虎狼は猗窩座と同じく無惨に気に入られ、上弦ノ陸から伍に昇格しています。
一部土砂災害に関する表現が出てきます。ご不快な方は閲覧をお控えください。
(これが産屋敷の当主か)
ついに見つけた鬼殺隊本部・産屋敷家。鬼舞辻無惨は、布団に横たわった男を冷ややかに見下ろしていた。傍らに美しい女が正座して控え、静かに無惨を見上げている。
「存外元気そうだな。余命幾ばくも無いと聞いていたが?」
気配は察していたのだろう、声をかけると男はすぐに眼を開いて、特に驚く様子も無く無惨を見上げた。
産屋敷家の当主は代々若くして死ぬという話だったはずだが、その男は色は白いが健康そうで、二十代前半という年齢相応に見えた。顔中酷くただれているという噂も本当ではなかったようだ。
「私の子供たちが治療法を考えてくれた。体はもう随分と良くなったのだよ」
鬼殺隊当主・産屋敷耀哉は上半身を起こすと布団から出て、自分の足でしっかりと立ち上がった。
髪型や服装、肉付きは違うが顔は瓜二つ、その両者が向かい合う。しかしよく見れば、表情には決定的な違いがあった。同じように微笑んでいるが、無惨は傲慢で冷酷な印象を抱かせるのに対し、耀哉の微笑みは慈愛に満ちている。その差は、無惨の瞳孔が爬虫類のように縦に長く細いからだけではなく、人物の本質によるものであろう。
「半年の治療で私は概ね健康を取り戻したよ。君はきっと、自分の手で私を殺しに来るだろうと思っていた。その時君としっかり向き合って話すために」
耀哉はただれの消えた顔で無惨に微笑みかけた。
「その僥倖も無意味なことだ。健康を取り戻したとて、僅かばかり命が延びたに過ぎない。目障りな鬼狩り共は今宵皆殺しにする。お前も今から殺す。それから禰豆子を喰って取り込み、私は完全な不死身となるのだ」
無惨は、それがどうしたと言わんばかりに、自信たっぷりに言い放つ。
「残念ながら君の望みは叶わないことになっている」
耀哉は穏やかに、しかしきっぱりと言葉を返した。
「禰豆子の隠し場所に随分と自信があるようだな。だが私には時間がある。お前たち人間とは違う」
余裕の構えを崩さず、自らの勝利を微塵も疑っていない。そんな無惨を見て、耀哉はふっと小さく笑った。
「何が可笑しい」
ここにきて、初めて無惨は感情の揺らぎを見せた。目の前にいる、自分とそっくりな男の態度が単純に癪に障った。この男は今すぐにでも殺せる。圧倒的に有利な状況だが、何故か無惨の心がざわついた。
「私はね、無惨。禰豆子の隠し場所でなく、私たち鬼殺隊の勝利に自信があるのだよ。そうなっている、と言っただろう?それに、例え私が殺されても鬼殺隊は些かも揺らがない。却って私が殺されれば鬼殺隊の結束は強まり、士気は上がる」
耀哉の口調は変わらず穏やかでありながら、威厳すら漂わせる凜とした佇まいはさすが鬼殺隊当主だ。単に虚勢を張っているだけかもしれないが、無惨は、余りに自信ありげな耀哉の様子を不審に思った。しかし気配を探っても、この広い屋敷には耀哉と妻、庭で遊んでいる二人の幼い娘しかいない。
「無惨、君とは決着を付けなければならない。……部屋を変えても構わないかな?あの子たちが」
耀哉はそう言って妻のあまねを伴い、無惨に背中を向けて屋敷の奥の方へ歩き出した。二人の娘が遊ぶのを止め、庭から心配そうに見つめている。
(殺されるところを娘に見せたくないという訳か。しかし護衛もいない、妻がいるだけ……一体何を考えている?殺されるためにわざわざ待ち構えていたのか)
無惨は数歩の距離を開けて二人について行く。もう少し気を配っていれば、耀哉の尋常ならざる気迫を察知できたかもしれないが、この時は何の気配も感じ取れなかった。いつでも殺せる、その立場の圧倒的な優位が油断となり、無惨から細かい観察力を奪っていた。
無惨が二人の後について隣の部屋に入ると、背後のふすまが重々しい音を立て、独りでに閉まったが無惨は気にも留めなかった。
無惨が部屋の中央に来た瞬間、これまで何も気配が無かった床や天井、ふすま、部屋の四方八方から何十本もの黒い刺が飛び出した。棘は耀哉とあまねを器用に避け、耀哉とあまねがすぐ近くにいたせいで油断していた無惨は全身を刺し貫かれ、完全に固定された。
同時に愈史郎の血気術、“紙眼”で気配と姿を消していた倫道が部屋に飛び込み、耀哉とあまねを抱えて床下の避難路へ逃げ去った。
(血鬼術!これは誰のものだ?小細工を!)
