先導者プライドレリーフっ!   作:朝田アーサー

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目指し超えるために、仲間がいた。  グラスワンダー&エルコンドルパサー回

 どんどん、どんどん、どんどんと。

 瞬く間に過ぎて行く時間とともに、目の前では開いていく差。

 今となっては前と何バ身離されているかなんて考えたとしても、予測などはできない。

 でも、それでいい。

 だから、それがいい。

 

 栗毛の少女が青色の裾を揺らしながら大股を開いた。

 攻めへの準備だ。

 先ほどのナリタタイシンですら困難だった追い上げを、今度はそれ以上の距離で行うのだ。

 夢見事、なんて笑われても否定する言葉は浮かばないだろう。

 

 ……いや、このウマ娘ならばきっと、それすらも容易に切り捨てるのだろう。

 

 「――いざ」

 

 この、グラスワンダー(大和撫子)ならば――

 

 「我が道を――」

 

 一歩一歩と踏みしめるパワーは上がっていき芝のえぐり方も見て取れるほどの変化が現れだす。

 まるで巨体のナニカが奔っているのではないかと思うほどの足音。

 

 ウマ娘たちの耳は、音にとても敏感だ。

 それこそ観客の一人の声すらも分かるほどであり。

 当然、背後から聞こえる重低音に気づかないわけもなく。

 ただ恐怖しかない

 

 その目に宿るのは、すでに大和魂などではなく。

 一人のウマ娘として、優勝を狙う『ソレ』だ。

 

 「この程度で足が竦むというのなら……その時点で私の敵ではありません!」

 

 

 ――スキル『独占欲』

 

 

 どのウマ娘でも会得できる、とは言わないが、少なくとも一子秘伝なんで技でもないこのスキル。

 今このレースで走っているウマ娘でも、そのほとんどが持つことの出来るスキルではあるが、このグラスワンダーだけは違った。

 

 ただ普遍的に広まった独占欲ではなく。

 

 「死してもよいと! 覚悟もなくレースに挑むウマ娘たちに!」

 

 ――私は負けません!!

 

 大和撫子とは。

 日本古来からその意味ではこのレース場では通用しない。

 ターフの上に男なんておらず。

 

 ましてや立てるべきウマ娘なんてのもいない。

 最後には自分が勝つ。そのために周りは自分を引き立てさせるものであり。

 

 どんなことをしても。

 どんなにつらくとも。

 

 このレースで脚が潰れたとしても。

 

 このレースで死んだとしても。

 

 

 「それでも私は悔いのない一着だけを欲し走るんです!!」

 

 

 それがグラスワンダーの独占欲だ。

 

 

 『これは最後尾付近からの六番グラスワンダーの追い上げだ! 凄まじい末脚だ!!』

 

 グングンと前方で固まっている集団へ向けて距離が縮まっていく。

 特に苦しげもないグラスワンダーの追い上げには、誰もが驚き、そして気味がるだろう。

 

 なぜ余裕なんだと、疑問が膨れるだろう――

 

 

 『いや、これは! グラスワンダーが追い上げを開始したわけじゃない! ほかのウマ娘たちが! 減速していっています! 集団かかりでしょうか!?』

 

 『いいや。きっとこれは……グラスワンダーの雰囲気に(すく)んでいるのでしょう』

 

 観客たちの間で発覚したのは、まさに驚愕な事実。

 すでに戦闘は第三コーナーを抜け、第四コーナーへの差し掛かり。

 今から追い上げをしたとしても、巻き返せる距離は確保できている。

 

 その状況での集団で減速だ。

 

 さっきまで最後尾にいたのに。

 

 もう勝ち筋を諦めたと思っていたのに。

 

 あれだけガードが強かったのに。

 

 誰もがもう、伸びないと諦めていたのに。

 

 

 ――『不死鳥伝説』――

 

 

 まさにこのウマ娘を物語に起こすとするのならば、このようなタイトルが一番似合うだろう。

 それほどまでに。

 

 圧倒的なのだ――。

 

 

 あぁ。前が見える。

 ブライアンさんにマヤノさん。

 

 糸を縫うように。

 間を斬り裂くように。

 多少なりとも無茶にはなるけれども、それでも追い上げていく。

 速度が落ちてきているおかげで追い上げるのに何の難しさもない。

 

 ただ一つ。焦りを除いて・

 

 タイシンさんも、エルも、オグリキャップさんも。

 

 抜いて、抜いてぬいて。

 

 ちょっと地面を蹴れば簡単に追いついて。

 ちょっと体を捻れば簡単に追い越せて。

 

 それでも止まない焦り。

 

 確実に迫っているのに。

 予想じゃ抜いていてもいいはずなのに。

 どうして姿が負えないの。

 どうしてどこにも見えないの!

