「君の名は。キルヒアイス」歴史の真実と芯の世界   作:高尾のり子

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真の宮水祭り、元帥府人事、みつは神社

 

 

 キルヒアイスは宮水神社の境内で夏祭りにそなえた訓練として、四葉が巫女服を着て舞っているのを見て感動していた。まだ10歳の四葉が神々しくさえ感じられるほど美しい。

「高天原にかみつまします。かむろぎかむはやぎなる神々に」

 祝詞の声も朗々として、場の空気さえ変化している気がする。舞いが終わり、三葉の手が妹を讃えて拍手する。

「すばらしいですわ! なんて感動的なのでしょう! まるで天使のようですよ!」

「……。ありがとう、お姉様」

 実姉の顔で最大限の讃辞を送られると、かなり照れくさい。四葉が赤面して咳払いした。

「コホン。じゃあ、次は、いっしょに舞ってみて」

「はい」

 すでに巫女服を着て準備もしている。巫女服に着替えるとき、ショーツとブラジャーは身につけないのが本来の巫女服の作法だと教えられて、それに従っているけれど、身体がスースーとして落ち着かない。女性として振る舞ううちに、すっかり女性としての羞恥心が身に付いてきたので、ショーツとブラジャーを着けていないことが、とても恥ずかしくて抵抗感がある。できれば拒否したい。それでも夏祭りの日に三葉と入れ替わりが生じていた場合にそなえての訓練なので、軍事訓練を求めている立場で断ることはできなかった。

「お姉様、いくよ。私に合わせて舞ってみて」

「はい」

 二人が神社の舞台に立ち、一葉が雅楽を奏でてくれる。やってみると三葉が白兵戦技や射撃を習得するのが早かったように、すぐに舞いを覚えることができた。

「うん、いいね。この調子なら大丈夫そう」

「きっと三葉さんが、しっかり練習してくださっていたおかげですわ」

「はは…」

 嫌がる姉に祖母が叩き込んでいた長年の記憶が蘇り、四葉は苦笑した。舞いの習得が終わると、四葉は三宝を持ってきた。

「それは何でしょうか?」

「三宝って言ってね。普通の家は鏡餅とかを載せる台だよ。神さまへのお供え物を載せるのが普通の使い方。ここに炊いたお米を載せるの」

「お米を供えるのですね」

「ううん、お米は口噛み酒の材料。とりあえず、やるから見てて」

 四葉は三宝へ電子ジャーから炊いた白米を杓文字で盛った。

「舞いが終わった直後の形から入るね。よく見てて」

 そう言った四葉は舞いの最終形である姿勢になると、手を伸ばして三宝から米を指先で摘みあげ、口に運ぶ。

「んぐ…んぐ…」

 あえて大袈裟に米を噛む様子を見せて、それから酒枡へおごそかに白濁液を吐き出した。

「と、こんな感じに。お米をよく噛んで、ここへキレイに吐き出すの。唾液とお米がよく混じるように噛んで、それから一粒残さず吐き出して、できるだけヨダレが糸を引かないように、すっきり出すんだよ」

「……………」

 三葉の瞳が、いつも通りやりたくなさそうにしている。けれど、いつもの子供が駄々をこねるような拒否の色合いではなく、あまりに文化が違うので困惑しているという色合いの瞳だった。

「じゃあ、やってみて」

「………………あの……何と言いますか……その……こう申し上げては大変失礼かもしれないのですが……私の知っている行儀作法や女性としての振る舞いから見て………その……品位が……いささか………欠けるといいますか……文化的な違いかもしれませんが……上品には見えないのです……」

 喫茶中に食べかけのパンケーキを撮影することさえ、激しく羞恥心を刺激されてできなかったのに、口に入れた食物を唾液とともに吐き出すという行為を求められて拒否したいのに拒否できず困っている。四葉は選択の余地なく求める。

「これは神聖な儀式だから品格は高いよ。いかに上品にやれるかがポイント」

「…………」

「やってみて」

 ずいっと四葉が三宝を差し出してくる。

「……………」

「さ、やってみて」

「……はい…」

 実姉と違って駄々はこねないけれど、三葉の手が震えている。その震える手で白米を少しだけ摘むと、口に運んだ。

「……………」

「よく噛んで。お米がトロトロの液状になるまで。なるべく、噛んでる動作を周りに見せる感じに」

「…………」

 三葉の目が潤みつつ、米を噛んでいる。

「はい、こっちに出して。ヨダレが糸を引かないように、すっきりと」

「……………」

 恥ずかしそうに手で隠しながら、ほんの少しだけ三葉の唇が開き、スーっと酒枡へ白濁液を吐き出していく。

「うん、一回目にしては上出来」

「……ありがとうございます……」

「はい、二回目やろうね」

「……………はい…」

「さっきより多めに口へ入れて。で、吐き出すとき手で隠すのはいいんだけど、完全に隠しちゃダメなの。ちょっと手をそえるくらいの感じ。周りの人たちから見えそうで見えない、見えないようでいてチラりとは見える、そんな風に見せる仕草で」

「………」

「ゆっくり私もやるから、真似しながら、やって」

「………はい…」

 四葉の手が白米を摘み、続いて三葉の手も白米を指先で摘む。その白米が10歳と17歳の乙女たちの唇に入ると、ゆっくりと大きく咀嚼し、それから上品な仕草で酒枡を持ち、そこへ吐き出す。

 ポタ…ポタ…すーっ…

 二人の唇から白濁液が酒枡に落ちた。唾液で光っている。

「…………」

「お姉様、いい感じだよ。三回目やって。今度は舞いの最終の姿勢から」

「……はい…」

 舞いと同じく吐き出す動作は身体が覚えているようでもあるけれど、身体が拒否している覚えもあって、なかなかできない。五回目が終わると、泣いてはいけないと思っているのに泣けてきた。

「ぅっ……ぅぅっ……」

 声をあげないように泣いているけれど、顔を真っ赤にして、その顔を両手で隠している。四葉は小さく肩をすくめ、優しいけれど譲らない声で言う。

「ちょっと休憩しようか。でも、これを町のみんなの前でやれるように特訓するから、午後からはサヤチンさんとテッシーくんも呼んで見てもらうからね」

「っ………」

 姉の顔がイヤイヤするように左右へ振られている。これは本人と、ほぼ同じ動作だったし、身体が覚えているのかもしれなかった。午前中の練習が終わり、お昼ご飯になると食卓には、いつもと違って箸がなく白米だけが山盛りに三宝へ載せられていた。

