「君の名は。キルヒアイス」歴史の真実と芯の世界   作:高尾のり子

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広島、アスターテ、おもらし

 

 キルヒアイスは糸守高校の修学旅行での行き先を決めるHRで、三葉の手をあげた。

「宮水さん、どうぞ」

 クラス委員が指名してくれたので上品に立ち上がって発言する。

「発言の機会をいただきありがとうございます。私の意見を述べさせていただきます。やはり、すでに先生方からのご意見にもありますように、広島県と京都府への訪問をプランにさせていただく方が良いかと考えます」

 北海道、東京、京都、大阪、広島、福岡、沖縄から生徒と教師の意見をまとめて決定するHRだった。三葉に目立たないで、と言われているので、ずっと自重していたけれど、生徒たちの意見が東京でディズニーランドに行った後、大阪でUSJに行って帰るというプランが多数派になりつつあったので、どうしても黙っていられず意見具申していた。

「その理由につきましては、まず広島には第二次世界大戦についての歴史遺産が多く、大和ミュージアムと原爆資料館は訪れる意味が深いと考えます。戦艦大和は水上戦艦として人類最大のものでした。しかも、日本は明治維新期まで中世的な技術体制しか持ち得なかったのに、わずか半世紀あまりで欧米に追いつき、この戦艦を造り上げています。これは人類史を見渡しても画期的なことで、その有形の資産を見学するのは、良い学習の機会です」

 三葉の声が教室に響き、克彦ら数名の男子が賛同する。

「大和は見てみたいよな。あと潜水艦もあるし」

「オレもディズニーより大和がいいな」

 賛同の声に対して三葉の頭が貴婦人のように会釈して意見具申を続ける。

「そして広島を推挙いたします二点目の理由ですが、熱核兵器が居住惑星の表面上で…」

 うっかり宇宙戦史の視点で語ってしまったので言い直す。

「いえ、地球上で有人の市街地に向けて熱核兵器が使用された例は今のところ広島と長崎のみです。その破壊の爪痕を学び得る原爆資料館は是非とも訪れるべきかと考えます。その惨禍を知れば、今後の人類の方向性について、どうあるべきかを深く考える機会も与えられることでしょう。悲劇を繰り返さないためにも、何ができるか、よく過去を知るべきです」

 喉元まで、あと26年で壊滅的な核戦争が地球上で起こることを伝えたくなった。秋に落下してくるティアマト彗星の一部は町民の多くを犠牲にするけれど、全員ではない。わずかな生き残りがアーレ・ハイネセンのように歴史を大きく動かすかもしれない。自分が意図的に歴史を改変するのでなければ、宇宙の因果が乱れることもないかもしれない。伝えたいけれど、伝えられないので、せめて遠回しに諭している。

「どうか、よく考えてください。一人一人の認識が、全体の認識になります。二度と核戦争の惨禍を繰り返さないために。そして、よりよく生きるために」

「「「「「………」」」」」

 クラスメートたちが黙って聴く者と野次を飛ばす者に分かれる。

「演説うぜぇ」

「はいはい、次の町長、あんたでいいよ」

「あなた方は……」

 この教室にいる生徒たちの大半が死んでしまうことを知っているキルヒアイスは涙を零してしまった。野次を飛ばしている生徒さえ、その元気さが貴重に想える。そして女子の涙を見たことで野次が止まる。

「涙を零したりして、すみません。発言を続けさせてください」

 もはや誰も止めない。ユキちゃん先生が促す。

「どうぞ、続けてください。宮水さ…ん」

 思わず宮水様とユキちゃん先生が言いそうになるほどだった。

「はい。京都について述べさせていただきます。京都は桓武天皇が794年に都として以来、すでに1219年も都市として繁栄しています。このこと自体、人類史上まれにみぬ奇跡です。加えて千年の時を経た木造の建造物がいまだ現存しており、これも奇跡といってよいかと感じますし、この時代に生きる者として一目見ておくことができるのは、何物にも代え難い幸運かと存じます。さきほどの広島の件で述べました第二次世界大戦から、わずかな期間で再び日本は立ち直っています。いまだアメリカ軍は駐屯していますが高度な自治を保ち、政治的な発言と権利も自由です。振り返れば千年の都があり、大きな戦争の苦難を乗り越え、とても自由な社会を築いている、これほど素晴らしい国家は人類史の宝石と言ってもよいくらいに貴重です。その貴重さを知るに、広島と京都は最適地です。以上のような観点から、私は修学旅行での広島県と京都府への訪問を提案いたします」

 ユキちゃん先生だけが拍手してくれている。再び小声で野次が流れる。

「お嬢様、うぜぇ」

「やっぱ、町長の娘だよなぁ。言うことが、いちいち模範解答でムカつくぜ」

「うざすぎぃ」

 クラスメートが不規則発言しているので、また三葉に怒られるかもしれないと少し後悔したけれど、もう言ってしまったことなので頭をさげて着席した。ユキちゃん先生が安心した顔で教壇に立つ。

「では、東京と大阪の案と、広島と京都の案で、また職員会議を経て決定します。みなさんからの意見は単純な多数決ではなく、修学旅行の意義と目的をふまえて決まりますから、そのことも承知しておいてください」

 校長と教育委員会からディズニーランドとUSJはさけるように指導されているユキちゃん先生は、生徒からの自発的な意見ということで広島と京都を職員会議に出せそうなので、軽い足取りで職員室に戻り、三葉の口が述べた意見を模範解答としてメモしておいた。

 

 

 

 帝国軍は同時並行して、アスターテ方面へローエングラム上級大将の艦隊を、カストロプ領へシュムーデ提督の艦隊を派遣していた。そして、三葉は旗艦ブリュンヒルトの艦橋から同盟軍第四艦隊との交戦を見ていた。

「…………」

 軍人としてのキルヒアイスの立場を悪くしないよう直立不動の立ち姿でラインハルトの横に立っている。

「……」

「怖いか?」

 ラインハルトが訊きながら、キルヒアイスの前髪に少しだけ触った。もう三葉も慣れてきたので触らせておく。

「いえ、怖くはないです。そして、ラインハルトさんの作戦は、いいと思います」

「ほお、だが、顔が不安そうだぞ」

「………。作戦は良くても、それを実行する人たちが、今回はミッターマイヤーさんもロイエンロー…タールさんもいないし。ノルデンさんもメックリンガーさんも外されちゃったんですよ? 意地悪されすぎです。しかも、一個艦隊で行けとか、ありえないですよ」

「クスっ…ノルデンはともかく、他の三人がいないのは、いささか淋しいな。だが、他の提督たちとて死にたくはあるまい。奮戦するしかないだろう。それに非協力的な別の友軍艦隊がいるよりオレたちの艦隊だけの方が、ずっといい」

