神浜市に各国の人員が投入されたのには理由がいくつかあった。
一つは、その数の多さだ。魔法少女一人でも、かなりの戦力になる。
その戦力が一つの街に一斉に集合しているのだから、重要な拠点となる。
二つ目は、智子がこの街に注目しているという身もふたもない理由だが。
あと、執剣者もこの街の大学に通っていたという大したことじゃない理由もあった。
いくら存在が明らかになったとはいえ、まだどこの国も魔法少女に対して真面目ではなかった。
では、何に真面目になっているかというと、地球規模の国防であった。
魔法少女は地上戦でしか使えないので、各国は人間による宇宙軍の設立を急いでいた。
その過程で、数多の陰謀が生まれたのだが・・・。
その中のいくつかと結びついたのは、敗北主義であった。
そして、そうした陰謀は少しずつ白日の下にさらされることになった。
「・・・またお前か」
「すみませんね。毎回同じ男だと飽きるでしょう?
まあ、僕は飽きませんけどねえ。あなたのような美しい方の担当なんて」
「・・・そういうわけじゃない」
十七夜の対処に最初に成功したのは日本とバチカンであった。
日本は玄谷からの情報をもとに、バチカンはこれまでの経験則で対処したのだ。
心を読むのなら何も知らない者を、外交が上手くないのなら同程度の者を、というわけだ。
十七夜は非常に気分が悪かった。明らかに疎まれているからだ。
だが、目の前の青年、アントニウスのことは嫌いというわけでもなかった。
むしろ、今までの連絡員のように煙に巻こうとしなかったりというだけでマシだ。
それに、こちらの言いたいことをちゃんと聞いてくれる。
あと、言っていることと思っていることが一致してくれているのも嬉しかった。
おかげで、いちいち読心を使わずにすむ。
・・・イタリア人だからか、いちいちそういうことを言ってくるが。
「今日はバチカンの方からの要請です。
簡単に言えば、いい加減、神浜市の魔法少女はまとまれというものですね」
「まあ、私も賛成だが・・・具体的にはどうまとまれと言うんだ?」
「僕の国からの案は確か・・・」
アントニウスはメモを取り出した。
「えっと・・・まず、代表者はいろはさんですね。
あの子はまあまあ信頼できるので、いいとは思いますよ」
「私も悪くないとは思うが・・・あれは優しすぎる」
「みーんな、そう思ってますよ。だから選ばれたんですって。
玄谷くんよりも優しいから、扱いやすいというか」
「ふん・・・そうだろうな」
十七夜はもともと権力者というものを信じてはいなかった。
神浜市の為政者たちが市民のことなど考えず、私欲のために動いていたからだ。
だが、夜明けを迎えてから、別の理由でそれに拍車がかかった。
大人たちは、抽象的な概念しか見ていないように思えた。
連絡員たちは違うが、彼らの愚痴は噂となって聞こえてくる。
口を開けば、人類、文明、国家、勝利・・・そして、抑止。
私欲など、一切ないように思える。そこが問題だった。
十七夜は彼らの何が気に食わないのか、そこがわからなかった。
ただただ、何か気に食わなかったということだけはわかった。
「まあ、東の代表者としてあなたも選ばれてはいますがね。
それにしても、調べてみると、この街酷くありませんか?
東西の格差とか差別とか・・・もっと広い視点を持てばいいってのに。
僕だったら、とっくに逃げ出していたと思いますよ」
「・・・神浜の者たちは、歴史に振り回されてばかりだからな」
「達志くんは上手くやりましたよ。
執剣者くんのよき相棒として神浜から出ていったんですからね。
もっとすごいのは、執剣者くんですよ。
立場上、色々な人と話すことが多くなりましたから。教皇猊下ともリモートで対話したんですよ!
それどころか、彼は今、二つの文明の存亡を決める存在にまでなってるんです!」
アントニウスは執剣者玄谷に浪漫を見出している人物だ。
あと、達志にも浪漫を見出していた。
彼は確かに、魔法少女に勝てるくらいの実力者だ。
それに、一気に成り上がったという点でも憧れを抱くだろう。
「十七夜さん、あなたも執剣者と同じくらいビッグになれますよ。
こんなちっぽけな島国の街からは早く離れたほうがいい。
僕もそろそろ、教皇庁に戻ろうと思うんです。
バチカン市国には、神浜市ほどではないとはいえ魔法少女が多いんですから。
あなたも、ぜひバチカンにいらしてはどうですか?
実力のある魔法少女は、どこの国も喉から手が出るほど欲しているんです」
十七夜は読心を使わずともわかった。
この男は、完全に好意から提案しているのだと。
でも、乗り気にはなれなかった。どうしてかわからない。
わからないのは、玄谷と達志に対する不信感もそうだった。
彼らは、もう神浜市のことなど忘れてしまったのではなかろうか?
