ほのぼの鬼殺隊生活(完結)   作:愛しのえりまき

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第十一話 再生

 花柱・胡蝶カナエは童磨との戦闘で重傷を負った。

治療により一命を取り留めたが左肺のほとんどを失った。リハビリを行ったおかげで日常生活は何とか送れるようになったが、体調によっては介助が必要となることもあり、剣士は引退していた。現在は蝶屋敷で体力的に無理のない範囲で診療業務に当たり、時々カナヲの指導も行っていた。

 カナエが負傷してから約一年間は、倫道の目指す再生医療の研究は進まず、目立った成果も見えなかった。何とかブレイクスルーを、と苦しんでいた時だった。

 

 倫道の頭にふと浮かんだのは、この世界にしかない、”青い彼岸花”。

 

 この世界での重要アイテム、”青い彼岸花”はどうだろうか?明確な根拠など無かった。倫道の勘が当たり、青い彼岸花から抽出したエキスによってSTAP現象が起き、再生医療への扉が開かれた。

 

 青い彼岸花によるSTAP細胞の樹立に成功してから約一年、カナエの負傷からは約二年が経過していた。倫道と珠世、愈史郎が密かに取り組んでいる再生医療の共同研究は、動物での実験に成功、臨床試験、つまりヒトでの試験的治療を十分行える段階まで進んでいた。

 

 倫道は、カナエにこの治療を受けてもらうよう説明することを決断した。

上手くいくかどうかは分からない。もし治療が上手くいって肺が再生できれば、普通の健康な生活は取り戻せるだろう。

 

――しかし。

 

 健康な体を取り戻したらカナエはどうするか。その結果どうなるか?倫道はそれを深くは考えておらず、突きつけられた現実に自らの至らなさを痛感することになった。

 

 肺が元通りになったら、そこから先はカナエ次第だった。普通の人間として生きるも良し、再び鬼殺の剣士となるも良し。しかし以前のように剣士として一騎当千の強さを取り戻すには、血の滲むどころではない努力が必要となる。

 

(大変な道だが、カナエさんならやれるだろう)

迂闊にも、倫道はそれ以上考えを巡らせるのをやめてしまった。

 

 

 

 

(さて、どう説明したものか。背景をどこまで説明したものか……。だが悩んでも仕方ない、誠心誠意、しっかりと説明するしかないよな)

 倫道は、再生医療に関する説明を行うため、カナエ本人としのぶに面会を申し込んだ。

 

 蝶屋敷を訪ねるとカナエの診察室に通され、程なくカナエ、しのぶが現れた。

 

「花柱様、蟲柱様。本日はお時間をいただきありがとうございます。私は丙隊士・水原倫道と申します。今まで素性を偽って申し訳ありません」

倫道は初めて本当の名を名乗った。

 

「私はもう剣士を引退しています。カナエ、で結構ですよ。”隠の水谷さん”ではなかったのですね」

カナエは笑顔で挨拶し、倫道が隊士と分かった時点で何かを察している様子であった。

 

(こんなことだろうと思った)

偽名を使っていた倫道に、しのぶは冷ややかな視線を向けている。

 

「はい。あの時はもう無我夢中で飛び出しましたが、夜明け間近だったので何とか逃げ切ることができまして、以前から知っていたあの診療所にカナエさんをお連れしました」

 

「何故すぐにここに連絡しなかったの?」

この時すでに蟲柱となっていたしのぶが問い質した。カナエが生きて帰って来たため、何故蝶屋敷ではなく珠世の診療所に運んだのか、という点は有耶無耶になったままで、深く追求されることはなかった。

 しかし良く考えれば不自然な点がある。一般隊士がどうして隠のふりをして診療行為を行っているのか、それはひとまずおいたとしても。

 

 鬼殺隊の医療部門である蝶屋敷に搬送せずに、市中の診療所に運んでいる点はもちろん、その診療所の医者は無惨と敵対する鬼だった。そして、倫道がカナエと上弦の戦闘に遭遇した経緯。

 

「任務終了後、帰宅中に偶然戦闘に遭遇した。以前から知っている腕の良い診療所に運んだが、それはそちらの方が近いと思ったから。医者が鬼であることは知らなかった」

倫道は周囲に説明はしているが、これら全てが偶然、で済まされるのかどうか。

 

