土の呼吸 捌ノ型・土嚢城壁(どのうじょうへき)…【野良着の隊士】オリジナル技。
その日、蝶屋敷の門の付近は騒がしかった。
「じゃあ、一緒に来ていただこうかね」
三人の若手隊士の気負った様子に、音柱・宇髄天元はニヤリと笑う。
日本一の花街・吉原。その中に、強力な鬼が潜伏している可能性が浮上した。内偵を続けていた宇髄は、潜入させた三人の嫁からの定期連絡が途絶えたため自身でも乗り込もうとしており、任務に必要な女性隊士を蝶屋敷から強引に連れて行こうとした。だが炭治郎、善逸、伊之助の三人が代わりに行くということになり、ひとまず騒ぎが収まりかけたところだった。
斗和と倫道は別々の用事で蝶屋敷を訪れていたが、騒ぎを聞きつけてやって来て顔を合わせ、初めてお互いが来ていることに気付いたのだった。原作を知っている斗和と倫道は、吉原に出発するあの場面か!と頷き合った。
「おう久しいな、芋柱じゃねえか!」
斗和に気付いた宇髄が怪しげな笑みを浮かべ、声をかけてきた。宇髄は斗和と同期であり、以前から斗和を”芋娘”と呼んでいた。斗和が柱になってからは「芋娘が柱になったら芋柱だな」と出世魚のように呼び名が変化していた。
(また芋柱って言ったな!派手柱め!)
斗和はムッとしたが、宇髄の失礼な発言は続く。
「ところでお前、暇か?」
「ひ、暇じゃありません!まあ明けで今日は任務の予定はありませんけど」
失礼な物言いに斗和は憤慨するが、それ以上に炭治郎たち主人公組の前で芋柱と呼ばれて恥ずかしかった。倫道は、宇髄が斗和のことを”芋柱”と茶化して呼び、生真面目な斗和がムキになって言い返すユーモラスな場面が好きだったが、実際に目の前で見る”芋柱呼び”が面白くて懸命に笑いを堪えていた。
宇髄は返答を聞いてニヤリと笑う。
「そうか、それならお前もこれから一緒に来い。ちょっと特別な場所の任務でな、こいつらだけじゃどうにも心許ないが、女のお前ならまあ何とかなるだろ」
(私を遊郭に潜入させようって魂胆なの?いや待て、それより“まあ何とかなる“ってどういう意味よ?!)
宇髄の任務の内容は誰も知らないし、それが遊郭に潜入することだとは、宇髄はこの段階では一言も言っていない。原作知識が邪魔をして、迂闊に口を開けば疑念を持たれる恐れがあり、斗和は上手く言い返せない。
「場所は吉原・遊郭。お前みたいな芋娘には似つかわしくない場所だ。何するところかも知らねえだろうが、来てもらうぜ」
(重ね重ね失礼な!何するところかぐらいは、私だって、その)
斗和は少し頬を赤らめながら宇髄を睨む。
「宇髄さん、蓬萊さんはダメですよ」
斗和が潜入に連れて行かれそうになり、倫道が斗和に助け船を出した。
(斗和さんをそんないかがわしい場所に連れて行くなんてとんでもない!)
倫道は耀哉から密かに与えられている”自由に動いて良い権限”を使い、斗和に潜入をさせないように、代わりに自分が帯同しようと考えていた。
「蓬萊さんをそんな場所に連れて行っちゃだめです!炭治郎君たちで頼りなければ俺も行きます」
原作でアオイたちを庇う炭治郎ばりに、倫道が斗和を庇う。
(倫道君ありがとう!共闘は良いけど、遊郭潜入はさすがにちょっとね)
斗和は倫道の助け船を心強く思い、倫道と二人なら宇髄に対抗できると考えて元気になった。
(水原も来るならそれはそれで好都合だが、やはり本物の女がいたほうが良いんだが……。いや、譜面が完成したぜ)
宇髄は良いアイディアを思いついてまたニヤリと笑う。
「水原、まあそう言うな。ちょっと来いよ」
「ダメですよ!」
倫道は、ムン!と口を強く結び、抗議の意思表示をしている。宇髄は倫道の肩に手を回し、斗和に聞こえないようにコソコソと良からぬことを耳打ちする。
「蓬萊には確かに郭の内部に潜入してもらうが、客を取れってわけじゃねえ、芸妓だって構わねえ。もしかしたら色っぽい姿が見られるかもしれねえぞ。普段の田舎者丸出しの野暮ったい野良着姿じゃなくてよ」
「えっ?」
次の瞬間、倫道は真顔で斗和に向き直った。
「斗和さん、これは重要な任務だ。これ以上の犠牲を出さないように宇髄さんに協力して、俺たちみんなで遊郭に巣食う鬼を倒そう!」
曇りなき眼で斗和に潜入への協力を促す倫道。
(もう!何やってんのよ倫道君?!簡単に丸め込まれてるじゃないのよ!)
