芦毛の誇り高き妹 作:室星奏
その日の翌。私と兄は長年過ごしてきた家を発った。勿論、年に何回かは戻ろうと決めた為、数か月の別れというだけの事なのだが。兄と私が二人きりでいられる唯一の場所とも言っていい、それだけでもこの家には感謝しなければいけない。
バスに乗り込んで、最寄り駅へと目指す。何分地方の田舎住まいの私達は、バスに乗り込まないと近くの駅には行けないという辛い宿命を背負っている。だがそれでも、兄が隣にいるだけで苦しい思いもせずに済む。有難い存在である。
言い忘れていたが私達が発ったのは朝の6:30程。昨日もいつも通りに沢山食べた為か、常時睡魔に襲われる事となった。仕方なく、バスに揺られながら仮眠につくのだが、その際兄の方に身体を寄せるのが最高に居心地がいい。ずっとこうしていたい気分だ。
煙たがられて、起きろと一蹴されるのだが、バスの中ってこともあるし、当然の反応だろう。別に今、私達しか乗ってないんだから良いじゃないかと言って、何とか諦めさせる。そういう素直な所も信頼できる理由の一つだ。
「だから早めに寝ろって言ったのに。部屋で壁蹴るのやめてくれ。弱かったとはいえ、少し凹んでいたぞ?」
「ごめん。興奮して、つい」
「お前が興奮って、なんか珍しいな」
私は昔から感情の起伏が薄いと言われ続けたからか、私の感情は兄にあまり伝わっていないようだった。いや、寧ろそれが丁度いいのかもしれない。
度を超すと、返ってよからぬ未来へと舵切られてしまう可能性もある。親密な関係というのは、なんとも難しい物だ。ずっとこのまま、ずっとこのままで、一緒に居てくれるだけでも私は嬉しい。
二人で一緒に過ごして、二人で一緒にご飯食べて、二人で一緒に寝て……いや、これ以上はやりすぎか、うん。昔はそうだったのだがなぁ、と心の中でボヤくが、まあ兄が大人になってしまっては、さすがに無理があるだろう。私はそれでも全然問題はないのだけれど。
だから、その私達の関係を邪魔するような人達は、正直嫌いだ。関わりたくもない。最初トレセン学園の話を聞いたときもそう思ったが、こうして兄と一緒に行く事を許可してくれた今では、感謝でしかない。これで毎日、二人で一緒に過ごせる。……といいのだが。
バスを降りて、電車一本で大きな駅へと向かい、そのまま新幹線に乗り換える。このまま都会へと一気に向かう。新幹線という物は当然初めてで、その速さに少し興奮してしまった。
「兄は、これには乗った事ってあるのか?」
「どうした急に。……初だが、それがどうした」
「いや、別に。同じだなって思っただけ」
新たな共通点が出来た事にほんわかしながら、無慈悲にも過ぎ去っていく二人の時間を、窓からの景色を眺めながら過ごす。勿論ただ景色を見ているだけではない、窓に反射して映る兄の横顔が、また景色と良い感じにマッチして美しさを更に跳ね上がらせる。
それを眺めながら、駅のホームで購入したウマ娘駅弁を食べる至福のひと時。まさに私の楽園と言ってもいい。そして思っていた以上にこの弁当、とても美味しい。これなら何箱でも食べられそうだ。
「……すまない。弁当もう一ついただけるだろうか?」
「え!? ぁ、はい、少々お待ちを……」
「お金、おろしといてよかったというか何というか」
「不安? そろそろ不味くなったのなら止めるけど……」
「1箱目の時点で嫌な予感がしたからもう問題ない。だがこれで最後な」
兄は不機嫌そうな言い方で私を説教するが、その表情は変わらず優しい眼をしてくれる。
到着まであと1時間、バスの中で余り寝る事が出来なかったし、あと1箱食べたら、少し横になるとしよう。
「おい、時間だぞ。起きろ」
「ん……そうか」
新幹線から降りて、乗り換えの電車へと駆け込む。終始寝ぼけていた私を見て、呆れたような表情をした後、兄は私の手を引っ張って走らせる。本来なら私が引っ張るべきなのだろうが、今回はお言葉に甘える事にする。何より、手をつないでくれるという事実に、幸せを感じずにはいられない。
