ほのぼの鬼殺隊生活(完結)   作:愛しのえりまき

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土の呼吸…【野良着の隊士】オリジナル呼吸。
土の呼吸 肆ノ型・泥濘ノ徘徊(ぬかるみのはいかい)…【野良着の隊士】オリジナル技。
土の呼吸 捌ノ型・土嚢城壁(どのうじょうへき)…【野良着の隊士】オリジナル技。


第八話 手合わせ

 

 

「倫道君……!おね……がい……!」

「斗和さん……!そんな……良くないよ……!」

「私……もう我慢できない……!」

「そんなことしちゃ……ダメだよ!」

 

 静寂の中、密着する男女の熱く激しい息遣いと、息を切らしながらの短いやり取りだけが響く。昼間から密な接触をしている斗和と倫道。それは、ほんの少し前に届いた手紙が切っ掛けだった。

 

 

 

 

 

 

 

 転生者同士の密談を経て、斗和と倫道は大きな秘密を共有し、打ち解けていた。倫道は土の呼吸を習うという名目で二ヶ月ほど連日土柱邸に通い、その後も頻繁に土柱邸を訪れていた。

 斗和の継子・館坂佳成(たてさかよしなり)とは何かと張り合いながらもお互いを認める良い関係に、お手伝いの夏世(かよ)とも冗談を言ったりするようになった。

 だが、蓬萊斗和はあくまで救済の対象で、そしてこの物語をハッピーエンドに導くための協力者だ。心を動かされてはならない、倫道はそう自分を戒めていた。

 

 土柱邸にやって来た倫道が、文を持ってやって来たカラスに会った。

「文か?俺は居候だ。土柱に渡しておくよ」

「デハ、頼ンダ!」

不死川の鎹カラス、爽籟(そうらい)は颯爽と帰って行った。

 

 倫道はいけないと思いつつ、つい気になって中身を見てしまった。差出人はもちろん不死川だった。不死川は字が書けないので風柱付きの隠が代筆するはずだ。ラブレターのような私的な事は書かれていないだろうと、倫道は心の中で勝手に言い訳をする。読んでみると、やはり内容は斗和への手合わせの申し込み(命令?)だった。

 

「お手紙?」

倫道が、不死川を羨ましく思いながらぼんやり手紙を眺めていると、斗和が不意に背後から覗き込んできた。顔の近さにドキドキする倫道だったが、斗和はそんな様子など全く気にする素振りも無く、文面をちらりと見て悪戯っぽく笑って言った。

 

「不死川さんと手合わせ?わーすごい、柱に手合わせ申し込まれるなんて!頑張ってね!不死川さん、すごく強くて厳しいけどきっと得るものがあると思うよ!逃げちゃだめ、立ち向かわなきゃ!」

斗和は憐れみの感情を見せつつも、すごいすごいと他人事のように無責任なエールを送る。

 

「ゴメン、これ斗和さん宛てだったわ」

倫道は内心の動揺を完全に抑え込み、表情も変えずに手紙を渡した。

 

「んん?!」

斗和は手紙を受け取り、じっくりと確認した。どうか間違いであれ。斗和はそう願いながら目を大きく見開き何度も読み返したが、それは徒労に終わった。そこには間違いなく”蓬萊斗和殿”と書いてある。斗和の顔から笑顔が消え、虚無の表情になった。

 

 斗和はおもむろに手紙を閉じると、俯いたまま視線を合わせず、まるでラブレターのように黙って倫道に差し出した。倫道も黙ってその手をそっと押し返した。すると斗和はもう一度、さっきよりも力を込めて差し出し、倫道は押し返す。斗和はさらに力を入れて押し付け、倫道も力を込めて押し返す。

 

「倫道君……!おね……がい……!」

「斗和さん……!そんな……良くないよ……!」

「私……もう我慢できない……!」

「そんなことしちゃ……ダメだよ!」

 

 こうして二人はお互いに目を背け、視線を合わせないまま全力でぐいぐいと手紙を押し付け合った。手紙はくしゃくしゃになり、激しい息遣いと短い言葉だけが響く静かな争いが続いたが、しばしの後斗和はがっくりと項垂れた。

 

