先導者プライドレリーフっ!   作:朝田アーサー

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先導者プライドレリーフ  プライドレリーフ回

 あぁ、苦しい。

 やっぱり、飛ばし過ぎたんだ。

 足が軽くなっても、苦しくなくても。

 

 それはたかが覚醒したての力なだけ。

 

 自分で努力し、培った力じゃないから。

 

 突然手放しに力を渡されたって、扱えない結末が関の山だ。

 練習も、調整もせずに、力が出せるようになっただけでレースは勝てっこない。

 

 自分をギリギリまで知らないと、出来る走りもできなくなるから。

 

 そう、視界に混じったグラスのように自分の限界を見誤って、減速をするだけだ。

 

 正直助けなきゃと体が動いたのは認めたが、すぐさま駆け付けたエルによって、最悪の転倒は免れた。

 

 ……いや、止まってしまった方が、楽だったかもしれない。

 

 とは言わない。

 だって、みんなと走ってるから。

 

 きっとトレーナーは私が気づいてないと思って言わなかっただろうけど、このレース、当然ながら実現不可能な話なんだ。

 無名、じゃないけど、明らかに実力が足りない私は、調整不足の烙印を押されレースにエントリーなどできない。

 なのにその私がここで走ってるのは、きっと誰かが、この記念すべき舞台は私と一緒に走りたい、と言ったのでしょう。

 

 だから、このレースは、私のレースじゃない。

 途中で諦めることは、やっちゃいけない。

 何より、競うことの出来る足があるのに、一方的に諦めるのはライバルたちに、失礼だ。

 

 今だって、後ろからヒシヒシと殺気にも似た熱い視線が向けられているのが感じる。

 

 熱くて、痛くて、とても高揚するよ。

 

 

 『さぁ先頭のウマ娘が第四コーナーを抜けてきた! 最初に抜けてきたのはミホノブルボンだぁ!』

 

 

 息遣いが荒くなる。

 歓喜の声援で、心臓が壊れそうになる。

 私の少し前で、歓声を受けている後輩が居るのだから。

 

 見守ってきた後輩がレースで一位になるのは、とても嬉しい。

 嬉しくて、それこそ飛び跳ねてはしゃいでしまうほどだ。

 

 でもそれが、第三者(関係ない)立場だったら、だ。

 

 自分じゃなくて後輩が勝って嬉しい?

 自分が勝てなくても見守った子なら喜んじゃう?

 

 そんなわけ、ないだろう!!

 

 

 何が嬉しいだ!

 何が喜ぶだ!

 

 そんな結末なんか、誰だって望んでない。

 

 私だって、他ならないトレーナーだって。

 

 勝って、優勝して、トレーナーに笑顔を見せるまでは!

 

 「私のレースはっ、まだ終わらない!!」

 

 『ここで他のウマ娘たちも立ち上がってきた! ライスシャワーにトウカイテイオー、メジロマックイーン! 離れてプライドレリーフ! そのまた少し遅れてオグリキャップなども上がってきた!』

 

 後ろを盗み見るように視線を向けてみれば、スパート体勢だ。

 コーナーから立ち上がった刹那に、オグリの体は前傾へと変わり、それは地面を蹴るに最適な恰好へと整えており。

 

 ――狙われる。

 

 そう感じた時には、私の体も動いた。

 

 反射というべきか、意地というべきか。

 

 まるで衝撃波でも発するように奔るオグリの加速に、差を縮めれまいと、加速する。

 

 このレースの直線は、長い。

 前には追いつける。

 

 

 でもそれは、全員同じなわけで。

 

 

 「今! 追いつく! レリーフっ!!」

 

 「アタシだって! いつまでもレリーフ先輩の背中を追うだけの私じゃないってところを見せてあげる!!」

 

 「煌びやかな一着を目指すのは、僕だけで十分さ! 今日の主役のために、レリーフさん、貴女を抜かせてもらう!」

 

 グングンと上がってきている。

 そりゃラストスパートだ。

 今まで溜めてきた分の足、わずかに残った一滴、沸き出でる気合。

 それらが爆発するんだ。

 

 それは、当然届かない相手にも、届きうる力になる。

 

 近づいてくる足跡がだんだんと増えてくる。

 いささか纏まりのなくなってきた歓声がうるさくなってくる。

 向けられる視線が、向けられる期待が。

 

 このターフが。

 

 こんな私(プライドレリーフ)を一歩先先へと連れて行ってくれる。

 

 だから前に。

 

 追いつくっ!