 

 

 ――一つ。射光にも似た発光が目に入れば、そこには見知った姿があった。

 

 でもそれは遥か先で。

 すでに第四コーナーに入っていた。

 

 「レリーフ、さんっ!!」

 

 もがき求めるように脚を動かせば速度が上がる。

 力任せに追い抜けば順位が上がる。

 近づいてる。近づいているはずなのに。

 

 「なんで差が広がってるの!?」

 

 あまりにも急に突き付けられた事実に、開いた口が、目が塞がらない。

 何も下に見て見くびっていたわけじゃない。

 昔は、という枕詞が着くことだが、誰よりも早くゴールしてレースにレースたる意味を作ってくれた先輩、という尊敬を今でも持っている。

 勝てるなんて思ってはない。

 勝つのが当たり前、だと思っていた。

 

 いつの間に沈んでいくばかりのレリーフ先輩を見て、いつしか区別していたのかもしれない。

 尊敬するべきウマ娘であって、ライバルになりうるウマ娘ではない、と。

 

 きっと、心のどこかでは思っていたのだろう。

 多と群れるように、当然のように足を竦ませて、それで私に抜かれて。

 

 足が地面を蹴るたびに滴る汗を拭いながら、より速く、と脚を回す。

 それでも縮まることのない差に、第四コーナーがやってくる。

 

 減速しなければどうなるか。

 少し考えれば予想が着くことだろう。

 そして最悪の結果すらも。

 だとしても。

 

 

 それでも! 追いつかないといけないから!

 

 

 『弧線のプロフェッサー』

 

 

 いつから覚えていたのだろう。

 きっと、会長さんから学んだのでしょうか。

 

 どのくらいで脚を出せばいいのか。

 どのくらい体を傾ければいいのか。

 どのくらい、速度を出してもいいのか。

 

 全部が、面白いくらいに分かるのだ。

 

 

 体が熱い。

 でも、冷たい。

 

 きっと、これは私の冷静なのでしょう。

 きっと、これは私の本気なのでしょう。

 

 

 きっと、これが。

 

 ――寿命(タイムリミット)なのでしょう。

 

 

 私自身がいつも考えていた、死ぬ気でレースに挑む姿勢。

 周りにも求めていた、死んでもいい、という覚悟。

 

 だから。

 躓いてもいい。

 転んだっていい。

 それで死んでもいい。

 

 だから。

 レースにだけは後悔という一滴の汗すら残さない!

 

 

 『ここでグラスワンダーさらなる追い上げだ! 第四コーナーでもこの速度、異様なほどの追い上げだ!』

 

 『異様なんてものじゃ……まさか何も知らないわけじゃ……っ!?』

 

 

 それは、追い上げを開始してからの数秒だった。

 誰もが危ない、そう感じていた。

 実況も、周りも。

 勿論東条トレーナーも。

 

 

 『グラス!? 危険すぎる! 今すぐ冷静を取り戻せっ!!』

 

 慌てて立ち上がったかのような髪の乱れ具合のまま声を荒げる姿に、他の観客たちの間でもヒソヒソとよぎりだす。

 

 始めこそはみんな興奮していたのだ。

 未だかつて見たことのない追い上げの速度。しかもそれをコーナーで行うという胆力。

 

 あのウマ娘、すげー肝が据わってるな。

 

 そんな誰かのなんてことのない言葉から数秒足らずだったのだ。

 

 東条トレーナーが叫び制止を呼びかけ。

 

 一秒、二秒と。

 

 「いけます! 私はっ、このまま――っ!?」

 

 足をターフへと踏み込んだ、たったの三秒間で。

 

 視界がぐらりと揺らぎ。

 そして目の前には鉄で出来た内埒(ウチらち)が見えてくる。

 

 転ぶ。

 

 そう思ったときには、すでに地面から足が離れていた。

 

 きっと、これが走馬灯というものなんでしょうか。

 

 汗のせいで視界が嫌に輝いて見えてきて。

 客席の方ではトレーナーさんが化粧越しに表情が蒼くなっていくのが分かってしまう。

 

 もしかしたら誤解していたのかもしれませんね。

 私はトレーナーさんのことを私のことを大事にはしてくれるけど、愛してはくれていない、なんて。

 

 今思い返せば毎日王冠の後、抱きしめてくれたあの暖かさや、あの声色は……きっと。

 

 それを思い返したところで、きっともう駄目でしょう。

 このレースを走り切ることができたとしても、転倒なんて失態を起こしてしまえば、即座に順位は最下位になることは免れないでしょう。

 

