玄谷は魔法少女社会学である理論を導き出すことに成功した。
彼はそれに魔法少女相互攻撃理論という名称を付けた。
その名前が、そのままぴったりだと思ったからだ。
彼はある程度の要点をノートに書き記して、やちよに電話をかけた。
「あら、何か解を得たのね」
「ええ、あまり快いものではありませんが」
「そう・・・ならいいわ」
「聞かないんですね?」
「ええ、たぶん、私の導き出した答えた同じだから」
玄谷もそれには自信を持っていた。自らの弾き出した理論は通用するだろう。
しかし、それでも一つだけ疑問があった。
そう、この理論はあくまで一人一人の魔法少女にしか通用しない。
魔法少女社会学だからこそ説得力を増す理論である。
これが宇宙社会学にとても適用できるとは思えない。
魔法少女は個人で、文明は集団だ。前提条件がそもそも違う。
「・・・魔法少女と宇宙文明は違います」
「その通り。でも、似てる部分はあるわ」
「似てる?似てるって、どこがですか?」
「それは自分で考えなさい。私はヒントを出しただけ。
でも、いつかはあなたも辿り着けるはずよ」
それで電話は切れてしまった。
この先、どうやって宇宙社会学を研究すればいいのかわからなかった。
魔法少女相互攻撃理論は、宇宙社会ではありえないと玄谷は考えていた。
なぜなら、文明には理性があるし、別の要素があるのだ。
それは政治・経済体制だ。魔法少女は決して持ちえないものだ。
魔法少女は自由主義経済にはならないし、共産主義経済にもならない。
同時に、全体主義国家になったり民主主義国家にもならない。個人だからだ。
だが、宇宙文明は政治・経済体制を持っている。社会だからだ。
自由で豊かな文明もあれば、1984年をそのまま具現化した文明もあるだろう。
もしかすると、民主主義も全体主義も超克した想像もできない政治体制かもしれない。
この通り、本当に前提からして完全に異なっている。
なぜ、やちよは似ている部分があると言い切ったのだろうか?
玄谷は調整屋のソファーにへたり込んで、溜息をついた。
コーヒーの匂いと、この部屋の青い色調が、心を落ち着けてくれた。
「あの・・・玄谷さんですよね?」
話しかけてきたのは会ったことのない魔法少女だった。
頭頂部が甲虫の触角のようにはねていて、そして良い体つきであった。
だが、まじまじと見る気にはならなかった。
失礼だし、見すぎるだけで壊れてしまいそうだったから。
「ええ、そうですけど・・・あなたは?」
「梓みふゆと申します。羽根の子たちから話は聞いています」
「ああ、僕もあなたのことはちょっぴり聞きました」
羽根の魔法少女たちはたまに幹部のことを話してくれる。
もちろん、マギウスのことも名前には出さないが話すことはある。
三人いることは既に分かっている。一人は小説家で、一人はアーティストだ。
あの方に関してだけは注意深く話そうとしないが、羽根よりも年下だとわかっていた。
「マギウスの翼の幹部をやってらっしゃるんですよね?」
「はい、そして・・・宇宙社会学の辿り着く先も知っています」
玄谷は飛び上がった。知っているだって?
