ほのぼの鬼殺隊生活(完結)   作:愛しのえりまき

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第三十一話 可能性の獣~最終決戦編・後編~

「みなさん!無惨の体をよく見て!あの傷の所に脳と心臓があります!」

斗和は激しく戦いながらも他の戦闘員たちに的確なアドバイスを送る。

「脳と心臓は動くけど、傷も動いて弱点の場所を教えてくれます!そこを狙ってください!!」

 

(有難い!透けて感じられない者も狙うべき場所がはっきりした)

無惨は脳を五つ、心臓を七つ保有する。柱たちはその事を最終決戦直前の緊急会議で既に聞いていたが、悲鳴嶼は戦闘中に“透き通る世界”を発現してそれを確認した。そして、体表面に浮かび上がった古傷が、その場所を示すかのように一体となって動いていることを悟り、原作知識とは知らず斗和の鋭い洞察に驚き、感謝した。

 無惨の超高速攻撃を避けるだけでも困難を極める事だが、攻撃を避けながら体中を移動する弱点を攻撃するなど実現不可能と思える。しかし、この場にいるのは原作より多い十八人。この日のために無惨の触手攻撃を想定して訓練を積み、極限まで鍛え抜いた者たちだ。何よりもこの世界には斗和がいる。

 斗和は最前列に身を置いて無惨の攻撃を自身に集め、そのほとんどを切り落とし、同時に日の呼吸の剣技で無惨を追い込んでいる。

 

(何故だ?!何故そこまで看破される?!)

無惨は思わず自分の体を見る。縁壱と倫影がつけた古傷が浮かび上がり、斗和の言う通り弱点の場所を示していた。遥か四百年前の傷が未だに治癒せず己の体を灼き続け、今は隠す余裕もなくなっている。このような事態になるとは神仏でも予想できないだろう、無惨は密かに歯噛みして悔しがる。

 

(息切れ……!私の肉体に体力の限界が近づいている!)

無惨は激しい疲労を覚え、時折肩で息をしていた。人間化、老化、分裂阻止、細胞破壊。珠世と鬼殺隊が一緒になって開発した薬がいよいよ効果を現し、無惨に牙を剥く。人間化、老化作用は気付いてからは進行を遅らせてはいるが、既に九千年以上老いている効果自体を消すことはできない。その裏で進行していた分裂阻止。密かに分裂を試みたが全く体が反応せず、戦いを終わらせるための残る手段は、鬼狩りを全滅させるか逃亡するしかない。

 

 ゴブッ!

 

 後退し、間合いを取る無惨が吐血した。血の塊を吐き、さらに血の泡を噴くような激しい吐血だった。それは肺や気管のどこかから出血しており、そう簡単には治まらない危機的状況にある事を思わせる症状だ。細胞破壊、その効果が体の内側から無惨を追い詰める。老化と細胞破壊の薬で弱体化し、戦闘でダメージを負っている。無惨は生命の危機をひしひしと感じ、焦りを募らせていた。

 

 日の呼吸 輝輝恩光 日暈の龍・頭舞い 陽華突

 

 日の呼吸 烈日紅鏡 飛輪陽炎 火車

 

 斗和のパワーアップに引っ張られるように炭治郎の剣技も鋭さを増していく。

 

(おかしい。やはり手の内を知られている。奴め、どこまで何を知っている?予知能力でもあるのか?だが完全な予知ならばいくらでもやりようはあったはず……。試すか?危険ではあるが)

知られ過ぎている。無惨はその事に疑念を抱き、焦りを強めながらも一計を案じた。

 

 

 

(もう少しだ!みんな頑張って!!)

戦闘は熾烈を極めたが、徐々に鬼殺隊が優勢になった。斗和がほとんどの攻撃を潰し、残りの攻撃を躱した戦闘員たちはわずかな隙を突き、強力な攻撃を入れていく。日の出はもう間もなくだ。鬼殺隊の勝利は目前に思えた。一方倫道は斗和の体への大きすぎる負担を危惧していた。

 

「!」

斗和自身の体にも異変が起きた。今まで完璧に躱していた一撃が斗和の背中を掠め、浅くない傷をつけた。それが合図であるかのように斗和は強い疲労を感じ、同時に全身に激しい痛みを覚えて立っていることすら困難となり、思わず呻いて地面に膝を突いた。不死川と炭治郎が慌てて斗和を抱え、無惨の攻撃が届かない建物の影まで退避させた。

 

(体が動かない……!)

 

「斗和ァ!後は俺たちが何とかする!お前は休んでろぉ!」

斗和を退避させると、不死川はそう言い残して再び最前線へと戻る。

 

「実弥さん!!私まだやれます!」

斗和は不死川の背中に叫ぶが、不死川は振り向かない。

 

『斗和さん!大丈夫か?やはり体の負担が大き過ぎた!少し休まないと!』

焦った倫道の声が響く。

 

「私、まだ役に立ってない!」

変身が解けた斗和は力を振り絞ってそう叫んだ。しかし、刀を杖にして何とか立ち上がり、壁に寄りかかって体を支えるのが精一杯の状態であった。

 

(本当にあと一歩……もう少しのところで……!戦いを見ていることしかできないなんて!動いてこの体!)

