ほのぼの鬼殺隊生活(完結)   作:愛しのえりまき

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第十三話 嘘

 斗和、倫道の話を聞いた耀哉はあまりの内容に驚き、混乱し、無惨が倒されることを知らされて歓喜した。激しい感情の波に揺られ、本当に冷静になるには少し時間を要したが、それでも耀哉は感情をコントロールして平素の状態に戻った。

 

「戦いはこれからさらに激しさを増し、熾烈を極めていくのだろう。それが分かっていてそれでも尚、君たちは鬼殺隊に留まろうと言うんだね。どうしてそこまでして私たちを……?」

冷静になった耀哉は疑問を口にした。何故敢えて危険なところへ飛び込むのか、何故そうまでして鬼殺隊を助けてくれようとするのか、その理由がこれまでの話の中からは読み取れなかった。

 

「物語の世界であったとしても、実際に人は死ぬ。君たちが現実世界から来たと言っても、不死身ではないのだろう?全てを知っているなら尚更恐ろしいとは思わなかったのかい?」

それは、耀哉の純粋な疑問だった。

 

「恐怖はありました。戦いや訓練で私自身が受ける苦痛も、共に戦う仲間たちの死も、怖いと思っていました。今でも恐ろしくてたまらないです。でも私には、どうしても生きていて欲しい人がいました。この世界に転生したと気付いた時、まず浮かんだのはその人を救いたいということでした。そのためなら何でもすると決め、その一心でここまでやって来られました」

斗和は耀哉を見つめ、正直に答えた。

 

 この段階では斗和は前世の事をほとんど思い出していない。自分がどうして杏寿郎を助けたいのか分からなかった。だがその強い思いは消えることなくずっと心に残っていた。

 

「私は今まで、物語を知っていながら何もできませんでした。ですが私はこれから起こる事を変えたいのです。煉獄さんを死なせたくないのです。私が代わりに死んでも構わないと思っております。……私たちの事情は先程申し上げた通りです。今後どうなさるかはお館様のお心次第。私たちはいかなる処分も受ける覚悟です」

斗和は言い終えて平伏した。

 

「お館様。私にも、どうしても死なせたくない大事な人が……、命を懸けて護りたい人がいます」

今度は倫道が語り始めた。その口調は静かだが、強い想いが込められていた。

 

(そう言えば、みんなを助けたいって言ってたけど、倫道君の”命を懸けて護りたい人”って誰なんだろう?こんな真剣に誰かのこと言うの初めて聞いたかも)

斗和は聞いていて興味が湧いた。

 

「何よりもその人を護り、救うのが一番の優先事項ですが、その他の人たちも救いたいのです。私が護りたい人も戦いで命を落とします。そしてその他にもたくさんの人が死にます。この物語を読んでいて、この人たちを救いたいといつも思っていました。……私はきっと、そのためにここに来たのです。その機会を与えられたのだと思っております」

一気に喋り、倫道も平伏した。

 

「どうか無礼をお許しください。耀哉様……。あなた様もお救い申し上げたいのです」

再び顔を上げると、倫道は耀哉を見つめて言った。倫道が産屋敷家の呪いに敢えて触れた理由はそれだった。

 

「もしお許しをいただければお体を拝見し、治療の適否を判断いたします。申し遅れましたが私は前世で医師をやっておりました。私から見ましてもお館様のご病気の本質は見えません。ですが物語を読み、こうして拝見しますと病変は全身に及んでいると考えられます。自己修復を担う細胞を投与し続ければ、進行を止め、あるいは克服できるかもしれません」

落ち着きを取り戻していた耀哉は、またもや大いに驚いて目を見開いた。病気の進行により、その目は既に物の輪郭をぼんやりとしか捉えられなくなっていた。

 

「物語世界の偶然、そして珠世さんの協力も大きいのですが、未来の医療技術である再生医療がこの時代で実現しました。これで耀哉様のお体を」

倫道は前のめりになって説明する。

 

(再生医療!倫道君そんな凄いことしてたんだ!)