 

 『ここでプライドレリーフ! 爆発的な末脚だ! 一気に先頭との差を縮めていく!』

 

 耳が風を斬り裂く。

 尻尾が風を置いていく。

 

 体躯が、風を貫き進む。

 

 うるさい程の風切り音が、まるで私の背を押してくれるようで。

 きっと、まだいけると。

 

 前が見えてきて。

 二つの尻尾が視界に入った。

 

 「抜かせないよ! レリーフ先輩!」

 

 「抜かせませんわ! レリーフさん!」

 

 「きっと、一番に立ち向かってくると思ったよ、二人は」

 

 「うん! だってボク、こういうところで先輩と戦うの、夢だったんだもん!」

 

 「わたくしも、少しはしたないですけれど、ここまで導いてくださった貴女と、一度は本気で走り合いたいと、そう願っていましたの」

 

 ――それが叶ってよかった。

 

 二人から交わされた言葉は、それで区切れた。

 

 話したくなくなった、なんてことはない。

 ただ。

 

 私が出遅れたんだ。

 

 「っ追い付かなきゃ!?」

 

 二人に遅れて再度スパートをかけた私の体は、無理なスパートのせいで上体が浮き出す。

 その間に二人は大きく差を離していき、今は既にライスシャワーたちと並んでおり。

 

 なんだよ。

 せっかく二人が叶ったと喜んでくれたのに。

 あの横顔を見れたのに。

 

 全力で戦えるって、喜んだ顔が見れたのに。

 

 なんで離される。

 なんで喰らいつかないっ。

 

 それでも私は年長者(先輩)って名乗れるというのか!

 

 

 喰らいついて、抜き去って、私が一番になる!

 そこまでしないと、この舞台に立った私の、返す姿を見いだせない!

 

 だから、限界なんて狭い言葉で、あきらめるな!

 喰いつくから! もっと速く走らなきゃ!

 

 「いけない、だろぉ!!」

 

 吠えた言葉は大きく響き、それに伴うようにターフを蹴る力も強くなった。

 普段感じるよりも深くターフを突き、強く蹴りだす――。

 

 

 ……はずだった。

 

 

 きっと普段と違っていた。

 ほんの誤差にも感じる差が、不注意には命取りだったのだろう。

 

 

 「レリーフ先輩!?」

 

 「レリーフさん!?」

 

 

 簡潔に言えば。

 私は躓いたのだ。

 

 

 「っレリーフ!」

 

 「レリーフ先輩!?」

 

 「レリーフさんっ!」

 

 転ぶことこそ免れたが、それだけだ。

 大きく体勢を崩した姿勢を戻すのには、体に無理矢理力を入れ減速するしかなかった。

 近づこうとしていたテイオーやマックイーンには突き放され、追ってきていたオグリやタイシン、オペラオーにも追い抜かれ。

 そして後からやってきたブライアンやマヤノにも追い抜かれた。

 

 自分の限界を見誤ったのは、一体どっちだったのか。

 恥じることすらできない自分に、嫌気が刺す。

 

 一番に、負けてしまう、なんて意地汚い勝利への執着に。

 

 目を塞ぎたくなって。

 耳も塞ぎたくなって。

 

 あぁ。

 足に泥沼がまとわりつく。

 きっとこれは、自分の羞恥心なのだろう。

 

 どうして。

 躓いたことへの後悔が募っては仕方がない。

 きっとこれは、自尊心なんだろう。

 

 どこかで聞いたことのある、昔は優秀だった人が落ち、虎になるまで堕ちた物語が。

 

 きっと、今の私にはお似合いなのだろう。

 昔こそ先輩として指導していた私が、こうしてレースに出て。

 失態を冒して……。

 

 

 気づけば誰からも応援されず。

 気づけば誰からも支えられず。

 

 気づけば誰にも見られなくなるようなこんな私なのに。

 

 

 ――それでもあなた(トレーナー)だけは、信じてくれるのね。

 

 

 「諦めるな! 翔ろ!! 今のお前にはそれを成せるだけの足が! 思いが! 何より、願いがある!! だから!」

 

 

 ――顔を上げ、走れ! レリーフ!!