ここまでの斗和の働きは抜群だ。斗和が最前線に出て無惨の攻撃を潰さなければ、全員が数回は死んでいる。しかし身勝手の極意・兆(きざし)の状態は特に体力の消耗が大きく、使用した後は激しく疲労してしまう。体力の限界は既に大きく超えていたが、それでも斗和は自らの責務を果たすことを、倫道と佳成の思いを繋ぐことを諦めきれない。斗和は建物の陰から戦いを見守ることしかできない自分を歯痒く思った。

 

 斗和が戦線を離脱したのを見た無惨が突如足を止めた。鬼殺隊の攻撃を腕刀と管であしらっていた無惨の右肩から左の脇腹へと裂け目が走って広がり、牙だらけの巨大な口が開いた。

 

「衝撃波!宇髄さん!!」

斗和はすかさず叫ぶ。

 

「おうよ!!」

斗和の声に宇髄が即座に反応し、獪岳も続いて動いた。

 

 無惨がこのように衝撃波の攻撃を行うことは斗和と倫道が事前に説明しており、鬼殺隊はこれにも備え、対策済みだった。宇髄と獪岳は手筈通り、隠し持っていた火薬玉を無惨の胴体の口に次々と投げ込んだ。これは妓夫太郎戦で使った鬼の細胞を壊す火薬玉を改良し、手りゅう弾にした物だ。ピンを抜くことで安全装置が解除され、衝撃を与えなくても時限式に起爆する。

 

 火薬玉が無惨の体内で炸裂し、籠った爆発音が何度も響いた。体表面が吹き飛び、破壊された骨や臓器が剥き出しになる。本来の位置にある心臓が潰れ、残った心筋の繊維がざわざわとうねって元通りになろうともがく様子も体外から見えた。

 対策は完璧、これで無惨の衝撃波攻撃を阻止できる。斗和はそう判断した。だが。

 

 無惨の全方位への衝撃波と火薬玉の誤爆に備え、動けない斗和は建物に隠れて事態を見守り、戦闘員も攻撃を中断し間合いを取っていたが、無惨が火薬玉で大きなダメージを受けたのを見て一気に攻めに出ようとした。無惨の体はすぐに自己修復が始まって再生されていくが、戦闘開始時点と比較すると明かに遅くなっていた。戦闘員たちはこの機を逃さず攻撃を重ねようとした。

 

(何だろう、何かおかしい)

明らかな好機だったが、斗和は違和感を覚えていた。

 

(無惨は衝撃波は撃ってない。確かに爆撃は上手いこと決まって阻止したけど)

鬼殺隊千年の悲願である無惨討滅がもう少しで叶うと言うのに、斗和は嫌な胸騒ぎが収まらない。 

(阻止……した?本当にそうか?まさか、わざと撃たなかった……?もしそうだとしたら!)

斗和の眉間に、チリッと電流のような軽い痛みが走り、白い光が閃く。斗和がハッと顔を上げた。

 

(無惨はみんなを引き付けて衝撃波を撃つつもりだ!危ない!!)

斗和の脳裏に浮かぶ最悪の想定。

 

 戦闘員たちは無惨を取り囲み、既に攻撃態勢に入っている。

 

 無惨は口許を歪めニヤリと笑う。その体にもう一度口が開いた。

 

「離れて!!間合いを――」

斗和は退避するように叫び、届かないと分かっていながらも土の呼吸の防御技、土嚢城壁を撃つため走り出そうとしたその瞬間。

 

 ドン!!!

 

 辺り一帯の大気が揺れ、攻撃体勢にあった戦闘員は全員吹き飛ばされた。本来の威力ではないが、それでも戦闘員たちは神経系を狂わされて再び戦闘不能になった。

 

 無惨は自らの手の内が知られている事を利用した。衝撃波を撃つと見せかけ、わざとダメージを受けて隙を作り鬼殺隊側の攻撃を誘った。火薬玉による攻撃は成功し無惨にダメージを与えたが、無惨の方も攻撃に備えて余力を残しており、鬼殺隊が攻め込んで来るまで十分に引き付けて衝撃波を放った。

 

 攻撃に備え、身構えている相手に最大の力で攻撃してもそれ程の効果は期待できない。自らの再生も十分でない状態ながら、無惨は鬼殺隊の虚を突いて攻撃の効果を最大化させた。

 

 伊之助と善逸はやや距離があったためか、かろうじて立ち上がって刀を構えていたが、体に力が入っておらず足下が覚束ない。

 

(このままじゃ全員殺される!何としても助けないと!……あの気配は……?!)

現在戦いの盤面には、鬼殺隊側にまともに動ける駒がいないのだ。斗和は焦るが、やや離れた位置にある一つの気配にわずかな希望を見出した。

 

 火薬玉による大きな身体の損傷を修復しつつ強力な衝撃波を放ったことで、無惨もまた大きく体力を消耗していた。体の再生は外見上終わっているが、呼吸は乱れ、口からはまた血が流れ始めている。

 

(これ以上危険を冒す必要はない。目障りな鬼狩りどもをまとめて始末する好機であったが致し方ない。戦いは終わりだ)

無惨は周囲を見回し、立っているのがやっとの善逸と伊之助を一瞥し、止めを刺すことなく夜明け間近の東の空と反対の方向に走り出した。

 

(無惨が逃げる!他のみんなが回復するまで、ここで少しでも足止めを)

(本当に逃げやがる!!ぜってえ逃がさねえぇぇ!)