多くの棘に貫かれ完全に固定されながら、全て吸収すれば問題ないと考えた無惨はまだ余裕があった。
しかし次の手が無惨を襲う。
今度は部屋に仕掛けられた大量の火薬が爆発、熱風と衝撃波が無惨を飲み込んだ。固定された無惨へとその衝撃が集中するように綿密に計算して爆薬が仕掛けられており、部屋には強固な補強が施され、庭にいた耀哉の娘たちも予め掘られた脱出路に駆けこんで無事だった。それでも爆発の凄まじい威力は殺しきれず、鉄板のように補強されたふすまや天井も吹き飛び、漏れ出した衝撃波で広大な屋敷全体が半壊する程であった。
「哀れな鬼の始祖よ、恨まないでおくれ。君は私たちが、私たちの代で倒す。君たち鬼は滅び、鬼殺隊が勝利すると決まっている。そうなるように私も命懸けでこの戦いに臨む」
耀哉はそう呟き、最終決戦の指揮を取るため新たな本部へと向かった。
(珠世さん!やっぱり!)
倫道はすぐに無惨のところへ駆け戻ると、無惨の体に薬を突き入れる珠世の姿があった。
無惨は急速に再生しながら、珠世の左上肢を既に肩まで吸収し、頭の一部も吸収し始めていた。
「珠世さん!ご無礼!!」
倫道は飛び込みざまに珠世の肩や頭など、吸収されようとしている体の左側の多くの部分を切断、珠世を無理やり無惨から引き剥がした。
「何をするんです!放して!私はあの男と共に死にます!」
顔の一部や左腕を失って血だらけになりながら、珠世は必死に抵抗したが倫道は何とか珠世を連れて退避した。
「やはり読まれていましたか……」
左半身から血を流しながら珠世が呟く。すぐに傷口は塞がり、失った左半身が切断面から生えてきていた。
「この忌まわしい体……」
見る間に再生していく腕を見ながら珠世が呟く。
「すみません、知っていて見過ごすわけにはいきませんでした」
倫道は済まなそうに続けた。
「珠世さん、おつらいでしょうけど、貴女は生き続けなければならない。生きることから逃げないでください。俺は貴女の運命も知っていたし、貴女のことも救いたかったんです。自己満足かもしれませんけど、みんなを救って、その人たちがほのぼのと平和に生きてくれること、それが消えいく俺の存在意義なんです……。この戦いが終わったら復讐に囚われる必要もありません。医学の発展のために穏やかに生きてください。……それと愈史郎さんのためにも」
倫道が深く頭を下げた。
「そうでしたね、貴方は未来を知っているのですものね。厄介な人に目を付けられたものです。しかし……愈史郎がどうかしましたか?」
珠世はため息をついて悲し気な微笑みを浮かべたが、何故急に愈史郎の名が出てくるのかと訝しんだ。
「それはご自分で愈史郎さんにお尋ねください」
倫道は意味ありげに微笑み、それ以上語らず戦場へ向かった。珠世は、倫道がうっかりと漏らした「消えていく」というセリフも気になったが、その真意を聞くことはできなかった。
産屋敷邸は幾つもの箇所で火の手が上がり、大ダメージを負った無惨は炎の中で歯噛みする。
しかしそれは、最終決戦の幕開けに過ぎなかった。柱たちが次々に到着、無惨への攻撃を開始するが、本格的な戦闘に突入する前に巨大な異空間への扉が開き、隊士たちが無限城へと落とされていった。不死川と一緒に本部に駆けつけた斗和も異空間へと落ちていく。鳴女に捕捉されていた隊士たちも無限城へと落とされ、倫道もマスカラスとともに異空間へとダイブしていった。
遂に運命の最終決戦が始まった。
無限城に落とされる途中で不死川と離れ離れになり、斗和は一人、原作を思い出しながら用心深く無限城内を歩いていた。
(確か出来損ないみたいな鬼がたくさん出てくるはず)
時折飛び出してくる雑魚鬼、と言っても下弦に近いくらいには強化されているが、今の斗和には足止めにすらならなかった。それらを瞬殺しながら斗和は自らの強さを再確認して気持ちを落ち着かせた。
(体調は万全!上弦や無惨相手にどれほどやれるかは分からない。この戦いの後、私がこの世界にいられるかどうかも分からないけど、絶対みんなの役に立ってやる!)
