先導者プライドレリーフっ!   作:朝田アーサー

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流れ揺蕩う奇跡の中に、諦めない者だけ踏み入れる。 ダイワスカーレット回

 『まさかこれほどのレースになるとは……このレース、どうみますか?』

 

 『どうって、全ウマ娘がレコードタイムを出すレースになる、とでもいえばいいんでしょうか?』

 

 そう言って実況者の見る時計の針には、普段のレースよりも三秒ほど速い速度だ。

 こんな速度、長距離レースのものなんかじゃない。

 トゥインクルシリーズに興味がない人であったとしても、この会場のざわめきからこのタイムがどれほど異常なものなのか、見当がつくはずだ。

 

 そして何より、それが一人だけではなく、全員ときたんだ。

 

 「へぇっ、みんな隠してたんだ。僕たちが本気で走っても抜けないなんて」

 

 「わかっていたことでしょうテイオーっ! それより今はっ!」

 

 「うんっ、わかってるっ!」

 

 後続を抜かせないっ。

 

 闘志を目に宿せば、先ほどよりも加速する二人。

 その脚はすぐさま前走を走る逃げを選んだダイワスカーレットを捉えた。

 

 「ごめんだけど、抜かせてもらうよっ!」

 

 「私もっ! 少々はしたないですけれども、全力ですのでっ!!」

 

 そう言うと先ほどよりも早く、まるで刺す、なんて言葉がふさわしいように抜き去った。

 並ぶことはなく、追い縋ることさえできないほどの『最速』な二人の前に。

 

 「私だって! いつもみたいに一番になりたいって気持ちだけじゃ、ないんだからっ!」

 

 加速を得ようと脚に溜めを作るが、どうしても地面を掬えない。

 脚に、疲労が来ているのだ。

 

 やはり無理をしていたか。

 

 きっと誰かが呟いたのだろう。

 その言葉で、スカーレット自身も自覚したのだ。

 

 少しの不調だと誤魔化していたステータスを。

 

 今のスカーレットでは、坂路の申し子であるミホノブルボンや、黒の刺客であるライスシャワーを追い続けるなんてことは出来なかったんだ。

 

 徐々に、なんて言葉は生温く、確実に差を着けられている。

 

 『先ほどまでダイワスカーレットに三バ身と遅れていたトウカイテイオーにメジロマックイーンが抜いたぁ! これは読めない展開になってきましたねぇ!』

 

 『えぇ。やはり復帰を果たしたプライドレリーフの存在が大きいんでしょう』

 

 『プライドレリーフがですか?』

 

 『えぇ。何せウマ娘の進むべき道を体現した存在と云われる彼女ですから。何かみんな思うところがあるのでしょう』

 

 実況の声が流れれば、客席は興奮して声を上げる。

 走るウマ娘からすれば、それは自分へと負けてくれている歓声、と捉える子も多いだろう。

 だが、スカーレットのみは、それすらも嫌う様に振り捨てた。

 

 「私だって! 一番になりたいって言い続けた私だって憧れる人がいつの! その人のために走りたいって思って何が悪いのよ! その人のために走るって決めたんなら動きなさいよっ、動いてよ、この足!」

 

 スカーレットが強く罵声を飛ばすが、虚しく現状と変わらない差を開かされる今しかない。

 今は半バ身ほどだ。

 喰らいついている、なんて言葉が出るだろうが、限界間近の彼女に、この差はどう映るのか。

 

 「どうして、っよ……っ」

 

 変わらぬ現実。レース中盤で、虚しくスタミナ切れの結末。

 そんなに悔やんでも悔やみきれない結果だろう。

 そして何より、こんな大舞台(URAファイナルズ)で失速なんて恥でしかない。

 

 

 きっと。足を折ってしまうかもしれない。

 

 

 それは、この実況を聞いて彼女の様子を見ている者ならば、誰もが安易に予想が着くものだった。

 一滴の涙を零そうとしたとき。

 誰よりも先に気づいた彼女が。

 

 「どうしたんだい? みんな速度を上げたのに、キミだけは疾く駆けないのは」

 

 「っ……オペラオー、さん」

 

 「まさか。誰よりも妥協を嫌うキミが、こんな程度でいいと諦めて捨てるのかい?」

 

 まるで挑発だ。

 罵倒ともとれるであろう言葉を前に反論をしようと声を上げようとしたところで、それを遮るように声が来る。

 

 「どうしてしまおう。このまま走ってもつまらないさ。僕の覇王道の前には誰もついて来れない。キミなら、キミだけが僕に敵えうる存在だったのに」

 

 哀れみの一言に尽きる言い方だ。

 オペラオーさんの多大な自信ゆえの口調により勝った、相手全てを下に見るような言い方に、まるで反論出来なかった。

 それを黙らせるほどの実力があるからだ。

 きっと私もこれくらいに走れたのなら、こんな思いはなかったのに。

 そう思いこそすれど、目の前にあるのは優雅に走るオペラオーさんの背中しか映らない。

 自分とは、まるで違った優雅な姿で。

 

 いくら闇がこの道を閉ざしても。

 

 「それでもボクは先へと進むつもりさ」

 

 そんなの私だって。

 思うだけなら簡単。なんて言葉は今みたいなことを言うのだろう。

 オペラオーの兆しに合わせながら速度を上げようと踏み込めど、変わるものは何もなし。

 ただ少しずつ離れていくオペラオーさんだけだ。

 

 それでもやっぱり憧れる。

 きっと、憧れなきゃいけないんだ。

 アタシの尊敬する人だから。

 

 

 「この覇王道について来れるのは、君だけだと、ボクは信じて待っているさ。この先でね」

 

 『ちょっと待ってください!』

 

 なんて言おうとした私の口は、無理矢理にも閉じた。

 だってあまりにも惨めだから。

 信じてくれているのに、私だけだと言ってくれるのに。

 情けない姿なんか、見せたくないから。

 

 だから頑張るのにっ!

