電車になんとか飛び込んだ二人は息を切らしてへたり込んだ。
小太りな玄谷には少し厳しい運動だった。
だが、訳も分からないまま死ぬわけにもいかない。
とにかく、逃げて、逃げて、逃げたのだ。
「・・・ふう、これ忘れてたぞ」
達志はバッグから宇宙社会学のノートを取り出す。
おそらく、帰るときに机の上に置きっぱなしにしてしまったのだろう。
ノートを忘れたからこそ、命が助かったともいえる。
「ありがとうございます・・・それで、さっきのは何だったんでしょうかね?」
意味のない質問だと玄谷は知っていた。
どうせ、達志も知らないに違いない。
お互い、ただの学生なのだ。
一方は地方出身で、一方は東京出身なだけだ。
まあ、前者は学界からは嫌われてる一族出身でもあるのだが。
それでも、殺される心当たりもない。
・・・だが、達志は何か知っているそぶりを見せた。
「ここでは駄目だ。別の場所で話をしよう」
「・・・知ってはいるんですね」
「まあな。信じるかどうかは別だ」
そのまま電車に揺られ続けた。
電車は東の方向に向かっていた。
大東区に向かおうというのか?
まあ、別にどうでもよかった。玄谷は外部の人間だ。
外部の人間は、内部のいざこざには概して無関心である。
それどころか、馬鹿にしている傾向すらある。
それを堂々としているから、達志は神浜市の人間から嫌われるのだが。
達志はSNSで誰かに連絡を取っているようだ。画面を見る気はない。
ただ、ちょっと心を落ち着けたかった。
日常というのは、あっさりと崩壊するものだ。これは祖父の言葉。
巫という霧峰村の最終兵器が村に襲撃したときの話をするときに、いつも最初に言っていた。
なにぶん、祖父が子供の時なので覚えているものはどんどん少なくなっていく。
だが、祖父はちゃんと記憶を持っていて、今でも語っているそうだ。
・・・正確に言えば、祖父以外の当事者は誰もが口を閉じたのだが。
誰も戦いでは死ななかったが、圧倒的なトラウマを植え付けたのだ。
それでも、祖父は今も語り続ける。
「あの巫は日の本のために戦っていた。
だがな、結局は一般人に牙を剝いたんだ。
一つの大義のために、人に害をなす。
それが正しいのか間違っているのかは、永遠にわからん。
だがな、とにかく忘れちゃならん」
人文学者である祖父は何が正しいのかはあまりこだわらなかった。
だからこそ、彼は哲学の分野で酷い功績を挙げているのだろうが。
たとえば、彼はトロッコ問題に最悪の解を見出した。
「生存権の不平等は、最大の不平等になってしまう。
だからこそ、あらかじめ爆弾を用意しておく必要がある」
現代倫理では、レバーを押す人も、他のレールの上にいる人も死ななくてはならない。
なぜなら、誰かが生き残ると、それは生存権の不平等という最悪の格差になるからだ。
それが祖父の見つけた現代倫理の恐ろしい点であった。
これを発見してしまったことで、人道主義を掲げる欧米では混乱が起こったとか。
ただ、これもまた智子の提案から生まれたと祖父は言っているが。
ともかく、どんな人道主義でも人の命を平然と奪ってしまうというのが祖父の主張だった。
日の本のため、という愛国主義を掲げている霧峰村ならなおさらだろう。
・・・これは誰にも言ってないのだが(智子は見てただろうが)、巫に会ったことがある。
霧峰村の近くの山を散歩していた時に、年下の少女に遭遇したのだ。
目が合ったときの、挙動不審さから、彼女が智子を殺しにきたのだとすぐにわかった。
彼女は光を放つと、クラシカルな洋服に身を包んでいた。
祖父も、巫は光を放って変身していたと言っていた。
戦う力などなかったが、棒を拾って、動かずにじっと睨みつけた。
一秒一秒が長く感じられた。相手がいつ宝玉で攻撃するかわからなかった。
できるのは、それを遅らせるために視線をそらさないこと!