助け船はあえなく撃沈し、先程と真逆のことを言い出すチョロいこの男に斗和は舌打ちする。
「まあそう言う訳だ、すぐに出立……」
してやったりと宇髄が笑みを浮かべた。
「緊急任務!遠方デ緊急任務ダ!急ゲ!」
危うく遊郭に連れて行かれそうになる斗和だったが、斗和の鎹カラス、令和が飛んで来て緊急の任務の発生を告げ、すぐに出立するように急かしたため斗和の最初からの帯同は無くなってしまった。
「あの、水原さん、ちょっと」
そこに、しのぶが顔を出して倫道を呼んだ。
「ハ、ハイぃ!!」
しのぶの声だとすぐに分かり、ビシッと直立不動になる倫道。
「おい、こいつは今から任務を」
宇髄は言いかけたが、
「水原さん、研究室へ行ってください。すみません宇髄さん、こちらもお館様に関わる重大な任務なんです。それから、姉と私の許可無くあまり勝手なことをしないで下さいね」
しのぶは先程の女性隊士の連れ去りに釘を刺し、さらにさりげなく倫道の案件が超重大任務であることをちらつかせて宇髄を引き下がらせた。倫道はしのぶに指示され、血相を変えてバタバタと屋敷へ入っていった。
「……」
「……」
お互いに顔を見合わせる宇髄と炭治郎たち三人。騒ぎが収まってみれば、現場に残ったのは宇髄と炭治郎、善逸、伊之助の原作通りの面々だった。
宇髄はため息をつき、気を取り直して宣言する。
「仕方ねえ、このメンツで行くか。いいかお前ら!俺の言うことには絶対服従だ、忘れるなよ。付いて来い」
そう言って炭治郎たちを置き去りにして走り去ってしまった。主人公三人は慌てて後を追って駆け出し、遊郭編が開始された。
カラスの令和は、特に急ぐでも無く斗和の自宅の方角に悠々と飛んで行く。
「任務は?今度はどこで?」
斗和は走りながらカラスの令和に尋ねたが、令和は驚くべきことを口にする。
「嘘モ方便!ホーベン!」
「令和、私を助けてくれたの?」
斗和は令和の機転に感心することしきりであった。斗和は、ここぞとばかりに令和に頼んでみた。
「令和、一度で良いから、私の頭の上に乗ってごはんを、あっ!」
「……」
嫌な予感を覚えた令和はすぐに飛び去ってしまい、斗和はポツンと取り残された。
辛うじて倒壊を免れた郭の建物の一室。炭治郎は、鬼化が進んだ禰豆子を羽交い締めにして懸命に押さえていた。
室内には逃げ遅れた人が数人いたが、禰豆子との戦闘で大ダメージを負い、顔の表皮が半分溶けたままの堕姫がそこに現れた。
(まずい、禰豆子を押さえ切れないのに、鬼がまた……!逃げ遅れた人を護らないと、でも禰豆子を放して人に襲い掛かってしまったら?……どうすれば?!)
堕姫は炭治郎と禰豆子をまとめて殺そうと帯攻撃を仕掛けた。
大気の揺らぎも見せず、風を切る刃の音。
堕姫の帯は残らず斬られてはらはらと床に散り、炭治郎と堕姫の間にいつの間にか宇髄が立っていた。
「お館様の前で大見得切っておいて、何だこの体たらくは!」
宇髄は堕姫に背を向け、しゃがみ込んで禰豆子を確認すると炭治郎を怒鳴った。
「柱ね。そっちから来たの?探す手間が省け――」
堕姫が宇髄の背中に言いかけるが、
「うるせえな、俺が探してるのはお前みたいな雑魚じゃねえ。お前はもうクソして寝ろ。二度と起きるんじゃねえぞ」
宇髄は声の方に振り返ることもなく、そっけなく言い返した。
「……へ?」
ごろっ、と堕姫の頸が落ちた。己が頸を落とされたことが信じられない、呆けたような表情を浮かべたままの自分の頸を持ち、堕姫はガクンと両膝を突いた。
(斬った!上弦の頸を!)
