芦毛の誇り高き妹   作:室星奏

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06 一夜の不安

「俺の寮はあっちで、(オグリ)の寮はあっちだ。近いから、なんかあったらすぐ対応できるだろ」

「寝る前は、何時も一緒にお話ししていたが……?」

「ガキじゃないんだし、しばらくの間は我慢しろ。出来なかった話は翌日聞いてやる」

「……わかった

 

 夕食を終えた後の夜刻。(オグリ)に必要事項をすべて伝える。寝る部屋が違うのはまだいいが、ずっと一緒にいれないという点についてはかなり不満を垂れ流された。

 友人から『(オグリ)から懐かれるなんて羨ましい』とは言われたが、懐かれる兄なんてのも大変で、こういう簡単な事ですらも一々説得しなければならなくなる。

 だがそのまま兄離れされるのも、それはそれで悲しいものである。故にその加減が難しい。今の様子を見るに、しばらくは問題無さそうではあるのだが。

 

「じゃ、俺はいくな。えーっと、タマモクロスさん、後はお願いな」

「ああ、ウチに任しときーや。ほな、行こか!」

「……ああ」

 

 二人はそのまま寮へ去っていった為、俺もそそくさと自室に戻る。今日中に渡された資料を整理とトレーナー試験の勉強をしなければならないからだ。

 

『トレーナーとしての技倆を積みたいので、他のトレーナーが管理しているウマ娘たちの所でも勉強させてもらえないでしょうか?』

 

 このセリフを吐いた時、理事長は凄い驚いていた。不安になる新人トレーナーは数多くいれど、そのような申請をする人は今まで存在していなかったからだ。

 

『受理ッ! 勉強熱心で良い事! 良きトレーナーになるかもな!』

 

 良きトレーナーになれるかも、というのはさすがにハードルが上がるのでやめていただきたい。そもそも試験に合格しなければ正式にトレーナーとなれないのだから、そこで終わってしまっては元も子もない。

 トレーナーに必要とされる技能は数多く、ウマ娘に関する基礎知識はもちろんのこと、栄養バランスや傷の負いやすい部位等の、マニア以上の知識まで問われるのがトレーナー試験の内容だ。聞いただけでも分かる通り、かなり狭き門なのだ、トレーナーというものは。

 今まで(オグリ)の面倒を見てきたこともあり、知らないと不味いような知識はほぼ全て理解していた。故にあとはマニア以上の知識をつけるだけの事だが、これがなかなか難しい。覚える事が山ほどあるのだから。

 

「これは、一夜で終われないかな?」

 

 さすがに一夜漬けはマズいので程ほどに留めるが、それでも寝る時間は3時間しか作れないだろう。明日までに整理するべき資料も山ほどある。

 明日俺が見学するウマ娘たちの詳細情報を耳に入れておかなければならない。一日で色々なウマ娘を巡る為、一つでも多く覚えておかないと何一つ勉強になどならないのだ。

 

「チーム・スピカは勿論のこと……あとカレンチャンって子の見学もか、多いなぁ。ま、やるしかないんだけどさ」

 

 (オグリ)の事も心配になるが、今だけは少しだけ忘れて、そっちの事に集中するとしよう。

 タマモクロスと一緒なんだ、多分大丈夫だろう。

 

 

 ***

 

 

「ここがウチらの部屋や!」

「お、お邪魔、します?」

「何緊張しとんねん。これから過ごす部屋やろ? ただいまでええんやで」

 

 兄と離れ、彼女に連れられた部屋は特に語る事のない簡素な作りの一室だった。

 玄関入って右側には二段ベッド。左側には二人分の勉強机が両脇に設置されていた。引き出しとクローゼットも置かれており、収納スペースもしっかり完備されていた。

 何より安心したのは冷蔵庫だ。いつでも食料が保存できる、これ以上の嬉しみはない。

 

「二段ベッド、どっちがええ? 上か下か」

「どっちでもいい。残った方に入るよ」

「そうか。ほな、上はもらうで~」

 

 彼女が上のベッドに昇る間に、クローゼットと引き出しの方へと歩み、持ってきた荷物を収納する。

 これからこの部屋で生活すると分かっていても、なぜか実感がわかない。今まで兄と一緒に過ごしてきたからなのか、兄がいないという事実に不安感を覚える、今にも押しつぶされそうだ。

 

「……兄さんの所に行くか」

「速ッ!? 今日はもう遅いで!?」

 

 チッと思わず舌打ちしそうになったが、ギリギリで止める。少しだけ他者ともコミュニケーションをとると決めた以上は、初日で関係を嫌悪にしたくはない。

 兄と他の子が接触しない限りは、別にどうってことはない。普通に過ごせばいいんだ。

 

「ふぅ」

「落ち着くやろ? 二人っきりっていうのも、ええ事なんやで。ま、アンタの場合は慣れるのに時間かかりそうやけど」

「ば、バ鹿にしないでくれ。すぐに慣れる」

「ほんとかぁ~? ま、楽しみにしとくわ」

 

 ボスンと床のクッションに座り込み、へへっという笑い顔を見せる。不思議とつられ、こちらも小さく微笑んでしまった。

 ――コミュニケーションって、こういう感じでいいのだろうか? 兄曰く『正解なんてない』とは言われたが、やはり模範解答というものがないと納得がいかない。

 昔からこういう性格だけは直らない。誰かの背中を追い続け、その姿をなるべき模範解として定め続けた人生を送ってきた私にとって、目標というものは必要不可欠だった。

 故に定まった目標のないコミュニケーションというものには、かなり苦労される。また今度兄さんに相談しよう。

 

「あ、せやせや。アンタ、あの兄貴さんのどこが好きなんや?」

「ゴホッ!? だ、だからそういう訳では」

「恥ずかしがる顔もええな。ここはウチらだけの部屋、世界やで? 気にする必要なんてないんやで?」

「お前がいるじゃないか」

「え~? ウチでもダメか。ガード硬いなぁ」

 

 彼女は愉快に笑い、仕方なくそれ以上聞くのをあきらめた様だった。ふぅと一息つき、窓の外から覗ける兄の部屋を見る。

 まだ灯りがついている。この部屋と同じく、誰かと一緒にいるのだろうか? ……ロクな事になってないといいが。

 正体ぐらいは、探っておきたいけれど……そう上手くはいかないだろう。

 

「ほな、恋バナはまた今度にして、ウチはもう寝るで。アンタ……って、もうアンタって呼ぶのもアレやな。オグリって呼んでもええか?」

「……兄さん以外に呼ばれるのは」

「呼び名まで制限されるん!? 厳しいんとちゃうか? ま、こればっかりは譲らへんで。ほな、オグリおやすみーな?」

「はあ」

 

 これ以上何言っても無駄だろう。彼女の押しには、どうやっても対抗できる気がしない。仕方ない、それも許してやるとしよう。あまり負の選択をしてしまってはダメな事ぐらいは、さすがの私でも分かる。

 明日も早い。私もそろそろ寝なければ……。

 

「……ふう。兄さんの部屋の電気が切れるまで、待とう」

 

 やはりどうしても、気になってしまうのであった。

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