この世界の人々を護り、この戦いを勝利に導く。そのために、鍛え抜いた力と技を発揮する時が来た。
(私はもともとこの世界の人間じゃない。だから、消えてしまうのかもしれない。でも……。私はどうなっても良いけど、消えてしまった時に実弥さんが悲しんでくれなかったら寂しいな)
斗和は寂しさとともに、そんなことが気になる自分に苦笑した。
「斗和さん!」
後ろから声をかけられ、振り向くと倫道が駆け寄って来た。
「倫道君!大丈夫?怪我は?」
「俺は大丈夫。斗和さんはどう?体の調子は?」
「絶好調だよ!頑張ろうね!!」
「俺たちが組めば黒死牟にだって負けないよ。……多分」
倫道は不安を隠して笑って見せる。
「弱気!」
斗和も余裕の笑みを返した。斗和が万全の状態で決戦に臨んでいる。鬼滅の原作にも、“野良着の隊士”の物語にも無い展開なのでどの相手と当たるかは倫道にも分からなかったが、互いに心強く、どんな強敵も倒せるという自信があった。
原作で既に死亡しているはずのカナエ、杏寿郎を始め、怪我の無い万全の状態の宇髄、復帰した煉獄槇寿郎もいる。獪岳は鬼にならず、不死川玄弥は魔改造により原作よりはるかに強くなっている。そして何より主人公の斗和と全てを知る転生者の倫道がいる。鬼滅の原作と比較すると、大幅に戦力が増強されているのだ。
懸念材料としては、新たな上弦の補充。原作では獪岳が上弦ノ陸となったが、この世界で新たに上弦となるのは――。
(無限城で斗和さんと一緒になった。この流れは)
倫道の危惧はいよいよ現実味を帯びる。“野良着の隊士”の世界では、斗和と無限城で対峙するのは、因縁のあの鬼だからだ。
二人は大広間のような部屋にたどり着いた。そこは部屋と言うよりもだだっ広い空間。部屋の中には黒い柱が所々に立っていて、柱の間には格子戸が建っており、見通しは良くないが天井が高く、広がりのある場所だった。
「ここは、黒死牟の居た広間?」
倫道は小声で話しかける。どういうことなのか、斗和とあの鬼が顔を合わせるのはここではないはずだが、と倫道は都合良く期待するが、倫道が色々と動いてきた結果、物語に重大な改変が起こっていることは間違いなさそうであった。
「こんな感じだったかな?……ってことは、私たちは黒死牟だね」
佳成の仇討ちだ、続けて斗和がそう答えようとした時、その眼が鬼の姿を捉えた。
短い黒髪、大柄な青年の姿。剣と思しき巨大な得物を背負い、腕を組んで柱にもたれ、じっと佇んでいる。
(見たことない鬼だ。背負ってるのは……剣?あんなでかい物を扱えるくらい力があるってことね。新しい上弦かな?)
斗和が敵の正体を確かめようと目を凝らす。
(あれは!……違う、そんなはずは)
俯いて眼を閉じたその横顔に、斗和は見覚えがあった。
「静寂だった城が騒がしくなった……」
鬼は気配を察したのか顔を上げ、聞き覚えのある声でそう呟くと、斗和と倫道の方へ正面から向き直った。
(違う。あれは違う、そうじゃない。あの時に死んだはずだ)
斗和は自分の考えを必死に否定しようとするが、変わり果てていても見間違うはずがなかった。忘れるはずがなかった。
「鬼狩りか。あの御方に仇なす者ども、俺が殺してやる」
鬼は背負った巨大な得物を軽々と前方に振り出す。それは鉄板を生体組織で包んだような大剣だった。表面はゴツゴツとした瘤で覆われ、血管のような赤黒い筋が縦横に走り、その中に所々金属らしい鈍い光沢が覗いている。それは剣というにはあまりに大きく、分厚く、あまりに武骨だった。そしてその巨大な得物を操るに十分なパワーを感じさせる、筋骨隆々の体躯。
息を呑む斗和、密かに顔を歪める倫道。
上背は以前よりもさらに伸びたように見えた。腕や脚だけでなく、首回りや肩の筋肉が盛り上がり、人間だった頃より各部が二回り以上も大きく発達して最早怪物じみていた。人の好さが丸出しだった優しそうな目許は吊り上がり、印象が大きく変わっていた。強膜(白目)は黒く染まり、黒目の部分、虹彩は青白く輝き、右眼に“上弦”、左眼に“伍”の文字が刻まれていた。両頬から眼の周囲にひび割れのような紋様が走り、爽やかな好青年の面影はわずかにしか残っていない。しかし通った鼻筋と顔の造作は紛れもない、彼だった。
「佳成……何で」
残酷な巡り合わせにそれ以上の言葉を失い、呆然と鬼を見つめる斗和。
「やはりこうなるのか……!」
危惧が的中し、呻くように言葉を絞り出す倫道。先程までの二人の闘志は完全に挫かれてしまった。
「お前はあの時の男か。また会ったな、今度こそ本気で相手をしてもらおうか」
鬼は明らかに動揺を見せる二人を無表情に眺めていたが、女である斗和にはさして興味を示さず、倫道が先日の男だと気付くと初めて薄く笑った。
「また会ったって何?どういうことよ倫道君!!やはりって言ってたよね?知ってたの?」
倫道の呟きは斗和の耳にも届いていた。そして鬼の今のセリフ。斗和は取り乱し、血相を変えて倫道を問い詰めた。
「し、知らない!こんな奴に会ったのは初めてだ」
倫道は必死に否定する。
「だって!あいつ今」
「本当だよ。俺は何も知らない」
「嘘!」
斗和はあまりに残酷なこの運命に感情の整理が追いつかず、自分でも理不尽と分かっていながら倫道に詰め寄った。
「「!」」
二人は飛び退き、大剣の強力な一撃が二人のいた場所の床を破壊し、破片が飛び散った。
「仲間割れはあの世でやれ」
鬼が床にめり込んだ大剣を引き抜き、片手で構え直した次の瞬間、さらに鋭い二撃目が放たれた。
反応が遅れたわけではない。この鬼の踏み込み、剣の振り下ろしは大変なスピードだが、倫道は斬撃を躱し切ったはずだった。だが斗和を庇ってより前にいた倫道の額にはわずかに切創が出来ており、たらりと血が滴った。鬼の持つ大剣はただ分厚く頑丈なだけでなく、切れ味も鋭い。さらに範囲は限定的だが斬撃の際に空気の流れを作り、生み出された真空の渦が副次的に敵を攻撃する。
「少しはやるようだな。俺は上弦ノ伍・虎狼」
――上弦ノ伍・虎狼、かつての館坂佳成(たてさかよしなり)は、先ほどよりも幾分かはっきりと笑みを浮かべた。
(斗和さんはショックですぐには無理だ。俺が単独で当たるしかない!)
