ほのぼの鬼殺隊生活(完結)   作:愛しのえりまき

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第十九話 再誕

 ある日、鬼殺隊士の共同鍛錬場で、三人の隊士が揉めていた。

 

「おい、お前もう一度言ってみろよ。今、雷の呼吸は大した事ねえって言ったよな」

噂話をしていた先輩の隊士二人に、後輩の隊士がいきなり食ってかかったのだ。

 

「そんな事は言ってないだろ。初太刀は凄いがそれが躱されたら、って言っただけだぜ?」

歳も階級も下、日頃から生意気な態度で悪目立ちする後輩の隊士で、顔を知っている程度の間柄だった。絡まれた先輩隊士の一人が面倒くさそうに言葉を投げつけた。

 

「うるせえ、このカス!雷の呼吸はそれだけじゃねえんだよ!」

生意気な後輩はいきり立ち、さらに激しく先輩たちに詰め寄る。

 

「何だよ、熱くなりやがってよ。だいたいお前は壱ノ型が使えねえんだろ?雷の呼吸って壱ノ型が全ての基本じゃねえのかよ」

「そうなのか?壱ノ型が使えないってことは結局……なあ?」

先輩隊士二人は顔を見合わせ、後輩の隊士を鼻で笑った。

 

「くそ!てめえら!」

痛いところを突かれ、後輩の隊士は激怒した。

誰かに指摘されるまでもなかった。彼にとって壱ノ型が使えないという事実は、他ならぬ自分が一番情けなく思い、雷の剣士として致命的な欠陥だと分かっていた。本人の努力が足りないと言ってしまえばそれまでなのだが、懸命に稽古しているのにどうしてもできないのだ。一方で、脱走したり泣き言を言ったりいつも先生を困らせている弟弟子は、壱ノ型・霹靂一閃を体得しており、それが彼をよりイライラさせる原因になっていた。

 

(何故なんだ?何故お前なんかにできて、俺にはできねえんだ?)

真面目に努力する反面、併せ持つ生来の不遜さが、鬱屈した思いでより酷くなっていた。雷の呼吸をけなされ、自分のプライドも傷つけられ、この雷の呼吸の隊士はとうとう先輩たちに殴りかかった。怒らせて先に手を出させ、二人がかりで痛めつけてやろうと目論んでいた先輩の隊士も応戦した。

 

 初めは二対一であった喧嘩は、止めようとする者まで巻き込んで騒ぎが大きくなったが、この後輩の隊士と顔見知りだった館坂佳成(たてさかよしなり)が偶々通りかかって仲裁した。この時佳成は既に斗和に弟子入りし、強さでも頭角を現していた。大らかで誰にでも優しく、人望もある佳成は先輩の隊士に丁重に詫びてお引き取り願い、騒ぎは何とか治まったのだった。

 

「全くお前は相変わらずだな。後先考えずに突っ込むな」

「うるせえ。止めてくれと頼んだわけじゃねえからな」

久しぶりに会ったこいつは全然変わっていない、佳成はため息をついた。

 

 佳成とこの雷の呼吸の隊士は最終選別で初めて顔を合わせた。一緒に戦っているうちに何となく気が合い、協力して選別を突破した。

 その時佳成は、雷の隊士が持っている翡翠の勾玉の首飾りに目を留めた。

「御守りか?」

「ああ、小さい頃からずっと持ってる。親の形見らしい」

「そうか、大事にしろよ。だが一番の形見はお前自身だ。命を捨てるようなことはするな」

そう言って無茶な行動を諫めた。この雷の隊士にはどこか自暴自棄で虚無的な雰囲気があり、自分の命を平気で投げ出すようなところがあった。かと思うとひどく不遜な、人を見下すようなところもあった。二つしか年齢が離れていないが、精神的には年齢差以上に佳成の方が成熟していた。

 正式に入隊した後二人は一緒の任務に就くことは無く、交流も途絶えていたが、佳成が時々聞く彼の評判は決して良いものではなかった。

 