 

 

 こんなにも、信じてくれるトレーナーが居て。

 

 「レリーフ先輩っ!?」

 

 「レリーフさん!!」

 

 こんなにも見てくれるライバルがいて。

 

 『今日は久々にお前の勝ちを見に来たんだ! 頑張ってくれー!!』

 

 『まだ間に合う! だから勝ってくれよレリーフ!』

 

 ……いや、間に合わないかもしれない。

 どうした急に。

 このレースの直線は長い。だが、みんながラストスパートをかけた段階での失速は……。

 あぁ。勝てると思う?

 それ聞いちゃう? 前回8着だぞ?

 

 

 難しいのは分かってます! でもレリーフさんは走ってるんです!

 その通りです! 前回がとかじゃなくて、今! 諦めてない、そのレリーフさんが走ってるんです!

 

 『『……だな!』』

 

 観客も。どこかの年少ウマ娘がいて。

 

 きっと、走らなきゃ見えなかった、聞こえなかった、この景色。

 負ける、なんてのが当たり前でやっていたレースじゃ、絶対分からなかった――

 

 

 ――諦めない先に見えた景色があるから。

 

 

 足を躓かせて失速。

 反動によってぶれた軸が、体勢を崩していく。

 

 このままじゃ、勝てない。どころか、惨敗だろう。

 

 だからこそ。あきらめないって言葉が似合うのだろう。

 

 かつて私が伸び悩む逃げウマに教えた、諦めない心が。

 

 だから。

 だからっ。

 

 一人、二人。もう二人。

 

 どんどんと抜かされていくたびに、声が掛かる。

 

 心配するような声が。

 

 それでも。

 それでもっ。

 

 

 遠く離れた場所から聞こえてくる、優しい声が。

 

 『勝ってくれ! レリーフ!』

 

 幻聴か、はたまた風に攫われた声かわからない。

 

 でも、信じてくれるから、祈ってくれるから。

 負け続けた私を、それでも誇ってくれたから――。

 

 「勝つよ。貴女(トレーナー)のためにっ!!」

 

 

 ――その先の景色に先に行く

 

 

 「一着になって! また貴女達に教えてあげます! 負けることの悔しさを!!」

 

 

 一歩、二歩。

 

 崩れた体勢を直し。

 

 三歩。

 

 蹄鉄をターフを叩きつけ。

 

 四歩。

 

 ――翔けた。

 

 

 『来た来た来た! プライドレリーフが内から猛烈な追い上げだぁ!!』

 

 

 時間にして僅か三秒。

 すでに抜かれた半分は抜き替えし、その声色は心配なものではなく、強気な色に染まっていた。

 

 「レリーフさん! 貴女を目指し強くなったこの足で、貴女を抜かせてもらいます!」

 

 「レリーフ先輩っ! 勝ちマス! 負けられないから! スぺちゃんにもレリーフさんにも! 情けない姿は見せたくない、から!」

 

 グラスにエルが抜き返そうと私に迫っては来るが、それまでだ。

 それまで以上に、私が速く走るから。

 こんなところで、追いつかれるほどの速度じゃ、先は見れないから!

 

 「あぁ、実感する。お前の熱量が! 勝ちに固執する飢餓を! レリーフ! 私は

前のそれを待っていた! お前と全力で走る今を!!」

 

 「今ね。苦しいし疲れてるのに、なんでかすごいの! すごい、すごく楽しいの! 今のレリーフさんとなら、どこまででも走れるかもって! だから! このまま負けてなんて、あげないから!!」

 

 喰いちぎらん程の勢いを持ったブライアンに、まるで背筋の皮でも剥ぐかの如く殺気にも似た闘志を放つマヤノ。

 流石の舞台(レース)だ。

 このまま差を着ける、なんて考えてはいたが、そう甘くもない。

 確実に前との差は縮まってきているのに、後ろとの差も縮まる。

 それは、私よりも速いということだ。

 

 「私もっ! 友達という肩書だけで負けてはやらない! 速くなったレリーフと走れるんだ。これほど嬉しいレースは、幸福なレースは二度とないだろう! だから私も! 全力だ!!」

 

 オグリも私の横に並ぶほどまで上がり、奮起に塗れたオグリの横顔が、私をさらに加速させる。

 

 

 『早いぞプライドレリーフ! そしてトウカイテイオーとメジロマックイーンも早い

! プライドレリーフから逃げるかの如く! 現在一位二位に躍り出た!』

 

 先へと進んだテイオーとマックイーンの代わり、というのは失礼だが、二人に抜かれたミホノブルボンとライスシャワーの背中が見えてきた。

 

 このまま、抜かして行く!

