ほのぼの鬼殺隊生活(完結)   作:愛しのえりまき

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第三十話 変身~最終決戦編・中編~

 

 

「決着を付けましょう。鬼舞辻無惨――いえ、月彦さん」

「死に損ないが……!」

冷静そのものの斗和に対して、無惨も心中の怒りとイラ立ちを隠し落ち着いた様子で応じた。

 

 無惨の両腕が風を切って迫る。斗和は懸命に集中力を高め、無惨の動きを見極めようとした。

 

(こんなにも速い!避けるのがやっとだ)

無惨の腕刀はただ速いだけでなく伸縮も曲げ伸ばしも自由自在、鞭よりも複雑に動き、軌道が読みにくい。無惨はさらに間合いを詰め、背中の九本の管も加え、激しい攻撃を繰り出してきた。初見の時よりも攻撃速度が上がっており、変貌を遂げた斗和の実力を探りながらも、無惨は本気で殺しにきていた。

 数十合打ち合い、無惨が不意に攻撃を止めた。無言で睨み合う両者。

 

『どう?さっきよりかなり見えるんじゃない?』

無惨はまだ全力を出していないが、斗和は第一次攻撃を受け切って肩で息をしている。

 自分が無傷でいる。斗和は無我夢中のあまり、倫道に呼びかけられて初めてそのことに気付いた。

 

「そうか!速いけど見えてるんだ……!」

斗和は息を整え、呟きながら微かに笑みを漏らした。

 

『次は本気で来るよ!全集中!』

警戒を促す倫道の声が斗和の頭の中に響く。

 

(気配が変わっただけではない、反応も速くなった。やはり……!)

この女を最大限に警戒せよ。自分自身の直感がそう告げていたが、無惨はわずかに疑念を抱いていた。しかしまだ全力ではないとは言え、この女は一対一の状況で攻撃を全て無効化して見せたのだ。自らの生存本能が発した警告、直感の正しさを疑う余地は無い。

 ただの瀕死の人間から、自分の命を脅かす明らかな脅威へ。無惨の中で、斗和の存在は大きく変化した。

 

「ほう、大層な口を利くだけのことはある。どんな小細工をしたか知らぬが」

無惨の表情は驚きから一瞬憤怒へと変わったが、感情の変化を悟られないようすぐに取り繕い、平静を装って話し出す。しかしその感情は完全には隠せず、言動の端々にイラ立ちを滲ませながら再び攻撃動作に入った。

 

「決着を付けるだと?面白い!」

言うや否や無惨が自分から間合いを詰め、今度は最初から背中の九本の管も使い、今までより速度を上げて攻撃してきた。

 

(来る!)

斗和は倫道の能力を使って反射速度を上げ、全身を眼にして無惨を注視した。すると、超高速の無惨の攻撃の“起こり”、つまり攻撃の開始動作が何となく分かり、その複雑な軌道も見え始めた。超高速の攻撃の全てを眼で捉えることは不可能で、数ヵ所の被弾は避けられなかったが、全く眼で追えずに勘だけで避けていた初見の状態とは雲泥の差だ。

 

(見えて来たよ倫道君!)

『その調子だ!シンクロ率が上昇すればもっと見える!躱せるようになるよ!』

斗和は素早くステップを踏み、時に足を止め、押し寄せる無惨の攻撃を刀で弾き、体捌きで躱す。

 

(見える!だけど)

何とか見える。見えてしまうのだ。至る所に鋭利な鉤爪がびっしりと生える両腕。先端に大きな刃物が付いた、背中と大腿部の合わせて十七本の管。そのどれもが、掠めただけで肉を引き裂き骨を断つ凶悪なまでの威力を持ち、まともに食らえば即死は免れない。それらが見えてしまっているために全力で回避しなければならず、斗和は却って攻め込む機会を掴めずにいた。

 

『斗和さん、飛び道具でこじ開けよう!』

遠隔斬撃で相手の防護を削り、それを起点にこちらの攻撃が届く間合いまで一気に飛び込む作戦だ。斗和は飛び退って大きく間合いを取り、技を放った。

 

『空破山!』

「空破山!」

 

 バシイッ、と黒い大刀が空気を叩き、真空の刃が飛び出した。

 

 倫道が斗和の体を使って技を放つ。斗和の大脳運動野へ投射された情報は、中枢神経から末梢神経へと伝達され、身体は寸分違わず正確に技をなぞる。倫道によってもたらされた体の動かし方の情報は、一本一本の筋線維の微妙な伸縮に至るまで中枢へとフィードバックされて定着し、斗和は自身の体でたった一回再現しただけの技を瞬時に習得した。

 