 どれだけ体勢を持ち直そうと足を藻掻いても。

 どれだけ立て直そうと腕を彷徨わせても。

 

 それを手伝ったり、手を差し伸ばしたりしてくれる人なんていないのが、当り前だ。

 ここはレースで、しかも追い上げをして後続とは三馬身ほど差を離しているのだ。

 助けに来れるはずもない。

 

 死ぬ気で走ったのなら、悔いはない。

 

 例えそれが、ゴールすることができなくとも。

 

 私には、悔いは……。

 

 

 すでに埒が目一杯までに近づいてきて――。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 前を見れば、まさに衝撃的な映像が私の中に飛び込んできた。

 グラスが第四コーナーで速度を上げだしたのが。

 

 これだけなら別に珍しいことでもない、と切り捨てられるけど。

 今のグラスは、直線のときにするような伸び以上の、まさにラストスパートでもかけるかのような速度なのだ。

 当然、危ない、危険だと本能が訴えかけてくる。+

 

 そんな予感がしてからすぐに。

 

 エルコンドルパサーの耳には、実況の困惑した声、トレーナーの焦り声が聞こえた。

 

 まさしく、尋常な状況じゃないと。

 

 声に驚いたようにトレーナーの方を見ていれば、トレーナーもエルの方を見てきて、開きかけた口を閉じた。

 そして。交互に見交わしたのはグラスの顔で。

 

 それはまるで悟ったような顔をしていて。

 目の前にはガードレールと同等ほどの埒が聳え立っていた。

 

 ――足を滑らした。

 

 

 「――グラァース!!」

 

 

 考えるよりも先に足が動いた。

 トレーナーの口の意味を理解する前に考え付いた。

 

 そして誰かが駆け付けるより(はや)くに。

 

 「このまま終わっちゃだめデス! 走らないと! エルのライバルじゃなきゃっ! いやデース!!」

 

 

 地面をける力は十分。

 体力もある。

 目の前も一直線に空いてグラスまで真っすぐデス。

 

 それに。

 

 「マスクを着けたエルは!」

 

 ――最強で無敵で勇敢な理想のウマ娘だから!

 

 

 ――『プランチャ☆ガナドール』

 

 

 胸の奥から熱い思いと、それに伴うように体全体が楽になって、更に速度が出る。

 

 いつも追い込みの時になる本気で走らなきゃ勝てないって時の、負けたくないって時の。

 勝ちたいって時のデス。

 

 でも、今日は違う。

 

 体を前に倒せば、今できる最速を。

 顔だけは前を見て、まるで倒れ込むんじゃないかってぐらいに前傾を取って。

 

 倒せば倒すほどに膝が痛くなるし、背中も辛いし。

 何よりも怖くて。

 

 でも。

 

 「グラスには理想のウマ娘のライバルとして走ってもらわないと、ダメです……だから!」

 

 怖いなんて感情は必要ない。

 痛いなんて思いは失礼だ。

 

 辛いなんて言葉は、今のエルには要らないもの!

 

 

 一歩、二歩、三歩。

 

 足を進めれば進めるほどに速くなって視界もぶれる。

 その中でも見えたトレーナーの顔は、やっぱり真剣で怒ったみたいで。

 助けたいけど助けてあげられない。

 そんなトレーナーの思いを背負うのは、今走って助けに行けるエルだけだから。

 

 グラスも助けて、レースも勝つから。

 トレーナー。なんで無茶なことしたのかって怒らないでほしいのデース!

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 どこから、でしょうか。

 まるで走馬灯のように滲んで歪んだ声が私の耳を刺激します。

 

 『ス! ラス! た、ける……助けるから!』

 

 それはあまりにも聞き覚えのある声で耳に意識が集中していき。

 それはあまりにも聞きなれない声色で視界が開いていく。

 

 すぐ目の前には先ほどと変わらない姿の埒があって。

 足も地面から離れていて。

 

 視界にはエルの勝負服の、真っ赤な羽織が見えた。

 

 

 なんでここに居るの!?

