Sheltered Girl   作:夏野 雪

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 舞元は再び閑静な住宅街の迷路へと迷い込んでいた。
資料室で手に入れた情報を書いたメモを見ながら、一軒の住宅を目指していた。
つい先日も同じようなことをしていた気がする。
舞元が目的の場所に着いた頃には、すっかり日も暮れていた。
「やっぱりか...。」
目的の民家の前に到着した舞元が見たものは想像通りの光景だった。
音も光も発せれれることのないただの真っ暗な箱だった。
まるで同じ悪夢でも見ているかのような既視感と嫌悪感と幾許かの恐怖。
「むしろ...夢の方が良いのかもな。」
進めば進む程に、深く沈めば沈む程に疑惑は確信へと変わっていった。
軽はずみに手を出した自分の決断を後悔するようにため息をついた時、
住宅街のどこからか子供の唄声が聞こえてきた。
その唄は舞元も子供の頃に良く耳にした懐かしいメロディーだった。





結-箱入り娘

 社はてっきり目の前で倒れている人物。事故被害者の母親の逆恨みによる

犯行なのかもしれないと思い込んでいた。

社がゆっくりと中央の女性の元へと歩み寄って行った。

それを見ていた笹木も恐る恐ると女性に近付いた。

二人と女性の距離が縮まるにつれて二つの事がはっきりと分かってきた。

まずは倒れているのが、紛れもなく被害者少女の母親であること。

自分たちに必死の形相で事故の目撃情報を聞き出そうとしていたあの顔を

二人は思い出していた。

そして、もう一つ。

彼女が既に死んでいるということ。

社が少し震える手で彼女の口と鼻の前に掌をかざしてみると、掌には何の感覚も伝わってこない。

彼女は既に息をしていなかったのだ。

その流れで彼女の投げ出された左手首と首筋に手を当ててみるも、冷たいと言うこと以外は

何かが伝わってくることはなかった。

彼女には脈もない。そして、身体はどこを触っても冷たくなってしまっている。

「...死んでるな。」

社の様子を一歩離れた場所で見ていた笹木の方を見つめ、社がありのままの事実を

笹木へと伝えた。

「なんで...なんでなん? 」

「...だよな。一体どうなってんだ。」

事故の目撃者二人。その間には被害者の母の死体。それぞれが捕らえられていたであろう

繋がった三つの部屋。

籠から解放されて喜びを感じていたはずだった。

それが今や目隠しが取れたがために、解放されたがために見えてきたものに二人は完全に

怯えてしまっていた。

もしかしたら、本当は殺す気なんてなくて、脅しでやっているだけじゃないか?

もしかしたら、ドッキリで誰かの悪戯じゃないのか?

そんな幾つかの疑念が突如として目の前に現れた死体によって、無情にも否定されていった。

「うちら...この人みたいに...このまま死んでまうんかな? 」

俯きながら独り言のように呟く笹木の目には薄っすらと涙が溜まっていた。

「...ざけんな。冗談じゃねぇよ。俺は絶対に生きて出てやるよ。」

 

『かーごめ かごめ 籠の中の鳥は いーついつでやる』

 

室内にどこからともなく聞き覚えのない唄声が響いてきた。

まさかと思い、二人は中央に倒れている女性を見つめた。

しかし、当然のことではあるのだが、彼女の口が動いている様子はなかった。

 

『夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの正面だぁれ』

 

不気味に部屋を反響する唄声が止まったと同時に一筋の光が差し込んできた。

その光はまるでスポットライトのようだった。

部屋の中央に横たわる母親の死体に向かって真っすぐに差し込んでいた。

突如現れた光源の正体を確かめようと。社と笹木はほぼ同時に天井を見上げた。

そこで二人が見たものは天井にぽっかりと空いている穴だった。

大きさはマンホールと同じぐらいだろうか?