 久しぶりに会った獪岳は、人間関係を築くのが下手で、危なっかしいところが以前と何も変わっていなかった。この再会が親しい付き合いのきっかけになり、手のかかる弟をかわいがるように、佳成は何かと獪岳を気にかけてやるようになった。

 

 

 それから一年以上が経った。客観的に見ても獪岳は以前よりも落ち着き、感情の起伏も抑えられ、態度が幾分か柔らかくなった。相変わらず仲が悪いようだが、弟弟子のことも以前ほど悪く言わなくなっていた。

 

 

 ある日、共同任務となった佳成と獪岳は標的の鬼を発見し、苦戦することもなく倒した。二人は雑魚鬼など問題にならないくらいに強くなっていた。しかしその後現れた二体目の鬼は、今までの鬼とは何もかもが違っていた。

 

 獪岳は重傷を負ったが懸命に逃げ、まさに力尽きようとするところで救助されて蝶屋敷に搬送された。会議中であったしのぶも呼ばれて治療に当たり、獪岳は一命を取り留めたのだった。

 

 後日、意識を取り戻した獪岳の証言とカラスの情報によって、概要が明らかになった。

 

 二体目の鬼は、目に刻まれた数字から上弦ノ壱と思われた。二人は戦闘に入ったが全く歯が立たず、すぐに全身を切り裂かれて多数の傷を負った。佳成は、獪岳に逃げるように指示し、自分も隙を見て逃げると言って連続で大技を仕掛け、その隙をついて獪岳は逃走することができた。獪岳が一瞬振り返ると、佳成が倒れるところが見えた。その後獪岳は必死に走り、何とか逃げ切った。

 残された佳成はどうなったのかは分からないが、状況から考えて生存の可能性はなく、佳成の死亡が伝えられた。翌朝現場付近の捜索が行われたが、折れた日輪刀の柄だけが発見され、遺体は見つからなかった。それはつまり、喰われた可能性が高いことを示していた。

 

 鬼殺の剣士である以上、いつも死とは隣り合わせだ。日常的に殺し合いをしているのだから、仲間が殺されることだってある。自分でさえそうだ。誰が、いつ死んでも不思議ではないのだ。斗和は倫道にも令和を使いにやって佳成の死を伝えた。

 

(令和?何かあったのかな?)

倫道は斗和の家に向けて出発しようとしていた時だった。庭木に斗和の鎹カラス、令和が来ており、手紙を足に括りつけていた。

 

「令和、どうした?」

倫道が話しかけたが、令和は用件を言わず、倫道が手紙を取るとそのまま飛んで行った。倫道は何気なく手紙を読んでめまいを覚え、倒れそうになった。

 

「佳成が……死んだ……」

手紙は斗和からで、震える筆跡で佳成が戦死したと書いてあった。倫道は呆然と立ち尽くし、やっとのことで呟いた。

 

 分かっていた。

”野良着の隊士”の物語を読んで、こうなることは倫道には分かっていた。だが物語で佳成が死ぬのは二年前の筈だった。このタイムラグのせいで、佳成は死なないのかもしれないと倫道は警戒を緩めてしまっていた。佳成は倫道にとっても大事な友達であり、仲間であった。

 

(俺は何をやっていた?何で止められなかった?)

変えられなかった。人間としての佳成の命は失われ、多くの人が悲しむ。そしていずれ、変わり果てた佳成と再会することになるだろう。

 運命を突きつけられ、倫道は己の迂闊さと無力さを悔やんだ。お前如きの力で運命を変えられるものか、と物語の修正力が自分を嘲笑っているような気さえした。

 

「佳成ガ死ンダ?本当カ?リンドー、斗和チャンノ所二行ッテヤラナクテイイノカ?」

マスカラスのそんな声に、倫道はようやく我に返った。

 

 マスカラスに言われるまでも無く、倫道はすぐにでも斗和のところに駆けつけたかったが、それは思い止まった。斗和を抱きしめて、一緒に泣いて慰めてあげたかったが、斗和の悲しみを受け止め癒すのは自分ではない、それを分かっていた。