「それは一理ありますね。それにしても、この戦艦、すごく新しい感じですね」

 少し余裕が出てきた三葉がブリュンヒルトの艦橋を見回すと、ラインハルトも嬉しそうに微笑んだ。

「フ、わかるか。まだ、フロイラインミツハは、この艦の外観を知るまい。見せてやろう」

 少年が宝物を友人に自慢するような顔でラインハルトは手元のパネルを操作すると、モニターにブリュンヒルトの外観を映してみせた。

「うわぁ……白い……ぜんぜん、他の戦艦と違う……」

「そうだろう。この美しい艦を見て、どう思う?」

「えっと………白くて……細長くて……後部が複数に分かれてて……」

 見た感じの印象として三葉は新型のブリュンヒルトを大宇宙に浮く大王イカか、イカ型宇宙怪獣みたいだと思ったけれど、それを正直に言うとラインハルトの機嫌が悪くなることは容易に察せられたので、ほどほどの世辞を言う。

「どうにも言葉がないですよ。カッコいい艦ですね」

「フ」

 ラインハルトは心底嬉しそうに微笑んだ。さらにラインハルトを喜ばせる方向へ艦隊戦も進んでいた。ラインハルトの見込み通り、すでに第四艦隊は組織的な抵抗ができなくなっている。メルカッツからの通信に対して掃討戦は無用と答え、艦隊の再編を指示したラインハルトは再び三葉に訊いてみる。

「次に、左右どちらの敵艦隊を攻撃するべきだと思う?」

「…………どちらも可能っぽいけど、やっぱり数が少ない方かな……」

 もう三葉も艦隊戦についての知識も叩き込まれているので正解を述べ、ラインハルトも頷いた。

「うむ、そうだろうな。だが、他に何か言いたそうな顔をしているな。言ってみろ」

「じゃあ、もう、ここで撤退するというのはダメですか?」

「ここでか? まだ、敵は二個艦隊も残っているぞ」

「2倍の敵を相手に一つ艦隊をつぶしたことですし、もう戦功としては十分じゃないですか。また昇進できますよ」

「だが、みすみす敵の二個艦隊を逃すというのか?」

「第三次ティアマト会戦のときも、ホーランドさんの艦隊だけつぶして、あとは放置したじゃないですか。いい感じに勝ってるうちに帰るのがラインハルトさんらしいかと」

「………。あのときとは状況が違う。敵の二個艦隊は分散している。これを撃つ好機なのだ」

「そうですね。そう言われるとは思ってました。目を見たら、やる気まんまんだから」

「フン」

 言ってみろ、と言った手前ラインハルトは美しい鼻を鳴らしただけで三葉の意見を強くは否定しなかった。そして、次に同盟軍の第六艦隊へ向けて移動するよう指令して、また三葉が何か言いたそうにしているので、訊くだけ訊いてみる。

「何か異議でもあるのか?」

「異議っていうか……次の会敵までに時間があるなら、交代でみんなに休憩をしてもらったら、どうかなって……余計なことかもしれないけど」

「いや、いい意見だ。気づかなかった。そうさせよう」

「……」

 それは気づいてあげようよ、みんながみんなラインハルトさんみたいに、やる気まんまんで参加してるわけじゃないんだから、と三葉は思ったけれど顔に出さないようにして休息の指示を出しに行った。そして7時間後、第六艦隊も破り、第二艦隊へ紡錘陣形をとって中央突破をしつつあった。

「完勝ですね」

「ああ」

「本当に、すごい」

「フ」

 単純な賞賛だったけれど、快勝しつつある状況で言われると嬉しい。

「どうやら勝ったな」

 ラインハルトがつぶやいたとき、第二艦隊の旗艦パトロクロスでヤン・ウェンリーも言った。

「どうやら、うまく行きそうだな」

 中央突破されるのを逆手にとってラインハルト艦隊の後方に回り込みつつある。ラインハルトが指揮席から立ち上がった。

「しまった……」

「え?」

「してやられた………敵は左右に分かれて我が軍の後方に回り込むつもりだ。中央突破を逆手に取られてしまった」

「………。どうされますか?」

 三葉の問いに、ラインハルトは即断する。

「全艦隊、全速前進! 大きく時計回りに迂回して逆進する敵の後背をつけ!」

 その命令に一部の艦は離反したけれど、多くは従い、陣形はリング状になった。

「何たる無様な陣形だ! これでは消耗戦ではないか……」

「………」

「キルヒアイス、どう思う?」

 もうキルヒアイスと呼ばれることに、すっかり慣れている三葉は意見を求められて閃いたことを述べるか、迷った。

「………。人として、思いついてはいけない作戦を思いついてしまいました」

「ほお、キルヒ…いや、フロイラインミツハが、か?」

「はい……あまり言いたくないんですけど、どうせ言ってみろって、言うでしょ」

「ああ、聴いてみたいな。ぜひ拝聴させてくれ」

 そうまで言われて三葉は遮音力場があることを忘れていなかったけれど、絶対に声が漏れないよう腰を屈め、ラインハルトの耳元へ囁く。赤毛と金髪が触れ合うほどの距離で、それでも小声で言う。

「ラインハルトさんとキルヒアイスの目的が帝国軍の単純な勝利ではなくて、アンネローゼさんを取り戻すことであるなら、その障害となりそうな人を、さっき命令に反して自滅してしまったエルラッハ少将のような形で、この機会に反転突撃でもさせるか、なにか策があるフリをして孤立させて置き去りにするか、単純に殿を命じて私たちは安全に撤退するか、そういう風に………始末……する、っていうのは、どうですか?」

「…………意外、だな……」

 聴き終えたラインハルトは目を丸くして、キルヒアイスの顔を見つめた。そして、キルヒアイスの瞳の奥にいるのが、17歳の少女である三葉なのに、考えついた策が正攻法などではなく策略に類するものだったことが、本当に意外だった。

「自分でも意外ですよ。こんなこと思いつくなんて。自分たちが優位に立つことだけを考えてると、人間って、どこまでも卑しくなりますね……ホント……怖い。戦争なんて、さっさと、やめればいいのに」

 三葉は寒気がするように腕を撫でた。

「ここまでの優勢な戦闘だって、私たちは気持ちよく勝っていたけど、相手は………、相手の同盟軍の人たちは、やっぱり地球人なんですよね。もともとは同じ地球人」

「ああ、もう地球人などという古典的な言い方はしないが、同じ人間だ」

「じゃあ、戦死者の中には、誰かのお父さんだったり、旦那さんだったり、もしかして結婚直前の婚約者もいたかも……かわいそう…」

「………。やはり、フロイラインミツハはフロイラインなのだな……」

 これを言ったのが軍人であれば、何を甘いことをと叱りたくなるけれど、三葉が17歳の少女であることを考えると、ラインハルトは遮音力場もあることなので言わせておいた。三葉は気になっていることを問う。

