「......眠い」
欠伸を噛み殺しながら、学校への道を歩く。
昨日はリサに止められるまで、ギターを弾いていた。
流石に三年近くも弾いてなかったから、なかなか感は取り戻せなかった。
だけどそれ以上に。
────ギターを弾くのは楽しかった。
一音一音を奏でるたびに、自分の失っていた過去が再び流れだす感覚。
そんな高揚感に包まれたのだった。
でもその代償は朝から襲ってくるこの眠気だった。
────やばいなこれ、授業中寝そうだな。
そう思いながら、通学路を歩いていると肩に衝撃が掛かる。
ゆっくりと後ろを振り向く。
「湊君、おはよう」
そこに居たのは、パン屋の少女。
『山吹沙綾』だった。
「ああ、山吹か。おはよう」
「なんか、眠そうだね。 夜更かしでもした?」
山吹に挨拶を返すと、
俺がいつもより元気がないことに気づいたのか、
顔を傾げながら尋ねてくる。
「ああ、ちょっとな、作業に集中してた」
「ちゃんと寝なきゃ、ダメだよ?」
「ああ、今度から気を付けるよ」
会って早々そんな会話をしながら、山吹と一緒に歩いていく。
そんな中、何かを思い出したかのように彼女が声を挙げる。
「そういえば、今日って文化祭の実行委員決めるらしいよ?」
「えー、マジで? めんどくさ.....」
その言葉にため息をつく。
『文化祭』
その言葉通り来月、うちの学校では文化祭が行われる。
そして今日はその実行委員をクラスから決める日らしい。
俺自身、文化祭の実行委員はやった事がない。
ただ、俺がまだ学校に通わなくなる前、
実行委員に所属していた友人から話を聞くと、とてつもない仕事量らしい。
「ホントにね」
「多分、俺寝ちゃいそうかも」
「駄目だよー、ちゃんと起きとかないと」
「わーってるよ」
と、山吹と下らない会話をしている時だった。
突然、山吹に何かの黒い影が重なる。
「....さーやぁ!!」
「うわぁ、か、香澄!?」
猫耳をした少女が山吹に抱きついて、
頬ずりをしていた。
「さーや、今日もいい匂いだねー」
そう言いながら、
猫耳の姿をした彼女が沙綾の元から離れ、
こちらの方に目線を向けてくる。
──えーと、誰だ?
そこで俺はあることに気付く。
彼女の肩。
そこに自然と目線が移動する。
──ギターケース?
目の前の乱入して来た彼女はギターケースを背負っている。
しばしギターケースを見つめた後、彼女の方に目線を落とす。
暫く彼女が誰かを考えたが、結論はやっぱり。
──えーと、誰だ?
変わらなかった。
「えーと......」
目の前の彼女の目線が俺と山吹を行ったり来たりしている。
そして数回往復したのちに、俺の前で止まる。
「えーと、誰? 」
「「まさか、クラスメイトだったとは.....」」
「うん、お互いがお互いの事を知らないとは、思わなかったよ」
山吹がため息をつく。
「クラスメイトだったねんて私、知らなかったよー」
山吹に抱きついていた少女。
彼女は『戸山香澄』というらしい。
言われてみれば、教室で見かけた気がする。
「それで翔也君....だっけ? なんでさーやと一緒に居るの? 」
「あー、そこで一緒になってな。 ところでギターケース持ってる事は、ギター弾くのか? 」
「うん!! 最近始めたんだ」
彼女が頷く。
その笑顔にいつかの自分を重ねる。
その姿は。
「そっか、俺と同じだね」
「えっ、そうなんだ!?」
そう言うと、香澄はギターの事を、
意気揚々と
その姿は。
かつてギターを貰って、
音楽を始めたある男の子の姿に見えた。
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午前中の授業も終わりに昼休憩。
一人、屋上で昼飯のパンをかじっていた。