だが、すぐに冷静になってソファーに座りなおす。
知っているといっても、それが何になる?教えてくれないのは確実だ。
「・・・みふゆさん、僕は永遠にあなたの知っている答えに辿り着けないでしょう」
「永遠なんてことはないと思います。あなたもいつか辿り着くはずです」
そう言われると、何だか変な気分だった。
敵に応援されているような気がしたからだ。
だが、決して彼女は玄谷に解に辿り着いて欲しくないだろう。
どういうわけか、それは解放の邪魔になるらしいから。
「あなたもやちよさんと同じようなことを言うんですね」
「・・・やっちゃんにも宇宙社会学を教えたんですか?」
「ええ、同じ大学ですし、同じ授業を取っているので話す機会が多かったんです」
みふゆは少し取り乱したようだったが、すぐに落ち着いた。
おそらく、やちよの友人。それもかなり関わりが深い友人だろう。
「・・・やっちゃんは何か知っているんですか?」
「わかりません。彼女が何を考えて、僕に研究を催促しているのかわからないんです。
この前は関係ないものを研究してみろと言われたくらいですからね」
「・・・それはいったい何ですか?」
「魔法少女社会学というものです・・・が、宇宙社会学とは前提が違いますからね」
「話してください、その魔法少女社会学について」
彼女は顔を近づけて迫った。
その表情には不安が見てとれる。
みふゆは恐れているのだろう。やちよが真実を知ってしまったのかと。
「ええ、説明するので少し離れてください」
「あっ、すいません・・・はい、それではお願いします」
「では説明を始めますか。まあ、公理は宇宙社会学によく似ています。
公理その一、生存は魔法少女の第一欲求である。
その二、魔法少女は魔女を狩り続けるが、各地域における魔女の総数は常に一定である」
みふゆの表情が一瞬翳ったような気がした。
「・・・よく似ていますね」
「でしょう?あと二つの概念もよく似ているんです。
相互猜疑と、魔力衰退・・・後者の方はわかると思いますが」
「ええ、ワタシもそうですから」
まさか、よりにもよって目の前の女性がそうだとは思わなかった。
少し気まずくなってしまった。こういう話題はデリケートかもしれない。
いや、魔法少女社会学そのものがデリケートな話題なのだ。
魔女化の真実そのものが魔女化になることもあると羽根の子から警告を受けた。
確か・・・観鳥令という魔法少女がそう言っていたはずだ。
「・・・すみません」
「いえ、気にせずに続けてください」
「そうですね・・・まず、四つの概念の定義が必要です。
魔法少女における善意と悪意、さらに超善意と超悪意」
「・・・それってかなりあやふやな言葉ですよね?」
社会学も批判されることはあるが、一応は社会科学の分野に指定される。
だからこそ、ある程度用語は科学的に使わなくてはいけないのだ。
「ええ、ですから厳密な定義が必要となります。
善意は、一般人は積極的に助けますが、同じ魔法少女は助けません。
超善意はその善意のアップグレードで、積極的に魔法少女も助けます。
悪意は善意と同じように一般人を助けますが、魔法少女は助けないどころか攻撃します。
超悪意はもっともひどく、一般人にも魔法少女にも危害を積極的に加えようとします。
ここで捕捉しますが、超善意には基本的に相互猜疑が発生しません」
「じゃあ、超善意の子同士だったら仲良くできるわけですね」
「そういうことです・・・ですが、それ以外が問題なんですよ」
玄谷はカップを持ってソファーから立ち上がり、歩き回りながら話し始めた。
座って話すのも、何だか落ち着かなくなったからだ。
これは、あまり冷静に話せるものではないから。
「みふゆさんは初対面の魔法少女がどんな子かわかりますか?」
「・・・いいえ。でも、あまり悪い子はいなかったです」
「だとすると、みふゆさんは超善意に分類できますね。
・・・あまり気分のいい話ではありませんが、超善意の子が二番目に割を食うんです」
「一番目じゃないんですか?」
「・・・話を続けましょう。初対面では善か悪かはわかりません。
超善意の子と超悪意の子以外は、最初は疑問を抱くでしょうね。
相手は善意を持っているのか、悪意を持っているのか?