 

 

 再度、地面を一際強く蹴れば、風の壁が強く当たってくる。

 初めての感覚。

 体が浮き上がるほどの、まさに逆風。

 無理に体を前傾に持っていかなければ体こそ宙に投げ捨てられるほどの風が、私の体を包んでいく。

 

 初めて走るこの速度。

 さっきみたいに、まだ知らない未発見があるかもしれない。

 初めてで完璧に走れる、なんてことは言わないし、むしろ怖いほどだ。

 

 でも走ってるんだ。

 他のウマ娘たちが、私の知らない領域で走ってるんだ。

 

 なら先輩としてそれを知らないのは、恥ずかしいことでしょ!!

 

 みんな走ってるんだ。

 だから! 私にも走れないわけが! ないはず!!

 

 

 二歩の踏み出しの後に、私の体躯は加速を得た。

 

 『っプライドレリーフ! さらに二人を! ライスシャワーにミホノブルボンを抜いた! 猛攻劇だ! これは人気最下位のプライドレリーフが! 返り咲くことがあるかもしれません!!』

 

 強いオーラにも似た気配が。

 私を凄ませていく。

 まるで私の好走を許さない、といった雰囲気が後ろから喰らいついてくる。

 

 「貴女の背を見て走るのはいつ振りなのか……感情の起伏が激しいっ……これはきっと、奮起、なのでしょうっ。貴女に負けてはいられないという、他ならない私の感情の!!」

 

 「負け、ないっ、負けたくないっ! ライスをヒーローと言ってくれたレリーフさんにこそ、ライスの背中を見せたいんです!!」

 

 熱い咆哮が、私の尻尾を立てさせる。

 不安になるほどの声が、私の耳を貫いていく。

 

 これが、前を走ることの意味、なんだろう。

 

 誰かの。他の。後ろのみんなの前を走って。

 その人たちよりも早くゴールする、ということの。

 

 願いを一心に受けるということの、意味。

 

 足が震えていく。

 思いの大きさに、心の器が育ち切らずに溢れそうなのだろう。

 これが、最下人気からの逆転劇だから。

 これがレースだから。

 

 

 だから、トレーナー。

 情けないけど、私一人じゃ倒れちゃうからさ。

 貴女の優しい手で、私の心を、包んでね。

 

 ――ターフに出れば、私一人だけだけだから。

 

 レース前に思っていた言葉が、どれほど独りよがりだったが。

 

 ――トレーナーとウマ娘は一心同心なんだ。私にも少しは背負わせておくれ。

 

 トレーナーの言葉が、どれほど私の心を包んでくれるか。

 今更になって分かった。

 

 レースに出るのは私だけだ。

 

 でも。

 

 レースを走るのは、一心同体(トレーナーも)だから!

 

 負けられない。

 くじけていられない。

 

 

 こんなところで、負けちゃいられない!

 

 だってまだ一番が遠いじゃないか!

 まだ、先があるじゃないか!

 

 だから!!

 

 「私だって! みんなと走れて嬉しい! みんなと競えてうれしい! でも嬉しい止まりじゃダメなんだ!! 勝って、トレーナーに私の笑顔を見せてあげなきゃいけないから! 二着でも三着でもない、忖度の入った曖昧な作り笑みなんかじゃなくて!」

 

 ――一着の笑顔が欲しいから!!

 

 「だから私は!!」

 

 『迫る! 迫る迫る! プライドレリーフの影が前へと! メジロマックイーンへと! そして!!』

 

 ――並んだ!

 

 「テイオーに負けたとしても! 貴女に負けてはならないのです! 一着でゴールするテイオーの後ろは! 私の特等席ですの!」

 

 「私はそれじゃ満足しない! だから! テイオーの背中は三着で我慢、しといて!!」

 

 『そして抜いていった! 早い! 未だ加速は止まらず!! 本日、調整不足ながらも出走した特例のプライドレリーフが! 最下人気が! 今! 最強のウマ娘にならばんと翔けています!!』

 

 「テイオーっ、テイオーっ! 何回テレビの前で、客席で叫んだかわからない君の名前を! 今こうして叫ぶ日が来たよ!!」

 

 「ボクだって! いつしか夢に変わっていたレリーフさんが一番に追い駆けられるこのレースを! ボクだって待ってたんだ!」

 

 ――全力のこのレースを!!

