芦毛の誇り高き妹 作:室星奏
「……そろそろ離れてくれないか? こっちとしても見られるのは恥ずかしいんだが」
「いや」
チーム・スピカの方の見学が思った以上に長引いた俺は、その他の見学を一先ず明日以降の別日に回し、
別に抱かれる事自体はいつもの事だ。地元にいた時も、クビ差で2着になった時は少し涙目になりながら抱き着いてきたものだ。こういう時は頭をそっと撫でてやればすぐ落ち着いてくれるのだが……。
今回は異常に長い。家にいる時なら別に構わないが、学園内では他のウマ娘やトレーナーに見られる可能性が大いにあるので少しは遠慮していただきたい。
「本当にどうした? 何があった……?」
「……今日、あの子と何話してたの?」
「あの子? サイレンススズカの事か?」
彼女はこくっと小さくうなずく。ああ、見ていたのか。別に言ってくれればいいものを。
無理に直せとは言えないのがこちらの痛い所ではあるのだが。こればっかりは
「別に。ただお前とどうやって出会ったか~とかの会話をしていただけだ」
「……具体的に」
「細かっ! ……身元引き受けた所から順に」
「……そう。それ以外にはないの?」
「無い。次どういうレース出るんだーとかの会話だけだ。彼女は次天皇賞・秋に出るとかなんとか」
「わかった」
何か知らんが一先ずは落ち着いてくれたみたいだった。全く、慣れたとはいえどもウマ娘の力で抱擁されると背中に来る。数日は痛みそうだな、これは。
設備が充実している分、より本番っぽい練習ができるようになったのは有難い所だろう。長・中・マイル・短距離全て揃っていると聞いたときは、さすがに何かの冗談か? と思ったが、本当だったことには相当驚きを抱いた。
やっぱり地元は田舎だったな。と改めてしみじみ感じる。
「さて……今日は長中どっちをやるか……」
「……中距離がいい、かな」
「ん、どうした? お前から言うなんて珍しいな」
普段の
そんな
「……私、天皇賞・秋に出たい」
「ブッ……天皇賞!? ま、まあ確かに昨日渡された資料では行けるかもって書いてあったが……急にどうしたよ」
「あの子が出るなら、私も出たい」
「……なんだ、闘争本能って奴か?」
間はあったが、
成程な。トレセン学園に入ると、気持ちも感情も変わって来るのか? 嫌々、幾らなんでもそこまでの効果はないだろう。俺だってわかる。
つまりこれは、心の底から
「……突然の事でビックリしたけど、一先ず分かった。9月後半のオールカマーか10月前半の京都大賞典。一先ずどちらかの1着を目指すぞ。期間は短いが、行けるか?」
「良いのか? 本当に」
「お前次第だ」
「……ああ!」
ここで
その後すぐに練習を開始したのだが、タイムが何時も以上に伸びが良かった。走る時の表情、姿勢、どれもが完璧だった。
どれくらい完璧かと言えば、寮に戻る途中のウマ娘数人が、足を止めて
「これは、俺も本気で向き合わないといけないな……」
俺のやる気も、なんだか久々に上昇したような気がした。
***
「昨日よりはいい顔しとるやん。なんかあったか?」
「や、別に……」
トレーニングが終わったその日の夜、今日のトレーニングで得た知識等を整理していると、自習から帰宅したタマモクロスがそう語りかける。
スリスリできた事はとりあえず告げておくが、天皇賞の件についてはまだ言わない方がいい。言ったらどう反応されるか分かったもんじゃない。
兄さんの隣に入れるのは、強く走れる私だけ――。それを天皇賞・秋で見せつけられたら、どれほどいいものか。
距離は中距離、芝2000m。私もよく走る距離だ、普通に考えれば現段階でも問題ないように思えるが。相手も相手、一応油断だけはしないでおく。そのためにも、日ごろのトレーニングだけは欠かさない。
そのためにも、次来たるGⅡのオールカマー。そこで一着を取って兄さんに褒めてもらうことだけを最優先に考えよう。
絶対に勝つ。クビ差とかじゃない、1バ身とかじゃない。大差で勝ち切って、その差ってものを見せつけてやるんだ。
「オグリの走り、練習風景見とったけど、結構ええ感じだったな。次何時のレース出るんや?」
「……今月末のオールカマー」
「ほー。てっきり早速GⅠかと思ったけど……下積みってことか?」
「そんなものだ」
兄さん曰くいきなり出バするよりも、こういった重賞で1回勝って実力を見せつける事で、参加資格を得やすくしようという魂胆らしい。
そういうことなら私も文句言わないし、何より兄さんが決めた事なんだから、それに間違い何て存在しないだろう。私のことを第一に考えてくれる、そういう人なんだから。
「ほなその試合、見にいってもええか? オグリのレース、1回くらいはこの眼で見ておきたいわ」
「邪魔みたいなことはしないでくれよ?」
「せんせん! そんな頑張りを無駄にすることなんかしんって。……菓子、食うか?」
「もらおう」
渡されたお菓子を二袋貰い、再びノートへと視線をずらす。
サイレンススズカは逃げウマ娘、ならばスタミナが切れた様子を見せたところで一気に抜きんでる。最初は様子を見てその都度作戦を変えて行けばいい。
好位置につければスタミナも切れにくい。その点で言えば、私の方が有利に働く。なるべく距離は広げさせず、2バ身程の差を保つ。
「……目にものを見せてやる、絶対に」
***
「まさか、アイツから希望を言うなんてな」
今日の見学で学んだことを整理しながら、窓の景色に見える
微かにだが
こうして少しづつ、
「オールカマーの出バ申請はとりあえず終わった。GⅡだし、余程の事がない限り行けるか?」
これまで
まさに昔から言われてきた『芦毛のウマ娘は走らない』の汚名返上ともいえるだろう。それを成し遂げた
当初は身元引受人という扱いだったが、今となっては本当の家族のような関係だ。そう思うのも当然だろう。
そんな事に想い更けていると、自室の固定電話がピリリッと鳴り響く。
(
こんな時間に誰だろうか? 俺は疲れのたまった重い身体をゆっくりと起こし、固定電話の方へと走る。
発信者は『栗東寮』と書かれていた。
「……はい、もしもし?」
「もしもし? 今、時間ありますか?」
それは間違いなく、今日出会ったサイレンススズカの声だった。
ジェミニ杯、私長距離サイレンススズカとオグリキャップとデバフネイチャで行ったんですが、なぜかスズカとオグリが1着争いを毎度のことやってたんですよね。
仲良いじゃねぇかお前ら。