「あの、私から質問していいですか?」

「ああ、どうぞ」

「私たちの中央突破を逆手にとって後方に回り込むって戦術、どうして傍受できなかったんでしょう?」

「それはおそらく敵将の中に、すぐれた者がいて会戦前に戦術コンピューターに内容を送信しておいたからだろう。つまり、こちらが各個撃破をもくろむことを見越していた者が敵の中にいるということだ」

「…怖いですね……第二艦隊を最初に相手にしていたら、危ないところだったんだ……」

「………」

「あ、もう、こんな時間」

 時刻を見ると、もう夜12時になりそうだった。

「すみません、手紙を書く時間もないので、戦況など、キルヒアイスに教えてあげてくださいね」

 そう言って姿勢を正して直立不動になると、三葉は目を閉じた。

 

 

 

 キルヒアイスは目を開けてアスターテ会戦の最終局面を見た。

「これは……」

「面白い陣形だろう。どうして、こうなったと思う?」

「お意地の悪い質問ですね」

 苦笑したけれどキルヒアイスは明晰に考えた。

「我々は3方向から包囲されつつありましたが、ラインハルト様の作戦通りに進み、おそらく今、戦っているのは最後の3つ目の敵艦隊でしょう」

「なぜ、そう思う?」

「あれから24時間という時間経過と、他に敵艦隊が残っていれば、こんな無防備な陣形をラインハルト様が維持されているはずがありません」

「たしかに」

「それで、ここから、どうなさいますか?」

「ふむ。やはり撤退だろうが、フロイラインミツハの発案を教えてやろう」

 そう言ってラインハルトは三葉の発想をキルヒアイスに伝えた。

「………意外ですね」

「だろう」

「とはいえ、彼女に軍事的な知識を与え、戦場に身を置かせているのは私たちです。場にふさわしい思考をした、それぞれの居場所に適応してきた、といえば、そうかもしれません。それにアンネローゼ様のことを強く気にかけてくださっているのも、やはり女性だからでしょうが、私自身も女性として過ごしているために、もうむこうにいるときは自分が自分でないというか、二つめの自分といった心地になっていますから」

「それは見てみたいものだな。フロイラインとして過ごすキルヒアイスというのは実に興味深い」

「見せられたものではありません」

 キルヒアイスが少し赤面してから思考を戦場に戻した。端末機を操作して、ここまでの会戦全体を把握し、そして提案する。

「やはりタイミングを見ての撤退でしょう。ラインハルト様」

「ああ。フロイラインミツハの策は、どちらかというとオレたちが被害者にされかけたことが多かったような策謀だな」

「はい。たしかに」

 これまで何度も戦場で門閥貴族から戦死に見せかけて殺されかけた二人は嫌な思い出を振り返っている。

「オレは勝利者になるにしても卑怯者にはなりたくない。もっとも、オレの麾下の艦艇にフレーゲルでもいたのなら、その誘惑に勝てたか、どうか。このくらい、いいだろう、と反転命令でも出したかもしれないな。あのバカならのるだろう、殿をつとめて貴族の意地を見せてみろ、それとも怖いか、とでも嗾ければ勇猛果敢に戦死してくれたかもな」

「クスっ…お意地の悪いことで」

 失笑したキルヒアイスとしても、アンネローゼ暗殺未遂事件の裏で糸を引いていた男なら、そんな卑劣な手段で抹殺しても良い気がしてくる。ただ、巻き込まれる乗艦の兵士たちが憐れだった。

「あながちフロイラインミツハの考えた策、使えるな。惜しむらくは現在、麾下にフレーゲルのような男がいないことだ」

「いたら、なさいましたか? 実際のところ」

「うむ………悩むところだな。卑怯者にはなりたくないが、フレーゲルは姉上の暗殺も……」

「そうですね、相手が卑怯者なら、それもいいかもしれません。ただ彼一人でなく多くの将兵が巻き込まれることになります」

「ああ、それは後味が悪いな」

 二人が長話していると、通信士官が入電を告げる。

「敵旗艦より入電!」

「読み上げろ」

「はい! ……。我々は十分に戦った。これから撤退する。反撃の備えはあるが、できれば追撃しないでほしい。自由惑星同盟軍准将ヤン・ウェンリー。以上です!」

「「………」」

 ラインハルトとキルヒアイスが目を見合わせた。キルヒアイスが通信士官に問う。

「本当に敵旗艦からのものですか?」

「はい! 偽装工作の痕跡はありません!」

「…………。ラインハルト様、どう思われますか?」

「策にしては見え透いているというか、浅はかすぎるな。底が浅いというより、底も無いし、裏も無い。つまり……ただの本心だろう。こちらがモタモタと撤退のタイミングを逃しているから痺れを切らしたな。正直すぎるヤツだ。クク…。よかろう! こちらも撤退する! 返信を送れ!」

「はっ!」

 敬礼した通信士官がメモを取る用意をした。

「貴官の勇戦に敬意を表す、再戦の日まで壮健なれ。と、私の名で送れ」

 ラインハルトは模範解答を返信させた。アスターテ会戦は終結し、同盟軍の戦死者は151万人を超え、帝国軍のそれは15万5000人余りとなり、やや撤退のタイミングが遅れたことで糸守町の人口を超える戦死者を出していた。

 

 

 

 三葉はアスターテ会戦での自分の思考を振り返り、身震いしていた。

「私なんてこと考えたの……怖っ…」

「何かあったの?」

 そばにいた四葉が問うてくる。

「う~ん……妹に言えるようなことじゃないよ」

「また、キャバクラでも行ったの?」

「………。私、ちゃんと二人の役に立とうとしてるよ。ちょっと卑怯な作戦を思いついただけだもん」

「どんな?」

「じゃあ言うけど」

 三葉はアスターテ会戦の推移と、自軍内の敵を排する策を妹に語った。

「って感じ。卑怯だけど、アンネローゼさんを助けるためなら、ありかなって。暗殺とか、飲み物に何か入れたりとか、普通にやり合う世界みたいだし」

「なるほどねぇ。ありかもしれないけど、それをお姉ちゃんが思いつくなんて、意外」

「ぅ……ラインハルトさんと同じような感想を…」

「今回も勝ったから、上級大将の次は?」

「元帥だよ」

「もう登り詰めてる感じだね。アンネローゼさんを救い出すのも、あと少しかも。ふァ~…」

 アクビをした四葉は眠そうに自室へ戻り、三葉は入浴してから休んだ。いつも通りに起きて克彦と早耶香の三人で、いつも通りに登校する。告白されたことで変わるかと懸念した三人の関係は結局、いつも通りのままだった。ただ、いつも通りでないこともあった。

