「君の名は。キルヒアイス」歴史の真実と芯の世界   作:高尾のり子

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キルヒアイスin広島、カストロプvs三葉

 

 キルヒアイスは糸守高校の修学旅行で広島県にあるホテルの一室でトランプを持っている状況が目に入ってきた。

「………」

「もしもーし? 三葉ちゃんの番だよ? 聞いてる?」

 早耶香が覗き込んでくる。

「あ……はい……すみません。何ですか?」

「だから、三葉ちゃんの番」

「…はい………すみません。何のゲームをしていたのですか?」

「半分寝てた? もう12時だもんね」

「……」

 時計を見ると12時なっているので、三葉が同室の女子たちと談笑しながら日付を越えたのだと認識した。

「はい、少しウトウトしていたようです。申し訳ありません」

「………モードチェンジしてる……まあ、いいや」

 早耶香が持っていたトランプを放り出して、お菓子を食べてノンアルコールのビール風味飲料を飲んだ。他の女子が言ってくる。

「そろそろ本題に入ろうよ」

「え~……このモードに入った三葉ちゃんって本心隠してる感じがしてイヤだなぁ」

「……すみません……。本題とは何でしょうか?」

「ほら、こうやってトボける。修学旅行の夜にする話って言ったら恋話に決まってるのにさ」

「恋………」

 克彦とアンネローゼの顔を想い出してしまった。もう、この身体にいるときは女性として振る舞うことが当然になっていて、乙女のように頬が熱くなるのを感じた。

「三葉ちゃんとサヤチン、ずっと戦争状態だもんね」

「「………」」

「で、どっちが優勢なの?」

「「…………」」

 早耶香がポッキーを囓り、三葉の手が明らかに自分の分という場所に置いてあったビール風味飲料を取って一口飲んで様子見する。

「サヤチンも本心隠してるじゃん」

「劣勢だからよ!」

 早耶香が三葉の首にヘッドロックをかけてきた。豊かな胸の膨らみを後頭部に感じて少し困惑する。今は同性だと感じているけれど、この柔らかさを自分が感じていていいのだろうかという軽い罪悪感はある。

「うっ……サヤチン……何をされるのですか……どうか、離してください」

「こいつめ、テッシーから告白されたって言うの!」

「それ、劣勢じゃなくて、もう敗戦じゃん」

「まだ付き合ってるわけじゃないし、諦めなければ可能性はあるもん!」

 ますます早耶香が腕に力を入れてくるけれど、敵意は感じない。ほのかな親しみの情を覚えて、されるまま身を任せていく。

「サヤチンはわかったからさ。三葉ちゃんは、どう想ってるの?」

「私は……」

 話しやすいように早耶香が腕の力をゆるめてくれた。

「……これまでのように三人で仲良くしていきたいと思っております」

「なんか、模範解答だね。誰かに言わされてるみたい。じゃあ、次の人」

 もう三人の煮詰まらない関係に飽きられたのか、次の女子へと話題が移り、順繰りに恋の話をしていくうちに朝の4時になった。全員、寝るつもりがないようで新しいお菓子を開け、ジュースを回している。それでも、少し話題が無くなってきたタイミングができる。

「誰か何か、話題ない?」

「「「…………」」」

「何もないなら、またトランプする? もう寝ちゃいそう。ねぇ、誰か、何でもいいから話題は? 主に恋バナで」

「……」

 訊きたいことがあったキルヒアイスは遠慮がちに挙手していた。

「はい、宮水さん、どうぞ」

「もし、みなさんが恋をしていない相手と結婚することを強制されたら、どうお感じになりますか?」

「何それ? 普通にありえないでしょ」

「ですから、もしも、の話です」

「断るか逃げるか、するんじゃない?」

「断れず逃げられなければ、どう感じますか?」

「いやいや、それ犯罪じゃん」

「……。犯罪にならず、たとえば相手が大きな権力を持っていた場合などで結婚を強制されたときの話です」

「お金持ちってこと?」

「はい、そういう場合も含めてください」

「う~ん……お金かぁ……迷うかもしれないけど、やっぱり相手によるかな。いい人そうだったら、結婚してもいい」

「こちらは相手のことを選べない場合です」

「……それ、死ぬほど苦痛なだけじゃん」

「やはり……そう思いますか……。もし、そんな生活が10年も続いたら、どうでしょう?」

「諦めて慣れるかもしれないけど、頭おかしくなって精神病にでもなるんじゃない」

「………」

「え、なに? 三葉ちゃん、変なお見合いでも強制されてるの?」

「いえ、私の話ではありません」

 そう言ったわりに自分のことのように悲痛な顔をしているので周囲が心配になる。早耶香が言ってくる。

「そこまで言ったなら、話してよ」

「………はい。この話は、ここだけでお願いします。そして、私とは遠い関係にある話です」

 そう前置きしたキルヒアイスは女子高生たちに、アンネローゼとフリードリヒのことを欧州の小王国での出来事で三葉とは遠い親戚という風に話した。聞き終わった女子たちが重い沈黙に包まれる。一人が口を開いた。

「………一日も早く助けてあげられるといいね…」

「その前にアンネリーゼさんの心が壊れてしまわないといいけど…」

 どう話しても銀河帝国の当局に伝わるはずはないけれど、念のために名を改変して説明していた。別の女子が言う。

「アンネリーゼさんと弟のラインラットさん、そして親友のキルヒマウスさん、この三人は離れていても、お互いの存在が心も、社会的な意味でも支え合ってると思うなぁ」

「どういう意味?」

「だってさ、お互いが居るから自暴自棄にならないでしょ。社会的にも王妃の弟って立場だと、貴族たちにしても目立つ方法では抹殺できないし。お姉さんの存在がラインラットさんとキルヒマウスさんを守ってもいると思うの。もちろん、その逆も」

「けど、女の子にとって15歳から25歳までって一番楽しい時期なのに……悔しいよ! そんなのってない! その国王フリーザリヒを殺したい。クーデターでも起こって死んじゃえばいいのに」