「何で私ばっかり?!もう我慢できない!」

「でも斗和さんに来た手紙だよ!?他人に押しつけるなんてダメだよ!」

ようやく普通に会話する二人。

 

「倫道君お願い!代わってくれない?」

斗和は作戦を変更した。拝むように手を合わせ、潤んだ目で倫道を見上げた。

 

(うっ……)

斗和の涙の願いに倫道の心は激しく揺れた。

倫道はふっと斗和に微笑んだが、一秒にも満たないほんの僅かな間に悲しい表情が過ぎり、消えた。

 

 不死川との稽古はもの凄く厳しいので、頼まれても困る、そう思って苦笑しているのものだと斗和は思ったがもちろんそうではない。斗和は倫道の真意には気付かない。

 

(倫道君?!もしかして……!代わってあげるよって思ってるの?何て良い人!!)

斗和はその顔を希望にパッと明るくし、胸の前で両手の指を組んだ。少女漫画の一場面のように、瞳に星が輝き、背景にはバラの花が咲き乱れる。

 

「ちょっと何言ってるか分かんない」

次の瞬間、倫道は微笑んだまま冷たく言い放った。

 

 斗和の背後に雷が落ちる。

何で分からねえんだよ!とお約束のツッコミをすることさえできず、大ダメージを受けた斗和は口元に手をやって白目になり、顔には漫符の縦線が入って少女漫画の一場面が続く。倫道は斗和の涙の願いを簡単に退けて、さらに無責任に続けた。

 

「斗和さん、立ち向かわなきゃ!これは乗り越えるべき試練だ。こなすまで付きまとう宿業だ。カルマだ!因縁だ!!」

「仏教ごっこしないで!」

 

「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ……」

倫道が半笑いでエヴァのあの名セリフをぼそぼそと呟く。

 

「エヴァごっこもダメ!ロボットアニメなんてこの時代で分かる訳ないでしょ!」

残酷な天使を歌った有名な主題歌と、ざっくりしたあらすじぐらいしか知らない斗和だったが、この名セリフは知っていた。

 

「ちょっと待った斗和さん!そこは譲れないぜ!エヴァはロボットではなく、正式には汎用人型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン……」

「あーもうどうでもいい!死ぬほどどうでもいい!……ああ、私は明日、また足腰立たないほどボコボコにされるんだ……」

 

斗和は倫道の方をチラチラと振り返りながら自室の方へ行ってしまった。

 

(ごめんね、斗和さん)

倫道は知っている。何度か手合わせしていくうちに斗和と不死川は急接近し、やがて愛し合うようになる。斗和は自分の本当の気持ちに気付く。

 倫道は不死川と手合わせするのが嫌なわけではない。自分が代わって手合わせしてくることは簡単だが、斗和の未来が変わってしまう。倫道は斗和の命を助け、不死川との幸せな未来も護りたかった。

 

「はぁぁ……」

ため息をつきながらフラフラと自室に入って行く斗和の背中を眺め、倫道は噴き出しそうになるのと同時に少し寂しさも覚える。斗和とこれだけ親しくしていても自分には何も起こらない。斗和の感情を揺らすのは自分ではないのだ。

 

(これでいい。大丈夫、上手くいっているんだ。俺の役目は何だ?何のためにこの世界に飛ばされた?……救うためだ。斗和さんを、みんなを)

倫道は自分を納得させる。少しだけ胸が痛んだが、気のせいだと無理やり思い込んだ。

 

 自分はどこまで行っても物語に紛れ込んだ異分子に過ぎない、倫道はそう思っている。やがて排除され、消える時が来る。それまでは、できることを一つずつ、だが全力で積み重ねていくしかなかった。

 

 

 斗和が不死川との手合わせから帰った翌日、倫道が土柱邸に来てみると、佳成もちょうど任務から帰り、斗和と何か話をしているところだった。佳成は頷いて聞いているが顔が引きつり、溜め息をついている。

 

「倫道君、良いところに!佳成も一緒に不死川さんと稽古してきて。頼んでおいてあげたから!」

斗和がとても嬉しそうに報告を続ける。

 

「継子がいて同居してるのと、よく家に来て一緒に稽古してる隊士がいるって言ったら、何故か不死川さんめっちゃ張り切って、そいつらにここに来るように言え、まとめて面倒見てやるぜって。早速だけど、明日にでも行って来て!お土産はやっぱりおはぎが良いよね!」

 斗和はとても、とても嬉しそうだ。

 

「頼んだ?……はっ?俺も行くの?」

倫道は思わず耳を疑い、聞き返した。

(これはあの展開だ。継子とは言え、男と一つ屋根の下で暮らしているのかと不死川さんに怒られるところ。その後ってこと?でも何で俺まで?物語では佳成だけでしょ?……よ、佳成!?佳成が悟りの境地に?!)

