神速にして迅速にして敏速の、ワイン好きな吸血鬼   作:夏祭

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誘拐犯

 阿良々木暦とエピソードの戦いも見どころはなかった。

 というのも、近接戦は危険と判断したプロのヴァンパイア・ハンターであるエピソードは徹底して霧化を利用した遠距離攻撃を仕掛けた。

 対して阿良々木は俺から霧化と奴の戦闘スタイルがどういうものか教わっており、しかも羽川翼というブレーンにその弱点を見抜かれ、対処方法も提示されているのだ。どうということはないと背中を押してやるぐらいのことをした。

 あとは羽川翼が携帯を忘れた阿良々木に届けようとしたことを阻止したので、彼女の機嫌が若干悪くなったくらいの出来事はあった。だからどうこうしたというわけではない。俺には彼女の行動が、届け物にかこつけて、片思い相手に激励の言葉を伝えたいというような印象を受けた。

 しかしながら、戦いの場所にただの人間が安易に侵入して無事でいられる保証など、サバンナにサバイバル知識もない一般人が武装もなしで放り出されることに近い。故に強引に少し離れたところへ移動させ、阿良々木暦とエピソードの戦いを見守らせる方向に変更させることにした。

 退屈しないよう、おいしい葡萄ジュースとシュリンプカクテルつき。三つのソースがあるので飽きないお味である。

 勝負自体はほとんど完勝と言って良いのではないだろうか。最終的に、打つ手がなくなっていったエピソードが俺の姿を見て大人しく降参した。不機嫌な顔、というよりは面倒になった……もしくは吹っ切れた面持ちという方がこの場合正しいかもしれない。

 そんなあっけない終わり方だったので、阿良々木としてはエピソードの行動に対して少し疑問に思ったようだ。降参してくれて嬉しいが、一体どういう心境なんだという。友だちが少ないからか、図らずとも上から目線な質問をしてエピソードを苛つかせてしまう点がどこか面白かった。

 エピソード曰く。

「ちっ! カトラスさんがそっちに付くなら俺様にかないっこないんだ。業腹だけどな」

「ケッケッケッ。別に俺は阿良々木の味方ってわけじゃないぜ」

 俺がそう肩をすくめるとエピソードは気だるげに、そしてジト目で返答する。

「そういうのいいから。つうかカトラスさんの飯と交換なら戦うまでもなく渡してたっつーの」

「なんだよそれ。お前達はどういう間柄なんだよ?」

「お前、カトラスさんの作る飯食べたことねぇのかよ。超ウケる。めっちゃ美味いんだぜ」

「いや食べたけど。うん。確かにほっぺたが落ちるほど美味しかった」

「なんだよ。もう食ってたのかよ。あーー。わざわざ日本まで来たのに無駄な時間使っちまったぜ。カトラスさん、飯奢ってくれ。この後何もないだろ?」

「失敬な奴だな。スケジュール帳を確認してみよう……おお、結構予定がぎっしりだな。この後は――えーと、料理作るだろ? ワイン飲むだろ? また料理作るだろ? そんでワイン飲むだろ? あと蝋花で遊ぶだろ? で、料理作るだろ? そんで――」

「あー、はいはい。暇なのはもう充分わかったから」

 おっさんの戯言を聞くほど暇ではないと言わんばかりの態度だ。耳の穴に小指を突っ込むクソ生意気なエピソードくんだった。

 

 

 

  エピソード戦が終わってそろそろ夜が更けようかという頃。エピソードは既に俺の作ったワインと料理を堪能しまくって椅子に根が張って動けなくなったわけなのだが、俺はまた外に出てきていた。別にタバコ休憩というわけではなく、ハートアンダーブレードへの差し入れでもない。あの『新興宗教』の大司教。信仰による吸血鬼退治の専門家であるギロチンカッターが原因だった。

 つまり、奴の同業であるドラマツルギー、エピソードが脱落した状態で、奴がどう動くのか気になった。

 阿良々木暦は吸血鬼になりたての、いってみればよちよち歩きを始めた一歳児レベルである。人間としての感覚が抜けきっていないし、ぶっきらぼうだが元々の持っている優しい性格からいって吸血鬼の、化物の、怪異の一員になることに諸手を挙げて賛成するわけもないだろう。

