土の呼吸 玖ノ型・蚯蚓破裂(みみずばれ)…【野良着の隊士】オリジナル技。
灼白銀(やしろがね)…【野良着の隊士】オリジナルキャラ。斗和の特殊日輪刀を打った刀鍛冶。
積怒、可楽、哀絶の三体の鬼と不死川玄弥による激しい戦闘が続いていた。玄弥は部屋から部屋へ細かく移動し、ふすまや壁など遮蔽物に隠れながら、相打ちが無いという単独戦闘の利点を生かして戦っていた。
「可楽!この建物を吹き飛ばしてしまえ!」
積怒は錫杖での物理攻撃に切り替え、玄弥に打ちかかりながら怒鳴る。
「もとより儂はそのつもりじゃ!」
可楽が団扇を構えた。
それと同時に壁の一部が吹っ飛び、隠と手を繋いで禰豆子が飛び込んで来て、直後に空喜と炭治郎がもつれ合って飛び込んで来た。可楽は思わず攻撃の手を止め、禰豆子はダッシュで炭治郎の傍に駆けつけて寄り添い、戦闘態勢をとった。
「禰豆子!大丈夫か!玄弥はどこだ?!」
炭治郎は無事な禰豆子の姿を確認、一緒にいる隠を見て驚いたが、どうやら禰豆子を助けてくれたと分かり軽く頭を下げた。
「隠は邪魔だ、退避してろ!」
隠の姿を見た玄弥が、部屋の中を獣のように走り回り、飛び回りながら怒鳴った。
(玄弥!良かった、無事で戦ってる!でもあの姿は、まるで……!)
炭治郎は声のする方を見て玄弥の無事を確認した。
今の怒鳴り声は玄弥だ。側面を刈り上げた髪型、隊服に上着の服装も確かに玄弥だが、先程とかなり違っていた。真っ赤な目、牙の生えた口元、盛り上がった首回りの筋肉。暗闇の中でチラリと見えた玄弥の様子は、禰豆子よりもそれらしい、鬼そのものだ。
炭治郎は戸惑うが、今は詳細を確かめている余裕はなかった。炭治郎と禰豆子はすぐに構え、隠は慌てて二階の部屋から逃げようとしたが、炭治郎と禰豆子に向かって可楽の団扇がまさに振り下ろされようとしていた。
「!」
隠は身を翻し、炭治郎と禰豆子を抱えて跳躍。暴風の直撃を躱し、倒壊より一瞬早く建物から飛び出した。
可楽がヤツデの団扇を振り下ろし、建物の内側の空気の圧力が一気に高まった。建物の内部と外部の圧力差で、ゴウッと突風が起きた。壁が内側から吹き飛び、建物は一瞬で倒壊して瓦礫と化した。隠たちは倒壊より一瞬早く逃れ、建物の傍に着地した。
「ありがとうございます!早く逃げ……あれっ?」
炭治郎は隠に礼を言いかけて正体に気付いたが、隠はマスクの口許に人差し指を当て、シーっと言って少し離れた木の陰に退避していった。
「カカカッ!随分と見晴らしが良くなったのう!」
「これでもう逃げ隠れはできぬぞ。これ以上儂を苛々させるな。止めじゃ」
可楽、積怒が口々に言いながら炭治郎たちに迫る。哀絶は無表情に槍を構え、空喜は背中の翼で空中に留まり、ニヤニヤとこの様子を眺めている。
玄弥は懸命に瓦礫から這い出て、近くにいた哀絶と戦闘を開始していた。
炭治郎はすぐに瓦礫の中に立つ四体の鬼に向かって行こうとするが、炭治郎の羽織の裾を摑んで禰豆子がそれを止め、刀を掴んだ。
「どうした禰豆子?刀をどうするんだ?!」
禰豆子は炭治郎の刀の切っ先を握る。掌から血が流れ、その血が刀身を伝っていく。
「禰豆子。止めろ、指が切れる!」
炭治郎は制止したが、禰豆子は十秒程も刀を強く握りしめた。禰豆子の掌から流れた血が刀身全体を染めた、その時。ボッと刀が炎を纏い、赤く燃え上がった。
(禰豆子の血で刀の色が変わった!)
