おそらくは鬼殺隊との実戦経験が乏しく、力の配分が分かっていないのだろうと予想した。事実この鉢駒は、人里離れた集落ばかりを狙い、目立たぬように人を喰い続けて力を増して来た鬼であった。
相手の鬼が十二鬼月、下弦ノ弐であることも隊士たちの会話から分かり、倫道はなお隠れて戦況を見守っていた。この世界では、真っ暗でも人の顔が判別できるくらいには見えるのだ。隊士の中に顔見知りはおらず、隊長の女性隊士は何故か野良着のような隊服を着ており、顔の左側に横一文字の大きな傷があった。倫道は思わず隊長の顔を凝視した。
(あの隊長さん、もしかして?いや、そんなことは後だ)
倫道の頭に、かつて自分を助けてくれた少女の顔が浮かんだが、今は戦況を見極める方が重要だと思い直して雑念を払い、戦場全体に注意を向けた。隊士たちは大小の傷を負いながら必死に戦い、誰も殺されず、退避させた一人を除いて動けなくなった者もいなかった。
隊長は距離を取りつつ四方から鬼を取り囲むように隊士たちに攻撃を続けさせ、鬼が体力を消耗するのを待つ戦法を徹底させた。長時間を要したうえ隊士たちも傷だらけになったが、このヒット&アウェイの持久戦法が奏功し、鬼は動きのスピードも、斬られた傷の再生も明らかに遅くなり、討伐寸前と思われるほどに弱っていた。
(上手い。常に三人以上で鬼に当たって、しかも深追いせず足止めして消耗させる作戦を徹底している。このまま犠牲を出さずに十二鬼月が討伐できそうだ!)
倫道は隊長の采配と戦闘力に感心しつつ、鬼が消耗してきた様子からこのまま押し切れると思った。
だがその時、血の匂いを嗅ぎつけたもう一体の鬼がやって来た。袈裟を着て頭をそり上げた僧侶のような鬼が闇に紛れ、技を放つ寸前の隊士に背後から襲い掛かろうとしていた。
(危ない!)
直前まで気配を察知できなかったが、何とか間に合いそうであった。鬼が音もなく跳躍したタイミング。
(空破山!)
倫道は瞬時に抜刀、真空波を放って空中の鬼を迎撃した。鬼の体は上半身と下半身が綺麗に真っ二つになって戦場に転がった。
いきなり真っ二つになった別の鬼の体が降って来て、下弦ノ弐・鉢駒と戦闘中の隊士たちは驚いた。
「くそっ!どこだ!どこから攻撃を?!……ふん、まあ良い、直ぐに全員殺してやろうぞ」
即座に体を再生し、辺りを見回して攻撃の主を探る新手の鬼。その目には「下・伍」の文字があった。
「何でだよ!何でまた下弦が?!十二鬼月が二体も現れるなんて!」
場が凍りつき、激しく動揺する隊士たち。このままでは総崩れになりかねない、倫道は危惧した。
「おお、やはりおなごがいるではないか。儂の鼻に狂いはない!よしよし、後で喰ってやるからな。それにしても鉢駒のガキもいるとは。さっさと殺されてしまえ、いやいっそ儂が討ち取ってやろうか?」
やけに大きな鼻の生臭坊主のような下弦ノ伍は、女性の隊長と弱った鉢駒を見てニタニタと下卑た笑いを浮かべ、勝手なことを言いながら懐から念珠を取り出して構えた。
「図に乗るなクソ坊主が!こいつらを殺したら次は相手してやるぞ!」
下弦ノ弐・鉢駒は瀕死ながらも下弦ノ伍に怒鳴り返す。この隙に倫道が動いた。
水の呼吸 参ノ型・流流舞い!