炭治郎は急展開に驚愕するが、
「まだ終わっちゃいねえ。本物の上弦がいるはずだからな……。それより妹を何とかしろ!戦場にガキはいらねえ、子守唄でも歌って寝かしつけてやれ」
宇髄の落ち着いた様子に炭治郎も冷静さを取り戻し、禰豆子と一緒に建物から離脱した。
炭治郎は幼い頃に母が歌ってくれた子守唄を歌ってやると、激しく暴れていた禰豆子は大人しくなり、やがて寝付いた。
頸を落とされた堕姫に背を向け、宇髄は真の敵を探すためその場を去ろうとした。
「うわああん!頸斬られちゃったよぉ!悔しい!お兄ちゃん!」
あっさりと頸を斬られ、まるで童女のように堕姫が泣き喚く。悪魔の笑みで炭治郎を追い込んでいた先ほどと全く違っていた。
宇髄が総毛立つ程の殺気をまき散らし、気だるそうに堕姫の背中から妓夫太郎が現れた。
(こいつの戦闘力は女の鬼の比じゃねえ!こいつが本物の上弦ノ陸か!)
堕姫に対して興味を失いかけていた宇髄は、鎖で連結した二本の大刀を構え直して警戒度を跳ね上げた。
宇髄の初太刀を難なく躱して、妓夫太郎は泣き喚く堕姫の頸を再び繋げ、子供をあやすように頭を撫でてやっていた。妓夫太郎はゆらりと立ち上って振り向くと、濁った眼で宇髄を睨んだ。
「ここは遊郭、俺は妓夫……。妓夫太郎だからなぁ。妹をいじめたヤツらからはきっちり取り立てるぜ、その命でもってなぁ!お前ら皆殺しだ!!」
堕姫を肩に乗せた妓夫太郎と宇髄が、猛スピードの斬り合いを開始した。
炭治郎との戦闘で堕姫が広範囲攻撃を仕掛け、十軒以上の店が一瞬で潰されていた。建物の倒壊とともに電線がショートして同時多発的に火事が発生、次々に延焼し、吉原の街の広範囲に急速に被害が拡大していった。宇髄の嫁たちが避難誘導に当たり、懸命に人々を逃がしていた。
炎が夜の闇を照らし、その明かりに宇髄と妓夫太郎の刃が閃く。双方に傷が増えるが、妓夫太郎は息も乱さずその傷をすぐに塞ぐのに対し、宇髄は血鎌の毒に侵され次第に息を荒くしていた。
そこに、ようやく善逸と伊之助が合流、禰豆子を退避させた炭治郎も戻って来た。
宇髄は二体の鬼の頸を同時に斬れば倒せることを看破し、炭治郎たちにも伝えるが、それが困難を極めることも理解していた。
「こっちの蚯蚓女は俺と寝ぼけ丸に任せろ!」
伊之助は善逸とともに堕姫を相手に屋根の上で戦闘を開始、地上では炭治郎が宇髄に加勢し、妓夫太郎との激しい戦闘を開始した。
善逸と伊之助のコンビネーションに堕姫がやや押されたと思いきや、堕姫の額に第三の眼が現れた。堕姫をコントロールしつつその視覚情報を共有し、戦況を分析するため妓夫太郎が左眼とその能力の一部を堕姫に移したのだ。これにより堕姫はまた一段階スピードアップし、善逸と伊之助は近づくことすら困難になった。
地上では、まだ動きにそれほど影響は見られないが、全身に毒が回るのを感じて宇髄は焦りを覚えていた。実力差のある炭治郎とのコンビネーションも上手く機能しておらず、妓夫太郎に押され始めていた。
この時、火災は吉原の街のほぼ全域に及び、既に大規模火災の様相を呈していた。
周囲は至る所で大きな炎が赤々と燃え盛っていた。見上げれば大火災の熱で上昇気流が発生し、中天にかかる月までもが禍々しく赤く揺らめき、戦場はまさに地獄のような様相を呈していた。
血鎌を携えた両腕をだらりと下げ、背中を丸めて立つ妓夫太郎はニタリと笑う。宇髄と炭治郎の目に移るその不気味な姿は、地獄の業火に佇む獄卒の如し。
しかし、この戦場に光が射した。まず一人、鬼殺隊に強力な増援が現れた。
(この足音は!)
宇髄は駆けつけた仲間の足音を聞いた。
(この”匂い”は!)
火事による強烈な臭いのなか、炭治郎もわずかな匂いを捉え、増援が来たことに気付く。妓夫太郎に斬りかかっていた二人は同時に身を躱した。
「うおりゃああああ!!」
裂帛の気合いとともに振り下ろされたのは、鍬(クワ)のような特殊日輪刀。妓夫太郎は咄嗟に血鎌で受けたが、高威力の斬撃を受け止めきれずに鎌が砕かれ、鎌を持った腕と肩までごっそりと抉り取られ、後退して広く間合いを取った。
「芋娘!助かるぜ!」
宇髄が叫ぶ。
「いも……土柱の蓬萊さん!」
炭治郎も心強い増援に顔を綻ばせる。以前浅草で共闘し、柱合裁判の時も助けられており、炭治郎にとっては頼もしい先輩だ。
(受けた腕ごと持ってかれんのかよ!……そうか、この女も柱か!それにしても何てえ馬鹿力だ、鬼かこいつは!)