「お昼ご飯で箸を使わずに手で食べる練習もするね」

 そう言って四葉は手で白米を摘みあげると口へ運んだ。

「………………こくっ。このくらい噛んでから吐き出すんだけど、今は飲み込んでいいから。じゃ、やってみて」

「……はい…」

 手で直接に食事するということにも、とても抵抗がある。

「…………」

 それでも三葉の手は求められた義務に応えようと、白米を摘みあげると唇に入れた。よく噛んでから飲み込む。

「…………………。これで、よろしいでしょうか?」

「そうそう。よくできてる」

 練習を兼ねた昼食を終えると、四葉が呼んでおいた早耶香と克彦が呼び鈴を鳴らした。

「はいはい!」

 四葉が玄関へ行き、二人に神社の舞台へ上がって待ってくれているように言い、戻ってきた。

「じゃ、また着替えて今度は人前で挑戦するよ」

「…………はい…」

 そう返事をしたけれど、三葉の足は立とうとしない。

「さ、早く着替えて行こう」

「……は………はい…」

 返事はしても、立たずにいる。

「どうしたの? 早く立って」

「…す、すみません……あ…足に力が入らなくて……」

 ぺたりと座り込んだまま、三葉の足は動かない。

「……た……立とうとしているのですが……足に力が……」

「………」

 お姉ちゃんだと駄々をこねるところで、お姉様は義務感と拒否感の板挟みで身体に不具合がでるんだ、と四葉は二人の反応の違いを知った。実姉は嫌なことは寝転がって手足をジタバタさせるけれど、今は義務を果たそうという表情はしているものの、強い拒否感で足が動かない様子だった。嫌がるのは同じでも、やっぱり気品が違うと感じた。そして、四葉は一葉が使ってきた策略をろうする。

「うん、わかった。そんなにイヤなら今日の口噛み修業は無しにして、舞いだけ二人に見てもらおう。ほら立って」

 四葉が三葉のお尻をポンポンと叩いた。

「舞い……だけ、ですか…?」

「そうそう。さ、ゆっくり立ってみて」

「はい…………」

 今度は、かろうじで足に力が入り立てた。二人で巫女服に着替えて舞台にあがる。

「お待たせ」

「お待たせいたしました」

 祭りの時とは違い、早耶香と克彦も舞台にあがって座っている。

「近くで見ると、またキレイやね」

「ああ……キレイだ……」

「ありがとう、テッシー、サヤチン」

「………」

 もう声色だけで早耶香は察するようになったので、もともと克彦と隣り合って座っていた位置から、さらに10センチ、克彦に近づいて座り直した。一葉が雅楽を奏で始めてくれたので、巫女二人が舞う。

「おお……」

「キレイやね……」

「ああ、特等席で見られてラッキーだぜ」

 舞いが終わると拍手して、早耶香が問う。

「でも、急に練習を見てほしいなんて、どうしたん?」

 四葉が答える。

「うん、それがさ。第二の思春期みたいで、また口噛み酒を造るのがイヤだって言い出したから、慣れさせるために二人に来てもらったの」

「第三次性徴じゃないんだから……あ~、でも、そのお嬢様モードのときだとイヤかもね。そのモード入ると、きっちり一日続けてるし。ある意味、ホント第三次性徴なのかも」

 女子高生になっても子供っぽかった親友が最近は貴婦人のように変貌することがあるのに慣れてきた早耶香は巫女服を着ている親友を見上げた。

「……」

 そっと上品かつ、さりげなく三葉の瞳がそらされて早耶香との衝突を避けるようにしている。そのけなげさが、また克彦の気を引こうとしているようで早耶香はベーネミュンデのように睨んだ。

「さ、次の実演やるよ」

 そう言って四葉が三宝に電子ジャーから白米を盛ると、三葉の身体が硬くこわばる。四葉は平然と告げる。

「やっぱり、ちゃんと口噛みの練習もしようね、お姉様」

「………はい…」

「さ、私から、やって見せるね」

 四葉が舞いの最終形をとり、おごそかに白米を摘みあげると口に含み、酒枡に吐き出してみせた。

「はい、今度はお姉様の番」

「………はい…」

 震える三葉の手が白米を摘みあげると、唇に運ぶ。

「……………」

 そっと酒枡を持つと、手で隠しながら吐いた。その表情が、いつもより儚げなので克彦が見惚れる。しかも距離が近い。やり終わると三葉の両手が顔を隠した。

「お姉様、恥ずかしがってやると余計に見栄えが悪いよ。きちっと所作通りにやって」

「…はい……すみません…」

 泣きそうになりながら返事をして、また実演する。やはり動作は身体が覚えていてくれるけれど、その動作を拒否する感覚もあるようで、うまくいかない。何度も実演させられ、いちいち克彦が見惚れるのが早耶香は腹立たしくなってきたので7度目の実演の最中に聞こえるように言った。

「やっぱり、人前でやることじゃないよね。女子として」

「っ…」

 ビクンと三葉の肩が震え、白濁液を吐き出せなくなって顔を隠して泣き出した。

「サヤチンさん……ひどいよ。せっかくイヤイヤでも頑張ってたのに」

「ごめん、つい」

「慣れさせる練習だったのに。今日は、もう限界かな」

 四葉がタメ息をついて、早耶香を呼ぶ。

「ちょっと、こっち来て。サヤチンさん」

「私だけ?」

「そうそう」

 そう言って四葉は早耶香と、どこかへ行ってしまった。一葉も和楽器をもって倉庫へ行くと、克彦と二人きりになった。

「そんなに泣くなよ。キレイだったぞ」

「…………本当に、そう感じてくださいますか?」

「ああ」

「………………」

 泣きやんだけれど、かなり疲れた表情でうつむいている。克彦は抱きしめて慰めたいと想ったけれど、早耶香が戻ってきた。

「もう戻ってきたのか」

「……。もう戻ってきたよ!」

「四葉ちゃんからの用事、何だったんだ?」

「少し二人きりにさせて慰める時間だって! あの子、ホントに小学4年生なのかな? しっかりしすぎ!」

 四葉が平服に着替えて戻ってきた。

「お姉様、もう今日は終わりでいいよ。あとは、のんびり過ごして」

「……はい……ありがとうございます……あの、テッシー、……サヤチン…お茶でもいかがですか?」

「おう、サンキュー」

「それ、明らかに私をついでというか、しょうがないから誘ったよね? 社交辞令的に」

「いえ、とんでもないことです。どうぞ、ゆっくりしていってください。私は着替えて参りますので少し失礼いたします」

 しずしずと巫女服で歩き去っていく姿を克彦が見惚れる。

「……」

「私も巫女服……着てみたら似合うかな……」

「サヤチンさんも着てみる?」

「いいの?」

「いいよ」

「でも、神聖な物なんじゃないの?」

「別にサヤチンさんが穢らわしい者じゃないから大丈夫だよ」

「クスっ…くく!」

「そこで笑うな!!」

 克彦に笑われて怒った。そして着て見せてやりたい気持ちが湧く。

「着てみる! お願いします!」

「うん、じゃあ、こっち来て」

 克彦を舞台に残して四葉と早耶香も家に戻る。居間へ入ると、目隠しして着替えている三葉の姿を見て、早耶香が疑問に思う。

「ああいう風にして着替える決まりなの?」

「う~ん……第三次性徴みたいな感じでね、最近ちょっと自分の裸を見るのも恥ずかしい日もあるんだって」

「………それ、やばくない? そういえば体育のとき女子トイレに入ってきて着替えてるよね。まるで他の女子の着替えを見ないようにしてるみたいに」

「「………」」

 四葉が話題をそらすために脱ぎ終わった巫女服を拾い上げた。

「サヤチンさん、服を脱いで。着付けしてあげるから」

「あ、うん、ありがとう」

 女子しかいないので早耶香は下着姿になった。

「これでいい?」

「ううん、完全な裸になって。それから軽くでいいし、水のシャワーを浴びてきて」

「あ、禊ぎかぁ。……まあ、着てみたいし、シャワーお借りするね」

 そう言って早耶香は全裸になると宮水家の浴室で冷たいシャワーを浴びて戻ってきた。そうして四葉に巫女服を着付けしてもらう。

「はい、終了」

「意外と重いね……」

「よく似合ってるよ」

「よくお似合いですわ。サヤチン」

 キルヒアイスは早耶香の着替えが終わってから目隠しをとり、一目見て賞賛している。

「ホントに?」

「はい」

「ありがとう。でも、この巫女服って露出は少ないけど、きわどい構造だよね。和服だから胸元が開くのは予想してたけど、腋から脇腹までも縫製されてるわけじゃないから、着乱れると開きそうだし。下半身の袴もズボンみたいに閉じてるのかと思ったら、ロングスカートの前後にスリットを股間まで入れたみたいに無防備だから、姿勢によっては危ういし。しかも、下着なしだからヘタしたら丸見え」