「こいつは俺が抑える!君たちはそっちを!」
倫道は隠の服装のまま飛び出し、下弦ノ伍に斬撃を見舞いながら隊士たちに怒鳴った。
「おい生臭坊主!お前の相手は俺だ!もう一回ぶった斬ってやるからこっちへ来い!!」
倫道はさらに斬撃を浴びせて下弦ノ伍を挑発し、わざと背を向けて駆け出した。
「さっきのはお前か!黒子が生意気にほざきおって!」
下弦ノ伍は念珠を振り回しながら倫道を追ってきた。
(何だあいつは?)(水の呼吸の技を?)
日輪刀を持って全集中の呼吸を使い、下弦の鬼を後退させる”隠”に隊士たちは戸惑いを隠せないが、隊長は倫道の様子から”手練れの隊士の誰か”であると判断した。
「まずこっちに集中して!」
隊長の声で全員が瞬時に下弦ノ弐へ意識を集中させ、攻撃を再開した。
他の隊士たちがありったけの力で一斉攻撃を仕掛け、隊長は密かに跳躍。
土の呼吸 伍ノ型・土砂崩れ!
隊長は止めを刺すべく、渾身の一撃を放った。隊長の鍬のような日輪刀は、幾重にも固く巻き付けられた独楽をも砕き、下弦ノ弐の頭を半ば粉砕するようにその頸を叩き斬った。
「おら……上弦さもなれだんじゃ……なして……邪魔すんだべ……」(俺、上弦にもなれたかもしれないのに。何で邪魔するんだよ)
下弦ノ弐・鉢駒はぽろぽろと涙を流し、灰となって消えていった。
(やはりこの鬼はあの時の)
死ぬ間際の言葉は、隊長の聞き覚えのある方言だった。下弦ノ弐・鉢駒は、朧気ながら人間だった頃の記憶が蘇り、懐かしい故郷の方言で最後の言葉を残したのだった。この鬼は隊長が目覚めるきっかけとなったあの時の鬼。その後も討伐されておらず、今日まで人を喰い続けていたのだった。
(そうだ、もう一体!)
隊長の女性隊士は安堵する間もなく、隠が鬼と戦っている方へ急いで駆け出した。
下弦ノ伍は、大ぶりな珠が連なった念珠を生き物のように自在に操り攻撃を繰り出す。倫道がその一撃を躱し、念珠が地面をビシリと打った。地面は爆ぜて大きく抉れ、もし当たれば人間の骨など簡単に砕かれる威力だと分かる。だが倫道は柔軟な動きと素早いフットワークで避け、度々間合いに入る素振りを見せながら、下弦ノ弐と戦っている隊士たちから引き離して十分な距離を取っていた。下弦ノ伍は自分の攻撃が当たらないと見るや、自分の鼻に指を突っ込んで鼻血を出し、その血をぺろりと舐めた。
「ちょろちょろとすばしこいヤツめ!よくも儂がおなごを喰らう邪魔をしてくれたな!」
下弦ノ伍は倫道に怒鳴ると、手を合わせて目を閉じ、何やら唱えようとした。
(こういうのは大体聞いちゃダメなヤツなんだよな。こいつは女性に執着してる。それなら)
倫道は咄嗟に判断した。
「危ない!女性は来ちゃだめだ!」
大声で叫んだ。もちろん女性はおろか、声が届くような近くに他の人間はいない。
「な、何?!まだおなごがいたのか?」
下弦ノ伍は唱えるのを止めて血走った眼で辺りを見回す。その隙を倫道が見逃すはずはなかった。
水の呼吸 壱ノ型・水面斬り!
「バカな!この儂が、こんな所で……。おなごの血が……肉が」
狙いすました斬撃の前には頸の固さも通用せず、あっさりと刎ねられたその頸は血飛沫を上げて宙を舞った。
(あっ!あいつ頸斬ったぞ!)