「うん、一日も早く解放されてほしい。ね、三葉ちゃん、私たちに協力できることってないの?」

「お気持ちだけで十分です。ありがとうございます。みなさまのお話を聞けただけでも、とても気づかされておりますから」

 ずっと不敬罪を恐れてラインハルトとしか、この話はしておらず、両親にさえ相談したことはない。それを大っぴらに、しかも女性に相談することができて見解を知ることができたのは幸いだったし、やはり一日も早く解放したいと誓い直した。気がつけば、朝日が昇ってきている。

「朝だねぇ。完徹したねぇ」

「朝ご飯、何時からだっけ?」

「7時だよ。まだあるね」

「お風呂いかない? 6時から開くはず」

「行こう行こう」

「……」

「三葉ちゃんもおいでよ」

「いえ、私は遠慮いたします。後片付けをしておきますから、みなさん楽しんでらしてください」

 そう言って徹夜の女子会の後片付けをして全員で朝食を摂り、バスで大和ミュージアムへ移動した。メインの展示物である戦艦大和の10分の1模型を見ると、穏やかな貴婦人としての振る舞いが少し崩れて、少年のように戦艦を見つめて三葉の瞳を輝かせた。

「火薬式の砲と、火力ボイラーで、これほどの戦艦を造り上げるなんて……」

「三葉、こういうの好きか? オレは好きだけど」

 克彦をはじめ男子は、やはり喜んでいるけれど、女子の反応は薄い中、はしゃいでいるので目立った。

「だって、これレールキャノンではないのに、重力下で大気の抵抗もありながら46キロ先まで到達するのですよ。とても素晴らしい技術です! しかも明治維新から半世紀あまりで、ここまで追いつくなんて民族性がなせる技なのか、国家体制によるものなのか、その両方なのか、本当に日本人は驚異的です!」

「レールキャノンなんて言葉よく知ってたな」

「ぇ……」

 うっかり徹夜明けの頭で余計なことを口にしてしまい焦ったけれど、克彦は感心しているだけだった。

「レールキャノンも、そろそろ実用化されるかなぁ。大きな戦争でもあれば、その必要性もあるのかもしれないけど」

「……。そんなこと起こらなければよいですね」

 この後の地球の歴史を思い出して、はしゃいでいた気持ちが一気に落ち込んだ。昼食のお好み焼きを食べて、原爆資料館を巡ると、落ち込んでいた気持ちが地の底まで沈んだ。

「……はぁ………はぁ……」

「三葉ちゃん、大丈夫? 鳥肌、立ってるけど」

 早耶香が心配してくれたので笑顔をつくろうとしたけれど、冷や汗が流れただけだった。

「…だ……大丈夫です………いえ、その……展示物の……ショックが……大きすぎて…」

 何度も戦場を巡ってきたけれど、艦隊戦で死体を見ることは無い。地上戦でも、そこで見るのは兵士として不本意ではあっても死地に赴く覚悟を大なり小なりしてきた戦闘員の死体であって、子供や女性がいる市街地、むしろ本土に残っていたのは非戦闘員が多かったのに、そこに落とされた熱核兵器の惨状を見ると、足がすくんで早耶香と克彦に両方から支えられるようにして歩いていた。

「……はぁ……」

「三葉、気分が悪いんやったら、もう途中でやめるか? 別に、全部見んでもええやろ」

「そうよ。顔色、すごい悪いよ」

「いえ……きちんと、すべて……。……テッシーとサヤチンは、平気なのですか?」

「いや、まあ、気分のええもんやないけど、こういうの見慣れたというか」

「なんのかんので、よく見るからね。8月とかテレビでも、やりまくるし」

 小学生の頃から平和教育の名のもと日教組が宗教的な熱心さをもって主導する戦争の悲惨さを何度も見てきた二人に比べて、幼年学校では帝国軍の精強さと、かつての戦功や英雄について教えられるばかりで、ラインハルトに言わせれば、なぜそれほど精強な帝国軍が百年かかっても叛乱軍を覆滅できないのだ、とつっこみを入れられるような戦争観の教育しか受けてこなかった。おまけに克彦と早耶香は戦場と死など自分とは無縁の遠いことだと確信しているのに比べて、死も戦場も我がこととして捉える感性の差は巨大だった。

「……はぁ……ぅぅ……」

 奥へ進むほど展示物のインパクトは大きくなり、三葉の胃が痙攣してきた。

「……ぅ…」

「吐きそう? トイレ行く?」

「……」

 口を押さえて頷いたときには限界だった。三葉の唇から嘔吐物が流れ出て床に拡がった。お好み焼きだった物が、三葉の唾液と胃液が混じった状態で出てくる。

「ハァ…ハァ…うぅ…すみません…ごめんなさい…」

 施設の係員がバケツと雑巾を持ってきた。申し訳なさそうに謝るのに、かまいませんよ、とショックを受けてくれたことが、むしろ教育効果を出せて嬉しいというような表情で片付けてくれる。

「三葉ちゃん、トイレに行こう」

「はい……」

 早耶香に手を引かれて女子トイレで顔と手を洗ったけれど、顔色は悪いままだった。徹夜のせいもあって目に隈ができてるし、全体に青白い。それでも自滅的な義務感で館内を最後まで巡った。あまりの悲惨さに泣けてくる。

「…ぐすっ…ぅうっ…ひっく…」

 熱核兵器が市民に使用された惨状は戦争観が変わるような衝撃だった。そこには英雄もいなければ、戦功も虚しい。あるのは焼き殺された死体と、死にきれずに苦しみ続ける人々の姿だった。

「…ぅうっ…ああぁっ…」

 もう号泣になってしまい、ユキちゃん先生らも感受性の強い生徒がショックを受けることは想定していたので優しくフォローしてくれたものの、展示物の印象が頭に残って消えないまま、広島駅から東京駅まで新幹線で移動し、ディズニーランドに近い格安ホテルで眠った。

 

 

 

 ハンス・エドワルド・ベルゲングリューン大佐は、したたかに酔っていた。わずか2500隻のキルヒアイス艦隊の旗艦バルバロッサの通路を歩きながら、ウイスキーボトルをあおっている。