相手はこちらをどう考えているかわからないし、相手もこちらがどう捉えているかわからない。
ここで最初に脱落するのは、超悪意の子です。理由は・・・言わずともわかりますよね?」
「そういった子はあらゆる魔法少女を敵に回しますからね」
「この超悪意に関しては、僕の経験と常盤ななかさんからの話を参考にしました。
ただ、マギウスの翼は超悪意と悪意の中間であることを留意してください」
ななかはやちよと同じように噂を聞いて調整屋にやってきたのだ。
彼女はまじまじと玄谷を見つめると、安心したような表情をして去っていった。
みたまに聞くと、彼女は敵を見極める能力を持っているそうだ。
今のところ、ななかという魔法少女からは怪物とは見なされてないようだ。
「・・・一般人はどうやって定義するんですか?」
みふゆはこちらをじっと見据えていた。
玄谷はあやうくたじろぎそうになったが、すぐに持ち直す。
彼女の言わんとしてることは理解できた。あなたは一般人じゃない。
「えっと、とにかく話を続けましょう。それは重要ではありませんから。
・・・ここで残ったのは超善意と善意、そして悪意の魔法少女です。
さて、問題は超善意と善意・・・とくに善意の子たちで発生します。
善意の子たちは誰が善意の仲間なのかわかりません。
たとえ、相手がもし善意であったとしてもです。
そして、そうした相互的な猜疑が魔法少女の間に発生します。
これが相互猜疑です。会う前も会った後も、相手のことを疑わなくてはなりません」
コーヒーを飲んで、話を続ける。
「では、みふゆさん。あなただったらどう行動しますか?」
「・・・会った後でも、話はできます。
ですが、それだと・・・第一公理に反するかもしれないんですよね?」
「ええ、その通りです。姿をさらすというのは、代償が伴います」
「じゃあ、話しかけなければ・・・」
「それで本当に通用すると思いますか?」
「・・・駄目ですね。こちらが発見した以上、相手もこちらを発見しますね」
「ここで魔力衰退と公理二を導入しましょう。
前者はすぐには問題になりませんが、公理二は問題です。
最初、僕はこれを魔女化により魔女の数は維持されるという意味だと思っていました。
でも、それは見当違いでした。各地域には、一定数しかいないんです」
「・・・確かに神浜市の魔法少女もそれで東西に分かれていました」
「そして、魔法少女は魔女を狩り続ける。訪れるのは魔女不足です。
長い間、魔力を節約すればいいのですが、それもいつかはガタが来るでしょう。
なんといっても、魔力は年を経るごとに衰退するんですからね。
そうなると、不足した魔女を狩ることでなんとかしなくてはいけません」
「・・・それが結論ですか?対話も、沈黙も役に立たない。
そして、いずれ魔女は不足するうえに、魔力は衰退していく。
でも、生きるためにはグリーフシードが必要で・・・その先は、地獄じゃないですか」
「地獄ですね。さっき言った通り、超善意の子が二番目に脱落します。
善意や悪意の魔法少女がそういった子たちの手に入れたグリーフシードを奪うんですから。
でも、そうなると善意と悪意の魔法少女の区別なんて付かなくなる。
次に起こるのは、善意の魔法少女同士による猜疑による殺し合いですね。
その選別の途中で、何人かは魔女化してしまうでしょう。
勝者は悪意の魔法少女ですね。彼女たちは最初から自分の生存を優先したんですから。
これが魔法少女相互攻撃理論です。これが・・・魔法少女の社会の全体像なんです」
話し終わると、コーヒーを一気に飲み干した。
「・・・そして、これは宇宙文明には適用できない」
すると、みふゆは驚愕した表情でこちらを見た。
あなたはいったい何をのたまっているんですか?
「魔法少女は個人ですが、文明は集団なんですよ?
社会という概念もあり、経済という概念だってある。
それに長い目で見れば、文明というのは永遠に成長します」
「・・・あなたは何もわかっていません。
何もわかっていないのに、あなたはやっちゃんに話した。
あなたは優しかった。でも責任感というものはなかった。
そして、やっちゃんはこの宇宙の真実に気づいてしまった」
彼女は変身して、巨大なリング状の武器を構えた。
「・・・正気ですか、みふゆさん?ここは調整屋ですよ」
「宇宙の真実を知った以上、やっちゃんも狙われることになる。
あなたがやっちゃんを結局は殺してしまうことになった。
ワタシはそれを許せない。ここがどこだろうと、あなたには死んでもらいます」
駄目だ。これは話が通じない状態だ。このままでは殺される。
だが、今回も玄谷は達志に助けられた。
彼が急に室内に入ってきて、彼女の腰にドロップキックをかましたのだ。
そして、達志は倒れたみふゆの頭を床に何度も叩きつけた。
「・・・財布と例のノートだけ持って、急いで逃げるぞ」
「・・・はっ、はい!」
彼の言う通りに自室から財布とノートを持ってきた。