斗和は今更ながらに驚きを持って聞いていた。

 

「今日は本当に驚かされてばかりだ。もう何を言われても驚かないと思っていたが……。私を……この呪いから救ってくれるのかい?」

耀哉はしばらく呆気に取られ、それから微笑んだ。

 

「この治療を行ったカナエさんは良好に経過しています。やってみる価値はあるかと」

倫道は頷いて、耀哉を見つめた。

 

(この体は急速に死に向かっている。それはもう止めようも無い。命のあるうちに無惨を倒したかったが、それも叶わぬ夢と半ば諦めていたのだが)

耀哉は自分の命はもう長くはないと悟っていた。正体の分からない病魔は全身を蝕み、それはまさに呪いと表現する以外に無かった。しかし未来からやって来た斗和と倫道が、耀哉の心に大きな希望の光を灯した。無惨討滅が叶うことを明確に示唆し、命を危険に晒しても死んでしまうはずの隊士たちを救いたいのだと言ってくれた。二人の熱い想いが嬉しかったが、さらに倫道は耀哉も救うために驚くべき提案をした。

 

――鬼のいない夜明けを生きて迎えられるかもしれない――。

 

 そんな希望が耀哉の胸の内で芽生え、大きく膨らんだ。

 

「ありがとう、倫道」

耀哉は胸が熱くなり、倫道に向かって微笑みかけた。ぼんやりとしか見えない輪郭がさらにぼやけ、滲んで見えた。

 

「君たちが嘘偽りを述べていないことは良く分かった。それに、君たちがみなを思い、助けようとしてくれていること、本当に嬉しく思うよ。斗和、倫道。今後君たちはどう動いても構わない。私はできる限り協力しよう。斗和は今まで通り柱として励んで欲しい。倫道は隠を続けて構わないよ。……ただし、あまり無茶をしないこと。君たちだけで全てを背負い込もうとしないこと。いいね?」

 

「御意」

斗和と倫道は耀哉の心遣いに感謝し、退散しようとした。

 

「倫道、何かまだ話したいことがあるかな?」

耀哉はふと倫道を呼び止めた。

 

「いえ、私の想いは全てお話しいたしましたので」

「そう、また何か話がある時はいつでも来てくれて構わないよ。珠世さんによろしく」

そう言って耀哉は二人を見送った。

 

 この世界の真実を知るのは倫道ただ一人。

耀哉にも嘘を言っている倫道は心苦しく思った。本当の事を話すかどうか、躊躇した心中を見透かされたようで倫道は複雑だった。

 

 

 

 

 

「倫道君の”護りたい人”って誰?」

帰りの道中で、斗和が何気なく聞いた。

 

「いや、ちょっと恥ずかしいから今は言えないんだ」

「えー誰?」

「十四歳の時初めて会って……、それからずっと憧れてる人だよ」

倫道が恥ずかしそうに言うのを見て、斗和は微笑ましく思うのと同時に、少し複雑でもあった。

 

(いつもアホみたいなこと言ってるのに、なんだか可愛いな。でも十四歳で会ってるというと、私ではないか……。ほんのちょっとだけ期待したんだけどな。自意識過剰だな、私)

斗和は、倫道が自分に好意を抱いていることは何となく感じていた。ただ恋愛感情というより、共に転生者としてこの世界を変える仲間、同士としての仲間意識の延長だと思っていた。そして斗和もこの時点で一番気になるのは煉獄杏寿郎。だがその想いは、異性としての好意なのか、憧れなのかは自分の中でも判然としなかった。ともかく倫道が誰かを想っていることはさほど気にしてはいなかった斗和だが、倫道にとって一番大事なのは、”蓬萊斗和以外の誰か”とハッキリしたのは少し残念で、斗和はそんな自分の気持ちが我ながら可笑しかった。

 

 斗和は、倫道と初めて会ったのはお互い十八歳の時、十二鬼月二体を相手にしたあの任務の時だと思っている。だから、倫道の口にした十四歳の出会いの意味には気付かなかった。

 

 

 

 

 

 元々高いレベルにあったカナエの身体能力を元に戻すことは容易ではなかった。しかし人間の体にはメモリー効果というものがある。以前の状態を体が記憶していて、刺激によって元に戻ろうとするのだ。ゼロからそこまでに達するよりも、一度落ちた状態から戻すほうが遥かに早くそのレベルに到達することができる。カナエは充実した鍛錬を日々こなし、着々と復帰に向けての準備を進めていた。

 

 治療開始から約一年後。

蝶屋敷の鍛錬場で、カナエは成長著しいカナヲと対峙していた。しのぶはカナエの回復具合の見届け役として、二人の稽古を見守っている。

 

(すごい、カナヲだって力を付けて来てるのに。姉さん、本当に良くここまで……!すぐにでも柱に復帰できるじゃない)

しのぶの目の前には、木刀を手に俊敏に動き回り、隙あらば正確で速い斬撃を繰り出して畳み掛け、カナヲを圧倒するカナエの姿があった。

(姉さんはまた戻るのね。でもこれが……これが姉さんの望んだことだもの。私がとやかく言うことじゃない。あら、あれは?)