「ヒクッ…」

「酔っているな、ベルゲングリューン」

 フォルカー・アクセル・フォン・ビューロー大佐が注意しても、また酒をあおる。

「ああ、酔っているさ。前回、失敗したときより数が少ないんだぞ」

「だからこそ…」

 そんな二人へ三葉が遠慮がちに声をかける。

「た、大佐…お時間いいですか?」

「ハッ」

「…」

 ビューローは敬礼したけれど、ベルゲングリューンは司令官を睨む。睨まれて三葉は怯み、その隣にいるノルデン少将が咳払いしても無視だった。

「こ、これから作戦を説明します……」

 酔ってるよ、このオジサン、ありえないでしょ、作戦前に、なんで、こんなに規律が乱れてるわけ、しかも佐官なのに、徴兵された新兵ならともかく、大佐クラスならラインハルトさんが選んだ人材のはずなのに……ホントに大丈夫なの……ラインハルト陣営も下層はいまいちなんじゃ……、と三葉は強い不安を覚えつつも、なんとか平静な顔を保って四人で艦橋へ向かう。ベルゲングリューンがアルコールの匂いをさせて近づいてきた。

「小官は作戦より全体の数の方に問題があると、愚考つかまつりますが!」

「と、とにかく、これを見てください」

 うん…それは、わかる…でも、だからって飲酒はないでしょ、と三葉は冷静さを維持する。艦橋へ入り、三葉自ら作戦を説明し始めた。キルヒアイスの指が自信なさげにメインモニターを指した。艦隊の配置図を見てベルゲングリューンが疑問に感じる。

「工作艦ばかり、こんなに並べて、、どうしようと言うんですか」

「ま、まず、シュムーデ提督が前回敗北された状況を振り返ります」

 三葉はキルヒアイスが書いてくれた日本語混じりの作戦書を読む。もう三葉もドイツ語を読み書きできるけれど、今は機密保持のために日本語を使っているのだった。

「カストロプ公は説得に出向いたマリーンドルフ伯と、その令嬢を捕らえているばかりか、帝国に反旗を翻し、マリーンドルフ領へも、その妹が5000の艦隊を指揮して侵攻していましたが、シュムーデ提督は私兵艦隊を無視してカストロプ本領の惑星ラパートを突くと見せかけ、私兵艦隊が慌てて戻ってきたところを迎撃するおつもりだったようです。しかし、逆にラパート星に配備されていたアルテミスの首飾りへ追い込まれる形となり壊滅しました」

「それを、たった2500隻の艦隊で、どうしようというのです?!」

 あまりに頼りない雰囲気が漂っているのでベルゲングリューンは三葉から作戦書を奪い取った。

「こ…これは……いったい、何が書いてあるのです?!」

 日本語なので、まったく読めない。

「返してください。機密保持のため特殊な記号を使っています。私にしか読めません」

「………」

 不承不承でベルゲングリューンが作戦書を返した。

「まず、アルテミスの首飾りはゼッフル粒子によって無力化します。さいわい、微弱ながら引力がありますから、昨日のうちに散布されています」

 住民がいる惑星へ影響させずに軌道上の衛星のみを破壊するためにゼッフル粒子を散布するのは、名人芸といっていいほどの巧妙さを要するけれど、すでに完了している。その分、作戦を延期することはできず、明日にするわけにはいかなかった。そしてカストロプ側に気づかれないためにもベルゲングリューンらにさえ秘匿され、キルヒアイス自らが工作艦を指揮して作業を終えていた。キルヒアイスの声が自信なさそうに説明を続ける。

「次に、敵艦隊ですが、我々を待ちかまえるように正面にいますから、これに正面から接敵します」

「正面からっ?! 2500で5000にですかっ?! 敵は2倍ですぞ! まさか、この旗艦バルバロッサが第三世代最新鋭艦であることを過信しておられるのではありますまいな! デザインこそ新しいが、しょせんは戦艦1隻、数の力には勝てませんぞ! だいたい、少将クラスの分艦隊に元帥旗艦と同等の新鋭艦が配備されること自体がおかしい! ご自身を過信してのことなら、手痛い反撃にあうと忠告いたしますぞ!」

「……」

 おっしゃる通りですね……お友達だから配備したのは、みんな知ってるよね……、と三葉はラインハルトの配備に私情が入っていることは否定できなかった。それでも任務は頑張る。

「最後まで聞いてください。接敵寸前に後退します。当然、相手は追ってきます」

「でしょうな」

「この追ってきた敵へ、横から小惑星を複数個ぶつけます。この小惑星にはワルキューレを隠してありますし、ワルキューレを隠していない小惑星は敵陣内で爆発するよう仕込みがしてありますから、敵艦隊は混乱に陥るでしょう。そこで後退をやめ、前進し敵中心を突きます。相手は5000といっても士気の低い私兵です。これで勝てるでしょう」

「…………たしかに、その作戦なら……可能性は…」

 ベルゲングリューンが作戦を聞いて、少し納得したけれど、それでも不満そうに通路へ出ると、酒瓶をダストシューターに捨てた。

「まだ半分以上残ってたんじゃないのか」

 心配して追ってきたビューローが言い、ベルゲングリューンは憤然とする。

「あの頼りない司令官を見たか?! 作戦を説明するのに手が震えていたじゃないか! 声だって震えていた! 昨日までは冷静だったが、いよいよ戦場に着て怖くなったって顔だぞ!」

「……」

 ビューローも否定できないので黙っている。

「あんな頼りない司令官のもとで酔っていたら、うまくいく作戦も失敗する! だいたい、どうして同格で先任のノルデン少将が戦闘技術顧問でついてくるんだ?! イゼルローンの失敗を忘れたのか?!」

「そのことだがな、昨日、キルヒアイス少将はオレにも、もしも自分が明らかに間違った戦闘指揮を執った場合は、かなり強い口調で反論してほしいと言った。どんなに強く進言しても、あとで罰したりしないから遠慮無く言ってくれと。むしろ、なるべく優しく言ってくれる方が、きっと素直に聞くとまで言われた」

