神速にして迅速にして敏速の、ワイン好きな吸血鬼   作:夏祭

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UAが増えててビビりました。
みなさん、お読みいただきありがとうございますの投稿。


青春野郎

 四月一日の日没を過ぎて静かな夜が訪れた頃、俺は例の学習塾跡にやってきた。結界と迎撃術式が張られているようだったがそこは俺、堂々と突破して建物の屋上にふわりと降り立った。手応えがないのでどこかから時間差で襲われるかと警戒してみたが特にそういうことでもなさそうだ。

 中に入ると着替えている途中なのか半裸の阿良々木と制服姿の羽川翼が談話しているところだった。

「おうおう、仲がいいようだな。お二人さん」

「ええっと、カトラスさんでしたか? 昨日はどうも」

「おう。今日は阿良々木と恋バナか? 青春ってやつか?」

「違う。こんな状況で恋バナも青春もあるもんか。羽川にこれまであった吸血鬼のことを話していたんだ」

 阿良々木はどこかムッとした口調で言った。

 いや、照れ隠しというところだろうか。

「あっそ。で、ハートアンダーブレードはまだ寝てるのか?」

「そうだよ。キスショットならこの通りまだ休んでる」

 見れば話している阿良々木のすぐ横で幼女姿のハートアンダーブレードが惰眠を貪っていた。

 可愛い顔をしているが、寝相が可愛くない。

「あのアロハの小僧はどうした?」

「忍野のことか? 多分ギロチンカッターとエピソードのところに行ったと思うぜ。次の対戦相手と日にちを交渉しないといけないからな」

 ふうむ。忍野メメは俺が来ることは予想してなかった? もしくはこの二人に危害を加えないと思っているのだろうか。リスク管理の点からいうと得策ではない気がするが……あっ。あの迎撃術式ってそういう。

「そうか。お前さんとハートアンダーブレードに差し入れを持ってきたんだが」

「差し入れ?」

「昨日の勝利と戦利品獲得の祝いだな。オススメの赤ワインとツマミを用意した。ラザニアとピッツァだ」

 俺はそのへんに転がっている机を出して皺一つないテーブルクロスをかけた。鞄に入れたボトルと料理を並べてこれでもかというぐらい飾り立てる。

 今日はイタリアのトスカーナ産を持ってきた。品種はサンジョベーゼで、強調しすぎないミディアムボディ。体つきのことじゃあないぞ。匂いとか味が程よく『万人向け』という意味だ。比較的料理に合わせやすく、初心者にも挑戦しやすい赤ワインだと思ってもらえればいい。料理は作ってすぐに超スピードで来たのでまだまだ暖かい。ラザニアからはリコッタ、モッチェレラ、パルメザンチーズの混ざった香ばしい匂いが立ち上る。ピッツァは一般的なマルゲリータを用意した。熟れたトマトの香りとバジルの葉のほのかな甘い匂いが鼻孔をくすぐる。

「すっげぇ――うまそう」

「一度は食べたことのある料理のはずなのに、まるで初めて見るものみたい。前に食べたものと同じものなんかとは思えないほど輝いて見えるわ!」 

 阿良々木と羽川翼は俺の飾り立てた料理に驚いたのか口をポカンと開けていて、まるで開いたことに気づいていないかのような表情をしながらゴクリと喉を鳴らした。

「ケッケッケッ。涎が垂れているぞ、お二人さん」

 二人はようやく気づいたのか口元を手とハンカチで拭った。指摘するまでダラダラと床に垂れ流していたことに気づかなかったようだ。

「ま、いい。座って食え。ワイン飲むよな?」

「ああ……いや、僕たちは未成年だからその赤ワインは飲めないよ。残念だけどな」

「そうか。じゃあこっちのノンアルコールで我慢しな」

 こんな事もあろうかと、などと言うつもりはない。実はこの頃ノンアルコールの需要が多い。下戸だが気分だけでもワインを飲んだ気になりたい人間がいるようなのでせっかくだから作ったわけだ。ようは葡萄ジュースである。お子様からお年寄りまで安心安全な飲みやすいジュースは、ご家庭に限らず結婚式でも使えるのでよく売れる。吸血鬼が教会と友誼を結ぶのもどうかと思うが、どうせ相手にならない、取るに足らない存在なので知ったことかと気に留めないことにした。

 

 

 

 お互いに目配せをして椅子に座る阿良々木と羽川翼。俺はキャップシートにナイフを押し当て剥がすと蓋をしているコルクに小指を突き刺し、スポンと抜いた。控え目だがはっきりとわかる爽やかな香りが漂う。グラスの三分の一ほどトクトクと注ぎ、二人の前に置いた。ノンアルコールとはいえ、俺の作ったワインに二人共大層恐縮しているようだ。

「カトラスさん。これ、血は入っていませんよね?」

 羽川翼はおっかなびっくり小さく挙手して俺に尋ねた。その返答代わりにニコリと笑ってみせる。

「さっ。さっさと食っちまえ」

「怪しい! 怪しすぎるぞお前!」

 短くため息を羽川翼がつき、阿良々木は触覚を強調させて声を上げた。

 ちなみにサンジョベーゼは、sangius(血液)とJoves(ジュピター)という組み合わせをした名で、一際深いルビー色をしていることが特徴。

 二人とも俺のワインと料理の旨さに泣きながら、頷きながら食べていた。結局ハートアンダーブレードが起きたのはすべて平らげたあとのことで、本来なら俺が来る段階で目を開けているだろうが、回復力が落ちている今は眠りも深いようだ。

