1-1 本編
「無い、シミ跡なんて見えない!」
平八宅の蔵の一角で、ヒカルは一人立ちすくむ。
「いや、佐為はここにいる!単に今のオレには見えないだけだ!」
“今のオレ”が“まだ”なのか“もう”なのか、本音を言えば”まだ”であればいつかは再会(?)できるかもしれないからそうであって欲しいところだが、当然“もう”の可能性も否定は出来ない。
そもそも今世では既に成仏してしまっていてこの碁盤に取り憑いていない、などということには思考が傾かなかった。
「となるとオレの役割は見えるヤツをこの碁盤に引き合わせるってことも含めて考えなきゃな」
いずれにせよ、この場所にあるままならそうした機会も限られてくるだろう。
何とかしてここから持ち出さなければ。
「じーちゃん、蔵の碁盤、あれなんかスゴい謂れでもあるの?」
「どうしたヒカル、来るなり蔵の中見たいと言ったかと思えば……」
「あの碁盤、何だか神聖な雰囲気がパねぇんだよ!」
雰囲気を“ふいんき”と発音したのはワザとなのか天然なのか。
「確かに何やら曰くつきの物だそうじゃが、おそらくは神聖さとは全然違う向きじゃぞ」
平八は、兄より譲り受けた古めかしいながらも立派な碁盤ではあったが、そうであるがゆえにやれ幽霊が取り憑いているだの雨が降るとすすり泣く声が聞こえてくるだのといった怪しげな話をおぼろげな記憶から蘇らせた。
「そんなこと無い!あの碁盤には囲碁の神様が宿ってる!そんな気配がビンビンしてた!」
なおも食い下がってくる様子に若干訝しんだ平八だが、自身の孫がこういうのがきっかけであったとしても囲碁に興味を持ってくれたのであれば同好の先達としてそこはかとない嬉しさを感じるものである。
ともすればニヤけ出したくなるのを抑えようとしながらも年甲斐もなくついつい意地悪っぽいことを言ってみるのもむべなるかな。
「そもそもヒカルは囲碁なぞ興味を持っておらんかったじゃろ」
「ゴメンナサイ!それについては謝ります!だけどあの碁盤はオレを呼んでるんだ!」
即答である。
まさか以前“年寄りがする辛気臭い趣味”と放言したことまで素直に謝罪してくるなどとは考えず、あまつさえいよいよ食らいついてくる様子に若干たじろいでしまった。
「ほぉ、したらこれから碁を打つんじゃな?」
「ウン!あの碁盤に恥じないよう、オレ頑張る!だからあの碁盤オレに使わせてくれ!」
我が孫がそこまであの碁盤に惚れ込んでいる様子を見れば、ヒカルにとっての囲碁の神様が宿っているのかもと考えるようになり、蔵に文字通り死蔵させておくぐらいならしばらく使わせてやるくらい良いかと思い始めた。
「今すぐは駄目じゃ。まずはちゃんと打てるようになり、盤や石の扱い方や手入れの仕方をしっかり覚えてからじゃな」
「わかった!じーちゃん、約束だよ!」
ヒカルは平八宅に日参する勢いで囲碁の基礎を習うフリをしばらく続ける。
時にはあかりも巻き込んでみた。
あかりがヒカルのやることに興味を示したこともあるが、ヒカルとしては当然“碁盤に逢わせる”ことも思考の片隅に入っている。
「じーちゃん、思ったより強いんだね」
ある日、それまで漠然と感じていたことが、つい口をついた。
聞き咎めた平八がいつものようにクツワ町の井上氏を引き合いに出しながら自慢話を長講釈する傍らで、ヒカルはふと考える。
じーちゃん、前の時より強い。
程なく件の碁盤をまんまとせしめることに成功したヒカル、初めにとった行動は図書館で借りれる最大限度の囲碁関連の書籍を貸出しまくり、それらに記されている棋譜・詰碁や参考図、そこへ自らの考察・研究も含めながら石を並べるといった作業を、借りる書籍・雑誌が無くなるまでひたすら繰り返してやろうと考える。
「とりあえずここにいる佐為に現代の碁を知ってもらわなきゃな」