その穴から懐中電灯のようなものが出ているのが分かった。

誰かがそこにいた。

「だ、誰や! 」

笹木が威嚇するように上にいるであろう誰かに向かって叫んだ。

一方で社は光の方を見つめたまま全く別のことを考えていた。

それは自分が大きな勘違いをしていたという事だった。

てっきり廃墟のような場所に自分たちは捕らえられているものだとばかり思っていた。

しかし、実際はここは地下だったのだ。

だからどの部屋にも窓が無かったのだろう。

笹木の叫び声に呼応したかのようにして、天井から差し込んでいた光が消えた。

「それは...すごく...残念だわ。」

光が消えた穴の方から女性の声が聞こえてきた。

その声は社にとっても、笹木にとっても聞き覚えもない声だった。

二人の見つめる天井の穴に人の頭のようなシルエットが浮かび上がっていることがわかった。

それを声の主であり、二人を観察しているようだった。

「誰なんだ...お前は。」

声の主が社の言葉に返事をする事はなかったが、その代わりに暗かった室内に照明が灯された。

灯りが点いたことによって、天井の人物の顔がはっきりと見えるようになった。

それは女性だった。

「誰や...あんた。」

笹木が天井を見上げたまま固まっていた。

社も同じだった。相手の正体が鮮明に見えるようになったのだが、そこに答えはなかった。

そこに居たのは見たこともなければ、会った記憶もない女の顔だった。

女の黒色の長い髪が重力に逆らうことなく宙に投げ出されていた。

髪の毛は鮮やかで綺麗な色であったが、手入れが十分にされていないのか、

毛先はあらゆる方向に跳ね上がり、ぼさぼさの状態だった。

その髪の隙間から大きな丸い目が爬虫類のようにぎょろぎょろと動いては下にいる二人の

様子を覗っていた。

顔の全容や体が見えないので、はっきりとした年齢は窺い知れぬが四十から五十代ほどに

二人には見えていた。

全く見覚えのない不気味な中年の女。蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっていた

二人だったのだが、その答えは直ぐに判明することとなった。

その理由は女の横からもう一人の人物が顔を覗かせたからであった。

その二人目の人物は、またしても女だった。

最初の女より二周りほど若く二十代ぐらいに見受けられた。

その女も同様に黒い長い髪を靡かせていた。

若さなのだろうか。それとも意識の違いなのだろうか。若い女の髪は艶やかでサラサラと

美しく輝いていた。

その間から覗いている顔にはしっかりと白い肌に化粧をしていた。

楽しそうに下を見下ろす中年女性と違い、隣の若い女性はつまらなそうな冷たい表情だった。

「あんたは...。まさか。」

社は若い女性には見覚えがあった。それは予想していた通りにあの事故の関係者だった。

しかし、それは社が想像していた場所の対岸にいる人物。

ケージの中にいるペットの様子でも見ているかの如く、上から自分たちを見下ろしている人物。

それは郡道美玲。あの日、車を運転していた加害者女性だった。

「良かったわねー。美玲ちゃん。こんなに素敵な『お友達』が出来て。ああ...私は美玲ちゃんの

実の母親よ。まぁ。今日からはあなたたちの母親でもあるけどね。」

母と名乗る女は横にいた美玲の頭を嬉しそうに撫でていた。

「おばはん。何言っとるんや...。」

「あらあら。『お母さん』って読んでもいいのよ? 」

笹木の罵倒する言葉も彼女には届かなかったようで、ニタニタと不気味な笑顔を浮かべたままで

二人を見下ろし続けていた。

「社さんに笹木さん。私たちは感謝しているんですよ。二人が居なければ、高が凡人の小娘を

轢いた程度で可愛い私の美玲ちゃんが捕まるとこだったんだもの。本当に迷惑な話よね。

そこで死んでる煩いババアも大人しくしてれば許してやろうと思ったけど、

いつまでもピーチクパーチクと鳴くもんだから羽を捥いでやったわよ。」

そう言うと母親は高らかに笑い始めた。その下品な笑い声は部屋の中を反響し、

狂気を増幅させていっているようだった。

社も笹木も相手に掛ける言葉が出てこなかった。正確に言えば出せなかった。

狂気に対抗できるものは狂気であって、正気ではないのだった。

真面な思考では目の前の女とコミュニケーションをとることなんて出来ないのだ。

「ほら。美玲ちゃん。お友達にご飯をあげて。」

母親にそう言われると美玲は何かを下に投げ落とした。

美玲が投げたものは地面を転がると社と笹木、それぞれの足元で止まった。

それはラップに包まれたおにぎりだった。

形も歪で海苔も巻いていなかった。更にもう一つ何かが投げ入れられた。

