私は死んでへんかった。
目が覚めると同じ部屋の中にいた。
今までの出来事は夢落ちだったという都合の良いことは起きてはくれず、
悪夢のような暗く狭い部屋の中央で冷たい床に寝そべっていた。
ん?
私は勢い良く起き上がった。
至極当たり前の事ながら、普通に動けるという変化は驚くべきことだった。
どうやら気を失っている間に椅子から解放されていたようだ。
私が気を失う前に答えた質問は果たして正解だったのか。
一応、手足も指の先まで失うことなく、健全な状態で解放されているみたいだけど。
私が体に異常がないか確認している時、制服のポケットに何かが入っていることに気が付いた。
徐に取り出してみると、それは一枚の紙切れだった。
紙には見慣れない字でこう書いてあった。
『目が覚めたら部屋を出てください。』
どういうことや?
本当に出ていいんかな?
私は言われるがままに扉の黒いノブへと手を伸ばした。
扉はそのまま一切の抵抗をすることなく、私の指示に素直に従った。
扉の先に待っていたものは自由な空間ではなく、同じような空間だった。
さっきまでの部屋よりは少し広いように感じられたが、暗く荒廃した感じは全く一緒だ。
違ったことは椅子がなかったこと。
その代わりに、椅子があったであろう部屋の中央で女の人が倒れていた。
女の人は仰向けに倒れており、瞬き一つせずに目を見開いたままだった。
そして、その向こう側。
丁度私と対称になる場所に男の人が立っていたのだ。
一体全体この部屋の中で何が起きているというのだろう。
分からないことだらけの空間の中でハッキリとしていることが一つだけあった。
倒れている女の人。
部屋の向こう側に立っている男性。
二人の顔には見覚えがあるということ...。
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二人は部屋の中央に倒れる人物を挟んだ状態で見つめ合っていた。
それは決してロマンチックなものでもなければ、胸がときめくようなものでもなかった。
社は目の間の女性の存在に戸惑い立ち尽くしていると、正面の扉から不安そうな顔をした
制服姿の女の子が出てくるのだから驚くのも無理もないことだった。
正面の壁に別の扉が存在していたことも、自分以外の人間がここに居たことも
社にとっては予想だにしないことだった。
それは向かいに立ち尽くしている制服の女性。笹木にとっても同じことであった。
「これ...あんたがやったん? 」
最初に口を開いたのは笹木だった。笹木が最初に見た状況から推測すれば、当然の発想だった。
「いやいや待て待て。俺は何もやってない。お前と一緒で部屋に入ったら人が倒れてたんだ。」
必死の弁明も笹木の目から警戒の色が消えることはなかった。
「ところで...あんた私とどっかで会ってへんか? 」
笹木は社に対して、まだ気を許すわけにはいかなかったが、記憶のどこかで出会っているはずの
相手の正体を知りたがっている自分を抑えることが出来なかった。
「やっぱりか...俺も同じことを思ってたんだ。お前...俺とどこかで会ってるよな。それに...。」
社は未だに身動きしない女性の視線を送った。笹木も視線を合わせた。
そうなのだ。二人にとっての大きな問題。
中央に倒れている女性の正体。
笹木は思い出しかねているようだが、社は顔を見た時に直ぐに一人の人物を思い出していた。
「お前...もしかしてだけど、雨の日にとある女子高生が亡くなった交通事故を
目撃したりしてないか? 」
笹木はその言葉に驚きを隠せなかったのだが、それと同時にその衝撃は笹木が忘れかけていた
ある記憶を呼び覚ますきっかけとなった。
確かに雨の日だった。
あの事故。
そうか。
目覚めた記憶と今までの出来事が繋がって行くのがわかった。
意味の分からなかった質問も、聞き覚えのある法律も、何より目の前の社の顔。
そして何より、倒れている女性の顔。
「でも...なんで...。」
情報量がキャパオーバーになりそうな笹木の口から思わず心の声が漏れ出していた。
「そーだよな...やっぱり。」
自分に向けられたものでは言葉と分かっていながら、社は返事を返していた。
恐らく、社も無意識だったことだろう。
二人の目の前で倒れている女性。
それは事故の被害者少女の母親。
町田ちまの母親なのだった。