「…ちっ…」

 登校中に他のクラスメートから舌打ちされた気がする。もう俊樹の選挙も終わり、冷やかされる立場でもなくなったはずなのに、いつもより敵意を周囲から感じる。

「…うざ…」

 教室でも廊下でも、女子トイレでも、一部の生徒から敵愾心のようなものを感じていたけれど、何かしてくるわけではないので三葉は聞こえないフリをして放課後を迎えた。いつも通りに三人で家に向かい、交差点で別れる。

「じゃあな、三葉」

「三葉ちゃん、また明日」

「うん、バイバイ」

 一人になって家と神社へ向かう道を登っているときだった。

 がさっ…

 木陰の藪から五人の生徒が出てきた。男子が三人、女子が二人、三葉を包囲するように待ちかまえて隠れていた様子だった。

「宮水、あんたさ、調子に乗りすぎじゃない?」

 いつも祭りで口噛み酒を造っているときに嫌なことを言ってくる女子が、いつもより敵意を丸出しにしてからんでくる。柄の悪い男子生徒もいる。

「お前には借りがあるからな」

 少し前に三葉に股間を蹴られた男子で、しっかり根に持っている様子だった。三葉は逃げ道がないか、目で探したけれど狭い道の前後から挟撃体勢を敷かれていて逃げることはできない。

「……彼我兵力差は……5対1……前回やぶれた時より多い……当然か…」

「はん? 何ぶつぶつ言ってんのさ。ここ、電波とどかないから助けも呼べないよ。キャハハハ!」

 もともと基地局の少ない山奥の町は一部の地区では高校生が使うような格安スマフォでは電波が届かないこともあり、それを三葉も知っていた。三葉のスマフォも、ここから100メートル前後は外部と連絡が取れなくなる。

「へぇ……通信妨害まで考えて。ずいぶん戦理にかなう作戦……」

「あんた一回とことん痛い目みた方がいいよ。いい家に生まれたからって、人生なめすぎ」

「クスっ、うちは貴族じゃないけどね」

「あん? なに笑ってんだ。状況わかってんのか、クソアマ、女だからって容赦されると思うなよ」

 男子が拳を手のひらに打ち当てて威嚇してくる。色々と学んだ三葉には、その威嚇も戦艦主砲の射程距離外からの威嚇射撃と本質的には同じなのだと感じられた。

「………。降伏しても、捕虜として遇してはくれなさそうね」

「許してほしいなら、とりあえず土下座しなさいよ」

「きゃはは♪ 土下座いいね、制服を脱いでパンツだけで土下座してよ」

「はぁぁ……」

 三葉は四葉の真似をして大袈裟にタメ息をついた。そして言う。

「仕方ない、やるしかないか」

「勝てると思ってんのか? オラ!」

 わかりやすい威嚇をしてくる男子がローキックで三葉の足を撃とうとした。その蹴撃から、三葉は素早く避けて逃げた。

 ガザっ!

 狭い道といっても左右は藪で、その藪の中に飛び込んで逃げる。それを男子が追う。すでに当初の挟撃作戦が破綻していることには気が回っていない。単なる狩りとして作戦もなく三葉のお尻を追いかける。

「待てやコラ!」

「じゃあ待つよ」

 藪の中に飛び込んだ三葉は低い姿勢で待ちかまえていて、無防備に追ってきた男子の顎先に思いっきり頭突きを入れた。

 ゴツっ…

 女子の腕力の無さを技で補っている。

「まず一人」

 再び三葉は逃げる。

「地の利は、こっちにあるから」

 すぐ家の近くなので、物心つく前から地形は把握している。どこに大きな岩があり、どこに登りやすい木の根があるか、すべて知っていた。

「ちょこまかと!」

 追ってくる男子が木の根を登るために両手を使えない状態になるところを狙って、上から側頭部を蹴った。

「ぐはっ…」

 蹴られて落ちていく。

「あと一人」

 戦力差は5対1だったけれど、実質3対1で、女子二人は参戦していない。残りの一人を木の幹に回り込んだところで待ちかまえて正拳突きで倒すと、道で待っている女子二人の前に出た。

「お待たせ」

「「なっ…あいつらは?!」」

「大きな怪我はしてないと思うよ」

「「……そんな……バカな……こんなことが…」」

 二人の女子はパエッタ中将のように口を開けて驚愕している。

「アスターテ並みの各個撃破ができたかな」

 わざとらしく三葉が拳を鳴らして近づくと、二人ともペタンと座り込んでしまい、もう2対1で挑もうという戦意は欠片もない様子だった。しかし、三葉の背後で藪から男子が出てきた。

「痛てぇ……宮水、てめぇ、もう許さねぇぞ」

 側頭部を蹴って落とした男子が痛そうにしながらも、しっかりと立っている。

「覚悟しろよ。もう女と思わねぇ」

「……」

 相手が油断無く空手の構えを取ったので、この男子が極真空手岐阜県連盟糸守町統括道場の一人息子であることを三葉も思い出した。何度か学校新聞に地方大会で優勝したことで記事が載ったので記憶していたし、泣きそうだった女子二人の顔が来援に輝いた。

「やっちゃえ!」

「ボコボコにしてやって!」

「「…………」」

 三葉と男子が無言で対峙する。もう三葉も油断無く素手による白兵戦の構えを取っていて、その隙の無さに男子も本気で三葉と戦う気になっていた。ちょっと五人で一人の女子を痛めつけて泣かせようとしていた気分から、まったくの真剣勝負に変わっている。

「せいや!」

「くっ…」

 三葉は正拳突きされて、その拳を避けてから手首を取って投げ飛ばしてやろうとしたけれど、拳の戻しが素早く、そして力強かったので手首を取れず、逆に隙をつくってしまう。

「らっ!」

 その隙を的確に相手が狙ってきて中段の蹴りで三葉の腹部を撃ってきた。

 ドスっ…

 三葉は後方へ重心をさげながら太腿を大きくあげて防御した。スカートなので相手にショーツの股間が丸見えになっている。けれど三葉は恥ずかしがりもせず、相手も油断して見惚れたりしない、本当に真剣勝負となっている。そして三葉は、かなりのダメージを太腿に感じた。

「………」

 痛っ……ちゃんとガードしたのに……キルヒアイスの身体と違って、私の足、弱すぎ……やばいかも……、と三葉は打たれた太腿に力が入らないので体格差を思い知った。今は幼年学校時代から訓練してきた男の身体ではなくて、神事の舞いくらいしか訓練してこなかった女子の身体で、相手は幼少の頃から空手で鍛えてきた男子なのだと打ち合いで実感して戦慄する。

「…………」

「…………」

 あと数回、打ち合いすると圧倒されることが容易に予想できた。体格差は駆逐艦で戦艦に挑むようなものだと感じる。火力、防御力、まるで違うように腕力も身体の丈夫さも違う。そして、三葉が的確な防御をしたことで、ますます相手は油断しなくなっている。

「………」

「……………」

 三葉は勝つための戦術を無言で考える。

「………あ」

 三葉が地面へ視線を落とし声をあげた。そして、続けて言う。

「マムシ! そこに!」

「っ…」

 自然豊かな糸守町ではマムシを見かけることも少なくない。毒蛇の名を聴いて、とっさに男子は足元を見た。

 ベキっ! バキッ!

