神速にして迅速にして敏速の、ワイン好きな吸血鬼   作:夏祭

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眷属

 僕、阿良々木暦がキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードと出会い、吸血鬼になって数日がたった。昼間に活動できないということは意外とストレスが溜まる。

 ドラマツルギーから彼女の右脚を取り返したその夜。不意に気になったことを十二歳ほどに成長した姿のキスショットに暇つぶしがてら聞いてみた。

「なぁ、キスショット。お前カトラスと知り合いなんだよな。どういう奴なんだ?」

 この質問に特に深い意味はない。単に暇だったから彼女に話しかけただけだ。

「ふむ。ただの馬鹿じゃな。ワイン馬鹿じゃ」

「なんつーか、それは話してみてよくわかった」

「儂とてあまり多くを知っているわけでない。儂より先に生まれた吸血鬼で、まさに神速といっていいほどの速さで動くことができる、最速の吸血鬼と言ったところかの。事実、あやつより速く動く怪異は見たことがない。故についた二つ名が『神速にして迅速にして敏速の、ワイン好きの吸血鬼』なのじゃ」

 冠された名前の前と後ろでどうしてこうもギャップがあると素直にカッコいいとは思えない。

 キスショットは気だるげな顔をして続ける。

「それじゃあ、お前とカトラス、どっちが強いんだ?」

「知らん。殺し合ったことはないしの」

「ん? 戦ったことはないのか? 一度も?」

「ない。どうにも奴は気が抜ける男でな。不思議と戦う気が起きなかったという方が正しいかもしれん。そういえばあの馬鹿は吸血鬼狩りもしておったの」

 ほう。それは意外だ。

「つまりドラマツルギーやエピソード、ギロチンカッターと同じヴァンパイア・ハンターってことか?」

「そうなのじゃが、本人としてはそんな気はないようじゃ。あれはワインを作るための葡萄畑も管理しておる。故に畑を荒らされることを酷く嫌っておったからの。迷惑になりえる吸血鬼や怪異はもちろん人間もたくさん殺しまくったわけじゃ。戦乱の時代もあったからのう。一度瞬きしたら目の前にいた万の兵さえ全員の首を飛ばすぐらい、週単位でやっておったわ」

「万単位の人間を! しかも週単位で!?」

「さすがの儂とてそんなことはできんし、見た時は恐ろしく思ったわ。葡萄畑を守るためにここまでやるか、とな」

「おいおい、葡萄畑って。それだけ大事なもんなのか?」

「人は誰しも大事なものを抱えて生きておる。まぁ、あやつは吸血鬼じゃが。しかし奴にとってのそれが葡萄畑……即ちワインだったということじゃ。だから言ったじゃろう? ただのワイン馬鹿だと」

 確かにワイン馬鹿だ。ワイン好き。ワインが好きすぎるが故にそれが行動原理になっている。

「あとはそうじゃの、あやつの作るワインもうまいが、料理もうまい。いわゆる絶品というやつじゃな」

「え? 吸血鬼って血を吸うんじゃないのか?」

「それは無論そうじゃ。けれども血、以外が口にできぬというわけでもない。酒を飲みたくなるときだってあるし、普通の食事をしたいと思うことだってある」

 キスショットはカトラスの作った料理の味を思い出したのか、とんがった赤い舌でぺろりと唇を舐めた。

「あの牛の赤ワイン煮が大層うまくてのう。あれは一度食べたら感動すること間違いなしじゃ!」

「感動しちゃうのかよ! しかし、吸血鬼も料理をするんだな」

「言っておくが従僕。かような特異の性格をした吸血鬼なんぞ他におらんわ。だいたいあやつが儂にかけた最初の言葉は何だと思う? 『俺の作ったワインと飯の味を評価してくれ』じゃぞ。わけわからんじゃろ。しかも飲み食いする間ずっとワインのウンチクを喋り続けるのじゃ。やれこの赤ワインの品種はメルロだの、ヴィネト州産の『ヴェローナワイン』の王と呼ばれる陰干しした赤『アマローネ』だの……思い出すだけで脳が痒くなるわ!」

 たしかにそれはわからない。僕が仮に出会い頭にそんなことを言われたら引くし、食事中にそんな解説を延々と繰り出されたら情報量の多さで味がわからなくなりそうだ。

「そんなに絶品だったのか?」

「うまかった。チーズも玉ねぎのキッシュもピザもフォアグラのポアレもかぼちゃのミートソースグラタンも赤ワインのタルトも。一つ残らず美味であったわ。赤ワインに合う料理を探しつづけて料理旅をしただけあって腕前はどの王家の専属料理人にも、どこの有名レストランのシェフよりも卓越しておった」

 なんというか。あの気安い近所のお兄さん的なノリな男が、本当に吸血鬼なのか疑わしくなるくらいだ。

「故に儂は思ったわけじゃ」

「何だ? 一体お前は何を思ったんだ?」

「あやつはどうしようもないワイン馬鹿なのじゃと。うぬはあやつのような変態になってくれるなよ」

 キスショットは頬にてをついて深くため息をついた。幼い少女の格好をしているだけあって、まるで少年がどろんこ遊びをしているところを見て『男の子ってガキよね』と考えているやけに精神年齢が高い女の子のように見えた。

 いやまぁ、精神年齢でいえば僕なんかよりずっと上なことは間違いないのだけれど。

 なんというか。実のところ気まぐれで話をキスショットに振ったわけだが、思いの外興味をそそられる話題だった。

 

 

 

 

 

 

 阿良々木暦と羽川翼が仲良しこよしの友達になったところで俺は引き上げることにした。

 せっかく青春のひとときを過ごそうとしている男女の間に無粋なおっさん吸血鬼がいては息が詰まるだろうと思ったからだ。まぁ、実のところワインが飲みたくなったので自分の店に帰りたかっただけなのだが。