「…………」

 三葉の瞳が困惑気味に伏せられ、四葉が説明する。

「昔の人の知恵と技術的な限界じゃないかな。腋のところが開いてるのは赤ちゃんに母乳をあげるとき便利らしいよ。だから女性の和服に共通するみたい。あと股間が開いてるのも、しゃがむとそのままトイレできるし。昔は授乳室とか、囲われたトイレが無かったから、服を脱がないでできるのが大切だったんじゃないのかな」

「なるほどぉ、そういえば今でも小川にトイレだった名残の桟橋があるね。あんな丸見えのところで服は脱げないけど、しゃがむだけならギリギリかな。でも、テッシーが言ってたけど、この町って分水嶺にあたるから、太平洋側にも日本海側にも私たちが使った水が流れていくらしいね」

「そうらしいね。………」

 四葉は少し考え込む。その様子に二人が問う。

「どうしたの、四葉ちゃん?」

「どうかされましたか、四葉」

「実はね、夏祭りは平年通りでいいんだけど、今度の秋祭りは特別らしいの」

「……」

「特別って?」

「1200年前の宮水三葉が残した予言というか、頼みみたいなものがあるらしいの」

「え? 三葉ちゃんが1200年前に? って、どういうこと?」

「あ、言ってなかったね。宮水家は、一葉、二葉、三葉、四葉、五葉、中略、十二葉までの名を女系で代々襲名するから、12代で一巡して、また次は一葉になるの。つまり一葉お祖母ちゃんのお母さんは十二葉だったわけ」

「そんな干支みたいな」

「だから、1200年前にも宮水三葉や宮水四葉は居たんだよ。姉妹だったか、母娘だったかで。まあ、西洋的な言い方をするとフリードリヒ4世の前はフリードリヒ3世だったみたいな感じで、今の私は四葉17世くらいじゃないかな」

「あはは♪ ルイ16世みたいだね。それ、どのくらい昔から続いてるの?」

「おそらく2400年前から、その頃に初代の宮水一葉が、この地に降り立ったらしいよ」

「それって日本書紀より古くない?」

「うん、伝承によると日本各地の巫女は、この飛騨地方から拡がったらしいし、記紀にもキクリヒメという名の姫が出ていて、イザナギを説諭したらしいよ。このキクリヒメは、うちの神社だと宮水九葉の何世かってことになってる」

「イザナギを説諭って、すごくない? イザナミ、イザナギが主神だよね、日本の」

「天照大神が主神って見方もあるけど、まあ主要な神様であることは確かだね」

「そんな神様を説諭って、どうやって?」

「それについての詳しい記述は記紀にも、うちの神社にも残ってないかな」

「ふーん…で、1200年前の宮水三葉が残した予言って?」

「今度の秋祭りでティヤマト彗星が来るよね。あの彗星に向かって、あることをするように言い残してるの」

「「あること?」」

 早耶香とキルヒアイスが異口同音に問うたけれど、四葉は答えるのを迷う。

「うーん………ちょっと、まあ、現代の常識では、考えられないというか、たぶん、お姉ちゃんは絶対拒否するようなことだよ」

「もしかして、桶の上で踊りながら裸になれ、みたいな?」

「あ、アメノウズメの伝説も知ってるんだ」

「この巫女服を着てみて思い出したの。そういえば、天照大神を岩戸から呼び出すために踊った巫女はみんなの前で、おっぱい出したり最終的にはアソコが見えるまで服を押し下げたって」

「神がかりして胸乳かきいで、裳紐を、ほとにおし垂れき」

 四葉が暗唱すると、巫女らしい響きがあったけれど、説明は即物的になる。

「裳の紐、つまり腰の紐を、ほとまで押し垂れた。ほとは女性の股間を意味するから、ようするにサヤチンさんの言うとおり、ストリップってことだね」

「巫女って、もっと神聖な存在かと思ってたのに、この話を知ったとき、びっくりしたよ」

「何をもって神聖とするかは色々あるよ。西洋でもオーディンは戦争と死の神様、トールは雷神、死や電気が神聖なのかは、まあ考え方によるよね。さらに、おしっこの神様もいるし」

「えーえ? そんな神様いるの?」

「いるよ。ミツハノメカミ。もろにお姉ちゃんの名前とかぶる。宮水三葉とミツハノメカミは同音。そして1200年前の宮水三葉が今現在の宮水三葉に求めてるのも、ほとばしりと口噛みを星へ向けること」

「ほとばしり?」

「おしっこのこと。つまり、彗星にむかって口噛み酒を垂れながら、おしっこも垂れてね、って予言というか、頼み」

「「…………」」

「これをしないと、死に等しい後悔をする、とあるらしいけど、お姉ちゃんに何年か前にお祖母ちゃんが言ったら、それをするなら死んだ方がマシだって」

 続けて四葉が問う。

「どう? やれそう? もし本番がきたら、その日に」

「………とても、そんなことは………」

「だよね。まあ、ほとばしりはともかく口噛み酒はやらないとね。あ、サヤチンさんもやってみる?」

「遠慮しときます」

「とりあえず、巫女服姿をテッシーくんに見せにいこうか」

「うんっ」

 三人で克彦が待っている舞台に戻った。

「おお……意外と似合ってるな」

「意外とって、どういう意味よ?」

「ははは」

「……。……フフ」

 早耶香は意外と言われつつも、似合っていると誉められて、まだ諦めるのは早いと自分を励ました。

 

 

 

 いよいよ念願だった元帥府をかまえたラインハルトは部下の人事を進めていた。ミッターマイヤーら有能と見込んだ将官を集め、当然にキルヒアイスも配置している。なのに、とても不機嫌な顔だった。本日のキルヒアイスが本人ではなく、三葉なことが原因ではない。

「ちっ……」

 元帥執務室でラインハルトは舌打ちし、憮然とした表情で手にもった書類を睨んでいる。その2枚の書類は軍務尚書エーレンベルク元帥と皇帝フリードリヒ4世からの推薦状だった。三葉がなだめるように言う。