 三葉の正拳が男子の腹部に連発で入る。わき腹の急所を狙っての正確な連発だった。

「ぐはっ…ぐっ…」

 膝を着いた男子へ三葉は思いっきり前蹴りする。スカートが舞い上がって三葉のショーツが丸見えになり、前蹴りは男子の側頭部を打った。蹴られた男子は地面へ転倒する。

「くっ……まだまだァ!」

 それでも男子が受けたダメージは軽かった。きゃしゃな三葉の手足では鍛えられた男子に立てなくなるようなダメージを与えにくい。蹴られて転がっても、すぐに立ち上がろうとしてくる。

「軽いんだよ、しょせん女の宮水が…。ちょっ?! …お前…」

 男子は立ち上がろうとしたけれど、三葉が子供の頭ほどある石を振り上げて構えているので恐怖を覚えた。両腕で頭上高い位置まで石を振り上げて、すぐにも叩きつけられる体勢を取っている。

「お前……そんなもので…」

「この高さによる位置エネルギーが加われば、私の腕力でも、あなたを殺せる」

「……マジかよ…」

「降伏して。そしたら、やめるから。でないと、やるよ!」

「さ、殺人だぞ!」

「脅しだよ! でも本気!」

「警察に捕まるぞ!」

「正当防衛だよ。たった一人を五人で襲ったよね?」

「…………」

「私の優しさに感謝しなさい。マムシって言った後、殴るんじゃなくて指で両目をえぐってもよかったのに。今だって殺さずに手足の骨を狙って落としてあげる」

「お前は、いったい……」

「さあ! 降伏しなさい!! しからざれば、撃つ!! カウントダウン、3、2…」

「わ、わかった! まいった! まいったから、やめてくれ!」

 男子が負けを認めた。三葉も石をおろした。

「……くそっ……卑怯者が……」

「五人で一人の女子を襲っておいて、どの口が言うの?」

「くっ………」

「で、黒幕は男子じゃないよね!」

 三葉が振り返って二人の女子を睨む。

「前からチクチクと私にからんでくるけどさ! 何か恨みでもあるわけ?! 男子まで使って!」

「「…………」」

 二人の女子が悔しそうに目を伏せた。そんな態度に、ますます三葉は頭に血が上るのを感じた。

「私が二人に何かした?!」

「「………」」

「なんとか言えば?!」

 三葉はカッとなって二人に蹴りを入れた。

「キャッ…」

「ううっ…」

「おい、宮水! お前、強いんだから、やめろよ! その二人は素人だからさ!」

「私も素人だし」

「いやいや! お前、絶対何かやってるだろ?! さっきの構え、何だよ?! 戦い方が実戦的すぎるぞ! ケンカ慣れどころか、殺し合いレベルで!」

「………。そんな話じゃないし。ちゃんと手加減したし。男子は黙ってて! これは女同士の問題なの!」

 三葉は再び女子二人を睨む。

「で、どうして、私にからむのよ? このさい、はっきりしてもらおうじゃない! 私にだってね、堪忍袋の緒ってものがあるし、切れたからって、いつもいつも補給されるわけじゃないから!」

 三葉が目を伏せている女子の胸倉をつかんで揺すった。

「さあ言ってよ! なんで?!」

「……あんたが……ウザいから……」

「っ、何よそれ?! 私が、あなたに何かした?!」

「くっ……ウザいからよ! バカ! 死んじゃえ!!」

 パンっ!

 三葉が平手打ちして頬を打った。ある程度の加減はされているので男子は黙って見ている。もう女子同士のケンカに立ち入りたくない顔色だった。

「うっ……この!!」

 女子は頬を打たれて打ち返してくるけれど、三葉は見切って片手で受け止めると、また平手打ちする。

 パシンッ!

 さっきより強く打たれて、とうとう女子が泣き出した。三葉は泣き出した女子の胸倉を離すと、もう一人の女子へ手を伸ばした。

「ヒィッ…」

 怯えて身を固くしている。三葉はラインハルトのような高圧的雰囲気で声をつくった。

「影で厭味を言っているだけなら見逃してあげてもよかったけど、こうやって実害まであるとなると、私としては君たちを、どう遇するべきかな?」

「「……」」

「無益なだけでなく有害とあっては、ね」

「「………」」

 昨日は深窓のお嬢様のような雰囲気だったのに、今日は朝から普通に見えたものの、襲ってみたら戦士のように強く、そして勝つと急に高圧的な君主のように見下してくる。いったい、どの三葉が彼女の素顔なのか、わからなくなってきた。

「まあ、とりあえず二人には土下座してもらおうか。で、二度と私に刃向かわないって誓いなさい。あ、そうそう、もちろん土下座は制服を脱いでパンツ姿でね。私にさせようとしたことだし。男子たちへサービスあってもいいでしょ、無用の兵役に使われた分」

「……誰が……」

「…あんたに……土下座なんか…」

 最後の意地で二人は抵抗している。三葉としても非常に立腹しているので二人を屈服させておきたい。これ以上の武力行使はできないと考えた三葉は政治的抹殺をほのめかすことを思いついた。

「じゃあ、もう村八分しかないね」

「「…ぇ?」」

「お父さんとお祖母ちゃんに頼んで、あなたたちの一家丸ごと、村八分にするね。私に対する不敬罪、ううん、殺逆未遂罪で村八分、一族親類もろともに」

「「っ……ちょっ…、待って……」」

 意地を張っていた二人の両膝が震え始めた。岐阜県の山奥という田舎で育ったゆえに村八分は知っている。現在の人権感覚では否定されているものの、今でも残っているとも聴く。そして三葉の父は町長、祖母は神社を中心とする町民の最上位に居る。さらに正義は自分たちに無い。五人で一人を襲ったのは動かない事実で悪いことだとわかってはいる。三葉の唇が村八分という音を発した直後から、二人の背筋は凍りつき、魂が言霊で縛られるような恐怖を覚えていた。