 

 雷の呼吸 壱ノ型・霹靂一閃

 獣の呼吸 肆ノ牙・切細裂き

 

 善逸と伊之助が力を振り絞り、無惨に斬りかかる。

 

「どけ!私の道を塞ぐな!」

だが二人とも本来の力を出せず、あっさりと弾き飛ばされ、地面に叩きつけられた。その上脳震盪でも起こしたのか、倒れたまま動けないでいる。一方無惨も地面に膝を突き、倒れた二人を睨んでゼエゼエと肩で息をしていたが、再び立ち上がって逃走を図った。

 

「うわあああああ!!」

その時、斗和が残る力の全てを振り絞り、無惨を追ってよろよろと駆け出した。しかし斗和のふらつく足取りでは無惨に追いつくのは到底不可能に思えた。

 

『斗和さん、あの建物の後ろに』

(分かってる!)

直接は無理だが、遠隔斬撃ならば何とか射程内だった。斗和は狙いを定め、やっとの思いで技を放った。

 

 空破山!!

 

 巨大な真空刃を連続で放ち、斗和はまたその場に倒れた。

 

(馬鹿め、どこを狙っている)

真空刃は走る無惨に掠りもせず、そのはるか頭上、通り沿いの建物の三階部分に連続して着弾して壁を広範囲に抉り飛ばした。また無惨のかなり前方であったため、無惨には破片すら当たることはなかった。高威力だが完全に目測を誤っている、無惨は逃げながら嘲笑った。しかし遅れて頭上から大量の瓦礫が降り注ぎ、下階の支えを失った建物の四階部分が折れ、ちょうど通り過ぎる無惨の上に落下した。

 

 数秒後、覆っていた大量の瓦礫を吹き飛ばして無惨が再び姿を現した。

 

「小賢しい、私を生き埋めにでもするつもりか。だがこの程度では何の妨げにもならん」

振り返り、動けない斗和を見て無惨が嘲笑う。

 

『――と、思うじゃん?』

斗和の中にいる倫道が揶揄うように呟く。膝を突いた姿勢で無惨を睨んでいた斗和も、この声につられてフッと笑った。

 

(障害物が無くなった!丸見えだぜ)

壊された建物の背後のビルの屋上から、無惨の姿を目視でしっかりと確認する者がいた。

 

 ドオン!ドオン!

 

 重い銃声が響いた。

 

 弾丸は無惨の頭と胸に命中し、周囲の組織を大きく抉り取った。銃撃は続き、弾が正確に脳と心臓を撃ち抜いていく。四発撃たれ、無惨はようやく銃撃の正確な方角を特定した。崩れた建物の後ろにある、この一帯で一番高い五階建てビルの屋上に、こちらを見下ろすトサカのような髪型の狙撃手の姿を確認した。

 

(この威力、そしてこの弾丸は日輪刀と同じ鉄……!建物を破壊したのはこの射手を活かす為か!)

無惨は斗和の狙いをようやく悟る。構わず逃走を続けようとするが、続けて放たれた弾丸が両脚を正確に吹き飛ばし、走り出した無惨は転倒した。

 

(斬撃よりも厄介だ。目障りなこの射手の始末を先に!おそらく此奴は柱ほどの技量は無い)

無惨は目標を切り替え、玄弥のいる建物の破壊し、玄弥を崩壊に巻き込むか落下したところで殺そうとした。胴体の口が開き衝撃波を放ったが、建物の壁にわずかにヒビが入る程度の威力しか出せない。無惨も疲労で連続して術が出せなくなっており、腕刀と管で直接攻撃し、一階と二階に大穴を開けた。無惨が接近してくると読み、玄弥は場所を変えようとビルの屋上から飛び降りようとしたが、その間も無く建物が崩壊して屋上の玄弥も巻き込まれ、地上に落ちて多量の瓦礫に埋まった。

 

 玄弥はこの時点でまだ鬼の力を力を残していたため、千切れかけた手足もその他の怪我もすぐに治っていたが、瓦礫から必死に抜け出すと目の前には無惨がいた。

 

(やべぇ!)

本来なら玄弥は他の戦闘員とバディを組み、遠隔攻撃で隙を作ったり攻撃力の底上げをする等、剣士の補助的な立ち回りをする予定であり、単独での運用は想定されていなかった。人間相手と違い一発で仕留めることができない以上、接近されてしまえば無力となってしまうため、無惨に対し銃撃で渡り合うことは事実上不可能。

 両手に自動装てん式大型拳銃を持ち、無惨の弱点を次々に撃ち抜いて必死に抵抗する玄弥だったが無惨の猛攻に晒され、頸はかろうじて護ったものの全身傷だらけになって吹っ飛ばされてしまった。

 

 無惨が怒りの形相で玄弥を睨む。玄弥は銃を持った両腕を切断され、体に数十の穴が開き、出血性ショックで瀕死の状態であった。

 

(此奴はもう再生できない。放っておいてもすぐに死ぬ。しかし珠世らがまた何か仕掛けてくる可能性を考えると、やはり殺しておいた方が安心だ)

早く止めを刺したいが、無惨もまた疲労で体が思うように動かない。

 

(兄貴、みんな、すまねえ……。少しでも時間稼ぎしようと思ったのに……俺、役に立たなかったよ……)

玄弥の目が閉じられる寸前だった。

 

 風の呼吸 肆ノ型 昇上砂塵嵐!!