 

 

 刹那。風が私の体を押しのける。

 突然のつむじ風、なんかじゃない。

 閉じてしまった目を開けてみれば、それは半バ身ほど。

 かけ離れたテイオーが見えた。

 

 「負けないんじゃなくて! 負けちゃいけないんだ! ボクはレリーフさんに負けられない! だってっ、ボクが最強なんだから!」

 

 隠していたのか。

 まるで悪く言ってしまうほどの言葉が出てしまうのが現実だ。

 追いつく。

 なんて思っていたのが、離された。

 

 でも。驚いた口が塞がらない、なんてことはない。

 

 頭の片隅で憶測はしてたから。

 

 テイオーならきっとこうする、なんて。

 

 有馬記念で復活を見せたテイオーが、万全の状態で挑んでくるこのレースで、奇跡の一つも見せないで負けるわけがないだろうって。

 

 だからこそ、楽しいんだ! やっぱりレースは楽しい!

 

 観客の方に目が行けば、そこにはまるで祈るように心配そうな顔を向けるトレーナーが。

 

 大丈夫だよ。このくらい。

 

 

 こんなちょっと(半バ身)の差なんて、すぐに!!

 

 「追い抜いてやる!!」

 

 「抜かっ、せないっ!! 絶対に!!」

 

 追い駆けようと速度を上げて行く私に、きっとこれ以上先のない最高速のテイオー。

 一着はこの二人の直線勝負で決まるだろう。

 

 ただ、一着はの話だ。

 

 当然他のウマ娘たちも、一着は取れなくとも最善を尽くそうとする精神で走ることを諦めるウマ娘たちは、誰一人としていない。

 

 「どんなやつでもどこのだれでもない! 誰も褒めてくれなかった私を褒めたあんたに、せめてもの恩返し! 追い付かせてもらうよ!」

 

 ナリタタイシンも。

 

 「諦めないっ、諦めちゃダメなの! きっとここで諦めたらきっと、ここで止めたら絶対! 私は後悔するから!」

 

 ダイワスカーレットも。

 

 「私の尊敬する先輩はスズカさん、そしてレリーフさんなんです! そんな人だから! 情けのない姿は見せられません!」

 

 スペシャルウィークも。

 

 「先輩には一番を譲りますよっ! でもっ、その下の三着は絶対に! 誰にも! 明け渡さない!」

 

 ナイスネイチャだって。

 

 そして。

 

 「おうおうおう! ここで待ったがゴルシちゃん! 久々の出番のレリーフちゃんを止めてやるぜ!」

 

 大外を回ってやってきたのは、不沈艦(ゴールドシップ)だ。

 

 あのゴルシですらやる気を見せる、誰しもが諦めないこのレース。

 

 

 『ここでゴールドシップも飛び出た! 普段よりだいぶ遅いスパート、間に合うか!!』

 

 「間に合うとかじゃねぇんだわ! この私が、一着なんだからよぉ!!」

 

 誰もが、彼もが全力。

 一体となるこの競技場で、そこに誰も部外者なんかいない。

 

 走るウマ娘は当然。

 

 見守るウマ娘も、トレーナーだって。

 

 それに、応援する観客だって。

 

 それら全てが、レースにかかわる『レースを楽しむ者』たちなのだから。

 

 

 「負けないよ! テイオー!!」

 

 「負けてっ、たまるかぁ!!」

 

 

 『逃げろ! テイオー!』

 

 『差せ―!! プライドレリーフ!!』

 

 「いけ!! テイオー!」

 

 「がんばれ! レリーフ!!」

 

 

 「負けないで! テイオーさん!」

 

 「本気を見せろ! レリーフ!!」

 

 

 それぞれが、力で。

 

 それら全てが、思いで。

 

 私にとってこのレースは、とても満ち溢れているよ。トレーナー。

 

 

 ――絶対は、ボクだっ!!

 

 ――最初は、私だ!!