 バッ…

 女子の片方が崩れるように土下座し始めた。もう片方も続く。

 バッ…

 二人とも地面に這い蹲って土下座し続ける。

「許してください、もうしません、ごめんなさい、ごめんなさい」

「すみませんでしだ、ごめんだだい、ひぐう、うう、ごめ、ごめ、うぐ、許しで…」

 泣きながら土下座しているし、片方の女子は恐怖で失禁してしまったらしく、お尻の周りの地面に水たまりをつくっている。二人の女子は生まれて初めての心底の恐怖を覚え、対照的に三葉は強い快感を覚えていた。

「フフン♪」

 ラインハルトほどではないけれど形の整った美しい鼻を鳴らして勝ち誇る。

「どうか、どうか村八分だけはやめてください。私たちが悪かったです、ごめんなさい」

「ひぐぅうはうぅうぅ…ごめえんぇん…」

 恐怖で小水を漏らしてしまった女子は、もう言葉が聞き取れないほど泣いている。三葉は楽しくて微笑しながら問う。

「さて、どうしようかな?」

「この通り、どうか、どうか」

 泣いてはいても、まだ言葉が聞き取れる方の女子に言ってみる。

「あなたもさ、おしっこ漏らして土下座しなよ」

「……、もう漏らしてます」

 恥ずかしそうに女子がスカートをたくし上げた。小さくショーツの股間が濡れて、よく見ると地面にも手のひらくらいの土が濡れた痕がある。たまたま膀胱に貯まっていた量が少なかっただけで、もう片方の女子と同じく、とっくに失禁している様子だった。三葉は心底愉快になってくる。

「クスッ♪ あはははは、恥ずかしいね」

「「……」」

「多勢に無勢で私をイジメるつもりが、この無様な姿。クス、クス、ククク」

「ぅぅ…私たちが悪かったです、本当にごめんなさい」

「ごめんなさいぃぃい」

「たしか、制服も脱がせてパンツ一枚で土下座とか、言ってたよね?」

「「………。……」」

 二人の女子が周囲を見回した。自分たち以外は誰もいない。もともと人口が少ない町なので人通りが少ない上、この先にあるのは三葉の家と神社だけなので朝夕はともかく昼間は誰も来ない。諦めて女子たちが制服を脱ぎかけると、三葉は止めた。

「あ、いいよ、そこまでは追いつめない。もう許してあげる」

「「あぁ、ありがとうございます!」」

 二人が頭を地につける。許すと言った三葉は、だんだん快感が消え、逆に後悔が湧いてきた。同級生に土下座させている自分を、とても醜いと感じる。

「…………」

 意地を張っていた女子二人が一瞬のうちに屈服して土下座してくれたのは、確かに快感だった。相手の生殺与奪を握った立場で、許しを乞われるのは優越感が濃厚な蜜のように湧いてくる。湧いてきて、脳に染み込む。

「……これか………貴族の特権意識…」

 そして理解していく。その蜜が脳を腐敗させることを、それは銀河帝国で見てきたので知っている。だから後悔する。深い後悔だった。脅しのためとはいえ、つい父と祖母の存在も誇示してしまった。とくに父が町長であることは、これまで自分の中でも認めにくかったことなのに、とっさに利用してしまい、自分自身が口惜しい。

「親の地位で威張るとか、これじゃフレーゲルと、いっしょ……でも、こんなに快感なんだ……他人を、人とも扱わないで上に立つ快感……」

「「………」」

 二人の女子は、フレーゲルって何かな、と思ったけれど、とりあえず土下座を続けておく。三葉は言ってやる。

「もういいよ、頭をあげて、立って」

「はい……」

「うん……ぐすっ…」

 二人とも土下座をやめて立とうとしたけれど、腰が抜けていて座り込んだままになる。なので三葉は片膝を地面に着いて目線の高さを二人に合わせた。

「でも、一つだけ訊かせてよ。なんで、私にからんでくるの? そもそも私が二人に何かした? それとも、真の黒幕が居て誰かに依頼されて私を襲撃してきたの?」

 言いながら三葉は真の黒幕を考えてみた。誰かに恨まれる覚えは、ほぼ無い。あるとすれば克彦に告白されたらしいので、嫉妬から早耶香がベーネミュンデのように刺客を放ったという発想はできるけれど、そもそも早耶香はそういう人間ではないはずだし、たとえ早耶香が命じてもよほどの報酬がなければ、この二人が動くとは思えない。何より、そういうことは銀河帝国の宮廷では起こりえるけれど、糸守町では起こりえない。

「………黒幕なんて……居ないです…」

「じゃあ、どうして私を襲ったの? 動機は? 理由は?」

「………それは……」

「うっ…うぐっ…うわああ! 宮水さんのせいで!! もう、いい! 私もう死ぬから! 宮水さんなんか大嫌いっ! あなたのせいで私の生きる希望は無くなったんだから! 死んで一生恨んでやる!」

「わ……私のせいって……何が? ちょっと落ち着いて、死んだら一生恨めないし、っていうか、私に恨まれる覚えはないんだけど」

「うぐうっ…うううっ…」

 泣きじゃくる女子の肩を、もう一方の女子が撫でた。そして説明する。

「宮水さんのせいで修学旅行の行き先、広島と京都になりそうでしょ」

「え? ……あ、……うん……」

 三葉も昨日、自分の口が何を発言したかは手紙で知っていた。読んだとき、また余計なことを、と思いはしたけれど、さほど問題には感じなかった。戦史面で広島を、文化面で京都をキルヒアイスが推しそうなことは違和感の無い話で、京都を見たいというのは三葉がオーディン観光したいというのと、さほど変わらない自然な欲求だと思っていた。

「…まあ、そう言ったみたい……だけど……それが何か?」

「それが何か、じゃないよ。この子、ディズニーランドに行くの、すごく楽しみにしてたんだよ。私だって」

「…そ……そうなんだ……ごめん」

「ごめんで済まないよ。だから、私たち……」

「え……えっと、ようするに私が修学旅行の行き先を広島と京都がいいって言ったから、こんな闇討ち事件みたいなことしたの?」

「……そうよ…」

「そ、それだけの理由で?」

「…それだけって……宮水さんにとっては、そうでも……私たちにとって、それがどれだけ……」

「もう死ぬから、どうでもいい………もう私、死ぬから……」

「ちょっと待ってよ。死ぬほど行きたいなら、行けばいいよ。修学旅行じゃなくても、夏休みでも連休でも」

「………やっぱり、宮水さんには、私たちの状況なんて、本気でわからないんだね……あはは…私も死にたくなってきちゃった…」

「状況って? なに、どういうこと?」

「「…………」」

 黙る二人の替わりに男子が言ってくる。

「おい、宮水、オレらの家が貧乏なの、知らないわけないだろ?」

「え………知ってはいるけど……」

 小さな町なので、それとなくそれぞれの家庭の事情は知っていたりする。深くは知らないけれど、待ち伏せしていた五人が五人とも裕福な家庭ではない、むしろ母子家庭だったり、父親が居ても家計が不安定だったりすることは、なんとなくは三葉も知っていた。