 

 玄弥の絶体絶命のピンチに不死川が無惨に斬りかかった。だがそれは容易く無惨に躱された。

 

「良くも……弟を……刻みやがったなァ……!許さねェ!!」

不死川は尚も叫びながらさらに斬りかかるが、足がもつれて倒れた。強烈な神経系のダメージでとても動ける状態ではないが、それでも地を這って玄弥を後ろに庇う。他の戦闘員も同様に、呼吸すら満足にできない者もいた。視覚も障害されており、この光景をぼんやりとしか感知できず、感知したとしても何もできない。

 

「目障りな蠅ども、お前も一緒に刻んでやろう。一人も二人も手間はそう変わらん」

無惨は兄弟共々肉片に変えようと狙いを定めた。

 

「止めろー!!」

斗和の絶叫が響く。

 

(あの女は止めを刺すには遠いか。だがもう邪魔をする力も残ってはいまい)

刀を支えにして、斗和が緩慢な動作で立ち上がろうともがいていた。無惨はそんな斗和に一瞥をくれ、放置してこの場を去ることにした。

 

(此奴らを始末したら一旦引いて立て直す。痣の出た他の鬼狩り共も、私が手を下さずともその代償ですぐに死ぬ。鬼狩りの殲滅と禰豆子の奪取は先延ばしになるが致し方ない)

無惨は斗和を無視し、再び兄弟に注意を向けた。

 

 

 視界の片隅で何かが光った、無惨がそう思った時。一陣の風が吹いた。

 

 

 

 

 

 

(動いて!動いてこの体!実弥さんが!玄弥君が死んじゃう!!……動け!動け!!)

満足に動かない自分自身の体に、斗和は必死に呼びかけていた。

 

(倫道君お願い、力を貸して!ここで私がやらないと!)

斗和は決死の覚悟で倫道に呼びかける。すると、斗和の周囲の空間が歪んだ。

 

(あの空間?)

倫道、佳成と融合した時のように、斗和はまた一面の闇の中にいた。

 

 

 

 倫道は迷っていた。

 

 他の戦闘員は神経系に深刻なダメージを受け、動けない状態だった。運動神経だけではなく、感覚神経も影響を受け、視覚や聴覚など五感も、温痛覚、位置覚、触覚も鈍っている。痛みも感じず、自分の姿勢がどうなっているか分からず、刀を握っている感覚も、地面を踏みしめている感覚もない。自律神経もやられ、脈拍や体温を調節することもできないのだ。動ける状態ではなく、戦闘など到底不可能だ。不死川は玄弥を護る執念のみで動いたが、無惨にあっさりと躱されてしまった。珠世と愈史郎が必死に血気止めを調合しているが、全員分の用意には時間が必要な上、万全の効果が得られるかどうかは分からない。

 

 他の戦闘員が動けないため無惨との一対一での戦いとなるが、仮に一時的に力が戻っても、斗和は肉体の耐久力そのものが既に限界を超えていた。

 

 ここで斗和が動かなければ、鬼殺隊はこの戦いに負ける。千載一遇の好機もここで潰えるのだ。

 目の前の不死川兄弟は殺され、無惨は逃亡、潜伏してやがて力を取り戻してしまう。鬼の脅威は続き、悲劇が生まれ続ける。

 しかし無惨の優先事項は精度の高い遠距離攻撃を持つ玄弥を殺し、一刻も早くこの戦場から逃走することだ。不死川を殺す事はついでに過ぎず、攻撃の届かない遠い間合いにいる斗和を構っている時間はない。つまりこのまま無惨を見逃して戦闘を避ければ斗和は死ぬことはない。

 

『無惨も弱っている。だが斗和さんも肉体の限界はとっくに超えている。この状態で戦えば、斗和さんの命が』

倫道はそれ以上は言わなかった。

 

 ここまでは犠牲を最小限に抑えてきた。仕切り直すのも止むなしか、倫道の頭にちらりとそんな考えがよぎる。

 だが、倫道は物語を読み、この世界で現実として実際に斗和と親しく接してきた。だから分かる。死ぬかもしれないから戦うのを止めろ、斗和がそんな説得を聞く筈がないと。

 

 元々が自己犠牲を厭わない人間なのだ。「野良着の隊士」本編でも、敵の動きを止めるから私ごと斬れ、そう不死川に頼んでいるくらいだ。その上、物語の主人公と言う事も伝えてしまった。

 主人公の自分が挫ければ、先人たちの思いを、命を懸けて打って来た勝利への布石を無駄にすることになる。ここで諦めることなどできない、斗和ならそう言うだろう。

 

 何のために自分はこの世界に来たのか。自分がこの世界に存在する意義は何か。倫道は常に自問自答を繰り返してきた。いつも答えは同じだった。――斗和を護り、死の運命を覆すこと。倫道はそう信じて、斗和への想いを封印してここまで頑張って来た。だが、あと少しというところまで来て計算外の事態が起こった。このままでは“野良着の隊士”の物語と同じように、結局斗和が死んでしまうかもしれない。

 自分がどう足掻いても結果は同じなのか。倫道は無力感に苛まれる。

 

 しかし今の斗和が望んでいることは、例え自分の命を犠牲にしてでもこの世界の人々を護ることだ。

 