「はぁ?! なんだ、それは?!」

 怒りながらベルゲングリューンが歩いていく。

「どこへ行くんだ?」

「タンクベッドで一眠り! 酒を抜くのだ!!」

 激怒しながらタンクベッドに入った寝顔を見ていると、ビューローは司令官が頼りになろうがなるまいが、どのみち戦闘前にはお互い死にたくないので僚友は酒を抜いたのではないかと思ったけれど、もう言っても詮無いことなので艦橋に戻って作戦開始の準備をする。しばらくしてベルゲングリューンが無言で艦橋へ入ってきて手伝ってくれた。すべての準備が整い、無駄とはわかっていても降伏勧告をする。

「すーっ…はーっ……」

 三葉が深呼吸をして気持ちを整えていると、ノルデンが背後に立ってキルヒアイスの肩を優しく叩いてくれた。

「そう緊張せず。どうせ、こちらが何を言っても降伏などしやしないでしょう。好きなことを言ってやればいいんですよ。しょせん、ヤツらは逆賊。滅びるのみです。はははは!」

「はい、ありがとうございます」

 おかげで少し緊張が解け、三葉は通信をオンにする。ノルデンも、そのままカメラに映るキルヒアイスの隣りに立って、得意げに胸を張る。通信にカストロプが応答したので三葉が名乗る。

「ジークフリード・キルヒアイス少将です。マクシミリアン・フォン・カストロプに対して降伏勧告します」

「ほお、最近では女のような顔の若造が司令官になれるのか。貴族でもない身でどうやって取り入った? スカートが似合いそうだな、そっちか?」

「………」

 なんでギリシャ風なんだろう……完全にギリシャだ……古代ギリシャ風だ……、と三葉は固まった。通信スクリーンに大きく映し出されたカストロプは細身で長髪のハンサムと言っていい顔立ちの男性だったけれど、着ている服は古代ギリシャ風だった。背景に見える建物の内装もギリシャ風だし、使用人たちもギリシャ風の服装をしている。帝都オーディンが中世ドイツ風だったのも驚いたけれど、今回の驚きはより大きい。

「……」

 でも……私も祭りの日には巫女服を着て舞うんだし……あれも古代からの衣装だし……この人たちも、なにか儀式でもやってたのかな、と三葉は思い直して降伏勧告の答えを確認しようとする。その前に、カストロプが言ってきた。

「そんなところにおらず降りてこい。こうやってかわいがってやるぞ」

 ジャラ…

 カストロプは10歳くらいの少女を、あられもない姿にした上で首と両手に輪をかけて鎖でつないでいた。手錠と違い、結局のところ鎖が長いので両手の自由はあるようだけれど、いかにも奴隷であるという雰囲気を出すための装飾的な拘束で趣味の悪さを感じる光景だった。四葉と同じくらいの年頃の少女が涙を流しているし、そんな少女が10人くらいいて、さらに伯爵令嬢のヒルダまで同じ姿にされていた。

「……なんてことを……」

「いいものを見せてやる。もともとヒルダは歳だから要らんし、他のにも飽きたからな」

 そう言うとカストロプは使用人に命じてヒルダたちを闘技場へ追い込み、十数頭の猟犬をけしかけた。

「「グルルウル!」」

「「キャーっ!」」

 この猟犬というのがDNA処理によって頭部に円錐状の角をもつようになった有角犬で、裸同然の無防備な少女たちは追い回され、身体を角で突かれている。もともと犬は強く噛みつくことで攻撃力を発揮するように何十万年もかけて進化してきたのに、小さな角で突くよう訓練されて攻撃力が乏しい、貴族権力の散文的な一面を象徴するイマイチな獣だったのだ。

「キャーっ!! 助けてぇえ!」

「痛い、痛いよ! うわあああん!」

「私の後ろにいて! くっ…ああっ!!」

 攻撃力が弱い分、すぐに致命傷とならず長く追い回されることになる。逃げまどう少女たちを守るようにヒルダが猟犬たちに立ち向かっているけれど、素手で複数の猟犬にかなうはずもなく、その美しい瞳が角に抉られ、悲鳴をあげるのを見たキルヒアイスの顔が怒りで真っ赤になった。赤毛も波打ち、怒髪天を衝く。

「このォ変態公爵!! 全艦!! 最大加速!!」

「ふわははははは! 来るがいい!」

 明らかに挑発だったけれど、作戦でも前進する予定なのでビューローたちも止めない。キルヒアイス艦隊が進む、そしてアルテミスの首飾りの射程範囲に入った瞬間だった。

 ふわっ…

 宇宙空間なので衝撃波が来るまでは音は聞こえないけれど、光りの輪がラパート星を囲んだ。

「なんと見事な……」

「お見事……」

 名人芸を通り越して、大きな重力のある可住惑星の表面上にいる住民たちに一切の被害をおよぼさず、しかも首飾りの射程距離圏外から、軌道上の微弱な重力しかもたない人工衛星だけを爆破する神業的なゼッフル粒子の仕込み方に、ベルゲングリューンたちは息を飲んだ。これはこの人にしか再現できない、この人ならイゼルローンさえゼッフル粒子で攻略するのではないか、とビューローたちが心から尊敬していると、作戦予定よりも前進速度が速いので敵艦隊との距離が詰まってくる。

「なんだ?! 何が起こっておるのだ?! ええい、首飾りは無敵ではなかったのか?!」

 まだ通信がつながっているカストロプが激しく動揺しているけれど、妹の艦隊のことは覚えていた。

「エリザベート・フォン・カストロプ提督! ヤツらを生かして返すな!!」

 妹のことをフルネームで呼んだカストロプが命じると、わざわざ敵艦隊の旗艦から三葉たちへ通信が送られてくる。

「名門カストロプに、わずか2500隻の艦隊でたてつくとは愚かなことよ」

 兄と同じく自己顕示欲が強いようで、必要もなく戦闘前に顔を見せてくれている。細身で長髪の美女といっていい顔立ちのエリザベートはギリシャ風の服ではなく、ぴったりと身体に密着する新素材の服を着ていた。自分の美しい身体のラインを、もろに丸出しにするようなデザインの服で、手や足まで覆っていて露出度は低いのに乳首や股間の形が見て取れるのでエロティックだった。その色は長髪と同じ金色で輝いている。

「……」

 なに、あの人……バカみたい……変な宇宙服みたいで……センス古すぎ……、と三葉は昭和の頃に人々が想像したような女性用宇宙服を思い出した。エリザベートはキラキラと輝きながら語る。