 

 

 ゴール板が視界に入ったときには、すでに私の体はテイオーと並んでいた。

 いつの間に並んでいたかなんか、分からない。

 でも分かるのは、勝ち切れないってことだけ。

 

 苦しい、足が重い。

 そんな理由なんかじゃない。

 出し切る力がなといとかじゃなくて。

 単純にこれ以上加速が伸びて行かない。

 

 横を見てみれば、テイオーも同じのようで、速く出し抜こうと何度もスパートをかける素振りが伺えるが、それでも、伸びない。

 

 

 あぁ、道理で白熱するわけだ。

 

 

 私たちじゃなくて。

 この競技場にいるみんなが、だ。

 

 こんな大舞台で、こんなレース。誰もが見たことないだろう。

 

 全力を出し合って。

 いつ抜いても、抜かれてもおかしくない状況で。

 横には全力をだしても抜けず抜かれない相手がいるから。

 

 

 苦しいし、限界なのに。

 

 どうしてか、楽しいんだ。

 

 だからきっと、今なら。

 今なら、全力で楽しめるよ。

 

 「この残り僅かを! 全力で楽しもう!!」

 

 「うん! レリーフさん!!」

 

 

 ――勝負だ!!

 

 

 駆けて、翔けて、駈けて――。

 

 『残り100メートル! 差がない! 差がない! 差がないぃ!! 並んだままのラスト! どうなる!』

 

 『こんなことわかりませんよ! これだけ見ていれば、どちらかが抜けるなんてこと、あるんでしょうか!?』

 

 『いや、それは僕にもわかりません!!』

 

 実況の声が、二人のウマ娘とゴール板との距離を数え。

 そして誰もが見入った。

 

きっとそれは、歴史に残る時間になったはずだ。

 

 

 最強のウマ娘、トウカイテイオー

 

       対

 

 ウマ娘の先導者、プライドレリーフ

 

 かつての最強と、今の最強の一騎打ちなんだ。

 誰もが望んで、描いた時間になるだろう。

 

 

 そして。

 

 誰かの言葉が。

 誰かの息遣いが。

 誰かの瞬きが。

 

 伸び行く二人の時間を引き戻した――

 

 

 

 蹄鉄が幾度とターフへと打ち付けられ。

 舞い散る泥が勝負服に着くことも厭わず。

 ただ貪欲に勝利を望み描いたものがいた。

 

 自らだけではなく、身の回りにいる誰かにすらも望みを景色として焼き付けさせ。

 誰しもに、走ることへの意義を見つけさせたものがいた。

 

 

 

 誰よりも早く、誰よりも最初という言葉にこだわり。

 誰よりも眩しく、誰よりも鮮烈に描こうとした。

 一着を走り駆ける景色を。

 

 有名なウマ娘に、『君にとっての師は?』と聞けば、きっと、この名を出すだろう。

 

 『一着!! 先導者、プライドレリーフだぁ!!』

 

 今。

京都競技場が歓喜の嵐に呑まれた。

 

 

 又の名は――先導者――と。

 

 

 『二着はトウカイテイオー! 三着にはゴールドシップ!』

 

 トウカイテイオーがハナ差でゴール板を駆け、油断したメジロマックイーンの寝首をかく様にゴールドシップが走りぬいた。

 

 「ちょちょちょちょっと! ゴールドシップさん!?」

 

 「へへ! やったぜ! 今日は一着のポーズができない代わりに入賞のポーズ! だぜ!!」

 

 そんな芦毛二人組の言い合いが他所に聞こえるほどの歓声を浴びる、一着二着の二人。

 速度を緩めながら掲示板に表示された文字を見て、声を上げた。

 

 「ったぁ! 勝ったっ!!」

 

 「負けたよぉぉ!! 悔しい悔しい悔しいやい!!」

 

掲示板を見上げれば、人目も憚らず鼻を赤く染め涙を溢し、声を押し殺すように体を屈ませた。

 ただ嬉しい、と。ただ、敵ったと。

 

 かつて教えてきた後輩(ライバル)に、今こうして勝つことができたと。

 

 そこには嬉しい、という言葉だけではなく、胸に煙った思いすべてが、こうして涙としてあふれ出してきているのだ。

 

 「やっ、たよ、トレーナーっ。私、私、さ!!」

 

 バッと顔を見上げてみれば、そこで映ったのは咥えたキャンディーをかみ砕き、棒が口端から零れ落ち、涙を流す姿だ。

 

 普段のトレーナーからすれば、どうしようもなくだらしないと言える姿だ。

 でもそれが、また嬉しい。

 