 そうだった。そんな人だ、蓬萊斗和という人は。倫道は心の内で呟く。

 

 そんな斗和を助けたかった。そんな斗和だから、ずっと想い続けてきた。斗和の為に、できることをしなければ。

 

「死ぬ可能性が高いから何だって言うの?私は……!」

斗和が心の中の倫道に懸命に訴える。

『そう言うと思った』

斗和の頭の中で倫道が苦笑したような気配があった。

 

 斗和の目の前に、突然ボウッと青い炎が浮かび上がった。

 

「ありがとう……倫道君、佳成」

斗和にはその炎が何なのか、すぐに分かった。これは倫道と佳成の残った力の全て。斗和はその暖かな光を両手で包み込むように押し頂き、胸に抱いた。炎は斗和の胸の中に飛び込んで燃え続け、斗和の全身を温もりで満たした。

 

『斗和さん、君は人々の希望を糧に成長する可能性の獣。この世界の希望の象徴だ。だから負けることは考えるな。自分の力を、自分の中の可能性を信じろ!』

勝てるだろうか、心にあったそんな不安を倫道の声が消し去り、斗和は燃えるような体の熱さを感じた。

 

(これが私?何だかやれそうな気がしてきた!どうせ死ぬなら勝って死んでやる!!)

背中の傷が瞬く間に治癒し、斗和の体に再び力がみなぎる。熱気を放出し、オーラが体の周囲に揺らめいた。斗和は自分の体と刀身に映る自分の顔を見て、新たな姿に変身したことを知った。

 

 時間が元通り動き出し、現実世界へと戻る。 

 

(跳べる!)

十数メートルの間合いを物ともせず、斗和は不死川兄弟を救出すべく思い切り地面を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無惨の視界の片隅に光が映った。

その一瞬で、十数メートルはあった間合いを詰め、斗和が不死川兄弟を両脇に抱えて無惨の攻撃圏外に脱出していた。

 

「みんながもう戦わなくて良いようにする。私が全部終わらせる」

斗和は不死川と玄弥をそっと下ろし、不死川に微笑みかけながらそう呟いた。

 

「斗和…………?」

不死川はまだ視力が戻っておらず、この人物はぼんやりとしか見えなかった。だが声で確かに斗和だと確信し、姿が変わっていることも察した。

 斗和が無事でいることに不死川は安堵したが、同時に斗和の言葉に命懸けの決意を感じ取り、言いようのない不安を覚えた。

 

(ごめんなさい実弥さん……もし私がいなくなっても、どうか私を覚えていてください)

何としてもこの世界を救う。自分が生き残る可能性は限りなく低いがそれでも戦う強い決意を秘めて立ち上がり、斗和は再び無惨と対峙した。

 

 鬼殺隊千年の悲願を果たす夜明けが近づいている。既に東の空からは、冴えた冬の青空が広がり始めていた。周囲が明るさを増しても尚、斗和の纏う白銀のオーラは希望の光として神々しく世界を照らし、仄かに光る赤い瞳が無惨を見据えた。

 

(この女、また変身を!)

ほんの今まで立つのがやっとであった斗和が、また復活した。不死川と玄弥に止めを刺そうとしていた無惨は呆気に取られた。 

 

「もうこれ以上、みんなを傷つけることは許さない。私が貴方を滅ぼす」

斗和は何の感情も抱いていないように静かに言い放った。極めて平坦に発せられたその声はしかし、決然とした意志を宿して厳かに戦場に響いた。無惨はその姿を凝視し、密かに戦慄した。

 

 再び姿が変わっただけでなく、気配が読み取れない。殺意どころか、覇気も闘気も、憎しみすらも無い。

 

(此奴!この女……!扉を開け、さらにその先へと進化した!やはりあの化け物以上の脅威!)

無惨は我に返り、己の生存をかけて、全身全霊の本当の戦いが始まることを悟った。

 

 時間差をつけた管の刺突攻撃が殺到し、さらにその外側から腕刀が斬り払い攻撃を行い、無惨は攻撃手段をすべて使って斗和を殺しにかかった。しかし斗和は無惨の全方向からの攻撃の包囲網をあっさりと抜けて走り出した。

 

 おぞましい異形と銀色の光が凄まじい勢いでぶつかり合う。

 

 激しい疲労のため足を止めて斗和を攻撃していた無惨だったが、高速で移動する斗和を捉えるためには斗和に合わせて移動せざるを得ない。必死で走りながら十七本の管と両側の腕刀を振り回す無惨であったが、斗和は表情も変えることなく迫る攻撃を躱し、斬り払い、掠り傷さえ負わない。斬られた腕刀や管から撒き散らされた無惨の血が空間を赤く染めるが、斗和はそれを浴びることもなく無惨に迫った。

 

 

 

 

 

『倫道さん、師範はどうなってるんですか?!』

斗和のあまりに大きな変化に佳成が驚きの声を上げる。“兆し”からその先へ。“身勝手の極意”は極みへと進化し、動作がより最適化され、洗練されて消費エネルギーがぐっと抑えられている。だが変化はそれに留まらない。

 

『感じるだろう佳成、この静かな心を。これが“透き通る世界”だ』

斗和は“透き通る世界”までも発動しているのだ。無惨の臓器や筋肉だけでなく、脳から脊髄、筋肉へと張り巡らされた神経細胞に刺激が伝わる様子までが可視化され、それを見ていれば体のどの部分が動くのか、どこから攻撃が来るのか全て分かった。さらに斗和の体感時間は引き伸ばされ、時間はひどくゆっくりと流れていく。

