芦毛の誇り高き妹 作:室星奏
――色んな意味で、バケモンやぞ。
地方の古びた一軒家で、一人の男性が電話する。相手はかの有名な【トレセン学園】なる場所である。何でも、俺の
厨房のコンロ二つにフライパンを置き、そして目の前には巨大な鍋で作られた煮物。傍から見れば、大人数の宴会と思うだろう程の量をした料理を作りながら、その話を悠々と聞いていた。
先日の地方レースを見て、その力量がとても素晴らしかった事、是非とも表舞台に立って走ってほしいという事。色々言わされたが、結局俺が出した回答は一つだった。
「でもそれって、本人が良いって言わなきゃ意味ないじゃないっすか」
学園側もそれを納得し、そちらで話し合ってくれないか? と尋ねてきた。成程、仲介役になれ、という事か。確かに義兄からすりゃあ、妹が表舞台に立つ事は素晴らしい事で、誇りに思う事なのだろうが、果たしてそれが正しい選択なのか、つい迷ってしまう。
もし俺が勝手に進めて、嫌な気持ちにさせでもしたら、それこそ兄失格だろうから。
「ま、また今度話しましょう。今日は夜遅いし、そろそろ妹の方も――」
刹那。ガラガラッと玄関が開く音が響く。バケモノが帰ってきた、と俺は正直汗を垂らした。いや、殴られるとかそういう訳ではないのだが。
そこまで言い切り、電話を切る。すぐさま調理の方に視線を移し、妹が居間の扉を開けるのをじっくり待つ。
――いや、待つ時間なんてコンマ数秒くらいか。
「帰ったよ。
「はえーよ。手ぇ、洗ってこい」
妹――オグリキャップは、口を少し尖らせ、渋々と洗面所へと足を運ぶ。こんな明るい口調と表情、あいつは俺以外に見せた事なんてないだろう。レースに出ているあいつは、正に凛々しい騎士みたいな感じだからな。
にしても、どれだけお腹がすいてんだよ。玄関開けてからすぐ居間に直行か、しかもそれまでのタイムだと恐らく歴代新記録なんじゃないだろうか、勿論体感測定だが。
そう、俺が今作ってるこのとんでもない量の料理、全て妹の為に用意しているものだ。俺と同時に作ってしまうと、絶対に量が足りなくなるため、厨房のコンロまるまる全て使っているという訳だ。
最初の頃は、おかわりを何度も言われ呆然としていたが、さすがに10年も長く一緒にいるのだから、匙加減も分かってくる。それでも、未だおかわりと言われる事はあるのだが。
「夕飯はまだ?」
「はいはい。もー直だ、机座ってな」
「……今日の夕飯は、それが全部?」
「ああ、食材とかいろいろ買ってきたんだからな? もしかして、食べきれない量だったか?」
「いや、足りるかな――と」
めっちゃ大きなため息を漏らす。ああ、このセリフは追加注文だ。スーパー、まだ営業しているだろうか、と少し不安になってしまう。
その様子を見かねたのか、妹がふふっと笑みをこぼし、俺に吐きかける。
「大丈夫。兄の困る量は提示しないよ。それが全てなら、納得する」
「もうすでに困る量なんだが?」
互いに『ははは』と笑い、完成した料理を机へと運ぶ。その机も、明らかに大家族用の机なのだが、妹の夕飯を置くには、これくらいの大きさじゃないと収まりきらないのだ。
少し値は張ったが、妹の為だと奮発して買ったものだ。今となっては、我が家の象徴みたいな品となっているが。
『残り200m! オグリキャップが先頭だ、先頭に躍り出た! どんどん2番との差を広げていきます!』
『リード、2バ身、3バ身、その差を広げ――今1着でゴールッ!!』
「……さすがだな。相変わらず」
「当然、兄に情けない所は見せられないから」
芦毛の怪物――俺の妹、オグリキャップの事を、皆はそう言う。
そう、妹はウマ娘と呼ばれる存在の一人であり、こうやって様々なレースに出バしては、観客を大いに沸かせている。その光景は俺も何度か拝見してきたが、いつ見ても興奮せずにはいられない。
このビデオ映像だけでもその気分を味わう事が出来るのだ、そういえば、いかに妹が凄い存在なのかが理解できる事だろう。
だが、そんな妹も、最初は挫折の繰り返しだった。
俺と妹の出会いは、凄い突然の物であった。といっても、顔を合わせたのは、この家に妹がやってきた時が初めてだったのだが、俺は前からその顔を見続けていた。
あれは俺が高校1年の頃だ。両親を早くに亡くして一人暮らしをしていた頃、小学生だった妹は一人、毎日運動場を走っていた。服が泥だらけになろうとも、気にする事なく。