顔には出さないが、妓夫太郎は斗和の斬撃の威力に舌を巻く。
「女ぁ、大した力だなあ。だが力だけじゃあ、俺の頸には届かねえんだよなぁ」
余裕だと言わんばかりに言い放つが、妓夫太郎は心中穏やかでなかった。大きく抉られた上半身はすぐに再生したが、切れ味鋭い宇髄とはまた違った強力な斗和の技に、妓夫太郎は警戒を強めていた。
「あ、届いてなかったですか?でも斬れてますよ、頸のところ」
それを聞いた斗和が妓夫太郎の頸を指差す。
(何だと!)
妓夫太郎は驚いた。躱したはずであったが、触ってみると頸には確かに切れ目が入り、血が噴き出していた。
「次は一撃で頭を潰しますね!」
斗和は妓夫太郎に向かってにっこりと笑いかけ、ビョウッ!と鋭い風切り音とともに刀を一閃して見せた。
(芋娘、お前いつからそんなに別嬪になった?今のお前なら嫁にしてやっても……。そういや不死川と付き合ってんだっけ?)
歴戦の強者の雰囲気を纏う斗和の横顔は、炎に照らされてほのかな色香も漂わせていた。宇髄は久しぶりに共闘する斗和を見ながら、自分と対等の柱として、そして女としても意識せざるを得なかった。
「まきをさん!芋柱様が助けに!」
この様子を陰から見ていた宇髄の嫁の一人、須磨は笑顔で叫ぶ。
「須磨ァ!失礼なこと言うんじゃないよ!あのかたは、芋……、じゃない、土柱様だよ!」
同じく宇髄の嫁、まきをも須磨を怒鳴りながら嬉しさを隠し切れずにいた。
戦場のあちこちで「芋」、「芋」と囁かれ斗和は面白くなかったが、取り敢えず目の前の敵に注意を向けた。
「みなさん!一緒に生きて帰りましょう!……でも一つだけ言っときますけど」
斗和は気迫をみなぎらせて再び構える。
「私は!芋柱じゃなあああい!!」
斗和が大きく刀を振りかぶって一撃を叩きつけると見せかけ、グンと前に踏み込んだ。
土の呼吸 漆ノ型・霜柱 氷結烈糸(ひょうけつれっし)!
斗和が踏み込みざまに二撃目を放つ。霜柱のように縦に切り裂き、突きも交えた連続技だ。妓夫太郎はまともに武器で受けずに大きく回避した。
「炭治郎君はあっちに加勢して!こっちは宇髄さんと私が倒すから!」
「はい!蓬萊さん!」
すぐに屋根の上へと跳躍しようとする炭治郎。
「炭治郎君!頸斬っても油断しちゃだめだよ!」
斗和は妓夫太郎から視線を外すことなく炭治郎にさり気なく声をかける。
「分かりました!」
炭治郎は元気良く返事をして屋根に上がり、堕姫との戦闘に加わった。
屋根の上では堕姫と炭治郎、善逸、伊之助が戦う。スピードに慣れてきた三人は攻撃をもらうことは無くなったが、なかなか近づけず、頸を狙うチャンスが見出せなかった。
「これじゃ近づけねえ!どうすんだ!」
伊之助が焦りを含んだ声で叫ぶ。
三人とも堕姫の帯攻撃を躱すのが精いっぱいであったが、宇髄と斗和は徐々に妓夫太郎を追い込み、妓夫太郎は血鎌で堕姫の援護をする余裕はなくなった。宇髄の連続攻撃に斗和の重い一撃が織り込まれ、連携攻撃が鋭さを増す。
(こいつら、もう連携が取れてきやがったなあ。ちっとでも気を抜いて受け損なえば腕ごと吹っ飛ばされて、その隙に頸を斬られる。ひりひりするなあ、面白えなあ!いっそ左眼戻すか?いや、上のガキども殺してから二人でこいつらをやるか)
嵐のような連撃を捌きながら妓夫太郎はほんの少し迷ったが、堕姫に左眼を貸したまま戦闘を続けることを選択した。
斗和から遅れること数分。
一人の隊士が現着し、苦々しい思いで物陰から状況を確認していた。
(あの技、霹靂一閃……!聞いてねえぞ、アイツがいるなんて。まさか一緒に戦う破目になるとは……。それに相手はやっぱり上弦じゃねえかよ!こっちは任務の後だってのに。人使い荒過ぎだろ)
宇髄に呼ばれ、自分の任務が終わって早々に駆けつけて来たその隊士は、忌々し気に舌打ちした。
(仕方ねえな……。いくか!)