「フフフ、ジークフリード・キルヒアイス少将といったかしら。お前も、こういう風に可愛がってあげるわ」

 ジャラ…

 エリザベートは14歳くらいの少年を、あられもない姿にした上で首と両手に輪をかけて鎖でつないでいた。

「「うぅ…」」

 少年たちはエリザベートが着ているのと同じ素材の服を着せられているけれど、その色は黒でデザインは女性向け競泳水着のようなハイレグカットで胸部も覆っているのに、あえて乳首の周辺だけ3センチほど穴がある。とても悪趣味なものだったし、何よりハイレグの股間にあるべきものがないように見える。

「フフフ、お前も捕まえて主砲を切り落としてあげる。偉大なる皇帝カスパー、ああ、カストラートの男の子があげる悲鳴は本当に最高ですね! ジーク・カスパー!」

 第5代皇帝のカスパーが同性愛者であり、去勢されたカストラートを愛したことは公式には秘匿されているけれど、公爵家ともなれば知っている場合もあるようでエリザベートは自身の変質的な性愛の口実に使っているようだった。

「ほらほら、いい声で鳴きなさい!」

 エリザベートが少年たちの乳首をつねり、お尻をえぐっている。

「ううううっ!」

「痛いです痛いです、おやめください、エリザ姫ぇぇ!」

 少年たちは全員が黒髪黒瞳で、エリザベートの趣味で集められていたけれど、黒髪黒瞳だけあって人種的に日本人っぽく見える少年が多い。不本意に去勢された姿はあわれだった。

「キャハハハハハ♪ さあ、ジーク、お前も、こっちにおいで。ちょっと歳だけど玩具にしてあげるわ、ジーク」

「っ…、その名で呼ぶなぁぁああ! その穢らわしい口を引き裂いて、鍋で炊いて婆ァ汁にしてやる!!」

 完全に三葉は頭に血が上った。日本人っぽい少年たちが虐待されていることも、キルヒアイスのことをジークと呼んでもいいのはアンネローゼだけだ、という想いからも、アドレナリンが血液の全量を占めるような怒りに満たされ、怒号する。

「全艦!!! 砲撃戦用意!!!」

「キャハハハ♪ バカめ! 全艦、砲撃戦用意! お前も私のフロリアンズに加えてやるわ!」

「全力戦闘準備!!!」

 三葉が対戦準備を命じると、ベルゲングリューンが通信の送信を切ってから異議を唱える。

「閣下っ! 予定と違います! すでに速度が出すぎていますから、もう後退をお命じになりませんと!」

「このまま前進ッ!!」

「閣下っ!」

「閣下、ご予定では後退して小惑星を突入させ敵艦隊の混乱を誘うはず、ここは一つ冷静になってください」

 ビューローが優しく進言してみても、三葉は命令をかえない。

「このまま前進!」

「閣下!! なりません!!」

「我らは、わずか2500! 正面からぶつかって勝てる相手ではありませんぞ!」

 ベルゲングリューンとビューローが左右から三葉に言い募ってくるけれど、腕を振って制した。

「大佐たちはあれを見ても、なんとも思わない?!」

 三葉が通信スクリーンを指す、そのスクリーンでは、いまだカストロプの闘技場の様子が送信されてきていて、有角犬たちに襲われているヒルダと少女たちが映っている。ヒルダは少女たちを統率して、より小さい歳の子を中心にして守り、自分と身体の大きめの少女たちで円陣を作って防御しているけれど、その分、どんどん背中を刺されていた。さらにエリザベートの旗艦艦橋では少年たちが虐待されている。乳首から血を流している子もいれば、お尻を虐待される痛みのあまりか、おしっこを漏らしている子もいた。少女たちの血と涙も、少年たちの血と涙も、あわれすぎて吐き気がする。それは二名の大佐も痛いほどわかっている。それでも進言せざるをえない。

「あれは敵の罠です!! こちらの冷静さを奪うために、やっていることですぞ!」

「挑発にのってはいけません!! 今、戦えば全滅します!」

「うるさい! 子供を守れない軍隊に存在価値なんてない!!」

 三葉は一つの真理を口にした。

「後退していたら、間に合わないから!!」

 三葉がキルヒアイスの右手を挙げ、前へと振り、命じる。

「ファイエル!!」

 すでに、お互いの射程距離に入ってしまい砲撃戦になった。双方前進していたので近接戦闘になる。ベルゲングリューンが苦い顔でつぶやく。

「くっ…これでは後退しても遅い……もうダメだ…」

「…こうなっては善戦するしか……だが、相手は2倍……。あの挑発を無視しえないのは、わかるが……戦力差が2倍では、我々に勝ち目は…」

 ビューローも拳を握って俯く。

「2倍の敵にだって勝つ方法はある!」

 三葉はノルデンを振り返る。

「ノルデン少将さん! ホーランドアタックの準備を!」

「了解! 全艦へ通信! 戦術コンピューターの回路Hを開くよう!」

 二人は事前にコンピューターへ仕込んでおいた戦術を展開する。

「「ホーランドアタック開始!!」」

 キルヒアイス艦隊が、さながらアメーバのように速度と躍動性にすぐれた艦隊運動で敵艦列を乱していく。かなりのエネルギー消費ではあったけれど、その分だけ敵を乱し、練度の低い私兵だったので立て直せないでいる。ベルゲングリューンが感心しつつも進言する。

「見事な艦隊運動ですが、こんな動きでは長くはもちませんぞ」

「わかっています。通信を! 敵艦隊の全艦へ向けて通信回路を開きなさい!!」

 三葉の命令通りに通信要員が敵艦隊への通信を送る用意をした。三葉は気合いのこもった声で朗々と告げる。声の出し方には神道修練者らしい熟達があった。

「敵将兵の全員に告ぐ! 自分で選びなさい! あなたたちはカストロプの手下として死ぬか、名誉ある帝国軍に加わるか!」

 男性として発達したキルヒアイスの声帯で、神事の祝詞を詠み上げる訓練を積んできた三葉が力強く発声すると、その言葉には重みと迫力が溢れていた。

「選びなさい! 私たちは先遣艦隊に過ぎない! すでに、ローエングラム元帥閣下が1万隻の艦隊を率いて近くまで来ている! 今なら、まだ間に合う! 降伏なさい! 寝返りなさい!」