当時、芦毛のウマ娘は走らないとかなんとか言われ、嫌われていたらしい。芦毛として生まれた妹も、当然その標的となっていた。
他のウマ娘からはもちろん、挙句の果てには人間にまで馬鹿にされる始末だったらしい。さらには、追い詰めるかのように、他のウマ娘が妹に勝負を挑んでは、勝って、罵倒していたとかなんとか。
当時妹の口からそれを聞かされた時、俺は心底腹が立った。それが同族に対してする事なのか、と。
『両親が亡くなったみたいで……引き取り手を探しているらしいぜ?』
そんな時、俺は友人からそういう話を聞かされた。前述した事実もあってか、中々引き取ってくれる相手がいないというそうだ。
成程、両親がいない俺ならば、その役にうってつけというわけだ。と俺は当時思った。
確かに孤独というのはつまらない物だし、こんな自分が何かの役に立てるのなら……と、そんな軽い気持ちで、俺は彼女を引き取り、晴れて義妹となった。
出会った当時は、色々ギスギスした関係だった。口もあまり聞かず、俺が目覚めた時には、もう家にはいなかった。行ってきます、ぐらいは言ってもいいじゃないか、とは何度も思った。
そして学校の帰路、俺は再び運動場を覗く。予想通り、妹は息咳切らせながら、ひたすら前に駆け走っていた。ふと傍らを見ると、空のペットボトルが夕日の陽光に照らされ佇んでいる。まさか、水分も飲まずに、ずっと走ってたのか?
さすがに不味い、と俺は近くの自販機で水のペットボトルを買い、妹の元へと走った。この間、俺は完全に無意識で行動していた。
しかし、さすがに遅かったのか、戻ってきたころには、既に妹は地面に倒れ伏していた。完全に熱中症である。
急いで家へと運び、夜までずっと傍にいてやった。無茶しやがって……と愚痴をこぼすと、妹はその不満に感づいたのか、ゆっくりと眼を開いた。
『……兄』
『おう』
その時、妹は初めて、俺を兄と言った。ただの寝ぼけ言葉な筈だが、俺はどうしてか、少し嬉しい気持ちになった。
すまない、と妹は言って、身体をゆっくりと起き上がらせるが、すぐにそれを制止した。休む事も大事だと説き伏せ、簡単に食べれるものを作ってやった。
その時に、俺は初めて妹の食いしん坊さを知った。熱中症だったというのに、妹はおかわりを何度も要求した。さすがにその時は5杯目で止めたが、当時俺は至極ドン引きした。
『……無茶はすんなよ。俺も出来る限り手伝ってやっからさ』
『あ、ありが、とう?』
『おう、疑問形はやめろ』
その後はすぐに眠りについてしまった。妹の寝顔は、他のどんな女の子よりも綺麗で、そして可愛らしかった。決して下心なんてものはないが。
余談だが、妹と同棲する事になってから、やたらと友人が『羨ましい』『俺と一緒になればよかった』とほざいているが、あいつに兄は務まらないだろう。
なにせ、こいつの兄になるには、相当な面倒見の良さ、そして何よりも料理の腕が必要なんだから。俺も何度か料理を作っていくうちに、上手になっていったのだから。飽き性のあいつなんか、絶対に無理だ。
その翌日以来、妹は俺に対して明るく接するようになり、今こうして仲良く暮らしているという訳だ。
何度も練習や調整に付き合ったりしている内に、妹も向こうから気さくに話しかけるようになっていった。
おっと、キリもいい所だし、今の内に例の話でもしておくか。
「なあ、オグリ」
「? 何かあった?」
「トレセン学園、知ってるだろ? そこからさっき電話があってさ。こっちに入学して、生活して、表舞台に出ないか?――って話なんだ、けど……?」
突然、妹の箸の動きがピタッと止まる。
「どうした? 腹でも壊したか?」
「……それは、私一人で……ってこと?」
「んー、そりゃあ、そうなんじゃないかな。まあ同僚はたくさんいるだろうし、孤独ではないと思うぞ。俺だって、顔出し位は平気です――」
「……嫌だ」
ガシャン、と彼女は机を叩き、急いで自分の部屋へと戻っていく。
は? おいおい、何があった? 俺、何か悪い事いったか? あんな暗い声、本当に久しく聞いた気がする。まるで出会った当初の時のように……。
寂しいなら、素直に言ってくれりゃあいいのに。顔は出すって言ったの、聞いてなかったのか?
「……なんなんだよ、一体」
その夜、俺は彼女の心意が分からず、寝れない夜を過ごした。
オグリ妹概念^~~~~~
最高ッ!