 

『“透き通る世界”?』

『そうだ。斗和さんは身勝手の極意を極め、同時に透き通る世界、つまり至高の領域へと到達した』

『師範が……!でも大丈夫なんですか?さっきまで立つのがやっとだったのに』

佳成は斗和の体を心配した。

 

『俺たちの力はきっかけに過ぎない。この眼の光、斗和さんは自力で扉を開いて覚醒したんだ。もう心配無い。これは斗和さん自身が生み出した力だ』

『そうですよね、俺たちが渡した力なんて遥かに超えて……。さすがです、師範』

倫道と佳成は斗和の中で戦いを見守った。

 

 

 

 

「茶々丸、今です!頼みますよ」

珠世が茶々丸を戦場へ送り出す。無惨は斗和との戦いに全神経を集中しており、他の戦闘員に注意を割ける状態ではない。珠世は血気止めの薬を飼い猫の茶々丸に託した。珠世とともに薬の調合を行っていた愈史郎は、玄弥と善逸、伊之助を回収、治療するために医療班の隠とともに治療ブースから飛び出して行った。

 

 茶々丸が背負ったバックパックには薬の入った針付き注射器が装填されており、射出された注射器が倒れている戦闘員たちに突き刺さり、血気止めの薬が注入された。戦闘員たちは感覚が戻り始め体も動くようになるが、まだ完全な状態にはほど遠く、足元がふらついていた。

 

 これを見た斗和が、自身の周囲に円を描くように刀を一閃した。すると、虹のような光の波が同心円状に広がって戦場を吹き抜けた。

 

(血気術が消えた!体が元に戻った!俺もできることをやらなければ)

炭治郎は痙攣も完全に収まり、全身が思い通りに動くことを確認し、斗和と無惨が戦っている方へと駆け出した。

 波動を浴びた他の戦闘員たちも断ち切られた意識と体の連携を取り戻し、次々と戦闘に復帰した。善逸と伊之助も愈史郎に回収され、治療を施された後すぐに戦場へ戻った。玄弥だけは鬼専用の回復薬を打たれた後、無惨が滅びた場合に備えて人間化の治療が開始され、その場で待機となった。

 

 戦場に戻って来た者たちが目にしたのは、斗和と無惨の一対一の戦いだった。それは想像を遥かに超えていた。

 斗和は縦横無尽に走り、残った建物の壁を使って跳躍し、立体軌道を描きながら無惨本体へと斬撃を浴びせていく。無惨は応戦するが、斗和は無惨の超高速の攻撃を掻い潜って無惨の弱点を着実に攻撃する。技そのものは日の呼吸の剣技だが、そこに至る身ごなしは剣術の歩法や型に全くはまらず、四つん這いになって地面を転がり、跳躍して空中で身を捻りながら、刃長三尺の大刀を時には片手で軽々と振り回している。

 お団子に結った髪は解け、銀色に縁取られた髪がなびく。尾を引く銀色の光芒、その中に双眸の赤い光が二筋の軌跡となり、糸を引く残像を残していた。その姿は疾駆する美しき獣。そして鬼を滅ぼすために天から遣わされた精霊のようでもあり、激しい戦闘でありながらその光景は幻想的ですらあった。

 

(他の鬼狩りまでが回復した!そうか、珠世どもが手当をしているな?!完全に死ぬまでは戦わせるつもりだ……!)

斗和の斬撃を受けた部分は激痛を生じ、無尽蔵の体力も限界が見え、頼みの再生がどんどん遅くなっている。無惨の体が疲労と痛みで悲鳴を上げていた。

 鬼となってから久しく忘れていた感覚。死の影がいつも自分に張り付いていた、あの感覚を無惨は思い出し恐怖した。死の足音はもうすぐそこまで迫って来ていた。

 

 無惨と鬼殺隊、双方死力を尽くしての総力戦が再び始まった。

 

 

 

(はい、ここで伊黒さんと甘露寺さんね!)

うねる太刀筋同士の複雑な軌道が無惨の攻撃をすり抜け、蛇の呼吸、恋の呼吸の連携技が決まる。

 

(槇寿郎さんと杏寿郎さんが来てる!炭治郎君の攻撃のすぐ後に重ねていってもらおう)

煉獄親子も負けじと見事な連携を見せ、強力な技を叩き込む。そして、斗和と炭治郎は最前線に立ち、日の呼吸による攻撃を再開した。

 

 斗和は無意識に全方位に注意を向け、日の出までの時間や周囲の状況、他の戦闘員の無惨との位置関係等、秒単位で変化する戦況全てを把握、情報を瞬時に統合する。そして常に最前列で無惨と相対し、攻撃を潰し、自ら切り込みながら他の戦闘員を誘導するように立ち回っていた。

 斗和の采配により、この場で戦う総勢十七人の戦闘員たちは今や一体の戦闘マシンとなった。斗和はその頭脳兼主武器として機能し、戦闘をコントロールしていた。

 

 斗和は自ら戦闘を行いながら大量の情報を超高速で処理し、的確な判断を下しながら仲間全体を導く。究極の演算をこなしながらも、斗和は無意識に最適な位置取りと動作を行っており、意識と無意識の狭間のような状態であった。

 

 

 激しい戦闘が続き、夜明けはもう間もなくだ。斗和に統率された戦闘体は極めて強力だが、戦闘員一人ひとりが常に全力を出すことを要求される。誰かの力が落ちれば全体の戦闘力は著しく低下し、同時に他のメンバーの命をも危険に晒すことになってしまう。

 

 日の呼吸 日暈の龍・頭舞い 飛輪……

 

 技の途中で炭治郎が足を取られ倒れた。炭治郎だけでなく、誰もが限界を超えた状態にありながら、必死で戦っていた。

 

(この目障りなガキめ!) 