 

 そこに倫道が訪ねて来た。カナエとカナヲは変わらず手合わせを続けており、しのぶが応対した。

 

「お久しぶりですね。おかげ様で姉さんはあの通り、すっかり元気です」

しのぶは笑顔で倫道に声をかけた。

 

「……しのぶさん、俺のしたことは正しかったんでしょうか」

倫道は、しのぶに声をかけられてもしばらく返事ができずにいたが、カナエの素晴らしい動きを見ながら呟くようにしのぶに聞いた。

 

「そのことならもう大丈夫ですよ。正直、お話を聞いた時は心配の方が大きかったですし、治ったら姉はまた戦ってしまいますから。でも見てください、あんなに生き生きとしてるんです。姉は、戦って人を護ることが幸せなんです。もう何も言いませんし、水原さんにはとても感謝していますよ。それから……色々と無礼なことを言ってすみませんでした」

しのぶはカナエとカナヲの手合わせから目を離さず、照れ隠しなのか倫道の方を見ないでそう言った。

 

「!」

しのぶの素直な感謝の言葉に、倫道は思わず目を見開いてしのぶの横顔を一瞬見つめ、その言葉を噛みしめるように俯いて涙ぐんだ。

 

「ちょっと水原さん、止めてくださいよ!私が泣かせてるみたいじゃありませんか」

「すみません、ちょっと目から鼻水が」

冗談めかして言うしのぶに、倫道もようやく笑顔になった。そして真剣な表情に戻り、本日の用件を告げる。

 

「今日は、お力添えいただきたいことがあって来ました。再生医療を使って、どうしても助けたい隊士がいるんです。今度は心臓、しかも手術も必要なんです」

斗和はおそらく治療を拒否するだろう。倫道は、斗和が治療を受けるよう説得するのと、その後の治療について協力を依頼した。

 お館様、産屋敷耀哉の件はカナエ、しのぶと協議を重ね、慎重に検査を行って再生医療の適否を見極めている段階だった。

 

 

 

 

 今年、斗和、倫道は二十歳となる。来年早々には炭治郎たち主人公組が入隊し、物語は一気に動き出す。

 

 鬼殺隊当主・産屋敷耀哉に全てを打ち明け、協力を取り付ける事に成功した斗和と倫道だったが、倫道には急いでやるべきことがあった。倫道にとって、この世界での最も重要なミッションだ。

 

 

 

 斗和には心臓の持病があった。通常は新生児期までに自然に閉じる心臓内部の穴が、成人になっても閉じない病気だ。それに肥大型心筋症(心臓の壁が厚くなってしまう病気)も発症しているのでは、と倫道は見ていた。若いアスリートの突然死の原因になることもある病気で、子供時代には無症状に経過していたが、鬼殺の剣士となって鍛錬や激しい戦闘を繰り返すうちに症状が進行していた。このまま心臓を酷使し続ければ命を脅かす状態まで悪化してしまう。心臓に負担をかけないように、無理をせずに穏やかに日常生活を送れば生き長らえることはできる。制約の多い日常生活となるが、死ぬよりはマシ、と普通の人間なら考えるところだ。

 

 このまま心臓に負担をかければ命を縮めるどころか、突然死してしまうかもしれない。全集中の呼吸で限界以上の力を引き出し、化け物と殺し合いをするなど、絶対にしてはならない。

 

 それは弱った心臓に止めを刺す、自殺行為以外の何物でもない。

 

 心臓は一つのポンプではない。複数のポンプが神経の制御で緻密に連動し、初めて一体となって血液の流れを作り出しているのだ。心臓の壁が肥大すると血流が乱れ、ポンプの稼働効率が低下する。心臓の壁が肥厚して一部分だけがいびつに引き伸ばされると、ぴったりと閉じるはずの逆流防止弁が閉じなくなって血液が逆流したり、心臓内部の神経の伝導路にも異常をきたし、各部の連動システムが不具合を起こして不整脈になったりする。手術的に肥大部分を取り除き、逆流防止弁を再建し、再生医療で心筋や神経の伝導路を再生する治療が必要だが、それにはおそらくリハビリを含め半年から一年程度はかかるだろう。斗和が無限列車で万全の働きを望むなら、この時期に治療を開始しなければならない。