この膠着状態を打開するべく、この隊士は二人目の増援として屋根の上の戦いに割って入った。
「さっきの威勢はどうしたのさ!あたしの頸を斬れるもんなら斬ってみなさいよ!」
炭治郎が加わっても堕姫は三人の接近を容易に許さない。炭治郎も焦りを募らせていた。
雷の呼吸 肆ノ型・遠雷 重爆!
宇髄の物ではない火薬玉が連続して爆ぜる。ドンドンと腹の底から揺さぶられるような重い爆発音と強烈な閃光に堕姫も一瞬顔を背ける。その隙を見逃さず、遠距離から一気に間合いを詰め、炭治郎たちとは別方向から雷の斬撃が堕姫に迫った。必殺の一撃ではない。数十の、嵐のような連続攻撃。
(来やがったか、遅いぜまったく)
戦いの中、宇髄は隊士の到着を確認して密かにほくそ笑む。
(この”音”は!)
耳を塞いでいた善逸は、爆発が止んである人物の音を聞き、耳を疑う。
「獪岳!」
半覚醒状態であっても忘れるはずがない。いつかは共に戦いたいと思っていた。決して良くは思われていないと分かっていたが、それでも善逸にとっては特別な存在だった。
「善逸!……何だお前、その頓珍漢な格好は!」
獪岳は善逸の女装を見て、ついにおかしくなったかと疑ったが、先程の霹靂一閃の技の切れを見る限りその心配は無さそうだった。
「これには事情があんの!それより手伝ってくれ!二体とも頸を斬らなきゃいけないんだ!」
「仕方ねえ、宇髄さんの命令だから今回は協力してやる!ありがたく思え!」
宇髄の弟子として修行していた獪岳が参戦した。
(昔と音が少し違う?)
あの獪岳が助けに来た。嫌な思い出もあった。戸惑いも覚えたが、獪岳の確かな変化を音で感じ取った善逸は、共に戦えることを嬉しく思った。
獪岳の武器は、以前のオーソドックスな日本刀から、両刃の直刀の双剣になっていた。獪岳はその双剣で、剣風を巻き起こしながら堕姫の帯攻撃を弾く。踏み込みの瞬間のスピードこそ善逸に劣るが、刀を振る、体捌きなど体を動かすスピードは大変優れていると宇髄が見抜き、手数の多い双剣を勧めたのだ。もちろん、レベルアップのために体作りから徹底的にやり直させたのは言うまでもない。だが獪岳は、文句を言いながらもその猛稽古に耐えた。
「お前も二刀流かよ!混ぜてやってもいいぜ!」
一目で手練れと分かる新たな味方の出現に、伊之助も軽口を叩く。
「さっさと終わらせるぞ!宇髄さんが危ねえ!」
宇髄が毒を食らっているらしいことはちらりと見て分かっており、獪岳は焦っていた。
「頸が柔らかいんだ!相当な速度か、複数の方向から斬らないとダメだ!」
炭治郎が他の三人に指示を出す。
「そんなら二刀流の俺が……あっ、お前!先に行くんじゃねえよ!」
俺が行く、という伊之助のセリフよりも迅く。
「斬ってやるぜ。……その相当な速度でな!」
獪岳がうそぶきながら堕姫に向かって駆け出していた。
「炭治郎!俺たちは兄貴と伊之助の援護だ!」
善逸は思わず口走ってハッとなったが、
「分かった!」
兄貴って誰だ?一瞬そう思いつつ、あの新手の剣士は善逸の兄貴なのかと思い直し、炭治郎は真面目に返事をする。善逸の霹靂一閃と炭治郎の流流舞いで帯が弾かれ、獪岳と伊之助は競い合うように猛ダッシュで堕姫に迫る。
獣の呼吸 陸ノ牙 乱杭咬み!
先に到達したのは伊之助。獪岳は先に駆け出したが、伊之助に迫る帯の一撃を弾き返して防御したため一歩出遅れたのだ。
堕姫の頸に、伊之助の二刀が左右から挟み込むようにガッと食い込んだ。
「このガキいいい!」
堕姫は悲鳴のような叫び声を上げ、頸を帯に変えて受け流そうとするが、伊之助は鋸で挽くようにその頸を斬り落としにかかる。
雷の呼吸 弐ノ型・稲魂 十連!