 

「俺は行かないよ」

倫道はそう言ってお悔やみの手紙を書き、マスカラスに託した。

「……分カッタ」

倫道のつらさをマスカラスも察知し、手紙を持って飛び立って行った。

 

「俺じゃない。そこにいるのは」

倫道は一人呟く。

 

 

 斗和が自宅でふさぎ込んでいると玄関で何か音がした。ノロノロと気怠い体を起こして行ってみると手紙が置いてあった。これまでのお礼と、暇をもらいたいとだけ記した夏世からの手紙であった。

 

 佳成と夏世は将来を約束し合っていた。明るい未来が待っているはずだった。

 

 斗和のことを”師匠”と呼び、励んでいた姿が思い出された。初めての弟子であったが、師弟関係というより共に鍛錬した仲間であった。

 夏世は、家事手伝いであったが斗和と年齢も一つしか違わず、この時代に来て初めてできた同性の友達だった。

 

 同時に二人、大事な人を失った。大きな悲しみに斗和は涙を堪えきれなかった。

 

 倫道からお悔やみの返事が帰って来たが、急遽任務が入ってしまったのですぐには行けないとのことだった。

 

(倫道君も……忙しいよね)

斗和は一人で悲しみに耐え、悲しみを紛らすため一層鍛錬に精を出した。

 

 そんな時、杏寿郎が斗和を手合わせに誘ってくれた。煉獄家で杏寿郎、槇寿郎と手合わせして随分と心が晴れた。それから少し後、不死川の家に手合わせに行った時は、以前佳成に稽古を付けてもらった礼を言い、佳成の戦死の報告をした。堪え切れずに泣き出してしまった斗和を、不死川は優しく抱きしめ思うままに泣かせてやった。

 

 佳成の訃報から数日して、倫道は斗和の家を訪ね、改めてお悔やみを述べた。夏世も辞めてしまい家の中が片付かない、と斗和は寂しそうに笑った。夏世は藤の花の家紋の家に戻ったが、程なくして勤めを辞め、実家に帰ってしまったという。

 

(俺が止められていれば。俺は夏世さんの人生まで狂わせた)

申し訳なさに倫道の方が涙を堪え切れず、斗和に慰められる始末であった。

 

 佳成と一緒に任務に当たっていたのは獪岳だった。鬼滅の原作を知っている斗和と倫道は、これを聞いて、もしやと疑わずにはいられなかった。獪岳がどんな人間か良く分かっていたからだ。自分が助かるために佳成を犠牲にしたのでは、どうしてもそんな疑念が浮かんだ。直接話を聞きたいところであったが、獪岳も体中に傷を負い、失血死寸前で蝶屋敷に入院したため、すぐに話を聞くことはできなかった。報告では、佳成は自分を盾に獪岳を逃がしたらしい、ということだった。

 

 佳成と獪岳が親しい、以前そう聞いた斗和は意外に思った。獪岳は佳成の二つ年下で、一緒に最終選別に通った同期だった。

「なんだか放っておけないんですよね」

手のかかる弟。生意気でひねくれていて、見守っていてやらないと危なっかしくて仕方ないが、根はそんなに悪いヤツではない、佳成はそうも言っていた。斗和は佳成からそんな話を聞かされており、ただ人付き合いが下手なだけで、獪岳もそれほど悪い人間ではないのかと思えるようになっていた。

 

 自分の仲間が、原作の登場人物を良い方向に変えている、そう思うと斗和は嬉しかった。

「仲間を庇って死ぬなんて、佳成らしい最後だね」

斗和と倫道はそう話して寂しく笑い合った。

 

 倫道は、以前から獪岳に接触を図ろうとしていた。獪岳は言うまでもなく鬼滅原作の重要キャラであるが、問題は作中での彼の素行。

 子供時代、世話になっている悲鳴嶼や、一緒に生活している子供たちを自分が助かるために鬼に売った。鬼殺隊に入った後、時期は不明確だがおそらく最終決戦の前、上弦ノ壱・黒死牟に遭遇、命乞いをして鬼となった。その結果、無限城でかつての弟弟子の善逸と戦って敗れ、死ぬことになる。人間らしいといえばあまりに人間らしい男だ。