下弦ノ弐を倒した隊士たちは倫道が下弦ノ伍の頸を刎ねたのを遠目に見ており、この人誰だ?とますます疑問に思っていた。
倫道は他の隊士たちが下弦ノ弐を倒したのも確認して安堵していたが、どこかでこの場面を見たような気がしてならなかった。原作にはこんな場面は描かれていないが、あってもおかしくはない。そんな無数にあると思われる場面の一つかもしれない。だが、倫道の知っているある場面とあまりに似通っていた。
女性隊士を隊長とする鬼殺隊と独楽を操る子供のような鬼が戦う。その正体は下弦ノ弐。その最中にもう一体、下弦ノ伍の鬼が現れる。
知っていた。その後どうなったかも。
本来であれば、後から現れた下弦ノ伍の血鬼術で隊長以外の隊士は全員殺され、深い悲しみと怒りで女性隊長は力を解放、土の呼吸 拾ノ型 奥義・大地ノ怒(だいちのいかり)を繰り出して二体を粉砕、全力を使い果たした彼女は失神する。そしてその後、救援に駆け付けた不死川実弥に助けられ、藤の花の家紋の家に運ばれて治療を受け、無事に帰還するのだ。
倫道は思い当たった。前世で読んでいた鬼滅の刃の二次創作小説、”野良着の隊士”の一場面にそっくりなのだ。
――ここに至って、倫道は自分の大きな勘違いをようやく理解した。
自分が転生したのは鬼滅の刃の世界ではなく、二次小説”野良着の隊士”の世界だったのだ。そして、野良着の隊服を着て顔に大きな傷のある、あの隊長の女性隊士こそ物語の主人公・蓬萊斗和(ほうらいとわ)。倫道は鬼に襲われた十四歳のあの日を思い返した。
(そうか、そうだったのか……)
四年経った今でも鮮明に覚えている。助けてくれたのは、可憐な少女だった。最初から重大なヒントが、いや答えは出ていたというのに、倫道自身は気付けなかった。
周囲を見渡すと、下弦ノ弐を倒した斗和と隊士たちがこちらに駆け寄ってくるところだった。倫道は手を振ろうとしたが、慌てて逃げ出した。隠に擬態したままであったし、それに下弦二体が出現したと連絡を受け、風柱・不死川が救援に向かっているはずだった。この段階で目を付けられるのは何となくまずい気がしたのだ。
(「てめえ、何で隠のふりなんかしてやがんだァ?殺すぞォ」て不死川さんに言われかねないし、色々面倒だ)
「そこの隠の人、待って!」
斗和は隊長として礼を言いたくて懸命に呼び止めたが、隠に擬態した倫道は一目散に逃げてしまった。
「何だったんでしょう、今の隠は」
隊士の一人が呟く。
斗和は、あの隠が並外れた強さであることは見抜いたが、正体には全く心当たりがなかった。
「でもあれ、本当に隠だと思う?あっちの下弦ノ伍、一人で倒したんでしょう?」
狐につままれたような気分の斗和たちであったが、倫道によって退避させられていた一人の隊士も無事に回収し、ひとまず被害は最小限に抑えられて安堵していた。
「お前が十二鬼月二体倒したのかァ」
救援に来た風柱・不死川は、隊長の斗和を問い詰めたが要領を得ず、他の隊士からも事情を聞いていた。周囲では隠たちが救護活動に当たっており、倫道も何食わぬ顔でその中に紛れ込んでいた。斗和はキョロキョロと周囲を見渡してあの”隠”を探したが、同じ格好の十人程の隠たちに紛れて見分けがつかず、その中にいるかどうかも分からず途方に暮れた。斗和は不死川の圧に耐えながらどう説明したものかと考えを巡らせていたが、起こったことを話すしかないと考えてその通りに不死川に話した。
「何だとォ、隠が一体倒したァ?!そらどういう事だァ!」
案の定、不死川は斗和の説明に納得しない。不死川の血走った目がじろりと斗和を一瞥する。
「で、ですから、あの……本当に、隠の人がですね……」
斗和はしどろもどろになりながらも説明した。