炭治郎は驚きをもって燃える刀を眺める。夢で見た、あの耳飾りの剣士の刀と同じ色だ。炭治郎は懸命に考える。この四体にダメージを与えるにはどうすれば良いか。すぐには回復できないくらい、大きなダメージを与える方法。
妓夫太郎の頸を斬った時のような威力を出せれば。禰豆子の燃える血で赤くなった刀、爆血刀ならばできるのではないか。
闘志をみなぎらせた炭治郎が、燃える刀を構える。その左の額には、炎の痣が一層色濃く浮かび上がった。
(これは儂ではない、無惨様の記憶。無惨様を追い詰め、その頸を斬りかけた剣士の刀。姿が、重なる……!)
――燃える刃、赫刀。四体のまとめ役である積怒だけはそれに気が付いて、密かに戦慄した。
ヒノカミ神楽 日暈の龍 頭舞い!
炭治郎の渾身の技が炸裂した。
積怒、可楽、空喜の頸が刎ねられ、哀絶の頸は玄弥が銃撃で吹き飛ばしたが、やはり鬼は消滅しない。
(四体同時に頸を斬ってもダメなんだ!この四体への攻撃は殆ど意味が無い。このままこいつらの相手をしていても、時間と体力を削られるだけだ)
炭治郎は、この状況を打開するため懸命に考え続ける。
(鬼が団扇を使ったせいで硫黄の匂いも無くなった!鼻が利きやすくなったぞ!集中しろ、探れ!)
「小っさい五体目!そいつが本体だ!探せ!」
炭治郎の思考を後押しするように、誰かの声がした。
(そうか、やっぱり!一瞬だけ感じた五体目の匂い。おそらくそれが本体。どこかで高みの見物をしているそいつの頸を斬らなければ!)
炭治郎は懸命に匂いを探り、それを捉えた。
(いた!)
小さいと言われていた通り、匂いは低い位置にある。積怒、可楽、空喜の三体は、炭治郎に爆血刀で斬られたダメージですぐには動けずにいる。
今のうちに、と炭治郎は鬼の本体を追おうとするが、ぬっと横から伸びて来た腕が炭治郎の頸を捕え、締め上げた。
「図に乗るなよ、竈門炭治郎……。上弦を倒して柱になるのは俺だ!」
「玄弥!そうか、分かった!俺と禰豆子も協力する!三人で一緒に頑張ろう!」
「そうやって俺を油断させるつもりだろう?そうはいかね……」
上弦を倒そうと功を焦る玄弥が炭治郎の頸を締める。だが、力を合わせて鬼を倒そうと呼び掛ける炭治郎の曇りのない真っすぐな瞳に見つめられ、玄弥は毒気を抜かれてそれ以上言葉が出なかった。
「玄弥!目を醒ませ!お前の敵は鬼だ!仲間とともに高みを目指せ!!」
どこからかまた声がした。玄弥はハッとして周囲を見回したが、その声の主が見つからない。
「五体目がいるんだ!そいつが本体だ!そいつの頸を斬ろう!見つけたら教えるから!あ、それと禰豆子は撃たないでくれ、俺の妹だから!」
炭治郎が玄弥に声をかけて探索に走り出し、ヨッ!と禰豆子が玄弥に手で挨拶をして続いた。
(そうだ!鬼を殺すことも大事だが、仲間を出し抜いて手柄を立てたって、兄ちゃんが認めてくれるわけねえんだ!)
