土の呼吸 弐ノ型・土石流(どせきりゅう)…【野良着の隊士】オリジナル技。
土の呼吸 伍ノ型・土砂崩れ(どしゃくずれ)…【野良着の隊士】オリジナル技。
灼白銀(やしろがね)…【野良着の隊士】オリジナルキャラ。斗和の特殊日輪刀を打った刀鍛冶。
土の呼吸 弐ノ型・土石流 兇狂(どせきりゅう きょうきょう)…【野良着の隊士】オリジナル技。鬼となった佳成が土の呼吸を元に独自に改良した技。
(この小娘!不愉快極まる!トカゲを童どもの方へ遣れぬ!)
稲妻が光り、直径二メートルもあるヤツデの葉の形に地面がへこむ。槍状の光や音波の攻撃も間断なく甘露寺を襲う。しかし次々に繰り出される攻撃も、甘露寺はしなやかな動きで躱し、攻撃で攻撃を相殺、憎珀天をその場に貼り付けて一歩も前に出さない。
(この小娘、速い!しかし永遠には続かん、もうしばらくで体力の限界が来る。そこで一気に)
憎珀天は甘露寺のスタミナ切れを狙い、攻撃を続けた。
ほんの十秒もあれば体力が回復できるはずだが、息もつかせぬ連続攻撃を受け、甘露寺の動きが一瞬鈍った。
(甘露寺さんの動きが落ちてきた!この刀では良く持ってあと一撃出せるかどうか)
空破山!
隠が飛び出し技を放つ。刀が空気を叩き、真空の刃が飛び出した。甘露寺に迫る木竜の一体を切断してギリギリで攻撃は止められたが、今の一撃を放ったことで隠の刀は完全に折れてしまった。
(ありがとう、また助けられた!絶対隠じゃないわよねこの人?!)
隠は折れた刀で何とか攻撃を受け逸らし、その間に甘露寺が一時的に体力を回復、再び前に出た。
(この黒子め、またしても邪魔を!)
憎珀天は、隠と甘露寺を同時に狙い、木竜を差し向けようとした時だった。
土の呼吸 壱ノ型・土龍爪(どりゅうそう)
ビリビリと大気が震え、押し寄せた土の粒子が竜となり、その爪で木竜どもを蹴散らす。図体が大きく力押しで来る敵に対して、抜群の威力を発揮する土の呼吸、その使い手が参戦した。
「甘露寺さん!救援に来ました!大丈夫ですか?」
斗和が甘露寺に駆け寄った。
「ありがとう!蓬萊さんが来てくれたら百人力ですっ!!!」
甘露寺は斗和の技の威力に勇気付けられ、文字通り百人力を発揮する。
「斗和さん!ここは任せた!」
隠は戦闘のどさくさに紛れ、離脱するその間際に斗和の横を通り過ぎ、小声で告げた。
(倫道君?また擬態してるの?)
斗和は一瞬考えを巡らせたが、何か考えがあるのだと理解した。
(引き受けた!いってらっしゃい!)
斗和は交錯する隠に目配せし、小さく頷いて承諾を伝え、甘露寺と共に憎珀天の足止めにかかった。
(またしても邪魔が!しかもこいつも厄介な……!これではますます童どもを追えなくなる!)
憎珀天は木竜を使って甘露寺のスタミナが切れるのを待つ作戦であったが、斗和の参戦で甘露寺が完全に勢いを取り戻し、この二人との戦闘に全力で臨まざるを得なくなった。
土の呼吸 弐ノ型・土石流
斗和は十分な溜めを作り、一気に力を開放する。
憎珀天は、轟々と黒い波が斗和の背後から押し寄せるのを見た。波は岩や大木を巻き込んで壁となり、木竜どもを呑み込んだ。木竜と憎珀天は木の葉のように翻弄され、地上に叩きつけられた。
甘露寺の柔くしなる薄刃の剣は薄桃色の煌めきを纏い、自身の柔軟な体と相まって変幻自在の軌道を描く。時に優美な曲線となり、時に突き出す槍のような直線となり、間断なく斬撃を繰り出す。
一方斗和の特殊日輪刀から繰り出される技は高威力の重い一発。横面を殴るように薙ぎ払えば木竜の頭はきれいに吹き飛ばされ、真正面から斬撃を叩きつければ鼻先から胴体まで亀裂が入り、木竜はあっという間に崩れ落ちた。
土の呼吸 伍ノ型・土砂崩れ
高く跳躍した斗和に複数の木竜どもが迫るが、次の瞬間空中の斗和から斬撃が放たれ、爆弾が破裂したような勢いで木竜が粉砕され、憎珀天も大きく後退する。
(この二体目、信じ難し……!此奴、本当に人間か?!何という破壊力、何という剛力!再生が追いつかぬ!)