 しかし鬼滅の原作の中では、そんな獪岳のことを善逸は”兄貴”と密かに呼び、いつか共に戦うことを願っていた。倫道も、獪岳には更生の余地があると考えていた。獪岳を更生させれば、鬼滅の原作で切腹して死んだ桑島は死なずに済み、獪岳自身も助かるかもしれないのだ。倫道はこれからの重要イベントに備えて仕込みを行いながら、獪岳の回復を待っていた。

 

 

 

 獪岳が、佳成の死亡の件を報告するため土柱邸にやって来ることになった。倫道は、獪岳自身の口から佳成が死んだ時のことを詳しく聞くと共に、獪岳とじっくり話をするため斗和の許可を得て同席することにした。

 

 彼の人生の分岐点、子供時代に鬼に遭遇したこと、黒死牟に遭遇して鬼になったこと。そうしなければおそらく彼は死んでいた。自分が生き残るためにそうせざるを得なかった。だが鬼殺隊に入ったことは成り行きなどではなく、自分の意志があったはずだ。倫道はその点に可能性を感じていた。

 

(罪滅ぼしをしたいと考えても不思議じゃない。でなければ、命懸けの殺し合いにわざわざ自分から関わる必要などないはずだ。彼はどこかに自罰的な感情がある。それを上手く昇華できれば、より良い導きがあれば、彼が本当になりたかった自分になれるかもしれない。何かのきっかけさえあれば)

倫道はそう考えた。事実、好青年の佳成と関わったことで獪岳は良い方向に変わっているようにも思えた。

 

 佳成が殺されて一ヶ月後、重傷だった獪岳はその傷も癒え、既に鍛錬も再開しているという。そして、報告のため土柱邸を訪れる日が来た。

 

 聞き取り調査という大げさなものではない。ただ継子の最期の様子を知りたいとの斗和の要望で、穏やかな対面の予定であり、佳成と仲の良かった倫道も同席することも事前に伝えてあった。だが倫道はこの面会にも仕掛けを施していた。ある人物に頼み込んで隣室に控え、話しを聞いてもらうというものだ。その人物の耳にはふすまなど有って無いようなもの、全ての話は筒抜けになるが、獪岳の過去のことなども含めてありのままを聞いてもらうのだ。獪岳が変わりたいと望むなら、人生をやり直せるように手助けをして欲しい。些か甘すぎるかもしれないが、倫道はそう願ってこの仕掛けを施していた。

 

「獪岳。もう一度言っておくが、俺たちはお前を責めるつもりなど無い。上弦に遭遇しながら良く生きて戻り、情報を伝えてくれた。お前が居なければ、佳成は誰に殺されたかも分からないところだった。まずは生きていてくれて何よりだ。……あの日のことを聞きたい。詳しく話して欲しい」

倫道が穏やかに語りかける。斗和と倫道は本来威圧的な言動はせず物腰は柔らかいが、二人共が柱であるという背景の分厚さが獪岳に無言の圧をかけていた。獪岳は気まずそうに、居心地悪そうにしながらもぼそぼそと語り始めた。

 

 館坂佳成とは最終選別で一緒になり、年も二つ違いで気が合った。他の隊士といざこざが絶えなかった獪岳を、佳成はいつも庇って喧嘩を仲裁してくれたという。

 

「元気の良いヤツだな。だが後先考えないのは良くない」

喧嘩の後、諭すように、また獪岳を案ずるように、佳成はいつもそう言って宥めた。大らかで誰にでも優しい佳成は、獪岳にとって唯一と言っていい友達で、そして兄のように思える存在であった。

 

(あの獪岳まで佳成をこんなに慕ってたなんて。佳成らしい)

斗和はまた涙が込み上げた。

 