玄弥は正気を取り戻し、迷いを吹っ切った。
「玄弥!北東だ!北東の方向に行った!相手は小さいぞ、見逃すな!」
復活した積怒の攻撃を躱しながら、炭治郎が玄弥に叫ぶ。玄弥は懸命に走り、遂にそれを見つけた。森の木立の下草の陰、野ネズミほどの大きさの、か細い老人の姿をした鬼がいた。
本体を追い詰めた玄弥だったが、頸を目がけて振り下ろした刀が折れてしまった。小さく固定されていない標的を斬るのは難しく、しかもその硬さが並ではない。正確な太刀筋で斬り込まなければ、標的は刃に弾かれて転がるばかりだ。それならばと銃で撃ってみたが、鬼はダメージを受けた様子が無い。
(くそっダメだ!これは剣士じゃないと斬れねえ!炭治郎に任せるしかねえ)
「炭治郎!こいつ頸がクッソ硬い!俺じゃ斬れねえ、お前が斬れ!」
炭治郎に迫る哀絶の攻撃を体で止め、玄弥が叫ぶ。
禰豆子と玄弥が炭治郎への鬼の攻撃を防ぎ、本体に追いついた炭治郎が刀を頸に振り下ろした。頸は恐ろしく硬いが、じりじりと刃が食い込む。耳鳴りがするほどの大音量で鬼の悲鳴が響き渡る。刃がさらに食い込み、鬼の頸を斬りかけたその時。
炭治郎は背後に異様な気配を感じて飛び退いた。そこには今までの四体のどれとも違う、新たな鬼がいた。
先ほどの鬼たちは若い男の姿だったが、今度の鬼はさらに若い。歳は十二、三に見える、若いというより子供の雰囲気を残した少年の姿の鬼だった。だが纏う鬼気は凄まじく、炭治郎も玄弥も睨まれただけで息が詰まり、体が硬直するほどだ。
この少年の姿の鬼、憎珀天(ぞうはくてん)は本体を除いた状態での集合体であった。背負った連鼓を叩き、樹木を操る能力がある。
憎珀天が鼓を一つ叩くと木の根が生き物のように立ち上がり、本体の鬼を木の瘤の中に囲ってしまった。さらに鼓が打ち鳴らされると、樹木が次々と巨大な竜の頭へと姿を変えた。それぞれが大人二人でも抱えきれないほどの太さがあり、大人の男性の背丈よりも大きく口を開け、鎌首をもたげて炭治郎たちを狙っていた。
「極悪人ども。裁きを下してくれようぞ」
ドオン、とまた鼓が打ち鳴らされ、木竜が攻撃を開始した。憎珀天は元の四体の鬼の全ての能力を使うことができ、息もつかせずに攻め立てる。この猛攻に、炭治郎は躱し切れずに左足の脛の部分に強い衝撃を受け、さらに木竜の口に捕らえられてしまう。禰豆子、玄弥も炭治郎を助けようとするが、二人も木竜の口に捕らえられてしまい、身動きが取れない状態だった。
(潰される!)
身を固くして、噛み潰そうとする力に精一杯抵抗する炭治郎であったが、苦痛に声が漏れ、体が軋み始めた。
だが次の瞬間、炭治郎は抱えられて宙を舞い、やや離れた地上に降ろされていた。
潜んでいた隠が森の木立の中から飛び出し、背中に負った刀で木竜の頭を両断して炭治郎を救出した。
「炭治郎君、本体がまた逃げた!ここは俺が引き受けるから、君たちは本体を探して斬れ!」
隠はそう告げて炭治郎を地面に置くと、再び跳躍して禰豆子と玄弥を捕えている竜を斬り、二人を救出した。
「ありがとうございます!……玄弥!禰豆子!」
炭治郎は本体の匂いを追って走リ出す。本体はいつの間にかさっきの瘤から移動し、さらに逃げている匂いがする。
「炭治郎!良いのかあいつ?!」
竜の群れの前に立つ隠を玄弥が顎で指す。
「大丈夫だ!俺たちは本体を斬ろう!」
炭治郎は左足の痛みに耐えながらまた駆け出した。
「貴様も極悪人どもの仲間であろう、ならば容赦はせぬ。先程貴様らは小さく弱き者を斬ろうとした。これ即ち鬼畜の所業なり」
憎珀天は竜の前に突っ立っている隠に言い放つ。
「鬼が人間に向かって鬼畜とは実に面白い。座布団をくれてやりたいが、生憎今日は持ってないんだ」
隠はマスクの下で嗤う。
威圧を込めて言い放ったものの、憎珀天は先程の斬撃を警戒してすぐには攻撃してこない。隠は刀をしまって棒立ちになり、木竜の上に立つ憎珀天を眺めている。睨み合いと言えるかどうかは微妙だが、数瞬の奇妙な沈黙の時が過ぎた。
(まずはこの黒子を捻り潰して童どもを始末するか)
憎珀天は隠への警戒を打ち消し、攻撃を開始する。
ドオン、と鼓が打ちならされ、二体の木竜が音波攻撃と重力波のような圧縮空気で同時攻撃をしかけたが、隠は難なくそれを躱し、全てを見極めるかのように攻撃の主をじっと見ている。
(フン、なかなかやるようだ。だが何ほどのことがあろう?)
憎珀天は五体の木竜をフルに起動し、激しい連続攻撃を仕掛けてきた。
「はっ!ほっ!おっと危ない!」
隠はコミカルな動きで素早く逃げ回り、全く被弾しない。小馬鹿にしたような態度に憎珀天は怒り、攻撃が激しさを増した。隠はそれでも危ういところで避けていたが、遂にズボンのベルトが木竜に引っかけられ、宙吊りにされてしまった。
「わー!放せー!恥ずかしい!」
ズボンが半ば脱げた状態でバタバタ暴れる隠。
(此奴め!ふざけた真似を!)