日の呼吸を使う炭治郎を殺そうと、全力の攻撃を放とうとした無惨。しかしその時、斗和が炭治郎を庇って立ち塞がった。無惨は構わず両側の腕刀と全ての管を放ったが、斗和は左手に刀を持ち、見えない力で攻撃を押し返すかのように、開いた右手を力を込めて前に突き出した。

 

(何だ?)

無惨は自分の体に重大な異変を感じた。両側の腕刀と管は無惨の体の一部だが、それが自らの意志に逆らうようにピタリと止まり、動かなくなった。そして動きを止めていた腕刀と管が次々と反転し、一斉に無惨の方へと切っ先を向けたのだ。

 

(何が起こっている?!この女、一体何をした?)

無惨は異様な気配に身震いする。作った物ではない、本当の心臓が迫る危機を感じて不規則な脈を刻み、暴れ出す。だが異変はそれで終わりではなかった。

 斗和は、今度は突き出した右手でぐいと拳を握った。次の瞬間、腕刀と管が一斉に無惨に襲いかかった。思わぬ攻撃に無惨は成す術なく管に刺し貫かれ、建物の壁に固定された。

 

「炭治郎君、今だ!奥義!」

「奥義?!」

「十二個の型を一瞬で繰り出す。これが本当の拾参ノ型・奥義“ヒノカミ”!一人では無理でも、二人ならできる!」

炭治郎は驚きながらもすぐに理解した。一息に十二箇所を斬り込んだ継国縁壱の神業を、斗和は二人で再現しようとしているのだ。

 

「炭治郎君は自由に技を撃て!私が残りを撃つ!!」

「はい!」

 

日の呼吸 円舞 灼骨炎陽 烈日紅鏡 陽華突 火車  日暈の龍・頭舞い 

日の呼吸 斜陽転身 碧羅の天 幻日虹 飛輪陽炎 輝輝恩光 ――炎舞!

 

 炭治郎が全力で技を放ち、斗和が次の動作を予測しながら炭治郎を補って技を放つ。二人で一体の剣士として、渾身の力で無惨に攻撃を行った。

 

 

 

 無惨はあの時以来考えを巡らしていた。自分を脅かす鬼狩りが再び現れた場合どうするかを。

 四百年前は分裂で逃げることができたが、今はそれもできない。頸を落とされ、脳と心臓を破壊され、体力も尽きかけている。だが幸いにも、相手はあの時のように一人の化け物ではない。全ての斬撃が必殺ではなく、あの子供、竈門炭治郎の刀は不完全な赫刀だ。再生はできる。死の淵に立たされた無惨は懸命に考え、一つの方法を選択した。このままの大きさでは一瞬で陽光に焼き尽くされる。

 

 日が昇る。

 

 建物の間から、朝日が射して来た。

 

(肉体を守れ、肉の鎧を……!)

無惨はわずかに残った全ての力で細胞の分裂と分化、成長を最大限に加速させ、見る間に巨大な赤ん坊の姿になった。ただの膨張ではなく、それは質量を伴っていた。全長約十メートル、体組成が人間に近いと仮定した場合、密度から計算すると体重は少なくともニトンはある。再構成と言って良いほどの変化で、斬られた箇所は自然に再生されて元の形に戻っていた。

 

(巨大化する力がまだ残っていたか)

圧し潰そうとしてくる無惨を躱し、斗和は炭治郎を抱えて飛び退り、間合いを取った。この巨大な相手を粉砕する技はこれしかない。

(土の呼吸・奥義を!それでも倒せないかもしれないけど、やるしかない!)

 

 ギャアアアア!!!

 

 建物の窓ガラスがビシビシと砕けて割れるほどの音圧で、赤ん坊となった無惨が大咆哮を上げた。管や腕刀は無くなり、無惨の武器は今やこの咆哮と、振り回す腕や圧し掛かる巨大な質量そのものだ。

 

「コろ……ズぅゥ……コロス……!!!」

赤ん坊の無惨は何かを探すように周囲を見渡し、細い眼裂を一瞬カッと見開いて姿を確認すると、斗和目がけて這いずりながら突進して来た。

 

『斗和さん!みんなの力を!』

(そうか、同時発動!みんなで技を同時に撃てば!)

『こう言うんだ!“みんな!オラに元気を分けてくれ!”』

(違ーう!余計なこと言わんでいい!)