 あの日、佳成との共同任務が終了して帰投しようとした時、新たに鬼が現れた。得物を構えもせず、ただ立っているだけで動けなくなるほどの重圧だった。こちらが必死になってどんな技を放とうと難なく躱され、次には全て”起こり“、つまり動作の開始を読まれて押さえられ、技を出すことすらできなくなったという。

 

「ヤツは、”つまらん”と言いやがった。それから……お前たちのような半端者は生かしておいても大した働きもできまい、殺してやろう、と」

獪岳は悔しそうに歯を食いしばり、膝の上で固く拳を握った。

 

 相手の鬼が、腰の得物に触れるか触れないかのその瞬間に幾筋もの斬撃が二人を襲った。危ういところで致命傷や四肢を切断されるには至らなかったが、二人は全身に傷を負った。手を抜いていたのは明らかだったが、どこまでやれるのかを試したのかもしれなかった。

 

「逃げろ獪岳!」

次は本気で殺しにくる、佳成は獪岳を逃がすために、攻撃を繰り出しざま自ら盾となり、獪岳はその声に押されて懸命に駆け、何とか逃げ切ったのだった。鬼は獪岳を追っては来なかった。

 

 獪岳は、斗和と倫道にだけ、今まで話していなかった事実を打ち明けた。逃げながら一瞬振り返ると、鬼は倒れた佳成に何事か話しかけ、その喉を指で刺していたようにも見えたという。

 

(これは……まさか)

やはり運命は変えられないのか。獪岳の報告を聞きながら、倫道は密かに唇を噛む。その一瞬の表情の変化は、並んで座っている斗和からは見えなかった。

 

「決してあいつを囮にして逃げたわけじゃねえ。同じことかもしれねえが、佳成が逃がしてくれた。信じてくれ、それは本当だ」

獪岳は必死に訴えた。

 

 だが獪岳は、この二人もどうせ信じてはくれないだろうと思っていた。人格者の佳成と厄介者扱いの自分、「佳成を犠牲にしてお前は逃げた、お前が代わりに死ねば良かった」、そう言われるのは分かっていたし、その覚悟もできていた。

 

「俺は信じる」

倫道がそう言って微笑んだ。

 

「えっ?」

獪岳は顔を上げ、意外そうにまじまじと倫道を見つめた。

 

「私も信じる。……貴方は今日、私たちに罵倒され責められるのを覚悟で、それでも報告に来てくれた。もし本当に佳成を囮にして逃げたのなら、貴方はここには来られないでしょう?」

斗和が目に涙を溜めて弱々しく微笑み、語りかけた。

 

「俺を信じてくれるのか……。俺は自分だけ逃げて来たのに……」

獪岳が顔を歪める。

 

「信じるさ。佳成は本当に良いヤツだった。その佳成が命を懸けてお前を助けた。なら、そのお前を俺たちが信じてやらなくてどうする?」

倫道の言葉に獪岳は押し黙り、涙を流した。後悔と懺悔の涙、そして自分の無力さへの悔し涙。

 

「貴方にとっては、それだけ重いことなんだよね?」

斗和が獪岳にまた声をかけた。

 

 生き延びられて良かった。以前の獪岳ならそうとしか思わなかったかもしれない。だが今は、違う。

 

「生きてさえいれば……。命さえあれば、いつかは勝ってやる、今どんなに惨めでも、地べたを這いずり、泥水をすすってでも、いつかは必ず......!死ぬまでは負けじゃねえんだって信じて生きてきた……。でも、あの鬼には通用しねえ、そう分かっちまった。だが佳成は、こんな俺を逃がそうとして……。俺はまた、他人を犠牲に……!」

 

 知っている。斗和と倫道は獪岳がしてきたこと、するはずのことを知っている。斗和と倫道は獪岳の独白をただ黙って聞いていた。

「俺はガキの頃、自分が助かりたいために、一緒に住んでた人を鬼に喰わせたんだ……。生きるためだった。それから、街で盗みやなんかしながら何とか命を繋いでたら、桑島先生に拾われて……。真面目に稽古したよ。変わろうと思って必死にやった。でもダメだった。先生に教わった雷の呼吸も、俺は壱ノ型ができねぇんだよ! 基本にして全て、その壱ノ型が!鬼殺隊に入って、佳成と知り合って、何だか気が合って。親友だと思ってた。俺がそう思ってるだけかと思ったけど、佳成は俺のために命を……!あいつはいつも励ましてくれて、どうせなら柱目指そうって……。俺は変われるかもしれない、そう思ったのに」