このお笑いのような緊張感のなさに憎珀天は激怒し、木竜に噛み殺させようとした。
「すごいお化けみたい!何なのあれ?!」
ヒュン、ヒュンと風を切る音、薄桃色の光の乱舞。
恋柱・甘露寺蜜璃が木竜を一瞬で刻み、隠を抱えて助け出した。
「大丈夫ですか?!遅れてごめんなさいね!」
甘露寺は、助け出した人物に声をかけたが、その格好を見て顔を赤らめ、少しばかり不審に思った。相手は隠の恰好をしており、しかもズボンがすり落ちてお尻が見えていた。
(あら、隠の人?取り残されたところを襲われたのかしら?)
「甘露寺様!ありがとうございます!」
隠はキャラ設定を守り、口調に注意して甘露寺を様づけで呼び感謝を述べた。
(この声、どこかで聞いたかしら?)
甘露寺は隠をじっと見るが、暗い上に目だけしか出ていないので正体が分からない。
「甘露寺様、相手は上弦ノ肆です!あいつはその分裂体で、本体は竈門隊士たちが追っています!それから、あっ、ちょっ!」
「危ないから早く逃げてください!」
隠は半ば脱げたズボンを慌てて直し、作り声で説明を試みるが、肝心な事を聞く前に甘露寺は飛び出してしまう。甘露寺は憎珀天の強力な攻撃も斬擊で跳ね返して素早く間合いを詰めると、鞭のようにしなる刃で憎珀天の頸をあっさりと捕らえた。
――狩った。
甘露寺はそう思った。刀を引き戻すように操作すれば、巻き付いた薄刃が頸を刎ね、鬼は消滅する、はずだった。
「頸は弱点じゃない!そいつは頸を斬っても死なない!」
隠が必死になって呼びかける。甘露寺の躊躇は一瞬にも満たなかったが、既に攻撃態勢に入っていた憎珀天はその隙を見逃さず、強力な大音圧の攻撃を浴びせた。甘露寺は失神し、憎珀天は止めを刺そうと拳を振り上げる。
(まずい!)
隠が甘露寺を抱えて大きく飛び退き、木にもたれかけるように座らせた。
(失神してるけどすぐに目覚めるはずだ。それまでは俺が)
隠は憎珀天の前に立ち塞がる。
「また貴様か、目障りな。先程は運良く助かったが、今度はそうはいかぬぞ。儂は十二鬼月、上弦ノ肆。欠けることなき月の名をあの御方より授かった者。――捻り潰してくれる」
憎珀天はせっかくの上質の肉を逃してイラ立ち、憎々し気に言った。
欠けることなきが聞いて呆れる、ちょっと前に欠けたばかりのはずだが。隠は可笑しさを堪えきれない。
「月はお前たち鬼を照らすばかりではない」
隠は笑いを収めて憎珀天に言い返し、一歩前に出た。隠の気配が変わった。
隠は背中の刀を抜き放ち、それを八相に構えた。
そこから攻撃を開始するかと思いきや、自分の前に大きく円を描くように、構えた刀をゆっくりと回し始めた。
憎珀天が鼓を連打し、次々と攻撃を放つ。隠は円を描くような足捌きで素早く避けながら、刀の動きを止めない。
八相の構えから、手元を中心に刀が円を描いていく。
(何だ?)
いつの間にかその動きに憎珀天も惹きつけられ、攻撃が止んだ。その動きは緩やかだったが、不思議なことに月明りの中でその軌跡が残像を残し、月が満ちるように円に近づいていく。
「虚仮威しか。たかが人間一人が刀を回しただけで何になる。今度こそ捻り潰す」
埒が明かぬと見た憎珀天が鼓を連打すると、今度は三体の木竜が捻れ合い、周囲に響き渡る咆哮と共に巨大な一つの竜となった。巨大木竜は地響きを立てながら隠に迫り、口を開けて噛み付こうとした。
月が満ちた。
隠の刀は完全に円を描き切り、再び元の八相の構えとなった隠はビタリと動きを止めた。
(私……意識飛ばしてた?)
甘露寺は薄らと目を開けた。
気が付くといつの間にか木にもたれて座っていた。さっき鬼の攻撃を食らって失神し、誰かがここまで運んでくれたのだ。少し離れた所では“隠“の文字を背負い、鬼と対峙する誰かの背中があった。その人物は何故か刀を持ち、それを八相に構えている。
「逃げてっ!」
巨大な木竜が隠に迫って来る。甘露寺はダッシュしようとしたがまだ足腰が立たず、その場に崩れてしまった。
(殺られる!)