強力な広範囲攻撃を得意とする斗和と、戦意を取り戻した甘露寺の連携攻撃が冴え渡る。鼓の乱れ打ちで木竜を次々に再生して応戦する憎珀天だったが、今や完全に形勢は逆転し、木竜ごと斬られ、叩き潰され、捌ききれずに押しまくられていた。
(憎珀天が力を使い過ぎだ。力が出ない、再生が遅くなってきた。人間の血肉を補給せねば)
半天狗本体の怯えの鬼は必死に逃げるが、柱二人に責め立てられた憎珀天が明らかに出力過剰の状態となり、本体自身のエネルギーが切れかかっていた。
(童どもは結局儂の頸を斬れはせん。近くに人間の気配がする。そいつらを喰ってこのまま逃げ切れる)
半天狗本体の怯えの鬼は逃げおおせる算段を付け、逃走を続ける。炭治郎は本体を崖に追い詰めて頸を斬りかけたがあまりに固く、刀が折れてしまった。本体の鬼はなおも追いすがる禰豆子と一塊になって崖下に落下、禰豆子が失神している隙にまた逃げ始めた。追いかけようとする炭治郎だったが、左足の激痛がこの高さから跳ぶのを躊躇わせた。
「炭治郎君!脚を診せて!」
憎珀天との戦闘を斗和と交代し、追いついて来た隠が炭治郎の左下腿を触診する。軽く触るだけで炭治郎の顔が痛みに歪んだ。
「大丈夫、すぐに治してやる」
隠は炭治郎の手を握った。隠は一瞬だけ、マスクの下で苦痛に顔を歪める。
(痛みが引いていく!)
炭治郎の左足の痛みは嘘のように消えた。
「ありがとうございます!」
炭治郎は足を踏みしめて痛みが出ないのを確かめ、全速力で本体を追った。隠は木立に身を隠し、成り行きを見守る。遅れて玄弥がやって来たが、タイムリミットが来て鬼化が解け始めているため、二十メートルはある崖から飛び降りるのは難しかった。
(これじゃ届かねえ。逃げられちまう!頼むぞ炭治郎!)
玄弥は逃げる鬼と追いかける炭治郎を見つめ、拳銃をしまう。その時、鉄穴森や小鉄、鍛冶師たちに肩を借りながら時透もこちらへやって来た。
「玄弥!ショットガンだ!」
誰かの声が響いた。玄弥はその声にハッとする。
(そうだ、こっちのでかい銃なら届く!まだ射程内だ!だけど今の声は……?)
玄弥は懐からショットガンを取り出して腹這いになり、炭治郎が射線に入らぬように逃げる鬼に狙いをつけた。込める弾は一発弾。
もうすぐ朝日が射す。ここで倒しきらなければ鬼は逃げてしまう。炭治郎は折れた刀を握りしめて走る。
「食らえ!」
轟音と共に玄弥が発砲、弾は鬼の頸を飛ばした。しかし鬼は頸なしのまま、大量の刀を持って逃げる鍛冶師たちを追っていく。その時、風を切って何かが飛んで来て、炭治郎の前の地面に刺さった。
「炭治郎、それを使え!逃がすな、絶対に斬れ!!」
炭治郎が折れた刀を持っているのを見て、時透は鋼鐵塚が研いでいたあの名刀を取り上げ、投げてよこしたのだった。
「使うんじゃねえ、殺すぞ!まだ第一段階しか研いでないんだ!返せ!」
崖の上では鋼鐵塚が時透の胸倉を掴み怒鳴っている。鉄穴森が止めようとしたが、この状態の鋼鐵塚を止められる者などそうはいない。暴れているため脇を攻めようとしても一人ではどうにもならない、鉄穴森はそう思った。
「鋼鐵塚さん!非常時だ、ここは堪えてくれ!今は剣士の方々に任せよう!」
そこにもう一人、良く響く低音の美声で鋼鐵塚を止める者が現れた。斗和の刀鍛冶、灼白銀(やしろがね)。斗和の刀は替えが利かない完全な一点物、そう簡単には打てない代物であるため、斗和の予備の刀を取りに来て逃げ遅れ、こちらへやって来たのだった。
鉄穴森と灼白銀、二人に押さえ込まれて鋼鐵塚も盛大に舌打ちして諦め、成り行きを見守った。
本体の鬼は頭を吹き飛ばされても体が崩れず、頸なしのまま近くにいる鍛冶師たちに襲いかかろうとしている。
炭治郎が吹き飛ばされた鬼の頭を確認すると、その舌には“恨”の文字。
(文字が違う、本体の鬼は“怯”だったはずだ!こいつじゃない!だけど本体もまだ遠くには行ってない!匂いがする)
炭治郎は鍛冶師たちに迫る頸なしの鬼を追う。そしてさらに意識を集中して探った。
(いた!見えるぞ!心臓の中だ!)