 願ってはいただろう。

 でも、きっと思ってはいなかったのだろう。

 

 ――私が勝てる、なんて。

 

 あれだけ私に勝ってほしい、なんて言っていたトレーナーが、私の一着を確信してくれなかったのは、ちょっと寂しいところだ。

 

 意趣返しも込め、私は手を伸ばしてピースサインを送ってみた。

 

 「どーだ! 私は勝ってやったさ!」

 

 「あぁっ、あぁ!! レリーフ! お前は、私の無茶なお願いを聞いて、勝ってくれたよ!!」

 

 何度も大声で「ありがとぉ!!!」なんて言ってくる姿に苦笑を浮かべていれば、最後尾まで全員がゴールを果たし、掲示板を見上げていた。

 

 16人エントリー。

 それだけ出走ウマ娘がいれば、入賞も手が遠くなることは事実だろう。

 それでも全力で走っていた。

 

 全力で走っての結果に、と心配そうな目を向けてみれば、そんな様子はまるでなく。

 

 「負けたよレリーフさん! やはり君は速かった!!」

 

 「すごい凄いよレリーフさん! 私ね、レリーフさんがグーンって速くなっていって、そこで初めて届かないって感じたの! だからね、レリーフさんはすごいよ!!」

 

 9着のテイエムオペラオーに11着のマヤノトップガンだ。

 まさしく負けた、という言葉の二人であるものの、こうして傍に来て祝ってくれるのだ。

 周りを見て見れも、怪我をしたグラスワンダーとエルコンドルパサーの二人を除けば、みんなこちらを見て悔しそうな顔を一つしていない。

 

 先ほどまで子供のように地団駄を踏みながら駄々をこねていたテイオーですら、今では澄ました主人公フェイスをしているのだ。

 

 

 改めて掲示板を見てみれば、そこにはやはり自分の文字があった。

 

 『最低人気から躍り出たプライドレリーフ! 一着という偉業の他に! レコードという偉業を叩きだしました!』

 

 少し遅れた実況の言葉に、驚きながら二度見するように掲示板を見入れば、新たにレコードの文字が追加されていた。

 

 久しく、というよりも、私では出したことのなかった、この文字。

 

 『見事レースを制したのは、先導者! プライドレリーフ!』

 

 自然と、涙が流れてくる。

 

 まるで自分のためにこの場所があるのではないか、なんて高を括った勘違いが根を生やしそうなほどだ。

 それほどまでに感極まる。

 

 

 やったんだ。この私が。

 

 

 

 京 16R

 都               確定

 

 

➀ 10 プライドレリーフ

                 ハナ

 ② 15 トウカイテイオー

                 1/2

 ③ 2 ゴールドシップ

                 クビ

 ④ 8 メジロマックイーン

                 1

 ⑤ 1 ミホノブルボン

 

           レコード

 芝   タイム  3:00:5

 良

 

 

 以下

 

                 3/4

 ⑥ 3 オグリキャップ

       1/2

 ⑦ 4 ナリタブライアン

      クビ

 ⑧ 13 ライスシャワー

                 1/3

 ⑨ 12 テイエムオペラオー 

      アタマ

 ⑩ 5 ナリタタイシン

          クビ

 ⑪ 7 マヤノトップガン

       2/3

 ⑫ 11 スペシャルウィーク

       1/4

 ⑬ 16 ダイワスカーレット

         ハナ

 ⑭ 9 ナイスネイチャ

       3バ身

 ⑮ 6 グラスワンダー

       ハナ

 ⑯ 14 エルコンドルパサー

 

 

 

 

 

 『主役のいないレースなんてない! 始まりこそテイエムオペラオーやトウカイテイオーがこのターフの主役となっていましたが! 経った今! レコードの文字を以てして! 新たな主役が誕生した!!』

 

 ――すべての羨望をその身一心に受け!

 

 ――すべての仲間を導き!

 

 ――すべてのウマ娘に同列の意義を与えた!

 

 『陰で燻っていたウマ娘が、その重い腰を今あげた!』

 

 ――その名も!!

 

 『先導者! プライドレリーフ! 見事このレースを、勝ち取りました!!』

 

 

 涙に揺らぐ青空が、どうしようもなく眩しく見えて。

 その青空が。

 

 私自身を心から、祝福していた――




一応はレースは終了です。
ですが、これからも続いて行く予定なのでよろしくお願いします。
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