柱の自分が居ながら、仲間が目の前で命を落としてしまう。甘露寺が悔しさに歯噛みする。
――剣の極意は円にあり。攻撃も防御も また然り――。
木竜が巨大な口を開け、隠に噛み付く。その瞬間だった。
志那虎陰流 円月剣
木竜を十分に引きつけた隠は、半歩踏み出して打ち下すように刀を一閃。相手自体の重量と突っ込んでくる力を利用した迎撃戦法だ。
口を開けたまま巨大木竜の動きが止まったかと思うと、頭から胴体、その上にいた憎珀天にまでザアッと亀裂が走り、全て真っ二つになった。
木竜が確かにあの隠に突っ込んだはずだった。
真っ二つに斬られた竜はただの木片となって隠の周囲に崩れ落ち、大量の土煙が上がった。それが晴れた時、戦場には刀を振り切って残心をとる隠の姿だけがあった。
(ええっ?!)
甘露寺は予想外の光景に驚愕した。
(此奴は何をした?儂がこのように斬られるとは!)
すぐに再生したが、縦一文字に両断された憎珀天も唖然となった。
「月に代わってお仕置きよ!……あれっ?」
月の力を宿す美少女戦士のセリフをパクった隠はしかし、刀身を確認して驚く。
放った一撃は憎珀天を巨大木竜ごと両断したが、同時に刀身からビシッという異音がして、隠はギョッとした。確認すると、円月剣の威力に負け、漆黒の刀身に亀裂が入っていた。
(ヤバい、これじゃ満足に戦えない!)
隠がアタフタしていると、早くも再生した憎珀天が再び木竜を作り出し、舌打ちをしながら睨んでいた。
(すごい、何て技なの!キュンとしちゃうわ!…… やだ、私何やってんの柱なのに!しっかりしなきゃ!!)
甘露寺は自分を叱咤し、ようやく自由が利くようになった体で立ち上がった。
「柱なのにヘマしてごめんなさい!今度は私が守ります!」
甘露寺は何故か慌てる様子の隠に駆け寄り、声をかけて後ろに庇った。
一方森の中、鋼鐵塚が作業を続けている工房周辺。
(こいつはもう私の術からは逃れられない。鬼狩りどもの最大の武器、呼吸が使えないのだからなぁ。せいぜい苦しんで死ぬがいい)
玉壺は、血鬼術で生み出した水塊の中で、時透がもがく様子を見てほくそ笑んだ。
霞柱・時透無一郎は血鬼術”水獄鉢”によって水塊に囚われていた。呼吸ができない状況で技を繰り出すが、術を打ち破ることができず、命の危機に瀕していた。その間に、玉壺は気になっていた先程の工房へ向かった。
時透の頭の中に、失われていた記憶の断片が少しずつ蘇る。
自分はもう死ぬからそんなことが浮かぶのか?低酸素状態で薄れていく意識の中、時透がぼんやり考えていると、先程助けた小鉄がやって来て、時透を助けようと水塊に刃物を突き立てていた。魚の化け物が気付いて襲いかかったが、殺されそうになるのも構わずに小鉄は水塊の中に息を吹き込んだ。
そこから溶け出したわずかな酸素が、時透の全身に力を蘇らせた。
霞の呼吸 弐ノ型・八重霞
時透は水獄鉢を打ち破った。
まるでパズルが完成するように、散らばっていた記憶の断片は在るべき所に収まり、頭の中の霞が晴れていく。時透は記憶と共に、本当の自分を取り戻した。
工房では、鋼鐵塚が一心不乱に古の名刀を研磨し続けていた。そしてそれを護るのは、同僚の刀鍛冶の鉄穴森だった。
(こんなあばら屋で何をしているのだ?まさか里長でもいるのか)
玉壺がウネウネと工房に迫る。刀を構えた鉄穴森が玉壺に斬りかかるが、血鬼術で生み出された魚の化け物が鉄穴森を吹っ飛ばし、玉壺はさらに工房へ接近する。
「待て!ここから先は絶対に通しませんよ!」
全身の痛みを堪え、鉄穴森がなおも抵抗する。
(作業中の鋼鐵塚さんは死ぬまで手を止めない。助けが来るまでは私が止めなければ!)
