ほのぼの鬼殺隊生活(完結)   作:愛しのえりまき

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第十五話 道標~不死川玄弥

 斗和は玄弥に接触するため、最終選別の行われる藤襲山に向かった。

 

 原作では玄弥と不死川が心を通わせ、互いに素直な気持ちを伝え合えるのは、最終決戦で玄弥が死ぬ間際のほんのわずかな時間だけ。同じ鬼殺隊の組織に居ながらも、それまで二人はまともに会うことすら叶わない。斗和はあまりに切ないこの運命をどうにか変えたいと願っていた。

 

 不死川は玄弥のことを大事に思っている。恨まれても、わざと玄弥につらく当たり、鬼殺隊から追い出して戦いから遠ざけようとした。

 

 唯一の肉親である弟には生きていて欲しい。

 

 それは不死川の切なる願いだった。斗和はそのために自分が悪者になっても良いと思った。玄弥を死なせないためには鬼殺隊に入れないことが一番確実な方法だ。

 

 斗和は玄弥に会って、不死川の本心をそれとなく伝えながら、どうしても隊士になりたいのかを聞きたかった。玄弥に少しでも迷いや甘さがあれば、場合によっては多少乱暴なやり方になっても鬼殺の剣士を諦めさせる。斗和はそんなつもりで面会に臨もうとしていた。

 倫道は、おそらく玄弥が入隊を諦めることはないだろうと考えていた。ならば、自らの力で生き残れるように玄弥を鍛え上げ、強くなる手助けをするつもりだった。そんな訳で、今回斗和は単独で藤襲山に向かった。

 

 合格者の四人が解散した後に声をかけようと、斗和は広場が見渡せる木立に隠れて成り行きを見守った。見ていると、玄弥はやはりかなたを殴り、止めに入った炭治郎が強くその右腕を掴んだ。言い争いの後、玄弥は右腕を押さえて後退った。

 手関節部の骨にヒビが入ったようだった。玄弥は炭治郎を睨んでいたが、何事も無かったように淡々と続けられる説明に争う気を削がれ、その後は大人しくなった。

 

 原作通り玉鋼を選び、四人はそれぞれ帰路に就いた。

 

「鬼殺隊の最終選別を受けた人ですか?」

斗和は玄弥の帰る方向に先回りし、玄弥が通り過ぎたところで背後から声をかけた。至近距離で背後に立たれたが、声をかけられるまで玄弥は全く気付かなかった。いきなり声をかけられ、玄弥は飛び上がりそうに驚いて振り返った。

 

 

 

 

 気配もなく現れたのはひょっとこの面をつけた人物。野良着のようなものを着ていたが、それはよく見ると隊服だった。

 

「何だてめえは!ふざけた面着けやがって!何か用か!」

炭治郎に右前腕の骨を折られ、かなりイラついていた。その上に急に背後に立たれて驚かされた。それも相手はひょっとこの面、という恰好だ。玄弥の声が尖るのも当然ではあった。

 

「そんなに鬼殺隊に入りたいのですか?復讐のためですか?それともお給金のためですか?鬼と戦う危険な仕事ですよ」

よく見ればひょっとこは自分よりも上背があった。だがその声はやはり柔らかな女性のものだった。

 

「てめえの知ったことか!それに俺はもう選別を通ってんだぜ。少し経てば自分の刀も届くんだ。鬼殺の刀さえありゃあ、鬼なんぞ片っ端から狩ってやるぜ」

玄弥は自信ありげにニヤリと笑った。

 

 それを聞いて斗和はお面の下で笑い、フフっと思わず声がもれた。

 

「笑ってやがるなてめえ!何が可笑しい?!」

その気配が伝わり癪に障ったのだろう、玄弥の声は怒りを含んで大きくなる。

 

「すみません、ちょっと可笑しくて、つい。残念ながら、選別は実際の任務に比べればままごとのようなものですよ。……そうだ、私が試して差し上げましょうか?貴方が鬼狩りとして生き残っていけるかどうか」

 

「何だと!」

「貴方の攻撃が私に当たったら……いや、もし掠ったら貴方の勝ちです。知りたいことを教えてあげますよ。参ったと言ったら貴方の負けです。鬼でも何でもないただの人間の私に負けるようでは、入隊は諦めてください」

斗和は腰に帯びた日本刀タイプの日輪刀を外して後ろへ置き、地面に半径一メートル程の円を描いた。

 