斗和が不死川に身振り手振りで報告しているのを横目で見ながら、倫道は黙々と怪我人の治療をこなしている。戦闘時とは頭巾を変え、微妙に動作も声色も変えるという細かい演出をしているため、正体はバレていなかった。
「十二鬼月倒す隠が何処に居んだァ?!」
だがそこに、不死川の不機嫌そうな声が聞こえてきて倫道は肝を冷やした。
(ああ、ごめんなさい……)
倫道は心の中で斗和に謝っていた。隠の格好で戦闘に介入して鬼を倒したため、“その隠はどこに行きやがったァ?“とまた問い詰められており、倫道はいたたまれなくなった。だが死者も出さず、四肢欠損などの再起不能になるほどの重傷者が出なかったこと、斗和や不死川に自分の正体が露見していない様子であることにホッとしていた。
”刀を持った隠”というところに不死川はスッキリしないものを感じるが、要約すると、
「怪我人の一人を除く八人の隊士が下弦ノ弐と戦闘中、突如下弦ノ伍が乱入したが、隠の隊服を着た何者かが下弦ノ伍をひきつけて単独で撃破し、下弦ノ弐もこの蓬萊という女性隊士らが撃破した」ということだった。
「まあいい、後で報告書上げとけェ」
不死川はそう言って去って行った。
(その隠のことはさておいても、あの女、少なくとも十二鬼月の一体を倒してるわけだ。土の呼吸なんぞ聞いたこともねえが、女の身であんな大ぶりな刀を扱いやがる……。覚えておくか、すぐに柱になるはずだからなァ)
斗和のことが妙に心に引っかかる不死川であったが、この斗和と愛し合うようになるとは、この時はまだ想像もしていなかった。
”野良着の隊士”の主人公蓬萊斗和と、その世界に紛れ込んだことに気付いた水原倫道。
そして蓬萊斗和と不死川実弥、物語において本来出会うはずの二人。この夜、互いの運命が交錯した。
(ここは”野良着の隊士”の世界……。そうと分かれば主人公の斗和さんにコンタクトを取ろう。転生者同士だし、ハッピーエンドを目指す志は同じはずだ)
そう考える倫道だったが、懸念事項もあった。
斗和は、自分が過度に介入することで原作の流れを変えてしまうのではないか、それを気にかけている様子だった。人を助けたいが、その反動で本来死なない人が死んでしまったりするのではないか?と。だから実力がありながら柱への打診も断っているし、目立つ動きは控えている。だが倫道は積極的に介入して世界を変えようとしている。二人の考え方に違いがある。
そしてもう一つは斗和の体のことだ。
”野良着の隊士”の物語では、斗和は心臓病が悪化し、無惨討伐を見届けることなく死んでしまう。症状が進行し、何度か診察したしのぶには命の期限を告げられていた。それでも精一杯に生きる描写は切なく、印象的だった。
倫道にはこの世界の大きな目標ができた。原作の登場人物たちを助けるのはもちろん、主人公の斗和を必ず助けること。カナエの治療のための研究を進めているが、上手く行けば斗和の治療に関しても応用が利くはずだ。ただ、やはり全てを知っていることは黙っていよう、倫道はそう思った。鬼滅の世界に転生した者同士ということで仲良くなって、信用を得てから治療に入る方が良い、そう考えてのことだ。
(斗和さんは鬼滅の刃の世界にいると思っているだろう。まさか自分が物語の主人公で、その読者が救いに来るなんて考えるはずがない。だけど悲しい運命が待ってるんだ。どうしても変えなくちゃ)
好きだった小説の世界にせっかく転生したのだから、悲しく切ない結末を回避してハッピーエンドにしたい。主人公の斗和に、想い人の不死川と幸せな人生を歩む未来を。
(俺はそのために心を燃やす!)
斗和も、登場人物のみんなも。
この世界のみんながほのぼのと平和に生きていけるように。
倫道は強くそう願い、動き出す。倫道は帰宅後、早速斗和に手紙を出して面会を申し込んだ。