「ラインハルトさんは、ノルデン少将さんのこと嫌いですもんね」

 推薦状にはノルデンをラインハルトの元帥府に推薦する旨が書かれていた。フリードリヒからの推薦状には国璽まで押してある。

「……ちっ…」

 感情のやり場に困っているようでラインハルトは二度目の舌打ちをしている。三葉はそばに寄ると、横から推薦状を眺めつつ、ラインハルトの気が静まるようにと、キルヒアイスの手で金髪の前髪を撫でた。三葉はいつもしてくれていることを、やりかえしてあげる気持ちで、ラインハルトの金髪を指先で弄ぶ。

「まあまあ、そんなに怒らないでください」

「……」

 キルヒアイスの手で、こんなことをされたのは初めてだったけれど、新鮮さと意外さが幾分かラインハルトの怒気を散らしてはくれた。三葉は言い聞かせるように、やや女子っぽく語る。

「私がこの前、ノルデンさんに廊下で会ったとき、ぜひローエングラム元帥の元帥府に入りたいって言ってたから、たぶんエーレンベルク元帥さんと皇帝陛下にお願いしたんじゃないかな。美術品でも献上して。子爵家だし、推薦状くらいなら書いてもらえる立場なんじゃないかな」

「くっ…なぜ、オレの元帥府に望んでもいない者を配属させねばならん?!」

「そりゃあ、制度上は任命権が元帥の専権でありますけど、軍務尚書はともかく皇帝陛下からの推薦状って断っても大丈夫なんですか?」

「…………。過去に例はない。おそらく」

「こんなことで反逆の意志あり、と思われるくらいなら入れるしかないと思いますよ。ノルデンさんを元帥府に」

「わかっている!」

「ほとんどの門閥貴族から嫌われてるのに、子爵家のノルデンさんだけでも、こちらを好きになってくれたなら、いいじゃないですか。嫌われてるより、ずっといいですよ」

「……だんだんキルヒアイスと同じようなことを言うようになってきたな」

「それが任務みたいなので」

「フン」

 鼻を鳴らしているラインハルトのために三葉はフェザーン経由で買った日本茶を淹れる。さすがに茶器まではそろわなかったので紅茶向けのティーカップに緑色の茶が注がれた。すでに何度かラインハルトも三葉のおかげで日本茶を飲んでいるので出されたカップを黙って口にした。少し気分が落ち着く。

「元帥府をかまえれば、オレの目指すとおりの人事が可能になると思っていたものを………それさえ、ままならぬとは……ようやく元帥となったのに……」

「それは、あれですよ。ミュッケンベルガー元帥さんだって、使いたくないけどラインハルトさんを使っていたじゃないですか。えらくなっても立場立場の苦労はあるってことですよ」

「………フロイラインミツハが可愛くなくなってきた」

 ラインハルトの悪態を聞き流して三葉は乾菓子を皿に盛って差し出した。

「これは?」

「オコシという餅米や栗を蒸した後、乾かして炒ったものを水飴と砂糖で固めた御菓子です。クルミとゴマも入っていますよ」

「ふーん……変わった物を取り寄せる」

「元帥府になってから補給部門の対応がぜんぜん変わりましたよ。何でも探してきてくれます」

「では、ぜひノルデンを左遷する口実を探してきてくれ」

 ラインハルトは乾菓子を摘むと食べてみた。クッキーのような味を予想したのに、ずっと軽やかな甘味とクルミと栗、ゴマの風味が口に拡がった。

「ほぉ……美味いな。この緑の茶とも、よく合う」

「よかった。私はノルデン少将さんのこと好きですよ。戦場にいても緊張感がないところとか、なごむし」

「では、キルヒアイスの管轄としよう」

「え? でも、私、少将ですよ? 同格だし、ノルデン少将さんの方が先任なのに? たしか軍隊って同じ階級なら、その階級に一日でも早く任官している人が上って序列じゃなかったですか?」

「よく覚えているな。その通りだ。だが、すぐにお前は中将になるさ」

「そんな簡単にポンポンあがるものですか? こないだまで大佐だったのに」

「これを見ろ」

 ラインハルトがカストロプ領の星系図を三次元モニターに出した。

「この星系で起こっている内乱の鎮圧をキルヒアイスへ勅命がくだるよう根回ししている」

「内乱……ってことは皇帝に逆らってる人がいるんですか?」

「そうだ」

「すごいじゃないですか。神聖不可侵の皇帝に反逆なんて」

「そんな立派なものではない。ただの貴族のバカ息子が起こしたくだらん動乱だ。自動防衛の人工衛星と、たった5000隻の私兵艦隊で帝国が揺らぐものか。すぐに平定され処刑されるだけの愚か者だ」

 説明されつつ、三葉は三次元モニターに表示されている情報を読み取り、すでにアスターテ会戦と時期を同じくして派遣されていたシュムーデ提督の艦隊が全滅していることも知った。

「……平定……さっき、勅命っておっしゃいましたけど、それって私……キルヒアイスさんが総司令官で行くってことですか? ラインハルトさんは来てくれないの?」

「ああ、そうだ。少将として2000隻の艦隊を率いて出陣させる」

「……2000……。恐れながら意見具申の機会をいただきたく存じます!」

 三葉が直立して敬礼しつつ言ったけれど、ラインハルトは面倒そうに応じる。

「もって回った言い方をするな、言いたいことはわかっている」

「わかってるなら、五千へ二千で挑ませるのは、やめてくださいよ。アスターテみたいな芸当、そうそう再演できるとは思えませんよ。都合良く相手が兵力を分散してくれるなんてことも無いのが普通でしょうし」

「フ、艦隊戦の常道を学んだのは、誉めてやる。だが、大丈夫だ。キルヒアイスなら、やれる」

「……私の日に対戦するかもしれませんよ。遭遇戦ってこともありえる」

「それも大丈夫だ。フロイラインミツハがキルヒアイスでいるのは週に1度ほど、キルヒアイスなら、なんとかする」

「………きっとね、そういう時に限って私になるんだよ……。だいたい、戦利にかなってませんよ。5対2なだけでも圧倒的に不利なのに、地の利だって相手領地内だから、こっちに無いし。先発したシュムーデ提督の艦隊はアルテミスの首飾りにやられてるわけで、この衛星群の存在を艦隊数に置き換えて3000隻と見積もれば、もう8対2ですよ」

「………」

「そもそも、私たちの元帥府にある艦隊の全部で行けば楽勝なのに、わざわざ戦力を小出しするなんて愚の骨頂じゃないですか。私に教えてくれたことの基本とぜんぜん違う!」

「………ふぅ…まあ、フロイラインミツハの言は基本的に正しい」

 やや苛立ったけれどラインハルトは自制して、日本茶を飲んでから三葉に語る。

「基本的には正しいが、今回も作戦がある」

「どんな?」

「それはキルヒアイスが考えている。あいつが大丈夫だと言うからには絶対に大丈夫だ」

「………絶対なんて……敵将の中に、すぐれた人が今回もいるかも…」

「私兵艦隊に、そんなものはいない。情報によれば、艦隊司令はバカ息子の妹だそうだ。羊の群れを羊が率いているに、すぎん」

「…妹が弱いとは限らないし……うちの四葉なんか、私より優秀で…」

「地の利も帝国領内であるから同等だ」

「……航路図はあるかもしれないけど、相手の庭先で……こちらが掴んでいない星系内の地理情報をいっぱい持ってるわけで……しかも、シュムーデ提督は衛星のことを知らなかったから全滅したわけで……他にも秘密兵器があるかも…」