「私は武器は使いません。足技と左手一本でお相手しましょう。この円の中から出ませんから、さあどうぞ掛かって来てください」

得体が知れないが相手は女性で、刀は外して丸腰。一方、男である自分は真剣を持っている。玄弥は相手の態度に腹を立ててはいたが、さすがに攻撃するのは躊躇した。

 

(玄弥君を煽るためだけど、こういう芝居はお面被ってなきゃ恥ずかしくてできないな)

斗和は内心照れながら、小馬鹿にした雰囲気が伝わるようお面の下で挑発的に笑った。

 

「私を心配をしてくださっているのですか?大丈夫、刀を使って構いません、心遣いなど無用です。私は貴方より強いですから。それとも貴方の腰の物は飾りですか?」

斗和はくっくっと軽く笑い声を漏らし、可笑しそうにお面の口許に手をやり、また煽った。

 

「この野郎!死んでも知らねえぞ!」

刀を上段に構えてダッと駆けだしたその瞬間、玄弥は勢いよく転んでいた。斗和は玄弥の一歩目を見逃さず、出足払いで先の先(せんのせん)を取った。無様に仰向けに転がされ、呆然と斗和を見上げる玄弥。斗和の下段蹴りが、びゅっとその鼻先を通り抜ける。

 

「どうしました?まだ何もしていませんよ」

冷徹に見下ろす斗和。怒りに震える玄弥。下段蹴りは故意に外されたのが明らかだった。

 

「てめえっ!もう容赦しねえ!」

玄弥は立ち上がり、我武者羅に刀を振り回して突進して来た。斗和は両手を背中で組んだまま、最小限の体捌きで玄弥の攻撃を躱している。

 

「くそっ!くそっ!」

玄弥はなおも刀を振り回し、十分以上も全力で斗和を追うが、斗和は巧みに体勢を変えながら狭い円の中を移動し、攻撃を躱し続ける。玄弥の攻撃が当たる気配など全く見えなかった。

 

 斗和がわざと体勢を崩したふりをして誘う。チャンスと見た玄弥はここぞとばかり思い切り踏み込んで刀を振るう。

しかし玄弥が刀を振り下ろしたところには斗和の姿はなかった。斗和は背後に回って玄弥の奥襟を掴んでぐいと引き寄せた。女とは思えない剛力に今度は玄弥が体勢を崩した。

 

「大振りはいけませんよ?――ほら、このように」

斗和は、体が泳いで倒れそうになる玄弥の脇腹に膝蹴りを突き刺した。

「崩されて攻撃をもらってしまいます」

 

「ぐえっ!」

玄弥は堪らず転がって逃れ、胃の中の物を吐いた。選別の間はほとんど食べ物を口にしていないので、わずかな胃液しか出てこなかった。

 玄弥は目がかすみ、疲労とダメージで脚が震え、力が入らない。それでも涙を浮かべながら斗和を睨みつけて立ち上がった。

 

(俺はどうしても剣士になって、兄ちゃんを)

玄弥は必死に立ち上がり、刀を構えた。斗和は玄弥の覚悟に胸が痛んだが、平静を装う。

 

(もう体力がもたねえ。これで最後の一発だ!これでだめなら……いや、こんな所で諦めてんじゃねえ!俺は絶対諦めねえぞ!)

玄弥は立ち上がり、最後の力を振り絞って攻撃を仕掛けた。余計な力が抜けた斬撃は今までよりも数段鋭く、斗和は驚いた。

 

(今までより速い!だけど)

斗和にとっては目を閉じていても避けられる程度の攻撃でしかなかった。斗和は僅かな動きで躱し、再び足払いで玄弥を転がした。玄弥は仰向けに倒れ、気絶させるために斗和は攻撃しようとした。

 

「カアアーッ!!」

少し離れた木立の中からカラスが現れ、羽音もけたたましく斗和に向かって一直線に向かって来た。先程玄弥についたばかりの鎹カラス、「榛(はしばみ)」。玄弥には追い払われたが、気になってずっと後をついて来ていた。この手合わせも、消耗しきった玄弥が心配でハラハラしながら見ており、ピンチに思わず飛び出して来たのだった。

 

(カラス?)