 斗和は無惨の周囲を回るように走り、跳び、どんな体勢からでも真空刃を放っていく。さらに斗和の能力はこれに止まらず、自身の能力で技をアレンジし、佳成の力を上乗せして連撃を放っていた。それらは猗窩座の使う破壊殺・空式よりも速く、迫る腕刀や管を次々と切断する。

 

『凄いぜ斗和さん!完コピだけじゃなくアレンジまで!まともじゃないよ!もう異常だよね!』

「ちょっと!それ褒めてんの?!」

空破山の連撃で無惨の防御を斬り破り、斗和がダッシュで間合いを詰めた。もう少しで本体に刃が届く、そこまで間合いを詰めることに成功したが、やはりそのまま近い間合いを維持できるほど甘くはなかった。あらゆる方向から襲い来る無惨の腕刀や管は刀で斬っても真空刃で削っても一瞬で再生し、そう簡単に攻撃密度は下がらない。回避を優先していると斗和自身の攻撃が本体に届かず、このままでは十分なダメージが与えられず、他の戦闘員が復帰する前に逃亡を許すことになってしまう。

 

 だが、無惨はついに両側大腿部の八本の管まで使い斗和を攻め立てる。大腿部の管は背中の管よりさらに速く斗和の死角を突き、背中の管との時間差攻撃となって斗和を襲った。無惨がそのような高度な手を使って来るとは予想できず、斗和は右腕を深く斬られ、握っていた刀は弾き飛ばされてしまった。

 

 無惨は表情も変えず、平然と斗和に近づいていく。斗和がチラリと目を遣ると、刀は斜め後方二メートルの所で地面に突き立っている。斗和は深く斬られた右腕を押さえ、無惨を睨みながらジリジリと後退って刀の方へと近づこうとした。

 

「動くな」

しかし無惨の管の一本が喉元に突き付けられ、斗和は動きを封じられてしまった。

 

(一思いに殺すか。……だが殺すよりも)

無惨は方針を転換、斗和が即死しない程度に加減しつつ、大量の血を注入してみることにした。

 

(鬼にすれば有用な手駒ともなり、情報も引き出せる。血の量に適応できずに死んだとしても、情報さえ吐かせればどうと言うことはない)

無惨は、悪くない思いつきだと心中密かにほくそ笑んだ。

 

「この私に跪き、頭を垂れて命乞いをするがいい。そうすれば鬼として使ってやらぬでもない」

通常の声で会話ができる程に近づいた無惨は、交渉とも取れるセリフを口にした。

 

「何だと?」

意外過ぎる言葉に、斗和は思わず聞き返した。

 

「難しく考える必要は無い。今ここで死ぬか、それとも私に従い永遠の命を手に入れるか。どちらが利口な選択かは明白だ。即死していないところを見ると、お前は私の血に順応できる可能性が高い。与える血の量に順応できたならば、お前たちが倒した上弦ノ壱よりも強力な鬼となれるだろう。新たな上弦ノ壱として私の役に立て」

唖然とする斗和に構わず、無惨は今度は冷徹な笑みを浮かべ語り続ける。斗和は何ヵ所も斬られていたが、倫道の霊力のプロテクトにより毒のダメージはほとんど無かった。

 

「鬼狩りどもは全員死んだぞ。お前一人にできることなど、犬死にする以外何がある?それにお前には聞きたいことがある」

戦っていた隊士は一人も死んでいないと分かっていながら、斗和の戦う意志を挫き、服従させるため無惨はブラフをかけた。自ら望んで鬼に変わる方が、幾らかではあるが順応しやすくなるようだと報告があったからだ。無惨は斗和が何を知っているのかが気になり、それを聞き出したかった。

 無惨は勝ち誇りながらも万全の構えで斗和に集中している。先程は油断して一度止めを刺し損ねたが今度は全く気を緩めず、取り逃がす心配はなかった。

 

「くそっ!」

斗和は無惨を睨み、顔を伏せた。悔しさに斗和は拳を握り、肩が小刻みに震える。……しかしその数秒後。

 

「フ……フフフフ……」

俯き、悔しさに歯噛みしていたはずの斗和の口から抑えた笑い声が漏れ始めた。

 

(この女、笑っている?気でも触れたか)

無惨は訝ったが、可笑しくて堪らないと言わんばかりに笑い声は大きくなった。

 

「何が可笑しい?!」

やはりこの女は不愉快だ。無惨は不快感を露にして思わず声を荒らげるが、右腕を使い物にならないほど深く斬られ、武器を弾き飛ばされ、頸には刃物を突きつけられた絶体絶命の状況で笑い出すこの女の異様さに、表現しようのない不気味さを感じた。

 

 斗和の笑い声がピタリと止んだ。

 

「俺もお前に聞きたいことがある」

笑いを収め、顔を伏せたまま斗和は言葉を発したが、その声は鋭く低い男の声だった。無惨は強烈な違和感を覚えた。

 

「久しいな、無惨。俺を憶えているか?」

男の声が斗和の口から発せられ、斗和が不意に顔を上げた。

 

(水原倫道?!この女に憑依している?)