みふゆは呻き声を上げながら、まだ動こうとしていた。
「心配すんな。魔法少女はソウルジェムをやられん限りは死なねえよ」
「・・・わかっていますが、気分のいいものではありません」
玄谷はハンカチだけをみふゆのために置いていった。
せめてもの餞別であった。
「まったく、お前は優しすぎるよ」
「ええ、自覚はしていますよ」
調整屋の建物の入口には車が停まっていた。
その車には里見メディカルセンターと書かれていた。
「おっさん、無事に保護したぞ!」
「よくやってくれた。早く乗りたまえ」
運転していたのは、里見メディカルセンターの院長だった。
里見家は星ノ森家の投資により成功した一族である。
その縁あってか、プライベートでは非常に仲が良い。
ただし、アカデミックな面では非常に仲は最悪である。
車に飛び乗ると、前に黒羽根の子たちが現われた。
発進させまいとしているのだ。だが、達志の判断は非情だった。
「おっさん、アクセル全開」
そして、院長の判断もまた非情なものであった。
「よしわかった!」
彼の言う通り、院長はそのまま魔法少女たちを撥ねていった。
玄谷は大きな罪悪感に囚われた。自分のせいで、二人がこんなことをしでかしたから。
「・・・おじさん、ありがとうございます」
ごめんなさい、という言葉はどういうわけか出せなかった。
本当はそう言いたいのに、喉から出なかったのだ。
それを言ったら、二人に逆に申し訳が立たないような気がした。
「いいんだ、玄谷くん。礼を言うのはこっちだ。
昨日、智子さんが私の視界に直接メッセージを映し出したんだ
信じられないと思うが、本当のことなんだ」
「智子さんが?まあ、不思議ではありませんね。
あの人だったら、どんなことでも可能でしょうから」
智子は万能人というのが、星ノ森家の共通見解であった。
なお、霧峰村が彼女の命を狙うのもそれが一因であろう。
神のごとき力を持つ彼女を恐れるのは、もしかすると正常かもしれない。
恐れないどころかご近所さんとして扱う星ノ森家はもしかすると・・・。
「それで君の置かれている状況や魔法少女のことを知ったんだ。
私の頭の中の常識というものがあっさりと崩れ去ったよ。
すぐに弟に謝罪のメールを出したよ。弟は正しかったんだから。
でも、弟はここ最近音信不通だったから、姪の那由他に電話をかけた。
ちょっぴり怒られたけど、すぐに許してくれたよ。というか、彼女も魔法少女だったし。
そんな彼女から君に伝言だ。絶対に生き延びてくれってね」
那由他とは何度も会ったことがある。
文系の彼女とはよく意気投合したものだ。そんな彼女も魔法少女であったとは。
そういえば、彼女の父親の里見太助は変わったものを研究していたらしい。
そのことでよく智子に相談しに来ていて、那由他も彼に付いて来ていたのだ。
今思えば、太助の研究対象とは魔法少女だったのだろう。
「ところで、今からどこに行くんですか?」
「クレセントハウスだよ。君も知ってるだろう?」
玄谷も噂で聞いたことはある。
里見家や神浜市の要人のために作られたシェルターとのことだ。
住居としての設備、管理用のスーパーコンピューター、メディカルエリアが完備しているらしい。
なお、星ノ森家はアカデミック的な対立が原因で立ち入りが禁じられていた。
どうせ智子が何とかしてくれるだろうという自信もあったからなのだが。
「まさかよりにもよって僕が使うことになるとは・・・」
「まあ、今は対立なんて気にしてられないからね。
安心してくれ、達志くんや里見家の人間以外は近寄らせないから。
それにしても、今日と昨日の二日間で、私の世界はすっかり変わってしまったよ」
院長は苦笑しながらハンドルを回す。
世界がすっかり変わったのは玄谷だけではなかった。
その事実だけでも、心の慰めになるような気がした。
それに、無事を祈ってくれる人間だっている。
ここで諦めてなんかはいられないのだ。
やるべきことは敵から目をそらさないこと。それだけだ。
三体好きかい?
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うん、大好きSA!
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まあまあSA!
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あたしゃ知りませんよ
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(よくもそんなこと)聞いたなコイツ!!
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全滅してやるぞ(嫌い)
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劉慈欣先生お許しください(すごく嫌い)