「命をもって罪を償え!!」
ヒノカミ神楽 円舞一閃
以前善逸に教わった雷の呼吸の瞬息の足運びをイメージし、ヒノカミ神楽の呼吸と併せた技。炭治郎の袈裟掛けの一刀が、心臓に隠れた本体の鬼の頸を刎ねた。
半天狗は消滅していった。
炭治郎は朝日の射す中を歩いて来る禰豆子を呆然と眺めていたが、事態が飲み込めると禰豆子に抱き着き、大泣きしながら喜んだ。
「良かったな、炭治郎、禰豆子」
炭治郎へのわだかまりが消えた玄弥はそっと呟き、微笑んでいた。
見守っていた時透や里の人々も安堵や喜びの表情を浮かべ、集まってきた。里の人々は口々に兄妹に礼を言い、時透もまた炭治郎に礼を言っていた。毒によるダメージがあったが、失われた記憶と本来の自分を取り戻し、時透は以前とは全く違う心からの笑顔を見せていた。
「みんなで勝った!凄いよ!上弦に勝ったああああ!!」
甘露寺と斗和も合流し、甘露寺がすごい力でみなを抱き締めて泣いている。一同は、ようやく掴んだ勝利を喜び合い、甘露寺と斗和に挟まれた玄弥は真っ赤になって照れていた。
禰豆子に背負われたまま、満身創痍の炭治郎が斗和に挨拶し、玄弥も照れたような笑顔で斗和に会釈した。
「強くなりましたね。この短期間で上弦と渡り合うくらい成長するなんて」
斗和は思わず玄弥に歩み寄って声をかけた。玄弥はいつの間にか斗和の身長を追い越して逞しく成長していた。何よりも最終選別の時のひ弱な雰囲気とは全く違う、鍛え抜かれた強者の落ち着きを身に付けていた。この嬉しい再会に、斗和は本当の姉のような気分になり目を細めた。
「蓬萊さんに教わった通り、悲鳴嶼さんと倫道さんに弟子入りしたんだ。めちゃくちゃ厳しくてもう死ぬかと思ったけど、色々教えてくれた。……ありがとう、蓬萊さんのおかげです」
玄弥は姿勢を正し、きちんと礼を言った。
「私も嬉しいですよ。でもここから先はもっと厳しい戦いになる。頑張ってください!それと、絶対に死んではだめですよ!お兄さんに思いが届いたって、死んでは何にもならないですからね!」
玄弥の成長した姿を確かめた斗和だったが、気を引き締めることも忘れなかった。玄弥はもう一度頭を下げ、その場を離れた。
「蓬萊さん。今度から、僕も“斗和さん”って呼んでもいいかな?……それから、俺のことも名前で呼んで欲しいんだけど」
みなを見守っていた斗和に、時透が遠慮がちに話しかけた。
記憶を失うほどつらく悲しい思いをした時透が、本当の自分を取り戻した。思い出すこと自体がとてもつらかったはずだが、この少年は全てを受けとめてそれを乗り越えた。そんな姿に斗和は胸を痛めたが、同時に十四歳の少年らしい照れと自尊心が入り混じった様子を愛おしく思った。
「はい、もちろんですよ!ありがとうございます、時透さ……あっごめんなさい、無一郎君!」
斗和と時透は笑い合った。
「蓬萊さん、あのう……さっきの隠の人は」
「さ、さあ?何ですか、隠の人って?」
さっきまで泣いていた甘露寺は、あの刀を持った隠の事を気にしていた。正体を知っている斗和だが、玄弥たちを隠れて見守るつもりだったのだろうと推測し、見ていないふり、知らぬふりをしてやった。
(過保護だよねホント。でもこれもしかして、伊黒さんに私が文句言われるやつじゃないの?怪しいやつがいたそうだが本当に知らんのか?とか何とか言って。あーもう面倒くさい!頭痛くなってきた)
そんな先の事まで心配し、軽くため息を漏らす斗和であった。上弦の鬼二体との戦闘であったにも拘わらず里の人的被害はごく少数であり、またも上弦討伐を果たした鬼殺隊側は勝利に沸き立った。
だがこの結末を喜んだのは鬼殺隊側だけではなかった。
(良くやった半天狗!あの娘を喰って取り込めば、私も太陽を克服できる!)
