Sheltered Girl   作:夏野 雪

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伍-朧駕籠

 それはこの部屋で目が覚めてから初めての出来事だった。

背後から扉が開くような音と共に人の居る気配がした。

自分以外の人間の存在を感じるのは、これが初めての事だった。

あれだけ求めていた人の気配だったのだが、今は喜びよりも恐怖が優ってしまっていた。

これから何をされてしまうのだろうか。

体を拘束されているせいで、私の真後ろに立っている誰かの姿を確認することが出来なかった。

姿の見えない相手が何も言わずに、ただ自分の後ろに立っている。

どう考えたって、手放しで喜べる状況ではなかった。

勇気を振り絞り、振り返ろうと首を右に微かに回そうとした時だった。

私の右肩から真っすぐ前に向かって、光る何かが飛び出してきた。

それは包丁だった。

刃の部分が上向きになった包丁が後ろから突き出てきたのだ。

「動かないで下さい。少しでも動けば首を切ります。」

喋った。後ろの誰かが話しかけてきた。しかし、その声は誰かの肉声ではなく、

機械か何かで変えられたものだった。

余りにも説得力のある刃に言われずとも、私はピクリとも動くことが出来なかった。

私が動かないことを確認すると、包丁はゆっくりと私の視界から消えていった。

動かなければ何もしないのか。この状況で。そんなわけあるか。

私は心の中で人知れずに抵抗して見せた。幸いにも声が出せない状態なので、

口から私の心の声が漏れ出す心配もなかった。

何もせずに真っすぐに前を向いていると、体の一部分にある変化を感じてきた。

それは足だった。

足の方が先ほどより楽になった気がしてきたのだ。

気のせいなのだろうか?

いや...動く。足が動かせる。気のせいなんかじゃない。

少し視線を足の方に落とすと、足を縛っていたであろうロープの何本かが蛇のように

床を這っていた。

制服のスカートから除く足には痛々しいロープの跡もしっかりと残っていた。

「正直にお答え頂いているので、足を解放します。このまましっかりと答え続けて頂ければ、

手や口も解放いたしますので、頑張って下さい。ただし、くれぐれも私の監視下にあることを

お忘れなく。少しでもおかしな動きを見せれば、その時点で終わりですので...。」

そう言い終えると、私の背後から人の気配が消えた。

部屋を出て行ったのだろう。本当に大丈夫かな?

実は隠れていて、私が動いた瞬間にグサリ...なんてことはないよね。

意を決して少しだけ首を右に回してみると、後ろから包丁が突き出されることも

私の首から鮮血が噴き出すこともなかった。

黒目を必死に動かして後ろの方を確認してみたが、やはり誰かは部屋を出ていったようだ。

緊張感が解けた私は本当に動くのか試したくなり、軽くその場で足踏みをしてみた。

足はしっかりと私の言う事を聞いて、学校指定の黒いローファーがコンクリートの床を叩き、

タンタンと軽快なリズムを奏でた。

本当に解放された。気に食わないが言う事を大人しく聞いていれば、本当に生きて帰れそうだ。

私が何度か嬉しくて足を動かしていると、モニターに次の指示が表示された。

『次の質問です。貴女の名前は笹木咲(ささきさく)ですか? 』

 

 

 

-----

 

 

 本気で殺されると思った。

いきなり現れたと思えば、こいつは予想外の行動に出たのだった。

その変化は暗闇の中だって、はっきりと分かった。

椅子の肘置きにピッタリとくっついて離れなかったはずの俺の腕が微かに浮いたのだ。

それは無理やり持ち上げられたのではなく、自分自身の意志の力によって持ち上がった。

どうやら腕を縛りあげていたロープが解かれたようだ。

一体、こいつは何を考えているんだ。

今なら自分自身で目隠しを取れるんじゃないか?

そう思って、手を持ち上げようとした時だった。首に覚えのある感触が伝わってきた。

ロープだ。首にロープが巻かれたのだ。

「動かないで下さい。動けばこのままロープを締め上げます。」

やはりそうだ。それは先ほどと同じロープであろう。まだ緩んでいる状態だったが、

俺が少しでも変な動きをすれば、本当に躊躇なく締め上げてくるだろう。

スピーカーから流れ聞こえていたであろう聞き慣れた声が、俺の背後から聞こえてきていた。

今までイメージの中で存在していた声が確かな現実として、そこに存在していた。

「...わかった。動かないからロープを外してくれ。」

「貴方が大人しくしてくれれば何もしませんよ。貴方は私の監視下にあることをお忘れなく。

勝手に目隠しを取るような動きをしたりすれば、その場で殺しますので。」

そう言うと首からロープが外されたのがわかった。そして、恐らく奴は部屋を出ていった。

奴の気配が消えたと分かっていても直ぐには動き出せなかった。

取り敢えず、手が解放されたと言うことは紛れもない事実だった。

今のところはおかしな質問も無いことだし、このまま質問に答え続けるのが良いだろう。

そんな事を考えていると、さっきまで背後から聞こえていた声が再びスピーカーから流れ始めた。

『それでは次の質問です。貴方の名前は社築(やしろきずく)ですか? 』

今更かよ。と心の中でツッコミながらも俺は心に決めた通りに素直に答えた。

「ああ。俺は社だ。間違いない。」

『では、道路交通法において『横断歩道等における歩行者の優先』について述べられているのは

第37条ですか? 』

おいおい。運転免許の筆記か何かか?

俺の職業は法の番人でもなければ、雄弁な正義のヒーローでもないんだぞ。

そんなことわかるわけが...。

 

あれ? なんだ?

聞いたことがあるぞ...。どうしてだ?

日常生活でこんなこと聞くことなんてないし、俺の仕事とも関係のないことのはず。

それなのにどこで聞いたというんだ。

いや待て。今は聞いた場所より内容だ。ネットによくある懸賞クイズみたいな質問だったが、

実際は命が掛かってるんだ。

思い出すんだ...。どこぞの誰かの言葉を...。

 

 

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