そして思い出すのは、午前中の授業。
気が付いたら四時間あるうちの授業、その大半は寝ていた。
そしてその中には、
朝、山吹が言っていた文化祭の実行委員を決める授業もあった。
その授業だけは寝てはダメだ思い、起きようとはした。
だけど、睡魔には抗えず気付いたら寝てしまっていた。
そして眠りから目覚めていた時には、
『それじゃあ、委員はこの二人で決定したいと思います』
その言葉と共に、
俺の名前ともう一人の担当の子の名前が書かれていた。
「なんで、寝てる人を推薦するかな.....」
そんな事をぼやきつつ、
寝転びながらパンを齧る。
「寝てるからでしょ?」
と、突然頭上の方から声が聞こえてくる。
学校で俺に話しかけてくるのは、今の所一人しか居ない。
ゆっくりと起き上がり、声の主へと振り向く。
そしてその声の主は俺と同じ文化祭の実行委員だ。
「それでも普通は推薦しないでしょ」
「じゃあ、寝てた罰じゃないかな? 」
「よっと」そう言いながら彼女。
山吹は俺の隣へと座る。
その手には弁当袋が握られている。
「ここでお昼食べていい? 」
「いいけど、戸山と食べなくていいのか? 」
「あー、なんか他のクラスの子と食べるって言ってたよ?」
そう言いながら弁当の包みを解いていく沙綾。
包みの中から可愛らしい弁当箱が見える。
「ふーん、一緒に食べに行っても良かったんじゃないの?」
「....いや、今日は香澄と食べる気分じゃなかっただけだから」
「あー、気分なら仕方ないな」
沙綾にそう言葉を返し、新しいパンへと手を伸ばす。
ちなみに今日買ったパンは普通にコンビニで買ったものだ。
「翔也君って、お昼それだけ? 」
「ん? ああ、そうそう、基本お昼は買ったパンとかだな、じゃないと──」
小遣いが尽きてしまう。
そう言葉を続ける。
俺はまだバイトをしていないため手持ちのお金はほぼ無いに等しい。
一応、リサの両親からはお小遣いを貰っている。
だけど、そのお金は使えない。
俺が彼女の両親に認めてもらえたら全額まるまる返すつもりだ。
「ふーん──じゃあ、はい」
「え?」
そう間抜けな言葉を返してしまったのも無理もないだろう。
何故なら沙綾がこちらへと向けて、卵焼きを持ったまま箸を突き出しているのだから。
「えーと、これは? 」
「上げるよ、それだけだとお腹すくでしょ」
「え?いいのか?」
沙綾に食い気味に尋ねる。
「うん、いいよ」
「そう、じゃあ有難く頂きます」
そう言うと、卵焼きを口に放りこむ。
口に含んだ瞬間、柔らかな甘さが口に拡がる。
沙綾の家の卵焼きは、俺好みの甘口な味付けだった。
「うん、美味しい」
「本当!? 良かった、味付けは大丈夫だった?」
「大丈夫だったよ、俺の好きな味付けだったよ」
味の心配をする沙綾に『大丈夫』と言葉を返す。
正直、毎日食べたいくらいだった。
「そっか.....、ねぇ、翔也君。提案があるんだけど?」
「提案?」
沙綾の言葉に首を傾げる。
「うん、私が毎日翔也君の為に弁当作ってきて上げるよ」
耳を疑った。
その提案は、毎日パンだけの昼を過ごしている俺にとって、
非常に心が揺れる提案だった。
「その代わり。 私が実家の手伝いで文化祭の実行委員の集まりに、出れない時に翔也君が出てくれる? 」
「そんな簡単な事でいいのか?」
思わず簡単な内容に沙綾に聞き返してしまう。
それくらいなことならお安い御用だ。
それにそんな事を頼んでくるということは、それほどまでにパン屋の仕事が大変なんだろう。
「うん、分かった。 そんなことでいいのなら」
「ホント? ありがとう、翔也君!!」
沙綾が俺の答えに笑顔を返してくる。
そしてそのまま昼休みが終わるまで、沙綾と屋上でゆっくりと過ごした。