 根本では女性である三葉が男性の声帯で力を込めて語りかけると、カストラートたちの声が独特であるように、聴いたことのない独自さがあり母親の優しさと父親の厳しさが同居しているような声となり、カストロプ艦隊の私兵たちは魂を掴まれるような感覚を受ける。

「降伏すればカストロプ以外の罪は問わない! そして寝返って、いまだカストロプの手下である艦を撃てば、戦功とみなしてあげます! さあ! 選べ!」

 もう神職者が愚者を導くような語り方になった。

「自分で選びなさい! 変態兄妹の手下として死ぬか!! 生き伸びてチャンスをつかむか! 自分で選べ!! 自分を助けよ!!」

「「「…………」」」

 ベルゲングリューンが呆気にとられ、ビューローも目を丸くしているけれど、ノルデンは聴きながらクスリと失笑した。あと1万隻が控えているというのは、大きなブラフだったけれど、もともと前回のシュムーデ提督が5000隻で、キルヒアイス艦隊の2500隻が少なすぎることと、アルテミスの首飾りが消失してしまったこと、ホーランドの戦術を模した奇抜な動きで混戦になり指揮系統が乱れつつあることも手伝い、1隻また1隻と降伏したり寝返りを宣言して1秒前までの味方を撃ち始め、ここぞとばかりに私怨で友軍艦を撃つ艦長まで現れ、陣形の最後尾で裏切りやすかった100隻単位の分艦隊が旗色を変えたことで、一気にカストロプ艦隊全体が瓦解していく。徐々に砲火が乏しくなり、三葉はタイミングを見極めて命じる。

「バルバロッサを敵旗艦の前につけなさい!!」

 第三世代最新鋭艦である真紅のバルバロッサは戦艦というより猟犬のような機敏さでエリザベートの旗艦ノイエ・カスパーの前に立ち塞がった。艦橋でエリザベートが状況の急変についていけず、顔を強張らせている。

「なっ……な……なにをしているの?! 撃て! 撃ちなさい!!」

「「「「「……………」」」」」

 もう誰もエリザベートの命令をきかない。それどころか、フロリアンズと呼ばれる去勢された少年たちは恨みのこもった目でエリザベートを睨んでいる。その目には殺意さえ感じられた。男としての大切なものを奪われ、今日まで虐待と恥辱の限りを尽くされてきた。

「ま……ま、…待ちなさい! わ、…わかった! わかったわ! 降伏する!! 私も降伏して兄を撃つわ!! だからっ、だからぁあ!!」

 エリザベートが三葉に向かって懇願してくる。

「だから助けてぇ!! 悪いのは兄よ!! 兄が帝国に逆らうって言い出したの!! 私は従うしかなかった!! 私も被害者なの!!」

 懇願するエリザベートは怯えて、おしっこを漏らしている。ぴったりと身体に密着する金色の新素材服を着ているので、おしっこがジャバジャバと股間から拡がっているのが、よくわかった。見苦しく責任を兄になすりつける妹を見て三葉は嫌悪感が極まり、エリザベートの顔が映る手元の通信モニターへ唾を吐いた。そして、言う。

「こいつは捕らえておきなさい!! 惑星制圧戦能力のある艦は大気圏突入用意!! 陸戦準備!!」

 まだ首謀者は残っている。バルバロッサはノイエ・カスパーの前からラパート星へと飛び立つ。旗艦が先頭に出る状態になったけれど、ラパート星から攻撃らしいものはない。すぐにバルバロッサは大気圏に突入した。

「私の装甲服を準備して! ノルデン少将さん、艦隊指揮をお願いします。バルバロッサはあのギリシャ神殿みたいな建物に強行着陸を! 地対空攻撃には注意して!」

「了解しました。お任せを」

 ノルデンは嬉しそうに艦隊指揮を引き継いだけれど、ベルゲングリューンとビューローは異議を唱える。

「閣下が自ら出撃されなくとも!」

「危険です!」

「怖いなら、そこで見ていなさい」

 そう言われると、ベルゲングリューンも戦士の矜持を刺激され装甲服に着替える。作戦前までは女子のようになよなよしい雰囲気があり、今も激情のあまり勇ましいのに、どこか女武将が男をバカにするような空気を感じるので、ベルゲングリューンも意地を張ったし、白兵戦の心得もある。ビューローは子爵家のノルデンだけに艦隊指揮を任せるのは不安なので艦橋残留を選んだ。

「これより、艦隊は私の指揮下へ♪」

 もちろんノルデンは装甲服に着替えず艦隊司令席へ得意げに座り、ラインハルトの真似をしたポーズをとった。艦隊へ地表からの対空攻撃は、その兵器そのものが無かったので迅速に強行着陸ができ、三葉を中心にした陸戦要員が突入する。当然、司令官を守るような陣形で突入したけれど、駆けるキルヒアイスの脚は速く、すぐに三葉が先頭になって闘技場へ駆け込んだ。

「覚悟なさい! ロリコン公爵!」

「お、おのれぇ! 者ども、かかれェ! かかれェ!」

 闘技場には狼狽したカストロプがいて手下たちに迎撃を命じているけれど、誰も従わない。もう手下たちは両手をあげて膝を着いている。その顔に忠誠心は欠片も残っていなかった。けれど、猟犬だけは主人の命令に哀れなまでの忠誠心で従い、三葉たちに襲いかかってくる。

「かわいそうだけど人を襲う訓練をされたなら……」

 三葉は苦い顔をして戦斧を振るい、数頭を薙ぎ払った。それで猟犬たちも主人への義理を果たしたと考えたのか、それとも装甲服を着た人間には勝てないと獣の本能で感じたのか、逃げ散っていく。