無惨は我が目を疑った。斗和の顔の上に半透明な男の顔がぼんやりと浮かび上がり、ひたと無惨に眼を据えて問いかけたのだ。

 

(違う、水原倫道ではない。此奴は、この男は!)

謎の男がじっと無惨を睨む。水原倫道にそっくりだが、この謎の男には左眼の周囲と左前額部に痣があった。継国縁壱、あの化け物と同じ痣が。

 

「思い出したようだな。……以前は敗れたが、今度は負けない!」

謎の男がなおも言葉を継いだ。日の呼吸の剣士との二度目の戦いの記憶が無惨の脳裏に蘇った。

 

 

 

 

 継国縁壱が死んで数年後。無惨は縁壱の息子・倫影と名乗る剣士に遭遇し、戦闘状態となった。激しい攻防で互いに消耗していたが、戦いは無惨が優勢に進んだ。しかし傷を負っても剣士はしぶとく立ち上がり、戦いを止めなかった。剣士は重傷を負って体力も尽きかけていたが、朝日が昇る直前に最後の力で猛攻を仕掛け、無惨の頸を刎ねた。剣士はやっとの思いで立ち上がり無惨に止めを刺そうとしたが、無惨はまたも分裂して逃げ、剣士は逃げる無惨を追うことができずにそこで力尽きたのだった。

 

 あれほど追い込まれたにも関わらず、この剣士との戦いのことは何故か無惨の記憶から抜け落ちていた。

 

(水原倫道は奴の生まれ変わり、そうとしか考えられない……!転生を遂げてまで執念深く私を狙い、今世でも死して尚、この女を依り代として私に楯突くとは!)

記憶の奔流が一気に押し寄せるとともに、水原倫道は継国倫影が転生した者であると思い至った。

 確証は無かった。鬼の力を使って肉体の性質を比べようとしても、この謎の男には肉体が無い。ただ顔は瓜二つと言って良いくらい似ており、声も同じだった。記憶を持って転生したのであれば、無惨の戦い方を知っていても不思議ではない。

 

(私は何故気付かなかった?)

無惨は斗和の喉元に刃物を突き付けながら、ほんの一瞬集中を乱した。

 

 ドンッ!!

 

 予備動作なしの一挙動。斗和の強烈な前蹴りが無惨の腹に突き刺さった。

 

「佳成!!」

斗和はその反動を使って大きく後方に跳び、血だらけの右腕を空にかざして叫んだ。その声に呼応し、黒い大刀は意志があるかのように飛んで来て斗和の右手にすっぽりと収まり、右腕の傷が見る間に塞がった。斗和は後方宙返りで姿勢を整え着地と同時に無惨に突進、大刀を右手一本で袈裟掛けに振り抜き、迫る管を数本まとめてぶった斬った。だがこれは本体には届かず、斗和はその勢いのまま踏み込むとくるりと身体を捻って後ろ回し蹴りを叩き込んだ。佳成のパワーが上乗せされた蹴りは無惨を吹っ飛ばし、ダメージとはならないが斗和が体勢を立て直す時間と間合いを稼ぐには十分だった。

 

「貴様……!」

無惨が怒りを露わにする。倫道の顔はいつの間にか消え、斗和は本来の顔で不敵な笑みを浮かべている。

 

(先程の妙な気配も水原倫道の仕業か。一体何をした?そのせいで他の鬼狩りどもに致命傷を与えられなかった。そしてこの女に憑依して力を貸している!いや憑依しただけではない、扉を開き、この女の眠れる力を解放させたのだ!亡者め、どこまでも邪魔を!!)

ここに来て、無惨は鬼狩り全員を吹き飛ばしたにも関わらず誰一人死ななかったのも、斗和が別人のように変化したのも倫道の介入であるとようやく気付いた。

 

 しかし無惨は見落としていた。――それは斗和自身の可能性と言う最も大きなファクターだった。

 

 この時、無惨の肉体にも重大な異変が起こっていた。例えばそれは髪が白くなったまま戻らないことにも現れていたが、珠世と愈史郎、胡蝶姉妹、倫道が共に作り上げた薬がその効力を発揮し、静かに確実に無惨の肉体を蝕んでいた。

 破滅へのカウントダウン。その密かな進行に無惨はまだ気付いていなかった。

 

 

 

 

 

「相変わらず詰めが甘いですね。でもそういう所、嫌いじゃありませんけど。それに私は――」

一人ではない。斗和は微笑みながらそう言いかけた。無惨は斗和に集中するあまり、他の戦闘員たちへの注意が疎かになっていた。

 

 

 風の呼吸 壱ノ型・塵旋風 削ぎ!