戦うしかないのは分かっている。だが心のどこかで、全力で戦うこと、佳成を殺すことへの迷いが拭い切れなかった。
倫道は単独で虎狼と戦闘を開始した。
虎狼は相手の攻撃があろうと構わず距離を詰め、巨大な剣で一撃必殺を狙う戦法だ。以前倫道と戦った時も、相手を上回る威力の攻撃を繰り出し、逆に相手にダメージを与えていた。
空破山!
倫道の刀が空を叩き、幾筋もの真空の刃が放たれた。
「カマイタチか、面白い」
虎狼は軌道を読んで迎撃するが、そのうちの一つが虎狼の片足首を、もう一つが頭の一部を斬ったが、斬られた部分は即座に再生し、虎狼は余裕の構えを崩さない。その一瞬の間に倫道が飛び込む。
水の呼吸 漆ノ型・雫波紋突き
倫道は遠隔斬撃からの水の呼吸最速の技で一気に距離を詰める。だが虎狼もドラゴンころしのような大剣を軽々と振り回し、接近戦の間合いに入るのは容易ではない。
倫道が飛び込むタイミングを図っていると、今度は虎狼が連撃を繰り出す。ハンマー投げの要領で剣を持って体ごと回転しながら突っ込み、最後に回転の勢いを横回転から縦方向に変え、勢いを利用して頭上から大剣を叩きつけた。剣は床にめり込み、連撃を何とか躱した倫道がその隙を突いて攻め入ろうとしたが、虎狼は剣を握ったまま側転、その勢いでめり込んだ剣を引き抜き、新たに攻撃態勢に入る。掠っただけでも腕の一本は飛んでいきそうな勢いで大剣が振り回され、倫道は再び間合いを取らざるを得ない。
倫道はフットワークを活かし、虎狼の攻撃範囲ギリギリに細かく出入りを繰り返して隙を伺う。また決定打にはならないが、空破山で何度も斬撃を浴びせ、虎狼をイラつかせる。
虎狼の攻撃範囲の広さ、威力は驚異的だ。この巨大な剣の斬撃をまともに食らっては受け流すのも至難の業。生半可な防御など役には立たず、下手をして受け損なえばまさに粉砕されてしまう。しかし武器の巨大さ故に、間合いを詰めて密着し、その威力を殺せば勝機はあると倫道は考えた。虎狼は踏み込みが速いがその動きは直線的で、倫道のような自由自在なフットワークは持たず、それは人間の頃と変わっていないようだった。いきなり頸狙いではなく、ヒットアンドアウェイでまず四肢のどこかを切断して隙を作り出す。もう一つの戦法としては、こちらが虎狼以上の攻撃を繰り出すこと。斗和との同時発動の高威力攻撃で一気に叩く。使いどころは難しく、今や上弦の鬼となった虎狼に通用するかどうか、確証はない。
一旦退避した倫道もほぼ無傷、十数カ所を斬られた虎狼も既に傷は塞がっている。二人はまだまだ手の内を隠し、静かに睨み合った。
「鬼狩りは何人も喰ったが、まるで手応えが無かった。お前は今まで相手にした鬼狩りとは違うようだな」
虎狼が倫道に向かってまた薄っすらと笑みを浮かべる。
(人間を、仲間を!やはり喰ったのか!)