一瞬斗和の注意が逸れた。

 

 倒れていた玄弥が跳ね起き、折れた右手で刀を突き出した。

斗和は躱そうとしたが、隊服のズボンの裾に剣先がわずかに触れた。

 

「あ」

「やったぜ……。どう……だ」

確かに攻撃が届いた。極限まで張り詰めていた気が緩み、玄弥は気を失った。

 

(ごめんね玄弥君、痛かったよね。君が本気なのは痛いくらいによく分かったよ。でも少し話をしよう)

斗和は玄弥の健気さを思い、そっと涙を拭ってお面を被り直した。そして玄弥のカラスに心配ないと告げ、目が覚めるのを待った。

 

 

「目が覚めましたか」

「何なんだよアンタ!でも俺の勝ちだからな!教えてくれよ、知りたい事教えるって言ったよな?」

玄弥はすぐに目覚めて斗和に食ってかかったが、先程までの剥き出しの敵意は無かった。

 悔しいが、この女性と自分には大きな実力差があることが嫌でも理解できた。だがこの人なら兄に会う方法を知っているかもしれない。

 そんな思いで、玄弥は疲れも痛みも忘れて熱心に話を聞こうとした。

 

「私は鬼殺隊の元柱で蓬萊斗和と言います。たまたま近くに来たので藤の花を見ていたら、丁度貴方が通ったので声をかけたんです。知っている人によく似ていたので」

「俺は不死川玄弥……です。俺、兄貴がいるんだ。風柱の不死川実弥。似てる人って風柱のことだろ?不死川実弥を知ってるか?」

「やはりそうでしたか。もちろん知っていますよ」

「本当か!会うにはどうしたらいい?俺はどうしても会わなきゃいけないんだ」

「……」

斗和はため息をついてひょっとこの面を外し、じっと玄弥を見た。

 

(玄弥君は本当に必死の覚悟でここまで来た。説得するにしても協力するにしても、私も全力でいかないと)

 

 玄弥は驚いた。

面で顔を隠しているくらいだからどんな不細工かと思っていると、面の下から現れたのは美しく整った女性の顔だった。ただ顔の左側の大きな傷痕が、今までにくぐり抜けてきた戦いの激しさを物語っていた。優しく憂いを含んだ眼差しで見つめられて玄弥はたじろいだが、同時に自分と同じような傷のあるこの女性に、少し親近感を抱いた。

 

「その前に、貴方のその右腕、骨にひびが入っているようですね。副木を当てたほうが痛みが和らぎますよ」

斗和はふと表情を緩めて話しかけた。

 

「い、いや、俺は」

斗和は右腕を取ろうとするが、玄弥は急に恥ずかしくなって少し後退った。

 

「大丈夫、手当ては慣れてますから。もっと重傷な人の手当てもしますよ。ここは日常的に人が死ぬところですから」

 

 これを聞いて玄弥は黙って従い、副木を当てた右腕に大人しく包帯を巻いてもらった。これから自分が飛び込む世界は常に死と隣り合わせだ。怪我など日常茶飯事で、女性に手当てしてもらうことを恥ずかしがっていては話にならない。

 

「だから貴方も鬼殺隊員としてやっていく覚悟があるか、それを見たかったんです。若い、子供のような隊士が死んでいく、それを見るのはとてもつらいことです」

玄弥は現実を思い知らされ、言葉を失う。まさに自分のような者のことを言われていると気付いたからだ。だが玄弥にも絶対に退けない理由がある。

 

 兄と話したい。あの時の事を謝りたい。もちろん兄の役に立ちたい思いもあった。

 

 育手にも付かずに我流で鍛えた。藤の花の家紋の家で年の近い隊士に出会い、鬼殺隊や選別のことを聞き、土下座して日輪刀を借りた。最終選別を何とか生き延び、兄と同じ鬼殺隊に入れるところまで、やっとの思いで辿り着いたのだ。諦めるなどできるはずがなかった。

 

「なあ、兄ちゃ……、風柱に会うにはどうすりゃいいんだよ?教えてくれよ」

玄弥は縋るような目で斗和を見つめる。

 この時斗和よりもまだ身長も低く、ほんの子供と言って良い玄弥の必死さに、斗和はまた切なく胸が締め付けられるような思いだった。

 

「もう一度聞きますが、貴方はどうしても鬼殺隊に入りたいのですか?風柱に会うだけなら一般人でも良いのでは?若しくは、鬼殺隊には”隠”と言って、直接戦闘に関わらず戦闘員を支援する部署もあります」