 

 野良着の隊士の物語で、斗和は心不全が進行した状態で最期まで戦い、力尽きた。倫道は、本当は斗和に引退して欲しかったが、斗和がそれを聞き入れるとは思えなかった。戦うのを止めろと言っても聞き入れてくれないなら、リスクは大きいが手術と再生医療で体を治し、心置きなく最後まで戦えるようにしてあげたいと思っていた。

命を懸けて護る。それが、自分がこの世界で果たすべき使命。それにはまず心臓を治すことが先決だった。倫道は改めてこの使命を果たす決意をした。

 

 

 

 

 最近体調が悪いことは自覚していた。

鍛錬していると、締めつけられるような胸の痛みや動悸に襲われ、冷や汗を流してじっと蹲り、症状が治まるのを待つこともあった。安静にしている時でさえ、時折喉がつかえたように急に苦しくなったり、脈が乱れたりすることもあった。

 こっそり受診した町医者では、何でもない、気のせいだと診断されるはずだった。しかし不整脈と心臓の機能低下を指摘され、運動してはならないと告げられた。デタラメを言うなと憤慨し、そんなことがあるはずがないと聞き流した。だがその診断はデタラメなどではなかった。

 

 斗和の心臓の状態は、もはや隠しようも無いほど悪化していた。

 

 斗和は、自分の心臓に大きな異常があることを認めるのが怖かった。僅かにある前世の記憶で、心臓疾患で死んだのだろうと考えていた。それが、この世界でもまた襲ってくる。

 次第に酷くなる自身の不調に怯えながら、一方では、しばらくすれば治る、疲れているだけだと無理やりに思い込み、ひたすら鍛錬することで少しでも不安を和らげようとしていた。

 継子の佳成であれば、そんな変調に気付けたかもしれない。だが、彼は少し前に斗和から免許皆伝を言い渡されて巣立っており、斗和のもとを訪れるのは月に一度もなかった。斗和はお手伝いの夏世にも体の不調は言っておらず、倫道以外に斗和の不調を知る者はいなかった。

 

 

 

 

 そんなある日、斗和は胡蝶姉妹から呼ばれて蝶屋敷にやって来ていた。自分の不調を悟られて調べられてしまうのでは、そう考えて斗和は不安だった。

迎えたしのぶに、診察室や病室でなく自宅の方に通されて待っていると、そこに意外な人物が現れた。

 

「斗和さん、最近体の調子はどう?」

ふらりと入って来た倫道がいつもと変わらない、何でもない調子で聞いた。

 

(何で倫道君がいるの?それに何で急にそんなこと聞くの?まさか倫道君まで)

斗和の不安はさらに強まり、そして何となく察した。倫道は、胡蝶姉妹まで巻き込んで自分の病気を調べようとしているのだ。だがここで心臓に異常が見つかれば、この先戦うのを止められるかもしれない。そうなれば、杏寿郎を自分の手で救うことができなくなってしまう。

 

「何でもない、絶好調!」

ここは何とか誤魔化して逃げるしかないと決め、どう言い逃れしようかと必死で考えを巡らせながら、斗和は満面の笑みで答える。あるいは、倫道なら自分の気持ちを汲んで見逃してくれるかもしれない、そんな期待もあった。

 

「ふーん……。じゃあこれは何?随分乱れているし、時々脈がとんでるようだけど」

倫道は急に斗和の手関節(手首)の内側、橈骨動脈に三本の指を添えて脈を診た。時折明らかな乱れがあり、結滞(けったい、脈がとぶこと)もあった。倫道の顔からは笑みが消える。

 

「これは……、これは違うの!その、急に手を握られたから、ドキドキするって言うか……」

斗和は照れ隠しのふりをして追及を逃れようとするが、倫道は”ドキドキする”などと言う嘘には騙されない。そんなことはありえないと自分に言い聞かせ、努めて感情を出さないように用心しながら斗和を問い詰めた。あくまで医師として、仲間として。

 

「斗和さん、俺の前職忘れたの?ドキドキして脈がとぶなんてあるわけないでしょう。噓はダメだよ」

「大丈夫、噓じゃないよ。本当に何でもないから」

 いつものふんわりとした雰囲気とは全く違う、先程とは別人のように厳しい表情の倫道がじっと斗和を見つめていた。斗和は、ニコリともしない倫道の様子に戸惑った。

 