「ぐっ…」

 かなりラインハルトは苛立った。それでも相手がフロイラインなので我慢する。ラインハルトが黙って我慢していると、三葉が言い募る。

「二千で行けなんて言わずに、みんなで行きましょうよ。せっかく元帥府になって大艦隊のトップになったんですよ。ここは余裕の完勝を決めるのがラインハルトさんらしいですって」

「ふぅ…わかった、わかった。たしかにフロイラインミツハの言う通りだ。だが、より大きな狙いもあるのだ」

「狙いって?」

「今回の出征をキルヒアイスが単独で成し得れば、元帥府内での地位は確固たるものになる。少将から中将というだけでなく、我が元帥府内でのナンバー2ということを内外に知らしめる効果もあるのだ。そういう力関係は女性にはわかるまい。だから、たしかに艦隊数の上で戦理にかなう作戦といえないのは十分、オレもキルヒアイスもわかっている。わかっている上でキルヒアイスが勝算を立てているのだから、行かせるのだ」

「…………」

 女性にはわかるまい、と言われて三葉が黙り、そして決定権が自分に無いことは知っているし、これ以上の反論をするとラインハルトが怒り出す気配も感じている。それでも不安そうな表情になっているキルヒアイスの顔を見ると、男らしく無くて情けないのと、フロイラインに対して申し訳ないので、ラインハルトは努力して優しい譲歩をする。

「キルヒアイスはオレにも作戦の細部を黙っているが、わずか2000隻の艦隊に工作艦を大量に編入している。ゼッフル粒子を最大限に搭載して」

「……ゼッフル粒子を…」

「キルヒアイスはオレの影にいてくれて、あまり目立ってこなかったが、ことゼッフル粒子や機雷、爆破作戦においては銀河一と言っても過言でないくらいの名人技をもっている。だから、そのキルヒアイスが勝算を立てているのだ、安心して行ってくれ」

「…………」

 まだ不安そうなのでラインハルトはキルヒアイスの肩を撫でてから軽く叩いた。そして軍人人生として、ありえないほど優しい提案を努力してつくった。

「もしも、形勢が不利になったときは撤退も選択肢に入れてかまわない。周囲の将校に意見を訊いて、撤退が大半を占めるようなら撤退していい。だから、行ってくれ」

「…………はい」

 かなり不安ながらも三葉は敬礼した。やっと説得が終わってラインハルトも安堵する。

「ふぅ…。では、これから、その根回しのために政務補佐官のワイツに会うから、ついてきてくれ。今のような自信のなさそうな顔はするなよ。堂々としていろ」

「…はい。……質問いいですか?」

「ああ」

「根回しって、具体的に何をされるんですか?」

「すでにリヒテンラーデにはキルヒアイスへ勅命が下るよう依頼してあるが、いい顔をしていないのだ。ゆえに、ヤツの政務補佐官であるワイツに金品を送って、動いてもらう。そういうことだ」

 そう言ったラインハルトと郊外へ地上車で移動すると、待っていたワイツを乗せ、移動しながら会話する。社交辞令的な挨拶が終わると、三葉は渡すように言われていた金品をワイツに差し出した。

「「……」」

 お互い無言で受け渡しが終わると、ラインハルトが依頼する。

「国務尚書におかれては、いい顔をされていないそうだが、こう言ってくれ。キルヒアイス少将は私の腹心中の腹心だ。討伐に成功したときは褒賞を与えて恩を売ればいい。さすれば後日、何かと益になる。また失敗したら、それは推挙した私の責任。改めて私へ討伐を命じればすむことだし、部下が失敗したとなれば、私も功を誇ってばかりとはいかぬ、と」

「わかりました。とはいえ…」

 ワイツがちらりと三葉を見てくる。

「この赤毛の少将殿に、わずか2000隻の艦隊で可能なものでしょうか?」

「キルヒアイスなら、やってくれる。な?」

「はっ、必ずご期待にそいます!」

 背筋を伸ばして敬礼することは身体が覚えていてくれるし、少しでもアンネローゼを救い出すことの手助けになるのなら、とも思うけれど、やはり不安は大きい。そもそも軍人たちだけでなく国務尚書ら文官たちでさえ2000隻で出立することに懐疑的であり、わざわざワイロを渡してまで進めることなのか、キルヒアイスの栄達を図るにしても、もう少し地道な方がいいのではないか、せめて相手を上回る6000隻の艦艇が欲しかった。それが無理でも500隻でも1000隻でも味方は多い方がいいと考えた三葉はワイツをおろしてからラインハルトに訊く。

「さっきノルデンさんを私の管轄にするって言ってましたよね」

「ん? ああ、言ったな」

「今回の作戦にノルデンさんを戦闘技術顧問として連れて行っていいですか?」

「戦闘技術顧問? ああ、あの、先の内乱鎮定で貴族どもが指揮を執るのでは、おぼつかないからミッターマイヤーやロイエンタールをつけていたあれか。いや、しかし、すでにフロイラインミツハの知識も、戦略シミュレーションの成績も、とうにノルデンなど凌駕しているだろう。まったく不要だと思うが」

「机上の成績ではそうかもしれませんけど、単に私の心の問題です。ラインハルトさんがいないってことは、顔見知りがぜんぜんいないってことになって変に緊張しちゃいそうですから。誰と何を話していいか困るから」

「心の………オレなどは、あやつがいるとイライラするだけで、むしろ邪魔だが……そういえば、フロイラインミツハは楽しそうに会話しているときもあったな」

「なごむんですよ。いい感じに」

「そうか。まあ、それならオレは、かまわないが……一応、戦闘技術顧問というのは司令官の下に組み込まれるものだ。さきほどフロイラインミツハが言ったように軍の序列でいうと、同じ少将でも先任はノルデンだから、キルヒアイスの下風に立つことを、あの子爵家の嫡男が承知するか……」

「ラインハルトさんの元帥府に入る前の研修ってことにして、作戦が失敗しても責任を問われない立場で気楽に見学に来てくださいってことで、どうでしょう?」

「………武人として、どうかと思うが……あやつなら……。では、そのような話でフロイラインミツハがノルデンに打診してみて、あやつが素直に受け入れるなら連れて行くがいい。プライドが許さぬという顔をするなら、むしろ指揮系統を混乱させる危険があるので連れて行くな。ということで、どうだ?」

「はい、わかりました」

 話が決まったので三葉はラインハルトと別れ、子爵家へ訪問する連絡をしてからワイン専門店に立ち寄り、高価なワインを買ってノルデンへの手土産とした。

「こんばんは。遅くに、すみません」

「おお♪ キルヒアイス少将、わざわざのご訪問、歓迎いたしますぞ」

 夕食の時間帯を少し過ぎているので、ノルデンは軽く飲酒したような顔色で三葉を歓迎してくれた。

「いきなり、すみません」

「いやいや、ご夕食は、お済みかな?」

「どうぞ、お構いなく」

「まあ、そう言わず、お済みでなければ用意させましょう。お客人を空腹で帰したとあっては子爵家のプライドにかかわりますからな。ははは」

 ノルデンが使用人に夕食を用意させ、三葉は執事へ手土産だったワインを渡した。贈る相手が子爵家なので、それなりに高いワインをキルヒアイスの財布から買っていて、それもノルデンを喜ばせた。なごやかに夕食をいただき、ノルデンも本題を待っていてくれるので語る。