電車に腰掛けて、改めて周囲を確認すると人気の数が次第に多くなっていたのを確認する。顔を軽く叩き、浮かれた気持ちを正して内心をバレないようにする。精々仲の良い二人だと思っていただければそれでいい。
「お前の事知ってる人もいるかもしれないから、あまり引っ付くなよ」
「……うん」
「急にテンション下げるな」
少し距離を取られ、意気消沈する。電車の中だし、確かに引っ付いたら不味いのはわかっているのだが、どうしても落ち着かない。早く目的地に着かないのだろうか? 長い事離れられると、体中がそわそわして落ち着かない。
兄が『どうかしたか?』と聞くが、一先ず『何でもない』といって、バレないように少しだけ近づく。この距離なら、なんとか許してくれるようだった。気づかれていないだけかもしれないが。
「……ん? 芦毛かいな?」
身体が落ち着き、ようやくひと段落した所で、眼前の席に座っていた一人のウマ娘が立ち上がり、私達の前にやってくる。トレセン学園の生徒だろうか? いや、例の制服を着ているという事は、おそらくそうなのだろう。
私と同じ芦毛を拵えたウマ娘――何故だろう? どこか親近感が湧くが、今は私と兄の二人の時間を邪魔された事に、少なからず腹が立ってくる。早くどっか行ってほしい――。
「ああ。お前も同じか?」
兄がその子に対して反応を示す。
「せやで。タマモクロスっちゅーもんや。トレセン学園じゃ見かけん顔さかい、少し驚いたで。……そういや、新入生が来る言われてはったけど、もしかしてこの子か?」
「独特な喋り方だな、関西弁か? ……そう、オグリキャップだ。ほら、挨拶しとけ」
「……オグリキャップだ。宜しく頼む」
「ふーん、かなりの堅物やね」
「……ま、そうだな」
身長で見れば、私より一個下辺りの生徒か? 見た目は余り走らなさそうな子だな、もし一緒にレースする事になっても、特にライバル視する必要もないだろう。ホッと一安心だ。兄の為に磨き上げたこの足は、絶対に誰にも差させない、追い抜かせない。それが私、オグリキャップの走りだ。
それなのに、彼女の口は止まらない。何故だ? 何故離れようとしない?
「さっきから見てはったけどな。なんやその子、えらいお前さんに懐いとる気ぃするな~。どういう関係や? トレーナー……っていう感じはせーへんけど」
私の身体が一瞬ビクッと震える。
「それは――……」
「ん? ああ、血は繋がってないけど、兄妹関係ではある。かれこれ10年近い付き合いだからな。一応これからトレーナー補佐として働く身だ、色々聞く事もあるかもしれんが、よろしく頼むよ」
「成程なぁ、珍しい事もあるんやね。ええで、ウチに任しとき。何時も学園内のどこかにうろついとるからな」
「ああ、ありがとう」
今にも腕を掴んで、隣の車両に移動したい所ではあるが、ここはグッと堪え耐える。ああそうだ、兄だって人間なんだ、他の誰かと会話だってするだろう。私だって成長している、それくらいは大目に見よう。
ただしそれ以上の関係に行こうというのなら、私はそれを絶対に許しはしない。
「あーせやせや。これも何かの縁や。一応連絡先交換だけしておいた方がええかもね。携帯持っとるやろ?」
「え? あ、ああ、一応は」
「……は?」
思わず内に秘めた声が漏れてしまう。聞かれてしまったのか、タマモクロスが少しひきつったような表情を見せる。ハッと我に返った私は、そのまま兄の腕をつかみ、隣の車両へと急いで駆け込む。
タマモクロスも、驚いた表情はしつつも、言葉を発さず、そのまま私達を見送った。
「……ふぅん、成程な。これは、少し面白い事になりそうや」
オグリと言えば、やっぱりタマモは外せませんよね。
喋り方が難しい~~~~~~~~~~!!!!!!!!!