「昨日今日の事じゃないよね?それに、最近症状が悪化して来てるんじゃない?めまいや動悸、胸部の違和感、締め付けられるような痛み……。斗和さん、これは自然に治ることはない。まず検査をしよう。その上で手術を含む治療を考えないと」

倫道は斗和に説明し、懸命に説得を試みる。

 

「斗和さんは戦うの止めないよね?だったらせめて治療をさせてくれ。どうか頼みます!治療を受けてください!このまま戦い続けたら本当に死んじゃうかもしれないんだよ!!お願いだからっ!」

倫道は、杏寿郎に嫉妬しているとバレないよう、細心の注意を払いながら懸命に頼んだ。斗和は、倫道がこれ程感情を表に出すのを見たことが無かった。斗和は、痛々しいまでに真剣な倫道の様子に、自分の病状が本当に深刻であり、逃げようがないのを自覚した。しかしここで認めるわけにはいかなかった。治療に入れば長期離脱、下手をすれば剣士を引退させられる。

 

 斗和ははっきり拒絶する代わりに俯いた。

 

「手術を受けたらしばらく休まないと、だよね?その間はどうするの?誰が代わるの?ただでさえ忙しい他の柱の皆さんに迷惑はかけられない。私は大丈夫。何ともないから、本当に……。お願いだから放っておいて」

俯いたまま言い張る斗和に倫道は躊躇するが、やはりこれは譲れなかった。

 

俺はどうしても貴女を死なせたくない。命を懸けて、貴女を護るためにこの世界に来た。

倫道は大声で言いたかった。だがそれは辛うじて思い止まり、説得を続けた。

 

「治療しなければ病気で死んでしまうかもしれない。このままにはしておけないんだ。死なせたくないんだ……どうしても」

倫道は懸命に感情を抑え込んで冷静を装ったが、言葉の端々に想いが溢れるのは止められなかった。

 

(何で分かってくれないんだ)

(どうして分かってくれないの)

 

斗和は口を固く結び、黙ったまま俯いた。空気が張り詰め、お互いにこれ以上言えば怒鳴り合いになりそうだった。

 

「柱の職務のことなら当てがある」

険悪なムードに耐えきれず、別方面から攻めることにした倫道は切り札を投入した。

 

「こんにちは。蓬萊さん、お久しぶりです」

そこに入って来たのは胡蝶しのぶと、肺の治療が完了した胡蝶カナエだった。カナエは現在機能回復訓練と怪我をする前以上の鍛錬を順調にこなしており、柱への復帰も間近になっている。

 

「私たちは、みな貴女を心配しているんですよ。だから、検査と治療を受けてくれませんか?詳しく診ないと何とも言えませんが、貴女の心臓には複数の欠陥があると思います。私たち蝶屋敷の力だけでは完全に治すことはできませんが、珠世さんと愈史郎さんの力もお借りして、治してみせますよ。私だってここまで良くなったんですから、大丈夫ですよ!それに柱の業務のことは、私としのぶ、それに水原さんで代わりますので安心してください。それ以外のことも、私たちができる限りお手伝いします。一緒に頑張りましょう!」

カナエは斗和の手を優しく握りしめた。しのぶも心配そうに見つめている。

 

(カナエさん、しのぶさん、倫道君……)

このまま誤魔化していけば、来年の無限列車までは何とか任務をこなせるのではないか。治療して長期離脱すると間に合わなくなるかもしれないし、倫道が口にした「手術」という言葉が正直に怖かった。だが自分を心配してここまでやってくれる仲間に斗和は感動し、信じてみようという気持ちになった。カナエとしのぶの存在も後押しとなった。

 

「分かりました。よろしくお願いします」

斗和は遂に治療を受けることを承諾し、深く頭を下げた。

 

(良かった良かった……。いやいや、ちょっと待って。さらっと重大なこと決まってない?)

が、ここに不意打ちを食らった者が一人。

 

「あ、あの……カナエさん?斗和さんの業務、俺もやるなんて聞いてないんですけど?俺はまだ乙(きのと)だし……」

斗和の柱業務の一部を肩代わりするメンバーに自分も入っていると急に言われ、戸惑う倫道。

 

「あらあ、良いじゃありませんか。水原さんは上弦と渡り合えるほど強いんですもの」

カナエは倫道の抗議を笑顔であっさりと却下した。

 

「水原さん、往生際が悪いですよ」

しのぶも含み笑いをしながら言い足した。

 

(ええー……もうめっちゃ忙しくなるじゃないですか……。でも何で童磨とやり合ったこと分かったの?)