「知ってるけど………たかが遊園地だよ?」

「「………」」

 二人の女子から殺意を込めた視線で睨まれた。

「……たかが……ね……、……やっぱり、あなたは生まれながらの貴族様で、私たち貧乏人のことなんて永遠に理解できない……そういうことなんだ…」

「な、何を大袈裟なこと言ってるの? 私は貴族じゃないし、みんな平等だよ?」

「平等なもんか!! 私の家は川沿いの町営住宅にあって、いつも大雨のたびに洪水を心配しなきゃいけない低地にあるのよ! 道路よりも低い位置に窓があって! 私は覚えてる! 小学校のとき夏休みなのに、どこにも遊びに連れて行ってもらえず、それどころかエアコンも使えなくて窓を開けて暑さを我慢してた! ご飯も一日、素麺と卵だけ! お腹が空いて動けなくて、ずっと一日、畳の上でゴロゴロしてたら、あなたが道路を歩いてきた! 家族といっしょに! 新幹線で行ったディズニーランドの話をしながら! しかも、あなたは白雪姫のコスプレをしていた! ディズニーで公式コスプレをすると5万円もするのよ! その金額さえ、知らないでしょ?!」

「………あ、あのときの話……まあ、白雪姫の服は買ってもらったけど……いくらなのかは、ちょっと……子供だったし……」

「見上げた道路の上を歩くお姫様と、その日の夕食にも困る私の家!! さあ、これでも何が平等なの?!」

「…………」

「お貴族様には、私たちの苦しみなんてわからない! 知ろうともしない! なのに、ささやかな希望さえ平気で踏みにじっていく! ずっと修学旅行でディズニーへ行けることを楽しみにしてたのに! 家にお金が無くても修学旅行なら学用助成金が出て行けるのに! 京都と広島がいいなんて真面目ぶって言って!! 先生への自分の点数稼ぎで私たちの希望を奪った!!」

「…………うちだってお母さんは早くに亡くなって、父子家庭だし……そのお父さんだって家に居ないし……」

「けど、お金に困ったことは無いでしょ。その日の夕食に困ったことある?」

「……………無いけど……」

「高校卒業したら東京の大学に行きたいって、いつも言ってるよね。それ4年間で一千万円は軽く超えるよ。私の家には、まったく無理。そんな貴族みたいな宮水さんに私たちの気持ちはわからないよ」

「貴族って……私は、ただの平民…」

「私も、この子も、ディズニーランド、大好きだけど行ったことないの」

「行ったことない……のに……大好きって……」

「夢の国なんだよ………お金が無いと行けない……夢の国」

「………」

「日帰りの夜行バスで行ったって、一人3万円は要る。お母さんと二人で6万円。お母さんの一ヶ月分のパート代」

「…………」

「宮水神社の御祓い、一回1万円から、高いと10万円も取ってるよね? 勅使河原建設からの御寄進なんて100万ってことも。地鎮祭だって5万は取ってるって」

「………。ああいうのは、ちゃんと神社の会計に入れてるから…」

「生活費は、どうしてるの?」

「……よく知らないけど、お婆ちゃんが……それなりに…」

「ほら、あなたの家と私で、ぜんぜん違う。生まれた家の違いで、こんなに差がある」

「…………。うちも平民というか……爵位とか無い社会だし……神社には官位があったけど……形骸化して……」

「結局、私たち貧乏人の気持ちなんてわからないのよ……修学旅行が大事なチャンスだったのに……ぐすっ……ひっく……行きたかった……行きたかったのに……ずっと…」

 顔を覆って泣き出した女子を見ると三葉は心に痛みを覚えた。

「ごめん……私……知らなくて……」

 思い返してみれば、幼い頃は二人の女子とも仲良くしていたかもしれない。小さな町で同じ学年なので何度も幼稚園や小学校の裏庭で遊んだかもしれない。けれど、だんだん家庭の経済的格差から疎遠になり、今では同じような所得階級で群れるようになっている。三葉は公務員家庭の早耶香や建設会社を営む家柄の克彦とつながっている。ほぼ本能的に、そうしていたし、それに無自覚だった。

「……ごめん……」

「ごめんで済ませるの? ……私の青春……私の夢……返してよ…」

「ぐすっ…ううっ……私たちの夢を……返して…」

「………しゅ……修学旅行の行き先って……もう決定なの?」

 恐る恐る三葉が訊くと、男子が答えてくれる。他の頭突きと正拳で倒された男子も、いつのまにか戻ってきていて、再び三葉は包囲されるような体勢になり、今回は居心地の悪さと罪悪感を覚えていた。

「今日の職員会議で決まるって。ほぼ宮水の意見が通るだろって話だ。広島と京都なんて、つまんねぇところによ。ちっ」

「わ…私だって、つまらないよ。せめてUSJかディズニー、どっちかは行きたかった。みんなで」

「「「だったら、なんで、あんなこと言った?!」」」

「ぅ…………あ、あの時は……わ、私が私じゃなかったというか……。職員会議……」

 三葉はスマフォを出して時刻を確認した。

「まだ間に合うかも……職員会議に意見具申……」

 三葉が泣いている女子の手首を握った。

「いっしょに来て! みんなも!」

「ぐすっ、何する気なの?」

「職員会議に意見具申するの!」

「ぐしん?」

「いいから来て、決を採られる前に!」

「「「「「………」」」」」

 五人は迷ったけれど、町長の娘なら、なんとかなるかもしれないと、いっしょに糸守高校まで駆け戻り、職員室に駆け込んだ。

 バンッ…

 三葉がドアを勢いよく開け、叫ぶ。

「提案します! ハァ…ハァ…」

「宮水さん、今は会議中ですよ」

 ユキちゃん先生が驚き注意してくるけれど、引き下がらない。

「その会議へ意見具申いたします! 発言の許可をお願いします!」

「許可って……職員会議は職員の……」

「お願いします!」

「「「「「お願いします!」」」」」

 他の五人も頭を下げたので、ユキちゃん先生は困って校長を振り返る。校長も困っていたけれど、やはり三葉が町長の娘なので許した。

「言ってみなさい」

「ディズニーランドに行かせてください! みんなで!」

「………。あなたの意見は広島と京都だと……」

「私が間違ってました! 本当に行きたいのはディズニーランドです! あのときは……あのときは、嘘をついてました!」

「嘘って……」

「ああいう意見を言えば、私の内申点が良くなって、いい大学に行けるかなって! そんな卑劣な考えで自分に嘘をついていました! でも、みんなに怒られて! とくに、家計の苦しい家のクラスメートにとっては、初めて行けるチャンスだったんです! それを私が踏みにじってしまって!」