 

 

 斗和の背後から突風のような斬撃が放たれ、地面を抉る程の威力で無惨に迫った。

 

 背後からの気配を察知し、斗和は思わず頬を緩めた。この上なく頼もしく、愛おしい人の気配。体を躱して道を譲ると、白い羽織が駆け抜けて行く。血で汚れ、斬られてボロボロになっているがそれでも背中の“殺”の文字は鮮やかだった。

 

 風柱・不死川実弥がいち早く復帰し、斗和と共に戦闘を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

(テメェとは決着が付いてねェだろうが!勝手に死んでんじゃねえ!!)

水原倫道死亡の一報は衝撃をもって伝えられた。カラスから報告を受けた不死川も信じられず、鬼舞辻無惨への憎悪をより強くした。

 他の柱や主だった隊士たちは誰も死なず、続々と集結して地上へ出た無惨との戦闘になった。追い込んでいた、そのつもりであったが無惨は十分な余力を残していたのだ。

 

 

 

(食らっちまった!だが無事なのはどういう訳だァ?)

不死川は意識を取り戻し、生きていることを不思議に思った。攻撃を受けた事は分かったが、見えないどころか全く感知できなかった。建物に叩きつけられたため、体は多少痛むが戦えないほどではない。むしろこの程度で済んだことが奇跡だった。

 

 意識がはっきりする直前、不死川は一瞬倫道の気配を感じた。それは他の者たちも同様であった。

 

 倫道の魂が分裂し、最前線で戦っていた者たちに一瞬だけ入って体を操り、無惨の攻撃によるダメージを最小化したのだ。

 

(テメェだな、細工しやがったのは!)

気に食わない奴だった。何度も揉め事になり、その度に派手な喧嘩をしてきたが、本当は認めている。その実力も、内に秘めた熱さも、人間性も。

 

(お節介野郎め、テメェはもうくたばってんだろうがぁ! まあ恩に着ておいてやらぁ、使えるモンは何でも使わねぇとなァ!)

不死川は魂魄となっても相変わらずの倫道に悪態をつく。それは不死川なりの寂しさ、切なさの表れでもあった。

 

(見てろぉ、あの塵屑野郎は必ずぶっ殺す。テメェの仇は討ってやるぜ!お袋や兄弟や匡近の分も合わせてなぁ!)

『ありがとう不死川さん。俺が言うのも変だけど、斗和さんを頼む』

不死川の脳裏に、穏やかに、少し寂しそうに微笑む倫道の面影が浮かび、消えていった。

 

(言われるまでもねぇ!安心して成仏しなァ!)

不死川は愛刀を握り締め、戦闘に復帰した。

 

 不死川が戦闘に復帰して無惨に攻撃を加え、数瞬だけ斗和に時間的余裕が生まれた。

 

『佳成!準備できたか?』

『大丈夫です!』

斗和の体の中で倫道と佳成が会話する。

 

「何の話?」

斗和が聞くと、

『ちょっとした仕掛け!』

倫道がニヤリとするのが分かる。

 

(また何かする気だな)

倫道の悪戯には手を焼いた斗和だったが、今はそれが心強く、何をするのかと楽しみになった。

 

『斗和さん!一瞬でいい、刀の柄を強く握って!!』

「分かった!…………って何も起きないけど?!」

『大丈夫!そのまま刀を使って!さあ、もう一度接近戦だ!何が起きるかお楽しみ!』 

 

 無惨の腕刀と管、不死川の刀がぶつかり合って盛大に火花を散らす。そこに斗和も加わり、共に無惨に斬りかかった。事前にみっちりと行った連携訓練の成果を十分に発揮し、不死川と斗和は攻防一体の動きを見せる。

 

 倫道と斗和のシンクロ率は上昇を続ける。反射速度も上がり、むしろ斗和が不死川を護るように立ち回っていた。そして佳成の力を上乗せすることで斬撃の威力も上がった斗和は、攻撃においても不死川を上回る動きを見せた。

 

(見える!反応できるよ倫道君!)