ほんの数秒間だったが、朝日の射す中を歩く禰豆子の姿は、崩れていく半天狗の視界を通じて無惨にも届いていた。
刀鍛冶の里での戦闘が終結する少し前。結末を見ることなく、いち早く戦場から離脱する者がいた。
(あー間違いない、こりゃ折れてるな)
夜明け前のまだ暗い森の中、隠の姿をした人物が歩いていた。痛めた左下腿に副木を当て、刀を杖のように使って怪我人とは思えないスピードでスタスタと歩いていたが、ふと立ち止まり、周囲を見回す。警戒しながら誰も見ていないのを確認すると、ガサガサと木立の中で着替え、出て来た時にはいつもの倫道の姿に戻っていた。倫道は玄弥の活躍を見て、努力が実を結んだことに満足していた。
(鬼――?しかもこの気配からしてかなり強いやつだな)
鼻歌でも歌いたい気分が一転した。鬼の気配を察知した倫道は、瞬時に全身を引き締める。倫道は更に気配を探った。
(気付かれた。逃げるのは難しいようだな)
倫道は、万全でないこの状態での戦闘は極力避けたかったが、既に倫道と鬼は目視で互いを確認していた。
鬼が大剣を地面に叩きつけた。ズシンという衝撃に続き、地面を伝播する斬撃が凄いスピードで迫る。
「!」
地面に長いひび割れが走り、何本もの大きな木が次々と遅れて倒れた。倫道は危うく躱したが、やはり左脚が痛み、フットワークは通常のようにはいかない。
(原作にも野良着にも出てない鬼か。こんな時に)
大きく分厚い大剣は地面にめり込んでいたが、鬼はそれを片手で引き抜いてビュンと振り回し、再び片手で構えた。
「やっと骨のありそうな相手に会えた。すぐに始めよう、日の出まで時間が無い」
鬼が倫道を見てニヤリと笑った。
「なっ……!」
倫道の顔色が変わる。
もうすぐ夜明けを迎える時刻だ。空は白んでいるが森の中はまだ暗く、現実世界なら人物の顔を判別するのは難しいが、この世界では生憎と良く見える。それにこの声も、倫道は良く知っていた。
だから、分かってしまった。衝撃で倫道の思考が一瞬停止した。
「佳成……お前……」
望まぬ再会。
(忘れてしまったのか。本当に何もかも)
倫道は構えることも忘れ、変わってしまったその姿を呆然と見つめる。
佳成が鬼となることは“野良着の隊士”の物語を読んで分かっていた。倫道は、それを阻止したかったが叶わなかった。物語では、鬼になった佳成の記憶は死ぬ寸前まで戻らなかった。今も、人間の時の記憶があるようには見えない。倫道を前にしても何の感情の揺らぎも読み取れず、あるのはただ強い相手を求める戦いへの渇望のみだった。
(やはり運命は変えられないのか?戦うしかないのか?)
だがそこまで考えて、倫道は自身の現状を振り返る。刀は折れ、左脚を骨折している。
相手は鬼化した佳成。人間であった頃も、その恵まれた体格から繰り出されるパワーは驚異であったが、剣技や戦闘技術そのものは倫道から見ればまだまだ粗削りだった。しかし人間の頃と同じ感覚で相対することは危険だ。
(こりゃあちょっとまずい状況だな)
考えたくない事態であった。感傷に浸っている場合ではなく、自分の命が危ういことに気付いた。
「どうした?抜け。それとも居合か」
佳成は、いや鬼は無造作に歩み寄りながら穏やかに言った。
土の呼吸 弐ノ型・土石流 兇狂(どせきりゅう きょうきょう)
鬼の大剣が風を切り、強力な一撃が繰り出された。ドドッという地響きと共に、樹木を巻き込んで黒い壁が二重、三重に迫ってくる。
水の呼吸 拾壱ノ型・凪
倫道は防御の技を繰り出してぶつけるが、半ばから折れている刀では十分な威力が出ない。
(この威力、以前とはまるで別物だ!)