 

 倫道は呆然としたが、にっこりと嫌味の無い満面の笑顔を向けてくるカナエ、笑いを堪えるしのぶにはそれ以上抗議できずに渋々承諾した。

 

 

 

こうして斗和の本格的治療が珠世の診療所で開始されることとなり、以降斗和は半年以上に渡る療養生活に入ることになった。

 後日行われた臨時の柱合会議で、時透無一郎の柱就任と、入れ違いに蓬萊斗和の柱引退が発表され、特例としてカナエの柱復帰も発表された。

 

 

 

 珠世の診療所では、カナエの時と同様に斗和の細胞を採取、幹細胞へと巻き戻して培養、移植に備えた。だが斗和の場合は心臓そのものに複数の問題があり、それを手術的に修復してから移植を行う必要があった。細胞群の移植と同時に、肥大した心筋切除、弁の再建も行う大手術となる。倫道はそれを、On-Punp Beating(人工心肺による補助循環を行いつつ心臓の動きを止めないで行う術式)で行うと決断した。心停止させて行うより難易度は跳ね上がるが、心停止時の管理も万全には行えない状況を考えれば、もとよりそれ以外の選択肢は無かった。

 また倫道は手術に備え、刀鍛冶の里へ何度も出向き、術中と術後の数時間、心臓に代わる補助循環装置の作成を依頼、隠の隊士たちが十数人、交代でハンドルを回して動力となるシステムも完成させていた。

 

「みんなと同じように、斗和さんは大事な仲間だ。必ず助けるから」

麻酔導入の前、倫道は寝台の上の斗和に声をかけた。

(みんなと同じように?あの時、どうしてもって言ってくれなかったっけ)

徐々に意識がぼんやりする中で、斗和はそんな事を考えながら深い眠りに落ちた。

 

 

 

「全集中 蛇杖の呼吸 中隔心筋切除、心筋細胞移植、僧帽弁再建及び中隔欠損封鎖術 いきます」

 

 

 

 

 倫道の手技と人力補助循環装置にしのぶは目を見張った。

(傷を縫うくらいなら慣れてる隠はいるけど、動いている心臓を速く正確に縫合するなんて!それに修復するということは、心臓内部の構造を熟知しているってことだし、そもそもこの心臓を補助する装置だって、どうやったらこんなものを思いつくの?この人は一体……)

しのぶは疑惑の目を向けながらも、ひとまずは手術の成功を喜んだ。

 

「上手くいって良かったですね。蓬萊さんはどうしても助けたい人、ですよね」

手術を終えた倫道に、しのぶが労いの言葉をかける。

 

「蓬萊さんは大事な仲間ですから」

倫道が笑顔で答えるが、しのぶはすぐに問い返す。

「仲間、ですか?」

「な、仲間ですよ!別に好きとかそういうことではなく」

 

「水原さんは正直ですね」

「あっ……」

しのぶは笑い出し、倫道は頭を抱える。

 

「しのぶさん、どうかこのことは内密に……」

「誰にも言いませんから安心してください」

倫道はひとまずホッとした。

(すごいのかバカなのか分からないけど、黙っていてあげましょう。まあ無駄だと思いますけど)

しのぶは手術の成功をカナエに報告し、斗和の療養準備を整えるため蝶屋敷に帰って行った。

 

 

 大手術だったが術後の循環動態は安定し、補助循環装置も離脱して斗和は無事に周術期を乗り切った。まずは第一関門をクリアし、本格的に斗和の療養生活がスタートした。

 

 斗和の経過は順調で、手術とその後しばらくを珠世の診療所で、落ち着いた段階で蝶屋敷へ移されて療養が続いた。斗和が蝶屋敷に移ってからは、炎柱・煉獄杏寿郎、風柱・不死川実弥、平隊士の倫道は斗和の見舞いで良く顔を合わせ、微妙な空気になったりしていたが、状態は安定していた。半年も経つと日常生活ができるくらいに回復し、リハビリが開始されるのを待つばかりとなった。

 

 

 そして新たな年が明け、倫道は甲に昇格、斗和、倫道はいよいよ二十一歳となる歳を迎えた。

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