獪岳が体を捻り、独楽のようにスピンしながら連撃を繰り出した。伊之助がチェーンソーなら獪岳は刃が回転する電動ノコギリと例えられるかもしれない。本来五連撃の技だが獪岳の両手の双剣は単純に二倍の手数となる。横一文字の連続した斬撃はブレることなく同一の軌道を描き、堕姫の頸を刎ねた。
「先に斬りやがって!覚えとけよてめえ!おい、頸持って逃げるぞ!」
伊之助が堕姫の頸を持って走り出すと、頸の無い堕姫の体が伊之助を追いかけ始めた。伊之助と獪岳は二人で走り、追いつかれそうになると頸をパスし合い、いつの間にか息の合ったフォーメーションで奪還を許さない。
「やった!兄……獪岳!」
あれなら逃げ切れるだろう、善逸と炭治郎はホッとしながら、今度は妓夫太郎と戦う宇髄と斗和の様子を見た。
「譜面が完成した!勝ちにいくぞ!主旋律は俺が奏でる!芋!お前は合いの手を入れろ!」
(い、芋っ?!もう雑!雑すぎ!!せめて芋娘にしなさいよ!)
斗和は宇髄の雑過ぎる扱いに心の中で突っ込み、その怒りを妓夫太郎にぶつけるべく瞬時に攻撃態勢を整える。攻撃のリズムを読み、鎖で繋いだ双刀を旋回させて攻撃と防御を同時に行いつつ、宇髄が妓夫太郎に迫る。斗和は宇髄のリズムに合わせて重い一発を放つ。今や斗和の動きは俊足の宇髄をも凌ぎ、共に妓夫太郎を追い込んでいた。
二人のリズムがかみ合い、妓夫太郎が攻撃のペースを変えても即座に対応され、猛攻からは逃れることができない。このまま討ち取れるかに思えたが、毒を受けている宇髄の動きが次第に鈍り、斗和を護っていたディフェンスも弱まってしまった。
(宇髄さんが毒で弱ってる!……ここで決める!!)
土の呼吸 捌ノ型・土嚢城壁(どのうじょうへき)!
炭治郎と善逸がすぐそこまで来ていた。それを把握した斗和は、強固な壁を出現させた。通常は自分たちと敵の間に壁を作って攻撃を防ぐ技だが、斗和は妓夫太郎を囲むように、その背後に半円形に壁を出現させたのだ。
(何だこりゃあ!)
後方へ跳んで間合いを取ろうとした妓夫太郎の退路が一瞬塞がれた。
「もらった!」
宇髄が二刀の旋回をスピードアップさせて、残る力の全てを使って斬りかかるが、それは防がれる前提だ。つまり、陽動だった。血鎌でそれを受け止めた妓夫太郎だが、
雷の呼吸 壱ノ型・霹靂一閃 神速!
温存していた瞬息の居合で善逸が迫る。
ヒノカミ神楽 碧羅の天!
呼吸を合わせて上空から炭治郎が渾身の技を繰り出した。二人で一つの、本命の一撃。宇髄の奏でる主旋律に斗和が強力な一撃で拍子を取り、最後に炭治郎と善逸が合奏に加わった。それらは見事なハーモニーとなって、ついに百年ぶりの上弦討伐となった。
妓夫太郎の頸が宙に舞い、瓦礫の中へと転がって行った。
妓夫太郎の最後の全力無差別攻撃は人的被害はもたらさなかった。だが、この広範囲攻撃で伊之助と獪岳も避けるのが精一杯で堕姫の頸を手放してしまい、一時的に鬼二人の頸の在処が分からなくなってしまった。
「炭治郎おおお!助けてえええ!起きたら体中痛いよおおお!」
瓦礫の中に善逸の情けない声が響く。
善逸は素晴らしい頭と体の切れで戦っていたが、それは半覚醒状態でのことだった。覚醒していつものヘタレに戻り、善逸は全身の痛みと激しい疲労を訴えた。
「炭治郎おおお!」
「ったく、いい加減にしろカス」
泣き叫ぶ善逸に手が差し出された。必死に炭治郎を呼んでいて、その”音”に気付かなかった。
「あに……獪岳、何でここに」
引っ張り起こしたのは獪岳だった。驚いて思わず泣き止む善逸。獪岳が参戦したのを覚えていない善逸は戸惑った。しかし、以前とは音が少し違っていることに改めて気付いた。
「しっかしお前、何だってそんな頓珍漢な恰好してるんだ?!変な鬼狩りだな」
血糊と汗でどろどろだが、女の子の着物を着て頬紅までつけて女装しているのだ。
「違うよ、これは宇髄さんに無理やり」
それを聞いた獪岳の表情が変わった。
(無理やりってまさか、こいつに女の格好をさせて……。宇髄さん、そんな趣味あったのかよ)
獪岳がドン引きしていると、
「いやっちがっ!違うよ!遊郭に潜入させられたの!この格好で!」
善逸の必死の弁解で獪岳は事情を理解した。
「でも何でここに」
「宇髄さんの命令で仕方なくな。お前がいるって分かってりゃ」
獪岳は少し顔を背けた。
(俺がいたら来なかった、って言いたいのかよ)
獪岳が宇髄の元で修行している、それは善逸も聞いていた。今回は宇髄に呼ばれて偶々来ただけで、お前を助けるためじゃない、そう言いたいのか?善逸は悲しくなり、俯いた。
「……遅くなって悪かったな」
だが獪岳はぶっきらぼうにそう言った。
(えっ?)