「ノルデン少将さんのローエングラム元帥府への配属の件ですが、正式な配属の前に少し研修というか、見学していただきたいな、とラインハルトさんと話していたんですよ」

「ほぉ、研修と」

「それで、ちょうど私へ次に下る命令で、はじめて艦隊指揮を執らないといけないことになりそうで。正直、不安でノルデンさんが戦闘技術顧問として、ついてきてくれると嬉しいなって」

「戦闘技術顧問ですか…」

「それは名目だけで、作戦が失敗しても責任を取るのは私です。実質、ノルデン少将さんには、私が落ち着いて指揮を執れるよう話し相手になっていただければ、なんて思っていたりします。お願いできませんか?」

「そういうことなら、喜んで引き受けましょう」

「ありがとうございます」

「さあ、そろそろ、いただいたワインも冷えた頃合いでしょう。いっしょに、いただきましょう」

「はい」

 かなり高かったワインが、どういう味なのか興味があったので嬉しかった。ノルデンと三葉は乾杯して、アスターテ会戦の快勝を肴に盛り上がった。

「ローエングラム元帥は、向かうところ敵なしですな」

「そうですね。でも、同盟軍のあの二人と最初から対峙していたら、どうだったのかなぁ」

「あの二人とは?」

「ヤンさんとホーランドさんですよ」

「ああ、あの。ヤンの手並みは知りませんが、ティアマトでのホーランド艦隊の動きは見事でしたからな」

「たとえば、あの二人と同数の艦隊で衝突したら、ラインハルトさんは、どう戦うのかなって」

「うむ。さながらアメーバのような動きをしたホーランド艦隊、あの動きはミュッケンベルガー元帥の艦隊を翻弄していましたからな。エネルギー消耗が早いとはいえ、一気呵成に攻める様は見習うべきところがありそうですな」

「はい、確かに」

 ウィレム・ホーランドは過去ばかりでなく同時代にも知己を得たけれど、いずれにせよ本人の知るところではなかった。

 

 

 

 キルヒアイスはラインハルトの部屋で、いっしょにワインを飲んでいる状況を認識した。

「はぁ……」

「タメ息をついて、どうした?」

「すぐにブラスターを抜かなくていい状況のようで安心したのです。ワインにも何も入っていない」

「あのときは、すまなかった。オレの不覚でもある」

 そう言ってラインハルトはルビンスカヤらに謀られたときのことを詫び、キルヒアイスのグラスにワインを注いだ。三葉がノルデンとの会談を終え、帰ってきてラインハルトと飲み直している状況だった。キルヒアイスは今日の予定が、どう終了したのか、手紙が無かったのでラインハルトに問う。

「ワイツ政務補佐官との会談は、どうでした?」

「予定通りだ」

「にしては、ご機嫌が悪そうですね」

「ああ、悪いさ!」

 そう言ってラインハルトは2枚の推薦状を親友に見せた。

「これは………」

 目を通して、なだめるように言う。

「嫌われているより、よいでしょう」

「やはり、そう言うのか……。………お前の管轄にしたからな。フロイラインミツハは、あの子爵家の嫡男が気に入ったようだ。女の考えることはわからん!」

「単に相性の問題かと思いますよ。ごく平凡な女学生でしたから、ごく平凡な貴族の息子と、ごく平凡な会話をするのが落ち着くのでしょう」

「すると、彼女はノルデンに恋をしているのか?」

「それは無いと思います。前にも言いましたが、おそらく彼女は、この身体にいるときは女性を異性と感じてしまうでしょう。ですから、もし誰かを好きになるとすれば、それは女性であるはずです」

「ほお、では、お前は向こうで男を好きになるのか?」

「……可能性としては。ですから、ノルデン少将のことはラインハルト様と私のような男友達という感覚で接しておられるのでしょう。とくに、彼女にとっての初陣をともにしたということもありますし。こちらにいるときラインハルト様以外の親しい人間がいるのも、悪いことではないでしょう」

「まあ、そうかもしれんな」

 ラインハルトはワインを飲み、そして問う。

「カストロプの件、策はどうだ? もし、当日にフロイラインミツハだとしても」

「勝算はあります」

「わかった。任せよう」

 まだキルヒアイスとは乾杯していなかったので、ラインハルトは優雅にグラスをかかげた。二人で杯を干すと、遅い時刻なのにフーバー夫人が部屋のドアをノックしてきた。キルヒアイスがドアを開けるとフーバー夫人は届け物の木箱を持っていた。

「これは?」

「あらあら、ご自分で頼んでおいて、お忘れですか? 夕方、ワイン屋さんから伝言つきで届きましたよ。12時5分に部屋へ持ってきてほしい、と」

「あ…そうですか、すっかり忘れていました、すみません」

 一瞬でキルヒアイスは三葉が何か買ったのだと察して受け取る。フーバー夫人に謝辞を述べて休んでもらい、木箱を開けてみた。中にはワインボトルが2本と三葉からのドイツ語による手紙が入っていた。ラインハルトも興味をもって見てくる。

 

二人へ

 ワイン専門店で日本酒を見つけたので、思わず買ってしまいました。

 お米から造るワインと同じくらいのアルコール度数のお酒です。2本買ったので1本は二人で、どうぞ。もう1本は次に私とラインハルトさんで飲みましょう。

 で、お願いなんですけど、せめて、あと500隻、できれば、もっと、派遣艦隊数を増やせませんか。少将級の麾下に入る艦艇数が2000隻程度なのはわかっていますが、ノルデンさんにも顧問参加を頼みますし、ちょっとオーバーしても少将2名なんだから、通るかと思います。

 お願いします。

 

 読み終えたキルヒアイスとラインハルトが失笑する。

「「クスっ…」」

 笑った後にラインハルトが日本酒の入ったワインボトルを眺めつつ言う。

「フロイラインミツハめ、なかなかの策士だ」

「私たちが同時に手紙を目にするようにしていますね」

「そうなれば願いを無下にすまい、という読みだな。まあいい。オレとしてはフロイラインを安心させるためなら500隻程度の増派に異存はないが、キルヒアイスの作戦上はどうだ? かえって邪魔になるか?」

「いえ、工作艦の編成率が高かったので、砲艦や高速巡洋艦を加えることができれば艦隊編成のバランスが整い、ありがたいことは確かです」

「では、そうしよう」

 そう決めて二人は日本酒を味わった。

 

 

 

 三葉は、ほろ酔い気分からシラフに戻って少し淋しかった。

「……お酒は二十歳から……か……」

 まだ未成年なので呑めない。ちょっと興味が湧いてきて、台所にある日本酒を呑んでみたいとも思うけれど、もしも一葉に見つかったとき、どんな折檻を受けるか、とても恐ろしいので自重する。