 

 「くるっ、しいよ......っ」

 

 涙が出そうなほど、嗚咽を吐きそうなほどに、肺が締め付けられる。

 痛くて痛くて、ただ痛くて。

 離れていくオペラオーさんの背中が、離れていく距離が狂おしいほどに、怖い。

 

 足が土に奪われ、躓きそうに体制が崩れては、さらに苦しくなる。

 

 まるで誰もいないターフで。

 まるで誰もいない観客席で。

 まるで孤独に無意味に走っている様で。

 

 こんなレースに、本当に走る意味なんてあるの?

 

 あるに決まってるのに。

 どんなレースでも全力で走るのが私だったのに。

 

 なんでよっ......。

 

 

 

 「ーーなんだなんだ? スカーレット、もう諦めちまうのか?」

 

 いつの間にだろう。

 いつの間に上がってきたんだろう。

 

 「ゴールドシップ、先輩?」

 

 まるで気づいたように周りを見たアタシの目に入ってきたのは、すでに最後尾な情景。

 なんで? どうして?

 さっきまで前にいたのに。

 

 「まるでどうでも良くなったって感じの青ざめた顔になっちまってよ。こんなとこまで下がっちまって。アタシがいなかったら止まってたんじゃね?」

 

 「え? アタシが、諦め、て?」

 

 言われた途端に、遅れた認識がやってきた。

 諦めていたんだ、アタシは。

 遅れていく躰に、前に進めない脚で。

 もう挫けていたんだ。

 

 「迷惑、かけちゃいましたね......すみま」

 

 「だぁから! なんで遅くなっていってるんだよ! ほら、走らねぇと!」

 

 まるで背中を押すように、近づいては声をかけてくるゴルシ先輩。

 そんな声とは裏腹にアタシの足はさらに重くなるばかりだ。

 せめて恥だけはかきたくないと奮闘する足だけど、変わらない現実ばかりが足枷となるだけで。

 

 苦しいと醜くもがく顔は見せない様にと微笑を浮かべてはみるけど、顔が青くなっていくのがわかる。

 痛い苦しい悔しいなんて感情は、すでに過ぎ去った。

 もう休みたい。

 

 そんな感情だけだ。

 

 柔らかい布団で思いっきり寝たいし。

 温かいご飯をみんなで食べたいし。

 ちょっと夜更かしして誰かとお話ししてみたいし。

 

 きっともしかして。

 アタシの中のレースは、こんなものだったのかな?

 

 

 

 「ーーだーかーらー! 何ぼさっとしてんだよっ」

 

 「えっ、えっ!?」

 

 当然と来たのは、両耳を塞がれた感覚だった。

 慌てて上を見てみれば!アタシの耳を両手で握っているゴルシ先輩の困った様な顔が見えた。

 

 「さっきからどんどん遅くなっていってよ。もしかして諦めようとしてんのかなって思ったわけよ」

 

 「多分、そうです」

 

 「そっかぁ。お前がなぁ。でもよ、それは本心じゃねぇんだろ?」

 

 ドキリとした気持ちのまま答えれば、優しくかけてくる言葉に、今度は面白いくらいに悔しくなった。

 

 誰だって勝ちたいし、負けたくない。そんなのは当たり前だ。

 でも、勝てない今には、言い訳しか出来ないから。

 負ける様な自分を、そのまま素直に認めたくないから。

 

 「いえ。言い訳の末に生まれた、醜い本心ですよ」

 

 「ほーん。ゴルシちゃんならそんなこと、考えないのにな」

 

 「そりゃ、そんなのアタシとゴールドシップ先輩とじゃ違うじゃないですか!」

 

 「いや? なんにも違わないさ」

 

 流された後で気づいたけど、怒鳴ったアタシに怒る、なんてことはなく。

 まるで親が子供に言うようなほどの、優しい声色を誇った口調で説いてきた。

 

 「言い訳しなくていいくらい、最後の最後で勝てばいいんだよ」

 

 アタシのようにな! とはにかんでくるゴルシ先輩に、さっきのように反論をするような気持ちは不思議と浮かぶことはなく。あるのは、もしかしたら、なんて気持ちだ。

 

 ゴルシ先輩の言葉が、アタシにも出来るんだからスカーレットにも出来る。

 

 なんて言ってくれるような気がして。

 

 「こんなとこで諦めるか?」

 

 「そんなこと、ないですっ!」

 

 「なら、こんなとこでめげてんじゃねー」

 

 「はいっ!」

 

 そう答えればゴルシ先輩は少し満足そうな顔になり、ほんの少し後ろに下がった。

 

 「なら目指しな。先頭を」

 

 「っはい! 行ってきます!」

 

 鼓舞。

 たったの一言だけの鼓舞に、まんまと乗せられた様に。

 先程まで重くて仕方がなかった足が。

 今まで苦しくて痛かった肺が。

 

 まるでそれすらも楽しいみたいに。

 

 やっぱりアタシ。走るのが好きなんだ。

 だから。

 走りたいんだ。

 

 

 『おっとここで! 後方で燻りだしたダイワスカーレットが! 大外回ってロングスパートかぁ! このまま先頭まで届くのでしょうか!』

 

 『先程まで逃げでやってからのスタミナ切れ。かかった状態からの逆転は難しいでしょうけど、彼女なら行けるでしょう!』

 

 まるで疾き赤雷。

 一人のウマ娘がターフを駆けた。

 

 

 「ーー頂点だから! 絶対1番になってやるッ!!」

 

 

 

 

 そしてゴルシの目には土が入った。

 

 「目がぁぁぁあああっ!!」

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