そして・・・
「おっ、もう着いたぞ。駅前に可愛い護衛がいるから安心しろ。
奴らも、アイツには逆らえないだろうからな・・・」
「・・・それは安心ですね」
とにかく、その後は何も起こらなかった。
いや、正確に言えば、悪いことは何も起こらなかった。良いことが起こった。
熟した木の実が落ちてきたのだ。片方は玄谷の頭上に落ちた。
こんな緊迫した状況だからこそ、つい笑ってしまった。
少女もそれにつられて笑ってしまった。
もう睨み合いなんて空気ではなかった。
玄谷は落ちた二つの果実を拾い上げ、片方を少女に投げ渡した。
少女はそれを受け取ると、そのまま立ち去っていった。
彼女の顔は、どこかほっとしていた。人を殺さずに済んだとばかりに。
玄谷もそれでほっとした。霧峰村の人々も人間なのだと。
人道主義を唱えていようが、愛国主義を唱えていようが、やはり人間は人間だ。
智子は後日、突然こんなことを言った。
「人間には愛があるのです。家族に向ける愛、恋人に向ける愛、隣人に向ける愛・・・。
そして、睨み合う相手にでさえも愛を持っているのです。睨み合いさえ止めるほど」
やっぱり智子は見ていたんだなと察した。
別に怒りとかそういうのは湧かなかった。
まあ、思い出はともかく、今は生き残ることが重要だった。
とにかく、死を遅らせるために視線をそらさないこと!これが重要だ!
「待っていたぞ、達志。無事で何より」
駅前に大東学院の制服を着た少女が立っていた。
どことなく冷酷な雰囲気を漂わせていた。
だが、その冷酷さは智子がたまに見せるそれを比べれば幼く見える。
智子がたまに見せる冷酷な表情は、ただただ溜息が出るくらい美しいのだ。
それと、達志にまさか神浜市の人間の知り合いがいるとは思わなかった。
「・・・それと、貴様が星ノ森玄谷か」
「よろしくお願いします・・・えっと」
「和泉十七夜だ。ふむ・・・本当にこんな男を狙っていたのか?」
彼女はまじまじと玄谷を見つめる。
その真意は明らかだ。こんな小太りで優しそうなだけの男が何になる?
「狙っていたも何も、実際にそうなってたんだ。
ともかく、ちょっと人の少ない場所に行こう。
危険とはいえ、こいつがいるから誰も襲ってこないだろう」
「そうだな。それがいいだろう」
神浜市には大量の廃墟が存在する。
まあ、これは市政の失敗なのだが。
星ノ森家が関わる故郷の町ではありえない話だった。
研ぎ澄まされた経済感覚を有し、一応は学問に秀でた一族が支配しているのだから。
あと、不老不死としか思えない智子も参加しているのだから。
ともかく、一行はとある廃墟の内部に入った。
「それじゃあ、十七夜、頼むぞ」
「うむ、わかった」
「玄谷、ちょっと信じられないことが起こるが冷静でいてくれよ」
十七夜のはめていた指輪が突如として光りだした。
そのまま彼女は光に包まれ、軍服のような格好に身を包んでいた。
驚いたと言えば驚いた。だが、それは彼女が巫だったということに驚いただけ。
「・・・達志、この男、さして驚いていないようだが?」
「どういうこっちゃ?俺もパニックとはいかないまでも、かなり驚いたってのに。
・・・ともかく、玄谷、こいつは魔法少女でもあるんだ。驚いたはずだろ?」
魔法少女、まあ、呼び名は場所によって違ってくるのだろう。
それと同時に安心した。霧峰村とはどう考えても関係なさそうだ。
霧峰村は噂によると、未だに古めかしい単語を使うという。
「・・・僕も故郷にいたとき、呼び名こそ違えど、そういった子に遭遇しましたから」
三体好きかい?
-
うん、大好きSA!
-
まあまあSA!
-
あたしゃ知りませんよ
-
(よくもそんなこと)聞いたなコイツ!!
-
全滅してやるぞ(嫌い)
-
劉慈欣先生お許しください(すごく嫌い)