防ぎ切れないと判断した倫道は、防御の技を放つと共に跳躍した。右脚一本の力と、鬼の攻撃を弾いた力も使うことで上方へ逃れたが、それでも躱し切れず体に幾つもの傷が刻まれる。何とか致命傷を避けた倫道は懸命に空中で姿勢を制御し、反撃に転ずる。
水の呼吸 捌ノ型・滝壺!
上空から全体重を乗せた技を放った倫道だったが、鬼が巨大な質量をもつ大剣を一閃し、その受け太刀すらも強力で、倫道は傷だらけになって吹き飛ばされた。
「なんだその刀は。それに足を痛めているな?興醒めだ、失せろ」
鬼は失望の感情を滲ませてあっさりと構えを解き、倫道に背を向けて去ろうとして、ふと振り返った。
「お前は俺のことを知っているか」
鬼の白眼は黒く染まり、虹彩は青白く光っている。そして、右眼には“上弦”、左眼には“陸”と文字が刻まれていた。殺気は消え、どこか悲しげな目が倫道を見た。
「知らんな」
倫道は息を切らし、刀を鞘に納め、それを杖代わりに立ち上がった。動揺を隠すため、敢えて鬼の眼をじっと睨む。
「そうか。俺の名は虎狼(ころう)。お前の名は何だ」
倫道の心が激しく揺れる。全てを話せば記憶が戻るだろうか、一瞬そう思った。しかし無惨による肉体的、精神的支配が強固な現状では、人間の心を取り戻すのは不可能だろうとすぐに思い直した。
「鬼が人の名を聞いてどうする?」
倫道が視線を逸らさず見続ける。
「それもそうだな。強い剣士でさえあれば名などどうでも良い。次に会う時まで命は預けておいてやる」
そう言うと、鬼は巨体に似合わぬ速さで森の奥に向かって消えて行った。
倫道は地面に膝から崩れ、大きく息をついた。しばらくじっとしていたが、森の中にも朝の光が届き始め、ようやく立ち上がって歩き始めた。
「水原様?!どうしました、お怪我を?」
刀鍛冶の里での戦闘の事後処理のため、大勢の隠たちが分散して里に向かっていた。単独で向かっていたその内の一人が倫道に気付いて声をかける。剣士としての倫道と何度か面識のある隠だった。
「刀鍛冶の里が襲撃されたと連絡があって向かっていたんですが、途中まで来たらもう終わったって。急いで帰ろうと思ってたら転んで足捻っちゃったんですよ」
倫道は恥ずかしそうに照れ笑いする。隠が倫道の様子を見ると、確かに左脚は副木と包帯で固定されているが、顔にも体にも斬られた傷があり、ただの転倒の様相ではなかった。
「そうですか。しかしその傷は?」
「あ、これは、その……転んで、木にぶつかったりして、その」
倫道が言い淀んでいると、
「猫ダ!猫ガ引ッ掻イタ!」
マスカラスが懸命にフォローする。
「そ、そう!でかい野良猫が急に」
倫道は落ち着いて対応しているが、そんな意味不明な言い訳をしてしまうほど内心は動揺していた。
「分かりました!私が蝶屋敷までお連れしましょう」
隠は親切にそう言ってくれるが、倫道はあまり気乗りがしなかった。
「蝶屋敷はちょっと……。すぐ治ると思うし、診てもらったから早く治るわけではないですし」
「いやいや、傷を負えば人間みな一緒です。柱とて違いはございません!花柱様でも蟲柱様でも、ちゃんと診てもらいませんと。では参りましょう」
この隠は負傷した倫道を初めて見た気がした。そして倫道の様子に何か只ならぬものを感じ、強引にでも蝶屋敷に運ぼうと決意していた。
「申し訳ない、お願いします」
倫道は逃げるのを諦め、丁寧に礼を言って隠の背に乗った。
左脚は、脛の内側も外側も、両方の骨が折れていた。
蝶屋敷に着くとカナエが倫道を診察し、脚だけでなく他の部位にも斬られた傷を負っており怪しまれたが「転んだ」「猫に引っ掻かれた」で押し通した。