その構えや佇まいで、戦い慣れていないのはすぐに見破られてしまったが、鉄穴森はその優しい声と姿に似合わぬ気迫で魚の化け物に食い下がった。
柱の時透は鬼にやられてしまったのか姿が見えず、このままでは自分も殺されるのは時間の問題だった。そしてその後は鋼鐵塚も殺され、あの名刀をはじめ貴重な刀が奪われてしまう。鉄穴森は、救援が来てくれるまで命懸けで時間稼ぎをする覚悟を決め、化け物に立ち向かった。
めちゃくちゃに振り回した刀がたまたま壺を割り、化け物が消えた。工房の方へ行こうとしていた玉壺がそれに気付いて舌打ちした。
「いちいち殺すのも面倒だが仕方ない。里では何やら邪魔をされて素材が集まりませんでしたからねえ。あの柱のガキもそろそろ死んでいる頃だ、ついでにお前も使って作品にしてやろう」
玉壺が手にした壺を地面に置くと、ゴボゴボと音がして液体が流れ、それが見る間に魚の化け物の姿となって鉄穴森に襲いかかった。
「お前の相手は私だ!」
現れた剣士が鉄穴森の傍を走り抜け、素早く化け物に迫る。斬撃が魚の化け物を一撃で粉砕し、間髪を入れず玉壺にも斬擊の嵐が押し寄せた。
特徴的な形の日輪刀がビュンビュンと風を切る。鋭い斬撃が連続して襲いかかり、玉壺も思わず後退する。
「あなたは……!蓬萊殿か?!」
淡い月明かりに、その特徴的な刀が見えた。鉄穴森は、この人物に心当たりがあった。
農作業で使う、鍬(クワ)のような刀が欲しいという変わった依頼を受けたが、依頼主は女性剣士だったこと。苦労して打ち上げたがとても喜ばれ、大きく重いその刀を軽々と扱っていて驚いたこと。そして、依頼主の女性剣士、蓬萊斗和は今や柱になっているのだ、と。
鉄穴森は、同僚の刀鍛冶、灼白銀(やしろがね)から以前聞いたのを思い出した。いつも冷静な灼白銀が、その時は珍しく嬉しそうに語っていたのが印象的だった。
鍛冶師ならば誰しも、自分の担当した剣士が無事に生きて活躍してくれることを願っている。鉄穴森は、灼白銀も同じ様に熱い思いを抱いていることに共感し、いつかはその女性剣士に会ってみたいものだと思っていた。
(柱が来てくれた!)
鉄穴森は安堵で思わず涙ぐんだ。
「蓬萊です!大丈夫ですか?!早く退避してください!」
警護の隊士たちの頑張りで里の中心部の被害は思いのほか少ないようだと聞き、斗和はこの工房を守るため、森の方へ急行したのだった。
(時透さんは捕まってる?助けたいけど重要なイベントだし、鋼鐵塚さんたちも護らないと!でももう少し様子見て、来なかったら助けに行かなくちゃ!)
斗和は時透の心配をしつつ、再び刀を構えた。
「おや、その顔の傷!これは醜い!何とも醜い!だがそれもまた良し!」
月明かりが斗和の姿を照らし、その顔の左側にある大きな傷も露わになった。斗和と対峙した玉壺は気味の悪い笑顔で軽口をたたく。自分が負けるなどと微塵も思っていない、余裕の態度だった。
「私の手に掛かれば、どんなに醜い素材でも高尚な作品になるのだ!さっきの柱のガキ共々作品として――」
玉壺は勝手なことを言いながら癇に障る笑い声を漏らしていたが、斗和は大ぶりな刀に見合わぬ瞬息の踏み込みで速い一撃を放つ。ビシッと玉壺の顔面が小さく抉られた。
「貴様ぁ!まだ私が喋っている最中だろうが!この脳筋がっ!」
玉壺が怒鳴り、斗和は玉壺の怒りをフンと鼻で笑った。
(来た!でも何て声かけよう?時透さん?無一郎君?霞柱様?やっぱり苗字の方が良いかな、でもあまり他人行儀なのもどうかな?まあ会うの二回目だし時透さんでいくか)
斗和は近づく気配を察知したが、何と呼びかけようかという変なことで悩み、少しばかり緊張していた。
疾風のようにやって来た時透が鋭い一撃を繰り出し、玉壺の頸に迫った。
(水獄鉢を抜けて来ているだと?!それにこいつは毒で体が麻痺しているはずだろうが!何故さっきより速くなっているんだ)
頸を刎ねるまではには至らなかったが、玉壺はその速さに驚いた。