 目を覚ました彼女が地団駄踏んだのは言うまでもない。

 

 

 

「なぁ、カトラス。吸血鬼の能力ってなんなんだ?」

 食事を堪能しまくってハートアンダーブレードに噛みつかれた阿良々木はそんな疑問を俺に投げかけてきた。

「あん? いきなりどうした」

「いやさ、羽川とも話したんだけどギロチンカッターやエピソードと戦うのにどうしたら良いかなって思ったんだ」

「そうさな。お前さんたちが一般的に知っていることは大抵できるぞ。霧化、変身、創造具現化、超身体能力、エナジードレイン、どれも吸血鬼の基本能力だ」

 俺は一つ一つ実際に見せながら説明をする。コウモリに変身してみせると羽川翼が驚いたようで埃の多い床にへたり込んだ。ハートアンダーブレードは阿良々木から離れるとおもむろに俺の体を掴んで壁に投げつけた。

 なんで?

 とりあえず人型に戻って解説を続ける。

「どれもこれも想像力と実行しようとする意識が必須だな。霧化は一番難度が低いし、これができれば変身も大して労力は喰わんだろう」

「創造具現化は?」

「ありゃあちょいと難しいから後回しだ。外見だけ作ってもすぐに壊れちまうし、それなりに力も使うからな。ま、変身については今付け焼き刃でやったところで優勢になるとは思わないな。イメージが伴わないといろいろなものが混じったキメラになりかねない」

「そうかよ。といっても僕はその難度が低いらしい霧化すらできないんだぜ?」

「お前さん、妄想は不得意か?」

「大得意だ」

 阿良々木は胸を張って即答した。

 羽川翼は呆れた顔をしている。

「このお嬢ちゃんのスカートの中に入りたいと考えてみろ。大気に自分が溶け込むイメージをしながら、フッとお嬢ちゃんの太ももの間をすり抜けるんだ」

「おい、ワイン馬鹿。儂の従僕をそそのかすでないわ」

 ハートアンダーブレードは俺の言葉に厳しい目を向けたが、得心がいったのか阿良々木はキリリとした真剣な面持ちで身構え、次の瞬間ふわっと消えてみせた……頭だけ。

「ひゃんっ!」

 思ったより可愛い悲鳴だった。

「おお! やったな、阿良々木! スカート内部に侵入成功だ!」

 阿良々木の頭が今ないので、俺が代わりに叫び、残った体を使ったジェスチャーで喜びを表現していた。うわ、キモ。

「ちょっと、やめてよ阿良々木くん! こういうのは良くないよ!」

「うーむ。飲み込みが早いというべきか、馬鹿というべきなのか。迷うところじゃのう」

 軽挙妄動。自身では最高のイメージを持ったつもりなのだろうが、軽はずみな行動で女の子からイメージダウンをした阿良々木暦だった。案の定、元の姿に戻った阿良々木は羽川翼に蔑んだ目で見られている。

「と、とにかくもうちょっと練習すれば体全体で霧化することもできるな。もし殴られても霧化なら攻撃を無効にできるんだろ?」

「それは場合によりけりじゃ」

「は? どういうことだよキスショット」

「吸血鬼には弱点が多い。単純な殴る蹴るならそれで構わんが、聖武器をつかった攻撃はダメージを受けるから油断するでないぞ。十字架とか銀の弾丸とか、そういうやつじゃ」

「十字架って……エピソードが持っていたようなやつか? あの大きな十字架の攻撃を喰らうと、僕はどうなる?」

「燃える」

「燃えるな」

 ハートアンダーブレードと俺の返答は同時で同じ答えを即答した。

 羽川翼は首をかしげる。

「思うに霧は水分なわけだから砂を被せられたら姿が見えちゃうと思うのだけれど」

「え、そうなのか?」

「そこなメガネっ娘が言う通りじゃ。霧になるより速く殴り飛ばせばすぐに決着がつく話ではあるがの。どこぞのワイン馬鹿のようにな」

「確かに俺なら霧になる前に頭を潰せるな。というか対峙した瞬間にエナジードレインするか、高所から地面に叩きつけて不死性を削ぎ落とすから戦うということ自体稀だな」

「うわ。一方的じゃないか」

「敵は殺すべくして殺すもんだ。生半可な気持ちで相手と対峙すれば他に被害が出ることもある。俺もくだらない、つまらないことをして葡萄畑を焼かれたこともある。お前さんにもこの先お嬢ちゃんのおっぱいとか触るイベントがあるかもしれないのに、舐めプとかしてたら怪我をするかもしれないぞ」

 阿良々木はごくりと唾を飲み込んだ。先程のようにうまそうな料理を見たからではなく、羽川翼が怪我をしたときのことを考えたことに違いない。

 その傷はどれだけのものだろう。

 かすり傷か?

 いや、吸血鬼が敵意を持って攻撃するのだ。中途半端なことをするはずがない。

「いいのかそれで? エロ本で見るだけじゃなくて、実際に触れるかもしれないんだぞ」

「羽川のおっぱいを、か?」

「足首でも良いぞ」

「悩まし過ぎる!!」

 俺は近くにあった、阿良々木が先日購入したであろう、羽川翼に似たモデルがセクシーポーズをとる雑誌をまざまざと奴に見せつけた。

「阿良々木くん、カトラスさん。いい加減にしないと私、怒りますよ」

 『怒りますよ』が猫なで声だというところに逆に怖さを感じさせた羽川翼だった。

 

 


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