隣には仏のような笑みを浮かべた佳成がいた。

 

「倫道君も強くなりたいって言ってたから。何かマズかった?」

斗和が上目遣いで倫道を見てわざとらしく顔を曇らせる。

(せっかく不死川さんが稽古を付けてくれるんだから、やらなきゃ損だよ倫道君?それに、倫道君の実力が分かれば柱にも……うふふ)

そして微妙な笑みを浮かべる倫道を見て、ニヤリと笑った。

 

「……い、いや、そんなことないけど」

倫道は何とか答え、

(やられた……!)

舌打ちを我慢して苦笑する。

 

「良かったね!私もすごく良い修行になったから、倫道君も!」

(だって倫道君、代わってくれなかったよね?)

 

「そ、そうなんだ。ありがとう、ぐうう……う、うれ……しい……ははは……」

(だってあれは斗和さんへの申し込みでしょ!)

 

「あはははは!!頑張ってね!」

 

「はっはっはっはっ!!くそう!頑張るよ!!」

 

「あははは!!そうそう、その意気だよ!!」

少しの間倫道と高笑いをし合って、斗和は自室へと入って行った。

 

(一体この二人は仲が良いのか悪いのか?)

斗和と倫道が、笑顔の下で激しくせめぎ合っているのに気付いて佳成は不思議に思ったが、それよりも明日の稽古が気になり、倫道に声をかけた。

 

「倫道さん、一瞬に行きましょう。申し訳ないですけど、もし俺に何かあったら後は頼みます」

佳成は遠い目をしてそう言った。

「大丈夫、風柱だってさすがに殺しはしないよ。お花畑は見るかもしれないけど」

倫道はシャレにならないフォローをして、自身も遠い目をした。並んで遠い目をする二人を、お手伝いの夏世が家事をしながら不思議そうな顔で眺めていた。

 

 翌日、佳成と倫道は二人して風柱邸を訪ねていた。

「おお、来たなァテメェら。今日は可愛がってやるぜェ。……さァて、どっちから相手するか」

不死川が二人を睨む。

「まず佳成が」

すかさず倫道が佳成を売る。

 

(あっ、またやられた!)

佳成は横目で倫道を睨むが、不死川が佳成の前に木刀を放った。

「始めんぞォ」

不死川の殺気が膨れ上がった。

 

 

 向かい合うと佳成の方が少し大きいが、柱と一般隊士ではスピード、技の威力には圧倒的な差があった。佳成は打ち据えられ、何度も地面に転がり半死半生となる。激しい打ち込みで互いの木刀が砕けて素手での格闘となり、佳成がやっとの思いで不死川に蹴りを当てた。

 

(やった……やっと当たった……)

その瞬間佳成は気を失い、手合わせは小休止となった。

 

「よォし、今度はテメェだァ」

不死川が倫道をジロリと一瞥する。

 

(十分間か、良くもったな佳成)

柱の相手をするという極度の緊張感の中、不死川の猛攻を防ぐため呼吸も満足にできない状態で、何度も打たれながらも全力で動き続けたのだ。そして最後には攻撃を当てた。十分に褒められる大健闘と言えた。

 

(俺も頑張らないとな。上手くできるかな?)

柱が継子でもない一般隊士に稽古をつけるなど、通常はあり得ない。そのありえない事態、倫道にとって初めての、原作キャラの柱との稽古が始まった。

 

「オラオラどうしたァ!少しは骨のあるところ見せやがれェ!」

 不死川は初手から荒れ狂う暴風の剣技で倫道を責め立てる。倫道は必死でしのぐが、受けきれず何発か打たれて派手にぶっ飛ぶ。だが実はそのダメージは軽度に抑えており、不死川に決定的なチャンスを作らせない。

 数合打ち合った後、不死川は違和感を覚えていた。こいつは何かがおかしい。余程の眼力でなけれは倫道の演技には気付かないが、不死川は見破った。

 

(こいつ、力を出し切ってねえ)

不死川の直感がそう告げていた。

 

(この野郎、必死なふりなんぞしてるが妙に落ち着いてやがる。試してみるか、追い込みかけりゃあハッキリすんだろォ!)