死角を衝いてくる超高速の無惨の攻撃を目で追えるようになり、スピードへの対応だけでなく視野も広くなり、斗和は自信を深める。

『こんな単調な攻撃、見えてりゃあ食らうはずないぜ!いくらやっても無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!』

斗和の中で共に戦う倫道も吼える。

 

(何か聞いたことあるセリフだな)

斗和は微妙な表情を浮かべながら、それでも無惨の攻撃を捌き、本体への攻撃を狙う。

 そして激しい攻防の中で斗和の黒い大刀も徐々に変化していった。腕刀や管を切り裂き、受け流し、弾き飛ばし、激しくぶつかり合う度に熱を帯びて赫くなり、激しさを増す戦闘の中でさらに強く輝き、赤熱したように光る完全な赫刀へと姿を変えた。

 

(これは……赫刀!)

猩々緋鉄の武器同士をぶつけるのではなく、敵やその得物とぶつかることすらも熱エネルギーに変える。倫道の“仕掛け”とはこのことかと斗和は驚いた。

 

『赫刀化成功だ!日の呼吸の技を開放するよ!斗和さんの体には大きな負荷を掛けることになるけど、イケるね?!』

倫道が斗和に呼びかける。

 

「大丈夫!鍛錬は積んできたし、ここでやらなきゃ意味ないよ!戦いが終わったら幾らでも休めるから!!」

斗和が力強く答える。

 

『そうだね、出し惜しみしてる場合じゃないか!んじゃあいくよ!』

全ての呼吸の始まりにして、最強の御業。斗和は、自分があの「日の呼吸」を使って戦うなどと想像もしていなかった。斗和は緊張と興奮の中、意識を集中して倫道から情報が移植されるのを待った。

 

“sun breathing installation completed”(日の呼吸、インストール完了)

縁壱直伝の日の呼吸の技が斗和の神経回路を駆け巡り、斗和の頭の中に音声が響いた。

 

(えーと、さんぶり-じんぐ?って、日の呼吸か!でも何で英語?)

『いや、なんかカッコいいかなって』

「そういうの要らないから!!」

倫道のとぼけた答えに斗和は思わずツッコミを入れる。斗和の体から力みは抜け、一段と集中力が高まった。

 

 ゴオオッ!

 

 低く静かに響く土の呼吸から、燃えさかる炎を思わせる日の呼吸へと、斗和の口から漏れる呼吸音が変わる。

『これが、日の呼吸……』

斗和の体内の佳成が思わず呟いた。

 

 日の呼吸 円舞!

 

 不死川に続き、戦場に戻って来た者たちはみな斗和の動きに目を見張った。斬撃に伴う真紅の炎のエフェクトは誰の目にもはっきりと映る。手にした赫刀で押し寄せる無惨の攻撃を斬り裂き、受け逸らす。そして無惨の管が斗和を貫いていたように見える場面が何度もあったが、相手の動きを見切り攻撃を紙一重で躱す、倫道の神技的ディフェンスにより全ては斗和の体をすり抜け、無惨本体へと斬撃が迫る。

 まだ意識が戻らない炭治郎と、遠距離から狙撃の機会を窺う不死川玄弥を除いては、柱と主人公組、さらに煉獄槇寿郎と獪岳は全て戦場に戻り、激しい攻防が再開された。

 

「斗和ァ!無事かァ!」

戦いの主座が悲鳴嶼や煉獄親子に移り、わずかな時間が生まれた。

 

「お前一人で戦ってたのか?!怪我してねえか?!お前、その刀は……?」

不死川は心配そうに声をかけるが、斗和は疲れた様子も見せずに飛び回り、稽古の時よりも格段に鋭い動きを見せている。それでも不死川は斗和の傍まで来て心配そうに声をかけた。斗和は無惨と一対一で戦っていたはずだが、隊服や羽織は血で汚れているものの怪我も無く、激しく動いていたにも関わらず息も切らしていなかった。不死川は斗和の無事な様子に安堵する。

 

「遅いよ不死川さん」

不死川だけでなく他の戦闘員の無事な様子に斗和と倫道は安堵し、思わず倫道が表に出て返答してしまった。

 

「お、遅いですよ実弥さん!無事で良かった!」

斗和は慌てて言い直して誤魔化し、不死川としっかりと目を合わせて微笑んだ。斗和と不死川が顔を合わせるのは戦いが始まってから初めてだった。恋人同士がお互いの無事を確認した場面だったが、不死川は斗和のどことない不自然さにわずかに表情を曇らせる。

 

(斗和……?)