「お姉ちゃん、今日は、どうだった?」

 四葉が部屋にいて訊いてくる。

「次の作戦で私というかキルヒアイスが総司令官の艦隊で戦うことになるかも」

「それは責任重大だね。その日が、お姉ちゃんでないといいけど……」

 四葉の懸念に三葉が激しく頷く。

「そういう日に限って私になりそうだよね?!」

「うん。………大丈夫、お姉ちゃん?」

「はぁぁ…なんとか、頑張るよ。あ、あの子たちからラインが入ってる」

 三葉は会話しながらスマフォをチェックしていてメッセージに気づいた。雨降って地固まるで襲撃してきた二人の女子とも仲が良くなっている。

「ねぇ、四葉。これ、どう思う? 修学旅行中、東京で夕ご飯、おごってくれるって」

 三葉は妹にスマフォを見せて経緯も話した。

「いいんじゃない。ごちそうになれば。お土産代が食事代になるって、ようするにお小遣いで食事してってことでしょ。一食浮けば助かるよ?」

「そうだけど、あの子の家、貧乏貴族…じゃなくて、貧乏だって。無理してないかな」

「けど、おごってくれるレストランは親戚がやってるイタリアンの店で、その子たちもタダだから招待してるって書いてあるし遠慮しなくていいんじゃない?」

「うん……そうなんだけど……話がデキすぎてるというか……なにかの罠なんじゃないかと……」

「罠って、そんな宮廷闘争じゃあるまいし。女子高生が仲直りと今後の友好のために、いい感じに親戚の店を利用しようとしてるだけだと思うよ」

「そ、そうだよね。なんか向こうにいると根回しとか、駆け引き、策略、いろいろあって疑り深くなっちゃってるのかも。普通に考えて、仲直りのディナーだよね。うん、行こう。ごちそうになります、と」

 三葉は帝国軍少将から女子高生の気分に戻って、笑顔のスタンプつきで返信した。それから入浴する。四葉と二人で裸になり、風呂場に入ると尿意を覚えた。三葉は排水溝のそばに立ち、シャワーで流しながら、おしっこする。

「………はぁぁ…」

 気持ちよさそうなタメ息をつく実姉に四葉が苦言を呈する。

「お姉ちゃん、行儀が悪いよ」

「テヘへ…つい…」

「ミツハノメカミ」

「その名で呼ばないで。おしっこの化身とか、ひどい神話だよね」

 三葉は身体を洗い、腋も剃ってから湯船に浸かった。

「はぁぁ………疲れた。目を閉じると寝そう……」

 そう言いつつ寝かけているので四葉が手を引いて風呂を揚がり、身体も拭いてやった。

「ありがとぉ…四葉……なんか、私の身体、すごい疲れてるんだけど、今日、なにした?」

「お祭りの練習」

「どぉりで……クタクタなわけ………」

 部屋に戻った三葉は裸のまま布団に潜り込むと、すぐに眠った。朝になり悲鳴をあげる。

「なんで?! どうして、私は裸なの?! まさかキルヒアイスが私に何かしたの?!」

 悲鳴を聴いた四葉が実に面倒そうに語る。

「お姉ちゃんは自分で裸で寝たよ。お風呂に入った記憶ある?」

「あるような……夢だったような……」

「早くしないと遅刻するよ」

 言われて急いで登校する。ぼんやりと授業を受け、おしっこがしたくなって休み時間に女子トイレに入ると、仲が良くなった二人の女子がいて三葉へ声をかけてくる。

「宮水さん、いっしょにアルバイトしてよ」

「お願い、修学旅行のお小遣いが欲しいの」

「アルバイトかぁ……でも、この町って、高校生にできるアルバイトなんてあった? コンビニも、おばちゃんたちで固定なのに。しかも、修学旅行、すぐだよ?」

「ごく簡単なバイトで、即日1万円」

「でも、私たち3人でやることが条件なの、お願い! ね!」

「いいけど、どんな?」

「今から、おしっこを漏らすまで我慢し続けるの」

「それだけ。それだけで合計3万円。男子たちが払ってくれるよ」

「……ヤダ」

 三葉はスッと個室へ入ろうとしたのに女子二人が左右の手首を握って懇願してくる。

「私たちには、こういう稼ぎ方しかできないんだよ」

「宮水さんなら、私たちの気持ちわかってくれるよね?」

「………そんなこと……言われても……」

「もちろん、男子たちには指1本、触らせないから」

「見せるだけ。おしっこ漏らすところを見せるだけで私たちに3万円くれるの」

「………男子って、あのときの3人?」

「「うん」」

「……あの3人は私たちが漏らすとこ、見たのに……」

「だから、もう一回、見たいって」

「お願い、でないと私たち、お小遣い無しで修学旅行に参加なの」

「……………だからって、なんで私まで……」

「宮水さんは私たちより、ずっと美人じゃん」

「そうそう。男子の気持ち、わかるよ。宮水さん、可愛いもん」

「………そんな風に言われても……」

「お願い! お金がないの!」

「お願いします! どうか、私たち貧民にチャンスを!」

「……そりゃ助けてあげたいけど………」

 この二人とは仲を修繕中で、しかも修学旅行中にはレストランで奢ってもらう予定もあるし、何より家庭の貧困で苦労している話は聴いている。お小遣い無しで修学旅行というのが、みじめだというのもわかる。三葉は逆に問うてみる。

「でも、払ってくれる男子たちは、そのお金、どうやって手に入れたの?」

「あいつら、とび職のバイトやるし」

「男は夜間の土方とか、年齢的に違法らしいけど、やってるよ」

「……そんな頑張った大切なお金を………」

「私たちには頑張るバイトもないの」

「こんな田舎じゃ、どうしようもないの」

「……新聞配達とか……」

「町の人口を考えてよ。部数が少なくて、販売店の家族だけでやってるよ」

「もう修学旅行まで時間がないの。一日で即手渡しの1万円、どうか、お願い」

「…………」

「「お願いします!」」

「……………漏らすまで我慢って………せめて学校はヤダ……誰も見てない場所。あの三人しか見ないようなところ…………なら、………これっっきり……なら……すごくイヤだけど………あなたたちの貧しさを知らなかった私も……勉強すべきだし……」

「ありがとう! 超ありがとう!」

「さすが、宮水さん! 神様仏様、三葉大明神だよ! ありがとう!」

「私は神様じゃないから……」

 三葉は用を済ますこと無く女子トイレから教室に戻った。授業を受けるけれど、下腹部が落ち着かない。まだ、おもらしするほどではないもののトイレに行きたいのに意図的に行かないのは、かなりストレスだった。

「…ふぅ…」

 お昼休みになり尿意が強いまま、お弁当を食べているとタメ息が漏れる。落ち着かない様子で何度も三葉が座り直すので早耶香が問う。

「三葉ちゃん、もしかしてトイレを我慢してるの? 今日はお嬢様モードじゃないのに、トイレに行ってないよね」

「…うん……まあ…ちょっと、そういう気分で…」

 そっか……私……いつもキルヒアイスに我慢させて……あいつ、ちゃんと朝夕の2回を家で済ませてくれて学校の女子トイレには入ってないんだ……その気になれば、女子更衣室だって覗けるのに、けっこう立派な男子………入れ替わったのがキルヒアイスでよかった……エッチな人だったら、何をされたか……、と三葉は尿意に耐えながら、途切れ途切れに思考する。五時間目が終わると、もう学校で失禁したら、どうしようかと想うほど膀胱がつらい。