 

「良いよ、全て吐き出して。今日は佳成の代わりに私たちが貴方の思いを聞きます。佳成は貴方の事を本当の弟みたいに思ってた。だから、貴方の思いを聞いてあげることが佳成へのせめてもの手向けだから」

斗和も涙を流しながら優しく声をかける。

 

「佳成は、よく一緒に稽古してくれた。任務の話をすると、良くやったなって、こんな俺でも褒めてくれた。鬼を倒した、人を護ったなって。それを、俺は」

獪岳は言葉に詰まったが、涙を拭いてなんとか語り続けた。

 

「土柱、あんたのことも佳成から聞いてた。強くなるために自分から押しかけて弟子にしてもらってるって。佳成はますます強くなってた。佳成が……羨ましかった」

堰を切ったように、獪岳はその思いを語り続けた。

 

「俺も逃げねえで一緒に戦えば良かったんだ。あの場所に踏ん張って、死ぬ気で戦えば!実力差はどうしようもねえが、気持ちの強さがあれば……!」

獪岳は声を絞り出した。

 

「話の途中で悪いが、気持ちの強さで勝負は決まらない」

「!」

倫道の厳しい言葉に獪岳は顔を上げ、倫道を睨んだ。

 

「倫道君、そんな言い方」

斗和が眉をひそめる。

 

「獪岳、良く覚えておけ。勝負を決めるのは戦術、戦略、単純で明白な実力だ」

倫道は冷ややかに言い放って、そして表情を緩めた。

「それに、気持ちの強さで勝負が決まるんだったら、負けた方の気持ちはショボかったのかって話になるだろう?なら、上弦に挑んだお前たちの気持ちはショボかったのか?――少なくとも俺は、そうは思わない」

 

獪岳はまた項垂れた。

「お前はこれからどうしたい?どうなりたいんだ?」

倫道が獪岳に問いかける。

 

「俺は強くなりたい。今度こそ自分を変える……。佳成の仇を討つ」

少しの沈黙の後、獪岳ははっきりと答えた。

 

「強くなりたいなら、桑島さんのところでまた修行し直せばいい」

倫道が言うと、

「でも……先生はアイツの方を可愛がっていて、俺のことは見てくれない」

獪岳は涙を溜めた目で倫道を見て、歯切れ悪く言い淀む。

 

「それは違うと思うが?お前は自分で言っただろう。雷の呼吸、その基本にして全ては壱ノ型だって。それが使えないヤツにその先を教えるか?いつまでも見限らず手元に置いておくか?お前が真面目に稽古しているのを、桑島さんが見ていないはずがないだろう?桑島さんがどれほどの情熱をもってお前を育てたか分からないのか?」

倫道は思わず獪岳に問いかけた。原作では、桑島は獪岳と善逸、二人で足りないところを補いながら、共に雷の呼吸を継承して欲しいと考えていたらしい、鬼滅オタクの倫道はそんなことも知っている。

 

「お前がしたことは消えない。しかし、助けられた人がお前に感謝する気持ちもまた消えない。もし過去を悔い、命を懸けて助けてくれた佳成の気持ちに応えたいと思うなら。過去に引き戻してやることはできないが、力を貸すことはできる。お前は伸びるはずだ。もう一度死ぬ気で修行し直す気はあるか?ただし、今度の修行は桑島さんのように甘くはない」

 

「俺は……」

顔を上げた獪岳はじっと倫道を見つめ、その言葉を反芻し逡巡していた。

 

「やるのかやらないのかっ?!!返事をしろ!!!」

倫道は怒鳴った。獪岳は圧倒され、思わず体を硬直させた。

 