「それは……、申し訳ありません、あの時はカナエさんが極めて重篤な状態でしたので。どうしてもあの方たちの力が必要でした。警察の目の届かない病院で、全身麻酔を伴う肺の手術、輸血、その他の外傷の治療が行える所は他に無いと判断しました」

 

「だからって!あの人たちは鬼なのよ?!姉さんに何かあったら!それに、ここではそれができないって言ってるようなものじゃない!」

 

「いえ、決してそのようなことは」

(カナエさんが亡くなってないからしのぶさんが原作よりキツい……)

正論で責め立てられ倫道は冷や汗を流す。だが客観的に見れば、緊急手術が必要な重症多発外傷への対処は、しのぶより倫道の方が適任と言えた。しのぶはカナエの肉親で、当時十四歳と幼かった。倫道は当時十七歳だが、救命救急センター専属の医師として勤務し、外傷外科医として修練した前世の記憶持ちだ。救命救急の現場では、これは専門じゃない、あれは診たことがない、という逃げは通用しない。その分野に強い仲間を呼ぶこともできるが、間に合うとは限らない。自分の力が足りないせいで人が死ぬ、その恐ろしさに小便も漏らすことなく、日夜最前線に立ち続けた自負があった。

 

「しのぶ、もういいじゃない、その判断のおかげで私は助かったんだし。そうしなければ私の命は無かった……そうですよね?それにあの人たちは良い鬼だわ」

カナエはまだ不満げなしのぶをなだめて丁寧に礼を述べ、倫道の訪問の目的を尋ねた。

 

「命を助けてくださってありがとうございました。改めて御礼を申し上げます。それで、お話というのは?」

 

 欧米の最新医療と、鬼の珠世と愈史郎が持つ医療技術をかけ合わせたものだが、と嘘の前置きをした上で、倫道は本題を切り出した。

「カナエさん、失われた肺の機能を取り戻す治療を受けませんか?」

 

「それはどういうことです?」

にこやかだったカナエの表情が引き締まり、目に真剣な光が宿った。

 

 これは遥か未来の治療法だが、その辺りのことは巧みに避けつつ倫道は詳しく説明した。研究を続けてようやく形になった試験的な治療。カナエが被験者の第一号であった。培養した細胞が上手く生着し、機能を取り戻せるかどうかは経過を見なければ分からない。しかしこれが成功すれば、他の患者にも同様の治療が可能になる。自分自身の細胞から培養するため拒絶反応も無く、従って免疫調整薬の必要も無い。ドナー(臓器の提供者)も必要ない。

 

「姉さん!本気なの?」

しのぶはあっさりと同意したカナエに怒り、そして険しい顔で倫道にも詰め寄る。

 

「貴方を信用していない訳ではないけど、これは実験なのでしょう?確かに命を助けてもらったことにはとても感謝しているけど、もし姉さんに何かあったら!それに」

そんなしのぶを制し、カナエが口を開いた。

 

「しのぶ、全く危険の無い医療行為などありえません。これが成功すれば、新しい治療法として後遺症に苦しむ人を救えるかもしれない。お願いします」

 

 元の状態に戻れる可能性があるなら。カナエは治療を受けることを承諾し、最後に呟いた。

「健康な体……もう一度戦えるのですね」

 

(体が戻ったら、やはり剣士として再び戦うつもりなんだな)

この台詞に、倫道はカナエの心中を察し、そして少し後悔する。”カナエさんの体を元に戻してあげたい”、その思いで再生医療の研究を進めてきた。その成果はまた、斗和を救う切り札になる。

 

 カナエはこのままの状態ならば、少なくとも戦死することはない。だが、体を治せばカナエは再び戦う道を選ぶ。それは即ち、鬼との殺し合いに引き戻すことだ。ここで倫道はようやくそれに気付いた。

 

 苦心の末に、再生医療への道が開けた。現代においてさえ先進的なその技術を、物語の世界とは言え大正の世で、人間相手に行おうとしている。その研究者としての興奮、嬉しさで事を進めてしまった。

 確かにこれは素晴らしい医療技術。だが、肉親のしのぶにとってその結果が喜ばしいものになるとは限らないのだ。しのぶが怒る理由の一つもハッキリと気付かされ、倫道は自らの迂闊さを恥じた。

