先導者プライドレリーフっ!   作:朝田アーサー

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壁破る願いに、鬼の脚と共に ナリタタイシンwithBNW回

 なんでっ。何で何でなんで!

 こんなの聞いてないっ。

 

 何がどうして、どうやったらこんなになるわけ!?

 

 「追い、付けないっ!」

 

 レースは中盤。すでに第三コーナーに差し当たったあたり。

 そろそろロングスパートを駆けだそうというタイミングで起こった周囲の急激なスピードアップに、ナリタタイシンは一歩どころが五歩ほど遅れてからのスパートとなり、まさに出遅れだ。

 様変わりした雰囲気に呑まれたまま唖然となったナリタタイシンは、嵌められたように焦っていた。

 

 「なんで速くなった!? なんで今!? くそっ! 完全にしくじったっ!」

 

 鋭く尖るように吐き捨てられた言葉に周りが聞く耳を持つはずもなく。

 真剣に走りに集中しだしたほかのウマ娘は、更にナリタタイシンから距離を開けていく。

 

 「待ってよ! なんでそんなに速いんだよ!!」

 

 まるで絶望。

 そんな壁が突如と目の前に巨立させられたかのように、超えられない、縮められない差が現れたのだ。

 使うために溜めておいた足と、余裕を持って走っていた足。今回の場合どちらが良いかと言われれば、当然後者だろう。

 スパートでもなんでもなく、ただ純粋に走り出しただけなのだから。

 それが今、ナリタタイシンにとっては、最悪な結末の始まりだったということしか捉えられない。

 

 追い抜けない、追い越せない。

 ならまだよかった。

 自分の体が小さいから、なんて言い訳ができるから。自分は力がないからと、逃げれるから。

 でも。

 追い付けないなら、今の私に何が残る?

 

 パワーも負けて。

 スピードも負けて。

 スタミナも負けて。

 

 なら、一体。

 今の私には何が残るの?

 

 「わ、私って……」

 

 ――なん、なんだろう。

 

 

 刹那。体が冷えていくのが分かった。

 もちろん、比喩だ。普段から病弱そうな見た目の私にチケットが触れてきては「冷たいよー」なんて言ってくるのだ。これ以上、体温が低くなれば走る走れないの話じゃない。

 

 まるで、背筋が凍るんだ。

 

 何も勝てない、何の取り柄のない私は、誰の何になれるのか、なんて。

 

 レースだけだったのに。

 今の私に残ってるのは、レースだけだったのに。

 

 バカにしてくるやつらを見返せるのは、私にとってレースだけだったのに。

 

 「私はもう、誰にも、見られ、ない……?」

 

 ふと、湧き出たような言葉に付随するように吹き出してきた、恐怖、という感情に、まるで歯止めが聞かないように足が重くなっていうのが分かった。

 

 走りたくない、なんてことじない。

 走れない、なんてこともない。

 

 ただ。

 

 「走っても、走ったって……何も……っ変わんないじゃん」

 

 虚無のせいで走れないんだ。

 走る意味を見失ったんだ。

 

 

 周りの声が聞こえない。

 惰性で走る脚は、他のウマ娘たちの熱意によって怯んでいく。

 圧倒的なまでの体格の差に、怖がっているのだ。

 

 あれだけ威勢の良かった私の目も。

 口も。

 体も全部。

 

 

 ――ただ、消えていく。

 

 ――ただ、壊れていく。

 

 

 私は、私、は……

 

 どうして。

 

 

 

 「――タイシン!」

 

 「っは、はいっ!?」

 

 

 

 突然と投げ与えられるように掛けられた言葉にほぼ反射といっていいほどに返した返事。

 驚いたようにピンと跳ねた耳は、それだけで周りの音を拾い、自然と緩やかに歓声が耳を辿ってやってくる。

 

 横を見てみれば、そこには黄色と青色のラインが映える、佐目毛の先輩、プライドレリーフ先輩の声だった。

 

 「呆けていられるほど、貴方にとってこのレースは余裕なもの!?」

 

 「い、や……そんなことはない……っ」

 

 「なら、それが理由でしょ!」

 

 叫ぶ、という言葉ほど荒々しい感じはなく、それでもひどく私の耳に強く入ってくる声で、まるで優しい声で。

 

 「誰かに認められるのがタイシンの走りじゃないでしょ! 誰かを認めさせるのが! タイシンの走りでしょ!」

 

 「誰かに、認めさせる……走り」

 

 まるで、自分でもわからないような自分に対して、的を得たような言葉に、つい言い返してしまう。

 珍しかったなんて理由じゃない。

 むしろウマ娘としてはすくなからず抱いている想いの一つだろう。

 

 だからこそ、ということなのだろう。

 

 その考えすらも思い出せないほど、焦燥を抱いていたから。

 

 今から間に合うだろうか。

 今から追い返せるだろうか。

 ロングスパートで追い上げをしていた余裕は、すでに押し返されて最下位目前。

 ここから巻き返せるのかと聞かれれば、胸を張って無理って答えられる。

 