「俺は今度こそ……!やってやるよ!」

獪岳は覚悟を決めた。いずれにせよ強くならなければ死ぬ確率が上がるだけだ。

 

「その返事、待ってたぜ。よし、分かった!今日はお前を導いてくれる人を呼んである」

倫道も思い通りの展開に満足げに頷く。

 

「えっ?導いてくれる人?」

あんたじゃないのか、予想外の倫道の言葉に獪岳は面食らった。

 

「すみません、お待たせしました」

倫道はふすまを開け、隣室に声をかけた。

 

「ったく、待たせやがって」

倫道に呼ばれてのっそりと窮屈そうに入って来たのは、六尺を優に超える上背、完璧なまでにビルドアップされた肉体、役者のように整った顔を持つ男だった。男の切れ長な目が値踏みをするように獪岳を一瞥した。

 

「水原さん、あんたが鍛えてくれるんじゃないのかよ!!」

獪岳は男の威圧感に思わず後退り、倫道に助けを求めるように慌ててそう叫んだ。

 

「力を貸すとは言ったが、俺が教えるとは一言も言ってない。獪岳、こちらは――」

倫道は男に頭を下げ、獪岳にも挨拶を促した。倫道が獪岳に男を紹介しようとすると、男は遮って自ら話しかけた。

 

「俺に弟子入りしたいってのはお前か?俺は音柱の宇髄天元様だ。まあ、みっちりと鍛えてド派手に強くしてやるぜ」

現れたのは、音柱・宇髄天元。宇髄の音の呼吸は、雷の呼吸から派生したものだ。それに、何となくだが宇髄と獪岳は合うのではないか、倫道はそう思っていた。

 

「お、音柱?!話が違うぞ!」

獪岳はたじろぐが、

「今更びびってんじゃねえ、地味な野郎だな。強くなりたかったら耐えろ。強くなって仲間の仇を取るんじゃねえのか?それがお前の贖罪なんだろ?」

宇髄がじろりと獪岳を見据える。

 

「お前、何で鬼殺隊に入った?来ねえならまあいい、このまま一般隊員としてぐだぐだと適当に任務を続けりゃいい。結局お前は他人に守られて逃げる事しかできねえ地味なヤツだ」

宇髄が嘲るように言い放つ。ぴたりと獪岳の動きが止まった。

 

「勘違いすんなよ。お前を怒らせてこの話を受けるように仕向けるなんざ、俺はそんなに暇じゃねえしお人好しでもねえ。逃げたきゃ勝手に逃げろ。だが強くなりてえなら手を貸してやる。兄弟みたいに慕ってたヤツのためなら尚更だ。逃げ出すためにここまで来たんじゃないだろ?」

 

(予想通り聞こえてましたか。まあそのつもりで隣の部屋にいてもらったんですが。でも宇髄さん、貴方も十分お人好しでしょ)

倫道の計算通り、斗和たちの会話は隣室の宇髄には筒抜けだった。倫道は聞いていて可笑しくもあり、宇髄の思いも理解して胸が熱くなった。獪岳の独白は、軽蔑されてもおかしくない内容だった。だが宇髄はそれを聞いた上で、弟子にしてやろうと言ってくれているのだ。忍であった頃、知らなかったとはいえ兄弟を殺した凄惨な過去とも関係があるのかもしれない。そして何より情に厚い男だった。

 

「俺は……もう逃げねえ!やってやるよ!」

 

「ほう、良く言ったな。んじゃあ今日からお前は俺の弟子だ。ついて来い!……芋娘、水原、こいつは預かっていくぜ」(※作者注 宇髄さんは斗和さんを”芋娘”と呼んでいます)

「い、今からかよ……あっ!」

 

宇髄は斗和の家を飛び出して、あっという間にその姿が遠のいていく。獪岳は既に後悔している様子だったが、そうしている間にも宇髄はその俊足でどんどん離れていく。

 