 

不死川はまだ風の呼吸の型を出していなかったが、技を試して倫道を追い詰めてみることにした。

 

 倫道は懸命に調節している。丁(ひのと)としてはこのくらいか、密かにスピードと威力を加減しながら戦っていた。

 

 風の呼吸 壱ノ型・塵旋風 削ぎ!

 

 不死川の動きが変わる。不死川は力を解放、呼吸の技を使い始めた。

 

(速い!……下の者に呼吸の技を!だが実際に見る良い機会か)

倫道は思わず受け流して間合いを取る。

 

(やっぱり捌きやがったなァ。テメェの本性引き出してやるぜ!)

 

 風の呼吸 弐ノ型・爪々 科戸風!

 

 今度は間合いの広い攻撃を繰り出す不死川。四つの斬撃が同時に倫道に迫る。

 

 土の呼吸 捌ノ型・土嚢城壁(どのうじょうへき)

 

 守りの技で風の斬撃を何とか防いだ倫道は、攻めに転じた。

 

 水の呼吸 参ノ型・流流舞い

 

(力出しやがれこの野郎!テメェの力はこんなもンかァ!)

不死川は倫道の連擊を捌き、倫道の攻撃を引き出すためわざと下がった。

 

 土の呼吸 肆ノ型・泥濘ノ徘徊(ぬかるみのはいかい)

 

 倫道は不死川を追って間合いを一気に詰め、地を這うように体勢を低くして足元へ斬擊を放つ。不死川の足元が一瞬泥濘んだ地面のようになり、そこから斬擊が繰り出される。

 

(これは蓬萊に食らって知ってんだよ!)

不死川は落下点を狙わせないよう斜め後方に跳躍。

 

 風の呼吸 伍ノ型・木枯らし颪!

 

 水の呼吸 㯃ノ型・雫波紋突き

 

 不死川は地上の倫道に向け打ち下ろしの斬擊を見舞い、倫道はそれを躱さず正面からの突き技で不死川を追撃する。

 

 ビシッと互いの木刀が砕けた。

 

(この野郎……!)

 

 相討ちという形だが、不死川はこれでハッキリ分かった。序盤の打ち合いでは、力を隠していたということだ。

(たまたま生き残っただけってわけじゃあねえなァ。しかし……良い度胸してんなァ!)

 

「テメェ、ふざけた真似をしやがるなァ。素手ならどうすんだァ!」

砕けた木刀を放り投げ、不死川がパンチを連打しながら前に出た。倫道も木刀を捨てて構え、ボクシングのヘッドスリップの要領で流れるようにパンチを躱す。倫道は不死川のラッシュの勢いを逆に利用し、捕まえて投げに繋げようとしていた。不死川は前に踏み込みながら渾身のストレートを放つ。

 

(なにッ?)

 

 倫道の顔面の中心を捉えたはずのパンチは、まるですり抜けたと錯覚するほど見事に避けられた。倫道は僅かに身を屈めて最小限の動きでパンチを避けて懐に潜り込み、パンチを打った不死川の腕を下から両手で捕らえて引き付けた。そして自分の体をぶつけるくらいに密着させ、全身のバネを使って巻き込むように背負い投げを繰り出した。受け身の取れない、全体重を乗せた投げ放し。普通の人間なら受け身も取れない状態で背中から地面に叩きつけられ、背骨にヒビが入るくらいの威力だ。不死川の体が綺麗に弧を描き、地面に叩きつけられたかに思われた。だが、不死川は猫のようにクルリと身を捻って四つん這いの状態で着地し、着地と同時に前方に低く飛び、前屈みになっていた倫道に飛び蹴りを放つ。倫道は弾かれたように飛び退り、間合いを取った。

 

 不死川と倫道は三、四メートルの間合いを取って睨み合う。

 

「止めだ。おいテメェ、名前何つったァ?階級、丁(ひのと)だったよなァ?」

「すみません、水原倫道、丁です。終わり……ですか?」

 