見たことの無い大刀を使っていることもそうだが、雰囲気が普段と違っていた。強い闘気を纏いながらもグッと落ち着き、どこか飄々とした雰囲気すら漂わせている。だが不死川が最も違和感を覚えたのは自分への呼び方だった。斗和は普段、不死川のことを公私共に実弥さんと呼ぶが、目の前にいる斗和は確かに「不死川さん」と呼んだのだ。

 しかし不死川の戸惑いも一瞬の事であった。無惨の攻撃が迫り、不死川の疑念は有耶無耶のままとなり、無事を確かめ合う恋人たちのわずかな時間は戦闘で打ち切られた。

 

 倫道、佳成と一体となった斗和の戦闘は益々冴えを見せる。無惨の超速の攻撃を捌きながら他の戦闘員へも目を配り、被害を抑えるとともに鬼殺隊側には捨て身の行動をさせていない。戦況を鬼殺隊優位に一気に傾けることはできないが、慎重に、確実に勝利を掴むべく戦局をコントロールしていた。

 

 日の呼吸 輝輝恩光

 

 斗和への攻撃を強めようとした無惨に、背後から斬撃が浴びせられた。一撃で切断された片腕と数本の管。傷口に熱さを感じ、無惨は振り返ってその斬撃を放った者を睨んだ。

 

(竈門炭治郎……!忌々しいガキめ、此奴も死んでいない!)

以前から炭治郎を警戒していた無惨だったが、縁壱を彷彿させるその姿にイラ立ちを募らせる。原作では復活した炭治郎と対峙した際には余裕を見せていた無惨であったが、この世界では斗和に追い込まれ、その余裕は既に無かった。

 

 失神して治療を受けていた炭治郎は、夢の中で先祖からの記憶を通して日の呼吸の“正解”を見た。伝えられた技とのわずかな違いは完全に修正され、幼い頃からの錬成と日の呼吸の技が完全に一致してその成果を活かせるようになり、日の呼吸に開眼した。

 

「炭治郎君!一緒に技を繋ごう!一人では縁壱さんのようにはできないけど、二人ならできる!」

斗和は炭治郎に駆け寄り、並んで刀を構えて叫んだ。

 

「縁壱さんを知ってるんですか?!それに蓬萊さんも日の呼吸を?」

戸惑いを見せる炭治郎に、斗和の中の倫道が声をかける。

 

「話している時間は無いけど、今は私も日の呼吸が使える!みんなの力で無惨を倒そう!!」

斗和の口から倫道のセリフが迸る。そんな斗和に、炭治郎は倫道の気配を感じた。

 

 縁壱を彷彿させる炭治郎に無惨の意識が向けられ、攻撃が集中する。斗和は炭治郎を背中に庇い、それらを懸命に迎撃する。

 

「十二の型は繰り返すことで円環を成す。十二の技が繋がった時、それが十三個目の型となるんだ!君の読み通りだが」

倫道は続けて炭治郎に話しかける。炭治郎にはいつもの口調になってしまう倫道。この緊迫した場面で、つい斗和の中にいることを忘れてしまう。

 

「本当の拾参ノ型はある!とにかく今は技を繋げる事だ!」

倫道は斗和を通じてそう言うと空破山を放ち、遠隔斬撃を足掛かりに攻めに出た。

 

(この技、この話し方、まるで倫道さんといるみたいだ)

炭治郎は斗和の背中に、確かに倫道の姿を見た。斗和は大刀を軽々と振り抜いて遠隔斬撃を飛ばすが、今やそれすらも赫い光を纏い、無惨にダメージを与えていた。

「はい!」

炭治郎も日の呼吸の技を繰り出しそれに続く。

 

 日の呼吸 円舞 碧羅の天 烈日紅鏡

 日の呼吸 灼骨炎陽 陽華突 日暈の龍・頭舞い

 

(あれは日の呼吸だ!竈門君、君の言っていた“ヒノカミ神楽”と言うのはやはり……!それに蓬萊が何故?何にしてもあの二人を中心に戦いを進めるべきだ)

煉獄槇寿郎は、連携して無惨を追い込む斗和と炭治郎の技を日の呼吸と見抜いた。

 

「総員!!蓬萊と竈門を援護しろ!二人を中心に立ち回れ!」

槇寿郎は指示を飛ばし、自身も最前線へと飛び込んでいく。

もちろん他の戦闘員たちも斗和と炭治郎の戦いを黙って見てはいない。斗和の誘導通り、無惨を四方から取り囲むように陣形を整え、連携して攻撃を加える。

 

 日の呼吸 斜陽転身 飛輪陽炎 輝輝恩光

 日の呼吸 火車 幻日虹 炎舞

 

 斗和と炭治郎は二人一対の神楽を舞うように日の呼吸の技を繋ぎ、無惨を追い込んでいく。

 

(蓬萊さんがメチャクチャ凄い!)

斗和は炭治郎の動きから、どの技でどの部位を狙うのかを瞬時に判断、違う技で他の部位を攻撃し、無惨の防御の意識を散らし炭治郎の攻撃後の隙を消す。

 

(義勇さんも凄かった!けどこの人は、蓬萊さんは!本当にヤバい人だ!俺が次に何を出すかもおそらく読んで動いている!)