「くそっ、嵌めやがったな!ヤケクソだ、やってやるよチクショー!」

獪岳は捨てゼリフを残して去って行った。こうして獪岳は宇髄の弟子として修行することになった。

 面白いように倫道の術中に陥る獪岳の姿に斗和は大笑いしていたが、やがて目頭を押さえ、笑うふりをしながら泣いた。

 

(おめでとう、獪岳。今日はお前の再誕の日だな)

倫道もそんな斗和の様子には気付かないふりで、走り去っていく獪岳に心の中でエールを送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

(見れば上背もあり、良く練られた身体だ……。私に向かってくる胆力もある……。自分を盾にして仲間を逃がす判断も、素早く的確だった。粗削りだが伸び代は大きい。このまま殺すには惜しい……。この男、鬼にしてみたいものだ) 

黒死牟は逃げた男には見向きもせず、仲間を庇って倒れた大柄な男をじっと見た。

 

(上弦となれるやもしれぬ素体を見つけました。……無惨様、何卒あなた様の血をお分けください)

そして息絶える直前の佳成に歩み寄り、そう念じた。

 

(師範……すみません、俺は、もう……。夏世……もう一度……会いたかった……)

佳成は自分が死んで行くのが分かっていた。しかし近づいて来た鬼は、止めを刺すでもなく、喰らうでもなく自分をじっと見つめている。佳成は不思議に思った。

 

「人を捨て……鬼とならぬか……」

黒死牟は佳成に問いかけた。

 

「俺は鬼にはならない」

佳成はそう答えるのが精一杯だった。

 

「お前は……さらなる強さが欲しくはないか……?人間など遥かに凌駕する……強さが」

黒死牟は、佳成の心の奥底にある陰を見透かしたように、さらに問い掛ける。

 

「強さ……だと?」

そう言うのが精一杯だった。佳成の命は尽きようとしていたが、その目は一瞬だけ見開かれた。

 

 黒死牟は指で佳成の喉を刺し、無惨の血を流し込んだ。佳成は意識を失いかけながらも、胃の腑へ何かを流し込まれるのが分かった。既に痛みも恐怖も感じなかった。

 

 佳成の目が光を失ったように見えたその時。その目がこれ以上ないほどに大きく見開かれた。

「ぐぐっ……ううう……うおおおお!!!」

佳成は、腹の中に熱湯でも流し込まれたような熱さを感じた。熱さは急速に頭の中まで這い上り、全身へと及んでいった。

(何だこれは!熱い、体が熱い……死な……ない?体中の血が沸騰したようだ!俺は鬼に……なる……のか。鬼など……絶対になってたまるか……!)

 

 その時、どこからか声がした。

 

 鬼になれば、俺は強くなれる。今よりもっと強く。

 

 倫道に本気で挑んだあの日から、佳成の心がスッキリと晴れることはなかった。

 

(俺はこの人に追いつけるのか?いや、近づくことができるのか?)

身をもって知った、あまりに大きな力の差。あの時生じた思いは常に佳成の心に影を落とし、佳成を苦しめ、いつしか呪縛のように佳成の心を支配していた。

 

(強くならなければならない。誰かに言われたんだ)

強くなれ。生き残るには、誰かを護るには、強くなるしか道はない。確かにそう言われた。誰に言われたのか、もう思い出せない。誰を護りたかったのか、それすら思い出すことはできなかった。

 

 佳成は苦しみ、一時はっきりした意識は何かに侵食され、再び混濁し始めた。

 

(俺は、どう……なる?……堕ちル……あア、俺ハ……ダレダ……オレハ……ナン……ダ…………)

 

 佳成の意識は黒い波動に飲み込まれ、深い闇へと堕ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 それから一ヶ月が経過した。

無限城で、黒死牟とともに無惨の前に平伏する一体の鬼。

 

「お前が黒死牟自らが引き入れた者か。良かろう、お前は今日より虎狼(ころう)と名乗るが良い。人間を喰らい、強くなり、そして私の役に立て」

無惨の射抜くような視線を受けながら顔を上げたのは、鬼となった館坂佳成であった。

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