「くぅぅ……う、動くな! 動けば、ヒルダを殺すぞ!」

 追いつめられたカストロプは出血多量で朦朧としているヒルダを人質にして、古代ギリシャ風の刀剣を突きつけている。

「くっ…しまった…」

 もう戦闘の全体は決しているけれど、三葉としては少女たちをなんとしても助けたいので困る。カストロプとしては、もう逃げ場も目的もないので、やぶれかぶれだった。

「動くなよ……。そうだ、武器を捨てろ!」

「……」

 三葉は戦斧を手放した。戦斧はラパート星の重力に引かれて足元へ落ちた。さらに三葉は面鎧をあげて顔を見せ、闘技場の壁にかかっていたカストロプが持っているのと同じギリシャ風の刀剣を手に取った。

「私と一対一で勝負しなさい! あなたが勝てば、この星系から逃げ出すまでの時間をあげます。だから、その子を離して私と勝負しろ!!」

「なっ………………いいだろう!」

 カストロプも乗った。この星系を無事に逃げ出したところでフェザーンまで辿り着ける可能性は無いに等しいけれど、もともと妹指揮下の半個艦隊で帝政に刃向かう思考をする男なので、最期の希望を一対一の勝負に賭ける。何より貴族として、そしてギリシャ文化を愛する者として一対一での真剣勝負はしてみたかった。カストロプはヒルダを離して剣を握り直した。

「………」

「………」

 三葉とカストロプが対峙して構える。すぐに三葉から仕掛けた。真っ直ぐに上から下へ斬りつける。

「はっ!」

「くっ…」

 カストロプは直線的な攻撃を剣で受けた。そうなることを三葉は予想していてナイフ対ナイフの戦闘訓練で培った技で、カストロプの停止した手首を反対の手で捕まえると同時に蹴りを腹部に入れる。

「ぐはっ?!」

「はっ!!」

 蹴られて前屈みになったカストロプの首へと剣を振り下ろした。

 ザンッ…

 剣の切れ味とキルヒアイスの筋力はカストロプの首を胴体から離別させた。死亡を確認するまでもないので三葉は剣を離すと、ヒルダへ駆け寄る。

「しっかりして! 君!」

「…ぅぅ……」

 抱き上げられたヒルダは左目だけでキルヒアイスの顔を見ると、その聡明な記憶力で以前にオーディンで会ったことがあると判断したけれど、さすがに詳しく思い出すことはできない。

「助けに来た! 安心して! 衛生兵か、軍医を!! 早く!!」

「…ありがとう……あなたの…お名前は?」

「宮水三葉ぁあ…じゃなくて! ジークフリード・キルヒアイスです!」

「…私は……ヒル…」

 そこまで言ってヒルダは失神した。衛生兵が駆けつけヒルダと少女たちの手当を始めると、三葉はカストロプの死体を見下ろした。

「………犬のエサにでもなればいい……」

「閣下、死体はオーディンで検分されることになるでしょう」

 ベルゲングリューンが言った。

「そう………ベルゲングリューン大佐さん」

「はっ!」

「他に敵は?」

「おりません」

「戦闘終了ですか?」

「そうなります」

「………。さっきの女の子……」

 三葉は再びヒルダの容態が心配になったので、衛生兵から引き継いで治療している軍医に訊いてみた。軍医による説明では失血死しかけていたものの輸血が間に合い。傷そのものは浅いので命に別状はないが、右目の失明はまぬかれないとのことだった。

「かわいそうに……」

 同情の念と忌々しさが湧いてきて、三葉は転がっているカストロプの頭を蹴った。

「このゲスが!」

 サッカーボールのように転がっていく。主人の遺体を辱められても、使用人たちは誰一人として異議を唱えない。ベルゲングリューンが尊敬の眼差しで言ってくる。

「閣下は猛将であらせられますな。それでいて情に厚く、また策士でもある」

「…………」

 誉められてるのかな、と三葉は思ったけれど、あまり適切な返答が浮かばない。かわりに闘技場の貴賓席にあるテーブルに置いている酒類へ目がいった。金満な公爵家らしくテーブルには豪華な料理と、最近わかるようになってきた帝国産ワインの中でも最高級の物が並んでいる。

「………ベルゲングリューン大佐さん」

「はっ」

「もう戦闘はない?」

「はい、確認します」

 重ねて問われ、ベルゲングリューンは司令官が戦闘態勢を解く気でいることを察し、念のための確認をする。地上に降りた陸戦隊も、宇宙に残った艦隊も、もう敵がいないので戦っていない。当面の安全が確保できていた。

「もう完全に降伏しておりますれば、戦闘が行われることはないかと思われます」

「…………。じゃあ、もう飲んでもいいと思う?」

「……。はっ、お付き合いさせていただきます!」

 ベルゲングリューンもアルコールは大好きだった。困難な作戦を成功させた戦友として、酒を酌み交わしたい気持ちは強い。二人が飲み始めると、当然のように酒宴になり、罪を問われたくないカストロプの使用人たちは酒をついでくる。

「帝国万歳!」

「キルヒアイス閣下万歳!」

 他の陸戦要員や占領事務に従事するはずだった兵卒たちも飲み始め、だんだんと秩序が無くなってくると略奪と婦女暴行が始まった。酔ってきた三葉の見ている前で陸戦要員が使用人が着ている脱がせやすそうなギリシャ風の衣服を脱がせて女性を押し倒している。

「………」

 ふらっと立ち上がった三葉は女性を押し倒している陸戦要員を横から蹴った。

 ドカっ!

「ぐはっ…」

「いくら勝ったからって、それはやり過ぎ!」

「はっ…はい!」

 強姦しようとしていた陸戦要員は敬礼して逃げていく。三葉が見回すと、同じようなセクハラ行為をしかけていた兵士たちは慌てて威儀を正し素知らぬ顔をしているけれど、略奪した腕輪や宝石を持っていたりする。セクハラされていた女性たちは乱された衣服を悲しそうに直しながら、三葉へ救いを乞う視線を向けている。対して兵士たちは勝利の余韻のまま、役得行為に浸りたい顔をしていた。

「う~ん………どう指揮したら……」

 三葉はベルゲングリューンに助言を求めようと視線を送った。ベルゲングリューンは通信機に向かい、ビューローへ現地状況の報告中だった。片手にはワイングラスを持っていて焼酎が入っている。カストロプ家の酒庫には帝国ワインだけでなく、ギリシャの古代酒を再現したものや、中国の紹興酒、メキシコのテキーラ、そして日本酒や焼酎までコレクションされていて、三葉も日本酒と焼酎を楽しんでいる。ベルゲングリューンは焼酎のお湯割りが気に入ったようだった。通信機のモニターに映るビューローが赤ら顔の同僚に呆れている。