「でもひょっとしてオマエも逆行してきてるんだったらあまり意味ないことかもな」
「だけどそれでもオマエにとってちょっとした退屈しのぎになってくれる……といいな」
実際にそうした行動を取り始めてみると、すぐに違和感に囚われるようになる。
書籍などを読み解いてみる限り、今の世の囲碁のレベルが全体的に高いような気がする。
そして。
「本因坊秀策がいない!」
こと此処に至り、逆行してきたこの世が前世とは全く異なった世界である可能性にようやく気づいてしまった。
しかし自身の周りやこれまで目に触れた棋士の名前などには大きな変化はない。
この世界に佐為や秀策が存在していなかったことなど絶対に認められなかった。
古典的な囲碁の資料まで捜索の手を広げると、本因坊秀策はいなかったが、幕末から明治初期にかけての囲碁研究(そして公衆衛生の概念についても)の第一人者として桑原某の名前はすぐに目に入った。
更にそして……
「佐為、すげぇ~~~!!!」
なんと、この国における囲碁の聖人として、どうやら生きている時代から現代に至るまでずっと崇め続けられているではないか!
「オレが逆行してきたように佐為、そして虎次郎も逆行してたんだ!」
そりゃぁ成仏しててもおかしくないよな~、と少々気の抜けた思いにもなった。
そして佐為の著したとされる一冊の書籍を手に取る。
(佐為には後世に“竹林黄門”などのような妙な呼び名を奉じられていたようで、そうしたことも気付き難くしていた)
「ばかやろう、何でオレなんかが“神の子”なんだよぉ……」
そこには夢の中で神様に引き逢わされた錦の御髪(多分“
当然、佐為と最後に打った碁も……
ご丁寧に「不聞名畏 只呼光君(畏みて名は聞かず、ただひかるのきみと呼ぶのみ)」とまで書いてあるし……
ちょっとした悪戯心や当てこすりなんかもあるだろう。
しかし、改めて見る棋譜とその考察から溢れ出すとてつもなく深い愛情と期待を汲み取らざるを得なかった。
当時の囲碁を千年分いきなり進化させてその後の千年先までしっかりと語り継がれていて……そうすると自身の役割は最低限次の千年を拓くための一石とならなければいけないのか……
前世では佐為と別れてから数十年、たかだかその短い期間であってもAIの進化も相俟って囲碁は大きく変貌を遂げていたし、自身がその最先端を走り続けていたという自負もある。
特にAIの進化は凄まじく、それが自分の時代でもオリンピック競技にロボットを参加させる・させないを問うようなもので人間が打つ囲碁の意味を失わせるものではなかったが、その思考の概念を人間が取り入れ学習することは有意義であった。
現世の囲碁のレベルが前世に比べ高くなっているとは言え、そのAIの時代を経験しているヒカルが囲碁研究の概念を少しぐらい先取りしたって良いだろう。
それに、千年前に前世の現代レベルまで引き上げた佐為の碁、その後の千年でさらに洗練されてきた今世の現代の碁、そこへ前世の自分の碁を差し挿むことによってこれからの囲碁もどのように変化・発展するか非常に楽しみでもある。
ひょっとしたらこれからのAIの進化にも影響が及ぶかもしれない。
「よぉし、やってやろうじゃん!」
決意を固めたヒカルの手によって新たな囲碁の世界が拓かれる。
「とは言えこのまま世に出たら、名前と言い容姿と言い棋風と言い、絶対に竹林神童の再来とか変な方向でもてはやされてしまうじゃん!オレ、佐為のこと怨んじゃうぞ!(苦笑)」
いっそのこと開き直って「神代之譜を学んだら物凄く感動しちゃって、中でも竹林神童の打ち回しが妙にしっくり来過ぎて、そのうち本当に自分が生まれ変わりなのかもとか思うようになった」などと供述すれば周囲もそんな不思議クンに対し深くは詮索してこない……かもしれない。