二個目は床にぶつかると高い金属音をさせると転がることなく、その場に留まっていた。

それは缶詰だった。

俗に言う『ツナ缶』というやつだ。

「今日から美玲ちゃんがしっかりとご飯をあげるから安心してね。」

「あほか! そんなもんいらんから、早くここから出してや! うちらがなにしたっちゅうねん! 」

そう叫びながら笹木は目の前のツナ缶を思いっきり蹴飛ばして見せた。

それは虚しく音を立てて転がるだけで、上にいる二人には何の影響を与えることはなかった。

「私はあなた達に感謝しているの。だから、私が自分の子供のように育ててあげるから。

美玲ちゃんは友達が居なかったし、寂しがり屋さんだから丁度良かったの。

でも、あなた達が事故のことで何か嘘をついてたりしたら困るでしょ。

それで事前にテストしたの。怖がらせちゃってごめんなさいね。

殺す気なんて無いから安心してね。私の自慢の箱入り娘...美玲ちゃんみたいに

素敵な子に育つのよ。」

母親は笑いながらそう言うと、重そうな蓋のような物を動かし始めた。

「お、おい! 待て! 」

社の最後の叫びは上に二人に届く前に暗闇の中へと吸い込まれ、儚く消えていった。

 

 

 

ーーーーー

 

 馴染みの居酒屋で二人は仕事終わりの酒を堪能していた。

「お疲れーっす。」

舞元のジョッキに軽く自分のジョッキを合わせると、早瀬はビールを一気に半分ほど飲み干した。

舞元も負けじと一気にビールを喉へと流し込んでいった。

早瀬は満面の笑みで「ぷはーっ」とあからさまな声を上げるとジョッキをカウンターへと置いた。

面と向かって本人には決して言えないが、可愛がっている後輩のこういう笑顔が見れるのは

嬉しいことだった。

「いやー。モッさんとこうやって酒飲むのも久しぶりやんな。」

「そーだなー。俺が断っちまってたからな。いつも誘ってくれてたのに悪かったな。」

この数か月間で何度か早瀬は舞元に飲みの誘いをしていたのだが、悉く舞元が断っていた。

「そんなん言わんとってよー。仕事なんやからしゃーないやん。」

そう言いながら早瀬は舞元の肩を豪快に二、三度叩いた。

本人には全く自覚がないことだろうが、この数か月間ですっかりと疲れ切っていた舞元の体には

堪えるダメージではあったが、その痛みが何だか嬉しくもあった。

早瀬も何とも楽しそうに残りのビールを飲み干した。

「はぁー...そう言えばモッさんの調べとった件は結局解決したん? 」

「それがな...さっぱりだ。目撃者の二人、被害者の母親の行方はさっぱりだ。加害者側のことも

気になって自宅まで行ってみたんだが、加害者二人まで消えてやがったよ。

目撃者、加害者、被害者の三組、計五人が煙の如く消えちまってたよ。」

舞元は自嘲するような笑みを浮かべると、少し温くなってしまったビールの残りを飲み干した。

「そっか...。まあモッさんもあんだけ頑張ったんやし、それに偶々全員同時に

居なくなっただけかもわからんやん? 」

「お前...それは流石に無理があるだろ? 」

「『私たちはスーパーヒーローなんかじゃない。しがないたった一人の公僕に過ぎない。

だから全ての人を救うことは出来ないんだよ。』って私が悩んでいる時に教えてくれたんは

モッさんやで。」

早瀬は先ほど肩を叩いていた時とは、また違った柔らかな笑顔を浮かべていた。

「...何だかな...。お前に説法される日が来るなんてな。」

「はぁー」とわざとらしく大きくため息をついた舞元は空になったジョッキを持ち上げた。

「大将ー! 同じのおかわり二つねー。」

舞元の注文を聞いていた早瀬も嬉しそうに空のジョッキを掲げていた。

結局『後ろの正面』にいたのは誰だったのか。

そもそも誰かいたのだろうか。

新しいビールを飲み終えた頃には、そんな思いもジョッキの中の白い泡と共に

弾ける様に消えていったのだった。

 

 




以上で『Shelltered Girl』は完結となります。
最後まで読んでいただきまして有難うございました。
今回は映画の『ソウ』のオマージュとして書いてみました。
とは言ってもシチュエーションを似せただけで、
グロ要素などは完全に排除してしまったので物足りなさや設定的に
無理やり感が出てしまったかもしれません。
また、同時に別のサイトで別作品を投稿していた関係で更新ペースも
悪くなってしまいました。
これからもにじさんじ好きの方々や、あまり知らない方々などに
楽しんでいただけるいうな作品を書いていきたいと思います。
よろしければ、過去作やこれからの作品も読んでいただけたら嬉しいです。
改めまして、今回は最後まで読んでい頂き、本当に有難うございました。
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