カナエは倫道の言い訳を不審に思った。本人は誤魔化しているつもりなのだろうが、戦闘で負傷したのは明らかであった。だがそれ以上にいつもと違う倫道の様子に戸惑った。それ程強い相手と戦ったのか、しのぶもやって来て問い詰めたが倫道は頑として口を割らないので、それ以上の追求はされなかった。
それに胡蝶姉妹が疑念を抱いている点はもう一つあった。以前は大きな怪我をして戻ってきたことは無かった倫道が、最近は戦闘の形跡が無いのに不自然に傷を負って来ることが度々あり、カナエは心配し、しのぶは何か企んで暗躍しているのではと思っていたが、これも倫道が有耶無耶にして語らず、そのままになっていた。
刀鍛冶の里が上弦ノ肆、伍によって襲撃されてまだ一ヶ月余りしか経過していなかったが、この新しい刀鍛冶の里では鍛冶師たちが既にフル操業の状態となっていた。
倫道は異常な回復力を見せ、既に問題も無く歩行できるようになっており、今日も新しい里に依頼の物を受け取りに来ていた。
代わりの里へ移転してからそれ程時間を置かずに作業が再開できたのには理由があった。この新しい里は、以前にも使われていた場所を再利用しているのだ。以前と言ってもおよそ四百年も前、戦国時代のことだ。
里は活気にあふれ、至る所で鉄を打つ音が響き、最終決戦に備えて鍛冶師たちも気合いを入れて作業しているのが分かる。
そして倫道は、この里に足を踏み入れた時から懐かしさを感じていた。
“猩々緋鉄”は陽光山で採れる猩々緋砂鉄と猩々緋鉄鉱石を原料とし、日光を吸収してその力を宿す鉄。それを鍛えて作られる日輪刀は、鬼を祓う特別な武器となる。
倫道は鉄珍と鋼鐵塚に手紙を出し、新刀の作成に関してある依頼をしていた。猩々緋鉄をベースに、高濃度窒素、モリブデン、バナジウム等を添加した、“猩々緋鉄合金”を作り、これを現代の製法で刀に鍛造する。武器用刃物として極限の性能を持ちながら、対鬼用武器としても最高の日輪刀を作ってもらう、それが今回の倫道の依頼だった。縁壱零式から出て来た古の名刀の研磨が終わったばかりなのに、ゆっくりする間も与えずに面倒な依頼をしてしまい、倫道は申し訳なく思っていた。
「鉄珍様、今回は面倒な依頼をいたしまして申し訳ありません」
里長の鉄地河原鉄珍の屋敷を訪ね、倫道が挨拶をする。部屋には鋼鐵塚も一緒に大人しく控えている。
「なあに、柱の依頼とあらば喜んで。しかしあの細工は驚いたわ」
「はい、私のじだい……じゃなくて実家の辺りに伝わる製法で、その、ええと」
倫道がしどろもどろになっておかしな言い訳をするが、鉄珍は鋼鐵塚が打った刀の出来栄えに満足している様子で、それ以上は詮索してこなかった。
「今回、蛍に頼まれたんよ。傍で見とって欲しい、言うてなあ。竈門君の刀の研磨はホンマに良い仕事やった。今度は精魂込めてアンタのために打つ、って張り切ってな。ワシは手ェ出しとらん、見とっただけや。でもこんだけの物ができたら蛍も満足やろ。ワシも安心して蛍と願鉄に後のことを任せられるちゅうもんや」
鉄珍は鋼鐵塚と倫道を交互に見ながら、この刀は自分の手で水原君に渡せ、そう鋼鐵塚に言い残して先に部屋を出て行った。
「どうだ、イタズラ小僧」
鋼鐵塚はお面の下の顔を得意気に綻ばせる。
大きな感動と共に新たな刀を受け取った倫道だが、違和感を覚えて刀を受け取ったまま一瞬固まった。
(俺は以前にもこうして刀を受け取った。鱗滝さんの小屋で受け取った時じゃない、もっと前に)
鉄珍や鋼鐵塚の姿が他の誰かと重なった。
気のせいか?倫道は我に返り、刀を鞘から抜き放つ。刀身は吸い込まれそうなほどの深い漆黒に染まった。
また、記憶が蘇る。
――お前も黒に染まるのかい。父御(ててご)と同じだな。ひょっとこの面を被った、老人と思われる小柄な人にそう言われた。
(誰に言われた?鉄珍様か?)