 

 土の呼吸 拾ノ型 奥義・大地ノ怒(だいちのいかり)

 

 斗和は大刀を真横に構えて足を踏ん張る。地鳴りがし始め、斗和の纏う白銀のオーラがさらに沸き立ち、斗和を囲むように土の粒子が下から上へと舞い上がる。

 

「みなさんの力を貸してください!……一緒に技を!!」

斗和が最後の技を共にぶつけるべく、仲間たちに呼びかける。他の戦闘員たちも斗和の意図にすぐに気付いた。土の呼吸奥義、絶大な威力を持つと言われるその技に、鬼殺隊の全ての力を乗せて放つのだ。

 

「蓬萊さん!」

炭治郎が力を込めて構える。

 

「これで決めるぜェ!」

不死川が構えを取った。

 

「あの時のように力を合わせるんだな!」

「蓬萊!俺もやるぞ!」

煉獄親子も、奥義・煉獄を放つ構えを取る。

 

 その他の戦闘員たちも各々の精一杯の力を一撃に込めるぺく構えた。土、日、風、炎。そして、水、岩、音、雷……

 

 全員が息を合わせ、斗和の動きに集中する。斗和の中に新たな力が満ちていく。この場で戦う全ての者たちの力。人が持つ可能性の力。

 

「もう終わりにしましょう。これで決着を付ける!」

 

 

 

 

 

 全集中 農(みのり)の呼吸 豊穣ノ大地(ほうじょうのだいち)

 

 全員が力を合わせた斬撃が、突進する無惨の巨体に向けて放たれた。

 

 

 

 

 

 無惨は消し飛ぶその時、走馬灯と共にあるイメージを見た。それは、一面の緑の大地に穏やかな陽の光が降り注ぐ光景だった。無惨は鬼となる前、人間であった頃に浴びた陽の光の暖かさを思い出した。

 

(陽の光……私は……滅びるのか……ただの人間が……私を……)

 

 

 無惨の体は崩壊してバラバラの破片となり、さらには塵となって地面に降り落ち、差し込む陽の光が焼き尽くした。

 

 

 

 

「無惨が消えた!!」「勝ったんだ!!」

戦闘員たちとサポート要員の隠たちは共に喜び合い、興奮と熱狂の渦が戦場一帯を包んだ。そして珠世と愈史郎の指揮の下、大勢の救護班の隠たちが戦場になだれ込んだ。隠たちは戦闘員に駆け寄って一人ひとりの顔などで痣の有無や怪我の状態を確認、痣を出した者たちを珠世と愈史郎のいる救護ブースに運び込んだ。

 

「さあ、治療を始めましょう」

珠世はそう言って次々に痣を消す薬を点滴していく。人間化を始めとして無惨を弱体化させる薬と同じ位に重要な、痣の副作用を治療する薬。決戦直前になってようやく完成した遺伝子治療薬が悲鳴嶼ら痣の者たちに投与された。

 

「私は大丈夫、他のみなさんを早く」

元の状態に戻った斗和は痣も出ておらず、ただ重度の疲労のみであったため、他の戦闘員への救護を優先してくれるように頼み、戦場に留まった。

 

 斗和は再びあの感覚を覚え、ハッと顔を上げた。眉間に電流のような軽い痛みが走り、白い光が閃いた。

(終わってない。まだ気配がする)

無惨の気配を捉えた斗和は刀を手に持ったまま警戒態勢を取り、油断なく周囲に気を配った。

 

 

 

 

 無惨の意識はまだ完全に途切れていなかった。片方の眼球と周囲組織の小さな肉片が偶然にも建物の影に飛ばされ、未だ焼け残っていた。

 

(いた!あそこだ)

気配を探り、それを発見した斗和は油断なくゆっくりと近づいていった。

 

(野良着の隊士、早い段階で殺しておくべきだった。だが今となっては遅すぎる……。待て、此奴の名は何と言った?確か蓬萊斗和、だったな。私の偽名を知っていた。以前に私と所縁のあった者……夫婦か?だとすれば)

無惨は斗和の情に縋り、逃げることに一縷の望みをかけた。

 

「斗和……斗和……私はまだお前を愛している……私を助けてくれ……」

グズグズと崩れ始めた肉片からわずかに声がする。小さく弱々しいが聞き違うことはない。もうお前には飽きた、早く出て行ってくれ。前世で斗和にそう冷たく言い放ったあの声。

 

 斗和は複雑な表情を浮かべ、さらに肉塊に近づいていく。

 

「月彦さん……」

斗和は、崩れていく肉片を見下ろした。それはかつて無惨であったモノ。

 自らを“限りなく完璧に近い生物”と呼び、肉体の超常的な強靭さで暴虐の限りを尽くした鬼の始祖、鬼舞辻無惨。それが今、滅びようとしている。崩壊は少しずつ進み、眼球が半分ほど形を残すのみだった。

 

「斗和!……私をこのまま逃がしてくれ……そうすればもう一度お前と」

哀願する無惨には、斗和の憂いの表情が慈愛に満ちた聖母のように見えた。

 

(やはり妻であった者か?!この女は私を無下にできない。利用できる!)

逃げられるかもしれない。無惨の期待が一気に膨らんだ。

 無惨が人間であった頃の境遇を思い、斗和はさすがに哀れを催したがそれだけであった。

 

 ダンッ!!!

 

「ちょっと何言ってるか分かんない」

斗和は半ば溶け崩れた肉片に思い切り大刀を突き立てた。肉片はか細い悲鳴を上げ、灰となって消えていった。

 

 鬼の首魁は滅んだ。産屋敷家と鬼殺隊の悲願は叶い、斗和と倫道は無惨との因縁に決着をつけた。

 

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