「時透さん!及ばずながら救援に参りました!土柱の蓬萊斗和です!これ、新しい刀です!」
斗和は時透に新しい刀を投げ渡し、叫んだ。
「ありがとう、蓬萊さん。鉄穴森さんも、刀を打ってくれてありがとう!」
時透が斗和と鉄穴森に微笑みかけた。鉄穴森は、人間らしい感情がほとんど見えなかった先程の戦闘の時と、戻って来た今との差に驚き、素直に刀のお礼を言われて感激していた。
「今度こそ逃げられんぞ!もう一度」
玉壺は血鬼術・水獄鉢をもう一度放とうと壺を取り出す。
斗和が瞬時に動く。
取り出すや否や、玉壺の壺はそれを持った手ごと吹き飛んだ。
「面白い。では、これならどうだ」
玉壺はゾロゾロと生やしたたくさんの手から次々と壺を取り出し血鬼術を放とうとした。
土の呼吸 参ノ型・土竜叩(もぐらたたき)
斗和の高速打ち下ろし連打で、壺が破裂するように叩き斬られ、壺を持った全ての手も吹き飛んだ。玉壺はあ然とし、すぐに怒りの形相になった。
「良くも割りましたね、私の壺を!審美眼の無い猿め!」
多くの人間の命を奪い、さらに芸術と称して遺体を玩具のように扱って、亡くなった後もその尊厳を傷つける。その悪逆非道の鬼が、自作の壺を壊されたくらいで怒っている。その身勝手さに、原作を知っている斗和も怒りが込み上げた。
玉壺は立て続けに血鬼術を繰り出そうと、さらに次々に壺を取り出す。斗和はその一瞬を見逃さず、残らず叩き割った。
「貴様ぁ!貴重な芸術品である私の壺を!一体幾つ割るつもりなんだ!この美しさが理解できない下賤の輩め!芸術を理解しない脳筋め!……貴様は顔だけではない、性根まで汚い醜女だ!」
取り出した壺はその度に斗和に叩き割られ、玉壺は顔中の血管を破裂させ激怒した。
(えーえーどうせ醜女だよ私は!言われなくても分かってんだよそんなこと!今更お前に言われたって何とも思わねーよ!)
斗和は醒めた目で玉壺を見遣りながら「うるせえバーカ」と吐き捨てた。
「おい。いい加減にしろよ、脳筋クソ野郎」
この場にいるもう一人が意外な反応を見せた。時透の静かな怒りが空気を震わせる。
「それ以上蓬萊さんを侮辱するな。楽には死ねなくなるよ」
ギラリ、と時透の目が冷たく光った。
(時透君怒ってる?)
この反応に、一番驚いたのは斗和だった。
霞の呼吸 肆ノ型・移流斬り
すうっと地面を滑るような足運びで、時透が玉壺に斬擊を浴びせる。しかし確かに斬った、と見えたのは玉壺の抜け殻だった。
「お前たちには私の真の姿を見せてやる」
樹上から声がした。斗和と時透が見上げると、木の上で脱皮したばかりの玉壺(完全体)がウネウネと蠢いている。これから体表を覆う鱗が固まり、それらしい両腕が生え、蛇の胴体に人間の上半身が合わさったような形態が完成するのだ。
「時透さん!今のうちに殺っちゃいましょう!こいつ脱皮したばかりだからまだ鱗が柔いですよきっと!」
斗和がすかさず動く。
「うん、そうだね」
時透もすぐに動いた。
土の呼吸 玖ノ型・蚯蚓破裂(みみずばれ)
霞の呼吸 壱ノ型・垂天遠霞
二人の同時攻撃が玉壺に迫った。
「この姿はこれまでわずかに二度しか――ま、待て!止めろ、攻撃するな!まだ完成しておらんだろうが!卑怯だぞ!」
玉壺は見苦しいほどの慌てぶりで何とか頸を斬られるのを回避したが、地面に落下して自慢の透き通る鱗も泥だらけになった。
「ゴ、ゴホン!こ、この完全なる美しき姿にひれ伏すが良い」
急いで木の上によじ戻り、何事も無かったように玉壺が言い放つ。下半身を木の幹にしっかり巻いていたおかげで落下の衝撃は軽かった。
「だっさ……」
斗和と時透は、二人並んでうんこ座りに頬杖でそれを眺めていたが、半笑いの斗和がわざと聞こえるように呟いた。
「貴様らには私の華麗なる本気を見せてやろう!」
玉壺は呑気に座っている二人めがけて突進した。確かに脱皮前よりも格段にスピードが上昇、二人がいた地面にめり込むパンチの威力も恐るべきものだった。
血鬼術 陣殺魚鱗!
