芦毛の誇り高き妹   作:室星奏

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11 先頭の景色

「――こんな夜にどうしたんだ?」

「ぁ、すみません、呼び出してしまって」

 

 その後、俺は彼女――サイレンススズカに呼びだされ、栗東寮の入り口へと足を運ぶ。身分都合及び時間帯の為寮の中へ入ることができないが、入口程度ならまあ許されるだろうとのこと。

 だがそんな事はどうでも良かった。俺が一番気にしているのは、いきなり俺を呼び出した理由である。今日見学としてトレーナー補助をしただけの存在なのに一体何故?

 

「その、オグリキャップさんの事で」

(オグリ)?」

「はい、彼女が次に出るレースって、もう決まっているのかな……と」

 

 理由なんてものは予想する事自体不可能だったが、その真実はとても驚くべき物だった。何故彼女が(オグリ)の出るレースを気にかける?

 確かに彼女と(オグリ)は学年的にも一緒な筈だし、スケジュール管理的にも似通う所はあるかもしれない。が、態々(オグリ)の、しかもそれを俺に聞く理由なんて存在しない筈だ。

 とはいっても、俺には答える理由もなければ答えない理由もない。となれば、ここは一つ……。

 

「……天皇賞・秋に向けて、GⅡのオールカマーにまず出走、そんなとこだ」

「オールカマー、ですか。それに、彼女も天皇賞・秋に?」

「みたいだな」

 

 教えてあげない、なんてことはしなくても良いだろう。伝えるだけで向こうの手助けになるのなら。

 

「それなら丁度良かったです」

「? どういうことだ?」

「はい。実はトレーナーさんにお頼みしたいことがありまして」

「俺に頼み?」

「はい。実はオグリキャップさんにも、天皇賞・秋に出ていただきたくて、こうしてお呼びしたんです」

 

 俺は思わず『え?』と顔を突き出して驚いた。

 オグリキャップが闘争本能で出走したいと言うのは余り驚かなかったが、まさか彼女までそう願い出るとは思わなかった。

 正直言って何かの冗談か? とさえ思ってしまったが、彼女の瞳はいたって真剣だった。まるで他を出し抜かせる気はないと宣戦布告しているかのように。

 

「……一応聞いておくが、理由は?」

「トレーナーさんは、彼女と小さい頃からずっといるんですよね?」

「そうだな。もうずっと、な」

 

 改めてそう言われると、本当に長い年月がたったような気がする。初めて出会った俺が高校生1年の時だからもう6年程か……?

 言葉にすれば短い期間だろうが、俺にとってはもう10年や20年……や、20年は言い過ぎか。何はともあれ、それほど長い時の様に感じられた。

 (オグリ)が真なる妹であるかのように。まるで血縁があるかのように。――や、言い過ぎか。

 

 しかしこんな話聞いて、彼女に何の意味があるのだろう。今朝出会っただけの俺に、一体何を求めている?

 

「そうですか」

「えっと、それが何か?」

「い、いえ、何でもないんです。ずっと前から信頼できる人がいるって、なんだか羨ましいなと思っただけです」

 彼女は胸に手を当てながら続ける。

「その家庭を生きたウマ娘がどれほど強いのか……と、つい気になってしまったんです。嫉妬、みたいな感じです。生半可な子なら、ここ中央には来れませんよ」

 

「生半可な子なら、ここ中央には来れませんよ」

 それはそうだ。だがそれは俺が凄いだからじゃない。ましてや何か特別な能力でも持っている訳でもない。

 ただ(オグリ)が続けてきたひたむきな努力が積み重なってできた大きな美しいものに過ぎない。それがあったからこそ、ここ中央に来れる程の偉業を成してきたわけだ。

 

 だがそれを彼女に言った所で、どうにかなる物でもないだろう。ここは仕方なく頷き肯定しておく。

 

「そうか。……分かった、元々出バするつもりだったしな。一応(オグリ)の方にも伝えて――」

「あ、出来れば彼女には伝えないでおいて頂けると……」

「何故?」

 

 つい面食らってしまった。いきなり制止してくる奴があるか。

 

「何のためにバレないよう電話で呼び出したと思ってるんですか? ここでの会話は、私と貴方だけの秘密にしておきたいのです。その方が、真剣勝負になるでしょう?」

「伝えた方が向こうも躍起にならないか?」

「……伝えなくても、彼女はきっと本気で来ます。いや、絶対に」

 

 それになんの確証が? 段々とこの状況に恐怖心さえ抱いてくる。

 だが彼女の瞳は何も冗談を言っている様には見えなかった。というか寧ろマジな眼だ。獲物を狙う獣の如く鋭き瞳、つい身体がおののいてしまう。

 あと何故少しづつ距離を詰めてくるんだ? この状況どこかで見たぞ。(オグリ)じゃないんだから……。

 

「わ、分かった分かった。だからとりあえず近づくのはやめてくれ」

 

 つい肯定してしまう。しまった、罠か?

 

「……安心しました」

 

 ふぅと息を下ろし暖かな笑みを浮かべる彼女。ちょっとした悪女の才能があるんじゃないだろうか?

 心の中に秘めてる裏の"何か"が狂暴過ぎる気がする。野心と言うべきなのだろうか? だがそれが彼女の強さの真実なのだろう。

 きっと勝利に対する執着心の強さ。その想いは彼女が一際強いのかもしれない。

 

「伝えたい事もつたえたので、私はこれで失礼します。今日は遅くまで、すみませんでした」

「いや、いい。明日もトレーニングとかあるだろう、早めに休めよ」

「はい。……最後の一つ」

「? 何だ?」

 

 彼女はクルッと背中を向け、寮へと戻っていく。

 

……私、絶対に勝ちますから。見ていてください。貴方の妹を出し抜き、先頭の景色を見る姿を

 

 心にグサッと強く突き刺さる、トゲのある宣戦布告を置き捨てながら……。

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