 倫道は激しく肩で息をし、さりげなく必死さをアピールすることを忘れない。

気に喰わないヤツだと不死川はイラつくが、同時に興味も覚えた。

 

「全力で来ねえ奴にこれ以上稽古付けても意味ねえだろォ。テメェ、必ずまた来い」

不死川は、稽古を始める時とは違った意味で倫道を睨む。そして一層厳しい視線を送り、言い放った。

 

「だが、そん時もまたふざけた真似しやがったら、今度は殺す」

 

 最後に見せた攻防から判断すれば、倫道が力をセーブしていたのは明らかだった。舐めた真似を、と不死川は腹を立てたが、同時に倫道の底知れなさに興味も湧いた。最後の背負い投げも大変な速さだったので、体を捻るのが遅れていたら、背中から叩きつけられて大怪我か、下手をすれば死んでいる。だがこれだけの力を持ちながら丁でいる意味が分からない。すぐにでも柱になれる実力だが、何故かその力を隠し、今もへたり込んでいる。

(すぐ柱になるはずだ。そん時はまた手合わせしてやるかァ)

 

 目が覚めた佳成は途中からこの攻防を見ていた。

(違う。この人は自分とは全く異なる次元にいる……)

佳成の心に微妙な陰(かげ)が差した。

 

 帰った後も、佳成の気持ちは晴れなかった。

(何故これほどまでに違う?俺と倫道さんは何がそんなに違うんだ?)

 

 佳成は斗和に聞いてみた。だが師匠である斗和も、

「あの人はちょっと特別だから。何て言うか、普通じゃないって言うか……」

と要領を得ない返答しかできない。

 

(ならば、直接確かめるしかない)

共に稽古を始めて数ヶ月、佳成は思い切って、倫道に直接稽古を付けてくれるよう頼んだ。

 

 

 

「よろしくお願いします」

「お願いします」

 

 館坂佳成、階級 戊(つちのえ)と水原倫道、階級 丁(ひのと)は互いに木刀を構え正対する。

 

「始め!」

斗和の合図で手合わせが始まった。

攻撃の気をみなぎらせ、佳成はダッと間合いを詰めると一気呵成に打ち掛かる。佳成がいつも使っている重く大きな刀とは違い、木刀では軽すぎて扱いにくそうだが、それでも火の出るような豪打を連続で放ってくる。だが倫道は全く動じることなくそれらの激しい攻撃を難なく捌いた。だがいつでも打ち込める状態なのに打ち込んで来ない。

 

「本気で来い!」

自分から一切攻撃を仕掛けて来ない倫道に、佳成が吼える。だが倫道は山のように鎮まり、気配だけで佳成を圧倒する。

(くそっ!)

佳成が何度目かの突進を試みる。

 

 佳成は長い脚で蹴りを打って牽制し、さらに木刀を投げ、その隙に倫道の間合いに入ろうとするが、今度は倫道が急に突っ込んでくる。投げられた木刀は倫道をすり抜け、驚く佳成を倫道の木刀が打ち据えた。両脚、頭、左腕と一瞬で四ヶ所を打たれ、呆然とする佳成。だがその打撃はほとんど力が入っておらず、手加減された佳成は憤怒の表情になる。

 

(そこまで子供扱いするか!それなら!)

 

 佳成はそのまま素手で倫道に向かっていく。倫道も木刀を捨て、素手で応じる。徒手格闘術になって、佳成の動きが一段と冴える。もともと戊の階級の中では飛び抜けて強い佳成だが、倫道はその遥か上をいく。佳成はパンチの連打から左右の蹴り、回転肘打ちとブレることなく矢継ぎ早に技を繰り出して、遂に倫道の顔面にパンチが掠る。

 

「これで本気出してくれますか?」

体力の消耗と倫道からの重圧に息を切らせながら、佳成は倫道を睨んだ。

 

 佳成は速い踏み込みから、前に構えた足でノーモーションの素早い前蹴りを放つが、既に倫道は佳成の背後に回り込んで軸足を蹴る。

(くそ!)