倫道はざわついた感覚を覚える。刀身の柄に近い部分には「悪鬼滅殺」の文字が刻まれていた。倫道は改めて刀身を見つめた。
「これは大変な業物ですね。ありがとうございます」
「苦労したぜ。こんな細工は聞いたこともねえ。だがお前、この技術は一体どこで」
「ま、まあ細かいことは良いじゃないですか。御礼の品、お持ちしましたよ」
倫道は一旦刀を納め大皿一杯にみたらし団子を並べる。これだけの数の団子がずらりと並ぶと、なかなかに壮観であった。
「お前、ちょっと庭へ出て構えてみな」
夢中で食べていた鋼鐵塚が、団子の串で庭の方を指しながら言った。倫道は頷いて縁側から庭へ降りる。
「目の前に鬼がいる。今から斬る、そう思え」
不思議に思いながら倫道が新刀を構えようとすると鋼鐵塚がそう言い足した。
「はい」
倫道は言われた通りいつものように構え、目を閉じた。目の前には黒死牟と、そして無惨の姿が浮かび上がる。
――なぜ奪う?なぜ命を踏みつけにする?何が楽しい?命を何だと思っているんだ?
私はその男にそう問いかけた。だが返事は無かった――。
(これは縁壱さんの台詞……?)
――私は倒せなかった。だからお前に託す――。
一瞬の後、鮮やかに蘇る記憶。倫道は目を閉じたまま深呼吸した。
(そうか、そうだったのか。やっと思い出したよ)
必ず斬る。倫道の気迫が満ちる。
「斬れ」
鋼鐵塚のその声に命じられ、倫道は流麗な動きで目の前の敵に迫る。研ぎ澄まされた鋭い一撃が大気を切り裂く。
日の呼吸 円舞
倫道は残心を取り、刀を鞘に納めた。
ピンと張り詰めた緊張感の中、一連の動作には微塵の隙も無く、一貫した気の流れは乱れることが無かった。鋼鐵塚にも、半円を描く炎の軌跡がはっきりと見えた。様々な技を取得してきた倫道が上手く再現できなかった日の呼吸。それが自然に出た。全てを思い出していた。
「お前、良い剣士になったじゃねえかよ」
縁側に座った倫道に鋼鐵塚が呟いた。
「鋼鐵塚さん、俺が戦うところ見たんですか?おだててもお団子の追加はありませんよ」
倫道は照れながら言う。
「早いもんだな、もう六年になるか。鱗滝のところで刀を渡した時、頼りない小僧だと思ったがそれが今は柱か。……見りゃあ分かる。気負いも力みも、無駄が一切ねえ、このまま寝ちまいそうな程に穏やかでいながら、斬る瞬間の恐ろしいほどの気迫。風格ってやつが出て来たじゃねえか」
鋼鐵塚は珍しく、倫道を手放しで褒めた。
「鋼鐵塚さん」
倫道は改まって姿勢を正し、何事かを決意したように口を開いた。
「鋼鐵塚さん、思い切って言います。……団子食う時くらいお面外したらどうですか?」
お面をずらして口だけを出し、団子を頬張る鋼鐵塚に倫道は真面目な顔で軽口を返した。このままこの流れで話していたら、間違いなく泣いてしまうと思ったからだ。
「てめえ!人が真剣に話してんだろうが!」
鋼鐵塚は正座している倫道の腿を串で突っつく真似をした。
「危ない!危ないからっ!団子の串で突かないでくださいよ!」
わざと慌てた動作で倫道が逃げる。
「うるせえ!人の話を聞かねえヤツはこうだ!」
「あぶねっ!鋼鐵塚さんは人のこと言えないでしょ!」
男二人がじゃれ合う何とも見苦しい光景が繰り広げられたが、やがてどちらともなく笑い出した。
「行って来い!……それとな、それからな」
鋼鐵塚は少し言い淀んだ後、照れ隠しなのか怒ったように言った。
「刀は折ってもいい!いや、本当はよかぁねえが……とにかく絶対に!絶対に死ぬんじゃねえぞ!」
(鋼鐵塚さん!)