 

 思い返せば、一ハロンくらい前で向いた、後続の群れの中にいたはずなのに。

 

 なんで今ここまで着いてきているのか。

 

 格下だなんて思っていたわけでも、自分より弱い、だなんて驕っていたわけでもない。

 毎日毎日、エルと顔を合わせるたびに、対等な関係だと、願うほどに思っていたのに。

 

 私の『独占欲』でエルを抜き去ったときには、当り前だと、そう片付けていた。

 

 そう片付けて、見縊(みくび)っていたのだ。

 

 私の。

 

 ――私にとっての狂走相手(ライバル)を――。

 

 

 「絶対にっ、必ず! 私が助けマスから! 助けられるのはこのエルだけだから!」

 

 

 走ってくるエルが、見える。

 いつものような余裕な笑みなんかじゃなく。

 目が張り切って口も強張って。

 

 初めて見たような、エルの本気。

 

 その本気で、驕った自分を助けようとしてくれる。

 

 

 ――あぁ、どうしても、涙が出てしまう。

 

 

 嬉しいなんかじゃなくて。

 ただただ、悔しい。

 

 自分で死ぬ覚悟は常に出来ていた。

 いつ死んでもいいように、毎回が毎回死力を尽くしていた。

 今日がたまたま、その向こう側に言って、私の管理が酷かったせいでの事故なのに。

 

 そろそろ体の感覚は浮遊感に変わっていき、若干の恐怖が芽生えてきた。

 地面に足が着かない感覚がこれほどまで怖かったのか、なんて初めて知った。

 

 転がっていくのが、ぶつかるのが、体を強く打ち付けるのが。

 

 

 ――助けてくれる誰か(エル)がいると知れたら、こんなにも恐怖が滲み出てきて。

 

 

 伴うように流れてきた涙に、比例するように言葉が、こぼれた。

 

 

 ――助けて

 

 

 なんて。

 

 自分でもわかってるような、自業自得な結末なのに。

 どうしてこんなに必死になって。

 こんなに苦しそうになってまでも。

 

 「っ絶対助けますっ、から!!」

 

 ――安心していてほしい、デス。

 

 

 

 

 口がゆっくりと動くのが見えて。

 体が倒れていき。

 

 私はエルを挟み込んだ――

 

 

 「っっっグ!! ラァァス!!」

 

 ものすごい衝撃音、としか言いようのない音と共に、私の体躯は柔らかい何かに弾き返されるように体勢を取り戻した。

 でも。

 その代償というべきか。

 

 私の視界には血が飛び出した。

 

 それは真横から突然と飛来し、速度をゆっくりと落とそうとする私の勝負服にたたきつけられた。

 広げられたように付着した場所は、悪くもスカートの白色部分。

 思わず悲鳴を上げ素になる口を押さえよと口元へ手を(いざな)えば――握られた。

 

 「進むデスグラス! 一緒にっ!」

 

 その手を辿っていけば、当然エルしかいないわけで。

 

 私から埒に挟まれ怪我をした腕を隠すような姿勢のまま速度を出そうと私を引っ張る。

 

 「そんな腕じゃ無理です! いますぐにでも棄権をしないとっ」

 

 「それだけは絶対にしません! もししたら、きっとグラスの中でずっと残ると思うから!」

 

 大声で言い切るその顔は、ターフを蹴るたびに痛むのでしょう。苦痛そうな顔色が消えることはなく、悪化してくるほどだ。

 

 だから棄権しないと、と言っているのに、どこまで私を想うのでしょう。

 私のためと、応じてはくれない。

 

 痛いはずなのに。

 苦しいはずなのに。

 

 どうして。

 

 そう聞こうと、口を動かそうと試みたところに。

 

 

 「マスクを着けたエルは! 最強で無敵で勇敢な理想のウマ娘だから! 怪我をしても、誰かを連れていたとしても! どんなに臆そうとも!」

 

 ――絶対に足は止めちゃいけないのデス!!

 

 私はそれ以上を紡ぐことは出来なかった。

 

 握られる手が、痛いほど強く握られ、とても暖かく。

 ここから見える横顔が、とても頼もしく見えたから。

 

 こんな私でも、ついてこいと言ってくれるのだから。

 

 この関係は無益の関係だから。

 助けたから助けられるとかじゃなくて。

 助けられたから助けなきゃとかじゃなくて。

 

 好かれてるから好きとかじゃなくて。

 

 ――きっと私が本当に好きだったのは……

 

 

 好きだから、それでいいんだ。

 

 

 「何度だって! 求めてくれる人がいつのなら走ります!」

 

 「片腕がなくてもエルは強い! だってエルは」

 

 ――不死鳥だから!

 

 ――怪鳥だから!

 

 

 先に、狙わせていただきますね、レリーフさん。

 

 私たちで一番二番を――。

 

 

 左足を失った鳥。

 右腕を失った鳥。

 

 それぞれが補うように。

 

 

 ――一対の鳥がターフを飛翔する。




ちょっと不安なんですけど、エルコンドルパサーの口調ってこんな感じでしたっけ?
陽気な語尾が着いてるけど、それでも敬語も使える陽キャの皮を被った淑女ちゃん。
取り扱いにこまりますぅぅ!!
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