「ふぅ……ぅぅ…」

「宮水さん、あとちょっと頑張ろうね…ぅぅ…」

「宮水大明神、よろしくお願いね…ぅぅ…」

 女子二人も午前中から我慢し続けているので、限界が近い顔色をしている。三人とも高校生にもなって、学校でのおもらしという事態は絶対に避けたい。六時間目をひたすらに耐え、やっと放課後になった。学校から出ると、もう道端で漏らしてしまいそうなほど、おしっこがしたくて三人とも内股になっている。

「…ハァ…ふぅ…ぅぅ…」

「宮水、お前って、やっぱり可愛いな」

 三葉と対決した空手有段の男子が言ってくれるけれど、まったく嬉しくない。他二名の男子も性的好奇心をもって三葉たち女子三人を見てくる。片方の女子が、おしっこを我慢しながら男子に要求する。

「どうせ、もう私たち、おもらし決定なんだし、先払いしてよ…ぅぅ…」

「しっかりしてるぜ。ほらよ」

 一万円ずつ女子に支払ってくれた。

「オレんちの道場に来いよ。他人に見られないぞ。今日は練習無いし、オヤジも山奥の現場だから」

「「「………」」」

 三葉たち三人の女子は目配せし合い、女子らしい警戒心で拒否する。

「やーよ。どっか物陰でいいから」

「連れ込んで変なことする気でしょ」

 二人に続いて三葉も言う。

「そっちが用意した場所は不安だし。変なことする気なら、抵抗するから。今は漏れそうで動けないけど、漏らしたら動けるんだからね。ぅぅ…」

 三葉は片手を股間に入れてギュッと押さえた。そうしないと失禁しそうなほど尿意が強い。他の女子も同じポーズになった。

「ははは、じゃあ、どうする、ここで漏らすか?」

「「「………」」」

 まだ学校に近い場所なので生徒たちが多い。早耶香と克彦が心配して声をかけてくれたけれど、笑顔をつくって帰ってもらい、三葉は男子たちに提案する。

「うちの神社の………分祀されてる一社に来て……そこなら朝の掃除当番以外、誰も来ないはずだから」

「ああ、いいぜ。けど、分祀って、いっぱいあるよな。そのうちの、どこ?」

「ついてきて…ぅぅ…」

 三葉は尿意に耐えつつ湖の畔にある小さな神社へ五人を案内した。社名が美津波神社となっている。

「ここって、お前と同じ名前だよな……なにか意味あるのか?」

「……ここは歴代の宮水三葉と記紀神話のミツハノメカミを合祀してる神社なの」

「ふーん……そういえば、お前んち、歴代で順番に名前を使ってるらしいな」

「ぅぅ……もう漏れそう。こっちに入って。ここなら誰も来ないし」

 三葉は神社の奥に入っていく。一般的に見て立入禁止の区域に見えたので五人は戸惑った。

「おい、いいのか? こんなとこで漏らす気か?」

「そうよ、ここって神聖な場所なんじゃないの?」

「ねぇ、バチ当たらないの?」

「大丈夫………ぅぅ……言いたくないけど、ここの神様は、おしっこの化身だから、おしっこに関してはお怒りにならないから…ハァ…ハァ…」

 もう限界が近い三葉は、よろめきながら大岩に手をついた。どことなく女性器の形に似た大岩で、その奥から清水が湧いている。

「ああぁ……もう無理…」

「私も!」

「うん、私も…」

 ずっと耐えていた三人の女子が同時に限界を迎えて、下着を濡らしていく。

「はぁ…ぁあぁっ…んぅ…」

「ぅくっンぅ…」

「あうあうあうぅうう…」

 三人とも喘ぎ声とともに、おしっこを漏らしていき、スカートから小さな滝がキラキラと落ちる。その光景に男子たちは見惚れた。

「おおっ♪」

「可愛いな♪」

「そそるぜ♪」

 男子たちはアメノウズメが脱いで見せたときの男神たちのように盛り上がっている。

「……ハァ……ぐすっ……これでいい?」

「…ハァ……こんなの見て、…何が楽しいんだか……ぐすっ…」

「…ぐすっ……男ってバカばっかり……」

 女子は三人とも涙目で鼻を啜っている。泣くと余計にみじめになるのがわかっていて涙を耐えていた。三人が漏らした小水は合流して水たまりとなり、さらに湧き水とも合流して湖へと流れている。

「ねぇ、宮水さん、本当に神社の奥で、おしっこなんかして大丈夫だったの?」

「バチ当たらないの?」

 二人の女子がポケットティッシュで足を拭きながら問う。三葉も生温かく濡れた足を拭きつつ答える。

「ミツハノメカミはイザナミのおしっこから生まれた神様だし、宮水三葉もおしっこを司るの……認めたくないけど」

「あ、オレ、爺さんから聞いたことあるぞ。宮水家の一番が唾液だよな? あと、おっぱいとか、いろいろあるんだろ? 四葉ちゃんは何だ?」

「四葉は右目の涙だよ。……私も涙とかだったらよかったのに」

「へぇ……他に何があるんだ? 何人いて?」

「一葉から十二葉」

 三葉が言いたくなさそうに言った。当然、説明を乞われる。

「じゃあ、一葉が唾液なのか?」

「うん」

「他は、どうなるんだ? 順番に」

「………一葉がツハキ、唾汁を司るよ。二葉が右おっぱいの乳汁」

「右限定なのか。左は?」

「左おっぱいの乳汁は十葉が司るはず」

「で、三葉はおしっこか?」

「………ただの伝承だよ……」

「四葉ちゃんが涙って、可愛いな」

「……………」

「五葉は?」

「右の腋の汗だよ」

「微妙だな。六葉は?」

「額の汗」

「努力の神様って感じだな。七葉は?」

「左の腋の汗」

「八葉は?」

「左目の涙」

「また涙か。そうやって左右を埋めるのか、じゃあ九葉は?」

「……ねんごろの汁……」

「なんだ、それ?」

「………よく知らないけど、……女の子の身体からエッチな気分のとき出る汁だって……たぶん……よく知らないけど…」

 三葉が恥ずかしそうに顔を真っ赤にして言うので男子たちも軽く興奮した。

「で、十葉は左おっぱいだよな。十一葉はなんだ?」

「羊水」

「ヨウスイって何だっけ? 聴いたことある気がするけど」

「………」

 また三葉が恥ずかしそうにして黙ると他の女子が援護してくれる。

「バカね、羊水くらい覚えておきなさい。赤ちゃんを子宮の中で守る液体のことよ」

「ああ、あれか。で、ラストの十二葉は?」

「……………月経の……血…」

「血かぁ……。それにしても、全部が液体なんだな。まあ、宮水って名だしな。十二宮からの汁って感じか」

「聖水12人衆か。ぎゃははは」

「バカっ!」

 女子の一人が男子に蹴りを入れてくれている。三葉はスカートが生乾きになってきたので帰宅したくなった。これ以上、今の雰囲気の男子たちと居たくない。それは二人の女子も同感だったようで解散となり、三葉は一人で町唯一のコンビニに入った。

「はぁぁ……疲れた、ひどい一日だった」

 とても喉が渇いているので清涼飲料を手に取った。お会計しようとして予期せず入手した一万円札を視認する。

「…………」

 少し考え、その一万円札はレジ横の募金箱に入れ落とした。

 

 


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