斗和はギリギリと血が出るほどに唇を噛み締め、虎狼を睨んでいた。
倫道がまた斬りかかった。虎狼の斬撃をギリギリで躱しながら四肢に斬撃を浴びせる。虎狼は大剣を盾としても使いながら有効打を許さず、逆に体術で攻撃して激しい戦闘を繰り広げた。
「この感じ、久しぶりだ。俺も以前は鬼狩りだったらしいが……お前たちは俺のことを知っているか?」
前回戦った時のように、虎狼がまた聞いてくる。
「お前など知らんな。だがお前によく似た隊士はいた。良い奴だったが、そいつはもう死んだよ」
額から滲む血が眼に入り、流れて落ちる。それはまるで血の涙だった。
「だから、お前を解放してやる。――せめて、俺たちの手で!」
倫道は虎狼を見つめ、迷いを断ち切るように、自らに言い聞かせるように叫んだ。
「知っているということか。それなら昔のよしみで選ばせてやろう。全身を砕かれて死ぬか、体を真っ二つにされて死ぬか」
虎狼も大剣を構えた。
「ただし希望通りになるとは限らん」
土の呼吸 壱ノ型・土龍爪(どりゅうそう)!
虎狼は本格的に呼吸の技を使い、攻撃を開始した。
あの優しかった佳成が鬼になった。
好青年、そんな表現がぴったりの、優しく真面目な男だった。恵まれた体格があり、岩の呼吸を勧められて悲鳴嶼に弟子入りするも修行に行き詰まり、合同任務で見た斗和の技に感銘を受けて弟子入りを志願して来た。斗和にとって初めての弟子であり、年齢も近かったため、共に切磋琢磨する大事な仲間であった。恋人の夏世(かよ)のことをからかうと、顔を真っ赤にして照れていた、そんな佳成が。
(倫道君……佳成……)
斗和はあまりに無情な運命を呪い、どうすることもできない自分の無力さに悔し涙を流した。視界は涙で曇り、益々激しくなる倫道と虎狼の戦いがぼやけて映った。
斗和は、以前に倫道と話したことを思い出していた。
上弦ノ伍・虎狼、人間であった頃の名は館坂佳成。剣や体術の技以外、人間時代のことは思い出せなかった。
鬼は人間時代の記憶を失っている者が多いが、中には保っている者もいる。それには何か意味があるのか?斗和は倫道とそんな話をしたことがあった。倫道は独自の考察を述べていた。
黒死牟は縁壱より強くなるため、妓夫太郎は幸せな人間に復讐するため。人間よりも遥かに生命力の強い“鬼”という種族であることが、自我を保つことに繋がっている。それに、自分はもう人間ではないこと、人間であった自分が人間を喰らうことに精神的に耐えられるかどうかも重要なのではないか。童磨は感情が欠如しているため、それらに耐えられる。
「鬼は悲しい生き物。記憶を失ったまま人を殺し、罪を重ねるのも、人間の記憶を保って鬼として生きるのも。いずれにしても地獄だと思う」
そう語る倫道は悲しげな表情だった。
(倫道君、優しいからな)
斗和は、累や手鬼など、鬼が今際の際に人間の記憶を取り戻す悲しい場面を思い出しているのだろうとその時は思った。
(私たちがしてやれることは、もうこれしかないんだ!)
斗和は二人の戦いから視線を外して俯き、涙を流しながら刀を握りしめた。
「斗和さん!やるしかない!こいつを倒さなければ先へは進めない!」
倫道が斗和に叫ぶ。
「お前たちにこの先など無い。ここで俺に殺されるからだ」
土の呼吸 伍ノ型・土砂崩れ(どしゃくずれ)!
虎狼は薄笑いを浮かべ言い放つと、強力な広範囲攻撃を放った。
(斗和さんが今これを受けたら……!まずい、防御が間に合わない!)
激しく戦ううちに、倫道と斗和は距離が離れてしまっている。防御の技を展開しても斗和までカバーできない。
水の呼吸 拾壱ノ型・凪!
倫道は防御の技を繰り出しつつ斗和の方へと走る。だが虎狼が跳躍して放った攻撃は出が早く、威力は弐ノ型には劣るがより広範囲に及ぶ。
「斗和さん!避けて!」
焦る倫道が叫ぶが斗和は動かない。膝を突き、無防備な斗和に虎狼の攻撃が到達するかに見えたその瞬間だった。
土の呼吸 玖ノ型・蚯蚓破裂(みみずばれ)!
沈黙していた斗和から、突如斬撃が放たれた。
床を割るほどの強力なその一撃は、押し寄せる土砂を猛スピードで切り裂いて突き抜け、虎狼に襲い掛かった。
(弱々しい鬭気だと侮っていたが、この女……?!)