「鬼殺隊じゃなきゃ、剣士じゃなきゃダメなんだ!俺は兄ちゃんを護るんだ。兄ちゃんに認めてもらいたいんだよ!俺はそれだけのために生きてきたんだ!」

 

 玄弥を見つめる斗和の瞳が憂いの色を濃くする。

 

「余計なお世話なのは重々承知の上ですが……貴方が鬼殺隊に入ることを、不死川さんが喜ぶでしょうか?不死川さんの気持ちを考えたことがありますか?」

 

 斗和の言葉に、玄弥がはっと顔を上げた。兄がどう思うか、そこには全く思いが至らなかった。

 

「不死川さんは、貴方が危ない目に遭うのは喜ばないでしょう。それでも貴方は――」

さらに斗和が言いかけた。

 

「兄ちゃんがそう言ったのか?俺を鬼殺隊に入れるなって」

「……そういう訳ではありませんが」

「兄ちゃんがそう思ってたとしても……俺だって兄ちゃんに危険な目に遭って欲しくないんだ……。同じ気持ちなんだよ、兄弟だから!助けたいんだ!役に立ちたいんだよ!」

 

 斗和は次にかける言葉が見つからなかった。不器用ながらお互いを思い合う兄弟。

その強い気持ちを止めることなどできない。俺たちにできるのは支えることだけ、倫道はそう言っていた。その通りかもしれない、斗和もそう思った。

 

「よく分かりました。私が知っていることで良ければ教えましょう。そこに座りましょうか」

斗和と玄弥は並んで腰を下ろした。

 

「で、これからどうすりゃいい?」

玄弥は期待を込めた目で斗和を見つめた。

 

「柱に会う方法ですが、柱は多忙ですから、運良く共同任務にでも当たらなければ、一般隊士はなかなか会えません。ただ柱同士なら多少は会い易くなるでしょう」

「柱になれば良いのか!」

 

 斗和は思わず苦笑して、更に説明する。

「簡単なことではありませんよ?柱になるには任務をこなして階級を上げ、一番上の甲になることが必要です。その上で鬼を五十体、もしくは十二鬼月を倒した者から選ばれます。そして大事なのが」

斗和はもったいぶって一呼吸置いた。

 

「品行方正であることです」

斗和は玄弥の粗野なところを直してもらおうと、そんな条件を勝手に付けた。現役の柱たちが必ずしもそうでないことは言うまでもないのだが。

 

「……見てたのかよ」

玄弥は気まずそうに下を向く。

「やってしまったことは仕方ありません。以後は気をつけた方が良いですね」

斗和は玄弥を宥め、握り飯を差し出す。

 

「戦い方は色々だし武器もその人に合った物がある。それを早く見つけることです。刀に拘る必要はありません」

 

「蓬萊……さん、俺に教えてくれよ!教えてください!早く強くなって、柱になりてえんだ!」

「申し訳ありませんがそれはできません。ですが心配は要りません。私よりも的確に貴方を導いてくれる人がいます。まず初めに、岩柱の悲鳴嶼さんを訪ねると良いでしょう。悲鳴嶼さんは鬼殺隊最強の戦士です。悲鳴嶼さんのもとでしっかりと体を練り上げるのが強くなる近道だと思います。もう一人は甲・水原倫道君。私と同い年の水の剣士です。彼ならきっと貴方を強くしてくれる」

 

 斗和は玄弥の覚悟を本物と判断し、可能な限り情報提供してやった。いつしか斗和は、玄弥にかつての自分の姿を重ねていた。岩の呼吸の育手に弟子入りを懇願した、十二歳の自分。

(私もこんな必死な顔をしてたのかな)

懐かしく切ない気持ちになり、斗和は最後に言葉をかけた。

 

「焦って命を落としてはいけませんよ。絶対に生きて帰ること。約束ですよ!それを破ったら、貴方がお館様のお嬢さんを殴ったことをお兄さんにチクります」

そう言い残し、斗和は風のようにその場を去った。

 

(いわばしら、ひめじま……。みずはらりんどう)

玄弥は斗和の去った方角を見つめ、お辞儀をした。斗和にもらった握り飯を食べながら教わった名前を頭の中で反芻していたが、やがて立ち上がると、何事かを決心したように歩き始めた。




玄弥の鎹カラス、榛(はしばみ)。榛の花言葉は、仲直り、和解、調和。そして、「賢く諦めなさい」という意味もあるようです。
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