 俺自身、ギロチンカッターの姿を直接見たことはない。

 けれども奴は生身の人間であること、また怪異の存在を否定する立場であることからいって、吸血鬼に容赦するとは思えない。そんな男が吸血鬼になりたての人間性を残した男。もっと言えばつい先日までただの人間として生きていた少年相手にどう戦うのだろうか。

 忍野メメから阿良々木暦が人間に戻りたがっていることはもう既に知っているだろう。吸血鬼退治の専門家というならその方法もわかっているに決まっている。どうにかこうにか怪我人なく……というのは無謀だろうが、いろいろと配慮した行動。詮ずるところ、交渉でケリをつけようとするのではないかと考えた。

「ふむ。ビンゴだな」

 俺のかけた言葉に相手は驚くでもなく、あくまでも冷静な表情をしていた。

「あっ、カトラスさん……すいません。捕まっちゃいました」

 羽川翼も泣き叫ぶなんてことはせず、拘束された体から顔だけひねって不器用に笑っていた。

「女の子なんだからこういう時は叫び声を上げた方が良いもんだぜ。それにヒーローってのは本来呼ばれてから来るもんだ。じゃないと助けて良いのかわからないからな」

「な、なるほど?」

 少し前に会ったままの、学生服をヨレさせた姿で羽川翼は曖昧に首をかしげてうなずいた。

 ギロチンカッターの見定めるような瞳が俺の顔をじっと見つめる。

「神速にして迅速にして敏速の、ワイン好きな吸血鬼。ピノ・ノワール・カトラス……ですね。伝説の吸血鬼。怪異の王。仲介人の忍野メメから聞いていますよ。ハートアンダーブレードに協力しているとか」

 自分ではそんなことをしているつもりはないが、外から見える限りでは助力者に見えるのだろうか。

「そうでもないな。で。聖職者であるお前が抱えてる女子高生はストラップか何かか? そうでなくとも誘拐犯か不審者にしか見えないな」

「僕が聖職者であることは間違いありませんが、この場では誘拐犯というのもあながち間違いではないですね。阿良々木暦くんとやらはまだ吸血鬼に染まりきっておらず、人間としての感情が多分に残っていますから、この方法が有効だと判断しました。なんせ、僕は――」

「ただの人間だもんな。脆弱で、壊れやすくて、弱い存在なのだものな」

 俺は淡々と言った。ギロチンカッターの頬がピクリと動く。どうやら煽りが気に障ったらしい。

「……怪異などこの世に存在してはいけないのです。それを滅ぼすことが僕の使命なのですよ」

「ご立派な信仰心だが、だからといってそのお嬢ちゃんを巻き込むのは関心しないな」

「卑怯だと?」

「器がちっちぇって言ってんだよ」

 俺は超スピードでその場から動き出す。

 瞬間。世界の活動が限りなく鈍くなり、誰もがピノ・ノワール・カトラスの起こす動作を知覚することはできない。それはなぜか。俺が神速だからだ。俺が迅速だからこそだ。そして敏速にことを成し遂げる。速すぎて何が起きたかわからない。

 疾風迅雷。

 電光石火。

 俺は羽川翼を解放して遠ざけると、手をがら空きにしたままのギロチンカッターの胸元を掴む。

「な、にっ!?」

 気づいたときにはもう遅い。

「ちょっとそこまで付き合ってもらおう」

 地面を蹴って飛翔する。少しばかり道路が陥没したが、俺がそれを気にすることはない。すぐさま雲を突き抜け、高度一万五千フィートに達する。急激な移動と酸素濃度の減少で、ギロチンカッターは上も下もわからないほど錯乱した。

「あっ――あががっ!」

「馬鹿な奴だな。泥棒は嘘つきの始まりなんだぜ。聖職者が嘘をついちゃいかんだろう?」

 掴んだ胸元から俺はスルリと手を離す。リンゴが木から落ちるように。あるいは水が滴り落ちるように。ギロチンカッターは四肢を開きながらきりもみしつつ、重力に従って落下した。

 自由落下。これは物体が空気の摩擦や抵抗などの影響を受けずに、重力の働きだけによって落下する現象なので、当てはまらない。

 けれども他の誰にも干渉されずに墜落するその様は、自由ではないだろうか。

 俺は風の強い空の下、雲の上から転落して小さくなっていくギロチンカッターを見ながらそんなことを考えていた。

 

 


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