突然の鋭い反撃を危うく躱し、真っ二つにされることは免れた虎狼だったが、片脚の膝から下を切断され、その威力に目を見張った。
その技を放った女は、不思議な形をした刀を手に仁王立ちし、虎狼を睨み据えている。
「なぜお前が土の呼吸を……。しかも俺の技を突き破るとは」
虎狼は初めて斗和を強敵と認識し、話しかけた。
「お前の今のそれは土の呼吸のつもりか?そんな府抜けた技で土の呼吸を名乗るとは!!――無礼千万!!」
斗和は特殊日輪刀を片手で握り、切っ先で虎狼を指した。
「言うじゃないか。お前の名は?」
虎狼は強力な技を使う女剣士に興味を引かれたが、自分自身でも気づかぬうちに小さな違和感が心の内に芽生えていた。
「私は土柱 蓬萊斗和。この名に覚えは無いか」
斗和は仁王立ちのままじっと目を凝らし、虎狼の瞳の中に本心を探り出そうとした。
「知らんな」
そう答えた虎狼の表情には何ら変化が無く、感情の揺らぎも見えなかった。
(そうか……。完全に鬼になってしまったんだな)
目の前にいる虎狼と、かつて斗和の下にやって来たばかりの佳成が重なった。希望に満ち、それでいてどこか緊張した様子の佳成の姿が昨日の事の様に懐かしく思い出された。斗和は思わず涙が溢れそうになって一瞬だけ視線を外し、そしてもう一度虎狼を睨んだ。
(女……顔の傷……不思議な刀)
しかし、斗和が顔を伏せたその時。それは一瞬にも満たない時間だったが、虎狼の表情はわずかに動いた。
「生憎と俺には人間の記憶は無い。鬼狩りであったと聞かされただけだが、鬼狩りには感謝している。刀の握り方くらいは教わったのだろうからな」
虎狼は再び皮肉な薄笑いを浮かべた。
「お前は以前名乗らなかったな。名乗る気になったか」
虎狼は今度は倫道に尋ねた。
「水柱 水原倫道」
倫道は短く吐き捨てた。
「そうか、それは良い!柱を二人殺せばあの御方も喜んでくださる。それに女の方は土柱か。土の呼吸を使う者同士、命のやり取りも面白かろう」
虎狼は強敵と相対する喜びにわずかな笑みを漏らし、言い放つ。斗和も倫道も怒りと悲しみを押し殺し、虎狼を睨んだ。
もうあの頃には戻れない、それがはっきりと分かった。
かつてともに励んだ者同士の戦いがまた始まった。
覚悟を決めた斗和の参戦で形勢が大きく傾き、斗和と倫道はコンビネーションで押し気味に戦いを進めていた。しかし虎狼は全く焦る様子も無く、それどころか戦闘自体を楽しむ余裕すら窺えた。
斗和と倫道は連携して細かく斬撃を入れるが、上弦の再生力の前には崩しにはならず、虎狼は大剣を振り回せなくなっても体術を繰り出し連撃を許さない。猗窩座ほどの精度はないが、人間時代とは比べ物にならない剛力で振るわれる技は脅威で、二人掛かりで挑んでも通常の戦闘では虎狼を崩すことができず、戦闘は膠着状態となった。
状態の打開を懸け、倫道が水の呼吸最大威力の技を発動するため、虎狼の周囲を円を描くように高速移動し、回転を上げていく。
(倫道君、生生流転を!でもそれだけじゃないな、絶対何か狙ってるよね?!とにかく最大威力になるまで私がフォローしないと!)
回転を始めた倫道をちらりと見て、斗和は一瞬で思考を巡らす。そして、刀をフルスイングする攻め一辺倒から、倫道への攻撃を逸らす護りを意識した動きへとシフトチェンジした。倫道は斗和のフォローもあって虎狼の攻撃を躱し、受け流しながら回転を重ねる。
「斗和さん!“弐ノ型”を撃って!」
倫道が斗和に叫んだ。
倫道は回転をさらに重ね、虎狼の大剣の一撃も弾き返すほどにその刃に力が乗っている。
(土石流に生生流転を重ねる……同時発動?!)
斗和は倫道の意図を汲み、タイミングを図る。
攻撃を避け、真空刃を飛ばし、さらに倫道が虎狼に接近する。
「弐ノ型か、良いだろう。どちらの技が優れているか、同じ弐ノ型で勝負といこう」
土の呼吸 弐ノ型・土石流 兇狂(どせきりゅう きょうきょう)!
虎狼は大剣を一閃、土の呼吸・弐ノ型を元に編み出した技を放った。大剣の一閃と共に、二重、三重の黒い土砂の壁が倫道と斗和に向かって奔り始めた。
倫道が大技を放ち、斗和が弐ノ型を撃ってくる。――勝負を賭けてくる気だ。虎狼はその気配を察知して笑みを漏らす。虎狼は自らの優位性を全く疑わず、却って敵の切り札を粉砕し、戦意を挫いて一気に勝負を決める好機と考えた。
土の呼吸 弐ノ型・土石流!
斗和が刀を握りしめて力を溜め、弐ノ型を放った。斗和と虎狼、双方の巻き起こす土の壁が轟々と音を立て動き出し、スピードを増していく。
(ここだっ!)
水の呼吸 拾ノ型・生生流転!
