ホームの向こう側。あの人を初めて見つけた日から、私はおかしくなった。
突然、記憶の中に行ったこともない中学校、着たこともない制服姿の私。目の前で赤い髪止めをした女の子が男の子を言い負かしている。女の子は、同じホームで時々見かけるブロンドヘアーの女性だと思う。男の子はホームの向こう側の人。なんだろう、この記憶は…。
それに、女性と話をしている彼を見るとモヤモヤする。何なんだろ、あの眼鏡の女性は…。ずいぶんと親しそうだけど。
「綾波さん、どうしたんだい?ぼんやりして」
「ううん、なんでもない。ごめんなさい、渚君」
一緒に居た同僚の渚君に心配されてしまった。
「向こうのホームを見ていたようだけど」
渚君も向こう側のホームを見て固まった。
「渚君?」
「いや、なんでもない。なにか既視感のようなものを感じたから」
渚君も何か感じたようだ。
その日を境に、色んな記憶が出てくる。
指をケガして包帯を巻いているときは、包帯でぐるぐる巻きになった私を抱き抱える彼との記憶。
シャワーを浴びて下着をつけてる時には、無機質な部屋で彼に裸を見られる記憶。
ラーメンを食べている時は、楽しそうな仲間たちと屋台でラーメンを食べる記憶。
農作業を見た時は、自分が田植えをしている記憶。
体験したことのない記憶…。
その記憶の中で彼を呼んでいるけれど、名前のところはモヤがかかったようになってわからない。
そんなことが続いたある日、彼を見なくなった。
1日、2日と彼を見かけない。それが数週間続くと物凄い消失感。それと共に来たのは、私が彼の前から消える記憶。
ロボットに乗って自爆する記憶。
敵に取り込まれてしまう記憶。
そして今日、一番辛い記憶が来た。
彼の前から水のようになって消えてしまう記憶。
その記憶が来たタイミングが悪かった。私は駅の階段を登っていたのだ。そんなタイミングでこんな記憶が出て来たので、階段から足を踏みはずしてしまった。
『落ちる』と覚悟を決めた瞬間に私を抱き抱えてくれた人がいた。
…彼だ。
「大丈夫ですか?」
「えぇ…」
その時、また違う記憶が甦った。
プリントを届けてくれる彼。
私を助けようとしてくれる彼。
そして、大きな声で『綾波』と呼んでくれる彼。
「あの、どこか痛めましたか?」
心配そうに覗きこまれた。
たくさんの私が私の中に入ってくる。
その中の一人の記憶。
【笑えばいいと思うよ】
エントリープラグの中に居る私に心配そうに声をかけてくる…。
あぁ、そうだった。
そうだ、彼は…。
「大丈夫よ」
「ありがとう」
「碇君…」