 すでに二馬身差。

 みんなはそろそろラストスパートを掛けようとしている段階だ。

 今さっきの走りをみるからに、力を溜めていたのは明らかだ。

 

 当たり前のように、苦しい結果になるだろう。

 涙を流す結果になるだろう。

 

 でも。それができない。

 というよりも、それをさせてくれない相手がいるから。

 

 「タイシーン! 頑張れー!! ぶっちぎっちゃえ!」

 

 「駆けろタイシン! いつもの鬼脚を見せてやれ!」

 

 今までは声も姿も見えなかった、大切な友達(ライバル)の応援がうるさいから。

 

 「こんなの、見せつけるしかないじゃん!」

 

 ――今まで私のことチビだとか言って目にも触れなかった奴らに!

 

 「早く、速く、誰よりも疾く! 甘く見て後で吠えずらかかないでよねっ」

 

 

 ――私がマジだってこと、教えてあげる!!

 

 追いつく! 追い越す! 引っこ抜く!

 いつかのトレーナーが言ってたような気がする鼻歌が、今になってようやくわかった気がするよ。

 

 初めっから引っこ抜けなんてしない。

 初めっから追い越すなんてできないって。

 

 でも。

 

 最後には立つから!

 

 

 『これは2枠5番ナリタタイシン! ここでロングスパートをかけてきた! 速いはやい! 前方集団は既に第三コーナーを通過! 間に合うか!』

 

 間に合うかなんて比じゃない!

 間に合う止まりじゃダメなんだ!

 

 アタシの思いが熱く迸ればなるほどに速くなっていくこの足。

 どこまで行くのも、どこで挫けるのもアタシ次第。

 そんなの最高にアタシ好みじゃん。

 

 負けたくないなんて思いはない。

 負けられないって思いしかないアタシには、とっておきな足だよ!

 

 開いていた差は既に縮まり……一人抜いた。

 

 一人抜いたなら簡単だ。

 目の前にまた一人いるのだから。

 きっと、今がトップスピードなのだろう。

 ゴールするまで耐えきれるほどの速度。

 

 実に正しい選択だと言えるだろう。

 正しくて、正しすぎて。

 

 今のアタシにとっては、滑稽の的だよ。

 

 足元見て安パイきって走るような奴らなんて全員、引っこ抜いてやる!!

 

 『追い上げてきたナリタタイシン! 内から力強い脚力で昇ってきた!! グラスワンダーとナイスネイチャを抜いて現在12位! このまま狙えるでしょうか!』

 

 

 狙ってやる! 狙うんだ!

 誰が何と言おうとも!

 絶対的に認めさせる、一着を!

 

 

 すでに最高速の足に、さらに鞭を打つようにターフを踏み込み、加速していく。

 どこまでも速くなる足に、どこまでも続くような高揚感に。

 

 「悪いけど、抜かせてもらうよっ!」

 

 甘く見ていたのかもしれない。

 安パイをきって走っている余裕に。

 死ぬ気じゃない、本気に――。

 

 

 

 「ごめんねっ! マヤたちも!」

 

 「抜かせるわけには行かないんだ!」

 

 「ブライアンに、トップガン……っ」

 

 それはいとも簡単に立ちふさがった。

 一対の双璧に。

 

 どんなに速く走ろうとしても、必ず二人揃って並び走り道を塞いでくる。

 何度もスパートを掛けようともフェイントを掛けようとも、必ず全部が防がれる。

 

 「どうしてって顔、してるね」

 

 「っ、当り前だ。どうして全部、防げるんだよ!」

 

 噛みつくように放った言葉はすぐさまマヤノトップガンの耳へと入った。

 まるでその言葉を待っていましたと言わんばかりの挑戦的な笑みを浮かべながらこちらへと顔を傾けた。

 

 「変幻自在。どんな走りにも耐えられて、どんな走りも知ってるマヤだからっ。今タイシンさんがフェイントをかけようとするのもアイコピー! 全部分かっちゃうんだ!」

 

 「それでもって。私はマヤノに呼吸を合わせるだけだ。簡単だろう?」

 

 当たり前のように言われる言葉に、二人の表情を見ては、虚勢じゃないだろうか? なんて考えはすぐに捨てた。

 二人にとって、後ろを抜かさないで並んで走る、という行為は簡単でなんら障害のないことなんだ。

 

 普通ならばウマ娘同士は、ぶつかったり足が絡んだりして転んでしまわないようにと距離を開けて走るのが暗黙の了解となっている。

 というよりも、ウマ娘がレースで走る速度で転べば、簡単に再起不能の怪我になってしまう、という恐怖から誰に留められるわけでも揶揄されるわけでもなくわかっていることだ。

 極まれにデビュー戦などで気持ちが昂ぶり周りが見えていないウマ娘はやることだが、この場に並ぶウマ娘たちがそんな状態になるわけがない。

 

 意図してこの壁を作っているんだ。

 

 

 ――シャドーロールの霧壁。

 

 

 とも名付けるのが最適なんだろう。

 どれだけ押しても二人はそれよりも速く走り、遅く走って大外を回ろうとしても、それをさせまいと速度を落としてくる。

 

 アタシとしてはこれ以上落としたら追いつけなくなる、くらいまで落とそうとも、二人はまるで楽しそうに、あたかも余裕と豪語する如く軽い足取りで走っているのだ。

 

 「だって今攻めたって前で止められちゃうしー」

 

 「ならば最後の最後で突き放す。簡単なことだろう?」

 

 そう言ってのけるブライアンの言葉は、冗談なんて声色は一切ない。

 何が先行ウマ娘だ。こんなの差しや追込だろ!