「酔っているな、ベルゲングリューン」

「ああ、酔っているさ。前回、失敗したときより数が少ないんだぞ♪」

「………。この会話、作戦前にもしたような……。とにかく、ほどほどにしておけ」

 通信が終わったタイミングで三葉は声をかけてみる。

「ベルゲングリューン大佐さん」

「はっ。ヒクッ…失礼」

 ベルゲングリューンの顔は焼酎のお湯割りのおかげで血の巡りがよくなり、バルバロッサのように赤くなっている。もう作戦前の2倍は飲んでいた。三葉も深く酔っているし、二人とも顔を合わせるとお互いの杯に酒を注ぎ合った。

「この焼酎というのは、美味いものですな。ほのかに香る芋の香りがまた」

「そうそう。いいよね。…って、そうじゃなくて、ちょっと相談なんですけど」

「はっ、なんでしょうか?」

「ああやって、兵士が宝石とかを盗んでるのはあり?」

「はっ………あまり良い習慣とはいえませんが、役得といいますか、さきのクロプシュトック侯の叛乱鎮圧時にも戦利品を入手した者は多く、ある程度は兵士への褒賞という意味合いもあります」

「褒賞かぁ…なるほど…」

「帝国軍の悪しき風習と言ってしまえば、それまでですが、婦女暴行や殺人まで発生するのは、いささか困りものです。ヒクッ…失礼。ほどほどの戦利品収拾は、まあ、やむをえないかと…。我々とて、この酒もカストロプ家の財産ですから」

「あ、そっか。さっきのワインなんか一本で2000万帝国マルクはしたし。ヒクッ…あ、失礼。……う~ん……風習……役得……文化の違いかな…ヒクッ……そういえば、ロイエンロールが、そんな話で相談に来てた気が……たしか、厳しくし過ぎてトラブって……逆にミッターマイヤーが捕まったとか……そんな話をロイエンロールが……あいつ、私のこと、ときどき睨む…」

「それは閣下が、ヒクッ…失礼。ロイエンタールなのに、ロイエンロールという二つ名を広めたからでは?」

「あ、ロールじゃなかった、タールだった。つい。だって、あいつの前髪というか、もみあげのあたりの毛、あえてロールさせて垂らしてるの、うざったらしくない?」

「ははははっ! たしかに。まあ、それで二つ名が定着しつつあるのですが、ご本人は不快でしょうな。睨むくらいには」

「だいたい、あいつ、左右の目の色が違うくらいで調子に乗って、女の子と遊びまくってるあたりも、男として、どうかと思うよ。ヒクッ」

「そうですなァ、恋人に手を出された士官と決闘沙汰になったこともあるようですし、こと戦闘においては優秀な方のようですが、女遊びが過ぎる点は不評ですなぁ。まあ、おかげで閣下が名付けたロイエンロールが拡がりつつあるようですが」

「あはは♪ あいつ、もうロイエンロールでいいよ。髪の毛と、女の子にロールされてるバカ中将。だいたい男が、しかも軍人が、あんな髪型するなんてバカ丸出し」

「わははは! 手厳しいですな」

「って、また本題を忘れて。えっと……どうしよう? 戦利品とか、役得。でも、婦女暴行とかまでしてるのは、被害者がいるし。カストロプの財産はいいとしても、罪のない人が乱暴されるのはダメでしょ」

「そうですなァ…ヒクッ…失礼。とりあえず閣下が司令官なのですから、閣下が基準をお示しになりませんと。軍規に厳密であれば、この飲酒もまずいわけですし。とはいえ、この勝利、これくらいはいいでしょう。あとは、どうされるか、閣下のお考えは、いかようでしょうか?」

「…う~ん……役得もあるよね……あんまり厳しすぎてミッターマイヤーみたいに失敗しても困るし、部下を処罰するのも……かといって強姦と殺人は……」

 かなり酔った頭で三葉は考え、結論に至る。

「よし! 飲酒はあり! 飲めるだけ飲もう! でも、婦女暴行は禁止!! 傷害殺人も禁止!! 略奪はカストロプの財産限定で、ほどほどに!」

「はっ!」

「婦女暴行したヤツは犬に喰わせるから!!」

 もともと三葉が艦隊戦で突撃を開始したのは、女性への陵辱に憤慨したからだと知っている兵士たちに命令は徹底され、婦女暴行は発生しなくなったけれど、ほどほどの略奪は行われた。酒宴は続きフラフラと三葉はカストロプが座っていた玉座へ腰をおろした。手にはカストロプの首を持っている。放り出そうかと思ったけれど、少しばかり遺体に対する尊厳の念も湧き、そっとテーブルの上に置いた。そして日本人でもあまり知らない神道式の冥福を祈る動作をした。

「よもつくに、あきつかみ、やすくにとおぼしめせ」

 三葉が何らかの祈りを捧げていると感じた使用人たちもギリシャ式の祈りを捧げてくる。祈り終わった三葉はカストロプの頭へ囁く。

「次に生まれ変わってくるときは、ロリコンじゃないといいね。……ヒクッ………ヒクッ…あ、もう12時に……」

 時計を見ると読みにくいギリシャ文字だったけれど、12進法は共通のようで時刻はわかった。

「紙とペンある?」

「はい! 今すぐに!」

 使用人がダッシュで取りに行ってくれる。その間に三葉は大吟醸の日本酒をグビグビとラッパ飲みする。あと数分で未成年になってしまうので飲めるだけ飲もう、という勢いで瓶を空けた。

「ぷはぁ♪」

「おお、さすが閣下! では、自分も」

 ベルゲングリューンも負けじと焼酎をラッパ飲みする。三葉は最高級のワインに続けて手を出し、飲みながら使用人が持ってきた紙にペンを走らせる。

「……フフ♪ ヒクッ……完勝っと…」

 微笑みでワインを唇の端から垂らしつつ、満足そうに手紙を書きにくい羊皮紙へ書き始めた。

 

 

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