芦毛の誇り高き妹 作:室星奏
「……まずは、スピカのトレーナーと合流か」
「何かの話し合い?」
「ま、そんなとこ」
翌朝。俺とオグリは同じ時間に寮を出る。外に出ると一本杉の下で
事情を知っている隣の部屋で暮らすトレーナーは笑いながら『仲の良い事で』と揶揄ってきたが、ここまでくるとさすがに否定する事はできない。
それゆえ、今は仕方なく一緒に学舎まで歩いている。学園に来たとはいえ、ここまでの流れはいつも通りと何も変わらない。
「そういえば、兄さんの部屋ずっと灯りがついていたが……何かあったのか?」
「んぁ? ただの資料整理と勉強だが? それがどうかしたのか?」
「や……他の誰かと語ってたりしてたのかなー……と」
「小さい声で喋るな。トレーナー寮は一人部屋だし、そういうことは余りないぞ」
「そうか」
そうこうしている内に
さすがに行かせない訳にはいかないので、ここは丁重に我慢してもらう。
「座学、寝るんじゃないぞ?」
「……分かってる」
他の誰かに見られていたらどうするんだ? と周囲を見渡したが、幸いな事に俺達の姿を見ている人はいなかった。セーフ。
「じゃあ、行ってくる」
「おう。行ってら~」
今から2時間後、チームスピカの専用部屋前にて集合。出るのが速いと思うだろうが、学園が広すぎてまだまだ理解しきれない所もあるので、探索する時間が欲しかったのだ。
1日で構造は理解できると思ったのに、まさか明日にまたぐとは……。正直俺はトレセン学園をなめていたようだ。
「さてと、まずはスピカの部屋から確認するか」
スピカの部屋は今いる場所から北方向に少し行った場所にある(とは書かれている)。地図通りに進めば見つかる筈なんだが、広すぎて本当に合ってるのか信じられなくなってしまう。
まあ迷ってても仕方がないので、今はその通りに進む。
別の学舎に移動する連絡通路に差し掛かったその時――。
「部屋に忘れ物しちゃっ――ひゃっ!?」
「うわっ!?」
横の扉から結構なスピードで駆け走ってきたウマ娘と衝突する。肩と肩のぶつかりあいとはいえ、ウマ娘の速度で肩がぶつかったのだから、かなり痛みが走った。
高校の時運動部じゃなかったら、今頃骨が折れてた所だろうか? まあでも、ぶつかってきた子に罪はないから良いんだけど……。幸い尻餅だけで済んだし。
「痛ッ……ふう。君、大丈夫か?」
「あ、ありがとうございま――ッ」
ぶつかってきたのは明るく長い茶髪をおろし、美しい緑色の瞳をしたウマ娘だった。どこかで見たような気もするが、どうも名前は思い出せない。
手を取ろうとすると、何やら膝を痛む仕草をする。確認してみると、軽く擦り傷が出来、血も微かに飛び出していた。走ってぶつかり、転がる形で倒れてしまった為、地面に膝が接触してしまったのだろう。
ウマ娘にとって足は命より大事なもの、小さなかすり傷とて見過ごせるものじゃない。
「待ってろ」
「え?」
懐から少しだけ大きいハンカチを取り出し、違和感を感じさせない程度に調整しながら、それを膝部分に結び付ける。
まあいいや、後で返してもらえればそれで。
「ほい、後でちゃんと保健室行きなよ?」
「あ……ありがとうございます。その、手慣れてるんですね?」
「まあ、何回もやってきた事だからな。急がないと遅刻するぞ?」
「あ、そうだった。あの、本当にありがとうございました」
「おう、廊下は走るなよ~」
足早に彼女は立ち去っていく。走る様子を見てハンカチも違和感なく結べてる事に気づきそっと安堵する。
「あ、名前聞くの忘れたな……」
一応大切なハンカチだったから、後で返してもらおうとしたんだけどな。まあでも、向かった学舎的に恐らく
落ち着きのある良い子だったし、オグリと仲良くなってくれたらいいのだけれど……。
***
指定された教室に入り椅子に腰かけ、窓の外をじっくりと眺める。兄さんの姿はもうなくなっていた。
別のトレーナーに会いに行くとしか言わなかったが、兄さんに限って嘘をつく事は無いだろう。今は信頼するほかない。
昨日、あの後電気が切れるまでずっと眺めていたが、結局電気が切れたのは5時ちょっと過ぎ頃。当然僅かな時間しか寝る事が出来なかった。
不安と疑問に押しつぶされ、今すぐにでも兄さんの部屋に行きたい気持ちが沸き上がっていた。玄関のドアノブに手をかける所まで行ったが、ギリギリの所で踏みとどまる。さすがにこの時間は不味いだろう、と。
だが今日、兄さんの返答で不安が杞憂だったことを知り安堵した。一人部屋なら、特に夕刻あたりで部屋に訪れても問題はないだろう。誰にも気づかれないのだから。
「良かった、間に合った」
「あれ~? スズカが忘れ物って珍しいじゃん」
「ごめんなさい、昨日は色々疲れちゃって……」
入口をガラっと開けて現れたのは、今後のクラスメイトとなるサイレンススズカというウマ娘だった。その活躍はテレビで何度か拝見した、相当な逃げウマで私もかなり見入っていた記憶がある。
向こうもこちらの様子に気が付いたようで、ニコリと笑いながらこちらへと歩み寄る。
「今日からの新入生、でしたよね。活躍はラジオで拝見させています。サイレンススズカです、よろしくおねがいしますね」
「あ、ああ。私もテレビで見ている。えっと、オグリキャップだ、よろしく?」
「そう硬くなくても大丈夫ですよ? 今後のクラスメイトですから」
「そうか。そうだ――よな?」
ハッと、視線を下に向けた所で、私は衝撃を受ける。
右足の膝に結ばれた白い布、見た事のあるデザインだ。というか、見た事が無ければおかしな話だった。
昨年の兄さんの誕生日、その時に私が贈ったハンカチだった。近所のおばあさんに教わりながら丁寧に編んで作ったものだ。故に世界で一つしかない品なのだ。
尤も『ちょっと大きすぎるだろ』と笑われてしまったが、それでも兄さんは喜んで使ってくれたのだった。それは今でも変わらない筈。
「……な、なあ」
「? どうかしましたか?」
「このハンカチ――どこで?」
「え、ああ。さっき連絡通路で男の人とぶつかって……応急処置として結んでくれたんです。後で返さないと……」
兄さんらしい。その言葉を聞いて、私が真っ先に出た感想だった。昔から誰に対しても優しかった彼だから、こういう事をしても不思議ではない。
私の贈ったハンカチを使うという事には、どうしても納得がいかないけれど。
「なあ」
「?」
「用が済んだら、それ私に渡してくれないか? その人は私のあ……あ……」
「あ?」
「ち、知人なんだ。うん、だから私から渡しておくよ」
「で、でも、お礼も言っておかないといけないですから」
「いいから!」
少し大きな声を出してしまった。スズカはビクッと身体を震わせたが、そのまま顔を下に振ってくれた。
……やはり、ダメだな。どうしても人付き合いが上手く行かない。兄さんの事が絡むと、どうしても。
こんな私、兄さんならどう思うのだろうか。……嫌われなければいいのだけれど。
スズカとオグリって同じクラスだったっけ……。まあいいや、やりたいことはやれたし!