「・・・すまんが、その話には乗れんな。
どれだけお前に酷く見えようと、この街は私の愛する街なんだ」
まあ、そのために一度破壊しようとは思っているが。
今は大人たちの眼が光っているので、大きな行動には出られない。
すると、アントニウスは鞄からある書類を取り出して渡した。
「君は、地球と死ぬつもりなのかい?」
その書類はラテン語で書かれていて、十七夜には理解できなかった。
しかし、図といくつかの数字から、ようやく飲み込めた。
これが宇宙に脱出するプランを纏めたものだということを。
「計画名は決まってない。僕はウォルター・ミラーの小説をもとに、
汝ガ意志ノママニ計画とか群ノオモムクトコロ計画って呼んでますけど。
とにかく、地球に未来がないのはあなたがよく知っているはずだ」
十七夜はノヴォルコフのことを思い出した。
最近、彼は姿を見かけないが、悲惨な精神状況にあるのは間違いない。
敗北主義は世界中の正気の大人たちを呑み込んでいた。
そして、ある結論に辿り着いたのだ。そう、逃亡だ。
敗北主義と宇宙移住計画という陰謀が結びついたのだ。
「あんな圧倒的な文明が先史時代から入り込んでたんだ。
今さらどうやって対抗するんだ?確かに抑止は有効だろうね。
でも、今以上に抑止ポイントの高い執剣者が将来生まれると思えない。
執剣者くんがインキュベーター文明に叩きつけた約束は覚えてるよね?」
「確か契約に政治的合意を必要とする、といったものだったか?」
「そう。すでに政治的合意に基づいた契約は始まっている。
まずインキュベーターが素質のある子を見つけて、こちらに報告するんです。
こちらはその子に接触して、その子の願いを権力で叶えるます。
その引き換えに、その少女にはこちらの都合のいい願いで契約してもらうって寸法ですよ。
もちろん、智子さんや執剣者くんの審査を経た願いじゃないと駄目だけど。
すでにいくつかの国で穏やかな民主主義化や経済回復が起こってるのもそれですよ」
「だが、それがどう将来の執剣者と関係するんだ?」
「未来は良くなりつつあるんです。それがどんなに恐ろしいことか・・・!
僕や各国の専門家の予想だと、未来の人間は腑抜けてるはずです。
温室のような文明で甘やかされた子供に、暗黒森林抑止が務まるとでも?
将来的にあちらは何らかの軍事行動を取るはずですよ。
今までは事を構えようとはしなかったけど、これからは違います。
だったら、地球が再び奴らの牧場になる前に、やれることは一つになるはずです」
「・・・それで、地球から逃げると?」
「はい。皮肉にも、インキュベーターは宇宙船の建造を助けてくれるでしょうね。
何しろ、少女が宇宙船を造れる技術を願えば、奴らはぽんとそれを提供するんですから。
計画が執剣者くんに認可されたら、
それで航行中や定住後もあなたの魔女化を防ぐことができるかもしれない。
あなたのような人材が新世界には必要なんです。かつての地球の厳しさを持ったあなたが」
十七夜はこれまでの神浜市を思い浮かべた。
東も、西も、どちらも歴史に囚われたままだ。
互いが互いを憎んでいるといっても過言ではない。
でも、新世界では?新世界は地球のしがらみなどないはずだ。
もしかしたら、玄谷や達志以上に解放されるかもしれない。
でも・・・誰が方舟に乗れるのだ?
「なあ、その方舟には誰が乗るというんだ?」
「まだ決まっていませんが、教皇猊下は乗らないと断言しているようです」
十七夜にとって、この返答は予想外だった。
彼女が今まで見たことのある権力者なら、我先にと乗り込むはずだった。
「なぜだ?そういうものはトップが乗るものだと・・・」
「トップが乗れば、下の者たちが乗れなくなるとのことです。
枢機卿たちも反対しましたよ。もちろん忠誠心と生存欲が入り混じっていましたが」
「・・・教皇のような者がいれば、神浜はこうなっていなかったはずだ」
「それはどういう・・・ああっ、くそっ」
十七夜は人間が今の教皇ほどできた存在ではないと知っていた。
普通の人間だったら、我先にと乗り込みたいはずなのだ。
だが、方舟には定員があると相場が決まっている。
もし、ノアの一家以外も洪水が起きると知っていたら、それは大惨事になったはずだ。
ましてや、もし神浜市民がこの計画の存在を知ったら・・・。
西も東も、どちらの市民も乗りたがるに決まっている!
「・・・十七夜さん、僕はあなたの席だけでも手に入れるつもりだ。
そのためだったら、母親を売春宿に売り飛ばしたっていい」
「同じことだ。他の者たちもそう考えるに違いない。
自分は乗れなくてもいいから、せめて大事な人だけは、とな。
・・・今日はもう帰れ。お前はしばらく頭を冷やした方がいい」
「・・・十七夜さん、永遠に夜が続く世界に、いつかあなたを導きますから」
そう言ってアントニウスは去っていった。
イタリア人というのは不真面目な恋愛家だと十七夜は思っていた。
だが、意外にも一途な面もあるのだと実感した。
しかし、今はそんなことを考えている場合ではないのだ。
これは危険な事態が進行しているかもしれない。
どうにかして、執剣者になった玄谷に連絡を取られば。
でも・・・彼はもう自分たちのことなど忘れているのではないだろうか?
しかし、玄谷は神浜の魔法少女のことを忘れてなどいなかった。
ちょうど同時刻、衣美里は彼からの電話を受け取ったのだ。
「もしもし、トトロー?久しぶりー!どしたの?」
「ええ、ちょっと声を聞きたくて」
「アハハ!遠距離恋愛じゃあるまいし!
・・・何か辛いことでもあったの?」
「いえ、それはこれから起こるかもしれません。
ただ・・・もし僕が間違ったことをしたら、どうか許してください」
「また?」
「ええ、また。今度という今度は許されないかもしれません」
「ボタン押しちゃうの?」
「そっちの方ではありませんが・・・いずれわかると思います」
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(よくもそんなこと)聞いたなコイツ!!
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