 

 

 

 再生医療を受けるとカナエ本人が決断したため、倫道はカナエとしのぶを多くの患者たちに紛れ込ませ、珠世の診療所に連れて行った。

 

「あの時は本当にお世話になりました。貴方がたは命の恩人です。今回も治療をしてくださるそうで、何と御礼を申し上げて良いか」

診察室に入ると、カナエはそう言って丁寧に頭を下げた。

 

「上手く行くように、私たちも力を尽くします。頑張りましょう」

珠世は笑顔で応じた。

 

「どうなるかは分からないぞ。お前が最初の患者だからな。まあ、上手くいくといいがな」

愈史郎も皮肉な調子ではあったが、冷淡な顔を少しだけ緩めて協力を約束した。

 

 原作では両親を殺された上に、唯一の肉親である姉のカナエを殺され、しのぶには鬼への激しい憎悪があった。激しい憎悪を抱きながらも顔には偽りの笑顔を貼り付け、蝶屋敷の主人、柱として他の隊士を教え導く立場であるため、常に穏やかに装っていた。この世界線ではカナエが生きていることもあり、原作よりやや幼く、感情を表す場面が多かった。

 

「あの、本当に大丈夫なんですか?」

しのぶが不信感を隠さず愈史郎に話しかける。

 

「何だお前は?水原から説明を聞いていないのか?納得していないなら今からでも止めてもかまわないぞ。俺たちは頼まれて治療をするだけだ」

 

「私はカナエの妹の胡蝶しのぶです。失礼ですが貴方たちは鬼ですよね?もし姉さんに何かあったら」

 

「しのぶさん!」

倫道は、モンスターペイシェントのようなことを言い出すしのぶを慌てて止める。

 

「水原さん。私は治療法のことを言っているのではありません。治療する側が鬼であることで何か問題が生じたら、そういうことを言っています」

 

しのぶがもっともな意見を述べるが、

「俺たちが、血肉の匂いによだれを垂らして耐えながら人間の治療をしているとでも?」

愈史郎はしのぶを睨んだ。

 

「しのぶ。この方たちは人を喰わない鬼で」

カナエがそう言いかけたところで珠世がしのぶに向き直り、微笑みかけた。

 

「はじめまして。私は珠世、こちらは愈史郎です。しのぶさんの言われる事はもっともです。私たちは鬼ですが、人を喰わずにいられます。随分自分の体を弄っていますから……それでも僅かな血を頂くことは必要ですが」

 

 そして、鬼滅の原作の後半に明らかにされた縁壱との約束の事まで話して聞かせた。

初耳のカナエはもちろん、しのぶまでもこの話に息を呑んで聞き入った。

 しのぶの心配は治療の成否のことだけでなく、復帰したカナエが戦死したらということもあった。だから全面的に治療に賛同したわけではなかったのだが、そこまでの覚悟で無惨を倒そうとしている珠世に、しのぶも多少考えを改めた。

 

 珠世と愈史郎はカナエが目覚める迄の間、倫道とずっと話をしていた。倫道は珠世たちの事を史実として知っているというていで、細かいことまで言い当てて珠世たちを信じ込ませたため、珠世の過去の話も本人からより詳しく聞くことができた。倫道は、近い将来無惨が倒されることも話すと、珠世は「生きる希望が湧いて来た」と涙を流して喜び、鬼殺隊への全面的な協力を約束した。鬼殺隊に関わりたくない愈史郎であったが、珠世の意志には従わざるを得なかった。

 

 

 

 人間の臓器は、一部が障害されてもその他の部位がある程度機能を代償することができる。肝臓の一部を肉親などに移植する”生体肝移植”手術では、ドナー(提供者)の肝臓の一部を切り取っても、それを埋め合わせるように残りの肝臓が肥大し、機能を代償するのだ。だがあくまで”ある程度”であり、失った機能を完全に補える訳ではない。

 肺に限って言えば、片肺になると呼吸機能は通常時の70%程度になる。呼吸機能が通常時の50%になると寝たきりに近い状態になると言われているので、日常生活すら本人にとっては大変な負荷となる。それに、超一流のアスリートとも言えるカナエが以前のレベルになるには、肺が元通りになった上で筋力や循環器系、神経と筋の反応速度など、以前の鍛錬以上の根気強いリハビリとトレーニングが必要になる。それに、しのぶの言う通り、この治療自体に実験的な側面があることは否めない事実だった。それでも被験者の同意のもと、この壮大な実験はスタートした。