 そう、俺は自分の店を持っている。吸血鬼が商売かよと思うかもしれないが、そんなことをいったらドラマツルギーもエピソードも金をもらってヴァンパイア・ハンターなんぞやっているのだから同じようなものだ。かつて阿良々木火憐も言っていたが、世の中金がすべてではない。金はほとんどである。

「いらっしゃいませ……ってなんだ。変態ワイン馬鹿か」

「ああ。今帰ったぞ、クーデレ女」

「デレてないし。キモ」

 カウンターでグラスを拭く背の低い少女は俺に向かってそんな罵倒をぶっきらぼうに言った。

 見れば店内にはもう客がいないようで、薄暗い店にはただ小粋なジャズが流れているだけだった。

「なんだ、その冷たい目は。俺を誘惑してるつもりか?」

「日光ならもうすぐ上がるからさっさと焼け死んでくれ、勘違い吸血鬼野郎。まったく。店長帰ってきたんならもう私は上がらせてもらうぜ」

「おう、寝とけ寝とけ。たくさん寝て、たくさん育てよ蝋花」

「残念ながら人間をやめたせいで私のおっぱいはもう育たないんでね」

 そう言った彼女、沼地蝋花は俺を蔑んだ目で見ながら胸元にかけた赤色のネクタイをシュルリと緩めた。蝋花はウェイトレスの格好をしているといってもパンツルックの給仕服だ。制服をどうするか悩んでいたから聞いてみたところ、スカートは穿きたくないと拗ねた顔をした。俺はそういうことならと、あえてフリフリのメイド服を渡したら速攻でゴミ箱に捨てられ自分で給仕服を買いに行くから金を出せと言われてしまった。まぁ、ボーイッシュは俺も嫌いでもない。痩せ型で背の低い蝋花の体型と中性的な顔も相まって、よく似合っていた。俗っぽく言えばショタ感があった。

 蝋花は美人なのできちんと女の子の格好をすればそれなりに可愛くなると思うんだが、いかんせんこの子の私服はダボついたジャージみたいなズボンとか、片方だけ肩の出た、例えるならばバンドガールが着るようなシャツを好むのだ。おまけに平気であぐらもかくし、不良座りをする。いわゆるカッコいい系なのである。

「お前さんはそれで良いんだ。需要あるよ」

「キモ」

 舌打ちまでして俺を罵る蝋花。実に気持ちいい。

 中学生の頃は泥沼ディフェンスと呼ばれたほど優秀なバスケットプレイヤーだったらしいが、泥沼のようにひんやりしてまとわりつくような悪態がどうにも心地良いんだよな。

 

 

 

 俺が沼地蝋花と出会ったのは、彼女が中学を卒業した数日が経過したある日、俺が市内に来て一年経とうとしていた月の明るい夜のことだった。

 鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼。キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードが阿良々木暦と出会う時期はわかるものの、俺はそれが何年のいつの日なのかということまでは知らなかった。けれども原作キャラの住む街がどこなのかはわりと早い内にわかったのだ。俺もふらりと現れようかと思わないでもなかったが、やはり本拠地というか、住処は日本にほしかったので、自作したワインを売って稼いだ金で潜伏する場所を、つまり『バー・カトラス』を開いた。

 出すものはもちろんワインだ。いや、ビールもウィスキーもあるが、専門として赤ワインを美味しい料理と一緒に提供している。生前にも料理は好きだったので暇を見つけてはやっていたが、所詮は独身男の素人料理である。レシピ本を見て作るか、名もない創作料理を作るかで満足していた。

 しかしながら現在の俺は怪異の王、吸血鬼である。長い人生、ワインだけに傾倒するのもどうかと思い、世界を渡り歩いて料理修行も行っていた。どの時代でも料理人はいる。名の売れた者はもちろん、下町の料理人にも教えを請って精進していった。おかげでだいたいの国の料理は作れるようになったというわけだ。

 店は駅近くにあるので仕事帰りのサラリーマンやカップルが来そうなものだが、実際のところ認識阻害の結界を張ってあるので、隠れ家的存在のバーではなく、バーを装った隠れ家である。

 とはいえ客は来る。幽霊を含めた怪異だったり、吸血鬼だったり、あるいは怪異の専門家が来ることもある。

 ある日ワインを使ったうまい料理が食べたいと適当に言われたとき『ブルゴーニュ風ビーフの赤ワイン煮』を客に出したら成仏してしまったこともある。あのときは感無量な気分で胸がいっぱいだったが、よくよく考えると食い逃げだったので、感動と憤りのなんとも言えないアンビバレンツに陥ったものだ。

 話を戻そう。今後会うであろう神原駿河を見てみたいと思って市内にある中学校に見学に行った時のこと。練習試合をしていたバスケットボールのエースである神原駿河が振り切れないほどに見事なディフェンスをする中学生がそこにいた。後に気になって調べてみると彼女は沼地蝋花という名だとわかった。もう少し踏み込んで調べを進めると怪我をしてバスケットはもちろん日常生活も送れなくなり、しかも元々悪かった家庭環境も悪化して死に場所を求める幽鬼のような目をして夜中まで出歩く始末である。声をかけずにはいられなかった。『殺してやるから俺の店で働け』と。

 蝋花は意外にもあっさりと俺の言葉に従った。頭のイカれたおっさんがなにか言ってるが、考えるのも面倒くさいという表情だったことを今でも覚えている。

 そんなわけで沼地蝋花は俺に血を吸われて吸血鬼となり、俺の初めての眷属となった。

 

 


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