斗和は炭治郎がどう動いて次に何の技を出すか、数手先までも見通して自分の技を出す。それだけでなく、他の戦闘員の攻撃を呼び込んで複雑な連携を組み立て、戦いをコントロールしていた。

 

「無惨の野郎、何で斗和と竈門ばかり狙いやがる?!」

斗和を最前線に立たせてしまっている。斗和を護り切れないもどかしさに不死川が叫び、斗和に寄り添える位置取りを保とうと必死に駆ける。

 

 

『師範!ここは目先を変えて土の呼吸の技で一気に!』

『いや、炭治郎君と共に日の呼吸で!』

戦局のコントロールでフル回転しているにも関わらず、斗和の頭の中で戦闘中に言い争いを始める佳成と倫道。

『“氷結烈糸”だ!』

『“碧羅の天”だ!』

(私の頭の中で喧嘩すんなぁぁぁ!)

斗和はまだブツブツ言い合う二人を無視して強引に体を動かして無惨を追う。

 

 

 

 

 

 

 復帰した柱たちは互いの武器を打ち合わせ、赫刀を発現させていた。その中でも一際鮮やかに輝く斗和の刀。

 

 多くの者が目を血走らせて必死に戦う中、飽くまでマイペースで戦う者もいた。

 

「何だあれ、何で光ってんだ?!善逸!カナヲ!俺もあれやりてえ、あの刃ァ赫くするやつ!」

斗和の刀を見た伊之助が、傍らの善逸とカナヲに叫んだ。

 

「簡単にできるものじゃないから!!まず同じくらいの力で刀同士をぶつけないと!」

「子分!何だその刀?!」

カナヲが怒鳴り返すのも聞かず、伊之助は今度は斗和に向かって叫んだ。(※作者注 伊之助君は斗和さんを“子分”と呼んでいます)

 

「伊之助!子分じゃないだろ、蓬萊(ホウライ)さん!土柱だぞ!!」

すかさず善逸が注意するが、伊之助の興味は収まらない。

 

「おいホーライ!どうやんだそれ?!俺も!俺もやりてぇぇぇ!」

叫びながら斗和に向かって突進する伊之助を、善逸が背後から抱えて必死に止める。

 

「柱だって言ってるだろ!“さん”をつけろ!」

善逸にそう言われた伊之助は、それもそうかと思い直して叫んだ。

「さん蓬萊!」

「「バカ!!」」

ジタバタともがきながら叫ぶ伊之助、怒鳴り返す善逸とカナヲ。

 

 このやり取りを聞き、斗和も、中にいる倫道も思わず笑ってしまった。必死さの中にも感じる彼らの明るさが眩しかった。

 

(絶対護らないと!この物語の、みんなの未来を!)

刀だけでなく、斗和の体自体もさらに熱を帯びる。

 

 原作よりもはるかに人数が多いアドバンテージはあるが、少しのミスで即死する緊張感の中で、休みなく全力で動く戦闘員たちの体力も限界に近づいていく。一方無惨にも明らかな変化が見られていた。無惨は体内に残存する珠世の細胞から薬の作用を読み、懸命に分解しようとしていたが、激しい戦闘に意識が割かれ体力を削られて分解に集中できない。薬による弱体化は最早隠しようの無いほど進行していた。

 

『シンクロ率400パーセントに到達!みんなの体力も限界、無惨も弱ってきたし一気に畳みかけよう!最終形態だ!』

(最終形態!日の呼吸の他にまだ何かあるの?!)

戦いながら倫道と脳内で会話する斗和。

 

『俺が手ブラ、じゃなかった、手ぶらで最終決戦に臨むと思う?最後にふさわしい奥の手をちゃんと用意してあるよ!通常は一号、合体して佳成と俺の能力を使える今の状態は蓬萊斗和二号。そして――最終形態!』

(さらなる強化?!蓬萊斗和三号ってこと?)

『蓬萊斗和V3だ!!』

ドヤ顔の倫道。

 

(…………)

今の状態では倫道を直接見ることはできないが、不憫な子を見る視線を倫道に向ける斗和、それを雰囲気で察知する倫道。

『いや違うから!これはversion3て意味で、その……仮面ライダーじゃないから!』

「もう自分で言っちゃってるじゃない!」

懸命に言い訳する倫道に呆れる斗和。無惨の攻撃が激しくなり、脳内で会話する余裕が無くなり、思わず心の声が口に出る。それに構わず、倫道が斗和に合図する。

 

『じゃあいくよ!――変!身っ!』

「やっぱりそうじゃないのよ!」

 

 無惨はもともと斗和を最優先で殺そうと狙っていたが、戦いの中で好機が訪れた。斗和の周囲に一瞬ぽっかりと穴が開いたように、無惨と斗和が一対一になる局面が出現した。

 

「亡者め、未練がましく現世にしがみつくな!潔く死ね!」

無惨は両側の腕刀と管を全て斗和に向け放った。

(一番目障りなこの女を殺せば、依り代を失った亡者はあの世へ帰り、主力を失った鬼狩りどもの士気も下がるはずだ!)