佳成はガクンと膝が折れるがすぐに体勢を立て直し間合いを取る。

 

「まだまだ!」

自分の技は全く届いていない。佳成は挫けそうになる自分自身に大声で発破をかけ、心を保つ。

 対する倫道は呼吸一つ乱さず、一言も発すること無く淡々とステップを踏む。

 

 佳成がまた仕掛けた。更に速い踏み込みで間合いを詰め、細かいパンチで牽制する。小さいモーションで隙無く繰り出されるパンチの連打はそれだけでも充分な威力だった。倫道を後退させ、目で上段蹴りと見せかけての更なる踏込みから、左下段蹴りが決まった。手ごたえは確かにあった。さらにフェイクの右下段蹴りから本命の左上段蹴りへ、流れるような動きで連撃を狙った。

 初撃の左下段蹴りはやや浅いがヒットした。次もいけるはずだ、佳成はそう思った。

 

(この餌に食いつけ!)

佳成はその頭脳をフル回転させる。

二撃目の右下段は躱されるか捌かれる前提。もう一回、三撃目も下段、と見せかけての左上段の回し蹴り。クリーンヒットすれば、相手が倫道といえども一撃で意識を刈り取る自信はあった。倫道は二撃目を紙一重で躱す。佳成はその一瞬で思い切って踏み込み、目で下段蹴りを放つふりをする。倫道が反応した、ように見えた。

 

「殺(と)った!」

倫道の反応が一瞬遅れた。佳成の左上段回し蹴りが倫道の側頭部を捉えたかに見えた。しかし倫道は自分から間合いを潰しにきており、まだ威力が乗っていない、膝を伸ばしきる前の段階で佳成の蹴り足をキャッチしていた。

 

(あっ!)

倫道は軸足の右脚を払い、体重90㎏以上ある佳成の巨体を軽々と持ち上げ、頭を打たないように守りつつ道場の床に背中から叩きつけた。

 

「がっはぁっ!!」

 

 佳成は激しい衝撃で数秒間呼吸ができなくなり、戦闘不能になった。

 

「そこまで!」

斗和が手合わせを止めた。

 

(何でこんなに差があるんだ。階級だって一つしか)

佳成は呆然と道場の天井を眺めた。

 

「師範……、倫道さん、俺、まだまだですね……」

ようやく呼吸ができるようになってきた佳成が悔しそうに呟き、涙を見せた。

 

「気持ちでは負けてなかった。前に出てたし、もう少しだったよ」

斗和は何と言って慰めたら良いのか分からず、明らかにそれと判る気休めを口にするしかなかった。

 この物語の世界で、斗和と倫道は特別な存在だ。二人とその他の、特にメインでない登場人物とでは、ゲームで言えばプレイヤーが操作するキャラとNPC(ノンプレイヤーキャラクター)くらいのスペック差が出てしまう。

 

「いや、申し訳ないが気持ちではこの差はどうにもならない。死ぬ程鍛えて実力を付け、その上で場数を踏むしかその差を埋める術はない」

倫道は口を開いた。

 

「でも、気持ちが人を強くすることもあるでしょう?」

どうしても引っかかる斗和が珍しく倫道に詰め寄る。

 

「厳しい鍛錬を毎日積み重ねるにはそれも必要だと思う。でも気持ちで勝負は決まらないというのは、悪いけど俺の持論なんだ。強くなれ、佳成。生き残るには、誰かを護るには。強くなるしか道はない」

この物語で、佳成が殺されるのは来年だ。未来を知る倫道は穏やかに言い残し、土柱邸を後にした。なるべくなら佳成も助けたい、一緒に稽古をする前はそう思っていた。今は、そうではない。斗和を助けるのと同じく、何としても助けたいと思うようになっていた。佳成の生存の確率を上げるのは自らの強さのみ。

 

(俺はもっと強くならなければ。強くなければ何も護れない。もっと強く……!)

道場の冷たい板の感触が背中に気持ちよかった。強くならなくてはという思いを一層強固にし、佳成は涙でボンヤリと歪む天井を見ていた。

 

 戦う者が強さを求めるのは自然なことだ。だが強さへのこだわりは、時に人間を狂わせる。強さを求めるあまりに闇堕ちした例など、古今挙げればきりがないほどだ。

 佳成の情熱は僅かな陰を伴いながらさらに熱く燃える。

 

 だがそれは、後に悲劇へと繋がることになる。

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