 

 理不尽という、触れられない壁が、ナリタタイシンの体力の悉くを奪っていく。

 

 レース展開についていけないという不安。絶対に追い抜けないと確信するほどの二人のウマ娘のプレッシャー。

 何より、前にいるウマ娘たちのゾーンだ。

 熱気でも発しているのではないかと思うほどの陽炎が瞬きを繰り返すほど漂っているのだ。

 

 ――もしもここを抜けても。

 

 アタシは勝てるの――?

 

 自分の体は自分が一番わかってる、なんて言葉に今ばかりはその通りだと思う。

 足はすでにふらふら。体力ももうそろそろ底を尽きそうだし。

 なにより、勝ちたいっておもいも――っ。

 

 

 

 『ナリタタイシンが捕まった! 先頭まで躍り出る速度だったナリタタイシンがマヤノトップガンとナリタブライアンによって捕まった!!』

 

 

 

 この実況が流れれば、すぐさま視線が集中したのがわかった。

 ウマ娘の耳は、人間の耳よりも何倍もいい。

 さっきまでうるさいほどに叫んでいた歓声が、実況の一言で幾分かいなくなったんだ。

 きっと、失望してるのかな?

 きっと――。

 

 

 

 なんだよ。BNWって言うから応援してたのに。やっぱ小さいだけはあるな

 

 もしかしたらさ、あの二人は情けで友達付き合いしてたんじゃね?

 

 だよなー。じゃねぇと仲が良くなったわけが分からないよな。

 

 

 

 ほら、やっぱり。

 やっぱりアタシ、どこに行ってもバカにされるんだ。

 どこに行っても、小さいって言われちゃうんだ。

 

 

 

 あぁ、聞こえるなぁ。

 チケットが、ハヤヒデが怒る声が。

 

 

 

 違うもん! 私たちは友達だもん!

 そうだ! 何もしろうともしない君らが口を出していい関係じゃない!

 

 ちょちょちょ! ちょっと二人とも! 少しは抑えてくださいよ!

 

 

 それにトレーナーの声も聞こえるな。

 

 

 そうだよ。やっぱりアタシはどこにいっても迷惑かけるし。

 何をやってもバカにされるし。

 どんなにやっても、結果がついてくるのは遅いし。

 

 「……でもっ。そんなのはただの! 負けるための言い訳でしかないじゃん!」

 

 「「「っ!?」」

 

 「いくら僻んでも! いくら弱音を吐いたって! 負けたいなんて思ったらいけない!」

 

 予感はしていたのだろう。

 どこで、なんて言葉が霞むほどに。

 

 きっと、それは二人の中にあったんだろう。

 

 

 「勝ってくださいよ! ナリタタイシン!!」

 

 「負けるな! タイシン!」

 

 聞こえてるよ、トレーナー。ハヤヒデ。

 それに――

 

 

 「いつも見たくカッコいい姿! 私に見せてよ! タイシン!!」

 

 わかってるよ、チケット。

 

 

 だって。

 

 「そのためにここに、立ってるんだから!」

 

 負ける理由なんて捨てろ!

 負けた理由なんて探るな!

 負けたくない負けたくない負けたくない!

 だって! 負けたなんてかっこ悪いところ、見せたくない友達(やつら)ができたんだ! 

 応援なんかされちゃったらこんなの!

 勝つしかないじゃん!

 

 「だから! アタシらを仲良しごっことかってなめるような連中に、吠えづらかかせてあげる!」

 

 

 だからトレーナー! ハヤヒデ! チケット!

 

 「アタシだけを応援しといて! 絶対! 後悔なんてさせないから!!」

 

 ――Nemesis level10

 

 「悪いけど、全力で抜かせてもらうよ!」

 

 

 その足音は、まるで鬼のように。

 その眼光は、まるで木の葉のように。

 

 追うことの出来ない速さは、まるで刃物の如く鋭さを増して行き。

 

 フェイントを掛ければかけるほど、速くなる――。

 

 

 『抜けた抜けたぁ! マヤノトップガンとナリタブライアンが反応できないほどの速度で抜けたのは! 脚に鬼を宿したウマ娘! まさに鬼脚(ききゃく)! ナリタタイシンだぁ!!』

 

 全員まとめて! 吠え面かかせてあげる!!

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