 

 

『二人とも!来ますよ次!!』

慌てて佳成が叫び、目の前の脅威へと注意を向けさせる。腕刀がうねり、刃先を加速させながら迫る。続いて全ての管が一直線に押し寄せ、斗和の直前で大輪の花が咲くように大きく広がり、全方向から押し包むように斗和を襲った。

 

「斗和ァ!!」「蓬萊!!」「斗和さん!!」

一斉攻撃が斗和を包み、その光景を見ていた不死川、杏寿郎、時透が思わず叫ぶ。

 

 次の瞬間、斗和に迫っていた腕刀と管は全て斬られて弾け飛んだ。

 

 

 

 大刀を青眼に構えたまま俯き加減に眼をを閉じ、斗和は力みなくゆらりと立っている。斗和の全身からは薄っすらと青白いオーラが立ち上り、仄かな光を放つとともに全身が銀色に縁取られて見えていた。

 

(何だこれは?!姿が変わった!この女、また力を増している!)

斗和のこの異様な姿に驚愕し、無惨は動きを止めた。しかし己の生存がかかったこの戦いにおいて、長く動きを止める事は死を意味する。

 

「つまらぬ小細工をするな!!」

心中の恐れをかき消すように、無惨は怒号を上げて今まで以上の勢いで攻撃を再開した。再生した管攻撃の嵐が再び斗和に襲いかかった。

 

 斗和が、眼を開けた。

 

(見える)

ただ速く動くだけでなく、斗和は防御しながら攻め、攻めながら守る。防御は次の攻撃の予備動作となり、攻撃が次の防御へと一つひとつの動作が流れの中で淀みなく繋がっていく。斗和は流れるような動きで全ての管を再び切り伏せ、本体へ迫った。無惨は腕刀と管を懸命に再生し攻め続けるが、斗和は無惨の体に浮き上がる古傷を目印に、これまで以上の正確さで弱点である脳と心臓を攻める。

 

(この威力、灼けるような痛み!あの化け物と同じ……亡霊がっ!)

まさに縁壱を思わせる斬撃に、無惨は忌まわしい記憶を蘇らせる。他の者に比べ、斗和の赫刀で受けた傷は灼けつくような不快な痛みを生じ、明らかに再生が遅れる効果があった。また珠世たちが開発したという薬により、無意味であったはずの攻撃がてきめんに効果を現し無惨を追い詰めている。そしてあろうことか、無惨は斗和を先頭に戦う鬼殺隊に押し込まれ、後退を余儀なくされていた。

 

(この私が下がるだと!)

やむなく飛び退って間合いを取った無惨は屈辱に歯噛みし、斗和を睨みつける。

 

(すごい、全部見える。それに体が熱い……!倫道君、これは?)

『身勝手の極意・兆(きざし)。極(きわみ)までは無理だったけど、何とか間に合った。強力だけどエネルギー消費が激しいから短い時間しか使えないんだ。これで倒しきらないと!』

(分かった、行けるところまで行こう!)

斗和は覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 無惨が後退したことで攻撃が止み、わずかな静寂が訪れた。個別の戦力では圧倒的無惨優位の状況であったが、斗和と炭治郎の覚醒で戦力差が縮まった。さらに無惨の弱体化もあって、鬼殺隊側の必死の攻撃が届き始めていた。そして、斗和の変身でその差は埋まりつつあり、拮抗した状態になったと言える。

 

「斗和ァ!……お前!」

不死川は慌てて斗和に駆け寄ったが、間近で見た斗和の姿に驚愕した。

 

(本当に斗和か……?違う、コイツは斗和じゃねえ、一体誰だ?それとも何か取り憑いてやがんのかァ?)

薄っすらと青白いオーラが体を包んでいるのは遠目にも分かったが、近づいてみると周囲の空気が揺らぐ程の凄まじい熱気を放出していた。一方で気配は穏やかで、無惨の管を迎撃した時も静かな気の流れに変化はなかった。そして不死川に向かってニコリと微笑みかけたその眼。瞳孔は黒いままだが、虹彩が薄く銀色に変化している。人間のものとは思えないその姿に、不死川は息を呑んだ。

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