玉壺は長い体を生かした強靭なバネと鱗の反発の力で縦横無尽に跳ね回る。
この速さで予測不能な動き、生意気な人間どもを砕くなど造作もないことだ。そう考え、玉壺は消えた斗和にさほど関心を払わなかった。
(いたぞ、あのガキを先に始末するか。いくら動こうとこの私の本気にかかれば遅過ぎる!)
ふと見ると時透の背中だけが見え、玉壺は思い切りパンチを繰り出した。
霞の呼吸 漆ノ型・朧
時透は薄らと笑い、その姿も掻き消えた。
玉壺にとっては時透の動きは遅く見える。だが姿を捉えたかと思うとまた消え、玉壺は完全に幻惑され、自慢の攻撃は空を切るばかりだった。
(遅いはずなのに何故当たらない?何故消える?!そういえばもう一人、あの醜女はどこだ。どこに隠れた?)
「私ならここですよ」
不意に背後から声がして、玉壺はハッと振り返る。
「さっきから貴方の後ろにずっといたのに、気付かなかったですか?」
含み笑いをする斗和に玉壺は軽く混乱した。
(私は超高速で動いているのに、何故こいつは止まっている?)
一瞬の後、その訳を理解し、驚愕する。こいつは、この女は。
(私と同じ速さで動いている!)
さっきからずっと、背後をとっているのだ。つまり、いつでも頸を刎ねられる。ニコリと斗和が微笑みかける。その冷たさに、玉壺は背筋が寒くなった。
(私の動きに付いてくるだとっ!どうなってるんだこいつは!この人間め!いや、私がまだ本気になっていないだけだ、本気を出せば!)
玉壺の焦りが怒りに変わる。
「生意気な!今度こそ私の本気を見るがいい!」
体を捻って体勢を変え、玉壺は背後の斗和に向かってパンチを放った。渾身の一撃、もし当たれば斗和の体は粉々の肉片になるほどの威力だ。だが斗和の一撃は一瞬早く玉壺の腕を切断、そのパンチが当たることはなかった。
「じゃあ……こっちも本気出すからね」
いつの間にか、玉壺の正面には時透がいた。
(しまった、今度はこのガキが……!)
玉壺が再び捉えた時透の姿は、目の前に迫っていた。
「君は、何だか遅いね」
暗殺者のように静かな動作で、時透の刃が玉壺の頸を刎ねた。
「この私が!余人を以て代え難い、偉大な芸術家のこの私が!こんなクソガキと醜い傷の女に殺されるなど許されない!」
見苦しく呪詛を吐き散らす玉壺の頸を叩き斬り、斗和と時透は笑顔を交わした。
(さんざん言ってくれたよね、傷のこと。でもね、今はこの傷が私のプライド。戦いに臨む決意。それにこんな私でも、美しいって言ってくれる人がいる)
上弦ノ伍・玉壺を倒して斗和はホッとしたが、まだ上弦ノ肆・半天狗が残っている。今頃は里の方で激戦が展開されているはずだ。
さらに闘志を高め、斗和は刀を背負った。隠れていた鉄穴森に小鉄も出て来て二人に礼を言い、ほんの束の間、勝利を喜び合う横で、鋼鐵塚は脇目も振らずに古の名刀を研ぎ続けていた。
「来てくれてありがとう。……蓬萊さんって面白いね。凄く強いし」
時透は斗和に爽やかな笑顔で礼を言った。
「いいえ、お礼だなんてそんな!それより時透さん、体は大丈夫ですか?毒を食らってますよね?無理しないで休んでください!」
「大丈夫だよ。は、早く炭治郎の……ところへ……戻らないと……おえっ!」
緊張が緩んだせいか、時透は一気に毒が回り、嘔吐して失神してしまった。
(時透さんは最後の場面では自分で歩いてたし、ここにはもう鬼は来ないはずだ)
斗和は時透を鉄穴森に任せ、炭治郎たちの戦いを支援するために里へ向かって駆け出した。
(甘露寺さんは?倫道君いるかな?大丈夫だよね)
景色があっという間に後ろに流れて行く。もう一つの戦場へ、斗和は飛ぶように走った。