 三葉が振り返ると、ユキちゃん先生は男子たちが怪我をしていることに気づいた。

「あなたたち、その怪我は?」

「「「…………」」」

 三葉を襲おうとして逆撃されたとは答えにくい。

「私がやりました! 私の意見が卑劣だったから、ケンカになって! 私が悪いんです! どうか、お願いします! ディズニーランドに行かせてください!」

 勢い三葉が土下座のように頭を下げると、ユキちゃん先生は困り切り、他の教員を振り返る。もう広島と京都で決まりかけていて、旅行代理店の担当者もいた。大人たちが、しばらく話し合い、そして決が下った。

「もう広島は外せないの」

「「「「「「そんな……」」」」」」

「けれど、かなり無茶な日程になるし、お土産代を食事代に回すことに生徒たちが賛同してくれるなら、広島から東京というプランも可能です」

「「「「「「お土産代を食事代に……」」」」」」

「交通費が高くつくから、食事代が出なくなるのよ。初日のお昼はお弁当を持参、最終日の夕食も各自の自由行動でお小遣いの中から食べる、そういうプランなら岐阜から広島へ行って東京を経て帰ることがギリギリできるわ。それでも行きたい?」

「そ、それでも……行きたい。……よね?」

 三葉が振り返ると、五人は頷いた。けれど、ユキちゃん先生は忠告する。

「あなたたちだけで決めてはいけません。今夜中に、学年全員のうち90%以上から同意が取れるなら、そう変更します。電話連絡、大変ですよ、やりますか?」

「「「「「「はい!」」」」」」

 覚悟したほど連絡は大変ではなく、ラインやSNSで情報が回ったので、すぐに同意が集まり、行き先は広島と東京になった。夜遅くなって学校を出るため、六人はグラウンドの校門付近にいた。二人の女子が笑顔で礼を言ってくる。

「「ありがとう、宮水さん」」

「ううん、悪いのは私だから」

 三葉は三人の男子にも謝る。

「暴力ふるって、ごめんなさい」

「「「もう、いいって」」」

「よくないよ。私がしたのと同じように殴ったり蹴ったりしてください」

 三葉が無防備に立って目を閉じる。

「女は殴れないな」

「そうそう」

「おっぱい揉ませてくれるなら、別だけどな」

「ぇ…………そ、…それでもいいよ。揉んで」

「「「…………」」」

「………」

 三葉は覚悟して無防備のままでいる。目も閉じたままで、その頬が少し赤くなってきた。とても可愛く見えてしまい、三人が迷う。

「じゃあ、ちょっとだけ」

「よし、ちょっとだけ」

「お、おう、ちょっとな」

 三人がその気になったので、女子二人が止める。

「やめなさい!」

「宮水さんも、もういいから。目を開けて」

「……」

 三葉が目を開けた。そして、両膝と両手をグラウンドについた。

「土下座します」

「「もういいって!」」

「二人にさせたから、させてください。人として、自分が間違っていたことを反省する機会をください」

「「………」」

「私は間違っていました。ごめんなさい」

 三葉が額をグラウンドにつける。本当に悔いているし反省しているので泣けてきた。今まで自分が恵まれていることに無自覚なばかりか、身近に貧家があることも見てみないフリをしてきた。見ているのに見えていなかった。そんな銀河帝国貴族の子弟たちと、まったく同じ部分が自分にあることを思い知って、恥ずかしかった。

「宮水さん………もう頭をあげて…」

「そうだよ、もういいよ」

「………」

 三葉は泣き顔をあげたけれど、両膝は地面についたまま立たない。

「おしっこを漏らしながら、もう一度、土下座します」

「「…………そこまでしなくても……」」

「私は父親の地位を利用した最低な女だから、せめて謝らせてください。ずっと、それだけはしたくないって思ってたくせに、さっき二人にしたから」

「「……」」

「本当に、ごめんなさい…………………………」

 三葉は謝った後に、おしっこを漏らそうとしたけれど、すぐに出てこない。こういう風に、きちんと謝るために学校へ戻ってからトイレに入っていないので、それなりに膀胱へ小水は貯まっているけれど、やはり心理的な抵抗が大きくて、すぐには出せない。

「…………………すみません……ちょっと待って……すぐ漏らすから……」

「もういいよ。おもらしまでしなくても」

「そうだよ、あれは強制されたというより、私たちがビビって漏らしただけだから」

 二人のショーツはすっかり乾いていた。三葉は首を横に振る。

「そうさせるくらい、私が悪いことしたわけだから…………あ……出ちゃう…ぅぅ…」

 三葉がピクンと背筋をそらせた。

「ふぁ…」

 尿道が開いて、おしっこが流れ出る感覚がする。

 ショワ…シャァァ…

 ショーツの中が生温かくなった。

「ぁぁ……ハァ…ぁぁ…」

 わざと、おしっこを漏らす行為がもたらす恥ずかしさで三葉は顔を真っ赤にして、涙も流している。両目からダクダクと涙を零し、謝罪の気持ちを込めて二人を見上げる。

 シャアァァァ…

 おしっこが漏れ続ける。股間から真下に落ちる小さな滝と、内腿を這う流れに分かれて三葉のおしっこおもらしが終わった。

「ハァ……ぐすっ……ハァ……」

「「……宮水さん…」」

「「「…………」」」

 男子たちも黙って見ている。おしっこおもらしが終わった三葉は水たまりに両手をついた。

「私が…うくっ…間違っていました。…ひっく…ごめんなさいっ」

 頭もさげて、おしっこの水たまりに土下座している。三葉の涙もポタポタと滴って水たまりの量を増やしていた。人としての尊厳が踏みにじられるような有様だったけれど、先に同じことをさせてしまったので、余計に自分がしたことを反省している。

「ううっ…うわあああっ…うわあああん、ごめんなさいいいいっ…」

 三葉が号泣し始めると、二人の女子は水たまりに片膝をついて三葉を抱き上げてくれた。

「宮水さんの誠意、わかったから」

「もう十分だよ、十分。やっぱり、宮水さんはえらい人だよ。よくわかった」

「ぐすっ…本当に、ごめんなさい」

「「うん、うん」」

 三人の女子が仲直りして抱き合っているので男子たちは何も言わない。ただ、おしっこを漏らしている時の三葉には祭りで唾液を垂らしている時とは、別の可愛らしさと美しさがあって神々しいほどだと心中反芻していた。

 

 

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