倫道は思わず涙ぐんだ。
「刀のためなら人殺しでもしそうな鋼鐵塚さんがっ!もう頭おかしいくらい刀を愛してる鋼鐵塚さんがそんなことを……。うう……」
倫道も照れ隠しに憎まれ口をたたき、本当に涙を流したのをわざとらしい大袈裟な泣きまねで誤魔化した。
「言い過ぎだぞてめえ!さっさと行け!」
鋼鐵塚はそう言って倫道を送り出した。
「ありがとうございます。生きて帰って来ます。その時はまた団子ご馳走します!」
倫道は深々と頭を下げて里長の館を出た。
「またどこかで会いましょう。でもその時、貴方は俺を覚えていないでしょう」
倫道は一度だけ振り返って手を振り、鋼鐵塚に聞こえないように呟いた。
「黒刀なんて言い伝えでしか聞いたことが無かった。お前と炭治郎が現れるまでは。……鉄珍の親父に聞いたぞ。黒刀てのは、始まりの呼吸と言われる日の呼吸の色なんだろ?十分化け物みてえなお前がそれに開眼したら、一体どうなるんだろうな……」
鋼鐵塚は、楽しみなような、薄ら寒いような気分で肩をすくめ、倫道の後ろ姿を見送った。
「お尋ねするが、そなたは水柱の水原倫道殿か?」
倫道が歩いていると、低音の美声で尋ねられた。
「はい、私は水原ですが、貴方は?」
「私は灼白銀(やしろがね)と申す。蓬萊殿の刀を打っている者だ」
「ああ、あの刀を貴方が!すごい技ですね、本当に里のみなさんの技術力には感服します」
倫道は敬意を込めて頭を下げる。常に努力を怠らず、高みを目指して自分の技を磨き抜く。この鍛冶職人たちもまた侍であった。
「なに、少しでもそなたたち剣士の役に立てればと思っているだけのこと。時に、蓬萊殿は息災か?実は里の襲撃事件の時に来てくれていたらしいのだが、もう少しのところですれ違って、結局会えずじまいだった。聞いたところでは一旦柱を退いて、また復帰されたとか」
「はい、また土柱として励んでいますよ。益々強くなって、最近ではあの重い刀を片手で振り回してます」
「あの刀を片手でか!盛んだな」
灼白銀がひょっとこの面の下で笑った。
「刀の調整が必要であればいつでも声を掛けてくれと。それから、ご武運をお祈り申し上げる、と。蓬萊殿にお伝え願えないだろうか?それから、私が言うのも何だが……、蓬萊殿を頼む」
灼白銀が改まって頼んできた。
「確かにお伝えします。……最後の戦いが終わったら、直接会って労ってあげてください。斗和さんも感謝していると思います。それに、お願いされているんでしょう?素顔も見たいって」
倫道は物語の場面を思い出して微笑ましい気持ちになった。斗和が灼白銀と初めて会ったのは十三歳。選別に合格し、農具の鍬(クワ)と鋤(スキ)を合わせたような、自分に合った刀を作って欲しいと耀哉に願い出たところ、灼白銀が今の刀を打ってくれたのだ。
「そうだな、全てが終わったらまた訪ねるとしよう。水原殿もどうかご無事で」
灼白銀と倫道はお互いに深く頭を下げ、反対方向に歩き出した。
四百年前、ここに来た時のことを倫道は思い出していた。その時の名は、継国倫影(みちかげ)。
継国縁壱は鬼殺隊を追われ、各地を放浪しながら一人で鬼を倒していたが、ある集落を襲っていた鬼を討った。だが集落は全滅だった。ただ一人、十歳の子供を除いて。
全滅した集落の唯一の生き残りとなった子供を放っておけず、やむなく縁壱はその子を連れ、育てながら旅を続けた。天涯孤独だった子供は縁壱と共に旅しながら弟子入りし、剣の修行をした。いつしか逞しく成長したその子は縁壱の養子となって日の呼吸の剣技と継国の姓を受け継ぎ、継国倫影と名乗った。倫影は黒死牟に遭遇した際も戦いを見届け、立ち合いの途中で死を迎えた縁壱を看取った。動揺する黒死牟を逃がしてやり、その後縁壱が果たせなかった無惨討伐に挑んだが、無惨をあと一歩まで追い込みながら逃げられ、その戦いで力尽きて死んだ。
倫道は多重転生者として幾つもの世界と時代を生きており、日の呼吸の剣士としてこの世界線で生きていたのだ。
封印されていた記憶は甦り、倫道は全てを思い出した。