倫道は幾つもある柱を蹴って高く跳んだ。二つの土石流が真正面から激突せんとした瞬間。倫道も最後の回転とともに技を放った。
それは、水の呼吸と土の呼吸両方を使う倫道ならではの発想だった。土石流とは本来、土砂や岩石などを含んだ大量の水が河川などを流れ下ることを言う。つまり、この土の呼吸の技に水の呼吸の技が加わることで、単独で撃つよりもはるかに大きな威力を引き出すことができるはず、と倫道は考えた。
同時発動 土石流・山津波(やまつなみ)!
二つの技が一つになる。
斗和の巻き起こした弐ノ型・土石流の黒い壁が大気を震わせ、それに水の呼吸最強の拾ノ型・生生流転が重なり、これまでにない威力を持った技となった。“山津波”は虎狼の放った「土石流 兇狂」と正面から激突、これを押し返して虎狼を技ごと飲み込んだ。戦場となった大広間は大きく揺れ、立っている柱や格子戸が衝撃で幾つも吹き飛んだ。虎狼も大きなダメージを負い、吹き飛ばされた。
(何と凄まじき技!柱同士の連携がこれ程のものとは!……このままでは殺られる!あれを)
虎狼はわずか数瞬だが体が動かなくなるほど激しい衝撃を受けた。何とか頸は守り、身体の損傷も再生できたが、このままでは押し切られる可能性がある。
(しかし、あれを使えば)
強力な血鬼術そのものに魂を喰われ、人語さえ解さぬ戦うためだけの存在になってしまうかもしれない。
(俺は何故戦う?何故強くなろうとする?決まっている、無惨様のためだ。鬼狩り共を殺すためだ。俺が戦う理由……それだけなのか?戦う……理由……)
虎狼は逡巡する。余りに大きい血鬼術への代償、戦いへの根源的な疑問。
(分からん、俺は一体何を思い出そうとしている?人間だった頃の記憶なのか?)
戦いの中で芽生えた漠然とした違和感が大きくなる。不思議な刀で自分と同じく土の呼吸を使う、蓬萊斗和と名乗ったあの女。水原という男と斬り合った時の高揚する感覚。虎狼は激しい頭痛を覚え、血鬼術を使うことを躊躇ったが、その時。
(虎狼、柱を何人殺した?鬼狩り共はまだ此方へは来させるな)
頭の中に無惨の声が響いた。
(俺は無惨様のお役に立たねば)
虎狼は迷いを振り切り、強力な血鬼術を使うことを決断した。
血鬼術 心滅魔獣・黒狼
虎狼は曲げた両腕を顔の前で交差させて気合を発し、ゆっくりと肘を伸ばして腕を開いていく。すると体の周りにザワザワと黒い瘴気が立ち込め、虎狼の全身を覆っていった。それは実体化して各部を覆う鎧となり、肩の装甲からは黒いマントが生えた。最後に髑髏(どくろ)の形をしたパーツが完全に頭部を覆い、虎狼は全身に甲冑を纏った姿となった。それは光を吸い込むような漆黒でありながら、金属の光沢を帯びた奇妙な質感があった。
(委ねろ。全てを……委ねろ!)
闇の中で何かが目を醒ました。そいつは凶暴な獣、破壊衝動そのもの。その“声”が虎狼の精神に直接語りかける。
――この衝動に全てを委ねろ。衝動のままに戦い続けろ――。
この甲冑を装着し“声”に同調した者は、鬼以上の力を得て文字通りの鬼神と化す。しかしやがてこの甲冑に魂を喰われてただ戦うだけの存在となり、命尽きるまで戦い続けるのだ。
この甲冑の以前の使用者は、敵味方構わず襲いかかって切り伏せ、命尽きるまで戦い続け「狂戦士(バーサーカー)」と呼ばれ、戦場を恐怖に陥れた。
これは中世かそれ以前、剣と魔法の戦乱の世界に生み出された「呪物」。その噂を聞きつけて海外から取り寄せた無惨だったが、それが発する禍々しい気、あまりの不吉さに初見以来関わることをせず、無限城内に死蔵されていたが、虎狼はそれを己が内に取り込んで血鬼術として利用しようとした。虎狼は破壊衝動に飲み込まれかけ、僅かに残った理性すらも奪い去られようとしていた。しかし、鬼と言えど、見境なく殺し破壊することはやはり違う、虎狼はこの甲冑の支配に頑強に抗った。
(あれはまさか?!)
頭を抱えて呻き声を上げ、苦しむ虎狼。倫道は前世の記憶でこの正体を何となく察したが、この恐るべきアイテムの出現にどうすれば良いかの判断をしかねていた。何が起きているのか分からない斗和も、攻撃することも忘れてしばし呆然と見ているしかなかった。
「ぐああ……止めろ!」
虎狼が一際大きく苦痛の呻きを漏らした。するとそれに呼応するかのように、キキイ、ギイイイイ、と金属を激しく擦り合わせるような甲高く不快な音がして、頭部パーツの形が変わり始めた。丸く開いていた眼は、笑み崩れたように不気味な孤を描く裂け目となって紅く妖しく光り、頬から鼻、顎の部分が前方に突き出してマズルとなり、獣を模した形に変化した。
(どうすりゃいい?動きの止まった今がチャンスだが、ここで攻撃したら一気に“狂戦士”になってしまうかもしれない)
虎狼は禍々しい気の流れに抗い、苦しんでいた。斗和と倫道は変貌していく虎狼を呆然と見ていたが、そこに音も無く人影が走り込んで来た。
(何だよ、相手は動き止まってるじゃねえか!後は頸刎ねるだけだな!)