 

 まず脂肪組織から細胞を採取。青い彼岸花の抽出エキスで肺の組織幹細胞へと幼若化させ、これを培養してある程度の大きさに育ったら、カナエの肺へと移植して生着させる。また各段階で珠世の血鬼術で細胞を活性化させ、時間の短縮を図った。

 

 当初はやはり発熱や体調不良などトラブルがあった。体力が低下しているカナエにとっては些細なことでも症状が現れやすく、倫道は僅かな時間でも足繁く診療所に通い、心配そうに付き添うしのぶの厳しい視線に耐えながら懸命に治療に当たった。

 

 高熱が数日続いた時はさすがにしのぶは倫道に激しく詰め寄ったが、愈史郎がそれを止めた。

 

「俺は水原の肩を持つ訳ではないが、お前の物言いが理不尽だと思ってな。お前は何故水原を責めているんだ?お前の姉を救ったのはあいつだぞ。ここへ来るまでに、人間一人を担いで相当な距離を走ってきたようだった。それから自分の治療をするより先にお前の姉を手術して、自分の血を大量に与えていた。自分自身がそれこそ倒れるほどにな。俺たちは力を貸しただけだ。水原に感謝こそすれ、文句を言うなどあり得ないと思うが」

愈史郎は怪訝そうにしのぶに言った。

 

「でもあの人は、珠世さんと愈史郎さんが助けてくれたって……」

「どういうつもりでそう言ったのか俺は知らん。あいつはお前の姉にも自分は連れてきただけだと言っていたからな。だがお前の姉も気付いている。上弦を退けたのはあいつだ。上弦が鬼狩りを、しかも柱をあっさり見逃すはずがない。やはり水原は戦闘の末カナエを救出したんだろう。あいつも傷だらけだったからな」

 

「そうだったんですか……。でも、すぐに私たちに知らせなかった。どれ程心配しているか、分からないはずないでしょう?」

「それはおそらく俺たちが鬼で、鬼舞辻から追われていることを知っていたからだろう。鬼舞辻は常に鬼殺隊の動静を掴もうとしているからな。知らせればお前らはすぐにここに来る。鬼殺隊の連中に大勢で来られれば、それを辿られて珠世様の居所をつかまれる。水原はそれを危惧したんだろう」

 

 しのぶはカナエのベッドサイドで見守る倫道の背中を見た。色々と言いたいことはあるが、取りあえずは任せてみようかと認識をまた少し改めた。

 

 カナエは幸運にも重症化することなく急性期を乗り切り、短期間で病状が安定した。退院した後は蝶屋敷に戻って静養、肺が育っているのを確認しながら少しずつリハビリを開始していた。

 

 夏前に始まったカナエの再生治療だが、初期のトラブルを乗り越えると秋に入ってからは順調な経過を辿り、倫道は鍛錬を再開しようとはやるカナエを連日諫めていた。後は推移を見守るしかなかったが、倫道は安堵していた。

 

 

 倫道は今度は斗和の様子を気にかけている。

現在、まだ斗和の心臓病の症状は顕在化していないようだ。あるいは何らかの異変を感じていても口に出していないだけなのかもしれなかった。物語では、二十歳の時点で既にはっきりとした症状が表れていた。本格的に悪くなってからではなく、早期に治療を始めた方が全治までの期間も短く済み、何より完治する確率が上がると倫道は考えていた。そんな訳で、顔を合わせる度に斗和の様子をチェックしているが、症状も無いのにあまりしつこく体調を聞くのも不審がられる可能性があった。倫道と同じく転生者の斗和には、「夢で見た」という噓は通用しない。何故なら、知り過ぎていることを原作登場人物から疑われた時に、斗和がいつも誤魔化すために使っている言い訳だからだ。同時に、倫道は佳成の事も気にしていた。

 

 ”野良着の隊士”の物語では、斗和、倫道が十九歳の今年、佳成が殺されることになっている。そしてその事件は、無限城の最終決戦での最悪の事態へと連なるのだ。倫道はこの悲劇を防ぐため、警戒を強めていた。

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