はっとを上げた善逸の目に、さっきとはちがう涙が滲んだ。
「お前も大怪我してんだからさっさと治療受けろカス。隠が来てるぞ」
獪岳は善逸の頭を軽く叩き、肩を貸して医療班のところに連れて行った。
炭治郎と禰豆子は確認のために頸を探しに行き、斗和も怪我をしている炭治郎が心配で後を追った。炭治郎は嗅覚を頼りに頸を探し出すと、妓夫太郎の頸の真正面に、向かい合うように堕姫の頸が転がって来ており、原作通り頸だけになった妓夫太郎と堕姫は激しく言い争いをしていた。
「お前が弱いからだろう!俺は柱二人を相手してたんだぞ!」
「柱が何よ!あたしだって四人よ、生意気に強かったのよ!何で血鎌で援護してくれなかったのよ!」
「できるわけねぇだろ!あんな雑魚ども、一人で何とかしやがれ!俺の相手は、お前の頸斬ったあのでかいヤツと、とんでもねえ馬鹿力女だぞ!」
「そっちこそ何とかしなさいよ!強いことしか取り得が無いのに!負けたら何の価値も無いわよぉ!何でアンタなんかと兄妹なのよ!」
妓夫太郎のセリフに、堕姫がヒステリックに泣き喚く。
少しずつ消えながら罵り合う妓夫太郎と堕姫に、炭治郎は胸を痛める。確かにこの鬼たちは大勢の人を殺し、この吉原の街に大きな災厄をもたらした許されざる者たち。だが、この世の中でお互い以外頼る者もない兄妹が死に際に罵り合っているのは、家族思いの炭治郎にとって悲しくて堪らなかった。そして、兄妹で鬼になったこの二人は、一歩間違えれば自分たちがこうなっていたかもしれない姿だった。
「お前が弱いからこうなったんだろうが!今まで俺がどれだけ庇ってやったと思ってる?!お前さえいなけりゃ……!お前なんか生まれて来なきゃ良かっ」
炭治郎は思わず駆け寄り、尚も堕姫を罵る妓夫太郎の口に手を当てた。
「嘘だよ……。全部嘘だ。そんなこと本当は思ってないよ。二人だけの兄妹だから、お互い罵り合っちゃだめだ」
炭治郎は二人の頸の前に座り、静かに話しかけた。
(炭治郎君……)
この光景を見た斗和も胸が痛くなる。妓夫太郎と堕姫の兄妹喧嘩に、故郷に残してきた幼い弟妹達を思い出していた。
「うるさいんだよ!あたしたちに説教すんじゃないわよ!死ねクソガキ!死ね!死ね!うわああああん!」
我に返った堕姫がまた泣き喚く。炭治郎と斗和には、それが駄々をこねる幼い弟妹たちの姿と重なって一層やるせなさが募った。
「私の実家、農家やってるんです」
斗和も堕姫と妓夫太郎の頸に歩み寄り、炭治郎の背後から語りかけた。
「……はあ?」
堕姫が、全く関係のないことを話しを始める斗和を見つめ、泣き止んだ。炭治郎も振り返って斗和を見つめた。
「梅さん、妓夫太郎さん。いつか私たちが人間同士としてまた会えたら、その時は私の実家、手伝いに来てください。一緒に農作業で汗流して、そしたら美味しいご飯と野菜、いっぱい食べさせてあげますから!」
この不幸な兄妹の境遇を知る斗和は優しく声をかけた。堕姫の目から、ボロボロと大粒の涙が再び零れた。
「アンタたち、変な鬼狩りね……バカみたい……」
堕姫は涙を流しながら、それでも何故か穏やかに微笑み、消えていった。
「梅!」
妓夫太郎の頭の中で、不意に記憶の奔流が巻き起こった。人間の時の記憶が一気に蘇り、妹の本当の名が自然に口をついて出た。
「妓夫太郎さん、来世でもやっぱり鬼になりますか?」
斗和が尋ねた。
「あたりまえだ!鬼になったこと、俺はこれっぽっちも後悔してねえ。俺は何度生まれ変わっても必ず鬼になる。幸せそうな他人を許さない、必ず奪って取り立てる妓夫太郎に……!」