雷の呼吸 肆ノ型・遠雷!
内なる声と激しくせめぎ合い、動けない虎狼。そんな様子を大いなる戸惑いをもって見ている斗和と倫道。だが三者の膠着状態など構わず、獪岳が突っ込んだ。
頭を抱えるようにしたまま動きの止まっている虎狼を見て、腕ごと頸を刎ねてしまおうと獪岳が背後から斬りかかる。虎狼は間一髪で飛び退り間合いを取ったが、再び片膝を突いてしまった。
「逃すかよ!」
雷の呼吸 参ノ型・聚蚊成雷!
チャンスと見た獪岳は虎狼を追って、高速移動しながら目にも止まらぬ連撃を浴びせ、さらに畳みかけた。
だが片膝を突きながらも、虎狼はその姿勢のまま大剣を一閃した。
(こんなバカでかい武器をこの体勢で、この速さで振り回しやがる!当たってりゃ危なかった!やはりそう簡単にはいかねえか)
危うく跳躍して躱した獪岳だが、風圧と真空刃だけで隊服が切り裂かれ、所々血が滲む。
「もう少しで頸斬れたのによぉ!運の良い奴だぜ!」
倫道の隣へと着地した獪岳が双剣を構え、内心では冷や汗をかきながら軽口を叩いた。
「威勢が良いな。だが後先考えないのは良くない」
全身を漆黒の鎧に包んだ虎狼がゆっくりと立ち上がり、幾分か皮肉を込めながら言い放つ。ヒトの言葉を話すことに、倫道は一先ず安堵はした。だが虎狼が今どんな状態なのかは正確には分からない。
「何だと?!」
獪岳はこの言葉に強く反応した。
(同じことを言いやがった!しかもこの声……こいつ、まさか!)
親友の佳成が、熱くなって突っ込みがちな自分を気遣い、そう言って何度も諫めてくれた言葉だった。
許せなかった。この黒い鬼は、自分を嘲笑うために友がくれた大事な言葉を吐いた。だが獪岳がそれ以上に許せなかったのは、そのセリフが友と全く同じ声で発せられたことだ。
「佳成……なのか?違うよな水原さん!あの化けモン、佳成じゃねえよな?!」
獪岳は、半ば叫ぶように倫道に問いかけた。
「今は違う。奴は上弦ノ伍だ」
倫道は構えを緩めず、獪岳の方へと視線を遣ることなく極めて冷静に答えた。
「やっぱりそうなんだろ?!しかも上弦だと?!」
動揺した獪岳の悲痛な声が響く。
「くそ!全部俺のせいじゃねえかよ!俺が強けりゃこんなことにはならなかったのに!」
獪岳にとっても佳成は唯一無二の親友だった。自分を命懸けで庇い、逃がしてくれた親友が鬼になり、今や敵として対峙している。
「自惚れるな!お前一人の力でどうにかなるものじゃないんだ!戦えないなら引っ込んでいろ!」
倫道は獪岳を激しく叱咤した。お前一人のせいではないという倫道なりの気遣い。そして、今は悲しみに浸るのではなく死に物狂いで戦う場面だ。打ちひしがれ、戦う気力を無くした者は死ぬ。
「だけどっ!畜生!」
獪岳は、鎮まりながらも滲み出る斗和と倫道の激しい気迫を感じ取った。同時に、どうにもならない現実を、自分の非力さを思い知らされた。
「獪岳、お前も覚悟を決めろ。鬼は斬る」
獪岳の感傷を断ち切るように斗和の厳しい声が飛ぶ。凍てつくような冷たさに、獪岳は思わず斗和の方を見た。
「アンタたち平気なのか?!あいつを!」
平気なはずがなかった。獪岳にも良く分かっていたが、叫ばずにはいられなかった。
「私たちの手で送ってやろう」
――それが、せめてもの――。
斗和はそれ以上は言わなかった。獪岳は、佳成の死の報告をした時の斗和の様子を思い出した。悲しみに耐えながら、穏やかに振る舞っていた斗和。今はあの時とはまるで別人、修羅の表情だ。虎狼をあくまで鬼として、殺害対象として見ようとしている。鬼気迫るその表情が、獪岳には却って痛々しく見えた。
倫道は虎狼の様子を伺いながら構える。斗和も静かに特殊日輪刀を構えた。二人の決意を感じ取り、獪岳も涙を振り払って構えた。どうしてこうなってしまったのか、やりきれない思いを無理やりに抑え込みながら。