戦いが終わってもなお、悔しそうに表情を歪めながら妓夫太郎が言葉を絞り出す。
「つらい思いはもう十分したでしょう?人間に生まれ変わったら、他人から奪う必要がないほど、逆に分けても分けても有り余って困るくらい、貴方たち自身が幸せになればいい」
斗和が優しく語りかけた。
(何を言ってるんだこいつは)
妓夫太郎には、斗和の言っている意味が分からなかった。
幸せになれ。
人間から鬼になり、その命も尽きようとしている今の今まで、自分たちにそんな言葉をかけた者は誰一人としていなかった。人間時代は誰もが自分を蔑み、鬼となってからはひたすら無惨に尽くした。だがその無惨も、役に立ったと褒めてはくれたが「幸せになれ」とは言わなかった。妓夫太郎は驚いて目を見開き、それから呟いた。
「俺たちは上弦、選りすぐりの鬼だ。生まれ変わっても、俺は必ず鬼になって、また上弦へと這い上がってやる。だが……梅だけは……」
妓夫太郎は苦しげに言葉を絞り出し、やがて涙を流した。
「いつか人間になって、会いに来てください。うちはお米も野菜もみんな美味しいんですよ!……人間なんかよりずうっと美味しいですから!必ず……!」
斗和も涙を流して微笑みかける。
「鬼に説教垂れるガキに、農作業手伝えって言う馬鹿力女。全く変な鬼狩りだぜ、お前らは。……行ってやってもいいぜ、梅が行くならなあ。ずっと一緒にいるって約束したからな……。農作業かよ、まあそれも――」
妓夫太郎も最後に薄らと笑い、灰となって崩れていった。
堕姫と妓夫太郎、二人だったモノが光の粒子となり、煙が立ち昇るように夜空へと舞い上がった。
「月の虹……」
斗和がポツリと呟き、その目からまた一筋、涙が零れた。
火事が収まり、月はいつもの白々とした光を取り戻していた。
見上げる斗和と炭治郎には、月の周りに淡く広がって消えた粒子が一瞬、まるで月の虹、月虹(げっこう)のように見えた。それは人の優しさに初めて触れた妓夫太郎と堕姫の、ささやかな感謝だったのかもしれない。
「仲直り、できたんでしょうか」
炭治郎が呟いた。
「人間を鬼にするのは無惨だけど、そこまで追い込むのは人間なんだよね……。ほんの少しの救いがあれば、誰かのほんの少しの優しさがあれば、二人は鬼にならなかったかもしれないのに」
斗和が涙を流しながら呟いた。
(悲しみの匂いだ。鬼にもきっと事情がある。蓬萊さんならその悲しさを分かってくれる。強いだけじゃない、やっぱり優しい人だ)
斗和から深い悲しみの匂いを感じ取り、炭治郎は斗和に対して信頼を寄せていた。
「そうか、上弦を倒したか!良くやった!天元、斗和。獪岳、炭治郎、禰豆子、善逸、伊之助……!」
百余年ぶりの上弦撃破。その知らせは直ちに鬼殺隊本部にもたらされた。報告を受けた産屋敷耀哉は、興奮のあまり布団から上半身を起こした。
「お館様、まだ点滴が残っておりますので」
倫道は耀哉に寄り添い、横になるように促す。しかし耀哉は興奮し、なおも言葉を続けた。
「分かるか、あまね、倫道。これは兆しだ」
原作では咳込んで血を吐いた耀哉だが、この世界では違っていた。布団から出て、畳を踏みしめて力強く一息に立ち上がった。
「この波紋は大きなうねりとなってあの男の元へ届く。あの男の頸を斬る刃となる。鬼舞辻無惨、お前は私たちが、私たちの代で必ず倒す!」
耀哉は静かに拳を握る。腕、顔にあったひどい爛れ(ただれ)は再生した健常な皮膚に押されて少しずつ縮小していた。
「この長い夜が、もうすぐ明けるんだね」
夜空にはまだ月が煌々と輝いていた。だが、光を取り戻しつつある耀哉のその目は、鬼のいない夜明けを既に見据えていた。